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検索対象: ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人
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1. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「お若いの、お若いの ! 」とイヴァン・アンドレーイチは驚「猫ってなんですの ? 」 「猫って猫さ、お前。この間もわしが帰って来ると、猫のヴ きのあまりそっとしながら叫んだ。「誓っていいますがね、 わたしだって自分の家で寝ますよ、今夜これが初めてなんアシカが書斎に坐り込んで、ごろごろと独りごとをいうと で。だが、しまった、どうも見うけたところ、きみはわたしる。こら、ヴァシカ、貴様なにをいうとるか、ときくと、や をごぞんじのようだな。きみはいったいだれです、お若し つめまた、ごろごろごろごろとやりおる ! それがいかにも の ? さあ、今すぐいってくれたまえ、お願いだから、馴染のべっ独りごとをいうとるようなのだ。そこでいわしは田 5 っ いったいきみは た、やっ、南無三 ! ひょっとわしの死ぬ時が近いのを教え みがいに正直なところをいってくれたまえ、 とるのじゃあるまいか、とな」 なにものです ? 」 「今日はなんて馬鹿なことばかりおっしやるんでしよう ! 「気をおつけなさいー ばくは腕力に訴えますそ : : : 」 恥すかしいじゃありませんか、本当に」 「しかし、お若いの、お願いです、お願いです、わたしがこ 「いや、なんでもないよ、腹を立てなさんな、お前。して見 の不快な事イ 牛を一部始終お話しするから、一つ聞いてくださ ると、お前はわしの死ぬのがいやなんだな、まあ、腹をお立 てでない。わしはただいってみただけなんだから。それよ 「どんな話も聞きやしない、なんにも知りたくありません。 さあ、黙りませんか、さもないと : : : 」 り、お前、着換えをして寝たらどうだな、そしてお前が寝る 「 1 しかー ) 、、わ←しはゾ」、フーて、も : まで、わしはここに腰かけとるよ」 寝台の下でちょっとした喧嘩が始まった。イヴァン・アン 「後生ですから、よしてくださいよ、また今度 : : : 」 ドレーイチはやっと口をつぐんだ。 「ま、怒りなさんな、怒りなさんな。しかし、真面目な話 が、ここにはなんだか鼠がおるらしいそ」 「なあ、お前、この部屋でなんだか猫が二匹ひそひそいっと 「まあ、あれですもの、猫がいるだの、鼠がいるだのってー るよ、つじゃないか ? 」 「まあ、猫ですって ? あなたはなんてことを考え出しなさまったくのところ、あなたはいったいどうなすったのか、わ けがわかりませんわ」 夫るんでしよ、つ ? 」 の : ごはん ! わし 「よに、ど、つもしやせんよ、わしは別に : 下 察するところ、奥さんは自分の主人とどんな話をしたらい ごほん、ごほん、ごほん、ごほん ! ああ、やれや 台いかわからないらしかった。彼女はすっかり面くらって、 とまだに正気に返れないのであった。けれども、今度はびくつれ ! ごほん ! 」 「そらごらんなさい、あなたがあまりごそごそするもんだか四 人と身慄いして、聞き耳を立てた。

2. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

マーをとり囲んだ婦人たちの叫びに送られて、マラーガをと 5 フォマ りに駆け出した。けれど、 ハフチェエフ氏は憤慨の極に達し ・フォミッチ一同 こ 0 の幸福の因となる 「マラーガをご注文だ ! 」ほとんど聞こえよがしに、彼はぶ 「いったい、わたしはどこへつれて来られたのだろう ? 」まつぶついいだした。「酒まで人の飲まないようなものをねだ るで、真理のために死に行く人のような声で、フォマーはやりやがる ! ふん、あんなやくざ者よりはかに、だれが今ど しまいましし っと口をきいた。 きマラーガなんか飲むものか。ちょっ、、 ったいおれはなんだってこんなとこに突っ立っておるんだ ? 「癪にさわる狂一一 = ロ師だな ! 」とわたしのそばでミジンチコフ がささやいた。「どこへつれて来られたのか、それさえわか 何をベんべんと待っておるんだ ? 」 らないような振りをしていやがる。これからまた盛んにお芝 「フォマー」ひと言ひと言まごっきながら、叔父は言葉をき った。「さてこれで : : : きみも一息いれて、またわたしたち 居をやるこったろ、つ ! 」 ここにいるのといっしょになれたわけだ : : : つまり、わたしがいいたいの 「きみは家へ帰って来たんだよ、フォマー は、内輪の者ばかりだよ」と叔父は叫んだ。「しつかりし はほかでもない、さきはどきみは、この世で最も清浄無垢な て、気を鎮めてくれたまえ ! それに、まったくのところ、存在ともいうべき人に、無礼きわまる悪名をきせて : : : 」 オしか、フォマー、そのままだ 着物でも着替えたらいいじゃよ、 「ああ、どこへ行った、わたしの無垢な時代はどこへ行っ と病気になってしまうよ : : : それに、少し気つけになるよう た ? 」まるで熱に浮かされたような調子で、フォマーはこう なものでもやってみたら : : : え ? ちょっとその : 引きとった。「わたしの黄金時代はどこへ行った ? 無邪気 ール・グラスで何か、しんの温まるようなものをね : : : 」 な美しい心で、春の胡蝶を追って野を駆けめぐった、あの尊 の「赤葡萄酒でも飲みたいな」フォマーはまた目を閉じなが い少年時代はどこへ、 いったいどこへ行ったのだ ? わたし とら - 、由・ノ、、よ、つこ、つこ。 の無垢な時代を返してくれ、戻してくれ ! 村 「マラーガ ? さあ、うちにあったかしら ! 」不安げにプラ フォマーは両手を広げて、一座の者にかわるがわる問いか コスコーヴィヤを見やりながら、叔父はこういった。 けた。まるでわたしたちのだれかが彼の無垢な少年時代を、 ン 「なくってどうしましよう ! 」とプラスコーヴィャ叔母は引 ポケットに潜ましてでもいるようなあんばいだった。パフチ 工きとった。「四本まるまる残っていますよ」とすぐに鍵をが 工エフは憤怒のあまり、ゴム風船のように、破裂してしまい スちゃがちゃ鳴らしながら、ジャムにたかった蠅のよ、つにフォそ , つに田 5 われた。 193

3. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

タコーヴィチの前に出たものか、失礼ではなかろうか、うが早いか、彼はすぐ考え直した様子で、急いで興奮を隠しな。 まくゆくだろうか、などと思案をめぐらした。彼はおすおずがら、その場をとりつくろった。彼は無言でテープルに向か と役所へ入ってゆくと、閣下はご出勤かと、びくびくしなが 筆写にとりかかった。そして、親友の問いも煩さく思わ らたずねた。すると、まだお見えにならないし、それに今日れるらしく、なるべく話を避けるようにしていた。彼は何や はご出勤がないだろう、との答えであった。アルカージイ・ ら心の中で考えついたのだが、その決心も断然うち明けない ことにきめてしまった。それは、友情さえも頼みにならない イヴァーノヴィチは、さっそく閣下の私邸へ出向こうかと思 ったが、ユリアン・マスタコーヴィチは出勤しないところと思ったからである。これがアルカージイに強いショッグを うず をみると、自宅でも忙がしいわけだと、良いところへ考えが与えた。彼の心臓は刺すような痛みに疼き悩んだ。彼は寝台 に腰を下ろして、自分の持っているたった一冊の本を開いた ついた。で、彼はそのまま役所に残った。 一時間一時間が際 限なくつづくように思われた。シュムコフに依頼された仕事が、そのくせ不幸なヴァーシャから一刻も目を離さなかっ た。けれども、ヴァーシャはかたくなに押し黙って、顔をあ のことも、内緒で探ってみようとしたけれど、だれもいっこ うに知る者がなかった。ただュリアン・マスタコーヴィチげようともせず、書きつづけていた。こうして、幾時間か経 った。アルカージイの苦悶は頂点に達した。やっと十時を廻 が、ヴァーシャに何か特別の仕事をお頼みになった、という ことだけは知っていたが、どういう仕事かとなると、だれひった頃に、ヴァーシャは頭をあげて、じっと動かぬ鈍い眼ざ しでアルカージイを見やった。アルカージイは待ち設けてい とり知らなかった。とうとう三時が打った。アルカージイ・ イヴァーノヴィチは尻に帆をかけて駆け出した。玄関で一人た。二分、三分と経ったが、ヴァーシャは黙りこくってい る。 の筆生が彼を呼び留めて、ヴァシーリイ・ベトローヴィチ・ 「ヴァーシャ ! 」とアルカージイは叫んだ。ヴァーシャは答 シュムコフが、かれこれ十二時過ぎにやって来て、「あなたは 出勤していらっしやるか、またユリアン・マスタコーヴィチえなかった。「ヴァーシャ ! 」寝台から飛びあがりながら、 も見えておいでか、とたずねていらっしゃいました」と筆生アルカージイはくり返しこう叫んだ。「ヴァーシャ、きみど は、い添えた。アイカージイ・イヴァーノヴィチはこれを聞 うしたんだ ? どうしたというんだ ? 」友の傍へ駆け寄りな がら、彼はこ、つどなった。 いきなり辻馬車を傭って、驚きのあまり夢中になっ て、わが家へ駆けつけた。 ヴァーシャは顔をあげて、前と同じように、じっと動かぬ シュムコフは家にいた。彼は恐ろしく興奮した様子で部屋鈍い眼ざしで彼をみやった。「やっ、放心状態になっちまっ を歩き廻っていた。アルカージイ・イヴァーノヴィチを見るたんだ ! 』アルカージイは驚きのあまり全身を慄わせなが

4. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

に頭のなかからほうり出しておしまいなさい ! 」彼女は憤怒「タチャーナってだれのことですの ? 」 のあまりかっとなってこう叫んだ。「あなたまでがそんなこ 「ほら、あの馬鹿女のことですよ」 とを ! もし恋していらっしやるものなら、わたしをあなた 「ちっとも馬鹿女じゃなくってよ ! あれはいい人なんです に世話するなんて、そんな気をお起こしになるはずがないじのよ。あなたそんなことをおっしやる権利はありません ! ゃありませんか」と彼女は苦い薄笑いを浮かべながらいい足あのひとは気高い心を持っています。いろいろ大勢の人に較 したいどこから、ど、フい、つところから、そんなこ べても、けっして劣らないほどの気高い心をね。あのひとが とをお考え出しになったんですの ? それがどんな話かって不仕合わせだからって、それはあのひとの罪じゃありません もの」 ことがあなたにはおわかりになりませんの ? あの騒々しい 声、聞こえるでしよう ? 」 「ごめんなさい。仮りにそれはおっしやるとおりだとして 「でも : : : あれはフォマー・フォミッチでしよう : も、あなたは肝腎なところを誤解してらっしやるのじゃあり 「ええ、むろんフォマー・フォミッチですわ。けれど、今のませんか ? ねえ、みんながあなたのお父さんを好遇してい 騒ぎはわたしがもとなんですの。あの人たちもあなたと同じるのに気がっきましたか、あれはいったいどういうわけでし よ、つ ? ・ だって、もしおっしやるとおり、みんながそれほど ように、ばかばかしいことをいってるんですからね。やは り、あの人がわたしを恋してるなどと邪推を廻してるんですあなたに腹をたてて、あなたをここから追い出そうとしてる の。わたしは貧しいつまらない女ですから、わたしに恥を掻んだったら、お父さんにも腹をたてて、もっと冷遇しそうな かすことなんか平気でしよう ? だから、みんなであの人をものじゃありませんか」 はかの女と結婚させようと思って、まず面倒をなくするため「まあ、あなた気がっきませんの、父はわたしのためにあん 人 に、わたしを父のところへ追い返せと、やかましくいってるなことをしているのですよ ! 父はみんなの前で道化の役廻 父が、つまくフォマー・フォミッチ のんですの。ところが、あの人はこの話を持ち出されると、すりをしているんですのー に取り入ったばかりに、ああいう待遇もしてもらえるんです とぐに前後を忘れてしまって、フォマー・フォミッチさえも、 ー・フォミッチは自分が道化役を勤めたものだか オ裂きにしかねないような勢いになるんですからね。現に今もわ。フォマ コあそこで、そのことをどなりあってるんでしよう。わたし勘ら、今度は自分も道化役をかかえているのが、いい気持ちな んですの。父はあんなことをだれのためにしているのでしょ ンでわかりますわ、そのことに違いありません」 う、あなたどうお思いになって ? ほかでもない、わたしの 「じゃ、あれはみんな本当なんですね ! そうしてみると、 ためなんです、ただわたしのためを思えばこそですわ。自分 ス叔父さんは必ずあのタチャーナと結婚するわけですね ? 」

5. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

なんてことだ ! 」 「ああ、なんてことだ ! またもや歯がみしながらいった。 「今日あなた、だれかしら綺麗なひとにお会いになったんで「うん、でも、だれだって空色の帽子はかぶるから : : : さ すって ? 」 「いかにも油断のならんような女でな ! 」と老人はつづけ 「綺麗なかたにお会いになったそうですね ? 」 うえ 「だれか知らん、この階上の知り人のとこを訪ねて来たん 「だれが ? 」 だ。のべっウインクばかりしてな。その知り人のとこへもい 「あら、あなたがですよ」 ろんな知り人が訪ねて来るんだ : ・ っ ? ああ、そうそう ! : : : 」 「まあ、いや、なんてくどいんでしよう」と奥さんはさえぎ 「やっとのことで ! ええ、このミイラ野郎め ! さあ」心 の中で忘れつばい老人の尻っぺたを引っぱたきながら、青年った。「冗談じゃありませんわ、何が面白いんでしよう ? 」 「いや、よろしい、まあ、まあ ! そう怒りなさんな ! 」と はささやいた。 「きみ ! わたしは恐ろしくて身慄いがする。ああ ! なん老人は歌うような調子で答えた。「いいよ、いいよ、お前い てことを聞かされることやら ? これはちょうど、きのうとやなら、もう話をせんから、お前は今日どうやら機嫌がわる そうだな : 同じことだ。昨日とそっくりそのままだ ! 「いったいあなたはどうしてここへ入り込んだんです ? 」と 「そう、そう、そう ! 思い出した、なかなか油断のならん青年がいい出した : 今度はき こんなふうにウイングするんだよ : : : 空色「そうら、ごらんなさい、そら、ごらんなさい ! ような女でなー みも好奇心が起きたじゃありませんか、前は耳を貸そうとも の帽子をかぶって : : : 」 しなかったのに ! 」 「空色の帽子だと ! ああ、ああ ! 」 「なあに、ばくはどうだって同じことでさあ ! 話したくな 「あれだ ! あれは空色の帽子をかぶっている。なんてこっ ちえつ、いまいましい、なんて きや話さないでください ! 夫た ! 」とイヴァン・アンドレーイチは叫んだ。 下「あれですって ? だれです、あれというのは ? 」と青年はことだ ! 」 「きみ、腹を立てないでくれたまえ。わたしは自分でも何を 台イヴァン・アンドレーイチの手をぐいと握ってささやいた。 しつ 「しつ ! 」と今度はイヴァン。アンドレーイチが叱した。「先しゃべっておるのかわからんのです。ただなんということな しにちょっと。わたしがいいたかったのはね、きっとこれは 人生、話してるじゃありませんか」 ) 0

6. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「わたしは今ちょっと、あの方のところへお寄りしてみまし 忘れないように結び瘤をこしらえておきましよう」 しハンカチをと た」とエジェヴィーキンは秘密めかしい調子でこういった。 彼は本当に、煙草のような色をした汚らし、 「へえ、これはどうも ! 」と叔父はびつくりして、叫び声を り出して、乾いた片隅を見つけ出すと、小さな結び瘤をつく あげた。「それで、どうだったね」 「エヴグラーフ・ラリオーヌイチ、お茶を召しあがれ」とプ「まず真っ先にあちらへお寄りして、敬意を表わしたわけな のでございます。すると、あの方のおっしやるには、わしは ラスコーヴィャ叔母がいった。 「ただ今、ただ今すぐにいただきます、奥様、いや、奥様じ一人で静かにお茶を飲む、わしはこっこつになった。ハンの皮 あとく ゃない、王女様 ! これはお茶のお礼に申し上げる言葉なのだけでも生きていける、とこんな後句もございました、は で ! ときに、わたしは途中でスチェパン・アレクセーイ し」 この言葉はしんから叔父をぞっとさせたらしい チ・パフチェエフにお会いしましたよ ! どうも、いやは 「きみ、エヴグラーフ・ラリオーヌイチ、きみがよく話をし や、びつくりするくらい大はしゃぎで、これから嫁でももら おうとしていらっしやるのかと、思われるほどでございまして、あの人をなだめてくれたらよかったのになあ」と叔父は たよ。一にもお世辞、二にもお世辞 ! 」と、茶碗を受け取っ責めるような、悩ましげな目つきで老人を見つめながら、と うとうロをきった。 てわたしのそばを運んでいく拍子に、細めた目でわたしに合 「話しましたとも、よく話したのでございますよ」 図をしながら、彼は小さな声でいった。「ところでいったい フォ、、、 「で ? 」 どうしたことでございます、おもな恩人のフォマー 「あの方は長いあいだ、返事もしてくださいませんでした。 ッチがお見えにならないのは ? あの方はお茶に出ていらっ 人しやらないのでございますか ? 」 何か数学の問題でも解いていらっしやるふうで、一生懸命な の叔父はまるで何かに刺されたように、。 ひくりと身を慄わし様子でございました。お見受けしたところ、大変むずかしい 問題らしく、わたしの見ている前で、ピタゴラスの定理の図 とて、おずおず将軍夫人の顔色をうかがった。 村 それはちゃんとこの目 「わたしにもよくわからないんだ」と彼は妙にへどもどしな形を引いていらっしゃいました、 コがら、思いきりの悪い調子で答えた。「迎えにやったんだけで見ましたので。わたしは三度ばかり話しかけましたが、四 ンれど、あの人は : : : よくわからないけれど、気分でもよくな度目にやっとおつむりをお上げになって、初めてわたしが目 , いのかもしれない。ヴィドプリャーソフを迎えにやるにはやに入ったような具合でございました。「わしは行かない。あ スったんだが : ・ : もっとも、自分で行ってみるかな ? 」 すこには今学者が来ているから、わしなどがそんな偉い人の

7. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

なるほど、今までずっと片隅のグッションの上に寝ていた 「しかし、お若いの、考えても見てくれたまえ、こいつわた きみはわたしが鼻を 奥さんの狆が、ふと目をさまして、馴染みのない人間の匂いしの鼻を囓んどるじゃありませんか ! なくするのがお望みなんですか ? 」 を嗅ぎつけると、声高に吠えながら、寝台の下へ飛び込んだ のである。 揉み合いが始まった。イヴァン・アンドレーイチは自分の 「おお、なんたることだ ! 馬鹿な小犬めが ! 」とイヴァン・手を振り放した。狆はここをせんどと吠え立てた。突然、吠 え声がやんで、狆は哀れつばい啼き声を立てはじめた。 アンドレーイチはささやいた。「こいつ、われわれのいるこ 「あらっ ! 」と奥さんは叫んだ。 とを知らせてしまう。何もかもすっかり明るみへ出してしま 「悪党 ! 何をするんです」と青年はささやいた。「あなた う。まだおまけにこんな天罰が下るとは なんだって狆 「ふん、そうですよ、あなたがそう臆病風を吹かしたら、本はわれわれ二人を破滅させるつもりですか ! を引っつかまえるんです ? あっ、この男は狆を絞め殺して 当にそうならんとも限らない」 「アミ、アミ、こっちへおいで ! 」と奥さんは叫んだ。「一 c 一 . る ! 絞めちゃいけません ! 放しておやんなさいー 党 ! そんなことをするのを見ると、あなたは女心というも ici. ( こっち、こっち ) 」 けれども、狆はいうことを聞かないで、真っ直ぐにイヴァのを知らないんだ ! その狆を絞め殺したら、あの奥さんは ン・アンドレーイチを目がけて行った。 ばくたちを容赦しませんそ」 しかし、イヴァン・アンドレーイチはも、つ何一つ耳に入ら 「いったいなんだってアミーシカはのべっ吠えてばかりおる んだろう ? 」と老人はいった。「きっとあそこに鼠か、それなかった。彼はうまく狆を引っ捕まえたので、自衛の本能に とも猫のヴァシカでもおるのだろう。道理でさっきから、し駆られて、その喉を絞めつけた。狆は一声あわれつばい声を きりにくしやみばかりしとると思った、のべつくしやみをな立てて、そのまま息を引き取った。 「もうわれわれはおしまいだ ! 」と青年はささやいた。 ・ : ヴァシカのやっ、今日は鼻風邪をひいとるもんだから」 「おとなしくねてらっしや、 し ! 」と青年はささやいた。「そ「アミーシカ ! アミーシカ ! 」と、奥さんは叫んだ。「あ 夫うごそごそ動かないで ! ひょっとしたら、このままあっちあ、あの人たちはわたしのアミーシカをどうしてるんでしょ う ? アミーシカ ! アミーシカ ! ici 一おお、悪党 ! 野 下へ行ってしまうかもしれないから」 の 台 「きみ、きみ ! 手を放してくれたまえ ! なんだって手を蛮人 ! ああ、気分がわるくなって来た ! 」 つかまえるんです ? 」 「なんだって ? なんだって ? 」と老人は肘掛けいすから 人「しつ ! 黙って ! 」 躍りあがって叫んだ。「お前どうしたのだ、え ? アミーシ

8. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

の人は来られるわけがなかったんですよ。ナスチェンカ、あると、急に口をつぐんで、まごまごし、顔をそっぱへ向けて なたはばくまで一杯くわせて巻き込んでしまったものだかしまうのであった。わたしがその顔を差し覗くと、 ら、ばくも時間の勘定がわからなくなったんです : : : まあ考して彼女は泣いているのであった。 やれやれ、あなた 「さあ、およしなさい、見つともない ! えてごらんなさい、あの人は手紙も受け取ったかどうかわか りませんよ。そうしたら、来られなかったはずじゃありませはなんて赤ちゃんでしよう ! 子供じみてるじゃありません : たくさんですよ ! 」 んか。ねえ、返事を書くことにしたかもしれない、すると、そか ! の手紙は明日より早くは届きっこないですよ、ばく、明日は彼女はにつこり笑って、気を落ちつけようとしたが、下顎 が慄えて、胸は依然波立っていた。 夜の引明けに行ってみて、すぐお知らせしましよう。まあ、 「あたしね、あなたのことを考えてるんですのよ」と彼女は そういうふうな場合は、百でも千でも想像できるでしよう。 束の間の沈黙の後にまたいい出した。「あなたは本当に親切 それから、まあ、手紙が届いた時あの人が家にいなかったた めに、今まで手紙を読んでいない、ということもあり得るわな方で、それを感じなかったら、あたしは石か木みたいな人 けですからね。ね、どんなことだってあり得るでしよう」 間ですわ。ねえ、実はあたし、ひょっとこんなことを考えっ 「そうね、そうね ! 」とナスチェンカは答えた。「あたし考いたんですのよ。あたしあなた方二人を較べて見てね、どう えもしなかったけれど、もちろん、どんなことだってあり得してあの人があなたでないのだろうと思いますの。どうして るわけですわ」と彼女はいとも素直な声でつづけたが、そのあの人はあなたみたいでないのでしよう ? あの人のほうが 中には何か別な、遠い思想といったようなものが、苛立たしあなたより劣っていますわ。もっとも、あたしはあの人のほ い破調となって響いているのであった。「じゃ、こうしてちうをよけい愛してはいますけどね」 ようだいな」と彼女は言葉をつづけた。「あすの朝、できる わたしはなんにも答えなかった。彼女はわたしが何かいう だけ早く行って、もし何かお受け取りになったら、すぐに知のを待っているらしかった。 らせてくださいませんか。だって、あたしの住居をごぞんじ 「そりやいうまでもなく、あたしあの人を本当に理解してい なんでしよう ? 」そういって、彼女は自分の宿所をもう一度ないのかもしれませんわ、十分に知り抜いていないのかもわ くり返し、わたしに説明し始めた。 かりませんわ。実はね、あたしいつもあの人が怖いような気 それから、彼女はわたしに対してひどく優しく、ひどく臆がしていましたの。あの人ったらいつもひどく真面目で、な 病になって来た : : : 一見したところ、彼女はわたしの話を注んだか高慢なような気がしていましたのよ。そりやもちろ 意ぶかく聞いているようであったが、わたしが何カしカ 、 1 、、ナん、ただそんなふうに見えるだけで、、いの中はあたしなんか

9. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

一同の態度について、叔父が秘密めかしく予告したことは、 「それはどういうわけだい ? 」 「アグラフェーナというのは、下品な名前でございますよ」ひどくわたしを不安にした。青春は時とすると、度はずれに 自尊心の強いものだが、若い自尊心は、いつでも臆病なもの 「どうして下品なんだね ? どういうわけで ? 」 「それはわかりきったことでございますよ。アデライーダはである。で、わたしは部屋へ入って、一座の人々を見るやい なんといっても外国名前で、高尚でございますが、アグラフなや、不意に絨毯の端に足を引っ掛けてよろよろとし、重心 = ーナなどという名は、どんな下等社会の女でもつけられまを失うまいとして、思わず知らず部屋のまん中へとび出して しまった時、わたしはなんともいえない不快を感じた。まる ・すから」 えび で自分の一生も名誉も台なしにしたように、わたしは蝦みた 「いったいお前は気でも狂ったのかね ? 」 いに真っ赤になり、無意味に一座を見廻しながら、すっかり 「いいえ、どういたしまして、ちゃんと正気でございます。 それはむろん、わたしをなんといってお呼びになろうと、あてれてしまって、じっと身動きもせずに立っていた。それ自 身としてはきわめて些細なこの出来事を述べるのは、ただそ なたのご随意でございますが、将軍でも都の伯爵がたでも、 れがいちんちわたしの心持ちに、したがって、この物語中の わたしの話にはいつもご満足くださるので」 ある人物に対するわたしの態度に、なみなみならぬ影響を及 「いったいお前はなんというんだい ? 」 ばしたからである。わたしは会釈しようとしたが、途中でよ 「ヴィドプリャーソフで」 してしまい、なおいっそう赤くなった。そして、叔父のほう 「ああ ! じゃあ、お前がヴィドプリャーソフなのかい ? 」 へ飛びかかって、その両手をつかまえた。 「さよ、つでございます」 「ご機嫌よう、叔父さん」とわたしは息を切らしながらいっ 「ふうん、まあ、待ってくれ、お前ともやがて近づきになろ た。何かもっと気の利いたことをいうつもりだったが、自分 うつト 5 」 。ンドンにあ ) に似てるそ』でもま「たく思いがけなく、ただ「ご機嫌よう』とだけい 0 だが、ここはなんだかべドラム ( る てしまったのだ。 下へ降りて行きながら、わたしは心の中で考えた。 「ご機嫌よう、ご機嫌よう」わたしのために苦しい思いをし ていた叔父は、こう答えた。「もうわたしたちは挨拶をすま 4 茶の席で したじゃよ、 オしか。おい、そんなにてれてしまっちゃ駄目だ 茶の間は、さきほどガヴリーラに行き合った、あのテラスよ」と彼は小さな声でいい足した。「あんなことはだれにで そのま へ出るロになっている部屋だった。わたしを待ち設けているもあるんだよ、しかもあれくらいのことじゃないー

10. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「フォマー、フォマー : それにしても、あまりくだくだ 9 つき落とされたためらしいて : : : しかし、そんなことなどど しくいわないでもらいたいね、フォマー ! 」ナスチェンカの 、つでもよろしいー フォマーの右耳なんか、だれにも用のな いことですからな ! 」 切なそうな表情を不安げに見やりながら、叔父は叫んだ。 「わたしはその婦人の無邪気さや、信じやすい人となり、と フォマーはこの最後の一句に無量の悲しい皮肉を含め、な いうよりも、むしろその無経験なのを気づかったのですわ んともいえない哀れな徴笑を添えたので、またもや感に堪え い」叔父の注意など耳にも入らぬ様子で、フォマーは言葉を た婦人たちの呻き声が、四方から一度に聞こえて来た。彼ら は一様に非難の目をもって叔父を眺め、中には激しい憤怒のつづけた。「わたしはその婦人の心に優しい愛情が、春の薔 視線を浴びせかけたので、叔父はかくまで歩調の揃った世論薇のごとく咲き出たのを見て、思わずべトラルカの句を思い の表白に、だんだん影が薄くなって行った。ミジンチコフは出した。「清浄無垢の心こそ、ああ、しばしばに滅亡と、髪 フチェ工一筋の隔てなれ』ですからな。わたしは嗟嘆と呻吟をつづけ べっと唾を吐いて、窓のほうへ行ってしまった。パ フは、しだいに強く肘でわたしをつつ突いた。彼はじっとそた。わたしは真珠のごとく清らかなこの処女を保証するため には、全身の血を捧げつくしてもいとわん覚悟だったが、し の場に立っていられないくらいだった。 ノ・イリッチ、あなたのこととなると、だれが かし、エゴーレ 「さあ、今こそみなさんにわたしの告白を聞いてもらいまし よう ! 」誇りに充ちた断固たる目つきで、一同を見廻しなが保証できましようそ ? あなたの放恣きわまりなき情欲と、 ら、フォマーはこう絶叫した。「またそれと同時に、この不刹那の満足にいっさいを犠牲にして顧みないあなたの気性を エゴル・イリ知っておるので、わたしはその高潔きわまりなき処女の運命 幸なオビースキンの運命を決してください。 ッチ ! わたしはもうずっと前から、あなたという人を観察を思うて、とっぜん限りなき恐怖と不安につき落とされたの しておりました。あなたがそれとは夢にも知らすにおられるですぞ : : : 」 「フォマー いったいきみは、そんなことを考えていたの 時から、心臓の痺れるような思いをしながら観察をつづけ て、何もかもすっかり見てとりましたそ。大佐 ! 或いはわかね ? 」と叔父は叫んだ。 たしの考え違いかもしれんが、わたしはあなたのエゴイズム 「わたしは胸の痺れる思いで、あなたを注視しておりまし た。わたしがどんなに苦しんだか知りたかったら、シェイグ と、底の知れない自尊心と、空前絶後ともいうべき情欲を知 っておったのですぞ。だから、わたしが知らずしらずのうちスピアに聞いてごらん。彼はその『ハムレット』の中で、わ に、この世でも最も清浄無垢な婦人の名誉を気づかって、戦たしの心持ちを語ってくれるでしようわい。わたしは疑り深 戦兢々としたのは無理からん次第ではありませんかな ? 」 い、恐ろしい人間になった。不安と憤懣のあまりに、わたし