ヴァーシャ - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人
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1. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「ヴァンユーク、ばくはただこのことだけがいいたかったんどっしと歩みを運んだ。その歩き振りを見ただけで、いよい た。ししかヴァシューグ、足曲り ! 聞けったよ幸福を増していくヴァーシャの無事息災をよろこぶ気持ち がわかった。ヴァーシャはやや小きざみに歩いていたが、戚 ら ! 実はね・ : ・ : 」 アルカージイは喜びのあまり言葉が出なくなったので、ロ厳を失うほどではなかった。それどころか、アルカージイ・ を開いたままいいさした。ヴァーシャはその両肩をつかまイヴァーノヴィチの目には、今までこれほど親友が立派に見 え、目をいつばいに開けて友を見つめた。そして、相手の代えたことは、かってないのであった。彼はこの瞬間、友を今 わりにいおうとするかのように、唇をもぐもぐ動かした。 までよりもっともっと尊敬したいような気さえした。今まで 読者の知らなかったヴァーシャの肉体的欠陥 ( ヴァーシャは 「それで ! 」とついに彼はいった。 少し体が曲っていた ) 、アルカージイ・イヴァーノヴィチの 「きようばくをあの家族に紹介してくれよ ! 」 善良な心にいつも深い憐憫の情を呼び起こしていた欠陥は、 「アルカージイ ! あそこへ行ってお茶をご馳走になろう ! ーしかー ) 、 しいかね ? 新年までいないで、それとくにこの瞬間、彼が友に対して感じていた深い愛をいやが より前に帰ることにするんだよ」とヴァーシャは真に感きわ上に燃えたたすのであった。また、もちろん、ヴァーシャも まって叫んだ。 それを受ける資格を十分に持っていたのだ。アルカージイ・ イヴァーノヴィテは、幸福のあまり泣き出したいのを我慢し 「よし、二時間かっきり、それより長くならないようにな ! ていた。 「それからは、仕事が片づくまでお別れだ ! 「どこへ行くんだ、ヴァーシャ、。 とこへ ? こっちへ行った 「ヴァシューク , ほうが近いよ ! 」ヴァーシャがヴォズネセンスキイ通りのは 「アルカージイ ! うへ曲ろうとするのを見て、彼は叫んだ。 「黙ってて、アルカーシャ、黙って : ・・ : 」 三分の後、アルカージイはよそゆきに着換えた。ヴァーシ ヤはただ服にプラシを掛けたばかりである。というのは、彼「本当に近いんだよ、ヴァーシャ」 は内着に着換える暇も惜しんで、仕事に励んだからであっ 「アルカーシャ ! 実はね」とヴァーシャは喜びのために 絶え入りそうな声で、さも秘密めかしくいい出した。「実は 彼らは急いで通りに出た。いずれ劣らず、嬉しそうであつね、ばく、リ ーサンカにちょっとした贈り物をしようと思っ いた。道筋はペテルプルグ区からコロムナに向かうのであって : : : 」 弱た。アルカージイ・イヴァーノヴィチは、一兀気よくどっし「何をさ ! 」 ? 30

2. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

4 問はないかのように、ヴァーシャは眉をしかめた。「たくさ 「うん、そうだ、そうだ ! ただ明け方に一寝入りすればい 3 、 ん、とってもたくさんあるんだ ! 」 「実はね、ばく、名案があるんだが : 「寝るものか、どんなことがあっても寝るものか : 「何 ? 」 「いや、いけない、それはいけない。ぜひ一寝入りしなくち し冫オしよそう。書きたまえ」 ゃいけない。五時になったら寝るんだ。八時には起こしてや 「え、なに、なんだね ? 」 る。明日は祭日で休みだから、いちんち家にいて書けるから 「いま六時すぎだよ、ヴァシューグ ! 」 ね : : : それから夜も : : : だが、たくさん残ってるのかい ? 」 「これ、これだけ ! ネフェーデヴィチはにやりと笑って、ずるそうにヴァーシ : 」ヴァーシャは期待と喜びに慄えな ヤに目配せした。しかし、相手がその合図をどう取るかわか がら、手帳を見せた。「これだけだ , らないので、いくらか臆病そうであった。 「なんだ、きみ、これじや大したことはないじゃな、、 . 「え、なんだい ? 」ヴァーシャはすっかり書く手を止めて、 「きみ、まだあっちにあるんだよ」行くか行かぬかの決断が ひたと友の目を見つめながらこういったが、その顔は期待の 一に彼にかかっているかのように、おずおずとネフェーデヴ ためにやや青ざめたほどである。 イチを見ながらヴァーシャはいっこ。 「何かわかる ? 」 「どの / 、らい ? 」 「後生だから、早くいってくれ」 「いやあ、なんだ ? ねえ、きみ 「実はだねえ、きみは興奮しているから、大した仕事もでき やしまい : : : 待ってくれ、待ってくれ、待ってくれ、ね、 にム日っしょー・」 「アルカーシャ いかね ! 」ネフェ 1 デヴィチはうちょうてんになって寝台 から飛びあがり、話し出そうとするヴァーシャを抑え、全力「ヴァーシャ、まあ、聞けよ ! もうすぐ新年だ。今はだれ をあげて反駁をしりぞけながらいい出した。「先ず第一に気でも家庭の懷ろに集まっているんだぜ。ところが、きみとば 手口ドしゃよ、、 を鎮めて、、い持ちを落ちつけなくちゃならない、そうだろくだけが家なしの独り者とは情けない言 十 / . し、刀 ' ・ヴ , ア シンカー・」 「アルカーシャ ! アルカーシャ ! 」とヴァーシャま十 1 ↑ナ ネフェーデヴィチはぶ骨な手つきでヴァーシャを抱き、獅 いすから跳びあがって叫んだ。「ばくは徹夜するよ、きっと子のような抱擁の中に締めつけた : 徹夜するよ ! 」 「アルカージイ、話はきまったよ ! 」 、間に合うよ、大丈夫、

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という意味を知らせた。これはリーザンカの側からいえば、 二雫の涙は、ほとんど帽子のためではなかったのだ ! な ! 筆者にいわせれば、こうした品物はよろしく冷静に贈いささかよからぬ仕打ちであった。というのは、年寄りは嬉 ーザンカがお年王にといって るべきものだと思う。そうしてこそ、初めて真実に評価するしさのあまり娘を裏切って、 ことができるのだ ! まったくのところ、諸君、筆者はいっヴァーシャに用意していた贈物を、こっそり見せようと思い ついたのである。それはビーズや金糸を縫いつけた、見ごと までも帽子の話ばかりしていたいので ! 一同は席についた ヴァーシャはリーザンカ、年寄りな絵入りの紙入れであった。片側には鹿が描いてあった。足 はアルカージイ・イヴァーノヴィチと並んだ。話が始まつも空に走っているところで、実物そっくりに見ごとな出来栄 た。アルカージイ・イヴァーノヴィチは完全に自己の体面をえであった。反対の側はある有名な将軍の肖像で、これまた 保った。筆者は喜んで彼のために讃辞を呈する。それはほと見ごとに、よく似せてできていた。ヴァーシャの喜びはいう このあいだ、広間のはうでも無駄に時間を潰し んど彼から予期できなかったことである。ヴァーシャのことまでもない。 てはいなかった。リ ーザンカはいきなり、アルカージイ・イヴ をふた言み言話した後、後は巧みにヴァーシャの恩人ュ アン・マスタコーヴィチのことに話を移していった。彼は実アーノヴィチの傍へ寄った。彼女はその両手を取って、何か しら礼をいった。アルカージイ・イヴァーノヴィチはやっと に気のきいた話し方をしたので、一時間たっても話は尽きな のことで、ははあ、これは彼女にとっても大切なヴァーシャ かった。彼は直接間接、ヴァーシャに関係のあるユリアン・ ーザンカは深い感動に打たれてい マスタコーヴィチの性質に、巧妙に如才なく触れていったのことだな、と悟った。リ 、刀 その腕前はまったく見ものであった。年寄りは惣れた。彼女はいうのであった、アルカージイ・イウアーノヴィ 込んでしまった、まったく惚れ込んでしまったのである。彼チがあたしの花婿の親友で、心からヴァーシャを愛し、あの 女は自分でそれを白状した。彼女はわざわざヴァーシャを傍人の身の上を心配し、常に有益な助言を惜しまないというこ とは、かねてから聞いていたので、感謝しないではいられな に呼んで、あなたのお友だちはお若いのにとてもお立派な、 とても愛想のいい方だ、その上とても真面目な、重みのあるい、 感謝の念を抑えることができない、どうかあたしをせめ とアルカ 方だ、といった。ヴァーシャは幸福のあまり、大きな声を立てヴァーシャを愛する半分でも愛してほしい ージイ・イヴァーノヴィチに頼むのであった。彼女はその後 てて笑わんばかりであった。「真面目な重味のある」アルカ ーシャが、ものの十五分間も、自分を寝台の上で手玉に取っでヴァーシャが自分の健康に注意するかどうかとたずね、あ いたことを思い出したのである ! やがて、年寄りはヴァーシの人の性格の熱しやすい点や、世間を知らず、実際に疎い占 弱ヤに目配せして、後からそっと次の間へついて来るように、 が心配だといった。それから彼女は、これからはあの人の身

4. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

の上に気をつけて、あの人の運命を守りいたわってもらえるの仕合わせ者ヴァーシャよりほかにまたとあろうか ? 彼は よう、神様にお祈りするつもりだ、ともいった。そして、最そのとおり実行した。変にもじもじしないで、即座にすべて 後にアルカージイ・イヴァーノヴィチに向かって、あなたはをヴァーシャにうち明けたのである。ヴァーシャは無しよう あたしたち二人を捨てないのみか、い っしょに暮らしてさえに笑って、大喜びに喜んだ。そして、これはけっして無駄な ことではない くださるものと当てにしている、とつけ加えた。 これを機会に更に親密になれるだろう、とい っ , ) 0 「あたしたちは三人一体になりましようね ! 」と彼女はいと 「きみはよくばくの気持ちをいい当てたよ。ヴァーシャ」と も無邪気な感動に駆られて叫んだ。 おやこ しかし、帰らなければならない時が来た。むろん、母娘はアルカージイ・イヴァーノヴィチはいった。「そうとも ! ばくはきみを愛するのと同じように彼女を愛する。あれはき 引き止めたけれど、ヴャーシャはどうしても駄目だときつば り撥ねつけた。アルカージイ・イヴァーノヴィチも同じことみの天使であると同時に、ばくの天使だ。というのは、きみ うまでもなく、どうしたわけかときかれた。 の幸福がばくの上にまで溢れて、ばくを温めてくれるから を証言した。い だ。あれはまたばくにとっても主婦だよ、ヴァーシャ。ばく そこで、ヴァーシャには仕事がある。ュリアン・マスタコー ヴィチに頼まれた、明後日の朝までには出さなければならなの幸福は彼女の手中にある。きみの主婦役をやるように、ば くの主婦役もさせてくれたまえ。きみへの友清は、同時に彼 、大至急必要な、厄介な仕事があって、しかもそれがまだ 仕あがっていないのみか、まるでうっちゃらかしになってい女への友情だ。こうなったら、きみたち夫婦はばくにとって る、ということを白状した。母親はあっとばかり叫び声を上区別ができない。ただね、ばくはきみのような人間を一人で 上丿学 ) 0 1 ノ 1 ー ザンカはただもうびつくりして、、い配をはじめ、 なく、二人持っことになるだけだ : : 」アルカージイは感情 ヴァーシャを追い立てにかかったほどである。それでも、最の溢れるまま一一一一口葉につまった。 ヴァーシャは彼の言葉に心の底まで揺り動かされた。とい 後の接吻は忘れなかった。それは短い、あわただしいもので はあったが、その代わり熱烈で力がこもっていた。ついにしうのは、アルカージイからこんな一一一一口葉を聞こうとは、夢にも ばしの別れを告げて、二人の親友は帰途についた。 予期していなかったのである。アルカージイ・イヴァーノヴ イチは、およそ話が下手だったし、空想的なことなどは頭か 外に出るやいなや、二人は争って互いの印象を交換し始め た。またそれも当然であった。アルカージイ・イヴァノーヴら嫌いであった。それが今はいとも楽しく、いとも新鮮な、 イチは首ったけ、命も惜しくないほど、リ ーザンカに惚れこ いとも輝かしい空想に耽り出したのである ! んでしまったのである ! このことをうち明ける相手は、当「これから、どうしてきみたち二人を守護し、愛撫してゆこ

5. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

アーシャを見ているうちに、すっかりまごっいてしまった。 一分ばかりたってから、彼は一つの希望に勇気づけられ て、急に椅子から躍りあがった。『あいつは仕事をすました コロムナの様子を聞くと、ヴァーシャは元気づいて来た。 そして、調子づいておしゃべりまでするようになった。二人んた』と彼は考えた。「それだけのことなんだ。それで我慢 は食事をすました。老母がアルカージイ・イヴァーノヴィチしきれなくなって、あすこへ駟け出して行ったのだ。もっと のポケットへ、ビスケットをいつばいつめこんでくれたので、も、違うかな ! それにしても、ばくの帰りくらい待ちそう なもんだ : ・ ・一つどうなっているか見てやろう』 二人の親友はそれを食べながら、すっかり浮き浮きして来た。 食事のあとでヴァーシャは一寝入りして、その後で徹夜する彼は燭に火をつけて、ヴァーシャの仕事机のほうへとん と誓った。彼は本当に横になった。翌朝アルカージイ・イヴで行った。見受けたところ、仕事はかなり進んで、しまいま アーノヴィチは、断わり切れない義理のある人からお茶の招でいくらも残っていないらしかった。アルカージイ・イヴァ ーノヴィチはもっと詳しく調べようと思ったが、そこへ不意 待を受けた。二人の親友はまた別れ別れになった。アルカー ジイはなるべく早く、もしできたら八時頃に帰って来ると約にヴァーシャが入って来た : 「ああ ! きみはここにいたのか ? 」驚きのあまりびくっと 東した。三時間の別れは彼にとって、三年くらいの長さに思 われた。彼はやっとのことで、ふりきるようにして帰って来しながら、彼はこう叫んだ。 アルカージイ・イヴァーノヴィチは黙っていた。ヴァーシ 。部屋へ入ってみると、中は真っ暗だった。ヴァーシャは 家にいなかった。彼はマヴラに様子をたずねた。マヴラの話ヤに様子を聞くのが、恐ろしかったのである。こちらは目を によると、ヴァーシャはまんじりともしないで、のべっ書き伏せて、無言のまま書類を調べ始めた。とうとう一一人の目が 通していたが、やがて部屋の中をこっこっ歩き出して、とう出会った。ヴァーシャがなんともいえない祈るような、哀願 とう一時間ばかり前に、三十分たったら帰って来るといっするような、叩きのめされたような目つきをしていたので、 アルカージイはその目を見ると、思わずぎつくりした。彼の て、駆け出してしまったとのことである。 「そしてね、アルカージイ・イヴァーノヴィチが帰ってみえ心臟はいつばいになって、おののきはじめた : 「ヴァーシャ、きみ、、つこ、 ' しオしとうしたのだ ? なんという たら」とマヴラは言葉を結んだ。「おれは散歩に出かけたと いってくれ、とこうおっしゃいましてね、三度も四度も念をことだ ? 」親友のはうへとんで行って、両の腕に抱きしめな がら、彼はこう叫んだ。「よく納得のゆくように話して聞か お押しになりました」 してくれ。ばくにはきみの気持ちがわからない、きみのくよ 『アルテーミエヴァのとこへ行ったんだ』とアルカージイ・ くよするわけがわからない。いったいどうしたというんだ ? イヴァーノヴィチは考えて、首をふった。

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ういえばよかろう ? 』といったのさ。すると、それは難かし 「ヴァーシャ、ヴァーシャ、まあ聞け いから少し待ってみてください、 というんだ。いま話したっ 「なんだい ? 」とヴァーシャは、アルカージイ・イヴァーノ て、とてもあたしをお嫁にはやってくれないでしよう、なんヴィチの前に立ちどまりながら、こういった。 て心配しているんだ。そうして泣き出す始末さ。ばくは今 「ばく、こんな考えが頭に浮かんだのだがね。しかし、きみ 日、彼女に黙って年寄りにざっくばらんにぶちまけちまっ に話すのはどうも具合が悪いなあ ! しかし、勘弁してばく ーザンカも母親の足もとに膝をついて哀願したんだ、 の疑問を解決してくれ。きみはこれからどうして生活してゆ ばくもいっしょに : : : で、やっと二人は祝福してもらったとくつもりなんだ ? もちろん、ばくはね、きみが結婚一 9 るこ いうわけだ。アルカーシャ、アルカーシャ ばくの親友 ! とは無上に嬉しいよ。じっとしていられないくらい嬉しい っしょに住まお、フ。りて、つとも ! きみとはどんなことがあよ。しかし、 いったいきみはどうして生活してゆくつも ったって離れるもんか ! 」 りなんだ ? え ? 」 「ヴァーシャ、ばくはどう考えたって信じられんよ、まった 「ああ、とんでもない、 アルカーシャ、 とんでもない ! 誓っていうが : : : 本当にばくはなんだかどうも : : : ねきみはなんて男だ ! 」ヴァーシャはひどく驚いてネフ = ーデ え、 いったいどうして結婚するつもりなんだ ? : : : どうしてヴィチを見ながらいった。「そんなことを本気で聞くのか ばくに知らせずにいたんだ、え ? まったくの話、ヴァーシ 先方の年寄りだって、ばくが何もかもすっかりうち明 ヤ、こうなれば白状するが、ばくも結婚しようと田いっていた けて話した時も、二分間と考えはしなかったよ。第一、彼ら んだ。しかし、きみが結婚するという今となれば、そんなこ は何で暮らして来たと思う ? 家族三人で年に五百ループリ とはどっちだっていし まあ、幸福に暮らしてくれ、幸福じゃないか、主人が亡くなってからは、それだけの恩給しか ないんだからね。彼女と年寄りとおまけに弟が、これだけで 「兄弟、これでいい気持ちだ、気が軽くなった : : 」ヴァ 暮らしているんだよ。その弟の学校の授業料もそこから出て シャは立ちあがって、興奮のあまり部屋を歩きながらいつるんだぜ。これから見れば、われわれは資本家だよ ! ばく た。「ねえ、本当じゃないか ? 本当じゃないか ? きみだ なんか年によると七百ループリ入って来るからね」 ってそう思うだろう ? ばくたちは貧しい暮らしはすること 「まあ、聞け、ヴァーシャ。気にさわったら勘弁してくれ、 心だろうが、しかし幸福だろうよ。これは空想じゃないんだか ばくはそのため話が毀れるようなことがなければと、 らね。ばくたちの幸福はお伽ばなしじゃないんだからね。ばそればっかり考えてるんだよ。どうして七百なんて ? 三百 きりじゃよ、、 弱くたちは現実に幸福なんじゃないか ! 23 /

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「こいつ、色目を使っていやがったんだよ、隅っこのほうでた、それは筆者が断言してもいい。 マダムは彼をゆるした。 色目を使っていたんだよ ! 」とヴァーシャはすべての愛情をこの際に処して彼女のとった態度は、実に聡明で優雅なもの かわいい帽子に移して叫んだ。「ずるいやっ、わざと隠れてだった ! どうしてヴァーシャに腹を立てることができょ いやがったんだ、かわいいやっ ! 」彼はそれに接吻した、とう ? いっても、自分の貴重品に触れるのを恐れて、まわりの空気 「マダム・レルー、、、 しカほどですか ? 」 に接吻したのである。 「銀貨で五ループリでございます」彼女は姿勢を直し、新し 「真実の徳はこういうふうに身を隠すものさ」とアルカージく微笑を浮かべて答えた。 イはうちょうてんになってつけ加えた。それはユーモアの 「これは、マダム・レルー ? 」アルカージイ・イヴァーノヴ ために、今朝読んだ新聞の一節を応用したものである。「お イチは、自分の見立てた品をさしていった。 ヴァーシャ、どうだい ? 」 「このほ、つは相パ貨で八ループリで′」ざいます」 「万歳、アルカーシャ ! きみきようはユーモリストだよ。 「でも、失礼ですが、失礼ですが、ねえ、マダム・レルー、 予一一一一口するが、きみは婦人たちの間に、彼らのいわゆるセンセこの二つのうちどちらがいしか、どちらが優美でかわ ションを引き起こすよ。マダム・レルー、 マダム・レル か、あなたいってくださいー どっちが余計あなたに似てい ます ? 」 「なんでございますの ? 」 「こちらのほうが立派ですが、あなたのお見立てになったほ 「親愛なるマダム・レルー c'est plus coquet. ( このほうが余計コケティシュで マダム・レルーは、アルカージイ・イヴァーノヴィチのほすわ ) 」 うをちらと見て、つつましやかにほほ笑んだ。 「じゃ、それをもらいましよ、つ ! 」 「いまばくがどんなにあなたを尊敬しているか、あなたはご マダム・レルーは薄い紙を取ってピンで留めた。すると、 ぞんじないでしよう・ : ・ : 接吻させてください : : 」ヴァーシ帽子を包んだ紙は、包まない前よりもかえって軽そうに見え ヤはこういって女主人を接吻した。 た。ヴァーシャはそっと大事そうに、息をつめて受け取る こんなあばれん坊を相手にして品位を落とさないために と、マダム・レルーにお辞儀をし、おまけに何かひどく愛想 は、この際できるだけ怖い顔をすることが絶対に必要であつのいいことをいって、店を出た。 ヴィブール ヴィヴール いた。しかし、マダム・レルーがヴァーシャの喜びを迎えた持「ばくは道楽者だよ、アルカーシャ、生まれつきの道楽者だ 弱ち前の偽りならぬ愛嬌としとやかさは、同等の効果を奏しょ ! 」やっと聞こえるか聞こえないかの神経質な笑い方で、幻 わたし

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で睨んだのを見て、ヴァーシャはこうさえぎった。「あんな「ねえ、ばくにもいい考えが浮かんだよ。まだ希望があるよ」 ものはなんでもありやしない。あんな紙に字を書いたもの彼はアルカージイに、につこり笑ってみせた。その蒼白い 顔は、本当に希望の光で生き返ったように思われた。 なんか : : : 屁でもないさ ! それはもう決着した問題だ : 「それはこうなんだ、ばくあさって仕事を持って行くが、た ばくはね、アルカーシャ、今日あそこへ行って来たんだよ : ところが、内へ入らなかった。ばくは苦しいような、悲だし全部じゃないんだ。残りの分は焼けてしまったとか、水 しいような気持ちがしてね ! ただ戸口に立っていたばかりで濡らしたとか、なくしたとかいって、嘘をつくんだ : : : そ れとも、やはり書き上げられなかったというかな。ばくは嘘 なんだ。彼女がビアノを弾いていたので、ばくはそれを聞い きみ、 ていたよ。実はね、アルカージイ」と彼は声をひそめながらがつけないんだから。ばく、自分で釈明しよう、 つまり、何もかもいってしま , っ なんとい、つかわかるかい ? 、った。「ばくは中へ入る勇気がなかったんだよ : 「おい、ヴァーシャ、、 > ったいどうしたんだ ? そんな変なんだ。かようかようの次第で書けませんでした、とぶちまけ るのさ : : ばくの恋愛事件も話してしまうよ。あの方だっ 目つきでばくを見てさ ? 」 ばくは少し気分て、近頃結婚したばかり、だからばくの気持ちをわかってく 「なんだって ? なんでもありやしないー むろんそれは慇懃に、しとやかにやる が悪いんだよ。足ががくがくする。それは徹夜したせいなんださるに相違ない ! ものが緑色に見えるくらいだ。ばくはんだよ。あの方はばくの涙を見て感動される : : : 」 だ。そうなんだよー 「そりやもちろんいいことだ。行きたまえ。あの方のところ ここが、」こんところが : へ行って、ちゃんと話をつけたまえ : : : それに、何も涙なん 彼は心臓を指さして見せた。と、そのまま気絶してしまっ そんなものが何になる ? ヴァ かの必要はありやしない ! ーシャ、きみはまったくばくの度胆を抜いてしまったぜ」 彼が正気に返った時、アルカージイは無理に応急の処置を 取ろうとした。カずくでペッドの中へ寝かせようとしたので「ああ、ばくは行くよ、本当に行くよ。だが、今は書かして ある。けれども、ヴァーシャはいっかな承知しなかった。彼くれ。ばくに書かしてくれ、アルカーシャ。ばくはだれの邪 は両手を折れよとばかり揉みしだきながら、泣いて仕事をす魔もしないから、まあ、書かしてくれ ! 」 アルカージイはべッドの中へ飛び込んだ。彼はヴァーシャ るといい張った。予定の二ページを是が非でも書き上げるの だといって聞かなかった。あまり興奮させないために、アルの言葉を信じなかった、毛筋はども信じなかった。ヴァーシ ヤはどんなことでもしかねない人間だ。しかし、ゆるしを乞 カージイは彼を書類の前に坐らせた。 うにしても、どういう点をどんなふうに詫びるのだろう ? 「ねえ」自分の席に着きながら、ヴァーシャはこういった。

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シようよ ! 彼女はきっとばくに襟巻を編んでくれるに相違な うか ? 」と彼は再び語り始めた。「まず第一にね、ヴァ い。ばくの襟巻がどんなに汚いか、まあ、見てくれ。黄いろ ヤ、ばくはきみたちの子供をみんな洗礼するよ、全部ひとり 、貧相なしろものじゃないか。今日もこいつのおかげで恥 残らずだ。第二にね、ヴァーシャ、これから先の段取りをい ろいろとしなけりゃならない。家具も買わねばならん。部屋をかいたよ ! それに、ヴァーシャ、きみだって悪いよ、ば くがこんな頸環を嵌めているところを紹介するんだからなあ も借りねばならん。彼女にも、きみにも、ばくにも、小さい : しかし、大切なのはこんなことじゃない、ほかでもない 部屋が一間すつあるようなのをね。ばくは明日さっそく方々 いや、二つでがね、実は銀食器をばくが全部ひき受けるよ ! だって、ば の門を廻って、貼り札を見て来るよ。三つ : くはぜひともきみに贈り物をしなけりゃならんだろう、これ しばくたちにはそれ以上必要がない。それどころか、い ・ : ね、ばくの賞 ま考えて見ると、ヴァーシャ、きようばくはつまらんことをはばくの名誉と自尊心が要求するからな ! ばく与は逃げ出しやしないだろう、スコロホードフに渡るって ? しゃべったよ。いや、金に不自由はしない。なあにー は彼女の目を見た瞬間、金には不自由しないと悟ったよ。すどういたしまして、あんな野郎の懐ろを肥やしてやることな べて彼女のためだ。さあ、こうなったら働くぞ ! ヴァーシんかあるもんか。ばくはね、きみのために、銀の匙といいナ ナイフは銀じゃないが立派なナイフだ。 ヤ、一つ冒険して二十五ループリほどの部屋を借りよう。部イフを買うよ、 それから、チョッキを買う、これはばくのチョッキなんだ。 屋が何よりだからね ! い部屋に住めば : : : 人も楽しい ーザンカをばくたちだって、結婚式の介添人をやらなくちゃならんからね ! た し、夢も華やかだ ! 第二としては、リ 共通の会計係にするんだ、そうしたら、一コペイカも無駄にだ、今はいいかい、気をつけろよ。ばくはきみを監督してや ならんよ ! きみ、これからばくが酒場通いをすると思うかるから。今日も、明日も、夜通し鞭を持って張り番して、仕 い ? お門ちがいだよ ! けっして ! おまけに、特別手当事をさせてやるんだ。やっちまえ ! 早く片づけちまえ ! や賞与がもらえる。というのも、ばくたちがせっせと働くか : そうなりや、また晩の訪問に行って、二人とも幸福にな ・ : まれるんだからな。ロトー遊びでもやろうぜ ! : : : 毎晩いっし らだ。うん、働くとも、牛が畠を耕すように働くそー ちえつ、素敵だなあ ! だか、いまい ょに過」そ , つよ あ、一つ想像して見たまえ」アルカージイ・イヴァーノヴィ ばくが手伝ってやれないのが歯がゆいなあ。それ チの声は満足のあまり、ぐったりしたようになった。「不意ましい ・ : なんだって二人 に思いがけなく三十ループリか、二十五ループリ飛び込んでこそ、ぜんぶ代わって書いてやるんだが : 来ることもあるだろう ! : ・ : つまり、賞与がさ、賞与をもらおなじ筆蹟を持って生まれて来なかったんだろう ? 」 「そうだ ! 」とヴァーシャは答えた。「そうだ ! 馬力をか 2 弱うたんびに、帽子なり、襟巻なり、靴下なり、買うことにし

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きみも苦労性だね。どうしたわけか、すっかり隠さずに話しがら、彼の前に立っていた。ヴァーシャはまた目を上げた。 てくれないか。ただあれだけのことで、そんなになるなん「ヴァーシャ ! どうかいい加減にしてくれ、ヴァーシャー きみはばくの心を八つ裂きにしてしまったよ、きみ」 あられ ヴァーシャはひしと彼に身を寄せたまま、何一つ口がきけ と、ヴァーシャの目から霰のような涙が、はらはらと流れ なかった。息がつまったのである。 た。彼はアルカージイの胸に身を投じた。 「たくさんだよ。ヴァーシャ、たくさんだよ ! どうもきみ「ばくはきみをだましたんだ、アルカージイ ! 」と彼はい にはあの仕事が片づけられそうもない。 しかし、それがいっ っこ。「ばくはきみをだました。堪忍してくれ、ゆるしてく たいどうしたというんだね ? ばくはきみの腹が知れない。 れ ! ばくはきみの友情を裏切ったんだ : ・ 一つきみの煩悶をうち明けてくれないか。きみだってわかっ 「なにを、ヴァーシャ、なにをいうんだ ? いったいどうし てくれてるだろう、ばくはきみのために : : : ああ、なんとい たんだい ? 」すっかり度胆を抜かれて、アルカージイは問い うことだ、なんということだ ! 」部屋の中を歩き廻って、今返した。 すぐヴァーシャの薬になるものを見つけ出そうとするよう 「これだー ア」、つ に、手当たり次第のものをつかみながら、彼はこういった。 いいながら、ヴァーシャは自暴自棄の身振りで、抽斗 「ばくはあすきみの代わりに、自分でユリアン・マスタコ の中から六冊の厚い手帳を取り出して、机の上へほうり出し ヴィチのとこへ行って、もういちんち日延べしてもらうよう た。それは彼の写していた手帳と同じものだった。 に頼むよ。拝み倒すよ。もしきみがそんなに苦しんでいるの 「それはなんだね ? 」 なら、すっかりありのまま事情を話すよ : ・・ : 」 「これだけのものを、ばくは明後日までに書き上げなくち 「とんでもない ! 」とヴァーシャは叫んだが、その顔はまるやならないのだ。今までに四分の一もやってないんだから で紙のように白くなった。彼はやっとのことで、その場に立なー っているのであった。 「どうか聞かないでくれ、どうしてこんなことになったか、 「ヴァーシャ、ヴァーシャ ? 」 聞かないでくれ ! 」とヴァーシャは言葉をつづけながら、す ヴァーシャはわれに返った。その唇はわなわな慄えて、 ぐに自分のほうから、煩悶の原因を話し出した。「アルカー 心た。彼は何かいおうとしたが、ただ黙って、痙攣的にアルカジイ、ばくの大事なアルカージイ ! ばくはわれながら自分 ージイの手を握りしめるばかりだった : : : 彼の手は冷たかっ がどうなったのか、えたいが知れないんだよ。まるで何かの 弱た。アルカージイは、苦しく悩ましい期待で胸を一杯にしな夢からさめ切れないような気持ちなんだ。ばくはまるまる三お