フォマー・フォミッチが将軍のもとへ現われたのは、食、つを紛らせ、楽しませようがためにすぎない、 に困っての居候という資格である、 まったくそれつきりフォマーの説明や断言は、この場合大いに眉唾ものなのであ る。ところが、同じフォマー ・フォミッチは道化であると同 なのだ。どこから彼が現われたかは、未知の闇に包まれてい る。もっとも、わたしはわざわざ調べてみて、この注目すべ時に、将軍家の婦人連の間で全然ちがった役廻りを演じてい そうしたー、 , き人物の前半生について二、三聞き知ったことがある。人のた。どうしてそんな細工ができたかというと、 話では、第一、彼はいつどこでか知らないけれど勤めをして事がらの専門家以外には、しよせん想像のつくものではな いたが、その後どこかで苦難に遭遇した。それはむろんいう い。将軍夫人は彼に対して、何か神秘的ともいうべき尊敬を なんのためかといわれても、それはわからな までもなく「真理」のためなのである。また彼はかってモス捧げていた クワで文学に携っていたという噂もある。しかし、何も不思 。しだいに彼は将軍家の婦人たち全部に対して、驚くべき フォマー 議なことはない。 ・フォミッチのあきれ返った無知勢力を握ってしまった。それは、物好きな奥さんたちがよく 無識も、文学的野心を追う妨げとはならなかったに相違な癲狂院などへ訪ねて行く、イヴァン・ヤーコヴレヴィチとか しかし、正確に知れている点は、ただ彼がいたるところなんとかいうような変人や予一言者などの感化力に、いくぶん で失敗したあげく、ついに朗読者、兼受難者として、将軍家似たところがあったのである。彼はいろいろな霊魂救済の本・ 入りを余儀なくされた一事である。彼は将軍から受ける一片を読んで聞かせたり、雄弁な涙を流しながらキリスト教徒の のパンのために、ありとあらゆる屈辱を忍んだのである。も徳行を説明したり、自分の経歴や苦行を物語ったり、教会の っとも、その後、将軍が死んでから、思いがけなくフォマー 祈疇式に朝晩出かけて行ったり、ちょっとした未来の予言を が突然なみなみならぬ重要な人物になりおおせたとき、彼自したり、恐ろしく巧みに夢判断をしたり、口上手に人の悪態 - 身わたしたち一同に向かって、一度ならすこんなことをいつをついたりした。将軍は奥の部屋でしていることを悟ったの 自分が将軍の道化になることを甘んじたのは、要すで、いっそう容赦なく自分の食客に暴威を揮った。しかし、 るに、寛大な心持ちから、友誼のために自己を犠牲にしたのフォマー ・フォミッチの受難者の位置は、将軍夫人やその部 である。将軍は自分の恩人であった。彼は世に解せられざる下に立っ家のものが彼にいだいている尊敬の念を、なおひと こどナ、、いの奥ふかく秘めているしお増すばかりだった。 偉人で、自分フォマー一人冫オー 思想をうち明けてくれた。それから、自分アオマーが将軍の ついに、すべての事情が一変した、将軍が死んだのである。・ 要求によって、さまざまな獣の真似をしたり、活人画をやっ彼の死はかなり奇抜なものだった。以前、自由思想家であり くげんしゃ たりして見せたのは、ただただ病いに虐げられた苦患者の友無神論者であった男が、本当とは思われないくらいおじ気〔
しだいに足が遠くなっていった。で、家の者同士がホイスト 夫が将官であって、したがって自分も将軍夫人だという点な 共にカルタ のだ。 やプレフ = ランス ( ) をやることにな 0 た。しかし、 遊びの名 家の中には夫人専用の部屋が幾つかあった。夫の影の薄い勝負はいつも将軍の恐ろしい発作で終わりを告げた。将軍大 存生の間じゅう、彼女はここで居候連中や、町の情報持参係人や食客の女たちは恐ろしさのあまり、蝋燭を立てたり、お や、自分の股肱の忠臣や、そういったふうの女を相手に威張祈りをしたり、豆やカルタで占いをたててみたり、監獄の囚 っていたものである。その田舎町では、とにかく夫人は名流人にパンを布施したりして、戦々兢々としながら、食後の時 の一人だった。いろんな世間の噂話、名づけ親や仮親の依が来るのを待っていた。食事がすむと、またもや一勝負を始 頼、一コペイカ賭けのカルタ勝負、全体として将軍夫人というめねばならなかった。そして、些細な間違いのために、どな 名に払われる尊敬、それらは夫人が家の中で受ける圧迫を償ったり、わめいたり、罵ったりするのを聞かされ、時にはほと ちょうちゃく って余りあるくらいであった。彼女のところへは、しじゅうんどうち打擲さえ受けるのであった。将軍は自分の気に入 町のおしゃべり連中がやって来て、よろずの相談ごとをするらない時には、だれの前でも遠慮をしなかった。女の腐った し、どこへ行っても、いつでも、彼女には一番の上席が用意みたいに黄いろい声をたてたり、馭者のようにロぎたなく罵・ ゆか せられた、ーーー要するに彼女は、将軍夫人という自分の位置ったり、時とすると、カルタを引っさいて床へまき散らし、 自分のそばから相手の者を追い退けた上、口惜しさ腹だたし から、できるだけのものを絞り取ったのである。 カそのさに泣きだすこともあった。しかも、ことのおこりは、こだ 将軍はそんなことにはいっさい干渉しなかった。・、、 ほんのジャックを九点の代わりに捨てた、というだけのこと 代わり彼は人のいる前で、恥ずかしげもなく妻を冷笑し、な なのである。とうとう彼は視力が鈍ったために、読み手が要 ぜ自分は、こんなおさんどん』と結婚したのだろう、とい 人うような質問を発するのであったが、だれ一人、それに言葉ることとなった。そこへフォマー・フォミッチ・オビースキ のを返そうとする者がなかった。だんだんと知人がみんな彼をンが現われたのである。 実のところ、わたしはこの新しい人物を幾分ものものしい 離れるようになったが、しかし話し相手は彼にとって必要か オくべからざるものだった。彼はおしゃべりをしたり、議論し調子で披露した。彼はいうまでもなくわたしの物語の最も重 コたりするのが好きで、いつでも自分の前に聞き手がいなけれ要な人物の一人である。いかなる程度まで彼が読者の注意を それは説明しないでおこう。こ ンば気に入らなかった。彼は旧式の自由思想家で無神論者だっ要請する権利があるか、 ういう問題は読者自身にまかせたほうが、穏当でもあれば楽 ) た。それで、高遠な問題を論ずるのが道楽だったのである。 でもあるのだ。 ス しかし、 Z 町の聞き手は高遠な問題を好まなかったので、
こんでしまった。彼は泣いて悔悟の意を表わしながら、聖像になっていて、将軍はその中で百人ばかりの百姓を自分のも をおし戴いたり、僧侶を呼んで来たりした。祈蒋式や聖餐式のにしていたのである ) 、白い大理石で造った立派な墓標が が行なわれた。哀れな病人は死にたくないと叫びながら、フある。それには故人の知性、才能、高潔な品性、それから動 ( 章、将軍という官位などに対する顧文を彫り込んであった。 オマーにゆるしを乞うのであった。この事実が後になって、 この碑銘の撰文にはフォマーが大いに尽力したのである。 フォマーになみなみならぬ権威を与えたのである。もっと 将軍夫人は長いあいだ、親の言葉に従わぬ息子をゆるすの・ も、将軍の魂が将軍の体から離れるちょっと前に、次のよう な出来事があった。将軍夫人には、先夫との間にできたプラを拒んで、しきりに駄々をこねた。彼女は居候の女や狆の群・ スコーヴィヤ・イリーニチナという、わたしには叔母に当たれにとり巻かれながら、泣いたりわめいたりした。そして、 る娘があった。嫁に行きはぐれて、いつも将軍の家で暮らし不孝者の乞いをいれてスチ , パンチコヴォへ引き移るくらい 、人身御供なら、いっそこっこつのパンを、「われとわが涙で濡らし」な ていたが、これが将軍にとってこの上もないいし で、彼の足が立たなくなってから十年間というもの、そばをがら、食べたほうがましだ、杖一本に縋って、よその窓下で 合力を乞うたほうがましだ、わたしの足はけっして、けっし 離れぬ看病人として、なくてはならないものにされていた。 というのであった。全体とし 彼女はそのばんやりした、ロ数の少ないつつましい性質のたてあれの家の閾を跨がない ! めに、家中でたった一人、将軍のお気に入りとなっていたて、こういう場合に使われる「足」という言葉は、ある種の が、臨終の時、苦い涙を流しながら病床に近づいて、苦しん奥さん連の口から出ると、非常な力を帯びて来るものだ。将・ でいる病人の枕を直そうとした。ところが、病人は覚東ない軍夫人は名人の巧みさで、芸術的にその言葉を発音した : 手つきで彼女の髪を引っつかみ、憤怒のあまり口から泡さえ手短かにいえば、測り知れぬほどの雄弁がこの問題に費やさ れたのである。ここに注意すべきは、こうした呪いの叫びの 人吹きながら、三度ばかりぐいぐいと引っぱった。それから、 の十分はどの後に彼は死んでしまったのである。大佐のところ最中に、スチ = パンチコヴォへ引っ越す用意のために、家の へも通知が発せられた、もっとも、将軍夫人はあんな者の顔中が少しずつ片づけられていたことである。大佐は毎日スチ 工パンチコヴォから町へ四十露里の道をかよって、ありたけ こういう場合にあれを目通りへ通すくらいな は見たくない、 「一ら死んだほうがましだ、というにはいったけれど。葬式は立の乗馬をすっかり台なしにしてしまった。こうして将軍の葬 ン派にとり行なわれたが、それはむろん、目通りへ通すのもい式から二週間たった時、初めて侮辱された女親の目通りを許 ー・フォミッチは談判の衝に当たっ されたのである。フォマ ゃな親不孝の息子が、費用万端を負担したのである。 ス た。この二週間というもの、彼はこの親不孝者の「不人情な」 9 荒れたクニヤジョフカ村には ( それは幾人かの地主の所有
ーシャ、明日の命名日の祝い主で、いま両方のかくしに一ば たのでしようよ。お母様がね、お茶がほしいとおっしやるの い茸をつめ、手には独楽を持っていた。その後から、一人の に、あなたはお注ぎにならないのでございますね。お母様 若いすらりとした娘が入って来た。少しあおい顔をして、な待っていらっしやるじゃありませんか」プラスコーヴィャ叔 んだか疲れたようだけれど、きわめて美しい女であった。彼母はわたしをうっちゃって、一目散に自分の職務を果たしに 女はためすような、疑い深い、むしろ臆病そうな目つきで、飛んで行った。 ちらと一座を見廻した後、じっとわたしの顔を見つめて、タ この一座の中で一番えらい人物で、みんながその前で戦々 チャーナのそばに座をしめた。わたしは、急に心臓がどきん兢々としている将軍夫人は、全身に喪服をまとった、痩せぎ としたのを覚えている。これが例の家庭教師なんだなと悟っすの、意地悪げな老婆だった。もっとも、その意地悪さは、 た。それからまた、叔父が彼女の出現と同時に、ちらとわた年をとるにしたがって、前からそう豊かでなかった最後の脳 しのほうに素ばやく視線を投げて、真っ赤になったのも覚え力を失ったためなのである。もとはただの分らず屋だった ている。叔父は急に下へかがみこんで、イ リューシャを両手が、将軍夫人という位置がいっそう彼女を分らず屋の、高慢 に抱き上げると、わたしのそばへ持って来て、接吻させた。オちきな女にしてしまったのである。彼女が怒った時には家じ プノースキナ夫人は、はじめじっと叔父を見つめていたが、やゅうが地獄のようになった。彼女の怒りかたに二色あった。 がて皮肉な徴笑を浮かべながら、自分の柄付き眼鏡を家庭教第一はだんまりの手で、老婆は幾日も幾日も唇を開かないで、 師へ向けた。叔父はすっかりてれてしまって、どうしてい 何を前へ出されても、ばんばんと突きとばしたり、ときには かわからないらしく、サーシャを呼び出してわたしに紹介し床へ投げつけたりして、しつつこく黙りこむのであった。い ようとしたが、こちらは無言のままちょっと腰を曲げ、恐ろま一つはぜんぜん正反対な方法で、きわめて雄弁なものだっ 人しくまじめくさった様子をして、会釈したばかりだった。け た。まず最初の手初めとして、祖母は ( じっさい彼女はわた のれど、それがいかにも彼女にふさわしいので、わたしはすっ しにとって祖母なのだ ) 度はずれな憂鬱に沈んで、世界の破 とかり気に入ってしまった。その時、人のいいプラスコーヴィ 減を期待し、自分の家産の蕩尽、を覚悟し、前途に貧困とかな 村 ャ叔母が我慢しきれなくなり、お茶を注ぐのをうっちゃっんとか、ありとあらゆる悲しみを予覚するのだった。そし 一一て、わたしに飛びかかりながら接吻したが、わたしがふた一「ロて、自分で自分の予覚に感動して、将来の不幸を指を折って ンと彼女にものをいう暇もないうちに、さっそくべレベリーツ数えあげる。しかも、その際なにかしら一種の感興、一種の 〕イナ嬢の黄いろい声が響き渡った。「大方ね、プラスコーヴ感奮に陥るのであった。もちろん、彼女はしじゅういっさ、 ズイヤ・イリーニチナは、お母様 ( 将軍夫人 ) をお忘れ遊ばしを見抜いていたのだが、「この家』で無理やりに力すくで黙 2 ゆか
らく足を停められることになった。わたしはこの報知にびっす ! 』むろん、わたしはいま手短かに掻いつまんで話してい R くりして、好機逸すべからずと、急いで飛んで行って挨拶をるんで、ただほんの要点を伝えるにすぎないんだよ。しか したよ、食事にご招待したわけだ。すると将軍は、もし都合し、そのほかにあの男がいったことをもしお前がすっかり知 がついたらと、約東してくだすった。実に上品な立派な方ったら : : : ひと口にいえば、わたしは魂の底まで揺すぶられ たような気がしたー したいと、つしたらいいんたろ、つ ? で、まったくのところ、あらゆる美徳に輝いておられるとい っていいくらいだし、おまけに第一流の名士なんだ ! 同行わたしは当然、意気沮喪してしまった。わたしはこのいきさ の義妹のほうも親切に世話をしておられるし、ある一人のみつにすっかり気持ちをめちやめちゃにされて、まるで濡れし なし児を、素晴らしい青年と結婚させなすったこともあるよばけた牝鵁みたいに、悄然となってしまったんだ。そのう ( この男は今マリーノフで弁護士をしているが、まだ若い男ちに、やがて晴れの当日がやって来た。ところが、将軍は使い だけれど、実に全宇宙的な教養を持っているんだ ! ) 。一口をよこして、都合がっきかねるからと、辞退の挨拶だ、 つまり、お見えにならないことになった。わたしはフォマ にいえば、将軍中の将軍ともいうべき人物なんだ ! そこ ・フォミッチに向かって、『さあ、フォマー、安心してく で、家じや当然、大騒ぎが持ちあがって、やれコッグだ、や フリカセイ れ焼鵁だ、やれオーケストラだと、歓迎の準備で夢中になつれたまえ、お見えにならんよ』というと、その返事はどうだ てしまった。わたしはむろん嬉しいものだから、まるで命名ったと思う ? ゆるしてくれない、いやだいやだの一点ばり だ ! 『あなたはわたしを侮辱した』で、どこまでも押して来 日でも来たような様子をしていた。ところがね、それがフォ こ、つもいって ・フォミッチの気に入らない。わたしが命名日の主のよるじゃないか。わたしはいろいろああもいし じみた。『駄目です、勝手に自分の好きな将軍連のところへ うな、嬉しそうな顔をしているのが気に入らないんだ ! っとテープルに向かったまま、 今でもまだ覚えているらっしゃい。あなたはわたしなんかより将軍連のほうが大切 が、あの人の大好きなクリームをかけたゼリーが出たとこ なんだから。あなたは友情の絆を断ち切ってしまったんで ろだったつけ、 むつつりと黙りこくっているかと思うす』とこうなんだよ。なあ、セルゲイ ! そりやわたしだっ とス いきなり跳びあがって、『わたしは侮辱された、侮辱されて、あの人がどうして腹をたてるのか、ちゃんとわかっては いるのだ。わたしはけっして無神経なでくの坊でもなけれ た ! 』というじゃよ、、。「いったいどうして侮辱されたん だね、フォマ ば、のらくらの穀潰しでもないんだから、つまり、あの人が ・フォミッチ ? 』とたすねると、『あなたは いまわたしをないがしろにしている。あなたはいま将軍に夢わたしのことを思ってくれるために、その一心が過ぎて、あ 中になってしまって、わたしより将軍のはうが大切なんであいうふうにするのだということは、十分に察しているんだ
よ、 あの人は自分でもそういっているが、 あれはわうじゃよ、 オしか。きみを将軍に昇進さすなんて、そんな権利が たしのことで将軍にやき餅を焼いてるんだ。わたしの好意をわたしにあると思うかね ? いったいだれがそういう任命を なくするのが心配なものだから、わたしを試験しようとしてするのか、考えてみるがいい。それに、どうしてきみのこと いるわけなんだ。わたしがあの男のために、どれだけ犠牲をを閣下なんて呼べるんだ ? だって、それは人間の運命の厳 払うことができるか、そこを突きとめようと思っているん粛さを蹂躙するようなものじゃないか ! 将軍は国家の誇り だ。だが、あの男はどこまでもいい張って聞かないのさ。 ともなるべきもので、戦場で命がけの戦いをして、名誉の血 「駄目です、わたしはあなたにとって将軍も同じことですを流した人なんだからね ! きみのことを閣下だなんて、そ よ。わたし自身があなたにとって閣下の地位にいるんですかんなことはいえるわけがないよ ! 』ところが、あの人はいっ らね ! あなたはわたしに対する尊敬を証明してくださら かな後へ退こうとしない ! そこで、わたしはこういった。 ー三り・ 断じて和睦をするわけにはいきません』「いった 『フォマー、わたしはきみの望みをなんでもかなえてあげ いどうしたら、きみにその敬意を証明することができるんだる。現にきみは、わたしの頬ひげが愛国的精神に背くといっ ね、フォマー ・フォミッチ ? 』「わたしをまるいちんち閣下て、無理やりに剃れ剃れといい張るものだから、わたしはこ と呼んでください。そうしたら、わたしに対する尊敬を証明の通り剃り落としてしまった。顔をしかめながらも、とにか したことになりますよ』わたしは雲の上から足を踏みはすしく剃り落としてしまった。そればかりじゃない、きみの望む たような気がしたよ。わたしがどれくらい度胆を抜かれた ことなら、なんでもそのとおりにするから、ただ将軍の位だ か、よろしく察してもらいたいよ ! 『そうです』とあの人 けは思い切ってもらいたい ! 』『いや、わたしは閣下といっ はいうのだ。『これはあなたにとっていい教訓になるでしょてもらうまでは、けっして和睦しません ! それは、あなた 人う。ほかの人間だって、あなたの好きな将軍連を束にしたよの道徳的修養のためにも、有益なことなんです。それはあな のりか、もっと気が利いてるかもしれないのに、むやみと将軍たの自尊心を和げることになりますからね ! 』とこう来る。 とをありがたがるなんて、気をつけたらいいでしよう ! 』さそういうわけで、もうかれこれ一週間ばかり、いや、まる一 あ、このときわたしもいよいよ堪忍袋の緒を切らしたんだ。週間もわたしと口をきこうとしないで、家へやって来る人ご コこれは今となって後悔するよ ! みんなの前で立派に悔悟のとに腹をたてているんだ。お前のことにしても、学者だとい ン意を表するよ ! が、その時は我慢しきれなくなってこうい う話を聞くが早いか、 もっとも、これはわたしが亜いの った。「フォマー・フォミッチ、いったいそんなことができ だ、つい前後の考えもなく、ロをすべらしてしまったのさ ! スると思うのかね ? え、どうしたってそんなことは無理だろすると、お前がこの家へ乗り込んで来たら、もうけっしてこ
うじゃありませんか : ・・ : ちえつ、、 しったいあなたはどうした 「将軍です。なんなら、どういう将軍か申し上げてもいいで というのです ? ねえ、あなたの女は頭巾つきの狐の外套をすよ。その、ポロヴィーツイン将軍というので」 着てるでしよう、ところがばくのほうは格子縞のマントを着「へえ ! いや、それは違います ( ええ、いまいましい て、空色のビロードの帽子をかぶってるんですからね・ : : ・さ いまいましい ! ) 」 あ、この上あなたは何が必要なんです ? どうしてほしいと「違いますか ? 」 い - っ′ルで、丁・ ? ・」 「違います」 「空色のビロードの帽子ですって ? あれも格子縞のマント 両人はしばらく黙って、けげんそうに互いの顔を見合って をかぶっているんだ」としつこい紳士はたちまち引っ返して 来てこう叫んだ。 「ねえ、 いったいあなたはなんだってひとの顔をじろじろ見 「ええ、こん畜生 ! だが、なるほど、こういうことだってるんです ? 」青年はさもいまいましげに、茫然自失の状態か あるかもしれないんだな : : もっとも、ばくは何をいってるら醒め、もの思いを振り落とそうとするような身振りでこう んたろう ? あれはあんなとこへ出入りしやしないもの ! 」叫んだ。 「そのひとはどこにいるんです、 あなたの愛人は ? 」 紳士はあわて出した。 「あなたはそんなことが知りたいんですか、それをきいて何「わたしは、わたしは、正直なところ : : : 」 になさる ? 」 「いや、ごめん、失礼ですが、もうこうなったら、も少し悧 「正直なところ、わたしはどうしてもその : : : 」 巧な話し方をしようじゃありませんか。共通の問題ですから 「ちえつ、くそ ! あなたはまるで恥すかしいってことを知ね。一つ説明していただきましよう : : いったいあすこにい らないんだ。いやね、ばくの女はこの家の三階の知人のとこるのはだれです ? へ来てるんでさあ、窓が表のほうに向いてるアパルトマンに 「といって、わたしの知人のことですか ? 」 ね。さあ、いったいあなたはその人たちの名をいちいちいっ 「そう、あなたの知人のことです : : : 」 てほしいんですかね、え ? 」 てつきり 「そら、ごらんなさい、そら、ごらんなさい ! 「おやおや ! わたしはこの家の三階に知人を持ってるんで図星でしよう、あなたの目つきでちゃんとわかっとります すよ。やはり窓が表に向いたアパルトマンに : : ・将軍でねよ ! 」 「こん畜生 ! 違うったら違います、こん畜生 ! 「将軍ですって」 あなたは盲目なんですか ? だって、ばくはあなたの前に立
「しかし、どうしてそのフォマーが : : 」とわたしはたずねこんだのだ。すっかりあいつのロ車に乗せられて、もう今じ郷 た。「どうしてあの男が、家内じゅうを征服してしまったのやあまるで、借りて来た猫のようになりきっとるよ、将軍夫 なにしろ五十面さげて、クラホ でしよう ? どうしてそんな人間を邸から叩き出さないので人というのは名ばかりさ ートキン将軍のところへ嫁入りしたんだからなあ ! エゴー しよ、つ ? ~ 大は : : : 」 ル・イリッチの妹、四十になるまで嫁入りもせずにいるプラ いったいあんたは血迷ったんじ 「あいつを叩き出すって ? スコーヴィヤ・イリーニチナのことは、ムフさら何もいうがも ノ・イリッチなどは、あの男の前 ゃなしかな ? 現在エゴーレ のはありやせん。いまも溜息ばかりついて、忙しそうにてん をこそこそと足音を盗んで歩いとるじゃないか ! それに、 わしはもう、惓き倦きしてしまっ いったんフォマーが水曜を木曜の代わりにするといい出したてこ舞をしておる、 が、あの女 ら、あすこの家ではみんな一人残らす、木曜を水曜と思うよた。しかし、あんな女のことはどうでもよい ! うになるんだからなあ。『おれは木曜はいやだ、水曜でなくの中にも女性というやつがある。いっこうなに一つ取柄のな ちゃあならん ! 』というと、もうそれで一週間に水曜日が一一い人だけれど、ただ女性だというだけのことで尊敬しなけり ゃなるまいて ! ふつー こんな話をするのもいかがわしい 日出来るわけなんだ。あんた、わしが何か出たらめでもいう ことだ。あの女はあんたの叔母さんにあたるんだね。ただ一 と思われるかね ? ところが、ほんのこれつから先も嘘をつ もうなんのことはない、あいたロもふさ人アレグサンドラ・エゴーロヴナ、ーー・大佐のお嬢さんは、 いとらんのだよ ! まだやっと十六の子供だが、わしにいわせれば、これが一ば がらんような話なのさ ! 」 ん賢いよ。ちっともフォマーを尊敬しないのだ。そりや見と 「ばくもその話を聞きましたが、実は : : : 」 っても愉快だよ。実にかわいいお嬢さんだ、まったく ! そ 一つことばか 「実は実は、ばっかりいってるじゃないか ! だって、あの まあ、それよりれに、あんなやつをだれが尊敬するものか ! り阿呆みたいに ! 何が、実はなんだい ! わしのいうことをよく聞きなさい。いったいわしがどんな恐男は亡くなったクラホートキン将軍のところで、道化役をつ とめておったのじゃないか ! 将軍様のご機嫌をとるため ろしい所から出て来たか、あんたごそんじかね ? ロスター ところ に、いろんな獣の真似をしておったじゃないか ! ネフ大佐のお母さんはもちろん、立派な貴婦人に相違ない が、「以前ヴァーニヤは肥たご担っておりました、今じゃヴ し、また将軍夫人にも違いないけれども、わしにいわせり アーニヤは将軍様』とい、つよ、つなことさ。そして、大佐は、 や、もうすっかり耄碌してしまっとるのだ。いまいましいフ オームカのやつに、まるで目がないんだからなあ。まったくあんたの叔父さんは、道化の古手を産みの親のようにうやま って、あの畜生の絵像を額に仕立て、現在わが家の居候の足 何もかもあの女が悪いのだ、あの女があいつを家へひつばり
えるのだった。三十分の後、大佐はだれかをつかまえて、そ あった。これが少なくとも丸一時間つづいた。もし大佐がこ の上着のボタンをいじくりながら、こんなことをいっている の涙の価値を理解できなかったら、それこそ禍いなるかな、 である ! ところが、彼は困ったことに、ほとんど一度もそのだ。 「いや、しかしね、きみ、母は grande dame ( 貴婦人 ) だか れを理解できなかった。そして、持ち前の無邪気な性質のた レいつも狙ったように、そうした涙の瞬間に行き合わせらね、将軍夫人だからね ! 実に優しいお婆さんなんだけれ て、いやでも応でも試験を受けなければならなかったのであど、なにしろ、きみ、いろんな、その、優美なことに慣れて る。けれど、彼の恭順は毫も減ずることなく、ついにはぎりるもんだから、・ ! : わたしのようなぶ骨男のお相手じゃない いま母はわたしのことを怒ってるが、それはもちろ ぎりの絶頂に達してしまった。将軍夫人もフォマーも二人なよ ! がら、あの長い年月の間クラホートキン将軍のお蔭で、彼らん、こっちが悪いのさ。わたしはね、きみ、自分がどんな悪、 いことをしたのかまだ知らないけれど、しかしもちろん、わ の頭上に鳴りはためいていた雷がもはや通り過ぎてしまっ た、通り過ぎて二度とかえることがないのを、十分に感じたたしが悪いにきまってるさ : これは尉の また、時とすると、ペレベリーツイナ嬢、 のである。よく将軍夫人はなんという原因もなく気絶して、 長いすの上へひっくり返ることがあった。すると家じゅう大ない、禿隠しをくっ付けた、小さな貪婪な目つきをした、脣 が寺ホのよ、つに田、、 胡瓜の水で手を洗い上げた、世間全体を 騒ぎである。その時、大佐はもうかたなしで、ポプラの葉の とう ように慄えるばかりだった。 白眼視している、薹のたった代物だったが、これが同じよう 「むごい息子だ ! 」と将軍夫人は正気づいて叫ぶ。「お前はに叔父に向かって、一場のお説教をするのを、義務のように mes entrailles. 心得ていた。 わたしの内臓を掻きむしってしまった : 「それはつまり、あなたが親を敬わないからです。それはっ 人 mes entrailles 一 ( わたしの内臓を、わたしの内臓を ! ) 」 まり、あなたが利己主義者だからです。あなたがお母様を侮 の「お母さん、どうしてわたしがあなたの内臓を掻きむしった 辱なさるからです。あの方はそういうことに慣れていらっし のですか ? 」と大佐は恐る恐る言葉を返す。 村 ゃいません。あの方は将軍夫人ですよ。それだのに、あなた 「掻きむしった ! 掻きむしった ! それだのに、あれはま コだ言いわけなぞしている ! 無作法なことをいっている。むはまだただの大佐じゃありませんか ? 」 「あのね、きみ、あのペレベリーツイナ嬢はね」と大佐は自 ンごたらしい息子だ ! ああ、死にそうだ ! 分の聞き手をつかまえて、こういうのであった。「実は、立 大佐はむろん、かたなしである。 けれども、どういうものか、夫人はいつでも無事に生きか派な娘さんだよ。身をもって母をかばってるんだからね !
ラレイの保護者になろうと決心した。ます、下男どもの教育 理髪師のクジマーは祭日ごとに、彼の髪をカールしてやらな ければならなかった。この少年は何かしら妙な性質で、まるをまるで考えようともしないといって叔父をさんざんきめつ けた後、彼はさっそくかわいそうな少年に、修身や、行儀作 つきりの馬鹿とか、 1 凩ちがいとかい、つわけには、、よかった けれど、あまり無邪気で正直で単純だったので、どうかする法や、フランス語などを教え始めた。『とんでもないこと と、本当に丐鹿と思われるくらいだった。何か夢でも見るだ ! 』彼は自分の馬鹿げた考えを弁護しながら、よくこうい ・フォミッチ一人 しいいした ( この考えはあながちフォマー と、すぐにご主人がたのところへ行ってその話をしたり、邪魔 こ主人がたの話にの頭に浮かんだわけでもない、それはこの文章の筆者が証明 になりはせぬかというような斟酌なしに、・ 口をいれたり、下男として話せないようなことまでべらべらする ) 。『とんでもないことだ ! あの子供はいつも二階で、 としゃべるのであ 0 た。彼は将軍夫人が気絶したり、旦那様将軍夫人のお傍についているのだから、もし夫人が出しぬけ に、あの子がフランス語を知らないのを忘れて、ドンネ・モ があまりひどく罵られたりすると、心底から熱い涙を流し て、さめざめと泣くのであった。彼はすべての不幸に同情しア・モン・ムーシ = アール ( わたしの ( ンカチを持 0 て来ておく た。どうかすると、将軍夫人のそばへ寄って、その手を接吻れ ) とかなんとかおっしやった時、すぐ機転を利かしてお役 に立たなくちゃならないわけだ ! 』けれども、ファラレイに すると将軍夫人も、 しながら、怒らないでくれと頼む、 はフランス語を教えこむどころか、叔父にあたる料理人のア この大胆な出過ぎた真似を、寛大にゆるしてやるのであっ た。彼は度はずれに感じやすく、まるで仔羊のように善良でンドロンが甥にロシャ語の読み書きを教えようと、欲得はな 。、 , , オオこ主人たちのれて一生懸命に骨折ったけれど、すっかり匙を投げてしまっ 悪気がなく、幸福な子供のように央舌どっこ。。 て、もうずっと前から読本を棚の上へ突っこんでしまったく 食事の時には、、 しつもいろんなものをもらって食べた。 人彼はいつも将軍夫人の椅子のうしろに立 0 て、砂糖をもららいである。ファラレイは書物のほうにかけては恐ろしく頭 のうのを何より楽しみにしていた。砂糖の塊りをもらうと、彼が鈍くて、まったく何一つ呑みこむことができなかった。そ 」はいきなりその場で、牛乳のように白い丈夫そうな歯でがりればかりでなく、そのために一度、騒ぎが持ちあがったほど オがり噛った。そして、楽しげな空色の目にも、かわいい顔ぜである。ほかでもない、下男どもがファラレイを「フランス コんたいにも、たとえようのない満足の色が輝き渡るのであつ人」といってからかった時、叔父のお付きをしている下男頭 チ のガプリーラ老人が、フランス語学習の利益を公然と否定し ・フォミッチの耳に入った たのである。このことがフォマー フォマー ・フォミッチは、長いあいだ腹をたてていたカ ス怒ってみても、どうにもならぬと合点すると、彼は急にフアので、かんかんに怒ったフォマーは、当の敵手たるガヴリー