おできにならない方でございます』」 とになっていましたのよ。ところが、あの人の着いたことは 「ええ、ええ ! それはすっかりあたしの思っていたとおり もうわかってるんですけど、もうこれで三日目になるのに、 よ ! 」とナスチェンカは叫んだ。よろこびの色がその双眼に手紙も来なければ、当人の影も見えないんですもの。あたし かがやいた。「ああ ! あなたはあたしの疑いを解いてくだお祖母さんの傍を離れるわけにはどうしてもいきませんか さいました、あなたは神様がお送りくだすった方ですわ ! ら、今お話した親切な人のとこへ、明日あたしの手紙を届け てくださらない ありがとう、お礼を申します ! 」 。もし返事があったら、あなたそれを晩の十 「なんのお礼 ? 神様がばくを送ったそのお礼ですか ? 」そ時にご自分で持って来てちょうだいな」 のよろこばしげな顔をうちょうてんになって見ながら、わた だって、その前に手紙を書かな 「でも、手紙は、手紙はー しは答えた。 くちゃならないでしよう ! いったいあさってまで持ち越す んですか ? 」 「まあ、そのお礼としてもいいわ」 「ああ、ナスチェンカ ! ある人たちに対しては、、 「手紙ね : : : 」とナスチェンカはやや当惑の態で答えた。 に生きているということに対して、お礼をいいたいようなこ「手紙ね : : : でも : ともありますからね。ばくはあなたと出会ったことに対し彼女はしまいまでいい切らなかった。初めちょっとわたし て、一生あなたのことを忘れないということに対して、あな から顔をそむけて、薔薇のように真っ赤になったかと思う たにお礼をいいますよ ! 」 と、不意にわたしは自分の手の中に一通の手紙が押し込まれ 「まあ、たくさん、たくさんですわ ! さて、そこでね、一るのを感じた。察するところ、もはやとっくに書かれ、用意 っ聞いていただきたいことがありますの。その時の約東とい され、封に入れられてあったものらしい。何かしら懐かし うのはね、あの人がここへ着いたらすぐ、ある所へ手紙を置 、優美な追憶が、ちらりとわたしの頭をかすめた。 いて、それで自分のことを知らせる、とこういう話になって「 R. 0 ー Ro. i—si, n, a. —na 」とわたしは、、、けこ。 いましたの。それはあたしの知合いで、気の優しいさつばり 「 Rosina! 」とわたしたちはいっしょに歌い出した。わたし した人でね、このことについてはなんにも知らないんですは歓喜のあまりほとんど彼女を抱かんばかりにし、彼女はも の。それとも、手紙ってものはいつだってなんでも書けるとうこの上どうにもならぬというほど顔を真っ赤にして、黒い 夜きまったものでないから、手紙をことづけることができなか睫毛の上で真珠のように慄える涙の隙から笑いながら。 「さ、も、ったくさんよ、たくさんよ ! では、さよなら ! 」 ったとしましよう。その時には、着くとすぐ、かっきり夜の 白十時に、二人で約東したこの場所へやって来る、そういうこと彼女は早口にいった。「さ。これが手紙、これが持って行く
た。叔父とはごく時たまにしか手紙の往復をしなかった。し幸福を授けることになる。この結婚によって、わたしは任侠 こういって、彼はわた かも、それは金の要る時ばかりだったが、彼は一度もそれをな行ないをすることにさえなる、 拒絶したことがなかった。ところが、そのうちに何かの用事しの高潔心に訴え、彼女に相当な持参金をつけることも約東 でペテルプルグへ来た一人の下男から、今スチ , パンチコヴしていた。もっとも、持参金のことは妙に秘密めいた、臆病 オ村ではあきれ返ったことが持ちあがっているという話を聞な調子で書いてあって、手紙の終わりには、このことは極々 きこんだ。この最初の情報は、わたしの興味を喚びさますとの秘密にしてくれと、書き添えてあった。この手紙は強くわ めまい たしを打った。とうとう、わたしは眩暈さえ感じたくらいで 同時に、あきれさせた。わたしはせっせと叔父へ手紙を出し 始めた。 、叔父の返事はいつも曖眛で奇妙で、どの手紙にある。実際、だれだってわたしのような焼きたてのほやほや もどの手紙にも、ただ学者としてのお前の前途に多大の望み書生で、こんな提言に心をひしがれない者はあるまい、単に だけからいっても十分ではないか。 をかけ、お前の未来の成功を誇りとしているなどと、そんなそのロマンチッグな方面 学問のことばかり書いてよこすのであった。ところが突然、それに、この家庭教師がきわめて美しい娘だということも、 かねて聞き知っていた。わたしは、すぐさまスチェパンチフ かなり長い無沙汰の後、わたしは彼から一通の手紙を受けと った。それは以前の手紙とはまるで違った、驚くべきものでヴォ村へ出発すると、叔父に返事を出してはおいたものの、 あった。それは実に変てこな暗示めいた言葉の連続で、矛盾どうしていいか決心がっかなかった。叔父はその手紙に旅費 撞着に充ちていたので、初めのうちはほとんど何一つ合点がを封入して送ってくれたが、それにもかかわらず、わたしは いろいろな疑惑と不安のうちに、三週間ばかりペテルプルグ いかなかった。察するところ、彼は並々ならぬ不安に襲われ ていたものらしい。しかし、この手紙の中で、たった一つ明でぐずぐずしていた。 ところが突然、わたしは叔父の以前の同僚に出会った。彼 人瞭なことがあった。ほかでもない、叔父はまじめに、一、 の に、ほとんど祈らないばかりの調子で、以前の自分の養い児はコーカサスからペテルプルグへ帰る途中、スチェパンチコ 」と少しも早く結婚するように、と勧めているのであった。そヴォ村へ寄ったのである。もう大分な年輩で、分別もある れは、苗字をエジ = ヴィーキンという、きわめて貧しいあるし、昔から独身者でおし通している人だった。彼は憤慨に堪 コ田舎官吏の娘であるが、叔父に学資を出してもらって、さるえぬ調子で、わたしにフォマーのことを話して聞かせたが、 ンモスクワの学校で立派な教育を受けた後、今では叔父の子供その際わたしのまだ夢にも知らないでいた一つの事情を伝え ) たちの家庭教師をしているのであった。叔父の手紙によるてくれた。ほかでもない、将軍夫人とフォマー・フォミッチ 、叔父をある奇妙な女と結婚させようと思いっき、その手 スと、彼女は不幸な身の上だけれど、わたしとの結婚は彼女に
しはこの手紙をひき裂いてしまいます。この手紙に唾をひっ さあ、き うそ無事で、神様の祝福をお受けになるように ! にかけて、踏みにじ みも祝福してあげよう」彼はイリ = ーシャのほうへふり向かけてやります ! わたしはこれを土足 もしあ って、それで神聖な人類の義務を果たしますわい きながら、更に言葉をつづけた。「どうか神様の守護によっ ファラなたがカずくでわたしに説明を要求されるなら、わたしはそ て、行くすえ情熱の毒気に染まぬようにしなさい ! 見ておいでなさ ー丿ンスキイなんそ忘れれを実行しますぞ ! 見ておいでなさい ! レイ、お前も祝福してやるよ。コマ 見ておいでなさいー てしまうんだぞ ! : それから、皆さん、あなた方にも神様 : フォマーのことを忘れんでくだ細かく引きちぎられた紙ぎれが、部屋いちめんに飛び散っ の祝福がありますように : : さあ、ガヴリーラ、出かけよう ! わしを馬車に乗 「くり返していうけれど、フォマー、きみは誤解してるんだ せてくれ、爺さん」 こういって、フォマーは戸口のほうへ歩き出した。将軍夫よ ! 」叔父はしだいにあおざめながら、こう叫んだ。「わた しは結婚の申込みをしようというんだよ、フォマー、自分の 人はきやっと叫びながら、その後を追って駆け出した。 きみをそんなふうにして出すわけ幸福を求めているんだよ : : : 」 「いけない、フォマ 「結婚を申し込むんですって ! あなたはこの娘を誘惑しな にしかなし ! 」と叔父は叫んで、うしろから追いっきなが がら、結婚を申し込むなぞといって、わたしをごまかしてお ら、むすとその腕をつかんだ。 「してみると、あなたは腕力に訴えようと、されるんですられる。わたしはゆうべ庭の繁みの陰で、あなたがこの娘と 、つしょにおるところを、ちゃんと見届けたのですそ ! 」 な ? 」とフォマーは傲慢な調子でたずねた。 ・ : 腕力にだって訴えるとも ! 」興奮将軍夫人はあっと叫んで、くたくたと安楽いすに倒れかか 「そうだよ、フォマ のあまりわなわなと顫えながら、叔父はそう答えた。「きみった。一座はたちまち混乱に落ちてしまった。かわいそうな はずいぶんいろんなことをいったのだから、その説明をするナスチ、ンカは、まるで死人のように真 0 青な顔をして坐 0 きみはわたしの手紙をとり違えているんだていた。サーシ = ンカはびつくりしてしまって、イリ = ーシ . 義務があるよ ! ヤを抱きしめたまま、熱病にでもかかったように顫えて よ、フォマ 「あなたの手紙を ? 」癇癪を破裂させるために、この瞬間をた。 「フォマー ! 」と叔父はやっきとなって叫んだ。「もしその 待ちかまえていたかのように、見る見るかっと激しながら、 フォマーは甲高い声で叫んだ。「あなたの手紙ですと ! そ秘密を吹聴したら、きみはこの世で最も陋劣な行為をするこ とになるんだよ ! 」 れはここにある。これがあなたの手紙です ! そら ! わた っ ) 0
「どうか失礼はごめんください」とわたしは言葉をつづけ况にとり巻かれているか、それを考えてくだすったら : : : 」 8 た。「ばくはいま気が潁倒してしまってるので、ついこんな 「いいえ、後生ですから、言いわけなんかしないでくださ ふうに話のロをきりましたが、それは間違っていたと感じま 正直なお話、わたしはそれでなくてさえ、こんなお話 す : : : ことにあなたをつかまえて、こんな話ぶりはよくなかを伺うのは苦しいのですから。でも、察していただきたいの : しかし、どうだって同じです ! こういう場合にですけど、わたしは自分のほうからあなたにお話をしかけ は、ざっくばらんな態度が、一番いいと思いますよ。率直にて、何やかや伺おうと思っていたんですの : : : まあ、本当に 申しますが : : : つまり、ばくのいいたいと思ったのは : : : あ いやんなっちまいますわ ! じゃ、あの人はいきなり、そん なたは叔父の意向をごそんじですか ? 叔父はばくに手紙をな手紙をあなたに出したんですの ? わたしもつまり、その よこして、あなたに結婚の申込みをしろといいつけたんでことを何より一ばん心配していたんですの ! まあ、本当に なんて人でしよう ! ところで、あなたはそれを本当にし 「まあ、なんてばかばかしい、そんな話はしないでくださて、取るものも取りあえず飛んでいらしたわけなんですね ? お願いですから ! 」真っ赤になって、急いでわたしの言まあ、ご苦労な話 ! 」 葉をさえぎりながら、彼女はそういっこ。 彼女はいまいましさの念を隠そうともしなかった。わたし わたしは度胆を抜かれてしまった。 の立場ははなはだ面白からぬことになって来た。 「え、ばかばかしいんですって ? でも、叔父はちゃんとば 「正直なところ、ばくは思いもよりませんでしたよ : くのところへ手紙をよこしたんですよ」 な話になろうとは : : 」わたしはもうすっかり照れてしまっ 「本当に、真正面からそんなことが書いてあったんですの ? 」て、こういい出した。「それどころか、ばくが考えていたの と、彼女は活気を帯びた声で問い返した。「まあ、なんて人は : でしよう ? そんな手紙は出さないって、あんなに約東して「あーら、あなたそんなことを考えてらしったの ? 」と彼女 おきながら ! ばかばかしい ! 本当にばかばかしいったらは軽く唇を噛みしめながら、やや皮肉がかった調子でいっ ありやしないわ ! 」 た。「ときに、あの人の出したその手紙をわたしに見せてく 「失礼ですが」わたしはなんといっていいかわからないで、 ださいません ? 」 へどもどしながらロをきった。「或いは、ばくの行為は慎重「そりやいいですとも」 ・・・しかー ) は を欠いた、粗暴なものだったかもしれませんが : 「でもね、お願いですから、わたしに腹をたてないでくださ にしろこんな場合なんですからね ! ばくたちは今どんな状いな、気を悪くしてくだすっちゃ困りますわ。でなくって
と彼女は泣きながらいった。「あの人のことをいい出さない て、わたしがそばへ寄るのに気がっかなかった。 「ナスチェンカ ! 」とわたしは無理に興奮を抑えながら呼びでちょうだい、あの人は必ず来るなんていわないで、あの人 む 1 一 は慘たらしく、血も涙もなくあたしを棄てたんだわ、こんな しったいなんの 彼女は素早くわたしのほうへふり返った。 やり方をするなんて、なんのためでしよう、、 ためでしよう ? あたしの手紙の中に、あの不運な手紙の中 「え、どうでしたの ? 」と彼女はいった。「さあ、早く ! 」 わたしはけげんそうにその顔を眺めていた。 に、いったい何があったんでしよう ? : : : 」 「さあ、手紙はどこにあるんですの ? あなた手紙を持って このとき、慟哭の声が彼女の言葉を中断した。それを見て 来てくだすったんでしよう ? 」と彼女は手摺をつかみながら いると、わたしは胸が張り裂けるようであった。 「ああ、なんて血も涙もない、惨たらしいやり方でしょ う ! 」と彼女はまたいい出した。「それに、一行も、ただの 「いや、ばく手紙を持ってやしません」わたしはやっとこう 、った。「いったいあの人はまだ来ないんですか ? 」 一行も返事をくれないなんて ! せめてお前は要らなくなっ 彼女は恐ろしく真っ青になった。そして、長いこと身じろた、おれはお前を棄てると、はっきり返事でもくれたらいい ぎもしないで、わたしの顔を見つめていた。わたしが最後ののに、まる三日間も待たして、ただの一行も書いてよこさな 希望を粉砕したのである。 いんですもの ! ただあの人を愛しているということよりほ 「まあ、あんな人どうでもいいわ ! 」とついに彼女はと切れか、なんの罪もない、頼りない、かわいそうな娘を侮辱する 勝ちの声でいい出した。「あんな人どうでもいいわ、こんなのは、そりやもうやさしいこってすわ ! ああ、この三日間 に、あたしはどれだけつらい思いをしたでしよう ! ああ、 ふうにあたしを棄てるんだったら」 宅目丿よ、 彼女は目を伏せた。それからわたしを見上げようとした 初めてあたしが自分のほうからあの人のところ が、それができなかった。まだしばらくの間、興奮を押し静へ行って、あの人の前で恥を忍んで泣きながら、せめて一雫 めようと努力していたが、不意にくるりとうしろ向きになの愛情でもと哀願した、あの時のことを思い出すと : : : ああ : ねえ」と彼女はわたしのほうへ いうことがあった後で ! り、堀端の手摺に肘突きして、わっとばかり泣き出した。 「たくさんですよ、たくさんですよ ! 」といいかけたが、彼振り向いてこういった。その黒い目はぎらぎら光っていた。 「これは考え違いかもしれませんわね ! こんなことってあ 夜女の顔を見ると、言葉をつづける勇気がなかった。またわた しに何をい、つとがあろ、つ ? るはずがないわ、こんなこと不自然だわ ! あなたか、さも 白 なければあたしが、思い違いしてるのよ。もしかしたら、あ 「どうかあたしに慰めの言葉なんかいわないでちょうだい」
けな出来事に対して、まったく心がまえができていなかったまだ諺がある、泣きっ面になんとかか」 しかし、こうした思いがけない出来事に面くらった彼の頭 ・こけに、まるで自分の頭の上で二十日鼠か、それともほかの に、どんな突拍子もない考えが浮かばうと不思議はないー 獸でも捕まえたように、思わずびくっとした。 イヴァン・アンドレーイチは、いわゆる生きた心地もなく、 その手紙が色文であることは、疑いをさしはさむわけには いかなかった。それは小説の中に書いてあるのとそっくり同石のように固くなって自分の席にじっとしていた。ちょうど このとき見物席はごった返しの騒ぎで、みんな歌姫を呼び出 じように、香水を滲ました紙にしたためてあったし、おまけ に卑法千万にも小さく小さくたたまれて、貴婦人の手袋の中すのに夢中であったにもかかわらす、彼は四方八方の人に見 にもかくせるようにしてあった。これが落ちたのははんのはられてしまったと思い込んでいた。恐ろしく照れて、真っ赤 になって、目を上げる気力もなく坐っているところは、まる ずみで、おそらく手から手へ渡そうとした時であろう。たと えば、ちょっと番付を貸してくださいという、その時もうこで何か意想外な不快事が降って湧いたか、それとも大勢の人 の手紙は番付の中に手早く挾み込んであったので、まさに男が集まった華やかなサロンに破綻でも起こったか、とでもい ったようなあんばい式であった。ついに彼は思い切って目を の手へ渡ろうとした瞬間、おそらく副官が何心なくちょっと 触った拍子に、副官はいとも鮮やかな態度で謝ったけれど上げて見た。 も、手紙は心の乱れに慄える華奢な手からすべり抜けてしま「気持ちのいい歌でしたな ! 」と彼は左手に腰かけている伊 う。そして、あせりながら手を差し伸べていた文官服の青年達男に話しかけた。 は、意外にも手紙の代わりにただの番付を受け取って、それ 感激の絶頂に達して、夢中で手を叩いていた、というより をなんと始末していいかとはうに暮れる、といった次第であおもに足をばたばたいわせていた伊達男は、落ちつかぬ目っ きで、ちらとイヴァン・アンドレーイチを見たばかりで、すぐ ろう。面白からぬ奇怪な出来事、それはまさにそのとおりだ が、察しても見てもらいたい、イヴァン・アンドレーイチに に両手を口に当ててラッパをつくり、声がよく届くようにし とってなおさら面白からぬ話である。 ながら、歌姫の名を叫ぶのであった。今までこんなもの凄い 「 Predestiné ( これは前世の約東事だ ) 」総身に冷汗を滲ませ、 声を聞いたことのないイヴァン・アンドレーイチは、うちょ うてんになってしまった。『さてはなんにも気がっかなかっ 手紙を掌に握りしめながら彼はこうつぶやいた。「 Predesti ・ たな ! 』と考えて、今度はうしろを振り向いた。けれど、彼 一弾丸はひとりで罪人を見つける、というやつだ ! 」とい ったふうな考えが彼の頭に閃いた。「いや、見当ちがいをい のうしろに坐っていた肥った紳士は、あべこべに彼のほうへ 背を向けて、しきりにオペラグラスで桟敷を物色していた。 ってるそ ! おれがどうして罪人なんだ ? あっ、そうだ、
の人は来られるわけがなかったんですよ。ナスチェンカ、あると、急に口をつぐんで、まごまごし、顔をそっぱへ向けて なたはばくまで一杯くわせて巻き込んでしまったものだかしまうのであった。わたしがその顔を差し覗くと、 ら、ばくも時間の勘定がわからなくなったんです : : : まあ考して彼女は泣いているのであった。 やれやれ、あなた 「さあ、およしなさい、見つともない ! えてごらんなさい、あの人は手紙も受け取ったかどうかわか りませんよ。そうしたら、来られなかったはずじゃありませはなんて赤ちゃんでしよう ! 子供じみてるじゃありません : たくさんですよ ! 」 んか。ねえ、返事を書くことにしたかもしれない、すると、そか ! の手紙は明日より早くは届きっこないですよ、ばく、明日は彼女はにつこり笑って、気を落ちつけようとしたが、下顎 が慄えて、胸は依然波立っていた。 夜の引明けに行ってみて、すぐお知らせしましよう。まあ、 「あたしね、あなたのことを考えてるんですのよ」と彼女は そういうふうな場合は、百でも千でも想像できるでしよう。 束の間の沈黙の後にまたいい出した。「あなたは本当に親切 それから、まあ、手紙が届いた時あの人が家にいなかったた めに、今まで手紙を読んでいない、ということもあり得るわな方で、それを感じなかったら、あたしは石か木みたいな人 けですからね。ね、どんなことだってあり得るでしよう」 間ですわ。ねえ、実はあたし、ひょっとこんなことを考えっ 「そうね、そうね ! 」とナスチェンカは答えた。「あたし考いたんですのよ。あたしあなた方二人を較べて見てね、どう えもしなかったけれど、もちろん、どんなことだってあり得してあの人があなたでないのだろうと思いますの。どうして るわけですわ」と彼女はいとも素直な声でつづけたが、そのあの人はあなたみたいでないのでしよう ? あの人のほうが 中には何か別な、遠い思想といったようなものが、苛立たしあなたより劣っていますわ。もっとも、あたしはあの人のほ い破調となって響いているのであった。「じゃ、こうしてちうをよけい愛してはいますけどね」 ようだいな」と彼女は言葉をつづけた。「あすの朝、できる わたしはなんにも答えなかった。彼女はわたしが何かいう だけ早く行って、もし何かお受け取りになったら、すぐに知のを待っているらしかった。 らせてくださいませんか。だって、あたしの住居をごぞんじ 「そりやいうまでもなく、あたしあの人を本当に理解してい なんでしよう ? 」そういって、彼女は自分の宿所をもう一度ないのかもしれませんわ、十分に知り抜いていないのかもわ くり返し、わたしに説明し始めた。 かりませんわ。実はね、あたしいつもあの人が怖いような気 それから、彼女はわたしに対してひどく優しく、ひどく臆がしていましたの。あの人ったらいつもひどく真面目で、な 病になって来た : : : 一見したところ、彼女はわたしの話を注んだか高慢なような気がしていましたのよ。そりやもちろ 意ぶかく聞いているようであったが、わたしが何カしカ 、 1 、、ナん、ただそんなふうに見えるだけで、、いの中はあたしなんか
「でも、どうしたんです ? 」話の終わりが聞きたくてじりじさんにうち明けようって。ところが、今あの人は帰ったの それなのに、あの人 あたしそれを知ってるわ、 りしながら、わたしはこう叫んだ。 来てくれない ! 」 「でも、今だに姿を見せないんですの ! 」とナスチェンカは来ない、 は、気力を奮い起こそうとするかのように答えた。「なんの彼女は再び涙に沈んだ。 「困ったな ! なんとか力をかして上げるわけに、、よ、 たよりもないんですの : ・ : こ そういって、彼女は言葉を止め、しばらく黙って頸を垂れしらん ! 」とわたしはすっかりとほうに暮れて、ペンチから ていたが、不意に両手で顔をおおって、よよとばかり咽び泣躍りあがりながら叫んだ。「ねえ、ナスチェンカ、せめてばく なりと、その人のとこへ行って見ることはできないかしら ? 」 きし始めた。その慟哭の声に、わたしは心臟が痺れるような 「そんなことができるもんですか ? 」と急に顔を上げて彼女 田心 . い / 子ノ はこ、ついった。 こうした大団円は、夢にも思いがけなかったのであった。 「ナスチェンカ ! 」とわたしは臆病な、忍び入るような声で「だめだ、むろん、だめだ ! 」とわたしもわれに返ってつぶ い出した。「ナスチェンカ ! 後生だから、泣かないでくやいた。「じゃ、こうしたらどうでしよう、一つ手紙を書き ませんか」 ださいー なぜそう独り決めに決めてしまうんです ? ひょ いいえ、そりや駄目よ、そんなわけにはいきません ! 」と っとしたら、その人はまだ : ここにいるんですわ ! 」とナスチェンカは引き取彼女はきつばり答えたが、もう目を伏せてわたしの顔を見な った。「その人はここにいるんですの、あたしちゃんと知っかった。 「どうして駄目なんです ? なぜそんなわけにいかないんで ていますわ。あたしたちは一つ約東したことがあるんですの よ。まだその晩、出発の前の晩のことなんですけど、今あなす ? 」とわたしは自分の思いっきにしがみつきながら、言葉・ たにお話したことを、二人でもうすっかり話し合って、約東をつづけた。「だってね、ナスチェンカ、それはどんな手紙 ができてしまってから、ここへ散歩に出たんですの、ちょう だと思います ? 手紙も手紙によりけりですよ、それに : どこの河岸通りにね、もう十時でしたわ。あたしたちはこのああ、ナスチェンカ、それは本当です ! ばくにまかせてく ばくわるいことは勧めませ ・ヘンチに腰を下ろしましたが、あたしはもう泣いてはいませださい、信頼してくださいー 夜んでした、あの人の話を聞いてるのがいい気持ちで : : : あのん。これはすっかりうまくやることができますよ ! あなた 人のいうにはね、ここへ着いたらすぐうちへ来て、もしあたのほうから第一歩を踏み出したくせに、どうして今さら : : : 」 白しの心が変わらなかったら、二人でいっさいのことをお祖母「いけません、いけません ! そうすると、何か押しつけが銘
夢』より比較にならぬほど優れていると思います。その中に は二つの重大な性格、今までかってなかったとさえいえる新 しい性格が示されているのです。しかしいっ書き上げられる ことか ? わたしはすっかりあきあきしてしまいます、へと へとに悩まされたくらいです ( 文字どおりに ) 。でも、八月 か九月には『ロシャ報知』に載ることと思います」 さらにひと月過ぎて、彼は同じ通信者に同じ作品につ 一八五六年一月十八日、ドストエーフスキイはセミ・ハラー チンスグから、詩人アポロン・マイコフに宛てた手紙に次のて、より詳細な報告を与えている。 「この長編はもちろん、きわめて大きな欠点をもっていま よ、つに書いている。 「わたしは仕事をしています。がわたしの主な著述は後廻しす、何よりいけないのはおそらく冗漫ということでしよう。 にしました。それにはもっと、いの落着きが必要なのです。わしかしわたしの公理として信じているところは、この作品が たしは冗談半分に喜劇に筆を染め、さまざまな喜劇的場面を同時に偉大な長所をも有していて、わたしの創作の中でもも 構成し、さまざまな喜劇的人物を舞台に呼び出したものですっとも優れたものであるということです。わたしはこの小説 が、その主人公がすっかりわたしの気に入ってしまったの で、ついに喜劇の形式を放擲してしまいました。かなり成功 年 してはいたのですが。ほかでもありません、できるだけ長く わたしの新しい主人公の喜怒哀楽を跡づけていき、自身でも 腹いつばい笑いたくなって、その満足を制することができな かったからです。この主人公はいくらかわたしと肉親的に近 いものを持っています。てっとり早くいえば、わたしは喜劇 的な長編を書いているのです」 それから三年たった一八五九年四月十一日付の兄ミハイル 説に宛てた手紙では、彼はこの作品についてはっきりこういっ ている。 解「わたしがカトコフに送ろうとしている長編は、「伯父様の 解説
の人は手紙を受け取らなか 0 たのかもしれないわね ? 今ま行も書きません、たくさんですわ ! あたしあの人がわから でなんにも知らずにいるのかもわかりませんわね ? まあ考ない、あたしもうあの人なんか愛してやしません、あんな あた人、わ : ・ : ・す : : : れて : : : 」 えてもごらんなさい、後生だからいってください ミ、、よ彼女はしまいまでいえなかった。 あたしど、つしても合点力しカオ しに明してください 「気を落ちつけてください、気を落ちつけて ! ここへお掛 あの人があたしに仕向けたような、ああい いんだから、 けなさい、ナスチェンカ」といいながら、わたしは彼女をベ う野蛮人みたいに乱暴な仕打ちが、どうしてできるものでし よう ? ただのひと言も書いてよこさないなんて ! この世ンチにかけさせた : 「ええ、あたし落ちついていますわ。もううっちゃって。 , ) で一ばん屑の人間だって、これよりはも少し同情のある扱い 方をされるものよ。ひょっとしたら、あの人は何か聞き込んれなんでもありませんの ! ちょっと涙が出ただけで、こん なのすぐ乾いてしまいますわ ! あなたなんとお思いになっ だのかもしれませんね、だれかがあの人にあたしのことを讒 訴したのかもわかりませんね ? 」と彼女は詰問の調子でわたて ? あたしが自殺する、身でも投げる、とお思いになった しのほうへ振り向きながら叫んだ。「どう、あなたどうお思んですの ? ・ わたしは胸がいつばいになって、ものをいおうと思って いになって ? 」 「ねえ、ナスチ = ンカ、ばく明日その人のとこへあなたの名も、声が出なかった。 「ねえ ! 」と彼女はわたしの手を取って、言葉をつづけた。 前で行って見ましよう」 「ねえ、あなただったら、あんな仕打ちはなさらなかったで しようね ? あなただったら、自分のとこへ来た女の顔に、 、つさいの事情を話 「その人に何もかもきいてみましよう、し 厚かましい嘲笑を投げつけたりはなさらないでしようね、か して聞かせましよう」 弱い愚かな娘心を侮辱するようなことはなさらないでしよう 「で、で ? 」 「あなた手紙を書いてください、ナスチ = ンカ、いやといわね ! あなただ 0 たら察してくださるでしようね、その娘が 一人ばっちで、自分で自分の監督ができず、恋というものか 、やといっちゃいけませんよ ! ばくはい ないでください、し ら自分を護ることができなかったからって、その娘がわるい やでも応でも、その人にあなたの行為を尊敬させます、すっ ・ : 別になん のじゃないってことをね。何も悪いことはない : かり事情を知らせます。もし : にもしたわけじゃないってことを : : : ああ、なんてことでし 「い、え、ありがとう」と彼女はさえぎった。「、、 よう、なんてことでしよう・ : : こ しいません、 くさんですわ ! もうこれ以上ひとロも、 え、た