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検索対象: ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人
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1. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「よござんすわ、よござんすわ ! では、一つ伺いますが、 ことを相手に納得させようとしたものです。そして最後に、 自分が要求するのは、ただ親身の気持ちで同胞らしい言葉をどうしてあなたはあたしがそういう女だってことをお見分け になりましたの、つまり・ : ・ : そんなに気をつけて : : : これな ひと言聞かしてもらうこと、いきなり頭から追っぱらわない しいとお考えになった : : : まあ、ひと口にいえ こと、自分のいうことをしまいまで聞いて、無条件で信じてら交際しても、 とい , っふ , フ ば、あなたのおっしやるおかみさん型でない、 もらうこと、もしなんなら笑ってもかまわないけれど、とに いったいなぜあなたはあたしの傍へ寄ろうと決心なさい かく希望を持たせてほしい、何かひと言、たったひと言いっ てもらいたい、ただそれだけが全部であって、その後はもうまして ? 」 「なぜ ? なぜですって ? でも、あなたはたった一人ばっ ・ : おや、あなたは笑っ 二度と会わなくたって異存はないー ていますね : : : もっとも、ばくはそのために話したんだけちだったじゃありませんか。あの先生たらあまり失敬なやっ だし、おまけに夜でしよう。そうじゃありませんか。それは 男としての義務ですよ : : : 」 「気を悪くなさらないでくださいな。あたしが笑ったのは、 いえ、まだその前ですわ、あちらに、通りの向かい あなたが自分で自分を不幸にしてらっしやるからですわ。本「いえ、 当にやってごらんになったら、うまくいったかもしれません仰にいた時。だって、あなたはあたしの傍へ寄ろうとなすっ わ、よしんば往来の真ん中だったとしてもね。ことは簡単なたじやございませんか ? 」 た力いいんですわ : ・ : ・気立ての優しい女でしたら、馬鹿で「あちらで ? 向かい側で ? そう、なんとお答えしていし たち オしかと心配で。実はね、 かわかりません、失礼になりはしよ、 ない限り、そして怒りつばくない質だったらなおさらのこと、 ばくは今日とても幸福だったので、歩きながら歌を歌ってい あなたが臆病に願っていらっしやるそのひと言をいわない ました。ばくは郊外へ出て行ったんですが、今日みたいな幸 て追い返してしまう気にはならないでしようね : : : でも、 もちろん、あなたは気ち福な気分になったことは、今までついそないほどでした。と あたし何をいってるんでしようー : もしかしたら、そんな気がしただけか がい扱いされますわ。あたし自分から推していってるんですころが、あなたは : : まあ、いやなことを思い出させることに のよ。あたしこれでも、世の中の人がどういうふうに暮らしも知りませんが : : あなたが泣いてらっしゃ なったら、堪忍してください : てるかってことを、ずいぶんよく知っているんですからね」 : ばくは聞いていら 「ああ、ありがとう」とわたしは叫んだ。「あなたがいまばるように思われたのです。で、ばくは : くのためにどれだけのことをしてくだすったか、あなたにはれなかった : : : 胸をしめつけられるような気がして : : : あ ねえ、 いったいばくはあなたの あ、なんてことでしよう ! おわかりにならないでしよう ! 」

2. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「そこで、つまり、わたしはその婦人をさがしておるわけで いいながらも、洗い熊の紳士は一刻もじっと立ってい す、委任を受けたものですからな ( 亭主はかわいそうなもんることができす、不安げに四方を見廻し、足を小刻みに動か ですよ ! ) 、しかし、わたしにはちゃんとわかっとりますが、 して、まるで溺れかかったもののように、絶えず青年の手を つかむのであった。 その若い婦人はなかなかずるいから ( なにしろ、年中ポー ル 「実はですな」と彼はつづけた。「わたしはあなたに親友と ・ド・コッグを、枕の下に忍ばせておるんですからな ) 、 きっとどうにかうまく、つるりとすべり抜けるに相違ありま してご相談したいんですが : : : 勝手なことを申して失礼です せん : : : 実のところ、その婦人がここへ出入りしておるとい : 一つお願いと申しますのは、あなたに歩きながら見張 うことは、女中から聞いたんでしてな。わたしは、その情報っていただきたいので。通りの向こう側と、それから裏階段 を手に入れるやいなや、気ちがいのように飛び出して来たんのロになっている横町のほうとを、コの字形を描きながら歩 です。現場を押えてやろうと思いましてな。もう前から臭い いていただけませんか。わたしは表玄関のほうを歩いて見張 と思っておったんだから。そこで、お願いなのですが、あなることにします。そうすれば、見のがすこともないでしょ あな たはここを歩いていらっしやるから : : : あなたは、 う。一人じやどうも見のがしそうな気がして。ところが見 いや、どうもなんといっていいかわかりませんのがしたら大変なんです。あれが見つかり次第ひきとめて、 大きな声でわたしを呼んでください : : しかし、わたしは 4 よ・ 「ええ、もういい加減にいってもらいたいもんですね、いつるで気ちがいみたいだー 今になって初めて気がっきました たいあなたはどうしてほしいんです ? 」 が、わたしのお願いは実に馬鹿げていて、ぶしつけ千万でし 「さよう : : : わたしはあなたとお近づきの光栄を有しませんたよ ! 」 から、あなたがどなたで、なんのために : : なんてことをお「いや、べつに , とんでもないことですよー たずねするのははばかりますが、いすれにしても、お近づき 「どうかわたしに容赦しないでください、わたしは頭がめち にならしてください、ちょうどいい機会ですから ! 」 やめちゃになって、何がなんだかわけがわからんのだから。 紳士は身を慄わせながら、青年の手を固く握って振り立てこんなことって、今までついぞなかったんですがなあ。まる で裁判でも受けてるような気がしますよ ! わたしはあなた 「これは一番はじめにしなけりゃならんことでしたな」と彼に告白さえしかねませんよ、お若いの、 わたしはいさぎ はつけ加えた。「しかし、わたしは礼儀も作法も忘れてしまよくあなたにうち明けてしまいますが、わたしはあなたを情 夫かと思ったくらいですよ ! 」 学 ) 0

3. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「ナスチャが明日ここから追い出されないようにするために 行く ! ああ、わたしたちはどんなにでも幸福になれるんだ がなあ ! なぜ、人間はああお互いに憎み合って、腹をたては、ほかにどんな方法があると思う ? 明日にもさっそく申 改まってちゃんと約東したんだよ」 たり、意地悪をしたりするんだろう ? わたしは一つ思いき込みをするんだ、 「その決心をしたんですか、叔父さん ? 」 って、あの人たちによくいい聞かせてやりたいくらいだ ! 胸の真実をさらけ出して見せたいよ ! ああ、情けない ! 」 「どうも仕方がないじゃよ、 オしか、お前、なんとも仕方がない よ ! わたしは胸をひき裂かれるようにつらいんだけれど、 「そうです、叔父さん、そりやそのとおりなんですが、しか しかしもう決心してしまった。あす求婚するんだ。式はそっ しあのひとはばくの求婚を拒絶したじゃありませんか」 「拒絶した ! ふむ ! : : : 実はわたしもあのひとが拒絶しやと内輪にするつもりだ。そのほうがいいよ、内輪の方がね。 しないかと、虫が知らせるような気がしたんだよ」と彼はお前はたぶん介添人になるだろう。わたしはもうそのことを もの思わしげにいい出した。「だが、そんなことはない ! 」匂わせておいたから、しばらくはお前も追いたてられないで そんなことがすむよ。どうも仕方がないさ ! みんなは『子供たちのため と、彼は叫んだ。「わたしは本当にしない ! に、財産を殖やせ』というんだよ。もちろん子供のために あるはずはない。それじゃ何もかもぶち毀しになってしま とんなことだってしなくちゃならんからな。逆立ちだっ う ! きっとお前は不用意なきり出し方をして、あのひとをは、、、 怒らせるようなことをいったのかもしれないね。ひょっとしてして歩くさ。ことに本当のところは、みんなのいうとおり かもしれないからね。実際、わたしも家族のために、何かし たら、やたらにから世辞でもふりまいて : : : セルゲイ、もう てやらなければならないわけさ。い つまでものらくらばかり 一度その時の様子を聞かしておくれ ! 」 わたしはもう一どことこまかにいっさいを話した。ナスチしていられないからね ! 」 土ンカが自分の身をひいて、タチャーナ・イヴァーノヴナと 「しかし、叔父さん、あの女は気ちがいじゃありません か ! 」とわたしはわれを忘れて叫んだ。わたしの心臓は病的 の縁談から叔父を救おうといったところまで来ると、叔父は に縮んだ。 にやりと苦笑いを洩らした。 「救うんだって ! 」と、彼はいった。「明日の朝まで救うの 「おやおや、今度はもう気ちがいか ! けっして気ちがいじ かね ! 」 ゃありやしない、ただあんまり不仕合わせな目を見たものだ 「しかし、叔父さん、あなたはタチャーナ・イヴァーノヴナから・ : ・ : 仕方がないよ、セリヨージャ、そりやもっと賢いは 、つかしいに決まってるけれど : : しかし賢いばかりで、とん と結婚するつもりだなどと、そんなことをおっしやるつもり ところが、あのひとは実に でもない女がよくいるからなー じゃないでしようね ! 」とわたしはびつくりして叫んだ。

4. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

由の身にしてやりたいと思ったんだ。なんだか恥ずかしいよきるはずがないにきまってるさ ! 」とわたしは叫んだ。 うな気がするのでねー : ところが、フォマーはそれに反対 「なあに、セリヨージャ、問題はそんなことじゃないよ」と で、この男は自分に必要な人間だ、自分はこの男が好きにな叔父はあわててさえぎった。「ただね、今じゃこの男はうつ ったとい、つのだ。おまけに、こんなことまでい , つじゃなし かりその辺も歩かれないんだ。その娘がきかん気のしつかり か。『わたしは貴族として、自分の雇人の中に詩人をかかえ者でね、みんなをけしかけて、この男の敵にしてしまったも ておくのは、世間に対して名誉になる。どこかの男爵もそんのだから、みんながからかったり、いやがらせをやったりす なふうにしていたが、それは engrand ( 上流風 ) というものるんだ。餓鬼どもまでが、この男を道化扱いにするんだから アングラン アングラン だ』なんてね。いや、上流風なら上流風でけっこうだ ! そね : : : 」 ジャ、わたしはもうこの男を尊敬する気にな 「おもにマトリヨーナのお蔭でございます」とヴィドプリヤ ったのさ ただそれからというもの、 ーソフはいった。「それというのも、あれが手のつけられな この男の態度がすっかり変になって来たんだ。何よりもいけ い馬鹿女だからでございます。手のつけられない馬鹿女であ ないのは、その詩一件以来、召使たちの前ですっかり高慢のりながら、おまけに真しみのない性分なのでございます・わ 鼻を高くしちゃって、みんなと口をきこうともしないんだ。 たしはあの女のお蔭で、こんな苦しい生涯を送ることになっ グリゴーリイ、お前気を悪くしちゃいけないよ、わたしは父てしまいました」 親のようなつもりでいってるんだからな。去年の冬、この男「おい、グリゴーリイ、だからおれのいわないことじゃな は結婚することになっていたのだ。相手の女は屋敷で使って い」と、たしなめるようにヴィドプリャーソフを見やりなが しるマトリョ ーナという娘で、正直によく働くかわいい陽気ら、叔父は言葉をつづけた。「実はね、セルゲイ、だれかが 人な女なんだ。それを急にいやだといい出してな、ごめんこう この男の苗字をもじって、下品な落首を作ったんだ。そこで のむるの一点ばりで、とうとう断わってしまった。急に慢心が先生、わたしにつきまとって、なんとかして苗字を変えても と 起こったためか、それともまず初めに名前を売り出して、そらえないか、もう前から響きが悪くて困っております、とね 村 だるのだ・ れからどこかほかで求婚するつもりなのか : コ「それはおもに、フォマー・フォミッチのお勧めによりまし「下品な苗字でございますよ」とヴィドプリャーソフはロを ンたので」とヴィドプリャーソフはロをいれた。「あの方は本はさんだ。 〕当にわたしのためを思ってくださる方ですから : : : 」 「ええ、黙っていろというのに、グリゴーリイ ! フォマー チ ス 「ええ、そりやもうフォマー ・フォミッチなしじゃ、何もでもやつばり賛成した : いや、賛成したというわけじゃな、 7

5. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

けた釘は、すぐさま引き抜かれた。で、ヴァシ ー丿エフは泥「なんだって気がくさくさするんだ、馬鹿 ! 」 だらけの、ばろばろになった、だらしのない恰好で、「神の 「今まで聞いたこともねえような話でござります。わっした 世界」へ現われた。彼は太陽の光に目を瞬きながら、はくしちはフォマー ・フォミッチのお抱えになりますので」 「だれが ? よんと一つくしやみをして、よろよろとよろめいた。それか いっ ? 」急にせかせかと体を動かしながら、太 ら、手を目の上にかざしてあたりを見廻した。 った地主はこう叫んだ。 「よう、なんちゅう大勢の人だ ! 」と彼は顔を振りながらい わたしはやはり一歩ふみ出した。事件は意外にも、わたし った。「そして、みんなどうやらしらーふらしいなあ」なん自身に触れて来たのである。 となく沈んだ、もの思わしげな声で言葉尻をひいたが、それ「カビトーノフカ村の者みんなでござります。わたしたちの は自分で自分を責めるような調子だった。「いや、お早う、 旦那の大佐様は ( どうかご息災でいられますように ! ) お家 夜が明けましておめでとう」 代々のカビトーノフカ村を、フォマーに譲ってやろうとして またもや笑い声が起こった。 おられるのでござります。七十人の百姓をあの男に頒けてや 夜が明けてもろうとおっしやりますので。『さあ、フォマー これをやろ 「夜が明けて ? まあ、お前よく見るがいし うどのくらいになるんだ、見境いのねえ男だあ ! 」 う ! 今お前は本当の裸一貫、地主とはいい条、哀れなもん 「馬鹿こけ、今日はてめえの法楽だ ! 」 で、年貢といったら、ラドガの湖水を泳いでる白魚二匹ぐ 「おらもそ、フ思、つだよ。ちょっとの間でも、 しし、勝手な真似れえのものだ。親譲りの財産は、役場の帳面にだけ載ってる をしたほうがとくだあ ! 」 百姓きりだ。なぜって、お前の親父さんは : : 』」フォマ 「へへへ ! どうだ、なかなか雄弁家じゃないか ! 」もう一 のことになると、しきりに皮肉をまき散らしながら、ヴァシ ど体を揺すって笑いながら、またしてもちらと愛想よくわた ーリエフは、一種の意地悪いよろこびを感じる様子で、自分 しの顔を見て、太った紳士は叫んだ。「本当に貴様、恥すかの物語をつづけるのであった。 しくないのか、おい、ヴァシーリエフ ! 」 ・ : なぜって、お前の親父さんはれつきとした華族様 「気がくさくさするからでござりますよ、スチェパン・アレで、どこから来たとも何者とも知れぬ人で、やはりお前と同 グセーイチ、気がくさくさするからで」ヴァシーリエフは じように旦那衆の所を食い歩いて、お台所でお情けをいただ 手を振りながら、生まじめな顔で答えた。もう一ど自分の気いて口すぎをしておったからだ。ところが、今度お前にカビ のふさぎを口にする機会が来たので、いかにも満足そうな様 トーノフカをくれてやるから、お前もこれからはれつきとし 子だった。 た華族様の地主になって、かかえの百姓というものを持っこ

6. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

用なのかとたずねた。彼はよく顔の見分けがっかなかったのわなと身を慄わせ、子供のようにしやくり上げながら泣き出 8 で、何かちょっとヴァーシャのことをいっただけで、真っ直ぐした。それどころか、彼は前へとび出して上官の手をとり、 に閣下の部屋へ足を進めた。部屋の中からは、もうュリアそれを自分の目に押し当てて、涙でしとどに濡らしてしまっ ン・マスタコーヴィチの声が聞こえていた。「あなたはどこへた。で、ユリアン・マスタコーヴィチも、大急ぎでその手を 行くのです ? 」戸口のすぐ傍で、だれかがこうたずねた。アもぎ離し、空中でひとふりしながら、「いや、たくさんだよ、 ノカージイ・イヴァーノヴィチはすっかりまごっいてしまっ きみ、たくさんだよ。見たところ、きみは優しい心を持って しるようだな」といわざるを得なかった。アルカージイはし て、すんでのことに引っ返そうとしたが、ふと開きさしにな った戸の隙き間から、不幸なヴァーシャの姿が見えた。彼はやくり泣きを続けながら、祈るような視線を一同に投げた。 とうにかこうにか中へ潜りこんだ。部屋の中はみんなが不幸なヴァーシャの兄弟で、みんなが同じように彼 戸を開けて、。 のことで心を傷め、彼のために泣いているような気がしたの ごった返しの騒動で、みんなうろうろしている様子だった。 それはユリアン・マスタコーヴィチが、ひどく落胆していたかである。 とうしてこんなことになったの らである。そのまわりにはえらそうな人たちが立って、ひそ「これはどうしたことだ、。 ひそ相談していたけれど、何一つ決定することができないでだ ? 」ュリアン・マスタコーヴィチはいった。「なんだって いた。少し離れた所にはヴァーシャが立っていた。その姿をこの男は気がちがったのだ ? 」 「感ー感ー謝のためで ! 」アルカージイ・イヴァーノヴィチ 一目見た時、アルカージイの胸は痺れたようになってしまっ はやっとこれだけしかいえなかった。 。真っ青な顔をしたヴァーシャは、まるで新しい長官の前 一同は腑に落ちなさそうな様子で、彼の答えを聞いてい に立った新兵のように、頭をそらせ、両定をびったり合わ た。だれもかれも不思議な、あり得べからざることのような せ、両手をズボンの縫い目にあてたまま、びんとそっくり返 って立っていた。彼はまともにユリアン・マスタコーヴィチ気がしたのである。どうして感謝のために発狂などするのだ の目を見つめていた。人々はすぐネフェーデヴィチに気がつろう ? アルカージイはできるだけの一一一一口葉で弁明した。 いた。だれかが二人の同宿関係を知っていて、その旨を閣下「ああ、どうもかわいそうだ ! 」とうとうュリアン・マスタ に報告した。アルカージイはその前へ引き出された。彼は自コーヴィチはいった。「あの男に渡した仕事は、大して重要 なものじゃないし、ちっとも急を要する仕事じゃなかったの 分に向けられた質問に対して、何か答えようと思ったが、ふと ュリアン・マスタコーヴィチのほうに目を向けて、その顔に偽だ。それじゃ、まるでなんの意味もないことで、人間一人の しようがない、 この男 りならぬ哀憐の色が浮かんでいるのを見ると、いきなりわな一生を棒にふってしまったわけだ !

7. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

先のアドレスよ。さよなら ! ご機嫌よう ! また明日ね ! 」三度目の逢びきは白夜だった : 彼女はぎゅっとわたしの手を握りしめると、一つ頷いて見それにしても、喜びと幸福は、なんと人間を美しくするも せて、矢のように早く横町へ姿を消した。わたしはその後をのか ? なんと心は愛に湧き立つものか ! 何か自分の心を 見送りながら、長いことその場に立ちつくした。 人の心に移したいような気がする、何もかも楽しくあれ、万 「また明日ね ! また明日ね ! 」彼女が眼界から姿を消した物が笑ってくれればという気がする。そして、喜びというも 、 ) 0 時、こういう声がわたしの頭の中に響しオ のはなんと人に感染るものだろう ! 昨夜の彼女の言葉には どれだけ優しみがこもり、彼女の心にはどれだけわたしに対 第 3 夜 する親切が淮れていたことか : : : どんなにわたしの世話をや き、どんなにわたしに甘え、どんなにわたしの心を褒めそや 今日は悲しい日だ。雨が降って日の目も見えず、まるでわし、撫でいたわってくれたことか ! ああ幸福から来たあの たしの来たるべき老年のよう。わたしは奇妙な思想や暗い感媚態 ! ところが、わたしは : : : わたしは何もか真に受け じに緊めつけられ、まだはっきりせぬ疑問が頭に蝟集して来て、ひょっと彼女はわたしを : : : と思ったのだ。 る、 が、それを解こうとする気力もなければ、その気に しかし、ああなんということだ、どうしてわたしはそんな もならない。そんなことはわたしに解けるわけがない ! ふうに考えることができたのだろう ? 何もかも他人に取ら 今日は会えそうもない。昨夜わかれる時に、雲が空に広がれてしまい、何もかも自分のものでないのに、どうしてわた っていって、霧が立ち昇って来た。明日は天気が悪いだろうしはああも盲目でいられたのだろう ? 第一、あの優しさ なとわたしはいったが、彼女は返事をしなかった。自分の意も、あの心づかいも、あの愛情も : : : そうだ、わたしに対す 志に反したことをいいたくなかったのだ。彼女にとっては、 る愛情は、間もない再会のよろこびであり、自分の幸福をわ この日は明るく晴れ渡っているのだ。一片の雲影も彼女の幸たしに押しつけたいという望みでしかなかったのだ ! : : : 彼 福をかげらしはせぬ。 がついにやって来ず、わたしたちが待ちばけを食わされたと 「もし雨だったら、あたしたちは会えませんわ ! 」と彼女はわかった時、彼女は眉をひそめ、おじ気づき、びくびくし始 いった。「あたし来ませんから」 めた。彼女の動作、彼女の言葉、何もかもが、最早やそれほ 彼女は今日の雨に気がっかなかったろう、とわたしは思っど軽快でなく、浮き浮きと楽しそうでなくなった。そして、 たが、しかし彼女は来なかった。 奇妙なことに、わたしに対して前より倍も注意深くなった。 昨夜はわたしたちの三度目の逢びきだった。わたしたちのそれはちょうど、彼女が自分に望んだもの、もし実現されな

8. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

こっちのほうが、かわいそうに、先生飲みたいんだなと見て追ん出してしまうのも気が咎めるし、それにかわいそうでも 取って、まあ一杯やれと、持ってってやるような始末で、まあります。まったくもってみじめな様子をして、自力で生き あ、そういったような具合で、わっしはその男と知り合いにて行く力なんかありやしない、沙汰の限りなんで ! それに、 なりました、というより、やつのほうがわっしを慕って来る無ロなおとなしい質で、自分から物をねだるなんてことはけ っしてありません、じっと坐ったまま、大っころみたいに私の ようになったので : : : わたしのほうは別にどうとい、フことも ありませんでした。ところが、そいつが実に人懐っこい男で目を見ているばかり。つまるところ、結局、酒が人間一匹だ いなしにしちまったんで ! わっしやはらの中で考えました してね ! 大っころみたいにつきまとって、あっちへ行きや もしわっしがやつに向かって、おい、エメリャーヌ あっち、こっちへ行きやこっちへついて来るという有様でね、 シカ、とっとと出て行きなさい、おれんとこにいたって何も す。それも、たった一度会ったきりなんですからね。痩せつ ここはお門違いだぜ、肝腎のおれ ばっちの貧相なやつでしたよ ! はじめ一晩とめてやろうかすることはありやしない、 な、ってんで、まあ泊めてやったところ、見れば身分証明書がやがてそのうちに、食うものもなくなろうというのに、お もちゃんとしてるし、別に怪しいやつでもなさそうなんです前を口付きで置いとくわけに行かんじゃないか、とこういっ よ ! それから、あくる日も泊めてやったところ、三日めにてみたらどうだろう ? そうしたら、奴さんどうするだろ う ? わっしはじっと坐って、こんなことを考えていたもの は自分でやって来て、いちんち窓の上に腰かけていましたが ね、やつばりそのまま泊り込んでしまいました。そこで、わです。すると、わっしの目ん中に、こんな有様が見えて来る わっしの言葉を聞くと、先生なに一つ合点が っしは考えました、いやあ、とんだものを背負い込んでしまのでした、 ったぞ、飲まして、食わして、おまけに宿までしてやるなん いかなかったような顔つきをして、長いこと、じいっとわっ て、ーー貧乏人が居候に垂れ込まれちゃ、たまった話じゃな しを眺めているが、やがてようやくわっしのいったことが呑 、とね。その前、先生わっしのところへ来たのと同じ伝でみ込めると、窓からのこのこ下りて来て、自分の風呂敷包み ある勤め人のとこへ出入りして、その男の腰巾着になって、 を取り上げて ( わっしやそれを、今でも目の前に見るような しじゅういっしょに飲んでたもんですが、その男が何か気の気がしますよ、穴だらけの赤い格子縞で、中には何が包んで むしやくしやすることがありましてね、やけ酒が過ぎて死んあるやら知れたものじゃない、それをどこでも持って歩いて でしまったのです。さて、その先生は、エメーリヤ、本式に いるので ) 、着ているばろ外套をちょいと直す。それは余り なし えばエメリャン・イリッチと申しました。わたしはこいつぶざまでないように、暖かくって、穴が見えないようにと、 , つ、心つ、か . い そういう気の優しい男なんで ! それか 止をどうしたものだろうと、さんざん思案に思案をしましたが、 ひと

9. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

のお蔭で二時間ばかりも、かんかん日で焙られてるんだからて、ヴァイオリンをこするような声できいきいやり出すの認 な。実は、この馬鹿どもが馬車の修繕でまごまごしてる間 だ。『どういうわけでわたしを待たすに坐ったのです。して に、お坊さんの所へでも寄ろうかと思ったのさ。ここのお坊みると、わたしなんぞは木の端くれほどにも思っておられん さんはたいそういい人なんでな。ところが、あのフォームカのですね』まあ、手つとり早くいうと、もうなんでも我が儘 のお蔭で、すっかり気がくさくさするもんだから、お坊さんのいい放題なのさ。わしはな、長いあいだ黙っておった。あ ちんころ の顔を見る気にもならなんだ。まあ、あんなやつなんか、み いつめ、わしが来るまで小犬みたいに、あいつの前でちんち ここにやろくな層酒屋一つない んでもするよ、つに田 5 って、ほ、つら、 んなどうともなるがいし ! しいか、お食べといって、 んだからなあ。みんな、そうだ、みんな一人のこらず悪党骨でも投げてくれる気だったのさ。ところが、そうはいか うわて 本当にあいつ、何か官位でも大したものがあれば、まん、こちらの方が少し上手なんだ ! エゴーレ ノ・イリッチと だしもなんだが」とまたしてもフォマー ・フォミッチのほうわしは同じ連隊に勤めとったんだからな。わしは見習士官の へ話頭を転じながら、・ハフチェエフは言葉をつづけた。どう時に退役したが、エゴーレ ノ・イリッチは去年大佐で予備にな してもこの男のことが忘れられないらしかった。「まあ、そって、領地へ帰って来たんだ。わしはいつもあの人にそうい の時は、その官位に対しても承知できるが、実際やくざな官 うのだ。『え、そんなことをしてたら自分を台なしにしてし 等一つ持っていないのだからなあ。それはもうわしがよく知まうよ。フォマーを甘やかしちゃ駄目だよ ! 今にひどい目 にあうんだから ! 』するとあの人は、『いや、あれは実に立 0 とる、持 0 ちゃおらんのだ。なんでも四十何年 ( 、に、どこかで真理のために苦しんだのだから、おれの足も派な男だ ( フォームカのことをそういうんだよ ) 。あれはわ とへ頭をつけて拝め、とこういうのだー なんのことやらわたしの親友だ。あれはわたしに倫理を教えてくれるのだ』と けがわかりやしな、 ちょっとでも自分の気にくわんこと こうなんだ、いやもう倫理に逆らうわけにやいかんよ ! 倫 があると、すぐ跳びあがってわめきだすのだ。『わたしを侮理の講というところまで行ったのなら、つまりもうおしま 辱する、わたしが貧之なものだから、皆が侮辱する。尊敬を いなんだ、とわしも考えたのさ。ところで、今日はまた、ど したいてくれない ! しとかいってな。フォマーが来ないうちんなことで騒動が起こったと思いなさる ? 明日は予言者イ は、食卓にも坐れないんだ。ところが、先生なかなか出て来リャー ( 旧約『・列王紀略。にある 名 ) の命名日で ( パフチ = エフ氏は ない。わたしは侮辱された。わたしは貧しい放浪者だか十字を切 0 た ) 、大佐の一人息子のイリ = ーシャ ( ィリー ら、黒パンでもかじっていればいいのだ』といったわけさ。 お祝いなんだ。そこでわしは、あすこで一日遊んで食事でも ところが、みんなが腰をおろすやいなや、先生すぐにやって来 、つしょにしようと思ってな、ペテルプルグから玩具まで取

10. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

ずっと、とても気持ちのいい目つきであたしの顔を見つめ、 るつきり訪ねて来なくなりました。時たま出会っても、 気持ちのいい話をしてくれましたので、今朝あたしに二人だもちろん、いつも例の階段の上でしたが、 向こうはただ けでお芝居へ行かないかと誘 0 たのは、あたしを試験して見黙 0 てお辞儀をするばかり、それも真面目くさ「て、話をす るつもりだったのだな、と悟りました。とにかくその嬉し いるのもいやだというふうなんですの。こうして、その人が入 こととい 0 たら ! あたしはなんともいえない誇りがましロ階段のとこへ下りてしまうまで、あたしは階段の中途に立 、楽しい気分で床につきました。胸は烈しく動悸を打 0 0 て、桜ん坊みたいに顔を真「赤にしているんですの。とい て、まるでちょ 0 とした熱病にでもかか「たようでした。あうのは、その人に出会うたびに、あたしは体じゅうの血が顔 たしは夜っぴて《セヴィリヤの理髪師》のことばかり譫語に へ上るような気がしたんですもの。 いっていきした。 「さあ、もうおしまいですわ。ちょうど一年まえの五月に、 「あたしは、こういうことがあ 0 た以上、あの人はしょ 0 ちその間借りの人があたしたちのとこへや 0 て来て、ここの用 ゅう家へ訪ねて見えるだろうと思 0 ていましたが、そうでな事もす 0 かり片がついたから、また一年ばかりモスクワへ行 いんですの。もうすっかり鼬の道といっていいくらいでし って来なくちゃならない、とそうお祖母さんにいうのでした。 た。まあ月に一度も寄ることがあるかないかでしたが、それあたしはそれを聞くや否や、さ「と真「青にな「て、死んだ もただお芝居へ招待するためだけなんですの。その後、あように椅子の上へ倒れてしまいました。お祖母さんはなんに たしたちは二度ばかり出かけましたが、あたしはち 0 とも嬉も気がっきませんでしたの。その人は、ではこれでお暇しま しくありませんでした。あの人はただ、あたしがお祖母さんすといって、お辞儀を一つすると、出て行ってしまいました。 に縛りつけられてるのが、かわいそうなという、ただそれだ 「いったいあたしはどうしたらいいんでしよう ? 考えて考 けの気持ちなんです。それがあたしにはちゃんと見えていたえて考えぬき、悩んで悩んで脳みぬいたあげく、とうとうあ からですの。時が経つにつれて、あたしはだんだん気もそぞたしははらを決めました。明日はいよいよ出発という日、あ ろにな 0 て来ました。居ても立 0 てもたまらないし、本を読たしは今夜こそお祖母さんが寝室〈入 0 た時、何もかも片を もうとしても読めないし、お仕事をしようと思 0 てもできなっけてしまおうと決心したんですの。ま 0 たくそのとおりに いんですの。時によるとお祖母さんに何か意地悪をしてみるしました。あたしはあり 0 たけの着物と、要るだけの肌着類 夜かと思うと、時にはたださめざめと泣くばかりなんですの。 を一包みにまとめ、その包みを手に持って、生きた心地もな とうとうあたしはげつそり痩せてしまって、ほとんど半病人 く、間借りの人のいる中二階をさして行きました。あたしは になりました。オペラのシーズンも過ぎて、間借りの人はまその階段を昇るのに、まる一時間もかか 0 たような気がしま銘