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検索対象: ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人
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1. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

もびくっと身顫いしては、目をさますのであった。しかし、 夢の国に入って行こうとするわたしの印象が、し力に ものであったにしても、翌朝、目をさました時の異常な状況 に較べると、ほとんどものの数でもなかった。 1 追跡 わたしは夢も見ないで、ぐっすり眠った。ふと十プ ( 吶一七〇キ ) もありそうな重いものが、足の上にのしかか「た ような気持ちがした。わたしはあっと叫んで目をさました。 もう夜はとっくに明けはなれて、窓からは日がかんかんさし こんでいた。わたしの寝台の上には、というより、むしろわ たしの足の上には、パフチェエフ氏が坐っていた。 疑う余地もなく、まさに氏であった。わたしはやっとのこ・ とで足を引き抜いて、寝床の上に身を起こすと、寝起きの人・ にあり勝ちな鈍い、けげんそうな目つきで、じっと彼を見つ めた。 「まだきよとんと人の顔を見ておる ! 」と、太っちょは叫ん だ。「なんだって人の顔をそう不思議そうに見ておるんだ ? 起きなさい、お前さん、起きなさいー もう三十分から起こ しとるんじゃないか。よく目をこすりなさい ! 」 「いったい何ごとが起こったんです ? いま何時です ? 」

2. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

しカ ! 」 「ばくはけっして恩知らずじゃなかった」とヴァーシャは独 ヴァーシャは机に向かって口をつぐんだ。アルカージイは りで議論するかのように、静かにつづけた。「しかし、自分横こよっこ。 ーオオ二人ともコロムナに住んでいる人のことはひと の感じていることをすっかり表現できないような場合には、 言もいわなかった。おそらく二人とも、少々ばかり悪いこと それはちょうど : : : ねえ、アルカージイ、ばくがじっさい恩をした。にしいのに遊び過ぎた、と感じていたに相違ない。 知らずであるのと同じ結果になるんじゃないか。こいつがと間もなくアルカージイは、ヴァーシャのことを心配しつづけ てもつらくって」 ながら、眠りに落ちてしまった。目を覚ますと、ちょうど朝 「おい、何をいうんだ、何を ! 期限までにし上げてしまえの八時だったので、彼ははっとした。ヴァーシャは疲れた亠日 ば、それで十分感謝の意を表したことになるじゃないか ? い顔をして、ペンを手に持ったまま、椅子の上に眠って、 まあ、考えてみろ、ヴァーシャ、きみはいったいなにをいっ 蝦燭は燃えっきていた。台所では、マヴラが忙しそうに てるんだ ! 感謝の意はそれで十分表現できるじゃないサモワールの準備をしていた。 「ヴァーシャ、ヴァーシャ ! 」アルカージイは驚いて叫ん ヴァーシャは不意に口をつぐんで、目を見張りながらアル だ。「いっ寝たんだい ? 」 っさいの カージイを眺めた。相手の思いがけない議論が、い ヴァーシャは目を開いて、椅子から飛びあがった。 疑惑を吹き払ったかのようであった。彼はほほ笑みかけた 「あっ ! 」彼はいった。「寝てしまった ! が、すぐにまた以前のもの思わしげな表情に変わった。アル 彼はいきなり書類のほうへ飛んで行った、ーーー幸いなんと カージイは、この微笑をすべての恐怖の終局と見なし、再びもなかった。何もかもがきちんとしていた。インキも燭の 現われた不安の表情を何か善きことに対する決意と見たの蠍も垂れてはいなかった。 で、すっかり喜んでしまった。 「ど , つも六時・、ころに一授たらしいよ」とヴァーシャはいった。 しし力い、アルカーシャ、目がさめたら」とヴァ シャ「夜中の寒いことったら ! 茶でも飲もう。そしてまた : はいった。「まずばくを見てくれよ。もしひょっと寝入った 「少しは元気を取り戻したかね ? 」 ら、大変なことになるんだから。さあ、これから仕事にかか 「ああ、大丈夫だ、もう大丈夫だ ! 」 ろ、つ : : : アルカーシャ 「新年おめでとう、ヴァーシャ」 「なんだい ? 」 「おめでとう。おめでとう」 「いや、ただちょっと : : : なんでもないんだ : 二人は抱擁した。ヴァーシャの顎は顫え、目はうるんだ。 : ばくなんだ 2 イ 7

3. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

を治療してくれて馴染みになったわけでございます。お医者え。アスターフィ・イヴァーヌイチ ? 』 はやって来て、ちょっと見るなり、『こりや、けよ、、、、こ、 『そうさね、どれくらいに買ってくれるか知らないが、もし ぶ悪いぞ。何もわざわざわたしを呼びに来るがものはなかっ かしたら三ループリもよこすか知れないよ、エメリャン・イ たのだ。まあ、散薬でもやっとくんだな』という挨拶です。 リッチ .. 』 が、わっしは散薬などやりはしませんでしたよ、医者がいし 「もし本当にあれを持って行ったら、びた一文出そうとしな 加減なことをいってるんだ、と思いましてね。とかくするう いで、こんなやくざものを売りに来るとは図々しいなどと、 ちに、五日目の日がやって来ました。 面と向かって笑いぐさにされるくらいが落ちでさあね。ただ 「エメーリヤはずっとねたっきりでね、旦那、わっしの見てわっしはこの神様のように正直な人間の性分を知っているも る目の前で、息を引き取ったのでございます。わっしは窓にのですから、気休めにそういったまでなのです。 腰かけて、手には仕事を持っておりました。お婆さんは、煖「わたしもね、アスターフィ・イヴァーヌイチ、銀貨で三ル 炉を焚いていましたつけ。みんな黙って口をききません。わ ープリには買ってくれるだろうと思ってましたよ。なんとい ・イヴァースイ っしは、旦那、この極道者がかわいそうで、胸が張り裂けそってもラシャものですからね、アスターフィ うなのです。まるで生みの息子でも埋葬するような気持ちなチ。でも、ラシャものを三ループリでどうですかねえ ? 』 ので。今エメーリヤがわっしの顔をじっと見ているのはわか 『わからないね、エメリャン・イリッチ、もし持って行くと っておりました。一生懸命に気力をふるって、何かいおうと したら、そりやもちろん、のつけに三ループリと切り出すん しながらも、どうやらその勇気がないらしい、それはもう朝だな』 「エメーリヤはしばらく黙っていましたが、やがてまたわっ からちゃんと見えていました。とうとう、わっしも思い切っ て先生の顔を見ました。すると、その目にはなんともいえぬしを呼びます。 『アスターフィ・イヴァーヌイチ ? 』 つらそうな気持ちが一杯で、わっしから一刻も目を離さすに いるのです。ところが、わっしと目が合うと、すぐ臉を伏せ『なんだね、エメリャーヌシカ ? 』 てしまいました。 『わたしが死んだら、あの外套を売ってくださいよ、わたし 『アスターフィ・イヴァースイチ ! 』 に着せて葬らないでね。わたしはこのまま埋めてもらいます 棒『なんだね、エメーリュシカ ? 』 よ。あれは金目のものだから、ひょっとしたらあなたの役に 『どうでしようねえ、たとえば、わたしのばろ外套を古着市立つかも』 正場へ持って行ったら、どれくらいに買ってくれるでしようね「その時わっしは心の臟でもちくりと刺されたような、なん

4. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

『アスターフィ・イヴァーヌイチ・・・・ : 』 ともいえない気がしました。見ると、断末魔の苦しみが始ま りかかっている様子です。二人はまた黙りこんでしまいまし「見ると、エメーリヤはまだ何かいいたそうにして、自分で た。こんなふうにして、かれこれ一時間ばかりも経ったでし体を持ち上げながら、一生懸命に唇をもぐもぐさせていまし たが、急に顔を真っ赤にして、わっしを見つめるのです : ようか。わっしはまた先生のはうへ目を向けると、やはり相 変わらすわっしを見つめていましたが、目と目が合うと、まと、不意にまたさっと血の気がひいて、あっという間にぐた りとなりましてね、首をうしろへがつくりさせて、一つ息をつ た瞼を伏せました。 『水でも飲みたくはないのかね、エメリャン・イリッチ ? 』 いたと思うと、そのまま魂を神様にお返ししましたよ」・ と一い、つとス 「もらいましょ , つ、アスターフィ・イヴァースイチ、あなた のお心まかせに』 「わっしは水をやりました。ひとロ飲むと、 『ありがと、つ、アスターフィ・イヴァーヌイチ』 『まだ何かほしいものはないかね、エメリャーヌシカ ? 』 いいえ、アスターフィ・イヴァーヌイチ、もうなんにも要 りません、ただわたしはあの : : : 』 『なんだね ? 』 『例の : : : 』 『いったいなんだね、エメーリュシカ ? 』 『ズボン : : : 例の : : : あれはあのときわたしが取ったので : アスターフィ・イヴァーヌイチ : : : 』 『なあに、神様がゆるしてくださるよ、エメリャーヌシカ、 本当にお前はなんて不仕合わせな人間だろう ! 迷わずにあ の世へ行ってくれ : : : 』というわっしも、旦那、喉がつまっ て、目からは涙がばろばろ出て来るじゃありませんか。わっ しはちょっと顔を横に向けよ、つとすると、 3

5. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

かがみこんで、自分のパトロンに何やら耳うちするのであっ十五になっていた。顔は非常に痩せて、あお白くかさかさし た。二人か三人の居候の女が、まったく無言のまま窓のそばていながら、恐ろしく活気づいていた。彼女がちょっと身を に並んで坐りながら、うやうやしげにお茶が始まるのを待動かしたり、興奮したりするたびに、鮓やかなくれないが赤 ち、目を丸くしてご母堂を見つめているのだった。それからえずそのあおざめた頬にさして来る。しかも、彼女は無性に また、恐ろしくでぶでぶ肥った五十ばかりの婦人も、わたし興奮するのであった。一分間もじっと静かにしていられない の興味を惹いた。ひどく無趣味な服装をして、まざまざと頬ように、しじゅう椅子の上でもそもぞしていた。彼女は貪る 紅をさした ( らしい ) 老婦人で、歯のまるでない口には、な ような好奇心をもって、わたしの顔に見入りながら、のべっ んだか黒くなった欠け残りが不規則に並んでいるばかりだっ身をかがめて、サーシャかいま一方の隣りの女に何やら耳う た。とはいえ、それでも彼女は平然として、ペちやペちゃしちするかと思うと、すぐにきわめて正直らしい、子供めい た、陽気そうな声をたてて、笑い出すのであった。けれど、 ゃべったり、目を細めたり、変に気どったり、ほとんどしな さえつくりかねない勢いだった。彼女は何やらいろんな鎖を驚いたことには、彼女のこういうとっぴな言動も、まるで一 一杯ぶらさげて、オプノースキン氏と同じように、しきりと座の注意を喚び起こさなかった。ちょうどみんなが前から打 わたしのはうへ柄付き眼鏡をさし向ける。これは彼の母ご前 合せでもしたようであった。わたしはこれが例の、叔父の言 である。 葉によると、何かとっぴなところのあるタチャーナ・イヴァ 従順な叔母のプラスコーヴィヤ・イリーニチナは、みんな ーノヴナだなと察した。例の、みんなで叔父の嫁に押しつけ に茶を注いで出していた。彼女は長い別離の後とて、わたしようとしている女、みんなからその財産のためにちやほやさ に抱きっきたそうな様子がありありと見えていたけれど、思れている女なのである。とはいえわたしは、その碧いつつま 、きってそれができないらしかった。ここではすべてが、ど しげな目が気に入った。その目のあたりには、もう小皺が寄 うやら禁制を受けているようである。彼女のそばには十五ば っていたけれど、目つきが実に単純で、快活で、善良なの かりの黒い目をした、きわめてかわいい女の子が坐って で、それと視線を合わせるのが、ことに央く感じられた。わ て、子供らしい好奇心を浮かべながら、じっとわたしを見つたしの物語の主な『ヒロイン』の一人であるこのタチャーナ めていた、 これは従妺のサーシャである。 のことについては、あとでもっと詳しく話すつもりだが、そ 最後に、いま一人きわめて不思議な女性が、だれよりも強の生涯は実に数奇を極めているのだった。 くわたしの注意を惹いた。思いきってけばけばしく若づくり わたしが茶の間へ現われてから五分ばかりたって、庭のは にしていたが、当人はけっして若くなかった、少なくとも三 うから愛くるしい男の子が駟けこんだ。それは従弟のイリ

6. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

にこの世に生まれて、それからそいつを撫でるために、この残さず裸にしてしまい、どれがだれのとも聞かないうちに、 紳士が添え物としておかれたのではないかと、こんなことをもう玩具を半分ばかり毀してしまった。わけてもかわいかっ たのは、髪の房々と渦巻いた黒い目の男の子で、この子はの 考えずにはいられないくらいであった。 べつわたしを木製の鉄砲で撃とうとするのであった。が、だ こういうわけで、まるまる肥った男の子を五人も持ってい るこの家の主人の家庭団欒に参加した人々の中では、右の人れよりも一ばん人目を惹いたのはその姉である。十一ばかり 物のほかにもう一人、わたしの目についた紳士がある。しかの女の子で、キ = ービッドのように美しく、もの静かな考え 深そうな様子をして、顔の色はあお白く、もの思わしげな大 し、こちらはぜんぜん種類を異にした存在で、名士といいた いくらいの押出しである。名はユリアン・マスタコーヴィチきな目は、鈴のように張っていた。この娘は何かではかの子 といった。彼が一座の中でも大切な客であることは、一目で供たちに腹を立て、わたしの坐っていた小さな客間へ引っ込 それと知れた。この家の主人に対する彼の態度は、頬ひげをんだと思うと、片隅で人形いじりを始めた。客たちは尊敬の 撫でている紳士に対する主人の態度と同じようであった。主色を表に現わしながら、この娘の親に当たる一人の裕福な商 人も主婦も、この男にお世辞のありったけを並べて、酌をす人を指さしては、あの女の子にはもう三十万ループリの持参 るやら給仕をするやら、下にも置かぬもてなし振りである。金がちゃんと分けてあるのだと、小さな声でささやき合って いた。わたしは、こんな話冫 こ興味を持っている連中を、一目 を紹介するにも、みんなを彼のところへ引っ張って来て、 彼自身を人の席へ連れて行きはしない。ュリアン・マスタコ見てやろうと思ってうしろを振り向くと、視線がふとユリア ン・マスタコーヴィチの上に落ちた。彼は両手をうしろに組 ーヴィチが夜会のお世辞に、このように愉しく時を過ごすこ とはめったにないといったとき、主人の目に一雫の涙が光っんで、首をちょっと横へ傾げながら、それらの人々の無駄話 たのにわたしは気がついた。わたしはこういう名士と同席しに桁はすれの注意深さで耳を傾けていた。 ているのが、なんだかそら恐ろしくなったので、しばらく子それからわたしは、子供たちに玩具を頒けるとき主人夫婦 つの見せた頭のよさに、あきれ返らずにはいられなかった。す 供たちを眺めた後、がら空きになっている小さな客間へ引 込んで、部屋のほとんど半ばをふさいでいる花で飾った主婦でに三十万ループリの持参金を持っている女の子は、贅を極 めた人形をもらった。その後は、ここに集まっている幸福な 愛用のひと囲いに腰を下ろした。 子供たちはみな言葉につくせぬはどかわいくて、家庭教師子供たちの両親の身分が低くなるにつれて、贈り物も順々に 品が落ちて行くのであった。最後に、一等びりに廻された年 や保姆たちがいくらいって聞かせても、けっしておとなしく しようとしなかった。彼らは瞬く間に、 降誕樹を菓子一つの頃十ばかりの、痩せて小柄な、そばかすだらけの顔をし 340

7. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「なんでもないよ、なんでもないよ ! 」とヴァーシャはいっ まえ ? 」 ヴァーシャは相手の顔をじろりと見やったが、それはアルて、ぐったりしたように椅子の上に倒れた。アルカージイは カージイ・イヴァーノヴィチの心臓がどきりとして、舌の根あわて出した。 「ヴァーシャ ! ヴァーシャ ! 水でもやろうか ? 」 が硬ばってしまうような目つきであった。 「ヴァーシャ ! どうしたんだ ? え ? なんだってそんな「大丈夫、大丈夫 ! 」とヴァーシャは友の手を握りながらい った。「なんでもない。ただなんとなく気がめいって来ただ 目をして見るんだ ? 」 「アルカージイ、ばくはやつばり明日、ユリアン・マスタコ けなんだ、アルカージイ。自分でもなぜだかわからない。ね え、それより何かほかの話をきかせてくれないか、あのこと ーヴィチのとこへ廻礼にゆくよ」 「そりや行ってもいいさ ! 」苦しい期待に、目をいつばい見を思い出させないでくれ : : : 」 「落ちついてくれ、ヴァーシャ、頼むから落ちついてくれ。 開いて友を見ながら、アルカージイはそういった。 、、。ばくはけっしてきっと片づくよ、片づくともさ ! またよしんば片づかなく 「ねえ、ヴァーシャ、ビッチを上げなしカ ナしカ ? きみはまる たって、別に大したことでもないじゃよ、、 きみのために悪いことを勧めやせんから ! 当のユリアン・ マスタコーヴィチも、しよっちゅうそういってるじゃない で犯罪かなんぞのようにいうんだね ! 」 「アルカージイ」とヴァーシャは友を見ながらいったが、そ きみの書体で気に入ったのは、何よりもまずきつば りした点だ、と。スコロプリヨーヒンあたりなら、そりや習れがひどく意味深長な目つきなので、アルカージイはそのた 字手本みたいに綺麗で、おまけに美しくなければ気に入らなめに心底からぎよっとしてしまった。ヴァーシャがこんなに いさ。というのは、後でその紙をちょろまかして、家へ持っ激しくやきもきするのは、初めてのことであった。「以前の しゃ ! そのことじゃよ、。ばく て帰って、子供に写させようという寸法だからね。奴さん意ようにばくが一人なら : ・ : 親友として しは何もかもすっかりきみに話してしまいたし : 気地なしだから、習字手本を買うことができないんだ ! うち明けたい : かし、ユリアン・マスタコーヴィチはただ、きつばり、きっ : しかし、何もきみを心配さす必要はありや : きみしない : : ねえ、アルカージイ、世間には豊富な才能を授か ばり、きつばり、きつばりとい , つだけじゃないかー つばけなことを にしてみれば、なんでもありやしないさ ! 本当だぜ ! ヴっているものもあれば、またばくのように小 アーシャ、ばくはどういうふうに話したらいいのかわからんやっているものもある。そこでさ、もしきみが感謝のしるし を求められて、それができないとしたら : : : 」 が : : : どうも心配でたまらん : : : きみがくよくよするんで、 「ヴァーシャー なんのことだか、さつばりわからんじゃな ばくまでやりきれんじゃないか」

8. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「わたしは今ちょっと、あの方のところへお寄りしてみまし 忘れないように結び瘤をこしらえておきましよう」 しハンカチをと た」とエジェヴィーキンは秘密めかしい調子でこういった。 彼は本当に、煙草のような色をした汚らし、 「へえ、これはどうも ! 」と叔父はびつくりして、叫び声を り出して、乾いた片隅を見つけ出すと、小さな結び瘤をつく あげた。「それで、どうだったね」 「エヴグラーフ・ラリオーヌイチ、お茶を召しあがれ」とプ「まず真っ先にあちらへお寄りして、敬意を表わしたわけな のでございます。すると、あの方のおっしやるには、わしは ラスコーヴィャ叔母がいった。 「ただ今、ただ今すぐにいただきます、奥様、いや、奥様じ一人で静かにお茶を飲む、わしはこっこつになった。ハンの皮 あとく ゃない、王女様 ! これはお茶のお礼に申し上げる言葉なのだけでも生きていける、とこんな後句もございました、は で ! ときに、わたしは途中でスチェパン・アレクセーイ し」 この言葉はしんから叔父をぞっとさせたらしい チ・パフチェエフにお会いしましたよ ! どうも、いやは 「きみ、エヴグラーフ・ラリオーヌイチ、きみがよく話をし や、びつくりするくらい大はしゃぎで、これから嫁でももら おうとしていらっしやるのかと、思われるほどでございまして、あの人をなだめてくれたらよかったのになあ」と叔父は たよ。一にもお世辞、二にもお世辞 ! 」と、茶碗を受け取っ責めるような、悩ましげな目つきで老人を見つめながら、と うとうロをきった。 てわたしのそばを運んでいく拍子に、細めた目でわたしに合 「話しましたとも、よく話したのでございますよ」 図をしながら、彼は小さな声でいった。「ところでいったい フォ、、、 「で ? 」 どうしたことでございます、おもな恩人のフォマー 「あの方は長いあいだ、返事もしてくださいませんでした。 ッチがお見えにならないのは ? あの方はお茶に出ていらっ 人しやらないのでございますか ? 」 何か数学の問題でも解いていらっしやるふうで、一生懸命な の叔父はまるで何かに刺されたように、。 ひくりと身を慄わし様子でございました。お見受けしたところ、大変むずかしい 問題らしく、わたしの見ている前で、ピタゴラスの定理の図 とて、おずおず将軍夫人の顔色をうかがった。 村 それはちゃんとこの目 「わたしにもよくわからないんだ」と彼は妙にへどもどしな形を引いていらっしゃいました、 コがら、思いきりの悪い調子で答えた。「迎えにやったんだけで見ましたので。わたしは三度ばかり話しかけましたが、四 ンれど、あの人は : : : よくわからないけれど、気分でもよくな度目にやっとおつむりをお上げになって、初めてわたしが目 , いのかもしれない。ヴィドプリャーソフを迎えにやるにはやに入ったような具合でございました。「わしは行かない。あ スったんだが : ・ : もっとも、自分で行ってみるかな ? 」 すこには今学者が来ているから、わしなどがそんな偉い人の

9. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

れはわっしが悪いのじゃありませんからね , チ、ここで横になったわけなんで : : : 』 『目だよ』とわっしはいってやりました。「エメリャン・ 「わっしは腹が立つやら、かわいそうなやら ! ィリッチ、お前ろくな死に様はしやしないそ ! 酒はい、第 『おい、エメリャン、も少しはかの仕事をしたらよさそうな 減にしな、わかったか、いい加減にしなよ , もう一度このものじゃないか』といってやりました。「なんだって階段の 次に酔っぱらって帰ったら、お前は階段で夜明しだそ、中へ番人なんかやるんだ , 入れやしないから ! 『ほかの仕事って何があります、アスターフィ・イヴァーヌ 「この中渡しを聞いて、エメーリヤは一日二日うちにじっ としていましたが、三日目にまた抜け出してしまいました。 『ええつ、この情ない死にそこない ( わっしは腹が立って いくら行っても、帰ってくるこっちゃありません ! 正直な夢中だったのです ! ) 、せめて仕立屋の職でも覚えたらいい ところを由・しますと、わっしはも、つぎよっとしてしまいまし に。まあ、そのお前の外套はなんだ ! 篩みたいなだけでは た、それに奴さんがかわいそうになって来ましたので。いっ まだ足りないで、階段を箒がわりに掃いてるじゃないか ! たいおれはやつになんということをしたのだ、とこう考えま針でも持って、その穴を人並につくろったらどうだい。え した。すっかりおどしつけてしまったじゃよ、 オしか。さあ、今え、飲んだくれが ! 』 日はどこへ行ったんだろう、かわいそうに、ひょっとした 「すると、どうでしよう、旦那 ! やつは針を取り出すじゃ ら、身を亡ばすようなことになるかもしれない。桑原桑原ー ありませんか。わたしは冷やかしのつもりでいったのに、又 やがて夜になりましたが、帰って来ません。翌朝、入口のと は慄えあがって、すぐに針を持ち出すんですからね。ばろ外 ころへ出て見ますと奴さん入口の間でお休み遊ばしているじ套を脱いで、針に糸を通しにかかりました。わっしはじっと ゃありませんか、段々の上に頭をのせてねているのですが、見ておりましたが、なあに、わかりきったこってさあ、目に 冷えて体がすっかりこちこちになっているのです。 は目やにが溜って、白目は赤くなっている、手はぶるぶる慄 『お前どうしたんだ、エメ ーリヤ ? とんでもない ! なんえるというふうで、ざまアありませんやー いくら通しても とい , っところにいるんだ ? 』 通しても、糸はめどを潜りやしません。一生懸命に目をばち 「実は、その、アスターフィ・イヴァーヌイチ、この間あんばちゃったり、指に唾をつけたり、袖をたくしたりしました 棒たが情けないといって腹を立てなすって、入口の間で寝さすが、 やつばり駄目なんで ! とうとうおつばり出して、 をとおっしやったもんだから、それでわたしは、その、思い切わっしの顔を眺めています : ・ 旧って中へ入れなかったので、アスターフィ・イヴァースイ 『いやあ、エメーリヤ、ご苦労さんだった ! これが人前だ 5

10. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

手もとに捧げた。叔父とナスチャはまた膝をついた。こうし いた。それに気のついた・ハフチェエフ氏は、叔母のそばへ寄 て、式はペレベリーツイナのうやうやしげな指導のもとに、 って、その手に接吻した。エジェヴィーキン老人はすっかり とどこおりなく行なわれた。彼女は、「もっと足をおかがめ感きわまって、片隅に隠れて泣きながら、昨日の格子縞のハ な六い 、聖像に口をおつけなさい、お母様の手に接吻なさ ンカチで、しきりに目をおし拭っていた。また一方の隅で い ! 』などとのべつ、 しいつづけていた。花婿花嫁の後から、 は、ガヴリーラがしくしく涙にくれながら、まるで神様でも ハフチェエフ氏も聖像に口をつけるのを義務と感じた。そし見るような目つきで、フォマー ・フォミッチを眺めていた て、ついでに、将軍夫人の手にも接吻したものである。彼はファラレイはありったけの声を張りあげて、泣きじゃくりな 筆紙に尽くし難いほどの喜びに、うちょうてんになって がら、みんなのそばへ寄って行っては、同じようにその手 を接吻していた。一同は淮れ来る感情に圧倒された形だっ 「ウラ ー ! 」と彼はまたわめいた。「さあ、今度こそシャン た。まだだれひとり話を始める者もなければ、だれひとり自 ハンを飲むんだ ! 」 分の気持ちを語ろうとする者もなかった。もう何もかも語ら とはいえ、だれもかれもがうちょうてんになっていた。将れてしまった、というような気がしたのである。ただ喜びの Ⅲひカここかしこに響くばかりであった。どうしてこんなに 軍夫人は相変わらず泣いていたが、今ではもう嬉し泣きだっト・・、 た。フォマーの祝福を受けたこの縁結びは、たちまち彼女の早く、突然ことが収まったのか、まだだれひとり合点がいか 目に難の打ちどころのない、神聖なものに思われてきたのでなかった。ただ一つわかっていたのは、これがすべてフォマ ある。何より肝腎なのは、フォマーが立派な行ないをしたの ー・フォミッチのわざであり、しかも確固として動かすべか で、今こそ永久に自分と別れることはない、 とこう感じた点らざる事実だ、ということばかりだった。 人なのである。食客の女たちも見受けたところでは、一同の歓けれども、一同の幸福が訪れてから、まだ五分とたたない の喜を頒っているらしかった。叔父は母の前に膝を突いて、そ時、不意にタチャーナ・イヴァーノヴナがわたしたちの間に しの両手に接吻しているかと思うと、すぐにまた駆け出して、姿を現わした。いったいどんなふうにして、どんな直覚力が わたしや、・ハフチェエフや、ミジンチコフや、エジェヴィー あって、二階の居間に坐っていたこの女が、ここの愛と結婚 コキンなどを抱きしめるのであった。ィリューシャなどは、父の空気を嗅ぎつけたのか、それはわからないけれども、彼女 ンの抱擁のために、ほとんど絞め殺されないばかりであった。 は輝き渡るばかりの顔つきをして、目に喜びの涙を湛え、見 ) サーシャはナスチェンカに飛びついて、相手を抱きしめなが とれるばかり優美な身支度をして ( もうこの間に二階で衣裳 スら接吻した。プラスコーヴィャ叔母はさめざめと泣き濡れてがえをしたのである ) 高らかな叫び声とともに、いきなりナ