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検索対象: ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人
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1. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

- 一なしば 「つい二、三日前にも打穀場へお見えになってね」ともう一 思ってくれたものを、よくわからないくせに大声でわめくな 人の百姓がいい出した。見たところ、背の高い痩せぎすの男 んて ! 」 で、つぎ当てだらけの着物をまとい、思いきってひどい木の 「何をい、つんです、じやフランス衄は ? 」 「それは発音のためだよ、セリヨージャ、ただ発音のためな皮靴をはいていた。これは大方いつも何か不平をいだいて、 んだよ」と、叔父は何か哀願するような声でいった。「あの胸の中に毒々しい皮肉な言葉を蓄えている、といったふうな 男も自分で発音のためだといってたよ : : : それにね、これに種類の人間らしい。彼は今までほかの百姓のうしろに隠れ て、陰気らしく沈黙を守りながら、皆の話を聞いていたが はちょっと特別な事情があるのだが、お前はそれを知らない のだ。だから、その判断ができないんだよ。まず初めよく理その顔からは、しじゅう一種曖昧な、苦々しげな、悪ごすそ うな薄笑いが去らなかった。「打穀場へお見えになりまし 解して、それから後で責めなくちゃならんよ。責めるのはい て、『お前たちは、太陽まで何露里あるか知っとるか ? 』と つでもできるから ! 」 「いったいお前たちはどうしたんだ ! 」彼はかっとして、再きかれるでござります。そんなことだれが知りますもんで。 び百姓のほうへ向きながらこう叫んだ。「お前たちはあの人そりや旦那衆のなさる学問で、わしらの知ったことじやごぜ えません。『いや、貴様らは馬鹿だ、自分のためになること に向かって、何もかもすっかりいったらよさそうなもんじゃ なしか。『それはいけません、フォマー・フォミッチ、それを知らん。でも、おれは天文学者だ ! 天の星をすっかり知 だって、お前たちっとるそ ! とおっしやりましてな」 はこ、つこ、フい、フわけです』といってさー 「ふん、いったい太陽まで何露里あるといったかね ? 」とっ だって舌を持ってるじゃないか」 「旦那様、猫の頸に鈴を吊すことのできる鼠が、どこにおるぜん叔父は活気づいて口を入れた。そして、『さあ、なんと いうか見ていな ! 』というような顔つきで、わたしに舜きし 人でござりましようか ? あの方のおっしやるにや、わしは貴 て見せるのだった。 の様のような不潔な百姓に清潔ちゅうことを教えてやるのだ。 といったいどういうわけで貴様のシャツは汚いのだ ? って「へえ、なんでもたいそう遠いようにいわれました」こんな 村 ね。けんど、旦那様、わし等は汗の中で暮らしてるんですも質問を予期していなかった百姓は、気のない調子で答えた。 コん、きたねえはすでござりますよ。毎日着替えるわけにやめ「でも、何露里といったのだ、いったい何露里だ ? 」 ンえりませんからね。綺麗にしたからって、生まれ変わるわけ 「そりや旦那様こそよくごぞんじでいらっしやりましよう、 ) のものじゃねえ、きたねえからって、それが身の破滅になるわしら無学な人間でごぜえますから」 「うん、そりやおれは知っているけれど、お前だっておばえ昭 ス理屈はござりますめえ」

2. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

話で、言葉のついえみたいなもんでございます。つまりね、田 ったら、首をちょん切られるとこだったんだよ ! ちえつ、 なんて馬鹿正直な男だ、おれはちょっと冗談に、懲らしめの旦那、いってみれば、欠けたびた銭二枚だって払うものはあ : もういいよ、そんな恥さらりやしません。ところが、わっしはね、あんなことにさえな ためにいってみただけなのに : ・ そうしておとなしく坐ってて、見つ しはやめときなさい ! ってくれなきや、どんな大金だって惜しみやしません、もし ともない真似はしないでくれよ、階段に寝て、おれの顔に泥わっしにそんな大金があったら、ですがね。さて、旦那、わ っしはズボンを一つ持っておりました。青地に格子縞入り を塗るようなことはしないでくれよ ! ズボンでございました。こ 『ああ、アスターフィ・イヴァーヌイチ、どうしたらいいんの、滅法界もない、素敵な、いい でしよう。そりやわたしも自分で知っておりますよ、わたし こへやって米たさる地主がわっしに注文したものですが、仕 はいつも酒ばかり飲んでて、なんの役にも立たない人間で立が窮屈だといって小便してしまった、それでわっしの手も す ! : ただあなたに、現在自分の恩人に、腹を立てさせるとに残ったわけなんで。わっしははらの中で、こいつはなか なかの値打ちもんだ ! 古着市へ持って行っても、五ループ 、はか . り - で・ : : ・』 リで買い手があるかもしれんそ。いや、それよりもペテルプ 「そういったと思うと、急にそのあおい唇がわなわなと慄え 出しました。涙が一雫あお白い頬を伝って、それが無精ひげルグの人に向きそうなズボンを二着分っくってやろう、そし にリつかかって陳えたと思うと、エメリャンはわっと泣き出たらおれのチョッキになるくらいのはしたきれが残るだろう すじゃありませんか、とたんに涙が堰を切ったように流れてと考えました。ねえ、わっしらみたいな貧之人にや、それこ ところで、その頃エメリ ・いやはや ! わっしは刃物で心の臓をさっと斬られたよそうまい話じゃありませんかねー うな気がしました。 ャーヌシカは沈んだ顔をして、行ないを慎んでおりました。 『ええ、まあ、お前はなんて涙もろい男なんだ、夢にも思い 今日も、禁酒、明日も禁酒、そのまた明日もしらふというふ こんなこと、だれだってびつくりするだ がけなかったよー うで、すっかり腑抜けみたいになってしまい、浮かぬ顔でば ろうじゃないか、ほんとうに不意打ちだよ : : : 』それからはんやり坐っているところを見ると、なんだかかわいそうにな らん中で考えました。『いや、エメーリヤ、おれはすっかり って来るはどでした。ふん、とわっしは考えました、お鳥目 がなくなってこの有様だな、それとも自分から一念発起し お前から手を引いちまうよ、勝手にばろっ屑みたいに、すた りものになるがししー て、神のお声に従ったのか。とにかく旦那、まあこういった 「まあ、旦那、こんな始末でしてね、何もくどくどとお話す有様でした。ところが、その時分大祭日がやって来まして るものはありやしません ! 何もかもつまらないみじめなおね、わっしは夜の祈蒋式に出かけました。帰って見るとエゾ

3. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

としてささやいた。「なんとおっしやる ? お願いだから聞 8 ら、先生、聞きつけたじゃありませんか」と青年はささやい かせてくれたまえ、どうしてきみはそんなことを気にするん 「しかし、わたしがどんな有様でいるか、きみに見せたいくです ? わたしもこれが一番上かと思ったのこ。、 の上にまだもう一階あるんですか ? : らいですそ。鼻血が出ておるような始末で」 「勝手に出させてお置きなさい。黙ってらっしゃい、あの先「本当にだれかごそごそしとる」やっとのことで咳のとまっ た老人はこういった : 生が出て行くのを待ってればいいんですよ」 「しつ ! 気をおつけなさい ! 」イヴァン・アンドレーイチ 「お若いの、まあ、わたしの身にもなって見てくれたまえ。 なにぶんにも、わたしはだれと並んでねているのか、それさの両手を抑えつけて、青年がこうささやいた。 ひと え知らないんだから」 「きみ、きみ、暴力で私の手をつかみなさる。放してくれた 「そんなこと知ったからって、そのために楽になるとでもいまえ」 「しつ : うんですか ? ばくだってあなたの苗宇を知りたがりやしな いじゃありませんか。いったいあなたの苗字はなんというの またちょっと喧嘩が始まったが、その後は再び沈黙に返っ です ? 」 「そこでな、一人別嬪さんに出会って : : : 」と老人は話し出 「いや、苗字なんか聞いて何になさる : : : わたしがいおうと 思ったのはただ、。 とんな無意味な偶然で : : : 」 「え、別嬪さんですって ? 」と奥さんはさえぎった。 「しつ : : : 先生、また何かいってますよ : ・・ : 」 「ああ、そうなんだよ : : : わしはもう前に綺麗な奥さんと階 「本当に、お前、だれかひそひそいうとるよ」 「いえ、そんなことありません、それはあなたの耳の中のつ段の上で出会った話をしなかったかな、それともいい忘れた かしらん ? なにしろわしはもの覚えが悪くってなあ。こり め綿が変てこになってるからですわ」 うえ 「ああ、綿といえば、なあ、このすぐ階上で : : : ごほん、ごや硫金草を・ : ・ : ごほん ! 」 「なんですって ? 」 ほん ! この階上で、ごほん、ごほん、ごほん ! 云々」 うえ 「階上で ! 」と青年はささやいた。「ああ、こん畜生 ! ば「硫金草を飲まなけりゃならんて。ききめがあるちゅう話だ : ごほん、ごはん、ごほん ! ききめがあるちゅうこと くはこれが一番上かと思った。じゃ、ここは二階なんだろう 「お若いの」とイヴァン・アンドレーイチは、思わずぎくっ 「これはあなたが老人の話の腰を折ったんですよ」と青年は 」 0 こ 0

4. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

よ、つ ? そして、最麦こ、、こ、 彳しししオしことは、どうしてこの友だは子供らに揉みくたにされ、脅やかされ、不意打ちで虜にされ た上、さんざんばらいじめられたんですな。で、とうとう、 ちは、おそらく近頃の知人でしようが、初めて訪問したのに だって、こうなると、もう二度目の訪問なんてないでし椅子の下の暗がりにもぐり込んで、まる一時間、毛を逆立て よう、その友だちは来やしませんからね、 なぜこの友だたり、ふうっと唸っておどしたりしなければならず、それか ちは頓智に富んでいるくせに ( もしそんなものがあるとすれら暇にまかせて、ひどい目にあわされた顔を両手で洗ったり ば ) 、主人の仰向けた顔を見ながら、もじもじしたり、四角して、その後でまだ長いこと自然や、人生を恨めしそうに眺 ばったりしてるんでしよう ? 主人はまた主人で、会話を滑めるのです。おまけに、情深い女中頭が、ご主人の食べ残り らかにしたり、変化をつけたりしようとし、自分でも社交界を取っといてくれたのさえ、容易に食べようとしない始末で の知識を示そうと努め、人並みに美しき性のことを話し出しすからね。いったいそれはなぜでしよう ? 」 て、せめてこれくらいの従順さでもって、お門違いのところ「ねえ」しじゅう目を見開き、かわいい口をばかんとあけ へ間違って来た気の毒な客のお気に入ろうとむだな大努力をて、わたしの話を聞いていたナスチェンカは、こうさえぎつ た。「ねえ、あたし、どうしてこんなことができたのか、そ した後で、すっかりとほうに暮れ、どうにもならなくなって してなぜあたしにそんなおかしい質問をなさるのか、まるで いるのです。かっ、最後にですな、客が帽子に手をかけなが ら、のつびきならぬ用事を思い出したといって ( そんなもの見当がっきませんわ。でも一つだけ確かにわかっているの は、そういうことがみんな本当に一つ残らす、あなたの身の なんか、ありはしないのに ) 、そそくさと出て行こうとし、一 生懸命に後悔の念を示し、失敗を取り返そうと努力している上にあったに相違ないってことですの」 「そのとおり」とわたしはいとも真面目な顔をして答えた。 主人の熱心な握手を、やっとこさと振りはどくのはなぜでし 「ねえ、もしそのとおりでしたら、どうそおつづけくださ よう ? またこの去って行く友人が戸の外へ出ると、からか らと高笑いをし、すぐにその場で、こんな変人のとこへ二度い」とナスチェンカは答えた。「だって、それが結局どうな と来るもんかと考えるのま、、 。しったいなぜでしよう ? とこるか知りたいんですもの」 ろが、この変人は実のところ、立派な青年なんですが、それ「ナスチェンカ、わが主人公が、いや、それよりばくといっ と同時に、ちょっとした空想の気まぐれが、どうしても思い たほうがいいでしよう、なぜなら、この事件の主人公は、ほ ばくが自分 夜切れないんです。それは、たとえば、さっき話し合っているかならぬ小生おんみずからなんですからね、 間じゅう、その話相手のつらを、漠然とではありますが、不の片隅で何をしたか、あなたは知りたいんですね ? ばくが たぐい 白仕合わせな仔猫に較べる、といったような類です。その仔猫不意の来客のためにまる一日、あんなにもあわてて、とはう

5. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

ばくはさめざめと泣きぬれて、心臓の慄えるような思いをしつまり、そうすることができなかったんだ、 それに第 たものだ。それというのも : ・・ : それというのも : ・ : まあ、つ 一、ばくは見かけだって感じがよくないんだものね : : : とこ まり、きみがそれほどまでにばくを愛してくれるのに、ばくろが、他人はみんなばくにいい ことばかりしてくれた ! 現 は何一つきみにその返礼をして、自分の気がすむようなこと にきみなんか第一番だ。それがばくの目に見えないと思うか をしなかったからね : : : 」 い。ばくはただ黙っていたんだ、ただ黙っていただけなんだ 「おい、ヴァーシャ、きみはまあ、なんという男だろう , : きみが今どんなに気持ちをめちやめちゃにしているか、 「ヴァーシャ、も、つよしてくれ ! 」 見せてやりたいくらいだよ」この時アルカージイは、きのう 「なんでもないよ、アルカーシャー なんでもないよ ! 往来で演じた光景を思い出して、心臓のしびれるような思い ばくべつに何も : : : 」涙に妨げられて、やっとのことで言葉 をしながら、こ、フいっこ。 を口から発しながら、ヴァーシャは相手をさえぎった。「き 「もうたくさんだってば。きみはばくに落ちつけというが のうきみにユリアン・マスタコーヴィチの話をしたろう。 ばくは今までこんなに落ちついて、幸福だったことはないくきみも知ってるとおり、あの人は厳格なやかましい方で、き らいだよ ! 実はね : まくはきみに何もかも話みでさえ何度かあの人のお目玉を頂戴したくらいだ。ところ してしまいたいんだけれど、どうもきみを悲観させるのが怖 、、、、ド日は何を田 5 ったか、 ばくに冗談なんかいって、優しく くってね : : : きみはいつも直ぐ悲観して、ばくをどなりつけ してくだすったよ。そしてね、今までみんなに用心ぶかく隠 るものだから、ばくはびつくりしてしまうんだよ : : : 見たま していた善良な心を、ばくに開いて見せてくだすったんだ え、今でもこんなにぶるぶる慄えているだろう。自分でもど , つい、つわけだかわからないんだ。亠大はね、ばくこ、つい、つこと 「よに、ヴァーシャ、それは不思議もないさ。つまり、きみ 力ししたかったのさ。ばくは以前、自分というものがわからがその幸福に値するということを、証明するにすぎないの なかったらしいーー・本当に ! それに、他人というものも、 さ」 ついきのうやっとわかったような始末だ。ばくはね、きみ、 「ああ、アルカーシャ ! ばくはこの仕事をすっかり片づけ それを感じなかったんだ、完全に評価できなかったんだ。ばてしまいたくって、たまらないんだがな ! : でも、駄目 : 心臓までこっこつだったからね : ・・ : ねえ、どうしてオ ・こ、ばくは自分の幸福を台なしにしてしまう ! ばくにはそ そんなことになったのか知らなカ 、 ; 、ばくはこの世のだれにんな予感がするー いや、違う、あれじゃないよ」アルカー 弱も、まったくだれ一人にも、 しいことをしてやらなかった。 ジイが机の上に載っている厖大な急ぎ仕事を、ちらりと横目幻

6. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

わたしを評価できるわけがないて ! きみなんかの目から見何かしながら、ラムをくれなどとぬかしおった ! わしなん ると、どこかのシーザーとか、アレグサンダー大王などのほ かにいわせりや、飲むのはいっこうかまやせん。だから、き かには、偉大は存在しないんだからな ! いったいきみのシみも飲め、大いに飲め。だが、 食うものは一まず腹につめと ーサー輩が何をした ? だれを幸福にしたね ? またきみた ・ : なんにも くんだ。その後で、まあ、もう一ど飲むんだな : ちの担ぐアレグサンダーにしても、 いったいどんなことをしやつらを容赦することはいらん ! みんな詐欺師ばかりだ ! たのだ ? 全世界を征服したというのかね ? なに、あれと ただきみ一人だけは学者だよ、フォマー 同じような密集陣をよこしてくれたら、わたしだって征服し ハフチェエフは一たんだれかに傾倒したとなると、もう無 て見せるよ。きみだって征服できるし、あの男にだって征服条件にいっさい批判ぬきで、全身的に傾倒してしまう男だっ マケドニアの武将、酒席で できるさ : ・・ : 彼は徳行あるグレイトス ( 大王と口論して殺される を殺したが、わたしは徳行あるクレイトスを殺さなかったか わたしは庭の一ばん奥まった池のそばで、叔父をさがし出 らな : : なに、あんなのは小僧っ子だよ ! 山師だよ ! あした。彼はナスチェンカといっしょだった。わたしの姿を見 んなのには、笞でも食らわしてやるのが本当で、世界歴史でると、ナスチェンカはまるで悪いことでもしていたように、 担ぎあげるべきじゃな、・ : シーザーだって同じ仲間さ」 いきなり灌木の繁みの間へ飛びこんだ。叔父は満面えみ輝き 「せめてシーザーだけは容赦してくださいよ、フォマー・フながら、わたしのほうへやって来た。その目には歓喜の涙が 宿っていた。彼はわたしの両手をとって、ぎゅっと固く握り しめた。 「馬鹿者には容赦がならん ! 」とフォマーはわめいた。 「容赦することが要るものか ! 」同様に一杯機嫌の・ハフチェ 「セルゲイ ! 」と彼はいった。「わたしは今だに、なんだか エフは、熱くなってこう引きとった。「何もやつらを容赦す自分の幸福を信じられないような気持ちがするよ : : : ナスチ ることはありやしない。やつらはみんな飛びあがり者で、た ャもやはりそうなんだ。わたしたちはただ奇異の感に打たれ だ片足でぐるぐる廻るくらいしか芸はありやせん ! 腸詰めながら、天帝を讃美するばかりなんだ。今あれは泣いていた 野邸め ! 現にさっきも一人、何か知らん奨学資金を設定すんだよ。お前は本当にしないかもしれないが、わたしはなん るとかいいやがった。ぜんたい奨学資金とはなんだ ? なんだか今でも正気がっかないくらいだ、すっかりばうっとなっ のことやらわけがわかりやせん ! わしは賭けでもするが、 た形でね。本当にしてるような、してないような気持ちなん きっと何か目新しいインチキ仕事に相違ない。それからもう いったいこれはなんの酬いだろう ? なんのためだ 一人は、さっき立派な人たちのいる前で、ふらふら千鳥足かろう ? いったいわたしがどんないい ことをしたというの 2 2

7. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

んかった。なんとなれば、幸福は徳行の中に含まれておるか なか偉大な義務だが、それを果たしたら、あなたの功績も偉 らですぞ : : : 」 大なものですそ ! 」 フォミッチ ! 「フォマー 「しかし、フォマー、それはあんまりじゃよ、 オしカ ! 」とまた いったいなんということを考え 叔父はさえぎった。「きみは考え違いをして、まるで見当違出したのです ? 」恐怖のあまり今にも卒倒しそうな様子で、 いのことをいってるんだよ : 将軍夫人はやっきとなって叫んだ。 「そういうわけで、自分が地主だということを思い出してく 「いや、もうたくさんらしい」将軍夫人にさえ一顧の注意も ださい」またもや、叔父の叫びを耳にも入れず、フォマーは 払わずにフォマーは、こう言葉を結んだ。「これから、詳細 . な点に移りましよう。それは瑣末なことかもしれんが、必要 言葉をつづけた。「安逸と淫蕩が地主階級の使命だなどと、 ノ・′ 4 リ・ツチ . ー・ハ そんなことを考えてはなりません。それは人を破滅に導く思欠くべからざるものです、エゴーレ 想ですぞ ! 安逸でなくして、配慮です。神と皇帝と祖国にの荒地では、まだ今まで草刈ができておらん、遅れぬように 対する配慮です ! 労働、地主は労働せんけりゃなりませ 刈っておしまいなさい。少しも早く刈るんですそ、これがわ ん、自分のかかえておる最も貧しい百姓と同じように、働かたしの忠告です : : : 」 「しかし、フォマー んけりゃなりません ! 」 「じゃ、何かね、わしは百姓の代わりに、畠をおこさなくち 「それから、あなたはズィリャーノフの林を伐採するといっ ゃならんのかね ? 」と・ハフチェエフ氏がばやき出した。「なておられましたな、 わたしは知っておりますそ。あれを 伐るのはおよしなさい にしろ、わしも地主だからな : 、これがわたしの第二の忠告。森林は 「さて、今度はお前たちにいって聞かせる、召使たち」その大切にせんけりゃなりません。森林は地面の湿気を保ってく 人場にいるガヴリーラと、戸口に顔を覗けたファラレイに向かれますでな : : : それから、春播きにかかるのがひどく遅れ のって、フォマーは言葉をつづけた。「ご主人方を大切に思って、惜しいことをしましたな。どうしてあんなに遅く播きっ けをされたのか、不思議ですわい ! とて、ご奉公だいじと、お言いつけを従順に守っていきなさ 「しかし、フォマ そうすれば、ご主人方もお前たちをかわいがってくださ 「かもうたくさんですー いちいち数えあげることはでき コるだろう。そこで、大佐、あなたも彼らに対して公平な態度 後で ンをとり、同情を示しておやりなさい。 これも人の子、ーー神んし、それに、そんなことをしておる場合でもないー 〕のお姿に似せて創られたもので、いわば皇帝と祖国から、あいろんな教訓を書面にして送ってあげましよう。特別な手帳 スなたにゆだねられた幼な子のようなものですそ。義務もなか に書きこんでな。では、さようなら、皆さん、さようなら。ど

8. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

のよ・ : ・ : でも、時によってよ、 。しいものね、この空想ってもの 「ねえ、ばくがどういう人間か、あなた知りたいですか ? 」 は ! でも、どうだかわかんないわ ! 取りわけ、そんなの 「ええ、そりやもう ! 」 でなくって何か考えることがあればね」と娘は今度はかなり 「その言葉の厳格な意味で ? 」 真面目につけ加えた。 「ええ、もっとも厳格な意味で ! 」 ばくはタイプです」 「よろしい、それならいいましょ , つ、 「素敵ですね ! あなたも一たん支那皇帝のとこへ輿入れし 「タイプ、タイプ ! タイプってなんですの ? 」まるで一年なすった以上、きっとばくのいうことを綺麗にわかってくた さるでしよ、つ。じゃ、 しいですか : : しかし、失礼ですが、 間も笑う折がなかったように、きやっきやっと笑いながら、 ばくはまだあなたの名を知らないんですよ」 娘はこう叫んだ。「ああ、あなたとお話してると、とても愉 「あら、やっとのことで ! ずいぶん早く気がおっきになっ ここにべンチがありますわ、かけま 快ね ! ごらんなさい しようよ。ここはだれも通らないから、二人の話を聞く人はたのね ! 」 「ああ、なんてことだろう ! まるで考えっかなかった、そ ありませんわ、 さあ、身の上話を始めてちょうだい ! だって、あなたには身の上話があるにきまってますもの、うれでなくてもいい気持ちだったものだから : : : 」 ナスチェンカはナスターシャの愛称、 ち消さないでちょうだい、あなたは隠し立てしてらっしやる 「あたしの名は、ナスチ = ンカ ( 本名に父称をつけて名のらず、愛称を だけよ。第一に、タイプってなんのことですの ? 」 教えたのは、隔ての ) 0 てい、つの」 「ナスチェンカ ! それつきり ? 」 「タイプですか ? タイプって、それは変わり者です。実に 滑稽な人物です ! 」相手の子供らしい高笑いにつられて、自「それつきりですって ? それだけじゃあなた不足なんです 分でもからから笑いながら、わたしはそう答えた。「それはの、なんてまあ欲の深い人でしよう ! 」 「不足なんですって ? 十分です、十分です、まるで反対で 一種の性格なんです。ねえ、あなたは空想家って、何か知っ てますか ? 」 すよ、十分ですとも。ナスチェンカ、最初からあなたがばく 「空想家ですって ! 失礼ながら、どうして知らずにいられのために、ナスチェンカになってくださったところを見る ししい娘さんに相違ありません」 ましよう ? あたし自身が空想家なんですもの ! どうかすと、あなたは優し、 さあ ! 」 るとね、お祖母さんの傍に坐ってると、それはそれはいろん「ね、ほらごらんなさい ! 「さあ、そこでね、ナスチェンカ、聞いてください、どんな 夜なことが頭へ浮かんで来ますわ。まあ、そうやって空想をは じめると、夢中になって考えているうちに、おしまいには支に滑稽な身の上話が飛び出すか」 わたしは女の傍に腰をおろし、ペダントじみるくらい真面師 白那の皇子のとこへお嫁入りさえしかねないようになるんです

9. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

した。『おいおい、エメーリヤ、エメーリュシカ ! お前は分をかわいそうに思うがしし ! 』 自分の頭まで飲んじまったと見えるな ! 』 『いったいどんな仕事を始めるんですね、アスターフィ・イ それから、ある紳士がゴローホヴァャ街の歩道の上で、 ヴァーヌイチ ? わたしは何を始めたらいいのか、てんで見 さっ や、それともサドーヴァャ街だったかな、一ループリ紙幤を当がっかないんで。わたしなんかだれも雇ってくれやしませ 落っことしたんですよ。すると、一人の百姓が、さあ、運にんよ、アスターフィ・イヴァーヌイチ』 いきあたった、おれのもんだというと、もう一人の百姓がそ『お前が勤め口から追ん出されたのは、つまりそのためだ れを見つけて、いや、おれのもんだ ! おれのほうがお前よよ、飲んだくれだからよ ! 』 『ときに、食堂番のヴァシカが、きよう事務所へ呼ばれまし り先に見つけた、という : たよ、アスターフィ・イヴァーヌイチ』 『それで、エメリャン・イリッチ ? 』 『なんのために呼ばれたんだね、エメリャーヌシカ ? 』 『そこで、二人の百姓が喧嘩を始めたんですよ、アスターフ イ・イヴァーヌイチ。ところが、巡査がやって来て、紙幣を『そりや、わたしも知らないんで、アスターフィ・イヴァー ヌイチ、なんのためだか。つまり、あそこに用があって、そ 拾い上げて紳士に渡してね、百姓どもには、留置場にほうり のために呼ばれたんでしようよ : : : 』 込むそ、といっておどしましたよ』 『やれやれ、これじゃ、エメリャーヌシカ、おれたち二人は 『さあ、それがいったいどうしたっていうんだね ? それに 共倒れだ ! 』とわっしは考えました。「前世の罪のために神 何かためんなることでもあるというのかね、エメリャーヌシ 様の罰が当たったんだ ! 』ねえ、旦那、こんな人間を相手に カ ? 』 『いや、わたしは何も別に。みんな笑いましたつけ、アスタどうしようがあるもんですかー 「ところが、奴さんなかなかずるいやつでしてね、あきれた フィ・イヴァーヌイチ』 じっとわっしのいうことを聞いているけれ もんですよー 『おいおい、エメリャーヌシカ ! みんな笑ったのがどうし たってんだい ! お前はびた銭一枚で自分の魂を売ってしまど、やがて倦きて来たと見えて、ちょっとでもわっしが腹を ったんだよ。なあ、エメリャン・イリッチ、一つおれはお前立てたと見て取ると、ばろ外套を取って、するりと抜け出し いち ちまって、 いつの間にやら影も形もありませんー にいって聞かせることがあるんだ』 「なんですね、アスターフィ・イヴァーヌイチ ? 』 んち方々をぶらっき歩いて、晩方になると一杯機嫌で帰って これはもう来ます。だれに飲ましてもらったのやら、奴さんどこから銭 『何か仕事をはじめなさい、本当に始めなさい。 百ペんもいったことだが、仕事をはじめなさい、ちったあ自を手に入れたのやら、神様のほか知るものはありません。そ 326

10. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

て、しようがないじゃありませんか ? 」と彼女は哀願するよ 「アンナ・ニーロヴナ、あなたこそお黙んなさい。わたしは うな亠尸でいった。「もうよしてくださいまし ! ちゃんと心得ていってるんですから ! 」叔父は断固として答「ああ ! 今こそ思い出した ! 」とフォマーは叫んだ。「そ うだ ! 思い出した ! ああ、ああ、どうか皆さん。わたし えた。「これは神聖なことなんです ! 廉潔と正義の問題な フォマー ! んです。 にすっかり思い出させてください ! 」見るからに激しい興奮 きみは分別のある人間だから、き みがさっき侮辱したこの潔白な処女に、今すぐゆるしを乞わのさまで、彼は一同に哀願するのであった。「え、わたしが なくちゃならない」 浅ましいかったい犬みたいに、この家から追い出されたの 「処女とはいったいだれのことです ? いったいどんな処女よ、、 。しったい本当なんですかな ? 雷に撃たれたのは本当で をわたしが侮辱したというのです ? 」さきほどの事件をすっすかな ? わたしがこの家の玄関からつまみ出されたのは、 かり忘れてしまって、なんの話をしているのやら合点がいかあれは本当ですかな ? いったい本当でしようかな ? みん ぬといった様子で、フォマーはけげんそうに一同を見廻しな本当なのでしようかな ? 」 婦人連の哀泣と悲鳴は、フォマーに対する雄弁この上ない 「ねえ、フォマー、きみが今みずから進んで、立派に自分の答えだった。 罪を認めたら、わたしは誓っていうが、フォマー、きみの足「そうだ、そうだ」と、彼はくり返した。「だんだん思い出 もとに身を投じるよ。その時は : : : 」 すわい ・ : 今やっと思い出して来た。稲妻に驚いて倒れた後 「いったいわたしがだれを侮辱したというのです ? 」とフォで、わたしは雷鳴に追われながら、こちらへ向けて駆け出し マーはわめきたてた。「処女とはだれのことです ? それは たのだ。自分の義務を遂行して、永久に姿を消してしまうつ わたしは今どん 人どこにおるのです ? その処女はどこにおります ? ほんのもりでな ! わたしを起こしてください ! の僅かばかりでも、その処女のことを思い出させてくださいー なに弱っておっても、自分の義務は果たさんけりゃならん」 そ 人々はすぐに彼を肘掛けいすから助け起こした。フォマー 村 この時ナスチェンカが慴えたような、きまりの悪そうな恰は弁士のポーズをとって、右手をさし延べた。 コ好で、エゴーレ ノ・イリッチのそばへ寄り、その袖を引っぱっ 「大佐 ! 」と彼は叫んだ。「今こそわたしはすっかり正気に 返りましたぞ。雷もわたしの知能を全然ほろばしてしまいは 「よござんすわ、エゴーレ ノ・イリッチ、うっちゃっといてくせんかった。もっとも、右の耳が今だにやはり聞こえんよう スださいまし。詫びなんていりませんわ ! そんなことしたっ だが、これは雷鳴のためというよりも、むしろ入口階段から ) 0 こ 0