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検索対象: ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人
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1. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

は・ : : ・お説に賛成です」とミジンチコフは気のない、だるそば、あの「プリッセルの秘密』なんかね」 「それはご同意しかねますな」とフォマーは憐れむような調 うな調子で答えた。 いやな子で答えた。「この間も、ある詩を読んでみましたが : : : どう 「あなたはいつもいつもわたしに賛成なんですな ! もしようのないもので、要するに『忘れな草』ですよ ! も 気がするくらいですよ」とフォマーは、つこ。 ーヴェル・セミョーヌイ ししいてわたしの好みをいえとおっしやるなら、最近の作者 「わたしは率直にい、 しますがね、 チ」ややしばらく沈黙の後、彼はまたオプノースキンに向かでいちばんわたしの気に入 0 たのは、「筆耕家』翁ー。リ = ク の惟誌記事 軽妙な筆ですよ ! 」 って言葉をつづけた。「わたしがかの不滅なるカラムジンを ) ですな、 用の筆名 尊敬するとすれば、それは『ロシャ帝国史』のためでもなけれ「『筆耕家』 ! 」とオプノースキナ夫人は叫んだ。「それは雑 ば、『マルフア・ポサードニツア』のためでもなく、『古きロ誌に手紙を載せているあれでしよう ? まあ、本当に素敵で シャと新しきロシャ』のためでもありません。わたしは「フすね ! まるで言葉の音楽ですよ ! 」 ール・シーリン』の作者として彼を尊敬するのです。あれ「さよう、本当に言葉の音楽です。いわばペンで演奏してお は高尚な叙事詩です ! あれは純国民的な作品で、永遠に滅るので、稀に見る軽妙な筆致ですて ! 」 「そう、しかしあれはペダントですよ」とオプノースキンが びることはない ! 高尚無比の叙事詩です ! 」 「そうだ、そうだ、実にそのとおりだ ! 高尚な抒情詩だ ! 無造作にいってのけた。 それはあえて争いませ 今でも覚えて「ペダントです。ペダントです、 フロール・シーリンは実に徳の高い人門 いるが、わたしもあれを読んだものだよ。二人の農奴の娘をん。しかし愛すべきペダントです、優美なペダントです ! 身請けしてやって、その後で天を仰ぎながら泣く、実に高潮もちろん、彼の思想は一つとして、厳格な批評に堪えるもの はないけれど、しかしあの軽妙さには釣りこまれてしまいま 人した場面だ」叔父は満足のあまりに顔を笑み輝かしながら、 それには異存ないが、 すな ! つまり、饒舌家です、 のこう相槌を打った。 かわいそうな叔父 ! 彼はどうしても学問のある会話に口かし愛すべき饒舌家だ、優美な饒舌家だ ! 覚えておいでで オをいれるのを、我慢して控えていることができなかったのすか、たとえばあの男はある文章の中で、自分の領地を持っ コだ。フォマーは毒々しくにやりと笑ったが、それでもなんとているなどと吹聴しておるでしよう ? 」 「領地だって ? 」と叔父がひきとった。「それはい、 ンもいわなかった。 〕「ですけど、今だって面白いものを書いていますよ」と、県だね ? 」 フォマーは言葉をとめて、じっと叔父の顔を見つめた後、 スオプノースキナ夫人が用心ぶかく言葉をはさんだ。「たとえ 何

2. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

いね。今あたしがどんなにあなたを尊敬しているか、とてもわ : : : 」 彼女は最後までいい終わらなかった。涙に声がつまったの あなたにはわからないくらいよ ! 」 ハフチェエフが引きとった。 である。フォマーはその髪に接吻しながら、思わず涙ぐん 「そうだよ、フォマ 「きみもこの馬鹿なわしをゆるしてくれたまえ ! わしはき フォマ 「わたしのかわいい子供たち、わたしの心の子供たち ! 」と みという人を見そこなった、実に見そこなったよ ! 彼はいった。「どうか無事に暮らして、一家の隆盛を計って ー・フォミッチ、きみはただ学者だというばかりじゃない、 ください。そして、ご自分たちの幸福な折々は、このかわい も、フこれからは宀じゅ、つの土が まさに一個の英雄だよ ! 自分のことをい きみのためにはなんでもするよ。きみ、いっそ明後日あたりそうな流人のことを思い出してください ! わしの家へ来てくれたまえ。そうだ、将軍夫人もいっしょわせてもらうならば、不幸は徳行の母かもしれませんよ。こ い。軽はずみな作家だっ 何をいれは確かゴーゴリがいった言葉らし に、それから花嫁花婿もひつばって来るがいし ちいちことわるんだ ! 家じゅう総出で遊びに来てもらおたが、時とすると、珠玉のごとき名言を吐いた男ですな。流 いま浪はまさに不幸です , わたしは一本の杖を友として、こ つまり、みんなで飯でも食おうじゃないか、 れから地上を漂泊するのだ。それに、わたしはこの不幸のお から仰々しく吹聴はせんけれど、ただ一つ断わっておくよ、 オた月鳥の乳だけは、、 しくら諸君のためでも手に入れるわ蔭で、いっそう有徳な人間になるかもしれん ! この想念こ けにはいかんからね ! これだけは神かけて誓言しておくそは、わたしに残された唯一の慰藉ですわい ! 」 「 . しかーし : : いったいきみは、どこへ行くつもりだね、フォ マー ? 」と叔父はびつくりして叫んだ。 こうした感激の充ちあふれた中に、ナスチェンカもフォマ 一同は思わずぎよっとして、フォマーに視線を向けた。 ・フォミッチに近寄って、そのうえ言葉を加えようともせ 「しかし、さっきあなたからああいう取扱いを受けた後で、 す、強く彼を抱きしめて接吻した。 「フォマ ・フォミッテ」と彼女はいった。「あなたはわたのめのめとこの家に残っておられましようか、大佐 ? 」なみ なみならぬ威厳を見せながら、フォマーはこう反問した。 したちの恩人です。あなたはわたしたちのために、言葉に尽 けれど、一同はしまいまでいい切らせなかった。異ロ同音 くせぬほどのことをしてくださいましたので、なんでそのお 礼をしていいやら見当もっかないくらいでございます。ただの叫びが彼の言葉を揉み消してしまった。人々は彼を肘掛け いすに落ちつかして、哀願したり、同情の涙を流したり、 一つ間違いのないことは、これからあなたのために、またと その他ありとあらゆる方法を尺、くしたが、わたしはもう 二人ないほど優しい恭順な妹になる、ということだけです 0 ) 0

3. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

「わたしもう昨日からそう・甲し上げたんですの」とナスチャ因 からね ? わたしはこれでも中佐の娘です ! わたしはもう は一言葉をつづけた。「あなたの奥さんになるわけにはいきま この家に足踏みしません、ええ、しませんとも : : : 今日にも せん。ね、そうでしよう。身内の方々が、わたしを入れるの すぐ ! けれど、叔父はもう聞いていなかった。彼はナスチェンカをいやだとおっしやるんですもの : : : わたしはもうずっと前 から、初めつからそう感じていましたの。お母様はけっして のそばへ寄って、うやうやしくその手をとった。 「ナスターシャ・エヴグラーフォヴナ ! あなたはわたしの承諾なさりはしません : : : それに、ほかの人たちだって同じ 求婚を聞きましたか ? 」ほとんど絶望に近い悩ましげな表情ですわ。そりゃあなたご自身は、あとで後悔なさるようなこ とはないでしよう、あなたは心の広いお方ですから。でも、 で相手を見つめながら、彼はこうロを切った。 結局わたしのために不幸な身の上になっておしまいなさいま ノ・イリッチ、聞きません ! もういっそ しいえ、エゴーレ そのお話はやめにしましよう」同様にすっかり気落ちのしたす : : : あまり善良な性質でいらっしやるんですものね : : : 」 「そうだ、まったく善良な性質た ! まったくお人が良すぎ 様子で、ナスチェンカはこう答えた。「それはみんなつまら ないことですわ」叔父の手をとって、さめざめと泣き濡れなるんだ ! そうだよ、ナスチェンカ、そのとおりだよ ! 」ル・ 掛けいすの向こう側に立っている老父は、こう相槌を打っ がら、彼女は言葉をつづけた。「それは昨日の : : : ことがあ ったから、それでそんなことをおっしやるんですけど : : : そた。「まったくこのひと言をいわなくちゃならなかったんだ んなことは出来っこありませんわ。それはあなたもおわかりよ」 「わたしは自分のことから、あなたのご一家に不和の種を播 . でしよう。わたしたちは思い違いをしていたんですわ、エゴ きたくないんですの」とナスチェンカはつづけた。「わたし、 ール・イリッチ : ・・ : わたしは、いつまでもあなたのことを、 ノ・′ 4 リ , ッノ。 恩人と思って忘れないようにします。そして : : : そして永久のことは、い配しないでくださいまし、エゴーレ わたしにだれも指をさすものはありません。わたしを毎辱す に、永久にあなたのために祈りつづけますわ ! この時、彼女の声は涙にとぎれてしまった。不幸な叔父はる人なんかだれもありませんわ : : : わたしはお父さんのとこ いっそ綺麗にお」 川 ~ 、れーし、一ま、し・ 見受けたところ、前からこの答えを予感していたらしい。彼へ帰ります : : : 今日にもすぐ : ・ : ・ : さなが ようね、エゴーレ ノ・・イリッキノ : : : 」 、長ろうともしなかった : は言葉を返そうとも、 不幸なナスチェンカは、またさめざめと泣き出した。 ーしつまでも彼女の手を握っ ら致命的な打撃を受けたようこ、、 いったいそれがあ 「ナスターシャ・エヴグラーフォヴナ ! たまま、相手のほうへかがみこむようにしながら、黙って聞 なたの最後の言葉ですか ? 匸筆紙に尽くし難い絶望の色を潺 いていた。その目がしらには涙が光った。

4. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

わるのじゃ、わたしは気持ちが悪いですからな」 う。さあ、わたしについて、いってごらんなさい、「閣下』 「いや、よろしい フォマー、わたしにはその用意ができて ・ : ただど いる : : : わたしはむしろ誇りとしているくらいだ : 「じゃ、閣下」 、つしたものだろうね、フォマー ? なんのきっかけもなし 「いや、『じゃ閣下』ではいけよ、、こだ「閣下』です ! にいきなり、『こんにちは、閣下 ! 』なんて、そんなことだから、大佐、わたしはその調子を棄てんけりゃならないと はいえないじゃないか : 、っておるんですよ ! それから、こういうことを申し出て 「いや、『こんにちは、閣下』じゃない。それはもう侮辱的も、侮辱を感じはなさらんだろうと思いますが、あなたはそ な調子です。それじゃ冗談か道化芝居じみて来る。わたしはれをいいながら軽く頭をさげ、同時に上体を前へかがめなが そんな洒落を許すわけにいかんです。反省しなさい、大佐、ら、相手に対する尊敬の情と、命に応じてどこへでも飛んで 今すぐ反省しなさいー その調子を棄てんけりゃなりませ行く、という心がまえを示してもらいたいものですな。わた ん ! 」 しは自分でも将軍たちと交際したことがあるので、その辺は いったいきみは、冗談をいってるんじゃないだろうね、フすっかり知り抜いておりますよ : : : さあ、『閣下』 : : : 」 オマー ? 「閣下 : : : 」 「エゴーレ ノ・イリッチ、第一にわたしは「きみ』じゃなくっ 「『わたしは最初、閣下の精神を理解しなかったことにつ て、『あなた』です、 これを忘れないでください。そして、いまようやくご寛恕を乞う機会が到来したのを、言葉に てフォマーじゃなくて、フォマー・フォミッチです」 つくし難いほど喜ばしく感じまする。向後は一般の福祉のた 「いや、フォマ ー・フォミッチ、まったくのところ、わたしめに、自己の薄弱な意志にいささかも仮借を加えないという 人は嬉しいよ ! 心底から嬉しく思、つよ : : ただなんといった ことを、あえてお誓い申し上げます : : : 』まあ、これくらい のらいいのだろう ? 」 でたくさんでしようかな ! 」 び「あなたは言葉の終わりに『閣下』とつけるのに困っておい かわいそうに、叔父はこの寝言をひと言ひと一一一一口、一句一句 でですな、ーーーそれはもっともなことです。それならそうと、 くり返さなければならなかったのだ ! わたしは外に立った コ早く率直にいってくださればよかったものを ! それは恕しまま、自分が悪いことでもしたように真っ赤になった。わた ン得べきことですよ。ことに著述家でない人が、上品な一一 = ロ葉づしは憤慨のあまり息がつまりそうだった。 、かいをしようと思う場合は、なおさらですな。じゃ、あなた 「さて」と拷問官は言葉をつづけた。「あなたはいま急に、 【スは著述家ではないのだから、わたしが力をかして上げましょ胸が軽くなったような気がしませんか ? 何か天使でも心の 〃 5

5. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

酬いはこの始末です ! しかし、もうたくさんだ、たくさん言葉を使っていたんだよ ! 」と叔父は悲鳴をあげた。「それ がきみに不愉快だなどとは、まるで気がっかなかった : : : あ 「でも、フォマー、わたしはその埋め合わせをするよ、まあ ! もしそれがわかっていたら : : : 」 た、お前の友情をとり戻すだけのことをして見せるよ 「あなたは」フォマーはつづけた。「あなたはわたしを将軍 ならず ! 」 として、『閣下』と呼んでくださいとお願いした時、この些 「理め合わせをするんですと ? しかし、その保証はどこに 細なつまらない頼みさえ実行ができなかった、というより、 あります ? わたしは、キリスト教徒として、あなたをゆる実行することを欲しなかったんですからな : すばかりか、あなたを愛しさえもするつもりです。しかし、 「しかし、フォマー、それはいわば人民として、最高の官位 人間として、高潔なる人間として、わたしは心ならずも、あを僣することだからね、フォマー」 なたを軽蔑せずにはおられません。わたしは道徳の名におい 「最高の官位を僣するんですって ! あなたは何か書物の中 ても、そうせずにはおれません、そうするのが義務です。なの言葉を暗記して、鸚鵡のようにそればかりくり返しておら ぜといって、ごらんなさい くり返して申しますが、 れる ! あなたはおわかりにならんかもしれないけれど、あ あなたは自分で自分を穢したけれども、わたしはこの世で最なたは、わたしを『閣下』と呼ぶのを拒絶して、わたしの要 も高潔な行ないをしたのですからな。え、 いったいあなた方求の原因も知らぬくせに、瘋癲病院おくりにしてもし の仲間で、こういう行ないのできる人間がありますか ? この気まぐれな馬鹿者あっかいにされたが、それはわたしを侮 んな大枚な金額を拒絶するような人が、だれかあるでしよう辱し、わたしの名誉を毀損する行為ですぞ ! そりやわたし か ? ところが、みんなに軽蔑されている乞食同然のフォマだってわかっております。わたしはそんな官位とか、地上の 人 偉大な徳行に対する愛のために、みんごと拒絶したの光栄だとかいうものを軽蔑しておるのですぞ。もし徳行の光 のですぞ ! いや、大佐、わたしと肩を並べようと思ったら、 に照らされなかったら、そんなものなどそれ自体なんの価値 とあなたはこれからたくさんの功業をたてんけりゃなりませもありやしな、、 こう悟っておるわたしが、無意味に閣 ん。しかし、あなたはわたしに対して同等な人間らしく、 下と呼んでもらいたいなどという気を起こしたら、それこそ コ『あなた』という言葉さえ使えないで、まるで下男あっかい わたしのほうが滑稽に感じられるに相違ありません。徳行を ンに『お前』呼ばわりされるんですからな、どんな功業もたて伴わぬ将軍の官等なんそ、千万金を積んでくれても、受けと 工られそうにないですわい りやせんです。ところが、あなたはわたしを気ちがい扱いに ズ「フアマー、しかし、わたしはただ心安だてに、きみという なさった ! わたしはあなたのためを思えばこそ、わが自尊 〃 3

6. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

んかった。なんとなれば、幸福は徳行の中に含まれておるか なか偉大な義務だが、それを果たしたら、あなたの功績も偉 らですぞ : : : 」 大なものですそ ! 」 フォミッチ ! 「フォマー 「しかし、フォマー、それはあんまりじゃよ、 オしカ ! 」とまた いったいなんということを考え 叔父はさえぎった。「きみは考え違いをして、まるで見当違出したのです ? 」恐怖のあまり今にも卒倒しそうな様子で、 いのことをいってるんだよ : 将軍夫人はやっきとなって叫んだ。 「そういうわけで、自分が地主だということを思い出してく 「いや、もうたくさんらしい」将軍夫人にさえ一顧の注意も ださい」またもや、叔父の叫びを耳にも入れず、フォマーは 払わずにフォマーは、こう言葉を結んだ。「これから、詳細 . な点に移りましよう。それは瑣末なことかもしれんが、必要 言葉をつづけた。「安逸と淫蕩が地主階級の使命だなどと、 ノ・′ 4 リ・ツチ . ー・ハ そんなことを考えてはなりません。それは人を破滅に導く思欠くべからざるものです、エゴーレ 想ですぞ ! 安逸でなくして、配慮です。神と皇帝と祖国にの荒地では、まだ今まで草刈ができておらん、遅れぬように 対する配慮です ! 労働、地主は労働せんけりゃなりませ 刈っておしまいなさい。少しも早く刈るんですそ、これがわ ん、自分のかかえておる最も貧しい百姓と同じように、働かたしの忠告です : : : 」 「しかし、フォマー んけりゃなりません ! 」 「じゃ、何かね、わしは百姓の代わりに、畠をおこさなくち 「それから、あなたはズィリャーノフの林を伐採するといっ ゃならんのかね ? 」と・ハフチェエフ氏がばやき出した。「なておられましたな、 わたしは知っておりますそ。あれを 伐るのはおよしなさい にしろ、わしも地主だからな : 、これがわたしの第二の忠告。森林は 「さて、今度はお前たちにいって聞かせる、召使たち」その大切にせんけりゃなりません。森林は地面の湿気を保ってく 人場にいるガヴリーラと、戸口に顔を覗けたファラレイに向かれますでな : : : それから、春播きにかかるのがひどく遅れ のって、フォマーは言葉をつづけた。「ご主人方を大切に思って、惜しいことをしましたな。どうしてあんなに遅く播きっ けをされたのか、不思議ですわい ! とて、ご奉公だいじと、お言いつけを従順に守っていきなさ 「しかし、フォマ そうすれば、ご主人方もお前たちをかわいがってくださ 「かもうたくさんですー いちいち数えあげることはでき コるだろう。そこで、大佐、あなたも彼らに対して公平な態度 後で ンをとり、同情を示しておやりなさい。 これも人の子、ーー神んし、それに、そんなことをしておる場合でもないー 〕のお姿に似せて創られたもので、いわば皇帝と祖国から、あいろんな教訓を書面にして送ってあげましよう。特別な手帳 スなたにゆだねられた幼な子のようなものですそ。義務もなか に書きこんでな。では、さようなら、皆さん、さようなら。ど

7. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

と彼女は泣きながらいった。「あの人のことをいい出さない て、わたしがそばへ寄るのに気がっかなかった。 「ナスチェンカ ! 」とわたしは無理に興奮を抑えながら呼びでちょうだい、あの人は必ず来るなんていわないで、あの人 む 1 一 は慘たらしく、血も涙もなくあたしを棄てたんだわ、こんな しったいなんの 彼女は素早くわたしのほうへふり返った。 やり方をするなんて、なんのためでしよう、、 ためでしよう ? あたしの手紙の中に、あの不運な手紙の中 「え、どうでしたの ? 」と彼女はいった。「さあ、早く ! 」 わたしはけげんそうにその顔を眺めていた。 に、いったい何があったんでしよう ? : : : 」 「さあ、手紙はどこにあるんですの ? あなた手紙を持って このとき、慟哭の声が彼女の言葉を中断した。それを見て 来てくだすったんでしよう ? 」と彼女は手摺をつかみながら いると、わたしは胸が張り裂けるようであった。 「ああ、なんて血も涙もない、惨たらしいやり方でしょ う ! 」と彼女はまたいい出した。「それに、一行も、ただの 「いや、ばく手紙を持ってやしません」わたしはやっとこう 、った。「いったいあの人はまだ来ないんですか ? 」 一行も返事をくれないなんて ! せめてお前は要らなくなっ 彼女は恐ろしく真っ青になった。そして、長いこと身じろた、おれはお前を棄てると、はっきり返事でもくれたらいい ぎもしないで、わたしの顔を見つめていた。わたしが最後ののに、まる三日間も待たして、ただの一行も書いてよこさな 希望を粉砕したのである。 いんですもの ! ただあの人を愛しているということよりほ 「まあ、あんな人どうでもいいわ ! 」とついに彼女はと切れか、なんの罪もない、頼りない、かわいそうな娘を侮辱する 勝ちの声でいい出した。「あんな人どうでもいいわ、こんなのは、そりやもうやさしいこってすわ ! ああ、この三日間 に、あたしはどれだけつらい思いをしたでしよう ! ああ、 ふうにあたしを棄てるんだったら」 宅目丿よ、 彼女は目を伏せた。それからわたしを見上げようとした 初めてあたしが自分のほうからあの人のところ が、それができなかった。まだしばらくの間、興奮を押し静へ行って、あの人の前で恥を忍んで泣きながら、せめて一雫 めようと努力していたが、不意にくるりとうしろ向きになの愛情でもと哀願した、あの時のことを思い出すと : : : ああ : ねえ」と彼女はわたしのほうへ いうことがあった後で ! り、堀端の手摺に肘突きして、わっとばかり泣き出した。 「たくさんですよ、たくさんですよ ! 」といいかけたが、彼振り向いてこういった。その黒い目はぎらぎら光っていた。 「これは考え違いかもしれませんわね ! こんなことってあ 夜女の顔を見ると、言葉をつづける勇気がなかった。またわた しに何をい、つとがあろ、つ ? るはずがないわ、こんなこと不自然だわ ! あなたか、さも 白 なければあたしが、思い違いしてるのよ。もしかしたら、あ 「どうかあたしに慰めの言葉なんかいわないでちょうだい」

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からざる自由思想の弊害ですとも、わたしそれよりほかの見ためですがね : : : 」 わたしは、自分の機智を賞讃する一座の笑いを誘い出すっ 方はできません。で、正直に申しますがね、あなた、わたし もりで、ひひひと笑った。 はあきれ返っているのですよ、ただもうあきれるほかはあり ません ! 「そりやいったいだれのことです ? この人はだれのことを いってるの ? 」将軍夫人はペレベリーツイナのほうへ向きな 「まったくばくは、社交界に少しも出入りしたことがありま がら、鋭い語調でこうたずねた。 せん」と、わたしは度はずれに勢いづきながら答えた。「しか 「エゴーレ ノ・イリッチが、やたら無性にお客様をお呼びにな し、それは : : : 少なくともばくの考えでは、なんでもないこ とだと思います : : : ばくは暮らして来ました、つまり、全体つた話ですよ、学者のお客様を。方々の街道を乗り廻して、 学者を集めていらっしやるんですって」と、老嬢はさもいし に、家を借りて : ・ : ・しかし、それはなんでもありません、まっ たくのところ。これからばくもいろんな人と交際します。た気持ちそうにさえずった。 だ、今までのところ、始終うちにばかり引っこんでいて : ・・ : 」叔父はすっかりまごっいてしまった。 ミのこ 「ああ、そうだ ! わたしはすっかり忘れてた ! 」「エ 「学問の研究をやっていたのです」叔父はちょっとそり身に もった視線をちらとわたしに投げながら、彼は叫んだ。「わ なって口をいれた。 たしはコローフキンを待っているのだった。学術の人です、 「ああ、叔父さん、あなたはまた学問をもち出しましたね ! まあ、どうでしよう」とわたしは愛想よく白い歯を剥いて見後世に残る人物です : : : 」 せながら、またオプノースキナ夫人のほうへ振り向いて、恐彼は言葉につかえて、そのまま黙り込んだ。将軍夫人は片 ろしくうち解けた馴れなれしい口調で言葉をつづけた。「わ手をちょっとひと振りしたが、今度はそれがうまく茶碗に触 ったので、茶碗はテープルからけし飛んで、微塵に砕けてし 人が親愛なる叔父さんは、あまり学問に打ち込んでしまったも ののだから、とうとうどこかの街道でコローフキン氏と称すまった。一座がざわざわとした。 「あのひとは怒るといつもああなんだよ。いきなり何か床へ 」 . 一る、奇跡の行者であり実践哲学者である人間を掘り出しちゃ ったんです。あんなに長年のあいだ別れていて、きよう久し投げつけるんだからね」と叔父は当惑した顔つきでわたしに ささやいた。「しかし、それはただ腹をたてた時だけだよ : 「一ぶりに会ったわたしをつかまえて、第一番にいい出した言葉 わきのほうを向いて、見ない ンはほかでもない、世にも珍しいこの奇跡の行者を、いわば心お前、気にかけないがいい。 なんだってお前は、コローフキン よ、つにしていなさい 臟の痺れるような焦躁の念に悩まされながら、待ちかねてい 、出したんだい ? : スるという話なんです : : : むろん、それは学問に対する愛情ののことなんかいし 9

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一大佐 ! 」と彼はいい出した。「あなたはこれから正当の結力強い言葉で、ナスチェンカの美点を説き、席を立った美女 婚生活に入ろうとしておられるが、あなたはその義務を諒解の健康のために乾杯を唱えた。一分前までもじもじして、困 しておられますかな : りきっていた叔父は、さっそくフォマー・フォミッチを抱き ジュルナール・ド・ 云々、云々というふうに際限がない。読者よ、『時評雑しめかねない様子になった。全体に、この婚約の二人は、ま 』くらいの大きさの本に、うんと小さな活字で、思いきつるで互いをはじ、自分の幸福を恥じているようなあんばいだ たわ て馬鹿げた囈言をぎっしり詰めこんだところを、想像して見つた。それに、わたしの観察によると、彼らは祝福を受けた たまえ。その中には結婚生活の義務なんかまるつきりなくその瞬間から、まだお互い同士ひとロも言葉を交わさず、互 一同 て、ただフォマー・フォミッチご自身の頭脳と、謙抑と、寛いの顔を見合うことさえ避けているようなふうだった。 が食卓を離れた時、叔父は不意にどこともなく姿を消した。 大と、勇気と、無欲活淡に対する、無恥の極みともいうべき 讃辞に充ちているのだ。みんな腹をへらして、早く食事がしわたしはそれをさがしながら、ぶらぶらとテラスへ出て見る たくてたまらなかったけれど、それにもかかわらず、だれひと、そこでは一杯機嫌のフォマーがコーヒーを前にして、肘 とりあえて言葉を返すものもなく、この囈言をしまいまでう掛けいすに理まりながら雄弁を揮っていた。彼を囲んでいる フチェエフと、ミジンチコフの ゃうやしく聴いたものである。もの凄い食欲を持ったパフチのはエジェヴィーキンと、・ハ 工エフさえ、敬虔そのものといった恰好で、身動きもせずに三人きりだった。わたしは足を停めて聞き始めた。 坐り通した。自分の雄弁に満足したフォマー・フォミッチ「いったいなぜ」とフォマーはどなった。「なぜわたしは自 は、やっと浮き浮きして来て、食事の時には、かなり十分に己の信念のために、すぐにも焚火の中へ飛びこむ覚悟がある きこしめし、思いきりとっぴな乾杯を提唱した。彼は皮肉をと思いますな ? またなぜ諸君のうちだれ一人として、焚火 いったいなぜで 人いったり、からかったりし始めたが、それはもちろん、未来の中へ飛びこむ勇気がないのでしようか ? のの花嫁花婿にあてたものである。一同はきやっきやっと笑いす、なぜだと思いますな ? 」 「でも、それは無駄なことじやごわせんか、フォマー・フォ 」ながら、拍手を送った。けれど、その冗談の中には、あまり ミッチ、焚火へ飛びこむなんて ! 」とエジェヴィーキンがか にあくどく露骨なのが混っていたので、・ハフチェエフさえは にかんだくらいである。とうとうナスチェンカはたまりかねらかった。「ねえ、意味がないじやごわせんか。第一、痛し し、それに焼かれたら何が残りましよう ? 」 ンてテープルを立ち、部屋から逃げ出してしまった。これがま 「何が残るかって ? 高潔な灰が残るじゃないか。しかし、 , たフォマー・フォミッチを、筆紙に尽くしがたい歓喜に導し ズたのである。けれども、彼はすぐに気がついて、簡単ながらきみなんかはわたしを理解できるはずがない、きみなんかに幻

10. ドストエーフスキイ全集2 ステパンチコヴォ村とその住人

や呻き声が、フォマーの言葉をさえぎった。将軍夫人はマラ言葉を吐いたんだから : : : むろん : : : さあ、フォマー、わた ーガのビンを持って、彼のそばへ飛んで行こうとした。それしは慙愧の念と共にこの手をさしのべるよ : : : 」 は、つい今しがた帰って来たプラスコーヴィャ叔母の手から叔父は、この結果がどうなるか夢にも知らず、真心こめて もぎ取ったばかりなのである。けれど、フォマーは荘重な手フォマーに手をさし出した。 つきでマラーガをも、将軍夫人をも押しのけてしまった。 「あなたも、わたしに手をかしてください」自分のまわりに 「待ってください ! 」と彼は叫んだ。「最後まで話してしま かたまった婦人連をおし分けて、ナスチェンカのほうにむか わんけりゃなりません。わたしが倒れた後で、どういうこと いながら、フォマーは弱々しい声で言葉をつづけた。 ナスチ = ンカはまごっいて、もじもじしながら、臆病そう が起こったか知りません。ただ一つわかっているのは、わた にフォマーを見やった。 しが濡れ鼠になって、熱病を起こしそうな有様でいながら、 もっとそばへ、あなたはわたしのか あなたがた二人の幸福を実現しようと思って、ここに立って「そばへお寄りなさい、 いるということだ。大佐 ! 今ここで説明するのを望みませわいい子なのだから ! これはあなたの幸福のために、ぜひ んが、わたしはさまざまな徴候によって、あなたの愛が清浄とも必要なのだから」フォマーは依然として、叔父の手をわ なものであったばかりか、高尚なものでさえあったというこが手に握りつづけながら、優しくこういい足した。 とを、ようやっと確信できました。もっともあなたの愛はそ「これはいったいなにを目ろんでるんだろう ? 」とミジンチ れと同時に、はなはだしく猜疑的であったという譏りも免れコフはロ走った。 ナスチャはおびえてわなわな慄えながら、そろそろとフォ ませんがな。処女の純潔を守るためには、まるで中世の騎士 のように、自分の血を最後の一滴までも流しつくすのもいとマーのそばへ寄り、臆病げに手をさし伸べた。 人 . わないこのわたしが、仮りにも処女を侮辱したなどという疑フォマーはその手を取って、叔父の手の上へのせた。 のいを受けて、うち打擲にひとしい屈辱を受けた以上、このフ 「あなたがた二人を結び合わし、祝福します」と彼は思いき そ オマー・オビースキンという人間が、自分の受けた侮辱に対り荘重な声でいった。「もしこの悲哀に打ち挫がれた受難者 オしてどんな復讐をするかということを、今こそあなたに見せの祝福が、あなた方のお役に立つならば、どうか幸福に暮ら してください。 これがフォマー・オビースキンの復讐です コてあげようと決心したのです。大佐、わたしにその手をさし ぞー・ウラー ンのべてください ! 」 「喜んでさしのべるよ、フォマー ! 」と叔父は叫んだ。「き 一座の驚きはたとえるものもないほどであった。あまりに スみは今この潔白無比な婦人の名誉について、あれはど立派な思いがけない大団円だったので、一同はあっけにとられて棒