す。あの傲慢不遜な人々のために復讐のしようもないほど侮て、この決心をとるにいたったかを悟り、役にも立たぬ遅蒔和 きの言葉で、いかに彼女を悩まし、傷つけたかを理解した。 辱されたのだと感じとっていられることです ! ところが、 今度、ええ、そうです、ちょうどいま、これがまた再燃し出わたしはすっかりそれがわかった。しかしそれでも自分の気 したのです、あの内攻した古い確執が、更に火勢をめたの持ちをおさえることができないで、言葉をつづけた。 です、あなたがアリヨーシャを家へ出入りさしたばっかり 「でも、あなたはさっきアンナ・アンドレエヴナに、晩の祈 に。公爵はまたぞろ、あなたのお父さんを侮辱したものだか 蒋に行かない : : かもしれないと、自分でそういったじゃあ ら、あの老人の腹の中は、この新しい侮辱のために煮えくり りませんか。して見ると、い残るつもりもあったわけでしょ う。つまり、まだいよいよという決心はついていなかったん 返るばかりなんです。ところが、今度、急にそれが何もか も、あの弾劾がすっかり本当だったということになるんですでしよう ? 」 よ ! このいきさつを知っているほどの人はだれも彼も、こ その答えに、彼女はただ悲痛な笑いを浮かべたばかりであ れから公爵の肩を持って、あなたとお父さんを非難しまする。いったいわたしはなんのためにそんなことをきいたのだ よ。さあ、そうなったら、お父さんはどんなことになりまろう ? もういっさいは決せられて、再びもとへ返らぬこと し す ? そんな目にあったら、一たまりもなく死んでしまいまを、わたしだって悟ることができたはずではないか。 すよ ! 恥辱、汚名、しかもそれはだれのせいでしよう ? し、わたしも前後を忘れていたのである。 あなたのせいです、現在の娘のせいです、天にも地にもかけ 「いったいあなたはそれほどまでに、あの男を愛しているん がえのない愛し子のせいなんですよ ! それから、またお母ですか ! 」自分でも何をきいているのやら覚えがなく、胸の さんは ? そりやもう、お爺さんにさき立たれて、生き残っしびれるような気持ちで彼女を見つめながら、わたしは思わ ていられるものですか : : : ナターシャ、ナターシャ ! あなずこう叫んだ。 たはなんということをしているんです ? お帰んなさい ! 「なにもそんな問いに答えることはないじゃないの、ヴァー 正気に返ってください ! 」 ニヤ ? ごらんのとおりの有様よ、あの人が来いと命令した 彼女は押し黙っていた。ようやくわたしの顔を見上げた から、あたしはここで待っているんだわ」と彼女は、あいか が、その目には非難の色と、骨を刺すばかりの痛みと、苦悩わらず悲痛な笑みを浮かべたままいった。 「しかし、まあ、聞いて、ちょっと聞いてください」とわた が湛えられていたので、わたしは今さらこんなことをいわな くても、彼女の傷ついた胸が、痛々しい血潮に染んでいるこしは藁しべにも取り縋る思いで、またもや哀願を始めた。 「これはまだなんとか納まりがつけられる、何かほかの方法 とを察したのである。わたしは彼女がいかなる代価を払っ
レリこ、つこドレやよ、、、 オし力あの人たちのところへ行かないで の女はそもそもの初めから、何やら地上の天国とか、天使と かいったようなことばかり空想していて、身も心もうち込むお働き、たとえ死んでもあの人たちのところへ行くんじゃな よしんばだれが呼ばうとも ( つまり、彼女はその場にな ほど惚れ抜いて、とほうもなく男を信じてしまったんだ。だ っても、まだ呼びに来るものと空想していたのだ。いい換え から、おれは確信しているが、あの女が発狂したのは、男に 愛想をつかされて、棄てられたからじゃなくて、自分のほうれば、その呼びに来たやつを侮蔑で圧倒して、もう一ど復讐 が男に眼鏡違いをしたからなのさ。男が自分をだまして、棄する機会が、当然来るものと空想していた。要するに、彼女 てることができるような人間だったからさ。自分の天使がやはパンの代わりにうらみつらみでみずからを養っていたわけ さ ) 。おれはな、きみ、いろいろネルリから探り出したよ、 くざ者に早変わりして、自分に唾を吐きかけ、自分を踏みに 今でも時々探りを入れてるんだ。もちろん、母親は病人で、 じったからさ。彼女のロマンティッグな、気ちがいめいた心 肺をわずらっていたが、この病気はかくべっ気分をいらいら は、この変化に堪えられなかったのだ。のみならず、そこに は侮辱されたという気持ちもあった。しかも、その侮辱たるさせて、あらゆる種類の憎想、怨恨を助長するものでね。も っとも、おれはププノヴァのことで一人の小母さんの口か や、きみ、わかるだろう、生やさしいものではないからね。 恐怖の念と、それに何よりも矜恃の心から、彼女は無限の侮ら、彼女が公爵に手紙を出したってことを突き止めたよ。そ 蔑をいだきながら、男の傍を離れたのだ。彼女はいっさいのうだ、公爵にだ、当の公爵に宛ててだ : : : 」 関係を断ち、いっさいの証書を破り棄てた。金なんか唾を吐「手紙を出した ! それで先方へ届いたのかい ? 」とわたし はじりじりしながら叫んだ。 きかけないばかりの気持ちで、それが自分のものではなく、 「そこなんだよ、届いたかどうかおれにもわからないんだ。 父親の金だということさえ忘れて、まるで塵あくたのように ある時、スミットの娘はその小母さんとうまが合ってね ( 覚 おつばり出してしまった。つまり、自分をだましたやつを、 ププノヴァのとこに、白枌を真っ白に塗りこく 、、こし、軽えてるかい 偉大な精神で圧倒しつくし、生涯男を泥棒あっ力し 蔑してやる権利を保有するためなんだ。そして、おそらくすった女がいたろう ? いま懲治監に入ってるがね ) 、そこで、 この女に手紙を持たしてやろうと思い立ったのさ。そして、 ぐその場で、お前などの妻と呼ばれるのさえいさぎよしとし 々 / し といったものに相違ない。ロシャには離婚というもの本当に書きはしたものの、結局、渡さないで引っ込めたそう 人 だよ。それは死ぬ三週間まえのことなんだ。これは重大な事 。ないが defacto ( 事実上 ) 彼らは離婚したのだから、彼女と 実じゃないか。 一ど出そうと決心した以上、よしんばその手 らして、やつに助けを求めるなんてことができるものかね ! まわ 想い出してみたまえ、あの気ちがい女はもう臨終の際に、ネ紙は引っ込めたにせよ、またつぎに出したかもしれないから
はまぎれもなく、公爵に関したことなのである。彼女が公爵 りませんか ? それは侮辱ですよ、ナタリヤ・ニコラエヴナ」 「わたくしは、どなたとお話するにもせよ、できるだけ当てに対する意見を変えて、彼を自分の仇敵のごとく見なしてい こすりをいわないようにしておりますの」とナターシャは答るのは、一見明瞭であった。彼女は察するところ、アリヨー えた。「それどころか、いつもなるべく真っ直ぐにお話するシャとの間がうまくいかないのを、みんな公爵のせいにし ように、気をつけているくらいでございます。今日にもさって、それには何か根拠を持っているらしかった。わたしは、二 そく、それを信じていただけるかと思いますの。あなたを侮人の間に思いがけない場面が演じられはしないかと、びくび 辱するなんて、そんな気はわたくしさらにございませんし、 くしていた。公爵が二人の関係を真面目に見るはずがないと いう最後の言葉、お客をもてなすものの義務として詫びをい 第一、そんな理由がないじゃありませんか。それに、わたく しが何を申し上げようと、あなたがわたくしの言葉に腹などうというロ上、彼女が真っ直ぐに物をいうすべを心得ている をお立てになるはずがない、それだけの理由でも十分ですことを、今晩すぐにも証明して見せるという威嚇の性質をお これらすべてはあまりにも毒をおびて、しか わ。わたくし、それをふかく確信しておりますの。と申すのびた約東、 は、わたくし、自分とあなたとの関係を、十分理解しているも露骨だったので、公爵がそれをさとらないはずはないので からでございます。だって、あなたはわたくしとの関係を、 あった。彼は顔色を変えたが、巧みにおのれを制した。わた 真面目にごらんになるわけにいかないでしよう、そうじやごしはちゃんとそれを見て取った。彼はすぐさま、そういう一一一一口 ざいませんか ? でも、もしわたくしが本当にあなたを侮辱葉に気がっかず、その本当の意味をわからなかったようなふ したのでしたら、いつでもお詫びを申し上げて、自分の義務うをして、もちろん、冗談でごまかしてしまった。 を果たしたいとそんじております : : : お客をもてなすものと「謝罪を要求するなんて、とんでもない ! 」と彼は笑いなが しての義務を」 ら引き取った。「わたしは決してそんな気持ちなんかなかっ たのです。それに、婦人の人から謝罪を要求するというの ナターシャがこれだけの口上を述べた調子は淡々として、 ややふざけたようなところさえあり、唇には笑いをたたえては、わたしの掟にないことです。わたしは初めてお目にかか いたけれども、彼女がこれほどいらいらしているところを、 った時、自分の性質について、多少あなたにお話をしておき わたしはこれまでついぞ見たことがない。 この三日間に、彼ましたから、一つ自分の観察を述べたところで、おそらくお 女の心がどれだけ傷つき痛んでいたか、この時はじめて合点腹立ちにはなりますまい。ましてそれはすべて一般の婦人に がいった。彼女が何もかも知っており、何もかも察してしま関することなんですからね。あなたもおそらくこの観察に同 ったという謎めいた言葉は、わたしをぎよっとさせた。それ意してくださるだろうと思います」と彼は愛想よくわたしの ノ 88
「おお ! あんたはまた ! ・ : やれやれ困ったものだ ! この新しく思いついた冗談は、どうやらひどく彼女の気に : もう一ペんつくり直してもよろしい ! 」と老人はハ 入ったらしい。その目はぎらぎらと燃え、いささか呆気に取かし : られている医者の答えを待ちかまえるように、唇は笑いの発ンカチで胸あてと顔を拭きながら、そういった。 作でひくひく吊っていた。 これにはさすがのネルリも愕然とした。彼女はわたしたち 「ふん、さようさなあ」この新しい気紛れに、われともなくの激怒を覚悟し、叱られたり責められたりするものと考えて ほほ笑みながら、彼は答えた。「さよう、まあ、あんたが優いたのである。もしかしたら、この瞬間それのみを待ち望ん でいたのかもしれない。 というのは、またさっそく泣いた しい育ちのいいお嬢さんになって、よく一一一口うことを聴いて、 そして : : : 」 り、しやくり上げたりして、ヒステリー騒ぎを始め、またも やさきはどのように薬を投げ散らしたり、獅癪まぎれに何か 「お薬をのむようになったら ? 」とネルリが引き取った。 「ははあ、なるはど、薬をのむようになったら、そのとおをこわしさえして、それで自分の気紛れな傷ついた心をいや いい子ですよ」とまたそろ彼はわたしにささやいた。「こす、口実にありつくためだったのである。こうした気紛れは の子にはなかなか : : いいところがありますよ。それに、賢病人ばかりでなく、またネルリばかりでもなく、ままありが くもあるし、しかし、それにしても : : : お嫁とは : ・ : なんとちなものなのである。わたしなども、よく部屋の中をあちこ 変な気紛れだ・ : ち歩き廻りながら、だれでも、 しいから、少しも早くおれを侮 こういって、彼は三たび薬をすすめた。けれど、今度は彼辱するか、侮辱と解ることのできるような言葉を吐いてくれ 女は小細工さえ用いようとせず、いきなり手で下から匙を突ればよい、その時はさっそく、何か腹の虫の収まるようなこ き上げたので、薬はかわいそうな老人の胸あてから顔へ、残とをしてやるものをといったような、意識せざる望みをいだ らずかかってしまった。ネルリは声高に笑い出したが、これ いたことがあるものだ。女にいたっては、こうして『腹 はもう前のように無邪気な愉しい笑いではなかった。何かしせ』をしながら、正真正銘、偽りならぬ涙を流して泣き出す ら残忍な毒々しいものが、その顔をちらとかすめた。このどころか、ことに感じのつよいのになると、ヒステリーまで 時、彼女は何となくわたしの視線を避ける様子で、ただ医者起こすようなことさえある。これは日常、しばしば目撃する のほうばかりを眺めていた。そして、『おかしな』お爺さん平凡なことがらで、もしそのほか人知れぬ悲しみを心にいだ が今度はどうするだろうかと、嘲りの表情を浮かべて待ち設き、それをだれにもうち明けるような気持ちにならない時な けていたが、とはいえその嘲りの陰には、不安の色がほの見どは、なおさらである。 えていた。 けれど、侮辱された老人が一口も小言をいわないで、辛抱
「お前どう思う、ヴァーニヤ、本当にお詫びに行ったほうが ことになってもいとわない。しかも、こうした傍杖を食うの 好かろうな ! 何もシベリヤくんだりまで行くことはありやは、いつも当人にとって最も親しい身内の人間なのである。 しない。明日にも着物を着更えて、頭を綺麗に撫でつけて、 たとえば、女などにはどうかすると、侮辱されたのでもなけ アンナ・アンドレエヴナに新しいワイシャツを支度してもられば不幸でもないくせに、自分が不幸なはずかしめられた人 って ( ああいうおえら方のところへ行くのには、どうもそう間だと感じたがる要求があるものだ。こういう意味合で、女 しないわけには行かんからな ! ) 第一装用の手袋を買って、 にそっくりの男がたくさんいる。それも大して女らしいとこ それから閣下のところへ出かけて行くのだ。閣下、命の親のろのない、屈強な男にそれが多いのである。老人はいの要 ご前様、どうかおゆるしください、お情けにパンを一切れお求を感じていたのだが、そのくせ、われながらその要求のた 恵みくださいまし、家には女房や小さい子供たちがおりましめに苦しんでいたのである。 て : : : とこんなふうにやるのかね、アンナ・アンドレエヴ いまでもおばえているが、そのときわたしの頭に一つの考 ナ ? これがお前の望みなんだろう ? 」 えが浮かんだ。もしかしたら、彼はこの直前に、アンナ・ア 「まあ、あなたとしたことが : : : わたしはなんの望みもあり ンドレエヴナの想像に類した突っ飛なことを、何か仕出かし はしません ! つい、何げなしにいっただけですよ。もし何たのではあるまいか ! ひょっと急に思いついて、本当にナ かお気にさわったら堪忍してくださいな、ただそうがみがみターシャのところへ出かけはしたものの、途中で考え直す いわないで」と彼女はいよいよ恐怖に身を震わせながら、こか、それとも何かうまくいかないことがあって、彼の計画に . し子 / 齟齬をきたし、ーーそれは当然な話だがーー、その結果、屈辱を この時、不幸な妻の涙と恐怖のさまを見ているうちに、彼感じて、いらいらして家へ帰り、自分がさきほどまでいだい の心は煮えくり返るほど痛みうずいたに相違ない、わたしはていた希望や感情を恥じ、自分の弱さに対するうつぶんを晴 そう確信する。彼は妻自身よりもずっと苦しい思いをして いらす相手を求め、自分と同じ希望や感情を、だれよりも余計 たくせに、どうしてもおのれを制することができなかったに に持っていそうな人間を、選んでいるのではあるまいか。お 相違ない、わたしはそう確信する。これは、善良無比な心をそらく、彼は娘をゆるそうと思い立った時、不幸なアンナ・ 持ちながら、神経の弱い人々に有り勝ちなことで、彼らはあアンドレエヴナのうちょうてんな喜びを心に描いていたくせ り余る善良さにもかかわらず、自己陶酔に陥るほど、自分の を、計画が失敗したとなると、もちろん、第一番に、彼女が 悲しみや怒りに溺れ切って、何がなんでも胸のうつぶんを吐 八つ当りの対象となったのであろう。 き出そうとするので、それがなんの罪もない他人を侮辱する けれども、恐ろしさのあまり、夫の前でわなわな慄えてい
「あなたはご自分の言葉を撤回しようとしていらっしやるの田 ・失礼。とにかく、わたしはあなたを責める権利を持っていま す。だって、あなたはわたしに息子を反抗させようとして いですね」とナターシャはわれを忘れて叫んだ。「この機会を らっしやるのですからね。よしんばいま、あなたの味方をし喜んでいらっしやるのですね ! でも、はっきり申し上げま て、わたしに楯つかないまでも、、いはもうわたしに叛いていすが、わたくしはもう二日前から、ここでたった一人考えた るのです・ : ・ : 」 あげく、あなたの約東を解除してあげようと、自分で決心し 「ちがいます、お父さん、ちがいますよ ! 」とアリヨーシャ たんですの。それをいま、みんなの前で確かめておきます。 は叫んだ。「ばくがあなたに楯つかなかったのは、あなたがわたくし、お断わり申し上げます ! 」 そんな侮辱をするはずがないと信ずるからです。そんな侮辱「というと、あなたはアリヨーシャの心の中に、今までの不 ができるなんて、ばくはとても本当にできません ! 」 安や、義務の感情や、「自分の務めに対する悩み』これはあ 「あれを聞きましたか ? 」と公爵は叫んだ。 なたがさっき自分でいわれたことだが ) 、こういうものをす 「ナターシャ、何もかもばくが悪いんだ、お父さんを責めな つかりよみがえらして、もう一ど昔どおりに、あれを自分に いでおくれ、それは罪なことだ、恐ろしいことだ ! 」 縛りつけようという考えですな。実際、あなたの理論による と、そうなるじゃありませんか。だからこそ、わたしもそう 「あれをお聞きになって ? ヴァーニヤ、この人はもうわた しに逆らってるのよ ! 」とナターシャは叫んだ。 いっているんですよ。しかし、もうたくさん、時が解決して 「たくさんだ ! 」と公爵はいった。「こんな重苦しい芝居は、 くれるでしよう。わたしはもっと落ちつかれた時を待って、 もう幕にしなくちゃなりません。この方図の知れない盲目的あなたとよく話し合うことにしましよう。これでわたしたち な猛々しい嫉妬の発作は、わたしにとってまったく新しい形の関係を完全に断ってしまったのではない、と嘱望する次第 で、あなたの性格を描き出してくれましたよ。わたしはいいです。なおその他、わたしという人間をもっとよく評価する 警告を得ました。われわれは早まり過ぎました、まったく早すべも、会得なさることと期待します。わたしはあなたのご まり過ぎましたよ、あなたはわたしを手ひどく侮辱しなが両親のことについても、一つの計画をお伝えしたいと考えて いたのです。あなたもそれをお聞きになったら : : : しかし、 ら、それに気さえっかないんですからね。あなたにならそん なことはなんともないことでしようよ。早まり過ぎた : : : 早もうたくさんです ! イヴァン・ベトローヴィチ ! 」と彼は ら、 まり過ぎた : : もちろん、いったん口外した約東は神聖なもわたしの傍へ寄りながら、つけ加えた。「わたしは前か のこよ目違よ、。 : しかし : : : わたしは父親だから、わが子あなたとお近づきになりたいと望んでいたのですが、それは いうまでもないとして、いまはいついかなる時よりも、とく の幸福を希望するわけで : : : 」
をとり、その上さらに不快なことが湧いて起こったので、イ家へ出入りを差し止めた。それはわたしの訪問の二週間まえ フメーネフは病気になりそうなほど、気を腐らしてしまったの出来事であった。老人はすっかりふさぎ込んでしまった。 なんということだろう ! のである。 かわいいナターシャに、無邪気で この訴訟騒ぎのもととなった若い公爵が、五か月ほど前潔白なナターシャに、またそろこんな穢らわしい濡れ衣を着 に、ふとしたきっかけでイフメーネフの家を訪れた。老人はせて、こんな卑しいごたごたに巻き込むとは ! 彼女の名は 彼をいとしいアリヨーシャといって、生みの子同様にかわい かってこの前にも、父親を侮辱した人間の口から、無礼な調 がっており、はとんど毎日のように噂をしていたので、よろ子で発せられた : : しかも、それをこのまま泣き寝入りにし 工て、打っちゃって置かねばならぬとはー こんで彼を迎えた。アンナ・アンドレエヴナはヴァシーリ 初め二、三日の フスコ工のことを追懐して、手放しで泣き出したはどであ司、 ド彼は絶望のあまり病気になって、寝込んでしまった。わ る。それから、アリヨーシャは父に隠して、しだいに足繁くたしはそれをすっかり残らず知っているのだ。わたしは病気 イフメーネフの家へかようようになった。イフメーネフは正の上に、叩きのめされたような気持ちになって、最近、三週 直で明けつばなしの、一本気な人間であったから、気をつけ 間ばかりというもの、家に寝込んだきり、彼らのとこへ顔出 なければという妻の言葉を、憤然としてしりそけた。潔白な しをしなかったけれども、この一部始終は詳しくわたしの耳 に入ったのである。そればかりでなく、わたしは、まだその 誇りのつよい気性から、息子がまだイフメーネフの家に出入 はかに知っていた : いや ! わたしはその頃まだ予感して りしていることを、公爵が知ったらなんというだろう、などと いったようなことは考えるのもいさぎよしとしなかった。そ いたばかりである、知ってはいても信じかねていたのだ、 この一件のほか、今やこの一家には、世の中の何にもま して、心の中では、公爵の愚にもっかぬ疑いを、軽蔑しきっ ていたのである。けれど、このうえ新しい侮辱を忍ぶだけのして心配の種になるようなことがもちあがったのである。わ たしは懊々と胸をいためながらじっと観察していた。まった 力が自分にあるかどうかを、老人はよく知らなかった。若い くわたしは苦しんだ。わたしは察知するのが怖かった。信す 公爵ははとんど毎日のようにやって来た。老夫婦も、彼と話 をしていると楽しかった。彼は毎晩、しかも夜中をすっと過るのが恐ろしかった。で、カの限り、宿命的な瞬間を遠ざけ ぎる頃まで坐り込んでいくのであった。もちろん、何もかもようとした。にもかかわらす、わたしは彼女のために出かけ 父親の耳に入った。そこで、世にもいまわしい噂がながれたのである。まるでこの晩、何かの力に牽かれて、かれらの もとへやって来たかのようであった ! た。公爵は前と同じような内容の猛烈な手紙を送って、イフ メーネフを侮辱したのである。息子には断然ィアメーネフの 「ときにヴァーニヤ」と老人はふとわれに返ったようにたず
いいさ。じゃ、ばくにしまいまで話させておくれ。 たくの話が、ばくは大いに策略を用いて : : : まあ、その、機「まあ、 智をすら発揮したものです。そこでばくは、あなた方にしてナインスキイ伯爵を訪問してから、お父さんはばくに当たり みてもばくがまんざららの : : : 馬鹿でないことを、喜んでく散らすようにさえなったのだ。で、ばくは、まあ、待ってる ー刀 . し . し と考えたわけさ、その時、ばくらは公爵夫人のと ださるに違いないと思いましてね」 「まあ、何をおっしやるの、アリヨーシャ、もうたくさんころへ出かけたんだが、公爵夫人がもうはとんど耄碌してし よ ! あなたかわいい人ねえ ! 」 まって、おまけに耳まで遠くなって、大っころをかわいがっ ナターシャは、アリヨーシャのことを頭の足らない人間とてるって話は、ばくも前から聞いていた。夫人のとこには、 おもわれるのが、いやでたまらなかった。アリヨーシャが何大っころがうようよいてね、夫人は大のことというと、まる か馬鹿なことをした時など、わたしがあまり斟酌なしに、当で目がないのさ。しかし、それでも社交界ではたいへん勢力 があるので、ナインスキイ伯爵みたいな豪物でも、この夫 人に向かってそのことを証明すると、彼女はよく口に出さな いでわたしに腹を立てる、そういうことがこれまで幾度あつ人には頭があがらないんだそうだ。そこで、ばくは途々、こ たかしれない。それは彼女の心に秘めた痛いところなのであれからさきの作戦計画を立てたんだが、何をその計画の基に った。彼女はアリヨーシャの屈辱を我慢できなかったが、おしたと思います。ほかでもありません、どんな大でもばくに ばくはそれに そらく自分でも彼の足りなさを意識していたので、なおさらなっくってことなんです、まったくですよー たまらなかったのであろう。けれど、自分のそうした考えは気がついたんだけど、ばくに何か一種の磁力が潜んでいるの 決して口に出さず、彼の自尊心を侮辱しまいと、極度に警戒か、それともばくが自分で生きものを好きなせいか、そこの していた。ところが、彼はそういう場合なぜかとくに敏感とこはわからないが、とにかく、大という大がばくになっく で、いつも彼女の秘密な感情を察してしまうのであった。ナんです、それだけは間違いっこなし ! 話のついでだが、磁 ターシャもそれを見て取って、ひどく悲しい気持ちになり、カといえばね、ナターシャ、まだきみには話さなかったけれ さっそく機嫌をとったり、優しい愛撫を見せたりするのであど、ばくはこの間いろんな霊を呼び出したよ、ある霊媒のと ころへ行ってね。イヴァン・ベトローヴィチ、そりやとても った。こういうわけで、今も彼の言葉は、彼女の胸に痛いほ 面白いですよ、ばくなんか強い感銘を受けたほどです。ばく 々どびんと響いたのである。 はジュリアス・シーザーを呼び出しましたよ」 し「たくさんだわ、アリヨーシャ、あなたはただ軽はずみなだ 「まあ、なんてことでしよう ! でも、なんのためにジュリ らけで、決してそんなんじゃないわ」と彼女はつけ足した。 アス・シーザーなんか呼び出す必要があったんですの ? 」と 虐「なんだってそう自分を卑下なさるの ? 」 ル・シュベルプ 102
ると声明するんですって ? もし不法な訴訟を起こしたと承が満足するような、解決の仕方でなくちゃならないのです。 知しているくらいなら、なんだって法廷で争ったのだ ? とその時はじめてあなたは訴訟についても、本当に誠心誠意イ わたしはみんなから面とむかっていわれるじゃありませんフメーネフと話し合うことができるでしよう。しかし、 か。ところが、わたしはそんな目に遭うような、悪いことをは何一つ解決がついていないのですから、あなたとしてはた したおばえはないのです。だって正当に争ったのですから った一つの方法しかありません。つまり、ご自分の訴訟の不 ね。わたしはあの男が盗んだなどとは、一度も口にしたこと当であったことを認めるのです。率直に認めるのです。また もなければ、そんなことを書いた覚えもありません。ただあ必要に応じては、公式にそれを声明しなければなりません、 の男が不注意で、軽率で、事務の方面には無能だということ これがわたしの意見です。こんなことをずけすけ申し上 は、今でも確信しています。あの金はまさにわたしのものでげるのは、あなたご自身がわたしの意見をお求めになったの すから、自分みずから中傷するようなことは、わたしとしてだし、それにおそらくわたしが小細工を弄することを、お望 つらいわけです。それから、最後にくり返していいますが、 みにならないだろうと思うからです。それと同じ理由が、あ 老人は勝手に自分が侮辱されたものと思い込んでいるのですえてこういう質問をする勇気を与えてくれます。いったいど から、この侮辱の点であの男に謝罪しろとわたしに強請なさ ういうわけで、あなたはその金をイフメーネフにやろうなど るのは、そりや無理というものです」 と、気を揉んでいらっしやるのです ? もしあなたがこの訴 「わたしにいわせれば、もし二人の人間が和解しようと思え訟を正当だと考えていられるなら、なんのために金をやるの ば、その時は : : : 」 でしよう ? わたしの物好きはおゆるしを願うとして、これ 「その時は、造作のないこととお思いですか ? 」 はなにしろ、ほかの事情と密接な関係があるのですから」 「思いますね」 「ときに、あなたはどうお考えです ? 」まるでわたしの問い 「いや、どうかすると、なかなか容易ならんものですよ、まが聞こえなかったように、彼は出し抜けにこうたずねた。「も して : : : 」 し、その金をなんの弁明もなく : : : それに : いっさい事情 「まして、それにほかの事情が結びつけられていたら、とおを緩和するような口上も添えないで、イフメーネフに手渡し 々っしやるんでしよう。その点は、ばくも同感ですよ、公爵。するとしたら、老人はその一万ループリを拒絶するに相違な しナタリヤ・ニコラエヴナとご子息の事件は、あなた次第でど と確信しておいでですか ? 」 らうともなる点において、何から何まで、ちゃんとした解決を「もちろん、拒絶しますとも ! 」 つけなければなりません。しかも、イフメーネフ一家のもの わたしは思わずかっとして、憤慨のあまり胴震いをしたく
らいである。このすうすうしくも疑ぐり深い問いは、まるでタリヤ・ = コラエヴナは、これはつまるところ父親に対して 公爵から目に唾を吐きかけられたのと同じ印象を与えた。わは娘の慰謝料として、娘に対してはアリヨーシャを自由にす たしの侮辱感には、さらにもうひとつの侮辱が加わったのでる賠償として払われるのだ、要するに金で面をはろうとする ある。彼は上流社会独得な不作法な態度で、わたしの問いにのだ、とこんなふうに解釈するでしよう : : : 」 「ふむ ! : あなたはわたしの言葉をそんなふうにお取りに 気がっかなかったような顔をして、それに返事もせず、ほか なるのですか、イヴァン・ベトローヴィチ ! 」と公爵は笑い の質問でわたしの言葉をさえぎったのだ。それはおそらく、 わたしがあまり前後を忘れて、ああいう質問を持ちかけるな出した。いったいなんのために笑ったのだろう ? 「ところ どという馴れ馴れしい態度をとったのを、思い知らせようとで」と彼はつづけた。「わたしたちはまだまだうんとお話し いうはらなのだろう。わたしはこの上流社会人のやり口が大なくちゃならないことがあるんです。が、いまはその暇があ 嫌いで、ほとんど憎悪を感じるくらいだったので、前からアりません。ただお願いですから、」っだけご了解を願いたい ことがあります。ほかでもない、ナタリヤ・ニコラエヴナと、 リヨーシャにも、できるだけそういう癖をやめさせるように していたものである。 あのひとの将来に直接関することで、それはすべてある程度 「ふむ ! あなたはどうもあまり熱し易いようですな。世のまで、わたしとあなたとが今どんなふうに解決をつけ、、、 なかってものは、あなたの考えていられるようにいかないこなる方法をとるかによって左右されるんですよ。あなたはそ とが、いろいろありますよ」と公爵はわたしの叫びにたいしれについて、なくてかなわない人なので、いまにご自分でも なるほどと思われますよ。そういうわけですから、もしあな て、落ちつき払った調子で答えた。「もっとも、わたしが思 うのには、この問題はある程度まで、ナタリヤ・ニコラエヴたが依然ナタリヤ・ニコラエヴナに愛着を感じていらっしゃ ナに解決ができるはずです。それをあなたから伝えてくださるなら、たとえわたしにあまり好感を持っていられないにも し力ないでし いませんか。あのひとなら何か忠言することができるでしよせよ、わたしとの話合いを拒否なさるわけには、、 よ、つよ。ところで、も , フ着きましたよ : : : å bientöt ( この話 「全然駄目でしようね」とわたしはぞんざいに答えた。「あはまたのちほど ) 」 なたは、さっきわたしが話しかけたことを、ろくに聞こうと もしないで、話の腰を折ってしまわれました。もしあなたが 第 9 章 いっさい 誠意のない気持ちで、あなたのお言葉をかりると、 事情を緩和するような口上を添えないで金を返されたら、ナ 伯爵夫人は、立派な暮らしをしていた。部屋部屋は居心地