工をやるので有名なんだ。あいつはこの間、れつきとした家は語尾よりも重視せらる、というやっさ。だが、おれはどう かどわ とにかく、ププノ の娘を拐かそうとして、あやうくひっかかるとこだったのやら、さっきの酔いがまだ醒めぬらしい さ。あの身なし児に着飾らしたというモスリンの着物の一件ヴァのやつにそんなことをさせておくものか。あの女は、警 ( ほら、さっききみが話して聞かせただろう ) 、あれがどうも察まで一杯くわぜようとしていやがるが、どっこい、そうは 問屋が卸さんぞ ! そこで、おれが一つ脅かしてやるわけな 気になってしようがなかったんだ。というのは、前にもちょ つくら聞き込んだことがあるのでね。ついさっきも、また何んだが、あいつもおれが昔のことを知ってるのを承知だもん やかや聞き込んだよ。もっとも、ほんの偶然ではあったけれだから : : : まあ、後はいわなくともわかってるだろう ? 」 わたしはひどく驚いた。これらの話がわたしの心を掻きま ど、たしかなことらしい。年は幾つだったかね ? 」 わしたのである。わたしは遅れそうな気がして、心配でしょ 「顔つきで見ると十三ぐらいだね ? 」 「背丈からいうと、もっと小さいだろう。だから、あの鬼婆うがなかったので、のべっ馭者をせき立てた。 もそいつを利用するに相違ない。その時、その時の必要次第「心配しなくたっていいよ。ちゃんと手筈がしてあるんだか で、十一といったり、十五といったりするだろうよ。ところら」とマスロポーエフはいった。「あそこにはミトロ で、あのかわいそうな娘は、家族もなければ、うしろだてに力がいるんだ。シゾプリューホフは、あいつに金で勘定をつ けるだろうが、あの太鼓腹の畜生は女で払うんだ。それはも なるものもないので : : : 」 う先刻おきまりの話なんだ。ところが、ププノヴァはおれの 「まさか ? 」 繩張りになってるんだから : : : あいつに変な真似はさせやし 「いったいきみはどう考えていたんだ ! そこで、マダム・ ププノヴァが、ただの同情だけであの身なし児を引き取るは わたしたちは例の小料理屋の前に着いて、そこで車をとめ ずはありやしない。あの太鼓腹が、しきりにあそこへ出たり カミトローシュカと呼ばれている男は、そこにいなか 入ったりするところを見ると、てつきりそれに違いない。やた。、 った。馭者には、料理屋の入口で待っているように、、、 つは今日も昼前にあの女と会ってたからな。あのシゾプリュ ーホフのでくの坊は、今日ね、どこかの役人をしている佐官けておいて、わたしたちはププノヴァの家へ出かけた。ミト ローシュカは門の傍でわたしたちを待っていた。窓々には灯 々の細君で、すこぶるの美人を取りもってもらうように約東が しできているんだ。商人の家のどら息子は、そんなのに目がなが煌々と輝いて、シゾプリューホフの酔っぱらって、からか らと笑う声が聞こえた。 らくって、いつでも亭主の官等ばかりきくやっさ。これはちょ うどラテン語の文法と同じことで、覚えているだろう、意義「あそこにみんな集まってるんだ、もう十五分ぐらいになる たま
とどなるんですの。そして、すぐその場で、橋の上で、あた とおっしゃいましたわ。お祖父さんは前にも本当にそう おっしやったことがあるんですのよ、ヴァーニヤ。お母さんしをぶつじゃありませんか、ひどくぶちなさるんですの。あ が亡くなった後で、あたしがお祖父さんを訪ねて行った時のたしさんざん泣きましたわ : : : それでね、ヴァーニヤ、あた ことでしたわ。お祖父さんはもうまるで病人で、なんにもわしいま考えたんですのよ、お祖父さんはきっと生きてらしつ からないくらいでしたわ。それでね、あたし今日お祖父さんて、どこかを一人で歩きながら、あたしが来るのを待ってら からその言葉を聞くと、あたしこれから行って、橋の上に立っしやるに相違ないって : : : 」 って、施し物をもらうことにしよう、そして、お祖父さんに わたしはまたもや彼女をこんこんと説いて、迷いを解いて ハンと、じゃ。 かいもの煮たのと、嗅ぎ煙草を買って上げましやろうと努めた。そして、あげくのはてに、どうやらそれに 成功したらしかった。彼女は、これからは眠るのが怖い、お よう、と思ったんですの。そうするとね、あたしなんだか もう自分が橋の上に立って、施し物をもらっているような気祖父さんを夢に見るから、と答えた。最後にわたしをしつか がしたんですの。そして、お祖父さんがその辺をあるき廻っり抱きしめた。 てらっしやる様子が、ありありと見えるんですのよ。しばら 「でも、あたしやつばりあなたと別れることができないわ、 くすると、お祖父さんはあたしの傍へ来て、幾ら集ったかしヴァーニヤ ! 」わたしの顔に自分の顔を押し当てながら、彼 らべて見て、その金を取り上げておしまいになるじゃありま女はこういった。「もしお祖父さんがいなかったら、あたし せんか。これはパン代だ、今度は煙草代を集めろ、ですっ いつまでもあなたと別れたりなんかしないのに」 て。あたしが集めると、すぐやって来て、取り上げておしま家の人たちはだれも彼も、ネルリの発作にびつくりさせら いになるんですの。あたしお祖父さんに、そんなにしなくたれた。わたしはそっと医者に彼女の幻想を伝えて、彼女の病 って、みんな上げますよ、一文だって隠しやしません、とい気をなんと思うかと、ぎりぎり決着のところをたすねた。 うと、「駄目だ、お前はわしのものを盗んでる、ププノヴァ 「まだなんともわかりませんな」と彼は思案のていで答え だって、お前のことを泥棒娘だっていったよ。だから、わし た。「わたしは今のところ、想像したり、考えたり、観察し たりしているんですが、 は決してお前を引き取ってやらないんだ。五コペイカ玉をも しかし : : : 何がなんだかわかり 々う一つどこへやった ? 』とおっしやるじゃありませんか。あません。概して、全快ということは難かしいですな。あの娘 したしはお祖父さんに信用してもらえないのが悲しくって、泣さんは死にます。わたしはあなたがしきりに頼まれるので、 らき出してしまいましたわ。でも、お祖父さんはあたしの声な家の人には、いませんが、明日にも立会い診察を申し出るつ もりですよ。その立会い診察の後で、或いは病勢が一転化す んか耳に入れないで、「お前は五コペイカ玉一つ盗んだ ! 』
ら、これは人違いだとかんづき出したのさ。そこで、こんどん よ。要するに、必要があるからさ。まあ、黙って聴いてるが 、、。こだし、これはすべて秘密だってことを、承知しても問題は、本物のスミットの娘はどこへ行ったか、ということ になった。ふと、もしやペテルプルグにいるのじゃなかろう らわなくちゃならん : : : まあ、こういうわけさ。今年の冬、 かという考えが ( 別になんの根拠もないんだが ) 、やつの頭 まだスミットが死なない前のことだが、公爵はワルシャワか にうかんだのさ。で、一方、外国のほうへ照会してやってい ら帰ると早々、この仕事を始めたんだよ。いや、始めたのは ずっと前で、もう去年の話だ。が、その時分やつが探査してる間に、やつはもうここである仕事を目論んだのだが、あま いたのは、別ロの問題で、今度はまた変わったことを調べ始りおおっぴらな手段には訴えたくなかったと見えて、おれと めたのさ。何よりも肝腎なのは、やつが緒を見失ったことちかづきになったんだよ。紹介するものがあってな。これこ なんだよ。十三年前に、公爵はパリでスミットの娘と別れれかくかくで、こういうような仕事をしている素人探偵だ、 しかじかってわけさ : た、というより、棄ててしまったんだが、その十三年間、抜しかじか レ J , っ 7 も詰、が 「そこで、やつはおれに事件を説明したんだが、、、 け目なくその女に気をつけていて、きよう話に出たヘンリッ あいまいなんだ。畜生、そこはさるものだから、どっちとも ヒといっしょに暮らしていることも知っていれば、ネルリ という娘のあることも、女自身が病気なことも知っていた。取れるような具合に、話をばかしやがるんだ。間違ったとこ 一口にいえば、何もかも知り抜いていたんだが、そのうちにろもしこたまあるし、何度も同じことをくり返し巻き返しし ふと手がかりの糸を見失ったわけさ。それはヘンリッヒが死ゃべったり、一つの事実が同時にいろいろちがったふうに見 : ところが、ご承知の んでから間もなく、スミットの娘がペテルプルグへ立った時えるように話したりするじゃないか : のことらしい 。もちろん、女がどんな偽名を使ってロシャへとおり、どんなにごまかしてみたって、手がかりの糸を一本 帰ったにしろ、公爵は手もなくさがし出したに相違ないんだのこらず隠してしまえるもんじゃない。おれもまず初めの間 が、問題は、外国に置いてあったやつの手先が、間違った情は、頭から真に受けたような顔をして、ごむりごもっともで 報を送って、先生をまごっかせたことなんだ。つまり、その押しとおしたよ。つまり、下郎同然の忠誠を示したわけさ。 しかし、終始一貫かわらないおれの原則と、自然の法則によ 女は南ドイツの淋しい町に住んでいるといって、やつを信じ 込ませたんだな。手先のほうでも、ほかの女を取りちがえって ( なぜって、これが自然の法則なんだから ) 、腹の中で て、うつかり考え違いをしてしまったんだ。こうして、一年考えたよ、第一は、やつがおれに話したのは、本当にやつ自 かそれ以上も経ったと思いたまえ。一年ばかりして、公爵は身の狙っている的だろうか、ということなんだ。第二は、や 疑いをいだきはじめた。二、三の事実から推して、もう前かつの話した用件の下にもう一つ、言葉に出さない目的が隠れ 、とぐち
「どうして応じられないのだ ? 何をいうのだ、お前、 正気「約東しますとも」 なのかね ! 」 「次に、ヴァーニヤ、お願いだから、今後わしに二度とこの 「誓っていいますが、応じゃしませんよ。きっと何か申し分話をもち出さないでもらいたいな」 のない完全な逃げ口上を見つけるに決まっています。しか 「承知しました、それもお約束しましよう」 も、ペダントじみるほどもったいぶった態度で、見事にやっ 「それから、最後に、もう一つのお願いというのは、家へ来 てのけ、しかもあなたはまったくのもの笑いにされてしまうると、退屈なのは承知しているが、できることなら、もっと のです : : : 」 しげしげ顔を見せてもらえんかね。かわいそうなアンナ・ア 「とんでもない、とんでもないことだ ! すっかりわしの度ンドレエヴナはお前が大好きで : : : それで : : : お前がおらん 胆を抜いてしまったじゃない、ー いったいどうして応じなと淋しくってしようがないんだ : : : わかるだろう、ヴァーニ しとい , つのだ ? ・ いや、ヴァーニヤ、お前はまるで何か詩人ャ ? 」 みたいだよ、そうとも、正真正銘の詩人だ ! 、ったいよに彼は固くわたしの手を握りしめた。わたしは心底から彼に かね、お前にいわせれば、わしと決闘するのは、世間態が悪約東した。 いとでもいうのかね ? わしだってあんな男に劣りやせん「さて、そこで、ヴァーニヤ、 いよいよ最後にひとっしし冫 よ。わしは年寄りだ、侮辱された父親だ。またお前はロシャくいことだが、金はあるかね ? 」 の文学者で、やつばり人から尊敬される立派な人物だから、 「金 ! 」とわたしはびつくりして鸚鵡返しにいった。 介添人として恥ずかしいことはない、それに : : : それに : 「そうだ ( といって、老人は顔をあからめ、目を伏せた ) 。 わしはこのうえ何がいるのか、とんと合占 ~ がい力なし・ 」わしはお前の住居や : : : 全体の様子を見て : : : 時々不時の物 「いまにおわかりになりますよ。公爵はうまく口実を設け 入りがあるかもしれんという気がするので ( ことにいまはな て、あの男と決闘するのは頭から不可能だということを、あおさらだと思うから ) : ここにまずさしあたり百五十ルー なたがまっさきに納得するように仕向けますよ」 プリあるから : : : 」 「ふむー : よろしい、 じゃ、お前のいうとおりにしよう。 「百五十ループリですって、おまけにさしあたりだなんて。 わしは待っことにするよ。もちろん、ある時期までだがな。 、こ負けた人じゃありませんか ! 」 あなたは訴訟レ 時がどう解決するか、見ていようじゃよ、、。 「ヴァーニヤ、見たところ、お前はわしの気持ちがさつばり ておくが、あすこへ行っても、アンナ・アンドレエヴナの前わからんらしいな ! 不時の物入りというものはよくあるも に出ても、わしたちの話はしゃべらんと約東しておくれ」 のだ、それを合点してもらいたい。場合によっては、金で自 ~ 72
んだから、おれが何かどえらい大秘密でもうち明けるかと思を捲き上げてしまったのだ。その捲き上げた金については、 っていたんだろう。なにしろ小説家だからな ! いや、あんもちろん、爺さんが何やかや証書を握っていたので、公爵は な悪党のことを、かれこれいってもはじまらんよ。悪党は要二度と返さないようにふところへ入れてしまいたくなった。 するに悪党にちがいないんだ : : : さて、そこで一例として、 つまり、おれたちの言葉でいえば、ただ手もなく盗んでしま あいつのやったちょいとしたことを、ひとっ話して聞かせよ いたくなったのだ。その爺さんには娘があって、それがすこ う。もちろん、場所も街の名も、人物も抜きにする、つまりぶる美人なのだ。さて、その美人に首ったけになっていた理 年鑑的性格はお預けにするがね。あいつがごく若い時、お役想家肌の男があった。シルレルの兄弟分みたいな詩人で、し 所の俸給だけでやっていかなければならなかった時分、物持かも同時に商人と来ている。若い空想家で、一口にいえば、 ちの商人の娘と結婚したことは、きみも知っているだろう。 完全にドイツ人なのさ、フェフェルグーヘンとかなんとかい まあ、あいつはその商人の娘に大してやさしい仕打ちを見せう名でね」 なかったものさ。いまの問題はその女のことじゃないが、あ「というと、フェフェルグーヘンって、その男の苗字なのか いつが一生そういう仕事をおもに狙っていたのは、注意を要ね ? 」 する点だよ、ヴァ } ニヤ、もう一つ、こんなことがあるん「さあ、ひょっとしたら、フェフェルグーヘンじゃないかも しれないが、 だ。先生、外国へ出かけて行った。そこで : : : 」 どうだってかまうもんか、そんなこと問題じゃ 「ちょっと待ってくれ、マスロポーエフ、きみはいつの外国ないんだから。公爵はその娘に取り入って、しかも上手にも 行きのことをいってるんだね ? 何年のことだい ? 」 ちかけたもんだから、娘のほうはまるで気ちがいみたいに惚 「ちょうど九十九年と三か月まえのことさ。さてと、先生、れ込んじまったんだ。その時、公爵が狙ったのは二つのもの あちらで、ある親父さんの手もとから、一人娘をかどわかしで、第一は娘だし、第二は老人から横領した金の証書を手に て、 丿へ駆落ちしたんだ。しかも、そのやり口が鮮やかな入れることなんだ。爺さんの抽斗の鍵は、ぜんぶ娘が預って ものなのさー 父親はなんでも工場主か、それともそういっ いたのさ。爺さんは目に入れても痛くないほど、娘をかわい た事業に関係していた男なんだ。たしかなところは知らない がっていたものだから、嫁にやるのもいやだったくらいなん がね。なにしろ、おれが話して聞かせるのは、よそから手にだ。真面目な話さ。求婚にやって来る男に一々やきもちをや 入れた材料に、自分の想像や結論を加えたものなんだから いて、娘と別れるなんてことは頭から考えられない。 ね。そこで、公爵はその父親もだまし込んで、自分までがそうわけで、フフ = ルグーヘンも追っ払ってしまったんだよ の事業に潜り込んだ上、すっかり相手をちょろまかして、金まあ変人といったたちで、イギリス人なんだそうだ : 232
「どこでそれをもらっていたの、ププノヴァのとこかい ? 」彼女はつけ加えた。「それからというもの、お祖父さんはま 「いいえ、ププノヴァのとこでもらったことなんか、一度もるで気ちがいみたいになってしまったわ」 ないわ」と彼女は妙に慄えをおびた声で、きつばりといい切「してみると、お祖父さんはお前のお母さんを、ひどく愛し ていたんだね ? どうしていっしょに暮らさなかったんだろ 「じゃ、どこでもらってたの、だってお前は無一文だったのう ? 」 ドしゃよ、、 「嘘よ、愛してなんかいなかったわ、あの人は意地わるで、 いたが、その顔はさっとあおくなお母さんをゆるそうとしなかったの : : : ちょうど昨日の意地 ネルリはしばらく黙っ℃ った。やがて、じいっと長いことわたしの顔をみつめた後、わるなお爺さんみたいに」と彼女はほとんどささやくような 「あたし、街へ出て物もらいをしたのーーー五コペイカくらい低い声でいったが、その顔はいよいよあおざめていくのであ っ学 ) 。 貰いが溜まると、お祖父さんにパンだの嗅ぎ煙草だのを買っ わたしは思わす身震いした。わたしの頭の中には、一つの て、上げたわ : : : 」 「いったいお祖父さんはそんなことをさせたのかい ? ネル立派な小説の筋が閃いた。葬儀屋の地下室で死にかかってい る貧しい女、自分の娘をのろっている祖父を時おり見舞いに ネルリ ! 「あたし、初め勝手に出かけて行って、お祖父さんにはいわ行く身なし児の孫娘、喫茶店で飼大が死んでから、自分も息 を引き取って行く気の狂った変わり者の老人 ! なかったわ。ところが、お祖父さんはそれを知ってからとい 「あのアゾルカはね、もとはお母さんの大だったの」とネル うもの、もう自分のほうからあたしを追い立てるようにし し出し リは何かある追憶にほほ笑みながら、出し抜けに、、 て、もらいにやるようになったわ。あたしが橋の上に立っ て、傍を通る人にお願いしてると、お祖父さんは橋の袂をあた。「お祖父さんは、前はとてもお母さんをかわいがってた のよ。お母さんが家を出て行った時、あのアゾルカがお祖父 ちこちしながら、待っているの。もらいがあるのを見ると、 いきなり飛んで来て、お金を引ったくるのよ。まるで、あたさんの手もとに残ったので、それでお祖父さんはあんなにア しがかくしでもするように。あたしが物もらいなんかするのゾルカをかわいがったんだわ : : : お母さんをゆるして上げな かったものだから、それで大が死んだとき、自分も死んでし 々はお祖父さんのためなのに」 し挈」、つ いいながら、彼女は何かしら皮肉な苦笑いを浮かべまったのよ」とネルリは厳しい調子でつけ加えた。微笑のか げはその顔から消えてしまった。 らて、にやりとした。 「ネルリ、お祖父さんは以前どういう人だったの ? 」わたし 虐「それはみんな、お母さんが亡くなってからのことなの」と
は、その女を思い出すことができませんよ。熱烈もゆるがご それ とき享楽の最中に、その女は気でも狂ったように、突然から 「ああ、あなたはそれを獸性といわれるんですね、 からと笑い出すのです。わたしはその笑いの意味がわかった はつまり、あなたがいまだにおむつにくるまれている証拠で ので、はっきりとわかり抜いていたので、自分でも大声に笑すよ。もちろん、人間の自主独立は、まったく反対なものの ったものです。それはもうずいぶんまえの話ですが、わたし中にも現われることがあるのは認めますが、しかし、 は今でも思い出しただけで、息がつまるようです。一年後っとざっくばらんに話しましようよ、 mon am 一・ : ・ : あなた に、彼女はほかの男にわたしを取り替えてしまいましたが、 もご異存のないことと思うが、実際、こんなことはみんな馬 たとえわたしが復讐しようと思っても、その女を傷つけるこ鹿げていますよ ! 」 とはできなかったでしよう。どうして、だれがわたしの言葉「じゃ、何が馬鹿げていないのです ? 」 「馬鹿げていないのは、それは個人です、われ自身です、す など信用するもんですか ? どうも大した性格でしたよー あなた、これをなんとお考えです、お若いの ? 」 べてはわたしのものであり、全世界はわたしのためにつくら 「ちえつ、なんて穢らわしい話だ」と嫌悪の念をもって、これたものです。 いいですか、きみ、わたしはこの世の中で楽 の告白を聞き終わったわたしは、こう答えた。 しく暮らせるってことを、いまだに信じているんですよ。こ 「もしそれ以外の返事をされるようだったら、あなたはわたれが一番いい信仰です。なぜなら、この信仰がなかったら、 しの若き親友とはいわれなかったでしようよ ! きっとそう いやな生活さえできなくなって、とどのつまり、毒でも呑ま いわれるだろうと思っていましたよ。ははは ! ま、ま、おなくちゃしようがなくなりますからね。人の話では、どこか 待ちなさい、 mon ami もう少し生活されたら、わかって来の馬鹿者が、そのとおりにやったそうですね。あまり哲学に られるでしよ、つ。。、、 力いまのところ、 いまのところは、凝り過ぎたあげく、何から何まで、人間のノーマルな自然的な あなたにはまだ甘いお菓子が必要なんです。いや、そんなふ義務の合法性まで破壊してしまって、結局、なに一つ残らな うじゃ、あなたはまだ、詩人とはいわれませんよ。その女は いことになってしまったんです。総締めが零になってしまっ 人生を理解して、それを利川するすべを知ってたんですから たので、人生で一番いいものは青酸である、とその男は宣一一一一口 ね」 したわけです。あなたにいわせれば、それはハムレットだ、 「でも、そんな獣性に陥る必要がどこにあるのです ? 」 それは峻厳な絶望だ、つまり、われわれには夢にも見られな 「獸性ってなんです ? 」 しような崇高なあるものだ、ということになるんでしよう。 「その女と、それについてあなたまでが落ちて行かれたよう しかし、あなたは詩人だが、わたしは平凡な人間だから、も
「あたし、もう来てくださらないのかと思ったわ」と彼女はと来ないでしようか ? 」 「そりや来ますとも」と彼女は何かとくべっ真面目な目つき わたしに手を差し出しながらいった。「いっそマヴラをあな たのところへやって、様子を聞かせようかと思ったくらい で、わたしを見ながらそう答えた。 よ。また病気でもなすったんじゃないか、という気がしたも わたしがこう矢つぎばやに質問するのが、彼女の気に入ら なかったのである。わたしたちは部屋の中を歩きつづけなが のですから」 「いや、病気じゃありません、つい引き留められたものだから、しばらく黙っていた。 「あたし、ずっとあなたを待ちどおしていたのよ、ヴァーニ ら。今に話しますよ。だが、ナターシャ、あなたどうかした んですか ? 何かあったんですか ? 」 ヤ」と彼女は再びほほ笑みを浮かべながら、ロを切った。 「別に何もありはしませんでしたわ ! 」と彼女は何か驚いた「その間なにをしていたかおわかりになって ? あたし、こ よ , つにロえた。「ど、つして ? 」 こを行ったり来たりしながら、詩の諸誦をしていたのよ。覚 「でも、昨日の手紙では : : : ぜひばくに来るようにつて、ちえてらしって、鈴の音、冬の道っていうのを。「わがサモワ かしわ ゃんと時間まで指定した上、それより早くっても、遅くって ールは槲のつくえの上にたぎりて : : : 』昔、二人でいっしょ 、も、↓丿よ、、 っていうことだったでしよう。それはなんだ にんたでしよう。 か、いつもと違うじゃありませんか」 「ああ、そうそう ! それはね、あたし昨日あの人を待って 吹雪はおさまり、野道は照らし出されぬ たからよ」 夜は幾万のかそけき目にて地上を眺め 「どうしたんです、あの男は、相変わらず来ないんです いいえ、あたし、こう思ったの。もしあの人が来なけれ ば、あなたとお話しなくちゃならないって」しばらく黙って いた後、彼女はこうつけ加えた。 々 「今夜もあの男を待っていたんですか ? 」 人 「いいえ、待ってなんかいませんでしたわ。あの人晩はあち ららなんですもの」 「あなた、どう思います、ナターシャ ? あの男はもう二度 それから ふと聞こゅ、情熱にみてる歌ごえ 鈴の音に侘しく和して 『ああ、いつの日か、いつの日か、し わが胸の上に憩いたまわん ! わが生活のめでたさよ ! 夜明くれば 、としき人の訪れて
か嬉しいことがあったらしいんだね、とても嬉しそうな様子思いをして、あらゆるものを恐れていること、今度いよいよ 8 で、なんだか妙な口調でばくに話しかけるじゃないか。それ彼女の助けを求めようと決めたこと ( ばくはきみからとして から急にぶつつり言葉を切って、まだ時刻は恐ろしく早いのも頼んだんだよ、ナターシャ ) 、。 とうかわれわれの味方にな に、すぐ出かける支度をしろってばくにいうのさ。伯爵夫人って、彼女自身の口からきつばり継母に向かって、ばくと結 のところは、今日ほかにだれもいなくって、ただばくたち二婚するのはいやだといってもらいたい、それだけがばくたち 人きりなんだよ。今日あすこに招待の夜会があるなんていつの救いのすべてであって、それ以外、ばくらはどこからも、 たのは、それはきみの思い違いなんだよ。だれかきみに間違何一つ期待するものがないということ、 なにもかも話し ったことを知らせたんだ」 たわけだ。彼女は非常な好奇心と同情をもって聞いていたっ 「ああ、そう話をそらさないでちょうだい、アリヨーシャ、 け。その時の彼女の目といったらなかったよ ! まるで魂が あなたがどんなふうにカーチャにいっさいの話をしたか、そすっかりその目に乗り移ってしまったみたい。カーチャの目 の模様を聞かしてくださいよ」 は深い空色をしているんだよ。彼女は、ばくが疑わずにうち 「ちょうどさいわいなことに、ばくはカーチャとまる二時間明けたことに感謝して、できるだけばくらの力になると誓っ さし向かいでいられたのさ。ばくはざっくばらんに彼女にむたよ。それから、きみのことをいろいろたずねて、ぜひとも かって、われわれ二人の間には縁談があるけれど、この結婚きみと知り合いになりたいといい出してね、いまからもうき は成立するわけにい、よ、、ばくの心の中の好感は、あげてみを姉のように愛しているから、きみのほうでも妹と田 5 っ こと ことごとく彼女に集中されているので、ただ彼女一人だけがて、愛してくれるようにという言づけだったよ。ばくがもう ばくを救うことができる、とこう言明しておいて、ばくはそ五日もきみに会わないでいると知ると、さっそくきみのとこ の場でカーチャに何もかもうち明けてしまったのだ。まあ、 ろへ行けって、ばくを追い立て始めたんだ」 どうだろう、彼女はばくたちの事情を、きみとばくのこと ナターシャは感動した。 を、なんにも知らなかったんだよ。ナターシャ ! 彼女がど 「あなたはよくもその前に、なんとかいう聾の公爵夫人のと んなに感動したか、きみに見せたいくらいだったよ。はじめころで立てたとかいう、ご自分の手柄話などができたもので はびつくりしたほどで、顔の色なども真っ青になってしまっすね ! ああ、アリヨーシャ、アリヨーシャ ! 」と彼女は咎 たつけ。ばくはわれわれ二人の間のことを、残らずカーチャめるような目つきで、彼を見ながら叫んだ。「それでどうし ました、カーチャは ? あなたを帰したとき喜んでいました に話してしまったよ。きみがばくのために家を棄てたこと。 ばくたちが二人で暮らしていたこと、いまばくたちが苦しい 浮き浮きしていましたか ? 」
しかし、わたしとして彼に何をいうことができよう ? すな質問を持ち出すほど馬鹿じゃないからね。しかし、困った 8 ると、彼はわたしのことを、あなたは冷淡だ、無関心だ、自ことには、ばく自身でさえ、この問題では何がなんだかわか 分を憎んでさえいる、といって責めた。そして、悶えたり泣らないんだ。自分で自分に問いかけてみても、答えができな いたりしたあげく、カーチャのところへ行って、そこでよう いんだもの。ところが、きみは局外から見ているのだから、 やく気を休めるのであった。 ひょっとしたら、ばくよりかよくわかってるかもしれないと ナターシャが、恋人の出発を知っているとわたしに声明し思って。ねえ、わかってはいないにしろ、とにかくきみの目 たちょうどその日 ( それはわたしと公爵の対談から一週間ば にはどう見えるか、それを聞かしてくれないか」 かりたった頃であった ) 、彼は絶望のていでわたしの家へ駆「そりや、カーチャのほうをよけい、愛しているように見え け込んで、いきなりわたしを抱擁し、わたしの胸に顔を理めるよ」 て、子供のようにしやくり上げて泣き出した。わたしは無言 「やつばり、そう見えるかねえー いや、違う、まるきり違 のまま、何をいい出すかと待っていた。 う ! きみの推察はすっかり見当はすれだ、ばくはナターシ 「ばくは卑しい、下劣な人間だよ、ヴァーニヤ」と彼はいい ヤを無限に愛している。ばくは決してどんなことがあったっ っ 出した。「きみ、どうかばくをばく自身から救ってくれたまて、あれを見棄てやしない。ばくははそれをカーチャに、 え。ばくは自分が卑しい、下劣な人間だからといって泣いてたが、カーチャもそれが本当だといったよ。なんだってき るんじゃない、ただナターシャがばくのせいで不仕合わせにみ、黙ってるの ? おや、にやりと笑ったね、ばくちゃんと なるから、それで泣いているんだ。だって、ばくはナターシ見たよ。ああ、ヴァーニヤ、今みたいにばくが苦しくてたま ヤを棄てて、不仕合わせにするに相違ないもの : : : ねえ、ヴらないでいる時に、きみはついそ一度も、ばくを慰めてくれ たことがないじゃよ、、 アーニヤ、お願いだからいってくれないか、ばくの代わりに オしカ : : : では、失敬 ! 」 決定を与えてくれたまえ。ばくはあの二人のうち、いったい 彼はそのまま部屋を駆け出して、言葉もなくわたしたちの どちらを余計に愛してるんだろう、カーチャだろうか、ナタ会話を聞いていたネルリに、世にも不思議な印象を残して行 シャだろ、フか」 ったものである。彼女はその頃まだ病気で、床についたま 「そんなことはばくに決められないよ、アリヨーシャ」とわま、薬餌に親しんでいたのであった。アリヨーシャはついぞ たしは答えた。「そりやばくよりきみのほうがよくわかって一度も、彼女に一一一一口葉をかけたことがなく、い ; っ訪ねて来て るはずだ : : : 」 も、彼女にはほとんど注意も払わないくらいであった。 「いや、ヴァーニヤ、そうじゃないんだ。ばくだって、そん 二時間ほどして、再び姿を現わしたが、わたしは彼の喜ば