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検索対象: ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々
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1. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

ていらっしやるところは、とてもかわいいわ」 中で、まるで光のようにあなたをお待ちしておりましたの。 「ところが、きみはだれよりか千倍もかわいいよ」とアリョどうかすっかりお話してくださいましな。だって、一等たい ーシャは沈んだ調子で答えた。「イヴァン・ベトローヴィチ、せつな点を当て推量で判断しているんですもの、アリヨーシ らよっとあなたに一こといいたいことがあるんですが」 ヤの聞かしてくれる話を頼りにね。それよりほかには、だれ わたしたちは二歩ばかり離れた。 もきく人がないんですもの。まず第一に ( これが大切なこと 「ばくは今日、恥知らずな真似をしちゃったんですよ」と彼なんですけど ) 、あなたのお考えではどうなんでしよう、ア はささやいた。「ばくは下劣なことをしたんです。世界中の リヨーシャとナターシャは、つしょになって ~ 半柵でしよ、つ だれにも会わす顔がないし、あの二人にはだれよりも申しわか ? それはね、最後の決心を固めるために、あたし真っ先 けがないんです。今日、食事の後でお父さんがアレクサンド に知らなければならないことなんですの。それを伺えば、ど 】ナ ( あるフランス女 ) に引き合わしてくれました。なか ういう態度をとったらいいか、も、つ自分でもわかりますか なかの美人でしてね、ばく : : : つい夢中になって : : : そのら」 : しかしいまさらなんといったって仕方がありません。ば 「ど、つしてそんなことがはっきりいえましよ、フ ? 」 ふたり くはあの二女といっしょにいる資格のない男です : : : さよな 「ええ、そりやもう、はっきりでなくってもよろしいのでご ら、イヴァン・ベトローヴィチ ! 」 さいます」と彼女はさえぎった。「あなたのごらんになった 「あの人はいい人ですわ、潔白な方ですわ」わたしがまた彼ところでけっこうですわ、 だって、あなたはたいへん賢 女の傍に腰を下ろした時、カーチャは急いでいい出した。 い方なんですもの」 「でも、あの人のことは、あとでまたいろいろお話すること 「わたしの見たところでは、あの二人は幸福になれそうもあ にいたしましよう。いまはまずさしあたり申し合わせをしてりませんね」 おかなければならないことがございますの。あなたは公爵を「なぜですの ! 」 どうお思いになりまして ? 」 「不釣り合いだからです」 「非常によくない人だと思います」 「あたしもそう思いましたの ! 」彼女はそういって、深く思 々「あたしもそうなんですの。すると、その点では、あたした い脳むもののように、両手を組み合わした。 しちの考えは合ってるわけですから、ご相談が楽にできます「もっと詳しいお話をしてくださいません。実はね、あたし わ。そこで、ナタリヤ・ニコラエヴナのことなんですけれどナターシャに会いたくってたまらないんですの。というの 虐 : ねえ、イヴァン・ベトローヴィチ、あたしはいま五里霧は、あの方と、いろいろお話しなくちゃならないことがあり

2. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

わい ! 」 をさっと紅に染めながら、わたしに「ええ」といった、これ があのナターシャだろうか ? 戸があいて、ナターシャが入って来た。 タベの祈蒋をしらせる厚みのある鐘の声が響いた。彼女は 第 7 章 びくりと身を顫わした。老母は十字を切った。 「ナターシャ、お前、晩のお祈蒋に行くといってたじゃない 彼女は手に帽子を持っていたが、部屋へ入ると、それをビ かえ、もうおしらせの鐘が鳴っていますよ」と彼女はいっ アノの上にのせた。それから、わたしの傍へ寄って、無言のた。「行っておいで、ナターシェンカ、行っておいで、少しお まま手を差し伸べた。その唇はかすかに動いた。何かわたし祈りでもするがいい、幸いと、すぐ近くだから ! そのつい に挨拶の言葉でもいおうとしたらしかったが、結局、何も いでに散一にもなるよ。家に閉じこもってばかりいることはあ わなかった。 りませんよ ! ごらん、お前なんてあおい顔をしておいでな まじな わたしたちは三週間、顔を合わせなかった。わたしはためんだろう。まるで悪い目に咒いでもかけられたみたいだよ」 らいと恐怖の念をいだきながら、彼女を眺めた。この三週間 「あたし・ : ・ : 今日は行かない : : かもしれませんわ」ナター のあいだに、なんと彼女はおも変わりしたことだろう ! わシャは小さな、ほとんどささやくような声でのろのろといっ たしはそれを見てとって、胸を締めつけられるような思いが した。あのげつそり痩せてあおざめた頬、熱病にでも罹って「あたし : : : 気分がよくないの」とつけ加えたかと思うと、 いるようにかさかさになった唇、長い黒い睫の下から火のよ麻布のようにさっとあおざめた。 うに燃えて何やら熱情的な決意に輝いている目。 「行ったほうがいいのにね、ナターシャ。だって、お前、さ しかし、おお、なんという美しさー この宿命的な日のよ つきまで行くっていってたじゃないの、それに、ほら、帽 うに、彼女を美しいと思ったことは、後にもさきにも一度も子まで持って来たくせに、ちょっとお祈りしてらっしや、 なかった。これがあのナターシャなのだろうか。まだつい一ナターシェンカ、神様にどうそ丈夫にしてくださいますよう 年前に、わたしの顔から目も放さず、わたしのあとからつい にと、お祈りをして来るがいいよ」とアンナ・アンドレエヴ て唇を動かしながら、わたしの小説を聴いていたあの少女なナは、まるで娘を恐れてでもいるように、臆病らしく見やり のだろうか。あの晩夜食のときあのように朗かに、なんの苦ながら、しきりにすすめるのであった。 労もなげにからからとよく笑って、父親やわたしと冗談をい 「うん、そうだ、行って来るがいし それに散歩にもなるか こうべ ったあの少女だろうか ? またあの一室で、首をたれて、顔ら」と老人も同様不安げに娘の顔を見つめながら、つけ加え めの

3. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

「じゃ、ここにいたら何に近いというのだ ? 」こんないいがありませんよ。もしかりに不幸なことでも起こって、イフメ ーネフカを売らなければならないようにでもなったら、ニコ かりをつけるのを、痛快がってでもいるように、彼はぞんざ ライ・セルゲーイチのお考えは、むしろ大いにけっこうなく いな調子でいい返した。 らいですよ。シベリヤでも何か相当な、官省以外の勤め口が 「でも、なんといったって : : : 世間の人が : : : 」とアンナ・ アンドレエヴナはいいさして、やるせなげにわたしを眺め見つかるわけですから、その時は : : : 」 「本当にそうだよ、イヴァン、せめてお前だけでも、道筋の 「世間の人って、どんな人だと思う ! 」と彼は燃えるような通ったことをいってくれるからありがたい。わしもそういう 眼ざしを、わたしから妻へ、妻からわたしへと移しながら叫ふうに考えていたのだ。何もかもおつぼり出して出かけるの んだ。「いったいどんな人間だと思う ? 強盗で、中傷者で、 「まあ、そんなこと、わたしは思いも寄らなかった ! 」とア 裏切り者ばかりじゃないか。あんな連中なら、どこにでもう ンナ・アンドレエヴナは、両手を打ち合わせて叫んだ。「そ ようよしておる。心配することはいらんよ、シベリヤにだっ て見つかるから。だから、わしといっしょに行くのがいやだれにヴァーニヤ、お前さんまで同じように ! お前さんがそ 無理にとんなことをいおうとは思いもかけなかった : : : お前さんは、 ったら、それならまあ、ここに残っているがいし わたしたちが、ただもう一生縣命にかわいがってあげたの はいわんから」 「まあ、ニコライ・セルゲーイチ ! あなたがいなくなった に、ムフさらとなって : : : 」 じゃ、お前はどんなふうに考えていたのだ ? ら、だれを頼りに、こんなところに残っていられるものです「ははははー いったいわしらはこれから、どうして暮らしてゆくつもりな か ! 」哀れなアンナ・アンドレエヴナは叫んだ。「だって、 有り金はすっかり使い果たし のだ、考えても見るがいし , わたしにとっては、あなたよりほか、この世界にだれ一 て、いまなけなしのはした金で暮らしているんじゃないか ! 彼女は吃り勝ちに口をつぐんで、どうか加勢して、カになそれとも、ヴァルコーフスキイ公爵のところへ出かけて行っ ってくれと哀願するような、おどおどした目つきをわたしのて、おゆるしを願えというのじゃあるまいな ? 」 々 公爵の名を聞くと、老母はいきなり恐怖のあまり身震いし ほうへ向けた。老人はいらいらして、ことごとに食ってかか こ。手に持っていた匙が、敷皿に当たってがちがちと鳴った。 しるので、彼に逆らうことはできなかった。 れ 「いや本当にさ」とイフメーネフは、毒々しい片意地な喜び 「たくさんですよ、アンナ・アンドレエヴナ」とわたしはい に、われとわが心を燃え立たせながら、言葉をつづけた。 った。「シ・ヘリヤだって、ここで考えるほど悪いところじゃ

4. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

す。あの傲慢不遜な人々のために復讐のしようもないほど侮て、この決心をとるにいたったかを悟り、役にも立たぬ遅蒔和 きの言葉で、いかに彼女を悩まし、傷つけたかを理解した。 辱されたのだと感じとっていられることです ! ところが、 今度、ええ、そうです、ちょうどいま、これがまた再燃し出わたしはすっかりそれがわかった。しかしそれでも自分の気 したのです、あの内攻した古い確執が、更に火勢をめたの持ちをおさえることができないで、言葉をつづけた。 です、あなたがアリヨーシャを家へ出入りさしたばっかり 「でも、あなたはさっきアンナ・アンドレエヴナに、晩の祈 に。公爵はまたぞろ、あなたのお父さんを侮辱したものだか 蒋に行かない : : かもしれないと、自分でそういったじゃあ ら、あの老人の腹の中は、この新しい侮辱のために煮えくり りませんか。して見ると、い残るつもりもあったわけでしょ う。つまり、まだいよいよという決心はついていなかったん 返るばかりなんです。ところが、今度、急にそれが何もか も、あの弾劾がすっかり本当だったということになるんですでしよう ? 」 よ ! このいきさつを知っているほどの人はだれも彼も、こ その答えに、彼女はただ悲痛な笑いを浮かべたばかりであ れから公爵の肩を持って、あなたとお父さんを非難しまする。いったいわたしはなんのためにそんなことをきいたのだ よ。さあ、そうなったら、お父さんはどんなことになりまろう ? もういっさいは決せられて、再びもとへ返らぬこと し す ? そんな目にあったら、一たまりもなく死んでしまいまを、わたしだって悟ることができたはずではないか。 すよ ! 恥辱、汚名、しかもそれはだれのせいでしよう ? し、わたしも前後を忘れていたのである。 あなたのせいです、現在の娘のせいです、天にも地にもかけ 「いったいあなたはそれほどまでに、あの男を愛しているん がえのない愛し子のせいなんですよ ! それから、またお母ですか ! 」自分でも何をきいているのやら覚えがなく、胸の さんは ? そりやもう、お爺さんにさき立たれて、生き残っしびれるような気持ちで彼女を見つめながら、わたしは思わ ていられるものですか : : : ナターシャ、ナターシャ ! あなずこう叫んだ。 たはなんということをしているんです ? お帰んなさい ! 「なにもそんな問いに答えることはないじゃないの、ヴァー 正気に返ってください ! 」 ニヤ ? ごらんのとおりの有様よ、あの人が来いと命令した 彼女は押し黙っていた。ようやくわたしの顔を見上げた から、あたしはここで待っているんだわ」と彼女は、あいか が、その目には非難の色と、骨を刺すばかりの痛みと、苦悩わらず悲痛な笑みを浮かべたままいった。 「しかし、まあ、聞いて、ちょっと聞いてください」とわた が湛えられていたので、わたしは今さらこんなことをいわな くても、彼女の傷ついた胸が、痛々しい血潮に染んでいるこしは藁しべにも取り縋る思いで、またもや哀願を始めた。 「これはまだなんとか納まりがつけられる、何かほかの方法 とを察したのである。わたしは彼女がいかなる代価を払っ

5. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

とらしいつけ元気の調子でこう叫んだ。 にいるマヴラのところへ出て行った。案のじよう ! それは だれもそれに応んなかった。 アリヨーシャだった。彼はマヴラに何やらくどくどたすねて 「大丈夫、あのひとはたった今そこにいたんですから」とわ いたが、こちらは初め彼を通すまいとしていたのである。 「いったいどこからおめおめやって来たの ? 」と彼女は何かたしは答えた。「いったい何か : : : 」 アリヨーシャは用心深く扉を開けて、臆病げに部屋の中に 権力でも持っているもののように詰問した。「なんだって ? 一瞥を投げた。そこにはだれもいなかった。 どこをほっつき歩いていたの ? まあ、いいからきなさい 。こまかさ きな六」いー だけど、わたしはお前さんなんかに、 と、不意に彼は、戸棚と窓の間に当たる片隅に、彼女の姿 れやしないからね ! 彼女は隠れんばでもしているように、生きた空 まあ、入ってきてごらん、なんと返答を見つけた。 / もなくそこに立っていた。わたしは今でもそのことを思い出 ができるか ! 」 「ばくはだれも怖かないよ ! 入って行くとも ! 」とアリョすと、徴笑を禁ずることができない。アリヨーシャはそっと ーシャはいったが、それでも少々てれているふうであった。用心深くその傍へ寄った。 「ナターシャ、ど、フしたの ? ご機嫌よ、つ、ナターシャ」 「まあ、入ってきてごらん ! どうもお前さんは本当に尻が と、何かしらおびえたようなふうで相手を見ながら、彼はお 軽すぎるよ ! 」 「だから、行くっていってるじゃないか ! おや ! あなたずおすと声をかけた。 しいえ、なに、ええ : : : なんでもないのー ・ : 」と彼女は もここに見えていたんですか ? 」と彼はわたしを見つけて声 をかけた。「あなたも来合わせてくだすって、実に好都合でまるで自分が悪いことでもしたように、ひどくどぎまぎしな がら答えた。「あなた : : : お茶めしあがる ? 」 さあ、ばくも帰って来ましたよ。ところでねえ、ば 「ナターシャ、聞いておくれ : : : 」とアリヨーシャはすっか くはこれからどんなふうにして : : : 」 「なに、ただ入って行ったらいいんですよ」とわたしは答えりとほうに暮れていった。「お前はもしかしたら、ばくが悪 いように田 5 い込んでいるかもしれないが : : : でも、ばくは悪 た。「何もびくびくすることはないじゃありませんか」 「ばくなにもびくびくしてやしません、本当に。だって、事かないんだよ、ちっとも悪かないんだよ ! 実はね、こうい うわけなんだ、ばくいま何もかも話して聞かせるから」 々実なんにも悪いことをした覚えがないんですもの。あなたは 「まあ、いったいなんのためにそんなこと ? 」とナターシャ しばくが悪いとお思いになりますか ? まあ、今に見ててくだ んししえ、いらないわ : はささやくよ , フにいった。「、、 らさい、ちゃんと申開きを立てますから。ナターシャ、はいっ 虐てもしい ? 」と彼は閉め切った扉の前に立ちどまって、わざそれよか、手を出してちょうだい、それで : : : おしまい 3

6. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

アリヨーシャは彼女を抱きとめ、無言のままひしと自分のところ、そっちのほうの準備は何もしていないのです。そ 胸に押しつけた。幾分間か沈黙のうちに過ぎた。 れに、ナターシャも今日はまだやって来ないだろうとおもっ 「きみは、でも、よくこんな犠牲を要求することができまし たもんですから、おまけに、お父さんが、今日ぜひともばく たね ! 」と非難の表情で彼を見つめながら、わたしはいつをあるお嬢さんのところへ連れて行くといいましてね ( ばく はいまお嫁さんを持たされようとしてるんです、ナターシャ 「どうかばくを咎めないでください ! 」と彼はくり返した。 からお聞きになったでしよう ? ところが、ばくはいやなん 「ばく、誓っていいますが、今のこの不幸はずいぶんひどい です ) 。こういうわけで、ばくはまだいろんなことをきつば ものではありますが、はんの一時のことです。ばくはそれをり決めることができなかったんですが、それでも明後日は 十分確信しています。ただこの時期を切り抜けるだけの、強間違いなく式を挙げるでしよう。少なくとも、ばくはそうい い精神があればいいのです。ナターシャもそれと同じことをう気がします。だって、はかにどうもなるはすがないんです しいましたよ、ご承知のとおり、もとはといえば、あの家門もの。明日にもばくたち二人は、プスコフ街道を乗り出しま の誇りというやつです。あのなんの必要もない争いです。そす。そこの村に、あまり遠くないところですが、学習院時代 れから、あのえたいの知れない訴訟事件ですー : けれどの友だちがいましてね、とてもいい人間なんです。そのうち ・ ( ばくはこのことを長いあいだいろいろと考えました、 ご紹介するかもしれません。その村には坊さんもいます。 : こんなことはみんなやめてしまわなけり いや、もっとも、いるかいないか確かなところはわかりませ まったくです ) ・ ゃなりません。ばくたちはみんなまた手を握り合いましょんが。前に聞き合わせておかなくちゃならなかったんだけ う、その時こそもう本当に幸福になって、老人たちもばくらど、ついその暇がなくって : : : でも、実際のところ、そんな を見て和解するでしよう。案外、ばくらの結婚が、父親たちことは些細な問題です。おもだったことさえ見当がついてれ 。しいんですからね。どこか隣村からでも呼んで来ればい の和解のいとぐちとならないとも限りませんよ。ばく、そう よりほかにはなりようがないとさえ思います。あなたはどう いですよ、その坊さんをね。あなたどうお思いです ? だっ て、そこにだって隣り村ってものがあるでしよう ! お考えですか ? 」 「きみは蛙婚とい、 しましたが、いっ式を挙げるんです ? 」と今までそちらへ一度も手紙を出さなかったのが残念です。前 わたしはナターシャをちらと見てこうたすねた。 もって了解を得ておかなくちゃならなかったんですけど。で 「明日か明後日です。少なくとも、明後日は間違いありませも、ばくの友だちというのは、いま家にいないかもしれませ ん。実はねえ、ばく自身もまだよくわからないので、正直なん : : : だけど、そんなことは末の末ですよー ただ決心さえ ) 0

7. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

いっていましたよ。それなのに、きみは急にそんないんちき のために自分の満足を犠牲にしてくれたはすだよ。もっと も、あれは自分からばくに行けっていうけれど、そうするのな中傷を信じるなんて ! それで恥ずかしくないんですか ? 」 「恩知らずね ! まあ、しようがないわ、この人はいつだっ がつらいのは、顔つきを見ただけでちゃんとわかるよ。そう なると、ばくにとっては、出してくれないのも同じことだもて、何一つ恥ずかしくないんですもの ! 」とカーチャはまる で見込みのない人だとでもいうように、彼に手を一つ振って のね」 え、これにはいわくがあるんだわ ! 」とカーチャはまこういった。 たもや怒りに目を輝かせて、わたしのほうへ向きながら叫ん「いったいあなたがたは本当にどうしたというのです ! 」と アリヨーシャは哀れつばい声でつづけた。「きみはいつでも だ。「白状おしなさい、アリヨーシャ、今すぐ白状なさい いつでもばくを悪くばかり邪推 それはみんなお父さんがいったことでしよう ? 今日いわれそうなんだね、カーチャー たんでしよう ? 後生ですから、あたしに小細工をしないでするんだもの : : : イヴァン・ベトローヴィチのことなどは、 もういうもさらなりですよ ! あなたはばくがナターシャを ちょうだい、あたしにはすぐわかるんですからね ! そうな 愛していないとお思いなんですね。ばくが彼女のことを利己 の、そうじゃないの ? 」 「ああ、いわれたよ」とアリヨーシャはもじもじしながら答主義だといったのは、そんな意味じゃないんです。ばくはた えた。「それがいったいどうしたのさ ? お父さんは今日とだ彼女があんまりばくを愛し過ぎて、度はずれなくらいにな っているので、そのためにばくも彼女もお互いに苦しいのだ ても優しく、うちとけた調子でばくと話をしてくれたんだ よ。あれのことだってしきりに褒めちぎって、ばくびつくりと、そういうつもりだったんですよ。お父さんはたとえそう したくらいだよ。あれはお父さんをあんなに侮辱したのに、 したいと思ったところで、ばくをだますことなんかできやし ません。そんな手に乗るものですか。お父さんは、決して悪 お父さんのほうじやかえって褒めているんだ」 「きみは、きみはそれを真に受けたんですね」と、わたしはい意味で、あれを利己主義だといったのじゃありません。ば いった。「それがきみのいうことなんですか。あのひとは自くだってちゃんとわかっていましたよ。お父さんは、いまば くが受け売りしたのとちょうどおなじ意味でいったわけなの 分の捧げ得るすべてをきみに捧げ冬くして、現に今日など も、ひょっときみが退屈に思いはしないだろうか、もしやカで、あれはあまりばくを強く愛し過ぎて、もうほとんど利己 チェリーナ・フヨードロヴナと会う楽しみを、きみから奪う主義に近くなっているから、ばくにとっても彼女にとっても ことになりはしないかと、ただきみのことばかり心配してい 一古しいのだ、しかもこれからさきはもっとばくがつらいこと になるだろう、とそういったんですよ。それがどうしたので たじゃありませんか ! あのひとは今日、自分でばくにそう

8. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

ね。さもないと、賢明な人たちはいまにこの世で何もすることい生活力をも 0 ているか、ただそれだけでも見てごらんな とがなくなって、馬鹿ばかりが残ることになりますよ。そうさい。実際、われわれは模範的なほど、稀れにみる強い生活 したら、いやはや、やつらは仕合わせなことでしようよー 力を持っています。あなた、いっかそれに気がついたことは だって、この頃でもこういう諺があるじゃありませんか、馬ありませんか ? われわれは八十、九十まで生きのびます 鹿は仕合わせさ、とね。ごぞんじかもしれませんが、馬鹿とよ ! つまり、自然そのものが、われわれを保護していてく 、つしょに暮らして、やつらに相槌を打っているほど、愉快れるわけですな、へへへ ! わたしが是が非でも、九十まで生 なことはありませんよ。とくですもの ! わたしが偏見を尊きるつもりです。わたしは死というやつがきらいで、こわい んで、一定の約東を守り、社会上の地位を求めているからつんですよ。いっか死ななくちゃならんと考えただけでも、い たが、こんなことをいったって て、変にお思いになっちゃいけませんよ。わたしは空虚な社まいましくてたまらない ! 会に住んでいることは承知ですが、今のところ、そこは暖かしようがないー これは例の毒薬自殺をした哲学者が、変に くて、居心地がいし 、ものだから、その社会に相槌を打って、 わたしを興奮させたんだ。哲学なんか糞食らえだ ! Buvons. 鉄壁のごとくそれを支持しているような顔をしていますが、 mon cher ( 飲みましよう、あなた ) そうだ、わたしたちは綺第」 もし機会がくれば、まず一番にそいつを棄ててしまいますな娘のことを話しかけたんですね : : : おや、どこへ ? 」 よ。わたしはあなた方のいう新思想なんか、すっかり承知し 「ばくは帰ります。それにあなたもそろそろ : : : 」 ているんです。もっとも、そんなもののために苦しんだこと「何をおっしやるんです、何を ! わたしはいわば、すっか りはらを割って見せているのに、あなたはこれほど明瞭な友 は、かってありませんがね、ーーー・第一、苦しむわけがない。 情の証拠を、感じてもくれないんですね。へへへ ! あなた 良心の苛責というやつは、何ごとにつけても、かって感じた ことがない。わたしはなんにでも賛成です。ただ自分にさえ 冫。 . 惰が少ないようですな、親愛なる詩人。まあ、待って 都合がよければいいんです。そういう仲間がうんといるか ください、わたしはもう一本 : ・・ : 」 「三本も ? 」 ら、われわれは実際すみ心地がいいわけです。この世のもの はすべて滅びる可能性があるけれども、われわればかりは決「三本。徳行については、わが若き教え子 ( どうかこの気持 して滅びることがない。われわれは世界はじまって以来、存ちのいい名で、あなたを呼ぶことを許してください、いすく 在しているのです。世界ぜんたいがどこかへ沈没しても、わんそしらん、わたしの教訓も後日お役に立つかもわかりませ れわれは浮きあがります。われわれはいつも浮きあがるのでんからな : : : ) 、そこで、わが若き教え子、徳行については、 す。ついでですが、われわれのような人間が、どんなにしぶもうさっきお話したとおりです。「善行が大きければ大きい

9. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

「そうです、今度はよくなります。しかし、ごく近いうちにむのが大嫌いで、ついたった今もきつばり断わったくらいで すよ」 死んでしまいます ! 」 「そうです、先生。あれはまったく妙な子ですが、それもこ いったいどうしたわけで ! 」こう 「え、死ぬんですってー れも、病気でいらいらしているせいだと、わたしは思ってい した宣告に度胆を抜かれて、わたしは思わず叫んだ。 「そうです、非常に近いうちに必ず死んでしまいます。あのます。昨日はとても素直だったんですが、今日はわたしが薬 病人は、心臓に生まれながら欠陥があるから、ちょっと面白を傍へ持って行ってやると、なにげなしの粗忽といったよう くない事情に出くわすと、またすぐ病気が再発します。ことなふうに匙を撥ねて、薬をこばしてしまったのです。そこ によったら、その時も回復するかもしれないが、その後またで、わたしが新しく薬をつくってやろうとすると、わたしの 手から箱ごとひったくって、床に叩きつけ、その後でしくし ぞろ悪くなって、結局、死んでしまいます」 「どうしても助けることはできないのですか ? いや、そんく泣いているという始木で : : : でも薬を無理に飲まされるか ら、というだけのことではないらしいですよ」とわたしはち なはずはありません」 「でも、それは必ずそのとおりになるんです。とはいってよっと考えてつけ加えた。 「ふむ ! 剩癪をおこすのですな。以前いろいろ大きな不幸 も、面白からぬ事情というのをなくして、静かな落ちついた 生活を送らせ、もっと喜ぶように仕向けてやったら、あの患を経験したので ( わたしはネルリの身の上を、大部分は率直 、詳しくこの医者に話して聞かせたのである。わたしの物 者も死期を遠ざけることができるかもしれません。また実 際、思いがしなし : : : 例外的な : : : 不思議な場合も、ままあ語は彼に強い感銘を与えた ) 、そんなことがみんな絡み合っ ることですから : : : 一口にいえば、いろいろ都合のいい事情て、つまりそのための病気ですな。今さしあたり、たった一 がたくさん重なった場合には、あの患者も命びろいをするかつの方法は、粉薬を飲むことです。あの子は薬を飲まなくち もわかりませんが、根本的に助かるということは、断じてあやなりません。わたしはもう一ど行って、医者のいうことを 聴くのが : : : つまり : : : その薬を飲むのが、あの子の義務だ りませんな」 ってことを、納得のいくよ、つに話してみましよ、つ」 「ああ、では、今どうしたらいいんでしよう ? 」 わたしたちは台所を出た ( そこで二人ははなし込んでいた 「わたしのいうことを守って、静かな生活を送って、規則正 のである ) 。医者は再び病人のべッドに近づいた。が、、イノ しく粉薬を飲むことです。わたしの気のついたところでは、 リはわたしたちの話を聞いていたらしい。少なくとも彼女は あの娘さんは、わがままで、気持ちにむらが多くって、人を 馬鹿にしたようなところさえあります。規則正しく粉薬を飲枕から頭を持ち上げて、わたしたちのほうへ耳を傾けなが

10. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

く、多少の家具はあったにもかかわらず、不快なほどがらんたら、どんなにいいだろう。当時わたしはまだそんなことを としていた。その時すぐさま、自分はこの住居でなけなしの空想して、復活を望んでいたのである。「どうにかして脳髄 健康をふいにしてしまうに相違ないと考えたが、果たしてその組織を一新して、それからもう一ど健全な人間になれるも のとおりであった。 のなら、精神病院にだって入ってやるんだがなあ』とわたし 午前中、わたしは自分の書類を分類したり、整理したりし はとうとう、こんな結論をしたのである。とにかく、生に対 ながら、ずっとそれにかかりきっていた。折りカバンというする渇望と信仰だけはあったのだ ! : しかし、忘れもしな ものがないので、わたしはそれを枕蔽いに包んで持って来た わたしはその場ですぐに笑い出したものである。「だが、 いったい何をしようというのだ ? ま のだ。そのために、なにもかもがくしやくしやに入りまじっ精神病院を出てから、 、、よ、ドレやよ てしまったのである。やがて、わたしはテープルに向かってさかまた小説を書くわけにもしカオし 書き物を始めた。その頃、わたしはまだ長編小説を書いてい こんなことを空想したり、くよくよしたりしているうち た。けれども、依然として仕事が手につかなかった。ほかの に、時はずんずん経っていった。夜が来た。その晩、わたし ことで頭が一杯になっていたのである : はナターシャと会う約東になっていた。彼女はもう前の晩に わたしはペンを投じて、窓際に腰を下ろした。たそがれが手紙をよこして、ぜひわたしに来てほしいと頼んでいるので 迫って来ると、わたしの心はいよいよ沈んできた。さまざまあった。わたしは急に立ち上がって支度にかかった。それで な苦しいもの思いが頭にむらがるのであった。ペテルプルグなくてさえ、わたしは雨の中だろうと、霙の中だろうと、ど にいたら、わたしはとどのつまり野たれ死にをするのだ、と こへでもいいから、少しも早くこの住居を飛び出したかった いったような気持ちがして仕方がなかった。春も近づいて来のである。 るのだから、この貝殻のような部屋から広々とした世界へぬ 闢が迫って来るにつれて、わたしの部屋はだんだん拡がっ 冫しよいよがらんとして来た。わたしは毎 け出して、もう長いこと見ないでいる野や森の、すがすがしていくかのようこ、、 い匂いを胸いつばい吸い込んだら、たちまちわたしも生き返晩、部屋の隅々に、スミットの姿を見るだろう、というよう ったよ、つになるだろ、つにー : とこんなことも考えた。今でな妄想を起こしたのである。彼はちょうどあの喫茶店で、ア も覚えているが、またこんな考えも頭に浮かんだ、もし何かダム・イヴァーヌイチを見つめたのと同じように、じっと坐 魔法なり奇蹟なりのカで、過去のことをなにもかも、この数って、わたしを見まもっているだろう。その足もとにはアゾ 年間経験して来たいっさいを忘れ尺、くし、何もかもふるい落ルカが寝そべっているのだ。と、その瞬間、ある一つの出来 した新鮮な頭脳で、捲土重来、再び生活を始めることができ事が生じて、わたしは激しい驚愕を受けたのである。