きらないうちに、お祖父さんはまた扉を開けて、封も切らなめた。「冬になるまで。そのうちに冬が来て、雪が降りまし た。あたしまたお祖父さんに出会った時、とても嬉しかっ い手紙を投げ返しなさいました。あたし家へ帰って、すっか : だって、お母さんがね、どうして見えないのだろうつ り何もかも話してしまったところ、お母さんはそれきりまた て、くよくよしていらしったんですもの。あたしはお祖父さ 床についておしまいになりましたの : : : 」 んの姿を見るなり、わざと通りのほうへ駆けて行きました の。それはね、あたしがお祖父さんを嫌って逃げるってこと 第 8 章 を、見せつけようと思ったからなの。ちょっと振り返って見 この時かなり強い雷鳴が響き渡り、大粒の雨がざ 0 と窓のると、お祖父さんは初め足早に、あたしの後から歩いていら ガラスを叩きはじめた。部屋の中が真 0 暗になった。老母はしったけど、そのうちにあたしに追っつこうと思って、駆け 』って、大きな声で呼びなさるん おびえたように十字を切った。わたしたちはみんなびたりと出して、『ネルリ、ネルリ ! ですの。アゾルカもその後から走っていましたわ。あたしが 話をやめた。 かわいそうになって立ちどまると、お祖父さんは傍へ寄って 「今に通りすぎるよ」と老人は窓の外を見ながら立ちあがっ て、部屋の中を二、三ど往復した。ネルリはそれを横目に眺来て、あたしの手を取って歩き出しました。あたしが泣いて るのを見て、立ちどまって、じっとあたしの顔を眺め、か めていた。彼女はひどく病的に興奮していた。わたしにはそい れがちゃんと見えていた。が、彼女はなんとなくわたしを見がみ込んで、接吻してくださいましたわ。その時、あたしが ひどい靴をはいているのを見て、もうほかに靴はないのか、 ないよ , つにしているらしかった。 とおたずねになりましたの。あたしはすぐに、お母さんはお 「さあ、それからどうした ? 」と、再び自分の肘掛けいすに 金をちっとも持っていらっしやらなくて、部屋を借してくれ 腰を下ろして、老人が促した。 ている人たちのお情けで食べさしてもらってるんです、とそ ネルリはおずおすとあたりを見廻した。 ういったところ、お祖父さんはなんにもおっしやらないで、 「では、それつきりもうお祖父さんに会わなかったのか あたしを市場へつれて行って、靴を買って下すった上、すぐ ね ? 」 それをはけっておっしゃいましたわ。それから、ゴローホヴ しいえ、会いましたわ : : : 」 アヤ街の自分の家へ連れてってくだすったんですが、その前 「そうだろう、そうだろう ! 話してお聞かせ、ねえ、話し に一軒の店へ寄って、肉饅頭とお菓子を二つお買いになりま てお聞かせよ」とアンナ・アンドレエヴナが相槌を打った。 したわ。家へ着くと、あたしに肉饅頭を食べろとおっしやっ 「それから、三週間あいませんでしたの」とネルリは語り始
れがあった。 曜日ですからね : : : 」 果たしてそのとおりだった。彼女はまたもや不満そうな、 「それがどうかしましたの ? 」 とげとげしい目つきでわたしを迎えた。すぐ帰らなければな「晩に公爵が来るでしよう ? 」 らないところであったが、わたしの膝頭はもうがくがくして「それで、どうだとおっしやるの ? あたし、忘れちゃいま せんわ」 「ばくちょっと寄って見ただけなんですよ、ナターシャ」と 「いや、ばくもただちょっと : : : 」 わたしはいい出した。「うちのお客さんをどうしたらいいカ 彼女はまともに向かい合って立ちどまり、長いことじっと 相談しようと思って」わたしは大いそぎで、エレーナのことわたしの目を見つめていた。その眼ざしにはある決心の色が を話し始めた。ナターシャは黙ってわたしの話を聞き終わっ見え、何かしら片意地な、熱病のほてりじみたものがうかが われた。 「どうなさいといったらいいか、あたしにはわかりません「ねえ、ヴァーニヤ」と彼女はいった。「すみませんけれど、 わ、ヴァーニヤ」と彼女は答えた。「どこから見ても、ひど帰ってちょうだい、あなたが、とても邪魔になることがあり くふう変わりな娘らしいわね。もしかしたら、手ひどい侮辱ますの」 を受けて、すっかりおびえ切ってるのかもしれないわ。とに わたしは肘掛けいすから立ちあがり、いい知れぬ驚きを顔 かく、病気だけは癒してやらなくちゃ。あなたはその娘をあにうかべて、彼女を眺めた。 「ナターシャー いったいどうしたんです ? 何ごとが起こ たしの家へやる気なんですの ? 」 「あれは、ばくのとこを出てどこへも行きたくない、といっ ったんです ? 」とわたしはぎよっとして叫んだ。 てるんです。それに、あちらでどんなふうにお考えになるか 「なにも起こりはしませんわ ! すっかり、何もかもすっか わからないし、ばくもとはうに暮れてるんですよ。ときに、 り明日になればわかりますが、今はあたし一人きりでいたい どうです、あなたは ? きのう加減が悪かったようですね」んですの。どうか、ヴァーニヤ、今日は帰ってちょうだい。 とわたしはおすおずとたすねた。 あたしねあなたを見ていると、本当につらくって、つらくっ 「ええ : : : 今日もなんだか頭が痛くって」と彼女はばんやりて ! 」 した調子で答えた。「だれかうちの人にお会いになりません「が、それにしても、ちょっと一言だけ : でした ? 」 「何もかも明日になったらわかりますわ、何もかも ! あ しいえ、明日行ってみるつもりです。なにしろ、明日は土あ、たまらないー あなた帰ってくださらないの ? 」 / 04
ことはなんでもずっとよくごぞんじなんですもの。あなたはどうしたものかと、考え込むようになりました。もしお二人 今のあたしにとって、まるで神様みたいな方ですわ。実はが不仕合わせだとしたら、 っそ別れたほうがいいのじやご ね、あたし初めこんなふうに考えましたの、もしあの人たちざいませんか。でも、その後で、万事くわしくあなたにおた がお互いに愛し合っているのだったら、お二人は幸福にならずねして、自分でナターシャのところへ出かけて行って、あ なくちゃならないから、あたしは自分を犠牲にして、お二人の方とすっかり決めようと決心しましたの」 を助けなければならないって。そうでございましよう ? 」 「しかし、どんなふうに決めるか、それが問題ですよ」 「あなたがもう自分を犠牲になすったのを、わたしは知って「あたし、あの方にこう申しますわ。「あなたはあの人を、 いますよ」 何よりも一ばん愛していらっしやるのでしよう。してみる 「ええ、そうなんですの。でも、それから後で、あの人が始と、あの人の幸福を何より願わなければならないはずですか 終あたしのところへ来て、だんだんあたしを深く愛するようら、結局お別れになるのが本当です』って」 になったものですから、あたし心の中でいろいろ思案して、 「さよう、しかし、それを聞くあのひとの気持ちはどんなで 犠牲になったものかどうかと、しよっちゅう考えていますしよう ? よしんば、あのひとが同意するにしても、それを の。それは大変いけないことですわね、そうじゃありませ実行する力があるでしようか ? 」 ん ? 」 「ええ、そのことをあたし昼も夜も考えつづけて、そして ・ : そして : : : 」 「それは自然ですよ」とわたしは答えた。「それが当然なの で : : : あなたが悪いのじゃありません」 彼女は不意に泣き出した。 「あたしそうは思いませんわ。あなたはとても優しい方です「あたしがどんなにナターシャを気の毒に思っているか、と から、それでそんなことをおっしやるのですわ。あたしね、 てもあなたにはおわかりになりませんわ」と彼女は涙に慄え 自分の心が本当に純潔ではないんだって気がしますの。もしる唇でささやいた。 心が純潔だったら、どう決めたらいいかわかるはずですも もうそれ以上っけ加えることはなかった。わたしはじっと の。でも、こんな話、 やめましよう ! その後あたしは公爵黙っていたが、彼女を見ていると、なんということなしに、 や、お母様や、アリヨーシャ自身の口から、あのお二人の関一種の愛情が胸に迫って、自分でも泣き出したくなった。そ 係をも少し詳しく聞きまして、お二人が不釣り合いだってこれはなんという愛すべき子供であったか ! わたしはもう一 とを察しましたの。現に、あなたも今そのとおりのことをお歩すすめて、どうしてアリヨーシャを幸福にする力が自分に っしゃいましたわね。そこで、あたしはなおのこと、今度はあると思っているのか、そのわけを彼女にきこうともしなか
かねえかー じゃ、ごめんなせい、だんな。あっしたちは葬ね。いや、会うには会ったんだが、閣下にお目を止めていた 儀屋なんで、もし仕事のはうで何かご用があれば、喜んでおだけなかったのさ。なにしろ、きみは将軍だからね。ただし : これよりほかのことは、、 役に立ちますが : っさい言はな文壇のだが ! : 」こ、ついって、 , 伐は嘲けるよ , つににやにや 笑った。 いわけでがすよ : : : 」 わたしはもの思いに沈みながら、ひどく興奮してその家を 「おい、きみ、マスロポーエフ、馬鹿なことをいうもんじゃ 出た。わたしにはどうすることもできなかったが、これをこ ない」とわたしはさえぎった。「第一、将軍というものは、 のままに捨てて置くのは、心苦しいような気がした。葬儀屋よしんば文壇の将軍にもしろ、こんな、ばくみたいな風采を の女房の洩らしたある言葉が、ことにわたしの心を掻き乱ししてはいないよ。第二に、遠慮なくいわせてもらうが、なる たのである。そこには、何か良からぬことが隠されている。 ほど、二度ばかり往来で見かけた覚えがあるけれど、かえっ わたしはそれを予感した。 てきみのほうがばくを避けてるようなふうだったじゃない わたしは頭を垂れ、あれこれと、思いめぐらしながら歩いか。そこでばくも、先方が避けているものを、何もこちらか ていた。と、不意にわたしの名を呼ぶどぎつい声が聞こえら傍へ寄るわけはあるまいと思ったのさ。どうだ、ばくの考 た。見ると、わたしの前にはかなりさつばりした身なりではえていることをいおうか ? もしきみが酔っぱらっていなけ あるが、ひどい外套を着て、汕じみた庇つきの帽子をかぶつれば、今だってばくに声をかけやしなかっただろう。そうじ ばくはね、きみ、きみに た酔漢が、ややよろけ気味で立っていた。その顔にはよく見やないか ? だが、ご機嫌よう ! 覚えがあった。わたしはつくづくとその男を眺め始めた。彼出会って大いに、大いに嬉しいよ」 はちょいとわたしに目くばせして、皮肉な徴笑を浮かべた。 「本当かい ? きみは迷惑じゃないのかい、ーく 「見分けがっかないかい ? 」 な態たらくでいるから ? いや、何もそんなことをきくには 当たらない、大したことじゃないからな。ばくはね、ヴァー 第 5 章 、いつも思い出すんだが、きみは愛すべき少年だった よ。おばえてるかい、 きみがおれの身代わりにぶたれたこと 々「ああ ! そうだ、きみだったのか、マスロポーエフ」わたを ? きみは泥を吐かないで、おれをかばってくれたつけ ししはふと、その男が県立中学校時代からの旧い学校友だちでが。おれは礼をいうかわりに、まる一週間というものきみを らあるのに気がついて、こう叫んだ。「いや、これは奇遇だ ! 」 からかったものだ。きみはじつに君子だよ ! ご機嫌よう、 虐「まったく奇遇だよ ! もう六年も会わなかったんだからきみ、御機嫌よう ! ( わたしたちは接吻した ) 。実は、ばく
帰ってから、しきりにきみたち二人のことを考えて、両方をた くらべてみたもんだよ」 「いまごろばくに会いたいなんてだれだろう ? 」不審そうに 「どちらがいいってことになりました ? 」ナターシャはほほわたしたちを見ながら、アリヨーシャはこういった。「ひと 笑みながらたすねた。 つ行ってみよう ! 」 「時によるときみのほうがいいし、またどうかすると彼女の 台所には、父公爵の従僕が仕着せをきて立っていた。公爵 ほうがいいこともある。しかし、結局、いつもきみのほうが はわが家へ帰る途中、ナターシャの住居の前で馬車をとめさ 好かったね。ばくは、彼女と話をしていると、自分がなんだせ、アリヨーシャが来ているかどうか、聞きによこしたとの か前よりも上品な、賢、 ししい人間になるような気がするんことである。従僕はそれだけのことをいうと、さっさと出て 行った。 だ。しかし、明日は、明日は何もかも解決されるのだ ! 」 「でも、あのひとがかわいそうじゃなくって ? だって、あ「変だなー こんなことはついそなかったのに」とアリヨー のひとはあなたを愛してるんじゃありませんか。あなたは自シャは、もじもじとわたしたちを見廻しながらいった。「い 分でも、それに気がついたとおっしやったでしよう ? 」 ったいどうしたんだろう ? 」 「そりやかわいそうだよ、ナターシャ ! でも、ばくたちは ナターシャは心配そうに彼を眺めていた。不意にマヴラが 三人でお互いに愛し合うようになるだろう、その時は : : : 」 またしてもわたしたちの部屋の扉を押し開けた。 「その時は、さようならだわ ! 」とナターシャはひとりごと 「公爵様がご自分でお見えになりました ! 」と彼女は早口に のよ、フに、 小さな声でいった。アリヨーシャはけげんそうに ささやいたかと思うと、すぐさま姿を隠した。ナターシャは 彼女を見やった。 さっとあおざめて、席を立った。その目は急にぎらぎらと光 しかし、わたしたちの会話は実に思いがけないことで、と り出した。彼女は軽くテープルに寄りかかったまま、招かれ っぜん中断された。玄関の間をかねていた台所で、だれか入ざる客の入って来るべき扉口を、興奮のていで見つめてい って来たような軽い物音が聞こえた。やがて、間もなくマヴた。 ラが扉を開けて、そっと内証でアリヨーシャにあごで合図を「ナターシャ、心配しなくてもいし 、よ、ばくが付いているん しながら、彼を呼び出そうとした。わたしたちは一斉にそのだから。ばくが失礼なことはさせやしない」とアリヨーシャ ほうへ振り向いた。 はどぎまぎしながらも、取・り乱したふうもなくこ、フささやい 「あちらでお前さんに会いたいという人があるんだよ。ちょ っと来ておくんなさい」と彼女は妙に秘密めかしい声でいっ 扉が開いた。閾の上には、ヴァルコーフスキイ公爵自身が
使 ! ばくたちの貧乏もいよいよおしまいだよ ! ほら、ご なんか、露ほどもありやしない、 とね。しつかりしたところ田 らん ! この半年のあいだ罰として減らしていた分を、昨日がありますよ、ありますとも、あなた方が思ってらっしやる そっくり耳を揃えてよこしたよ。幾らあるか見てごらん、ばより多いくらいですよ ! その証拠には、ばく自分の立場が くはまだ勘定してないんだ。マヴラ、ごらん、大した金だろ苦しいにもかかわらず、その時すぐはらの中で、これはおれ もうこれからは、匙やカフスポタンを質に入れなくつの義務だ、何もかもすっかりお父さんにいってしまわなけれ てもいいよ ! 」 ばならない、とそう考えて口を切ったのです。すっかりいっ 彼はポケットの中から、銀貨で千五百ループリもあろうとてしまいました。そして、お父さんもばくのいい分を聞いて 思われる、かなり厚い紙幣東を取り出して、テープルの上に くれました」 置いた。マヴラは呆気にとられてそれを眺め、アリヨーシャ 「まあ何を、いったい何をおっしやったんですの ? 」とナタ を讃めそやした。ナターシャはしきりに彼をせき立てた。 ーシャは不安げにたすねた。 「はかでもないー 「まあ、そういうわけで、いったいどうしたものかと考えた まくはもう別に嫁なんかほしくない、ばく よ」とアリヨーシャはつづけた。「さて、どうして父の意に にはれつきとした花嫁がある、それはナターシャだ、とこう そむいたものかと、とほうにくれたわけだ。いや、あなた方いったのさ。なに、ばくはまだそれを真っ正面からいったわ 二人に誓っていうけれど、もしお父さんがあんないい人でな けじゃなくって、それに対するお父さんの気持ちを準備した くて、ばくに意地の悪いことでもするのなら、ばくはなんに だけなんだが、明日はいってしまうよ。もうちゃんとその決 も考えないで、面と向かって、いやです、ばくはもう大きく 心をしたんだから。初めばくはこう切り出したのさ。金のた なって、一人前の人間になったのですから、今では話はおしめに結婚するのは恥ずべき卑しいことで、われわれが自分の まいです ! とこういい切ったはずなんだ。いや、本当です、ことを何か大貴族みたいに考えるのは、てんで頭から馬鹿げ ばく自分の意地を通して見せたに相違ありません。ところている ( ばくはお父さんとはまるで兄弟同士のように、すっ 、現在の事情ですもの、お父さんに向かって何をいうこと かり開けっぴろげに話をしたんだよ ) 。それから、すぐさま ができます ? しかし、ばくのことも責めないでください。 ばくはこんなふ、フに説明しこ、ばくは tiers ・état ( 平民 ) だ ナターシャ、見たところ、きみは何だか不満そうな様子だ が、 tiers ・état c'est 一・ essentiel ( 平民は重要なものだ ) 。ばく ね、何をあなた方は二人で目くばせなんかしてらっしやるんは、自分がすべての人と同じようなのを誇りとしているの です ? きっとそう思ってるんでしよう、ほら、あの男は現で、ほかのだれにも立ちまさりたいとは思わない : にもう巻かれてしまってる、あの男にはしつかりしたところ 、えば、そういったふうな健全な思想を、すっかりお父さん さっ
ていよしよ、、、 だんだよ ( 今このペテルプルグにいて、さるパン屋の女房に オし力ということさ。なぜって見な、もしそうだ なっている女だ ) 。これが以前、ヘンリッヒにぞっこん惚れ とすれば、きみ、きみみたいな詩人的な頭でも合点がいくた ろうが、やつはおれをべてんにかけたことになるんだから込んでいて、今でも依然、十五年間、絶えず想いつづけてい 十 / . し、刀 . し 一つのほうの用件が一ループリの相場のものるというわけさ。もっとも、肥っちょのパン屋の亭主との間 に、いっか知らん間に、八人の子供をこしらえてしまったん だとすれば、もう一つのほうはその四倍からするんだぜ。だ だがね。この従妹の口から、おれはいろいろ手のこんだから もの、もし四ループリもする仕事を一ループリでしてやっ オしか。そこで、おくりをやって、まんまと一大事を探り出した。ヘンリッヒは たら、おれはいい馬鹿になっちまうじゃよ、 ドイツ人のしきたりで、この女に手紙や日記を書いてよこし れはいろいろ頭を捻って、謎を解きにかかってさ、だんだん と手がかりの糸を見つけ出したよ。じきじきやっからさぐりていたが、死ぬ前に何やかや書類を送って来たんだ。女は馬 出したものもあれば、ちょいちょい脇のほうから聞き込んだ鹿だもんだから、そうした手紙の中の肝腎なところはちっと マイン・リー ・ヘル ものもあり、おれが自分の頭を働かして、見破ったものもあもわからないで、ただお月様がどうしたとか、わが愛する 十八世紀ドイツの詩人 るというふうだ。もしきみがひょっとして、なぜそんなやりアウグスチンとか、そのほかウィーランド ハ説家、代表作英雄詩 とか、いったようなところしか目にとめなかったの 口を取ったんだときくなら、おれはこう答えよう。公爵がな ロン」 さ。しかし、おれはこの手紙のおかげで、必要な情報を手に んだかあんまり気をもんで、何かひどくびくびくものでいた、 入れて、新しい手がかりを見つけたんだ。たとえば、スミッ そのこと一つだけでも怪しかったからさ。だって、まったく のところ、その場合、何をそんなにびくびくすることがあるト氏のことや、娘が盗み出した財産のことや、その財産を横 んだろう、とだれだってそう思おうじゃないか。父親の家か領した公爵のことなどを知ったわけだが、最後にさまざまな ら情婦を連れ出して、女が妊娠したら棄ててしまった。何も感歎詞や、廻りくどい文句や、アレゴリイなどの間から、こ お愛嬌のある悪戯、との真相が顔を覗けてきた。え、どうだい、ヴァーニヤ、わ 珍しい話じゃありやしない。かわいい、 かるかい ! 確かなものといっては何もないんだ。大馬鹿者 というだけのことじゃないか。公爵みたいな人間が、そんな ことを恐れるはずがないや ! ところがさ、奴さんしきりにのヘンリッヒは、わざとこの点を隠して、ただ匂わしている 々 怖がってるじゃないか : : : それで、おれは臭いそと思ったんだけなんだが、その謎みたいな言葉や、その他ぜんたいをい っしょに合わしてみると、おれにとっちや天の妙音ともいう しだ、おれはな、きみ、とても面白い手がかりの糸を見つけた らよ。しかも、それが、ヘンリッヒのほうからなのさ。先生はべきものが聞こえて来たのさ。公爵はスミットの娘と結婚し もちろん、死んでしまったが、その従妹の一人から聞き込んていたんだぜ ! どこで式を挙げたか、また時はいっか、外 37 ノ
え、ヴァーニヤ、あたしアリヨーシャを気の狂いそうなほど が、あたしも自分から進んで : : : よくって、あなた、あたし 愛しているにしても、あなたはあたしのお友だちとして、そなにもかもすっかりお話しますわ。あの人にはいま縁談があ れ以上に愛しているかもしれないわ。あたし、あなたなしじるんですの、お嫁さんというのは金持ちで、とても家柄のい や生きていけない、今からもうそういう気がします、いい い、親戚も立派な人たちばかりというお嬢さんですって。お え、ちゃんとわかっています。あなたはあたしにとって、な父さんは、あの人にぜひ結婚させようとしてるんですが、あ くてかなわぬ人ですわ、あたしはあなたの優しい心が必要なのお父さんというのが、あなたもごぞんじでしよう、大変な んですの : ・・ : ああ、ヴァーニャー なんて悲しい、なんて苦策士ですからね、ありったけの術を使って大童になってるん しい時が来たものでしようね ! 」 ですの。こんなうまい折は十年かかったって来やしませんも 彼女はさめざめと泣き出した。実際、彼女は苦しかったのの。ひきはあるし、お金もうんとあり : : : それに、当人も世 である ! 間の噂ではとても綺麗な人で、おまけに教育があって、気立 「ああ、あたしどんなにあなたに会いたかったかしれませんてもよし、何もかもけっこうずくめなんですって、アリヨー わ ! 」ようやく涙を抑えて彼女は言葉をつづけた。「あなた シャは、もうその方に夢中になりかけているらしいんです ずいぶんお痩せになったわねえ、顔の色の悪いこと、まるでの。その上にね、お父さんが自分でも結婚したいものだから、 病人だわ。本当に体がよくなかったのでしよう、ヴァ ニ少しも早くあの人を厄介払いしたがっているんですの。こう ャ ? まあ、あたしったらどうしたんでしよう、ろくろくお いうわけで、是が非でも、あたしたちの間を引き裂いてしまわ たすねもしないで ! 自分のことばかりおしゃべりしてた なくちゃならないでしよう。公爵はあたしがアリヨーシャを わ。ねえ、雑誌のほうはどんなふうですの ? 新しい小説は操りやしないかと思って、びくびくものなんですって : ・ : ・」 しかが、お進みになって ? 」 「え、いったい公爵は」わたしはびつくりしてさえぎった。 「ばくいま、小説どころですか、ナターシャ ! それに、ば「あなた方の間を知ってるんですか ? あの人はただうさん くのことなんか話したってしようがありませんよ。まあばっくさいぐらいに思ってるだけじゃありませんか。それも確か ばつやっていますから、うっちゃっといてくださいー それなことじゃないはずですが」 よかね、ナターシャ、この話はあの男のほうから要求したん「知っています、何もかも知っていますの」 ですか、あなたに自分のとこへ来いって ? 」 「だれがそんなことをあの人の耳に入れたんです ? 」 「いいえ、あの人だけじゃありません、かえっておもにあた 「だれでもありません、アリヨーシャがすっかり話してしま しのほ、つが。もっとも、あの人も挈つい、つこよ、、 。ししました ったんですの、ついこの間。あの人が自分であたしにそうい
であった時代にさえも、アンナ・アンドレエヴナに対しては それも、なんだよ、わしに頼まれたのではなく、自分で思い ついたような恰好にしてな : : : あれに納得のゆくように話し何か妙にロ数が少なく、どうかすると、厳しい態度を見せる ことさえあった。人前だと、余計にそれが激しかった。優し てもらいたいのだ : : : わかったかね ? わしはもうとうか ら、このことをお前に頼もうと思っていたのだ : : : お前うまくこまやかな感情を持っている人々でさえ、時としては人前 く説きつけて、あれを承知さしてくれんか。わしが自分のロばかりでなく、さし向かいの時でさえ、自分の腹の底をうち 明けたり、愛する者にすら自分の優しい感情を表白しまいと から一生懸命に頼むのも、なんだか妙な具合だから : ・ や、なにもこんなくだらんことを、くどくどいうことはいりする、妙な強情さというか、うぶな純潔さというか、そうい ったものが見受けられることがある。むしろ差し向かいの時 やしない ! 女の子なんかどうしようというのだ ? そんな は、それがさらにはなはだしいくらいである。ただ稀れに愛 ものは要りやしない。ただちょっと気晴らしにと思って 」、れ「トもししカ 、ら、子供の声でも聞きたいような気がしてな情のほとばしり出ることがあるが、そういう時には、愛情が : もっとも、ほんとうのところをいうと、わしは婆さんの長く抑えつけられていればいるはど、ますます熱烈に烈しい ためにそうしてやりたいのだ。わしと二人きりでいるより勢いを示すものである。イフメーネフ老人の、アンナ・アン ドレエヴナに対する関係も、幾らかそういうところがあっ は、そのほうが賑やかだろうからな。しかし、こんなことは ときに、ヴァーニヤ、こんなふ , つに た。しかも、若い時からそうなのである。彼女はただ善良な みんなつまらん話だ ! やっていたら、なかなかうちへ帰り着けやしない。馬車に乗というだけで、夫を愛するよりほかには、なんの能もない女 であったにもかかわらず、彼は限りなく彼女を愛し尊敬して ろうじゃないか。歩いたらずいぶん遠いし、アンナ・アンド いた。そのために、彼女がその単純な性質から、どうかする レエヴナが、待ちあぐんでいるだろうから : : : 」 わたしたちがアンナ・アンドレエヴナのところへ着いたのと、夫に対してあまり不注意に見えることがあるので、彼は それをひどく憤慨していた。しかし、ナターシャが家出して は、もう七時半であった。 からというもの、二人は互いに優しくなったようなふうであ る。自分たちがこの世にたった二人とり残されたということ 第貶章 を、病的なほど痛感したのである。イフメーネフは時による 老夫婦は互いに深く愛し合っていた。愛情と長年の習慣と、無性に気難かしくなることがあったが、それにもかかわ 、彼らをしつかり結びつけたのである。けれど、ニコラらず、二人はただの二時間も別れていると、互いに侘しく、 イ・セルゲーイチは今ばかりでなく、以前この上もなく幸福苦しくてたまらないのであった。ナターシャのことは、さな
、って、心配そうにナターシャを横目に見た。けれど、ナタ たことはなかったろうな ? 今ごろ目をさましちゃおらんか ーシャが笑顔でそれに答え、父を抱きしめたので、彼の疑念な ? え、どうだね、アンナ・アンドレエヴナ、一つ大急ぎ はたちまち霧散してしまった。 で、テープルをテラスへ持ち出そうじゃないか。サモワール 「行くんだ、行くんだ、なあ、みんなで行くんだよ ! 」と彼もそちらへ運ばして、いつもの連中が揃ったら、みんなであ はほくほくものでいった。「ただ、ヴァーニヤ、お前だけはそこへ陣取るとしよう、ネルリもわしらのほうへ連れて来る どうも。お前と別れるのはつらいのだが : ・ ( 断わっておんだ : ・ : こいつは素敵だよ。本当にもう目をさましちゃおら くが、彼は一度もわたしにい っしょに行こうとすすめなかつんかな ? わしはあれのところへ行って見よう。ちょっと一 た。もしこれがほかの場合だったら、つまり、ナターシャに目見るだけ : : : 起こしやしないよ、心配しなさんな ! 」アン 対するわたしの恋を知らなかったら、彼の性質から見ても、 ナ・アンドレエヴナがまた両手を振り立てるのを見て、彼は 必すそうするはずだったのだ ) 。 そうつけ加えた。 「いや、どうも仕方がない、なあ、なんとも仕方がないよー しかし、ネルリはも、つ目をさましていた。十五分ばかり経 ヴァーニヤ、わしは本当につらい。しかし、土地が変わるった頃には、わたしたちはいつものごとく、晩のサモワール と、わしたちみんな元気になるだろう : : : 土地が変わるとい を囲んで、テープルのまわりに陣取っていた。 うことは、つまり、何もかもが変わることだからな ! 」と彼ネルリは肘掛けいすに乗せて、運び出された。やがて、医 はも、フ一ど娘をちらりと見てから、こういっこ。 者が姿を現わし、マスロポーエフがやって来た。彼はネルリ 彼はこれを信じており、その信念をよろこんでいたのであのために、大きなライラッグの花東を持って来たが、当人は る。 何か心配事がある様子で、剩癪でも起こしているらしかっ 「でも、ネルリは ? 」アンナ・アンドレエヴナがいった。 「ネルリかし 、 ? なに : : : あれはかわいそうに、ちょっと病ついでにいっておくが、マスロポーエフはほとんど毎日の 気をしてはいるが、その頃までにはきっとよくなるよ。今だようにやって来た。もう前にも述べたとおり、一同のもの、 って大分よいほうだろう、お前どう思う、ヴァーニヤ ? 」とことにアンナ・アンドレエヴナが、彼を並みはずれて愛して 々彼は何か驚いたようなふうでこういって、まるでわたしが彼いたけれども、わたしたちはだれもアレクサンドラ・セミョ しの疑念を解くべき義務でもあるかなんそのように、不安げに ーノヴナのことを、ついぞ、一度も口に出したことがない。 らわたしの顔を見た。 当のマスロポーエフも、彼女の名を口にしなかった。アン 「あれはどうだね ? よくねむったかしらん ? 何か変わっナ・アンドレエヴナは、アレクサンドラがまだ正式に彼の妻