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検索対象: ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々
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1. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

ばくはきみにことわっておくが、おれ自身も悪党ではあるけ たろうよ ! 」 「そんなもの、いまだって役に立ちゃしなくってよ ! 」 れど、ただ節操観念からだけいっても、あいつの一味にはな こ、つい , っと韭ハに、アレグサンドラは ~ 余テープルの傍から、 りたくないね ! しかし、これくらいでたくさん、あとはだ んまりだ ! あの男についていえるのは、ただこれつきりな一跳びにわたしたちのほうへ飛んで来て、マスロポーエフが 自分の頭をかばう暇もないうちに、一つかみの髪をひん握 のさ」 って、こっぴどく引っぱった。 「ところが、ばくは生憎と、あの男のことをいろいろと聞き たさにやって来たんだよ。ほかの話もあるけれどね。しか 「このとおり、このとおり、わたしのことを嫉妬やきだなん し、それは後廻しにしよう。いったいきみはどういうわけて、お客様の前でよくいったね。よくいったね、よくいった で、きのうばくの留守にエレーナに氷砂糖をやったり、あれね ! 」 一時間半もなにを話すことが彼女は真っ赤になっていた。そして、笑ってこそいたけれ の前で踊ったりしたんだい ? ど、マスロポーエフはかなり痛い目をみたらしい あったんだね ? 」 「エレーナというのはね、十一か十二の小さな女の子で、当「なんでもかでも、恥さらしなことばかりいうんですからね 分の間イヴァン・ベトローヴィチのところで厄介になって いえ ! 」彼女はわたしのほうを向いて、真面目につけ加えた。 これ るんだ」とマスロポーエフは突然、アレグサンドラのほうを「どうだ、ヴァーニヤ、これがおれの生活なんだよー 向いて説明した。「気をつけろよ、ヴァーニヤ、気をつけてだからこそ、どうしてもウォートカが欠かされないんだ ! 」 くれよ」と彼は女を指しながらつづけた。「ばくが知らない とマスロポーエフは頭を掻き撫でながら、駆け出すようにビ 娘に氷砂糖を持って行ってやったと聞くが早いか、いきなり ンの傍へ行って、こういった。けれど、アレクサンドラはそ かっとしてしまったじゃないか。まるでおれたちが不意にビのさきを越した。素早くテープルに駆け寄って、自分で注い ストルでもぶっ放したように、真っ赤になって慄えあがってで渡したばかりでなく、優しく彼の頬をちょいと突いたほど : ほら、目をあんなにぎらぎら光らしている、いやどうである。マスロポーエフは得意気にわたしに目くばせして、 もいたし方がない。アレクサンドラ・セミョーノヴナ、何も舌を鳴らし、勝ち誇ったように盃をぐいと飲み乾した。 やきもち 隠すことはいりやしないよ ! これはどうも嫉妬やきでね。 「氷砂糖の一件は、はっきり思い当たらないよ」わたしと並 エレーナが十一の娘だって説明しなかったもんなら、ばくはんで長いすに腰を下ろしながら、彼はいい出した。「あれは なんの いきなり髪の毛をつかんで、引き摺り廻されるところだった一昨日、酔ったまぎれに八百屋で買ったんだよ、 んだよ。そうなったら、ベルガモットも追っつきやしなかっ ためかわからないがね。もしかしたら、祖国の商業や工業を

2. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

ような表情を浮かべながら、わたしたちを見廻し、眉をひそなので、今もわたしたちのほうを見ないようにはしていた が、その顔つきから推して、アンナ・アンドレエヴナがわた めてテープルに近づいた。 しに目くばせしたことが、それを彼が、ちゃんと承知してい 「サモワールはどうしたのだ」と彼はたずねた。「今までか ることも、はっきりと見てとられたのである。 かってもまだできないのか ? 」 「いま持って来ていますよ、あなた持って来ていますよ、ほ「用事で出かけたんだよ、ヴァーニヤ」と彼は出し抜けにロ ら、さあ来ました」とアンナ・アンドレエヴナは、あくせくを切った。「どうもいやなことが持ちあがってな。もうお前 冫話したかしらん ? わしはいよいよ有罪になろうとしてい と世話をやき始めた。 マトリヨーナはイフメーネフの姿を見るが早いか、彼の出るのだよ。なにぶん、証拠がないし、必要な書類がないもの だから。おまけに、調査の結果が不正確だし : : : ふむ ! 現を待ってお茶を出そうと心がまえしていたかのように、さ っそくサモワールを持って来た。それはもの馴れた忠実な老彼は公爵相手の訴訟事件を話し出した。この事件はいまだ 女中であったが、おそらく世界中の女中のうちで類のないわにつづいていたが、イフメーネフにとって、はなはだ思わし からぬ経路を辿っているのであった。わたしはなんと答えて がままな、ロうるさい女で、頑固一徹なたちであった。しか しいかわからぬので、黙り込んでいた。彼はうさん臭そうに し、彼女もイフメーネフには一目おいて、その前へ出ると、 いつも口を控えていた。その代わり、アンナ・アンドレエヴわたしを眺めた。 「まあ、かまわんさ ! 」と一座の沈黙にいらいらしたかのよ ナの前では、十分にその穴埋めをして、ことごとに無遠慮な 口をきき、明らかに自分の女主人を抑えつけようという野望うに、彼は突然そういった。「何にしても、早いだけがいい よ。こちらで金を払わなければならんように判決が下ったと を示したが、同時に心の中では、彼女とナターシャをしんじ トリヨーナを、まころで、わしを卑劣漢にするわけにはゆくまい。わしにはち っ愛しているのであった。わたしはこのマ ゃんと良心があるから、まあ、なんとでも判決するがいし だイフメーネフカ時代から知っていた。 「ふむ ! : なにしろぐしょ濡れになって、帰って来たのだ少なくとも、それで片はつくんだ。それで体は自由になる から、気持ちが悪かろうじゃないか、それだのにだれもお茶が、身代はめちやめちゃだ : : : わしは何もかもおっ放り出し の用意をしようともせん」と老人は小さな声でぶつくさいって、シベリヤへでも行ってしまう」 「まあ、どこへ行くんですって ! なんだってそんな遠いと アンナ・アンドレエヴナはさっそく、目顔でわたしに彼をころへ ! 」とアンナ・アンドレエヴナは、つい我慢しきれな しでこ、ついっこ。 さして見せた。彼はこういった秘密めいた目くばせが大嫌い

3. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

た。何より不思議なのは、わたしも詳しくきくだけの勇気が たしはもう一度入口の廊下で彼女を引き留めた。 なかったことである。いったいだれをそんなに怖がっている 「ばく、このままでお前を帰しやしないよ」とわたしはいっ た。「何をそんなにびくびくしているんだね ? 遅くなったのかとたずねた時、彼女はいきなり両手を振り廻して、もう 少しで馬車から飛びおりるところであった。なんて不思議な の ? 」 ことだろう ? とわたしは考えた。 「ええ、ええ、あたしそっと抜け出したんですもの ! 放し てちょうだいー あのひとにぶたれるわ ! 」と彼女はうつか馬車の中では、彼女はひどく乗り心地が悪そうであった。 り口を滑らせたようにこう叫んで、わたしの手を振りほどこ車が揺れるたびに、彼女は自分の体を支えようとして、何か , っとした。 引掻き痕だらけの小さな汚い左手で、わたしの外套にしがみ つくのであった。もう一方の手には例の本をしつかとかかえ 「まあ、お聞き、そんなに暴れないで、お前はヴァシーリエ フスキイ島へ行くんだろう。ばくもやつばりそうなんだ、十ていた。すべての点から見て、その本はよほど彼女にとって 三丁目まで。ばくも時刻が遅れたから、辻馬車に乗ろうと思大切なものらしかった。いずまいを直そうとして、彼女はふ ってるのさ。 、つしょに行かない ? ばくが連れてって上げと足をあらわに見せたが、驚き入ったことには、彼女は靴下 もはかず、穴だらけの靴を突っかけているだけであった。わ るから。歩くよりは早いよ : ・・ : 」 「あたしの家へ来ちゃ駄目、駄目よ」と彼女はいっそうおびたしは何ごとも聞くまいとはらをきめてはいたけれども、そ えたように叫んだ。それどころか、わたしが彼女の住み家へれを見るとまた我慢しきれなくなった。 来るかもしれないと考えただけで、なにか恐怖にかられて顔「おや、靴下なしなの ? 」とわたしはたずねた。「どうして の相好が歪んだほどである。 こんなじめじめした天気に、おまけにこんな寒い時に、素足 「なに、ばくは自分の用で、十三丁目へ行くんだといってるでなんか歩けるの ? 」 「ないんだもの」と彼女はぶつきら棒に答えた。 なしか、お前のとこへ行くんじゃないよ ! お前の跡な 「ああ、なんてことだ、だって、お前はだれかのところにい んかつけて行きやしない。馬車に乗ったほうが早く帰れるじ るんだろう ! 外へ出なければならないような時には、だれ オしか。さあ、 ~ 打こ , っー・」 した わたしたちは大いそぎで階下へ駆け下りた。わたしは行き かに靴下をかしてもらったらよさそうなものを」 当たりばったりの馬車をつかまえた。ぎしぎし音のするひど 「あたし、自分でこうしたいの」 「だって、それじや病気になるよ、死んでしまうじゃない いばろ馬車だった。エレーナが納得して、わたしといっしょ に乗ったところを見ると、ひどく気がせいているらしかっ

4. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

りや恐ろしいほどですわ。あたしマダム・アルベルトに二週上もない立派な心の人だっていうことは、ちゃんと承知して しるくせに。そうじゃありませんか ? 」 間もねだりとおして、やっと諾いてもらえたんですの。あな こは、イヴァン・ベトローヴィチ、あなたは一度もあたしの彼女は罪ある者のように、おずおずと入って行き、ナター ところへ来てくださいませんでしたのね ! お手紙を差し上シャの顔をじっと見つめた。ナターシャも直ぐにつこりと彼 げるわけにもいきませんし、それになんだか気が進まなかっ女にほほ笑みかけた。その時カーチャは、つかっかと傍へ寄 たんですの。だって、手紙では何一つ思うことが書き尺、くせって、ナターシャの両手をとり、ふつくりした唇を相手のロ ないんですもの。あたし、とてもあなたにお目にかかりとうに押し当てた。それから、ナターシャには一ことも口をきか ないで、真面目な、というより、厳しいくらいの態度でアリョ ございましたわ : ・・ : ああ、今ひどく胸がどきどきして : : : 」 ーシャに向かい、三十分ばかり座をはずしてほしいと頼んだ。 「階段が急ですからね」とわたしは答えた。 「お怒りにならないでね、アリヨーシャ」と彼女はつけ加え 「ええ、そうね・・・・ : 階段も : ・・ : ときに、どうお思いになりま た。「あたし、これからナターシャとたいへん重大な真面目 して、ナターシャはあたしに腹をお立てになりはしないでし な相談を、いろいろしなくちゃならないんですが、それをあ レ。しかないので、それでこんなこと なたの耳に入れるわナこま、 「そんなことがあるものですか、なぜです ? 」 を申し上げるんですの。わかってくださるわね。さあ、行っ 「まあ、そうね : : : 無論そんなわけはないんですけれど。 ますぐわかることなのに、なんだってこんなことをおたずねてちょうだい。イヴァン・ベトローヴィチ、あなたはここに いてくださいまし。あなたにはあたしたちの話を、すっかり しているんでしょ , っ ? 」 わたしは彼女の腕を支えた。彼女は顔の色さえ変えて、ひ聞いていただかなくちゃなりませんの」 「では、掛けましよう」と彼女はアリヨーシャが出て行く どく恐ろしそうなふうに見えた。最後の曲り角で、息をつぐ と、ナターシャに向かってそ、ついった。「あたしはここんと ために歩みをとめたが、わたしをちらりと見上げると、思い こに、あなたと向かい合って坐りますわ。まず初めに、あな 切った様子で昇って行った。 たのお顔をよく見させていただきたいんですの」 戸口のところで、彼女はもう一ど立ちどまり、わたしにさ 彼女は、ナターシャのほとんど真向かいに腰を下ろし、し さやいた。「あたし素直に入って行って、あの方にこういし ますわ。あたしあなたという方を信頼したものですから、こばらくの間、じっと穴のあくほど、彼女の顔を見つめてい うしておそれげなしにやってまいりましたって : : : でも、何た。ナターシャは、われともなしに浮かぶ徴笑をもって、そ をあたしはぐずぐずいってるんでしよう。ナターシャがこのれに答えた。 326

5. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

ゃならない。お父さんは侮辱されて、腹を立てているのだかせて上げよう。なんのためだか覚えていないけれども、ばく たち喧嘩をしていたことがあったのさ。そりやばくがわるか ら、慰めて上げなくちゃならない。ばくは何もかも、すっか りいってしまうよ、ただし、ばく一人の考えとしていうのったに相違ない。ばくたちはお互い同士、ロもきかずにいた で、きみはなんの関係もないことにするよ。大丈夫うまくまんだ。ばくは自分のほうから謝りたくはなかったけれど、ど とめてみせる : : : ばくがこんなにお父さんのところへ行きた うも気が沈んでしようがなかった。ばくは街を歩き廻って、 がって、きみを置いて行くからといって、ばくに腹を立てな方々をぶらぶらしてみたり、友だちのところへ寄ってみたり したけれど、胸の中はとても苦しくて、とても苦しくって : いでね。きみを置いて行きたいんじゃないけれども、ばくは お父さんがかわいそうなんだ。お父さんはきみに対して潔白その時ふと、もしひょっときみが何かで病気して、死んでし なことがわかるから、見ててごらん : : : 明日は夜の引き明け まったら、という考えが頭に浮かんだのさ。こんなことを想 にここへ来るよ、一日きみの傍にいて、カーチャのとこへは像すると、突然なんともいえない絶望におそわれて、ばくは 本当にきみを永久に失ったような気がしたんだ。頭に浮かぶ 行かないよ」 ナターシャは彼を止めようとしないどころか、かえって自考えはだんだん重苦しく、恐ろしくなっていくばかりなんだ 分のほうから行くようにすすめた。彼女はアリヨーシャが今よ。そのうちにいっとはなく、ばくがきみの墓へ行って、前 ことさらに、無理やり自分の所に幾日も居つづけて、そのた後の見境いもなくそこへ倒れて、墓石を抱きしめたままじっ めに自分に飽き飽きしはしよ、 オしかと、それを心配しているのと悲しみに浸っている。そういう情景を心に描き始めたもの であった。彼女はただ自分の意見としては、何もいわないよ だ。その墓石に接吻しては、ほんのしばらくでも、 しいから墓 うにと頼んだだけで、リ 男れしなに、せいぜい楽しげな微笑をの中から出て来るようにと、きみの名前を呼んだり、ほんの 浮かべようと骨を折った。彼はもう出て行こうとしたが、不一瞬間でもきみがばくの目の前で生き返るようにと、神様に 意に彼女の傍へ寄って、その両手をとり、彼女と並んで腰を奇蹟を祈ったりしているところを想像したのさ。それからば 下ろした。 , 。 彼ま言葉に尽くし難い優しみをこめて、彼女を眺 くは飛びかかって、きみを抱き締めて、接吻した。すると、 めた。 幸福が胸に浴れて、はんの瞬きするだけの間でもいいから、 「ナターシャ、ばくの天使、どうか腹を立てないでおくれ、 もう一ど前のようにきみを抱き締めることができたら、その これからは決して喧嘩をしないようにしようね。そして、 場で死んでしまってもいし というような気がしたのさ。こ つも、どんなことがあろうと、ばくを信用するって約束してんなことを空想している時、突然ばくは考えたんだよ、 おくれ、ばくも同じ約東をするから。いまばくいい話を聞か いま自分はこうして、はんの一瞬間だけといって、神様にき 幻 2

6. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

て、それに何より、あたしがあなたに嫉妬をやいてるなんてた。彼の考えによると、それはごく造作のないことで、カー 思ってらっしやるんでしたら、それこそあたしを侮辱するとチャが考えつくだろうというのであった。彼はむきになっ いうもんですわ。いらっしゃ い、今すぐいらっしゃい、あたて、熱心に自分の考えを推し進めて行った。返事は今日す しお願いするわ ! それに、お父さんも安心なさるわけだし」ぐ、二時間も経ったら持って帰っ、晩はナターシャといっ 「ナターシャ、お前は天使だ。ばくはお前の指一本だけの値しょに過ごすといった。 打ちもありやしない ! 」とアリヨーシャは感激と慚愧に打た「本当に来てくださる ? 」とナターシャは彼を見送りながら れながら叫んだ。「お前はそんなに優しいのに、ばくは : ばくは : : : 思い切ってうち明けるが、ばくはたったいま台所「きみは疑っているのかい ? さようなら、ナターシャ、さ で、イヴァン , ベトローヴィチに、ここから出て行くようにようなら、ばくは永久に、きみを愛するよ ! さようなら、 力をかしてくれって、頼んだばかりなんだよ。それで、このヴァーニヤ ! あっ、しまった、ばくはついうつかり、あな 人がこんな手を考え出してくだすったのさ。でも、ばくをわたをヴァーニヤと呼んでしまった。ねえ、イヴァン・ベトロ ーヴィチ、ばくはあなたが大好きなんですよ。それだのに、 るく思わないでおくれ、ナターシャ、ばくもそう頭から悪い わけじゃないんだ。だって、世界の何よりも数千倍きみを愛なぜばくたちは『きみ、ばく』で話さないんでしよう ? こ しているんだもの。それでね、ばくは新しい思案を考え出しれからはきみ、ばくでやりましようね」 「やりましよ、つ」 たんだよ。カーチャに今すぐ何もかもうち明けて、いまのば 「ありがたいー ばくはそれを今まで百ペんぐらい考えてい くたちの状態を残らず話し、昨日のこともすっかりいってし まうのさ。あのひとはばくたちを助けるために、何か考え出たんです。だが、どうもなんとなくあなたにそれをいい出す してくれるに相違ない。あのひとは心底からばくたちに信服勇気がなくって、そら、今もあなたなんていってる。この 『きみ』というのは、なかなか切り出し難いもんですね。た しきっているんだから : : : 」 「だから、いらっしゃいよ」とナターシャはほほ笑みながらしかトルストイのどこかに、このことがうまく書いてありま したね。二人のものがお互いにきみ、ばくで話そうと約東し 答えた。「ねえ、アリヨーシャ、あたし自分でも、カーチャ とお近づきになりたくってしようがないのよ。どうしたらそながら、どうしてもこれができないで、代名詞の出て来る文 れが取り計らってもらえるかしら ? 」 句を避けるようにしていたって。ねえ、ナターシャー か「幼年時代・少年時代』を読み返そうね。実にいいじゃな アリヨーシャの歓喜は果てしがないほどであった。彼はさ っそく、二人が近づきになる方法を、あれこれと空想し始め

7. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

て、あたしがそれを食べる様子を、見てらっしやるんです「あたしはよくお祖父さんのところへ行きましたわ、お母さ の。それから、お菓子をくださいましたつけ。アゾルカも前んがそうしろって、おいいつけになったものですから。お祖 脚をテープルにのつけて、肉饅頭をおねだりするので、あた父さんは、新約聖書と地理の本を買って来て、あたしに教え しが分けてやると、お祖父さんはお笑いになりましたわ。そてくださるようになりました。時おり、この世界にはどう いう国があるか、どういう人間が住んでいるか、どういう海 れから、あたしを抱いて、自分の傍へ坐らせて、頭を撫でな があるか、そして前にはどういうふうであったか、というよ から、何か勉強しているか、どんなことを知ってるか、など とおたすねになりましたの。あたしがお返事をすると、これうなことや、どんなふうにしてキリストさまはあたしたちみ からできることなら、毎日三時にここへ来い、わしが自分でんなをゆるしてくだすったか、というようなお話をしてくだ さいましたわ、あたしが自分のほうからおたすねすると、お 教えてやるから、とおっしゃいました。その後で、 うまで窓のほうを向いておいで、とおっしやるので、あたし祖父さんはとてもおよろこびになったものですわ。だから、 はそのとおりにして、立っていたけれど、そっとうしろを振あたしはしよっちゅういろんなことをおたすねしましたっ け、すると、お祖父さんはなんでも話して聞かしてくだすっ り返って見ると、お祖父さんは、自分の枕をはどいて、下の隅 て、神様のこともたくさん聞かしていただきましたわ。どう のとこから一ループリ紙幣を四枚、取り出していらっしや、 ました。取り出すと、それをあたしのとこへ持って来て、『こかすると、あたしたちは勉強しないで、アゾルカと遊ぶこと れはお前一人だけにやるのだよ』とおっしやるんですの。あもありました。アゾルカはあたしをとても好きになって、あ ました。 たし棒を飛び越すことを教えてやりましたわ。お祖父さんは たしは取ろうとしましたが、また考えてこういし 『あたし一人だけにならもらいませんわ』お祖父さんは急に笑って、のべつあたしの頭を撫でてくださいました。でも、 しいからさっさと持って帰るお祖父さんのお笑いになることはめったになくなって、やた 腹を立てて、『さあ、なんでも、 らによくお話になることがあるかと思、つと、また急にぶつつ かしい』とおっしやってね、あたしが出て行くときだって、 り黙り込んで、まるで、睡ってらっしやるみたいに、じっと 接吻もしてくださらなかったんですの。 坐ってらっしやるんですの。そのくせ、目はちゃんと開いて 「あたしは家へ帰って、すっかりお母さんにお話しました。 々お母さんは、だんだん体の具合が悪くなっていく一方でしたるんですけど。そうして、暮れ方まで坐ってらっしやるんで わ。葬儀屋の家に大学生が一人来ていましてね、その人がおすが、暗くなって来ると、お祖父さんの様子も、それはそれ れ は恐ろしくなって、ひどく年取って見えるんですの : : : また 母さんを見てくださいましたが、薬を飲まなくちゃいけな 時には、あたしが訪ねて行くと、お祖父さんはご自分の椅子 っていわれましたの。

8. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

とらしいつけ元気の調子でこう叫んだ。 にいるマヴラのところへ出て行った。案のじよう ! それは だれもそれに応んなかった。 アリヨーシャだった。彼はマヴラに何やらくどくどたすねて 「大丈夫、あのひとはたった今そこにいたんですから」とわ いたが、こちらは初め彼を通すまいとしていたのである。 「いったいどこからおめおめやって来たの ? 」と彼女は何かたしは答えた。「いったい何か : : : 」 アリヨーシャは用心深く扉を開けて、臆病げに部屋の中に 権力でも持っているもののように詰問した。「なんだって ? 一瞥を投げた。そこにはだれもいなかった。 どこをほっつき歩いていたの ? まあ、いいからきなさい 。こまかさ きな六」いー だけど、わたしはお前さんなんかに、 と、不意に彼は、戸棚と窓の間に当たる片隅に、彼女の姿 れやしないからね ! 彼女は隠れんばでもしているように、生きた空 まあ、入ってきてごらん、なんと返答を見つけた。 / もなくそこに立っていた。わたしは今でもそのことを思い出 ができるか ! 」 「ばくはだれも怖かないよ ! 入って行くとも ! 」とアリョすと、徴笑を禁ずることができない。アリヨーシャはそっと ーシャはいったが、それでも少々てれているふうであった。用心深くその傍へ寄った。 「ナターシャ、ど、フしたの ? ご機嫌よ、つ、ナターシャ」 「まあ、入ってきてごらん ! どうもお前さんは本当に尻が と、何かしらおびえたようなふうで相手を見ながら、彼はお 軽すぎるよ ! 」 「だから、行くっていってるじゃないか ! おや ! あなたずおすと声をかけた。 しいえ、なに、ええ : : : なんでもないのー ・ : 」と彼女は もここに見えていたんですか ? 」と彼はわたしを見つけて声 をかけた。「あなたも来合わせてくだすって、実に好都合でまるで自分が悪いことでもしたように、ひどくどぎまぎしな がら答えた。「あなた : : : お茶めしあがる ? 」 さあ、ばくも帰って来ましたよ。ところでねえ、ば 「ナターシャ、聞いておくれ : : : 」とアリヨーシャはすっか くはこれからどんなふうにして : : : 」 「なに、ただ入って行ったらいいんですよ」とわたしは答えりとほうに暮れていった。「お前はもしかしたら、ばくが悪 いように田 5 い込んでいるかもしれないが : : : でも、ばくは悪 た。「何もびくびくすることはないじゃありませんか」 「ばくなにもびくびくしてやしません、本当に。だって、事かないんだよ、ちっとも悪かないんだよ ! 実はね、こうい うわけなんだ、ばくいま何もかも話して聞かせるから」 々実なんにも悪いことをした覚えがないんですもの。あなたは 「まあ、いったいなんのためにそんなこと ? 」とナターシャ しばくが悪いとお思いになりますか ? まあ、今に見ててくだ んししえ、いらないわ : はささやくよ , フにいった。「、、 らさい、ちゃんと申開きを立てますから。ナターシャ、はいっ 虐てもしい ? 」と彼は閉め切った扉の前に立ちどまって、わざそれよか、手を出してちょうだい、それで : : : おしまい 3

9. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

りで、わたしたちのうちだれ一人として、彼女が袖乞いして いの様子を見て取り、なにもかも知り抜いているのか確かめ いるところを見はしないのだ。果たして彼女自身、この行為ると、急に真っ赤になった。この顔色の変化は、堪え難いほ に人知れぬ快感を見いだしているのだろうか ? ど悩ましい羞恥の念を語るものであった。わたしは彼女の手 んのために施し物がいるのだ、なんのために金がいるのだ ? を取って、家へ引っ張って行った。道のりは幾らもなかっ 施し物をもらうと、彼女は橋を下りて、あかあかと灯火のた。わたしたちは途中一こともいわなかった。家へ帰りつく 輝いているとある商店の窓に近づいた。そこで彼女はもらい と、わたしは腰を下ろした。ネルリは依然として色あおざ の勘定にかかった。わたしは十歩のところに立っていた。彼め、もの思わしげに、もじもじとした様子で、目を足もとへ 女の手の中には、もうかなりたくさんの金があった。見受け伏せたまま、わたしの前に立っていた。わたしの顔をふり仰 たところ、彼女は朝から袖乞いをしていたらしい。金を手のぐことができなかったのである。 中に握ると、彼女は往来を横切って、がらくた物を売ってい 「ネルリ、お前は施し物をもらっていたね ? 」 - 一うべ る小さな店へ入わた。わたしはすぐさま、開け放してある店「ええ ! 」と彼女はささやき、さらに低く頭を垂れた。 の戸口に立ち寄って、彼女が何をするのか眺めていた。 「お前は、さっきこわした茶碗の代わりを買おうと思って、 見ていると、彼女は売り台の上に金をおいた。すると、店それでお金を集めるつもりだったの ? 」 のものは彼女に一つの茶碗を渡した。粗末な茶碗で、さきほ ど彼女がわたしとイフメーネフ老人に当てつけて、自分がど「しかし、 いったいばくはあの茶碗のことで、お前に小言を んな意地悪な女であるかを見せようとして、叩き割ったもの いったかね、お前を叱ったかね ? ネルリ、お前のしている によく似ていた、その茶碗は十五コペイカもしたろうか、そことがどれくらい意地悪か、ひとりよがりの意地悪かってこ れとも、もっと安かったかもしれない。商人はそれを紙に包とが、いったいお前にはわからないのかい ? これがいいこ んで紐で縛り、ネルリに渡した。 , 彼女はさも満足げな様子とだと思ってるの ? 本当にお前は恥すかしくないの ? ま さカ : で、そそくさと店を出た。 「ネルリ ! 」彼女が傍まで来たとき、わたしは声をかけた。 「恥ずかしいわ : : : 」やっと聞こえるはどの声でそういった 々「、不ルリ . ー . かと思うと、一しずく涙がその頬を伝って流れた。 人 彼女はどきっとしてわたしを見た。茶碗はその手をすべり 「恥ずかしいことだ : : : 」とわたしもその後から、鸚鵡返し れ 抜けて舗道に落ち、粉々に割れてしまった。ネルリは真っ青 にいった。「でもね、ネルリ、もしばくがお前に悪いことを な顔をしていた。が、わたしの顔を眺めて、わたしがいっさ したのなら、ゆるしておくれ、仲直りしようよ」 30 ノ

10. ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々

どそのときわたしはほとんど金を持っていなかったのであであった。わたしはそこへ出かけて行って、二十五ループリ る。しかし、ゆうべ眠りにつく折、きよう金の工面のつきその金を前借することができた。一週間後に、何か編纂ものを トルグーチイ うなある所へ行くことに決めたが、それがちょうど古着市場渡すという条件なのである。しかし、わたしは自分の長編を と同じ方角に当たるのであった。わたしは帽子を取った。ェロ実にして、期日をのばすつもりであった。いつもせつばっ レーナは何かを期待するかのように、じっとわたしのするこまった場合、よくこの手を使ったものである。 トルクーチイ とを見まもっていた。 金を手に入れると、古着市場へ行った。そこでわたしはす 「またあたしを閉め込んでいらっしやるの ? 」わたしが昨日 ぐ、ばろの衣類ならなんでも売っている馴染みの女商人を見 と同じように、住居の戸締りをしようと思って、鍵に手をかつけ出した。わたしがエレーナの大体の背丈をいうと、彼女 けた時、彼女はこ、つ問しカレた はたちまち明るい色をした更紗の着物を選り出してくれた。 「ねえ、お前」とわたしはその傍へ寄りながらいった。「怒 ごく丈夫そうな、一度くらいしか洗濯したことのないしろ物 らないでおくれ。ばくはね、だれか来るかもしれないと思っで、しかも値段がべら棒に安いのであった。なんでもついで きれ て、それで鍵をかけるんだよ。だって、お前は病気なんだか だと思って、わたしは襟巻にする布ももらっておいた。勘定 ら、ひょっとびつくりするかもしれないからね。それにまをしながら、わたしはふとエレーナにちょっとした毛皮のハ た、だれが来るかわかったものじゃない、万一ププノヴァが フコトかマンチリヤか、何かそういったふうなものが やって来ようなんて気でも起こしたら : : : 」 要ると心づいた。悪い陽気がつづいているのに、彼女はまる つきりなんにも持っていなかったのである。しかしわたしは わたしはわざとそんなことをいった。どうも彼女が信じら れないので、やつばり表に戸締りをする気なのであった。彼この買い物を次の時まで延ばすことにした。エレーナはあん 女が突然ここを逃げ出そうという気でも起こしはしないカ なに怒りばくて、気位の高い娘なのだから、この着物だって そんなふうな気がしたのである。わたしはここしばらくのどんなふうにとるかしれはしないのである。もっとも、わた 間、とくに大事を取ろうとはらをきめた。エレーナは黙ってしはできるだけ質素な、見てくれの悪い、まったくの不断着 を選りに選ったのだけれど : : : そうは思いながらも、わたし いた。わたしは結局、今度も彼女を閉め込んでしまった。 々わたしは、もう足かけ三年ある叢書を出している一人の出は木綿の靴下を二足と、毛糸のを一足買った。これは、彼女 版屋を知っていた。幾らかでも手つ取り早く金を手に入れなが病気なのに部屋の中が寒いというのを口実にして、渡して らければならないような時には、わたしはこの男のところで仕やることができた。そのほかまだ肌着類も必要だったが、そ 事をもらうことにしていた。ここは金の払いがきちょうめんれらはすべて、も少し馴染みになるまで延期することにし炻