ほど恥ずかしく、深い憂悶の中に眠ってしまいました。 で、わたしを待っていてくれるのです。しかも、この家は上 あくる朝、目をさました時、第一に思い起こしたのは昨晩から下まで、芸術などにはまるつきりなんの用事もなさそう のいっさいの始末でした。ただの幻影だ、蜃気楼だ、わたしな借家人で、ぎっしりつまっているのです。この事務的な、 たちはお互に目をくらましつこしたのだ、あまり急ぎすぎ怒りつばい顔つきをした通行人の間を、小わきに楽譜の手帖 て、下らないことを大事件のように仕立ててしまったのだ、 をかかえて歩くわたし、始終わたしのお供をする老女中で、 何もかもわたしたちが無経験で、外部の印象を受け入れるのどういうわけかいつもわたしの、いに、『この女はおもに何を に不馴れなために起こったのだ。い っさいの原因はあの手紙考えているのだろう ? 』という疑問を起こさせるナタリヤ、 で、あれがあまりわたしに気を揉ませ過ぎるのだ、わたしのそれから最後に、半ばイタリア人で半ばフランス人、芋には ほんとうの感激家であるけれど、たいていの場合はペダン 空想は調子が狂っているのだと感じたので、もうこれからは いっそなんにも考えないことにしよう、と肚を決めました。 ト、そして主な特色はけちんばである変わり者のわたしの先 こうして、自分の悩みをいともやすやすと解決してしまう生、 こういうものがわたしの気を紛らせ、笑わせ、時に と、その決心を実行するのも同じく易々たるものだと確信しは考え込ませるのです。のみならず、わたしはびくびくもの て、わたしはいくらか気が落ちつき、すっかりうきうきした ながらも、熱烈な希望をいだいて自分の芸術を愛し、さまざ 心持ちで、歌の授業に出かけました。朝の空気はすっかりわまな空中楼閣を築いたり、思いきって美しい未来を心に描い たしの頭を爽央にしてくれました。わたしは自分の先生のと たりしていたので、よく帰り道など、われとわが幻想に、火 ころへ通う朝の行程が大好きでした。街を通って行くのが実の中で燃えているような気がすることがありました。手つ取 に楽しいのです。朝の八時すぎになると、街はもう完全に生り早くいうと、そういう時わたしは幸福といっても、 き生きとして、細心なこころづかいを見せながら、日常の生いだったのです。 活をはじめようとしています。わたしたちはたいていいつも その時も、十時ころ授業を終えてわが家へ帰ったとき、ち いちばん賑やかな、いちばんざわざわした通りを選って歩く ようどこんなふうな一瞬がわたしを訪れたのです。今でも覚 えていますが、わたしは何もかも忘れ尺、くして、何やら悦ば のでした。わたしは自分の芸術生活の門出を取り巻く状況、 この日常茶飯的な瑣末事や、こせこせしてはいるけれど しい気持ちで空想を逞しゅうしていました。けれど、階段を も活気のある生活の心づかいと、芸術との間に形づくられる昇っている途中、不意にわたしは火傷でもしたかのように、 コントラストが、ひどく気に入ったものです。その芸術は、 びくりと身ぶるいしました。わたしの頭の上で、ちょうどこ こうした生活からつい一足しかない、大きな三階建の家の中のとき階段を降りて来るビヨートル・アレクサンドロヴィチ
ごりにそれを手に持って、もう一度眺めたかったのである。 こんなものがつい今しがたまで自分の足についていたのに、 いまさら驚きあきれる思いであった。 「じゃ、ご機嫌よう ! ご機嫌よう ! 」と囚人たちはぶつき らばうな、荒つばい、しかしなにやら満足そうな声でいっ そうだ、ご機嫌よう ! 自由、新しい生活、死からの復活 : なんというすばらしい刹那であるか ! 2
形で、当座のあいだ幻思の世界、空想の世界で満足することたのです。その三年間に、わたしの周囲ではなんの変化も起 に決めました。そこでは、もうわたし一人が女王でした。そこらず、何もかも以前のままでした。わたしたちの間には依 こにあるのはただ魅惑だけ、ただ悦びだけです。不幸などと然として、もの憂い単調が領していました。それは、いま考 いうものは、よしんば存在を許されるにしても、それが演じえてみると、もしわたしが自分の秘密、あの隠れた仕事に夢 るのはただ消極的な役割です、過渡的な役割です、甘美なコ中になっていなかったら、わたしの魂を苦しめさいなんだあ ントラストのために必要な役割です、わたしが頭の中でこしげく、このだらけきった悩ましい環境からのがれるために、 し月 2 このハッビイ・エンドへ向かって、運命未知の闇に閉ざされた叛逆の道、おそらく滅亡に向かうであ らえた素晴らし、 が突如として回転していくために必要な役割に過ぎません。 ろう道へ駟り立てたことと思います。 こんなふうにわたしは当時の気持ちを解釈しています。 マダム・レオタールは老い込んでしまって、ほとんどすっ しかも、こういう生活、空想の生活、自分を取り巻くいっ かり自分の部屋へ閉じこもってしまいました。子供たちはま さいのものから完全に孤立した生活が、なんとまる三年もつだあまりにも幼いのです。はあまりにも単調すぎるし、ア づくことができたのですー レクサンドラの夫は前と同じように厳酷で、そばへも寄りつ この生活はわたしの秘密でした。で、まる三年たってからけず、依然として自分の中に閉じこもっています。夫婦の間 には依然としてあの神秘的な関係がつづいていました。それ 後も、これを急に公表しても心配はないかどうか、自分でも まだわからないのでした。この三年間に体験したことは、わはわたしの目にだんだんと厳しい、もの凄い様相を呈して米 たしにとってあまりにも親しみの深い、身近なことだったのて、わたしはますますアレクサンドラのことが心配でたまら です。こうしたすべての幻想には、あまりにも多くわたし自なくなりました。その悦びのないじみな生命は、わたしの見 身が反映されていました。で、しまいには、だれであろうとている前で次第に消えていくようなのです。健康はほとんど も他人の目が、不注意にわたしの魂をのぞいたら、わたしは一日ごとに衰えていきます。はては一種の絶望がその心を占 . 当惑し驚愕したに相違ないと思われるくらいです。なおそのめたかのように思われました。見受けたところ、このひとは うえ、わたしたちはみんな家中こぞって、社会の外にはみ出なんとも知れぬ漠としたものの圧迫に脳んでいるらしいので し、孤独な、それこそ修道院じみた生活をしていましたかす。それは当人自身もよくわからぬ恐ろしいものですが、こ ら、わたしたちの一人一人がいっとはなしに、自分自身の内のひとはわからないなりに、自分の呪われた生活を不可避な 部に集中する傾向、いわば、自己閉鎖の要求をつくり上げて十字架として受け取っている様子なのです。この人知らぬ苦 しみのために、このひとの心もついにはすさんでいって、そ いたに違いありません。それと同じことがわたしにも起こっ 3
笑いぐさにされると、顔をあからめることもある。わたしは 「だって、ほかの兵隊はどんなふうに暮らしているんだい ? しよっちゅう心の中で、このおとなしい単純な人間がどうし もちろん、はじめはつらし冫、 、こ決まっているが、そのうちだん て監獄へ入ったのかと考えたものである。ある時わたしは病だん慣れて、結局りつばな兵隊さんになれるんだよ。おまえ 院の囚人病室に寝ていたことがある。シロートキンもやはり はきっとお母さんに廿やかされて、十八になるまで、生姜餅 病室でわたしのそばに寝ていた。とあるタ方、わたしはこのとおつばいで育てられたんだろう」 男と話し込んだ。彼はふとしたはずみで感興に乗り、話のつ 「おっかさんはまったくのところ、とてもあっしをかわいが いでに自分が兵隊にやられた時のこと、母親が見送りながら ってくれました。あっしが兵隊に取られた時、おっかさんは 泣いたこと、兵営生活のつらかったことなどを物語った。彼あとでどっと床について、それきり起きられなかったという 」とだっけ。 はそれにつけ加えて、そこではだれもかれもやたらに怒りつ : そのうちに、とうとう兵隊生活がつらくっ ばくて、やかましい連中ばかりだし、上官ははとんど年じゅてたまらなくなったんです。隊長はあっしをきらって、箸の う自分のすることに不満がっていたから、兵営生活はどうしあげおろしにも罰を食わす、 しかも、ど、フしてかってい ても我慢ができなかったといった。 うと、なんのわけもないんで。あっしはみんなのいうとおり 「それで結局どうなったの ? 」とわたしはたずねた。「なん になって、きちょうめんな暮らしをしていたんですからね。 だってこんなところへ来ることになったんだね ? おまけ酒も飲まなけりや、借金をしたこともありません。まったく し特別監房なんかへ : : : ああ、シロートキン、おまえは孤のところ、アレグサンドル・ベトローヴィチ、この借金をす 児だね ! 」 るってやつは、よくないこってすものね。どっちを向いて見 「じつは、あっしはね、アレクサンドル・ベトローヴィチ、 ても、血も涙もない連中ばかりで、声を出して泣く場所だっ 大隊にいたのは、たった一年きりです。ここへやって来たわてありやしない。だから、よくどこかの隅っこへ行って、そ けは、中隊長のグリゴーリイ・ベトローヴィチを殺したからこで思う存分泣いたものです。さて一度歩哨に立たされまし なんで」 た。もう夜でしたが、哨舎のそばの鉄砲置き場のわきで歩哨 「その話はばくも聞いたが、シロートキン、どうもほんとうをやらされました。ちょうど秋のことで、風がごうごう吹し にならないんだよ。だって、おまえに人が殺せるもんかね」て、一寸先も見えないような夜でした。すると、あっしは 記「ついはずみでそんなことになってしまったんですよ、アレ なんともかともいえないほど味気なくなって来ました ! あ 家クサンドル・ベトローヴィチ。どうもあんまりつらくて、やっしは鉄砲を足もとへおろして、銃剣をはずしてそばへ置 死りきれなくなったもんだから」 き、右の靴をぬいで、銃口を胸に当てがって、その上にから
兵隊なみに扱おうと思ったからである。しかし、これらの連して、ついにはあまりにも単調なものとなるだろう。すべて 6 ・中もじきに合点がいくようになった。あまりいつまでも合点の出来事は、あまりにも同一の調子に塗り上げられるのを免 のいかない連中には、囚人たちが自分でほんとうのところをれまい。ことに読者が以上の各章によ 0 て、第二類の懲役生 思い知らせてやった。ときにはかなり激烈な衝突が起こるこ活について、多少なりとも、はっきりした概念を得られたとす ともあった。たとえば、囚人たちが下士を誘惑して、酒を飲れば、なおさらである。わたしはここの監獄と、自分がこの ・ませたあとで報告するのだが、もちろん彼ら一流のやりかた数か年のあいだに体験したことを、一目瞭然と、鮮明な画面 で、あれは自分たちといっしょに酒を飲んだから、したがつの中に表現したかったのであるが、はたしてその目的が到達 されたかどうか、わたしにはわからない。またそれはある意 て : : : 云々というわけである。とどのつまり、下士たちも、 牛の腸が持ち込まれて酒が売り買いされているのを、平然と味からいって、わたしの判断すべきことではないのだ。のみ ならず、わたし自身からして、この当時を回想していると、 して見のがす、というより、むしろっとめて見ないようにな ときとして憂愁のとりことなる。さきのほうになると、妙に った。それどころか、彼らは以前の廃兵同様、市場へ使い冫 行 0 て、囚人たちのために丸パン、牛肉、などとい 0 たよう記憶が薄れているような形である。第一、わたしにしても、何 から何まで思い起こせるかどうかはおばっかない。多くの事 なもの、つまり、手を出してもたいして危なくないものを、 がらは完全に忘れてしまったに相違ない。わたしはそれを確 いったいなんのために、 買って来るようになった。だから、 い 0 さいを改革して、懲治隊などというものをつく 0 たか、信する。たとえば、本質的にいうと、たがいに酷似し合 0 た わたしにはとんと合点がいかないのである。これはわたしのこれらの年月が、やるせないほどだらだらと過ぎていったこ 監獄生活の後年に起こったことであった。が、わたしはなおとを、わたしは今でも覚えている。これらの長い退屈な日々 一一年の間、この新秩序のもとに暮らさなければならなか 0 たが単調をきわめていて、さながら雨後の水が一滴一滴、屋根 からしたたり落ちるがごとくであったのを覚えている。た イようばう この生活のぜんぶを、わたしが獄中で送った歳月のぜんぶだ、復活、更新、新生活に対する熱烈な翹望のみが、わたし をささえて、期待と願望をいだき続けさせたことも記憶して を、残らず書きしるしたものだろうか ? そんな必要はない いる。かくして、ついにわたしはおのれを支えとおした。わ と思う。この数年間に起こったこと、わたしの目撃したこ たしは待ちこがれながら、一日一日と数えていった。その日 と、体験したことを、順を追っていちいち書いていったら、 もちろん、これまで書いたより三倍も、四倍もの章を重ねる数がまだ千から残っていたにもかかわらず、楽しい気持ちで ことができるであろう。しかし、そうした記述は自然の数と一日ずつ消していき、その日を送り葬っては、つぎの一日が
たいこの手紙を書いた男はだれだろう ? その後の彼の生活うことを聞いてくれたまえ。ばくら二人はつり合わぬ縁だっ まくは はどうなったろう ? 手紙の中には、あまりにも多くの暗示たのだ、ばくはいつも、いつもそれを感じていた ! があり、あまりにも多くの材料が与えられているので、考えきみに価しない人間だった。だから、ばくは、ばくひとりだ 違いするわけにはいきません。が、同時にあまりにも多くのけ、自分の受けた幸福のために、罰を負わなければならない 。しったいどん 謎があるので、想像はとまどいせずにはいられません。けれのです ! ねえ、きみに知られる前のばくよ、、 ど、わたしはほとんど誤りませんでした。のみならず、多くな人間だったろう ? ああ ! あれからもう二年たったが、 とうしてきみがばくを愛す いまだにばくは無我夢中なのだ。。 のものを暗示する手紙の文体は、二人の心を打ちくだいたこ ど の恋の性質を、残るくまなくささやいているのです。これをるようになったのか、ばくはいまだに合点がいかなしー うして二人の間がああまでいったのか、どうしてあんなこと 書いた人の気持ちはむき出しになっています。それはあまり にも特殊なもので、前にもいった通り、あまりにも多くの点が始まったか、ばくは理解できない。ねえ、きみにくらべた ち、ばくはそもそもなんだったろう ? いったいばくという で想像を助けてくれます。しかし、もう手紙にしましよう。 人間がきみに価したろうか、ばくはなんできみの愛をえたの わたしは一語一語そのまま書き取ります。 か、どんなところにばくのとくに優れた点があったのだろ う ! きみを知るまでは、ばくは粗野だった、平凡だった、 『きみはわたしを忘れはしないでしようね、「わたしは信じ ばくの風采はしよばついて、一陰気くさかった。ばくは変わっ ます」とそうきみはいいました。それ以来、ばくの全生命は きみのこの言葉の中にあるのです。われわれは別れなければた生活など望まず、そんなことを考えもしなければ、知りも ならない、われらの時は終わりを告げたのです ! もの静かせず、呼び招こうとも思わなかった。ばくの内部のものは何 なる憂いのきみ、わが麗人よ、ばくはこのことをとっくからもかも圧しつけられたような形で、ばくは自分の糊ロのしろ である期限を切られた仕事以上に重大なものを、この世に何 ヴ知っていたけれど、ほんとうに悟ったのは今が初めてです。 一われらの時がつづいていたあいだは、きみがばくを愛してくひとっ知らなかったのだ。ばくの唯一の心づかいは、明日の 日ということだったが、しかしそれに対してもばくは無関心 ヴれていたあいだは、ばくの心はきみの愛のために痛みうずい ネていたので、きみはほんとうにするかどうか知らないが、今だった。以前、それはもう昔の話だが、ばくは何かあるもの ばくはとっくからこの終局が来を夢みて、うつけのように空想していたものです。しかし、 力のほうがばくは楽なのだ ! それから多くの月日が過ぎて、ばくは孤独な、厳しい、落ち ることを知っていました。これはばくら以前に定められてい ついた生活をしはじめ、自分の心を凍らせる寒ささえ感じな引 ネたのです ! これは宿命です ! アレグサンドラ、ばくのい
謀はかんかんに腹を立てて、ものすごい形相で食ってかかっ活、懲役生活があるに相違ない。しかし、その懲役人がだれ た。「やい、畜生、きさまは少佐がいったいどういうものか、であるにもせよ、その刑期がどれだけの長さであるにもせ 知っとるか ? 」と彼は自己一流のやりかたで、ーフの成敗よ、自分の運命を何か確然とした決定的なものと見なすこと をしながら、ロ角泡を飛ばして叫んだ。「少佐がどういうもは断じてできない、本能的にできない、それを現実生活の一 とんでもない、どこ部として受け取ることができないのである。すべての囚人 のか、それをきさまは心得とるのか ! の馬の骨とも知れん懲役人の畜生をつかまえて、わしの目のは、自分が今わが家にいるのではなく、いわば客にでも米て いるように感じるのだ。彼らは二十年をまるで二年ぐらいに 前で、現在、このわしを前に据えて、よくも少佐などといえ たもんだ ! ・ : 」こんな人間とうまくばつを合わしていくこ考え、五十になって監獄を出た時でも、現在三十五の自分と とができたのは、ただ << ーフだけであった。 同じように元気な人間でいるだろうと、心底から思い込んで わたしは監獄生活の第一日から、早くも自由ということをいるのだ。『まだもうすこし生きているんだ ! 』と考えて、 空想し始めた。自分の獄中生活がいっ終わるかを、種々さまいっさいの疑念や、その他のいまわしい想念を、かたくなに追 ぎまな形で予想して見るのが、わたしの最も楽しい仕事にない退けようとする。無期流刑にあっている特別監の囚人でさ った。これよりほかのことは何ひとっ考えられないほどであえ、どうかすると何かの拍子で、とっぜんビーテル ( ハル から、ネルチンスクの鉱山へ移して、刑期を定めることとい った。おそらく、だれでも一定の期間自由を奪われた人は、 これと同じだろうと確信する。囚人たちがわたしと同じようう命令が来るかもしれない、などと当てにするものである。 に考えたり、予想したりしたかどうかは知らないが、彼らのそうなるとしめたものだ。第一、ネルチンスクまでは道中が はとんど半年もかかるし、囚人隊にまじって護送されるのは、 希望のいだきかたが驚くばかり軽はずみなのには、そもそも それから、ネ の第一歩からいちじるしくわたしの目についた。自山を奪わ監獄の中よりどれだけい、か知れやしない ! : と白髪のまじった れた禁錮囚の希望は、ほんとうの生活をしている人間の希望 ルチンスグで刑期を終わる、その時は : とは、まったく別種のものである。自由な人間ももちろん、人間までが、どうかすると、こんな胸算用をするものである。 希望を持っている ( たとえば運命の転換とか、何かの計画 わたしはトボリスグで、壁に鎖で縛りつけられた囚人たち の遂行とかである ) 、しかし彼は生活している。行動していを見た。彼らは、長さかれこれ一サージ = ン ( 約二・しばかり る、つまり、ほんものの生活が、完全に彼をその渦巻の中にの鎖をつけられていた。すぐそのそばに寝台があるのだ。そ 巻き込んでいるのだ。ところが、幽閉されている人間はわけれはもうシベリヤへ来てから犯した、なみはすれて恐ろしい が違う。彼らにもかりに生活があるとしよう、 監獄生犯罪のために、こういう憂き目を見ているのである。五年こ
われた別種な方面へ、長いあいだそれてしまいました。それ熱も、わたしの眼前に思いもかけぬ形で幻想にも似た画面と はまるで、新しい精神の糧にすっかり満足しきったような、 なって現われた生活のいっさいも、すでに自分で実験したよ 正しい道を発見したようなあんばいでした。いくばくもな うな感じなのです。わたしの読んだ本の一つ一つに、人間生 く、わたしの心も頭脳も魅了され、空想は大きく広く発展し活の上に君臨している同じ運命の法則、同じ冒険の精神が示 ていったので、わたしは今まで自分を囲んでいる全世界を、 されているのですもの、どうして現在を忘れるまで、 忘れ尽くしたかのようでした。ちょうど運命それ自身が、わとんど現実を忌避するまで、夢中にならずにいられましょ たしのあれほど憧れわたって、昼も夜も空想しつづけていた う。その法則は、しかし、救いと、自衛と幸福の条件である ーレキ、い 新しい生活の閾ぎわでわたしを押しとめ、未知の道程へ入れ人間生活の何かある根本法則から流れ出ているのです。わた るより前に、わたしを高いところへ連れて昇り、未来という しは、自分の想察したこの法則を、全力をあげて悟ろうと努 ものを魔法めいたパノラマとして、さし招くような輝かしいめました。ほとんど自己保存の感情ともいうべきもので呼び 遠景の中に見せてくれたかのようです。わたしはこの未来をさまされた、ありとあらゆる本能によって悟ろうと努めたの 初め本の中から読み取って、空想と期待と、若々しい精神のです。それはまるで、だれかが前もって知らせてくれ、警戒 烈しい奔騰と、甘い興奮の中に残らず体験するように運命づしてくれたようなあんばいです。何かあるものが予言でもす けられていたのです。わたしは手当たり次第の本を無差別 にるように、わたしの胸に押し入って、心の中には次第次第に 取り上げて、読書をはじめたわけですが、でも運命の神がわ希望が根を張っていきました。 たしを守ってくれました。これまでわたしが認識し体験した もっとも、それといっしょに、この未来へ、この生活へ、 ものは、あくまで高潔で、あくまで厳粛でしたから、今では突入していきたいというわたしの願望は、いよいよ烈しくな どんなに穢らわしい悪魔的なページでも、もはやわたしを誘っていくのでした。この生活は、わたしが本を読むたびに、 ヴ惑することができないほどです。わたしを守ってくれるもの芸術特有の力をもって、詩の蔵しているありとあらゆる魅惑 は、わたしの子供らしい直覚です、わたしの若い年齢です、 をもって、毎日のように衝撃を与えるのです。しかし、もう ヴわたしの過去ぜんたいです。今では、不意に意識がわたしの前にも申しましたように、空想はあまりにも強く君臨して、 ネために、自分の過ぎ去った生活を、残りなく照らしてくれたわたしの性急な気持ちを抑えていましたので、正直なとこ カような思いです。まったくのところ、わたしの読んだページろ、わたしはただ空想の中で大胆にふるまうだけで、いざ実 の一つ一つが、もう馴染みのもののような、とっくの昔に経行となると、未来の前で本能的に萎縮してしまうのでした。 ネ験ずみのような気がしました。さながら、これらすべての情そういうわけで、わたしはあらかじめ自分と妥協したような引
んだ。彼が盤台を打ち下ろそうとしたとたん、入り口の廊下そのものからして、ごく大ざっぱになりとも、たがいに比較 するわナこ、、 レ冫し力ないのはほんとうである。たとえば甲と乙が でだれかが声だかに叫んだ。 「ガージン ! 酒を盗まれたぞ ! 」 人を殺したとしよう。この二つの事件は、あらゆる事情が考 彼は盤台をどしんと床へ投げ出すと、気ちがいのように炊量されて、その結果、甲の場合にも乙の場合にもほとんど同 事場から飛び出した。 じ刑罰が下される。ところが、よく見ると、この二つの犯罪 「ふん、神様のおかげで命拾いをしやがった ! 」 にはどれだけの相違があることか。たとえば、一人のほうは たまねぎ と囚人たちはたがいにいい 合った。 つまらないことで、玉葱一つのために人殺しをしたのであ それから後も長い間、彼らはこの話を蒸し返したものである。街道へ出かけて行って、通りがかりの百姓を殺してみた る。 ところが、その百姓は玉葱をたった一つしか持っていなかっ とっ わたしはその後になっても、酒を盗まれたというこの知らたのだ。「おい、父つあん、おまえ何か獲物をせしめて来い せがほんとうのことだったか、それともわたしたちを助けるっていうから出かけて行って、百姓を殺してみたら、玉葱が ために、さっそくの機転で考え出されたことなのか、どうし一つめつかったきりよ」「ば か ! 玉葱だって一つ一コペイ ても突きとめることができなかった。 力するから、百人殺したら玉葱百で、それでも一ループリに ばなし その晩も暗くなってから、わたしは監房が閉まらない前なる勘定じゃねえか ! 」 ( これは監獄の中の昔噺である ) 。 に、柵のほとりを歩きまわっていた。重苦しい憂愁が胸を圧ところが、いま一人は、嫁や、妹や、娘の貞操を、淫蕩な暴 えつけていた。こうした憂愁は、その後、わたしの監獄生活君から守ろうとして人殺しをしたのだ。またあるものは放浪 を通じて二度と経験したことがない。幽閉の第一日というも罪に訴えられて、一連隊ほどの刑事に取り囲まれ、おのれの のは、たとえどこであろうと、監獄にもせよ、拘留所にもせ自由と生命を守るために人を殺した。それも、ほとんど餓死 よ、徒刑場にもせよ、とにかく堪えがたいものである : : : が、 に瀕しているような場合が多いのだ。かと思えば、ただ単な 今でも覚えているけれど、ある一つの想念が、何よりもわたるなぐさみのために子供を殺して、自分の掌に彼らの暖い血 しの心にかかった。それは、その後も監獄生活の間じゅう、ずを感じ、刃のもとにおかれた彼らの恐怖や、鴻の羽ばたくよ っと離れることなくわたしにつきまとったものである。この うな最後の戦慄を享楽するのである。それでどうかという 想念はある程度解決のつかないもので、今でもわたしにとっ と、それらはみな同じ徒刑場へ送られるのだ。もっとも、刑 家ては解決しがたいものになっている。つまり、同一の犯罪に 期の相違というものはある。が、そうした刑期の相違は比較 死対して刑罰が平等を欠くということである。もっとも、犯罪的些々たるものに過ぎない。ところが、同じような種類の犯引
いよいよ最後が近くなると、わたしは懲役生活の全期間と田 0 くらべて、一般にはるか多くの特典を与えられるようになっ 出獄 た。この町で勤務している軍人の間に、わたしの知人や、昔 これらはすべて、わたしの監獄生活の最後の年に起こったの学校友達さえいることがわかった。わたしは彼らと旧交を 出来事である。この最後の一年は、最初の一年とほとんど同暖めた。彼らを通じて、わたしは今までよりよけいに金を持 じくらい、わたしにとって記憶すべき時期であった。ことに っこともでき、故郷へ手紙を書くこともできたのみならず、 監獄で過ごした最後の月日は格別である。しかし、田、、 糸力しこ本を手に入れることさえできた。わたしが一冊の本も読まな とをいちいち語る必要はあるまい。ただひとっ覚えているのくなってから、もはや数年になる。で、最初に監獄で読んだ は、この最後の一年間は、すこしも早く刑期を終わりたいと書物がわたしにあたえたあの異様な、同時に胸をわくわくさ いう焦燥の念で、いつばいだったにもかかわらず、前の数年せるような印象を伝えることは、ほとんど不可能である。忘 間にくらべると、楽な気持ちで暮らしていかれたことであれもしない、わたしは暮れがた、監房の戸が閉まると同時に る。第一、囚人たちの間には、わたしがいい人間であること読み出して、東が白むまで終夜読みとおした。それはある一 をついに間違いなく知り抜いてくれた友だちが、もうたくさ冊の雑誌だった。わたしはまるで、別世界からの消息が飛び んできていたからである。彼らの多くはわたしに心服しきっ こんで来るような思いがした。以前の生活が残りなく、あざ て、心からわたしを愛していてくれた。土工兵は、わたしとやかに明るく目の前に立ち現われた。わたしはいま読んだも もう一人の仲間を監獄から送り出しながら、あやうく泣き出のから判断して、自分はどれくらいこの生活から遅れている きんばかりだったし、その後、わたしたちが出獄してからまか、自分のいない間に、 人々はその世界でどれほど多くの体 るひと月というもの、この町のある官有の建物に住んでいた 験を積んだか、いま彼らの心を波立たしているのは何である 間じゅう、ほとんど毎日のようにわたしたちのところへ寄っか、どんな問題が目下彼らの興味をひいているか ? こうい てくれた。それもただわたしたちの顔をひと目見るためなの うことを想察しようと努めた。わたしは一語をもいたずらに である。もっとも、なかには最後までむずかしい、無愛想な読み過ごさないように、行と行の間にも意味を読み取るよう 顔をして通したものもある。彼らは、わたしにひと言でも口にし、秘密な意味や以前の生活に対する暗示の発見につと をきくのがつらいというふうだったが、・ とういうわけなのかめ、かってわたしがその世界にいたころ人々の心を波立たし 皆目わからない。わたしたちの間には、何かの障壁が立ちふたものの痕跡を見いだそうとした。そして、自分が新しい生 きがっていたような気がする。 活に対してどれほど無縁の人間になり、覆水盆に返らぬ立場