て、そっと人に知られぬように、敵方のものにいわせたら、 で、何か物を透かすように、漠然と映じているにすぎなかっ こそ泥式のやり方で結婚させる、 これはまさに奔放な手た。こまごまとしたデテールや、予見を許さない種々さまざ ロであるのみならず、大胆不敵な所行であった。この計画がまな場合が、無数に控えているわけである。しかし、マリヤ・ 有利なのはもちろんながら、もし失敗した場合には、立案者アレグサンドロヴナは、自分に確信があった。彼女がわくわ はひととおりやふたとおりでない恥をさらすおそれがあっくしていたのは、失敗を恐れるからではなかった。いなー た。マリヤ・アレクサンドロヴナは、それを承知していたけ彼女はただ少しもはやく活動に着手したかった、一刻もはや れども、そんなことにひるみはしなかった。「わたしはまだ く戦闘を開始したかったのである。これがもし頓挫したら、 まだこれどころじゃない、 高潔なる焦 もっと大変ないざこざをうまく切停滞したら、と考えただけでも、焦燥の念、 り抜けて来たんだよ ! 」と彼女はジーナにいったが、それは燥の念が、彼女の胸をやき立てるのであった。頓挫停滞とい う言葉に触れたついでに、筆者は読者のお許しを得て、自分 けっして嘘ではなかった。さもなければ、女傑といわれるは の感想を若干述べさしてもらうことにする。マリヤ・アレク ずがないではないか ? しサンドロヴナが一ばん大きな面倒を覚悟していたのは、当モ この魂胆が大道の追剥ぎにいくらか似かよっているのよ、 うまでもない。しかし、マリヤ・アレグサンドロヴナはそのルダーソフの市民、ことに上流婦人社会の方面からであっ 点あまり気にしなかった。これについては、彼女は驚くばか た。彼らがマリヤ・アレグサンドロヴナを心底から憎み抜い り正確な論点をつかんでいた。ほかでもない、『結婚の式をているのは、彼女も長年の経験で知っていた。たとえば、ま 挙げてしまったらもう離婚はできない』といういたって単純だだれ一人として、そんな話をしたものがないにもかかわら まち な考えではあったけれど、これが数々の目もくらむような利ず、今や市じゅうでは、彼女の意図を残らず洗いざらい知っ 益で彼女の想像を誘惑するので、マリヤ・アレクサンドロヴている、ということを彼女は直覚していた。今まで幾度とな ナは、ただそれらの利益を思い浮かべただけでも、武者ぶるく重ねて来た悲しい経験によって、彼女は自分の家で起こっ いがして、体じゅうがむずずむして来るほどであった。要すたことは、たといどんなに秘密にしていても、夕方までには あきんど るに、彼女はひどく興奮していて、馬車に乗っていても、じ さっそく市場の女商人から小店の売子にいたるまで、一人の っと落ちついていられなかった。疑いもなく創造の才に恵ま例外もなく、一同に知れ渡ってしまうものと観念していた。 れて、感興に乗じやすい婦人の常として、彼女ははやくも自もちろん、マリヤ・アレクサンドロヴナは今のところ、この 分の行動計画を創り上げたのである。が、その計画はまだ草災厄を予感していたばかりであるが、こうした予感は、つい 稿といった形で、 en grand ( 大まかに ) できているばかりなのそ一度もはずれたことがないのであった。で、今度も彼女の
「うん、そう、れつきとした家庭に対して、そんな冗談をす「まあ、なんということだろう ! 」とマリヤ・アレクサンド るという法はない」と公爵は無意識に相槌を打ったが、いく ロヴナは叫んだ。 らか不安を感じ始めた様子であった。 「くよくよなさんなよ、マリヤ・アレクサンドロヴナ」とナ 「だって、それじゃ、わたしのおたずねしたことに、ご返事タリヤ・ 丿エヴナが割って入った。「公爵はどうか なすったことにならないじやございませんか。どうかきつば して、ど忘れなすったのかもしれませんものね。いまに思い りとしたご返事を聞かしていただきたいものでございます。出しなさいますよ」 あなたがさきほどうちの娘に結婚の申込みをなすったことを「まあ、驚いたことをおっしゃいますね、ナタリヤ・ 確かめてください。皆さんのいらっしやる前で確かめてくだ ト丿エヴナ」とマリヤ・アレグサンドロヴナは憤然として食 さいまし」 ってかかった。「いったいこんなことが忘れられるものでし 「うん、そう、わたしはいつでも確かめるよ。しかし、そのようか ? 忘れようにも忘れられないじゃありませんか。冗 ことはも、つすっかりはーなーしてしまったし、それにフェリ 談じゃありませんよ、公爵 ! あなたはわたしたちを愚弄し サータ・ヤーコヴレヴナが、きーれーいにわしの夢をいい当ていらっしやるんですか、え、どうなんですの ? それとも、 てたじゃありませんか」 デュマの書いた摂政時代ののらくらものの真似でも、してい 「夢じゃありません ! 夢じゃありません ! 」とマリヤ・アらっしやるんですの ? フェルラグールか、ロゼンを気取っ レクサンドロヴナは猛然としてさけんだ。「夢じゃありませていらっしやるんじゃありませんか ? そんなことは第一、 ん、ほんとうのことです、公爵、ほんとうにあったことですお年恰好に合いませんし、それに誓って申しますが、うまく よ、おわかりになりましたか、ほんとうにあったことです いきっこありませんわ ! うちの娘は、フランスの子爵夫人 とは違いますからね。さきほどここで、そ、つ、ここのところ 「ほんとうにあったこと ! 」と公爵はびつくりして、肘掛けで、あれが小唄をうたってお聞かせしたところ、あなたはそ いすから身を起こしながら叫んだ。「なあ、 mon ami! さー の歌に感心しておしまいになって、膝を突いて申込みをなす つきお前がいったとおりになったな ! 」と彼はモズグリヤコ ったじゃありませんか。いったいわたしが寝言でもいってる フのはうへ向きながらつけ加えた。「しかし、マリヤ・スチとお思いになって ? いったいわたしは居眠りでもしてるん 夢エ・、 ーノヴナ、断じていいますが、あなたは考えちーがいをでしようか ? さあ、公爵、おっしやってください。わたし の 様しておられる ! あれはただの夢にすぎないと、わしは固くは眠っているのですか、それとも違いますか ? 」 「うんそう : : : 伯信じておりますよ ! 」 もっとも、そ , フじゃよ、、 ナし力もしれんな : ・ : ・」
にこしているにしたところで、しかしなんといっても、もし 「ああ、どうもこの朴念仁が心配でたまらない ! 』とマリ 何かきかれた時にはどうする ? 」 この ヤ・アレクサンドロヴナはひとりごちた。「ほんとに、 「なんてわけのわからない朴念仁だろうねえ ! わたしちゃ男はわたしの血を吸ってしまわなけりや、承知しない気なん んとそういったじゃありませんか、黙ってらっしゃいって。 だよ ! こりやどうも、初めからつれて来ないほうがよかっ わたしがあんたの代わりに返事をしますから、あんたはただ たかしら ! 』 向こう様の顔を見て、にこにこしてりやいいんですよ」 こんなふうに思案したり、心配したり、愚痴をこばしたり 「しかし、それじゃ、公爵はわたしのことを唖と思われるか しながらも、マリヤ・アレグサンドロヴナはのべっ馬車の小 もしれないよ」とアファナーシイ・マトヴェーイチは不平そ窓から首をのぞけて、馭者をせき立てるのであった。馬は矢 のように飛んでいるにもかかわらず、彼女にはどうものその 「それしきのことがなんです ! なんとでも勝手に思わせたそしているように思われたのである。アファナーシイ・マト がいいのよ。その代わり、あんたが馬鹿だってことは隠せまヴェーイチは黙って隅っこに坐ったまま、心の中で自分の宿 すからね」 題をおさらいしていた。ついに馬車は市へ乗り込んで、マリ 「ふむ : : : だが、もしほかの人が何かきいたら ? 」 ヤ・アレグサンドロヴナの家の前にとまった。が、わが女主 「だれもききやしません、だれもいやしないんだから。で人公が入口階段に立ったとたんに、この家へ近づいて来る二 も、万が一、 そんなことがあってはたまらないけれど、頭立て、二人乗り、屋根っきの橇が目に入った。それはいっ もしだれかたずねて来て、何かあんたにきくなり、い、 もアンナ・ニコラエヴナ・アンチーポヴァが乗り廻している なりしたら、即座に辛竦な笑いで応じるんですよ。あんた、 のと、同じものであった。橇の中には二人の婦人が坐ってい 辛竦な笑いってどんなものかわかってるの ? 」 た。一人はいうまでもなく当のアンナ・ニコラエヴナで、も 「それはなんだろう、かあさん、利ロそうな笑い方のことだ う一人は近頃ばかにアンチーポヴァと仲よくなって腰巾着を 勤めている、ナタリヤ ・ドミートリエヴナであった。マ 「利ロそうなのはこちらのこってすよ、間抜け ! それに、 ヤ・アレグサンドロヴナはどきっとした。しかし、彼女が叫 だれがあんたなんかに利ロそうな笑い方をお願いするもんでび声を立てるひまもなく、また一台の馬車が乗りつけた。そ 夢すか ? 馬鹿にした笑い方なんですよ、わかって ? 馬鹿にの中には明らかに、また別の女客が納まっているらしい。さ 様したようなせせら笑いのこと」 も喜ばしげな叫び声が高々と響いた。 父 「ふむ ! 」 「まあ、マリヤ・アレクサンドロヴナ ! アファナーシイ・ まち
みんなで茶を飲んだような気がする。そこへどこかの奥さんただ夢の話じゃないか ! なに、夢にはどんなことだって見 がやって来て、うちの砂糖をすっかり食べてしまったつけるものだよ : : : 」 「このいまいましいビール樽め」とマリヤ・アレクサンドロ 「いや、伯父様」とモズグリヤコフは、つい頭がくらんでロヴナはロの中でつぶやいた。 をすべらした。「これはマリヤ・アレクサンドロヴナがさっ 「なんですって、わたしはその上にビール樽なんですか ! 」 丿エヴナのことじゃとナタリヤ・ きあなたに話した、ナタリヤ・ 丿エヴナは金切り声を上げた。「じゃ、 ありませんか ! わたしはなにしろすぐそこにいて、この耳あんたは何さまのつもりでいらっしやるの ? わたしはずつ で残らず聞いたんですからね ! そこのところに隠れて、鍵と前から、あんたがわたしをビール樽よばわりなさるのを、 穴から覗いて見ていたんですよ : : : 」 知っていましたよ ! へん、はばかりながら、わたしはこれ 「まあ、マリヤ・アレグサンドロヴナ ! 」とナタリヤ ・ドミでも、立派な主人を持っていますよ。ところが、あなたの旦 ート丿エヴナが言葉尻を押えた。「それでは、あなたはもう那は抜け作じゃありませんか : 公爵にまで、わたしがお宅の砂糖入れからお砂糖を盗み出し 「うん、そう、ビールというのも出て来たな、わたしはお たなんて、話をなすったのね ! じゃあ、わたしはあなたのばえているよ」と公爵はさきほどのマリヤ・アレクサンドロ ところへ砂糖を盗みにでも来るとおっしやるの ! 」 ヴナとの会話を思い浮かべながら、無意識にこうつぶやい 「あっちへ行ってください ! 」とマリヤ・アレクサンドロヴた。 ナはやけつばちになって叫んだ。 「おや、あなたまでがいっしょになって、貴族の婦人に悪態 「いいえ、あっちへなんか行きませんよ、マリヤ・アレグサをつくんですか ? 公爵、あなたはよくも貴族の婦人に、そ ンドロヴナ、あなたはよくもそんな口がきけましたねー んな失礼な口がきけましたね ? わたしがピール樽なら、あ それじゃ、わたしはあなたんとこの砂糖を盗むとおっしやるんたは足なし野郎だ : の ? わたしはもう前から、あなたがそんないやらしい噂を「だれだね、わしのことかね、その足なし野郎というのは ? 」 触れ廻していらっしやるのを、ちゃんと知っていましたよ。 「ええ、そうですとも、足なし野郎で、おまけに歯抜けじじ ソフィヤ・ベトローヴナが、詳しく話して聞かせてくれまし いじゃありませんか、それがあなたの正体ですよ」 たからね : : : さあ、わたしがあなたんとこの砂糖を盗むとお「その上にまだ目つかちなんだ ! 」とマリヤ・アレグサンド っしやるの ? : ・ : こ ロヴナがわめき立てた。 「しかし、 mesdames ( ご婦人方 ) 」と公爵は叫んだ。「それは 「あなたはあばらばねの代わりに、コルセットをつけてるん
どく冠りを曲げているのを見てとって、はっとわれに返っ ナスターシャ・ベトローヴナ、お茶を早く ! 」 「ありがと , つ、あーりーがと、つ、ど、つも、しーっーれい ! 」 ( 、、忘れていたが、公爵「うん、そうだ、そうだ、アンナ・ニコラエヴナ : : : それか と公爵は舌もつれしながらいったしし は少々舌もつれがしたけれども、それさえ流行でやっているら : : : なんといったつけな ( わしはしよっちゅうど忘ればか ような形なのである ) 。「しーっーれい ! 実のところ、去年りしている ! ) ああ、そうだ、アンチーポヴァだ、確かにア ンチーポヴァだ」と公爵は相槌を打った。 も、かーなーらず、こちらへ来ようと思っていたのだが」と しえ、公爵、あなたは思い違いをしていらっしや、 柄付き眼鏡で見廻しながら、彼はつけ加えた。「みんなに脅「、、、、 かされてしまってな、あちらではコーレーラがはやっているますわ」とマリヤ・アレクサンドロヴナは苦笑しながらいっ た。「わたしはけっしてアンナ・ニコラエヴナなんかじやご といって : : : 」 しいえ、公爵、この町にはコレラなんかございませんでしざいません。正直なところ、あなたがわたしをお見それにな るなんて、まったく思いも寄りませんでした ! 本当に驚い たわ」とマリヤ・アレグサンドロヴナはいった。 「こちらではやったのは獣疫ですよ、伯父様 ! 」と、モズグてしまいましたわ、公爵 ! わたしはあなたの昔馴染みのマ リヤ・アレグサンドロヴナ・モスカリヨーヴァでございま リヤコフはしたり顔に口を挾んだ。マリヤ・アレグサンドロ す。マリヤ・アレグサンドロヴナを覚えていらっしゃいまし ヴナは怖い目をして、彼をじろじろ睨んだ。 「うん、そうだ、獣疫だかなんだか、まあ、そういったようて、公爵 ? 」 「マリヤ・アーレーグサンドロヴナ ! これはどうだ ! わ なものだったよ : : : それでわしも見合わせたわけだ。とき たしはまたあなたのことをほかでもない ( ええと、なんとい に、アンナ・ニコラエヴナ、ご主人はいかがですな ? やは ー丿エヴナだとばか ったかな ) 、そうだ ! アンナ・ヴァシ り検事のほうをやっておいでですかな ? 」 り思っていましたよ : : : C'est délicieux! ( これは愉快だ ! ) しししえ、公爵」とマリヤ・アレグサンドロヴナは、、 ささか吃り気味で答えた。「たくの主人は、け、検事じやごしてみると、これはお門違いだったのだな。わしは、きみが、 その、アンナ・マトヴェーヴナのところへつれて行ってくれ ざいませんわ : : : 」 「ばくは賭でもしますよ、伯父様は頭が混線して、あなたのるものとばかり思っていたよ。 C'est charmant!( これは面白 夢ことをアンナ・ニコラエヴナ・アンチーポヴァと間違えてるい ! ) もっとも、これはよくあり勝ちのことで : : : わしはし 様んですよ ! 」と察しのいいモズグリヤコフは叫んだが、そんよっちゅうお門違いの訪問をするんだよ ! わしは概して満 仔な説明をするまでもなく、マリヤ・アレグサンドロヴナがひ足だ、どんなことが持ちあがっても、いつだって満足してい〃
とのためなら、生命を投げ出しても惜しくない ! もし万がきがねえ : : : 公爵、あなたはその貴族的なご様子と、洗煉さ 一にものーぞーみがあるとしたら : : : しかし、ちょっと起これた態度で、すっかりあの子をひきつけておしまいになった してくださらんか、わしは少々っーかーれた : : : わしはもしのでございます ! ・ : ああ、あなたはわたしども親子を引き 万が一にも、このひとにわしの心を受けてもらえる望みがあ離しておしまいになるのです、わたしちゃんと虫が知らせま ったら、その時は : : : わしは : ・・このひとが毎日ロマンスをす ! : ・・ : 」 歌ってくれると、わしは朝から昼までこのひとの顔を眺めて「わしは命がけでこのひとを、あー ーしている ! 」と公爵 はこやなぎ いつまでも、いつまでも眺めている : : : ああ、実には依然として、白楊の葉のように慄えながらつぶやいた。 「じゃ、お前はこのお母さんを振り棄てるつもりなの ? 」と 「公爵、公爵 ! あなたはこの子に結婚をお申し込みになるマリヤ・アレグサンドロヴナは叫んで、もう一度頸筋に抱き んでございますの ! あなたはわたしの手からこの子を取ろついた。 うとなさいますの、わたしのかわいいジーナを、わたしの ジーナはこの苦しい舞台を、急いで幕にしようとあせつ 天使を ! でも、わたしはお前を手放しやしないよ、ジー 。彼女は無言のまま、美しい手を公爵に差し伸べて、無理 ナ ! この子をわたしの手から取れるものなら取って見るがに微笑までも浮かべた。公爵はうやうやしくその手をとっ しし ! 」マリヤ・アレグサンドロヴナは、娘のほうへ飛んでて、幾度となく接吻した。 行って、かなり手ごわく突きのけられるのを感じながらも、 「わしは今やっとせー いーかつを始めたのだ」と彼は歓喜に しつかと彼女を抱き締めた : : : 母親のやり方は、少し塩がむせびながらつぶやいた。 ききすぎたのである。ジーナははらの底からそれを感じたの 「ジーナ ! 」とマリヤ・アレクサンドロヴナはものものしい で、いいしれぬ嫌悪の色を浮かべながら、この喜劇の成行き調子でいった。「お前この方を見てごらん ! これはわたし を見つめていた。けれど、彼女はじっと押し黙っていた。まの知っている人のうちで、いちばん高尚な、いちばん潔白な たそれが、マリヤ・アレクサンドロヴナに必要なすべてだっ方なんですよ ! この方は中世の騎士のような人なんです たのである。 よ ! でも公爵、この子はこんなことをいわなくても承知し 「この子は母親と別れたくないばっかりに、九つも縁談を断ております。わたしとしてはつらいことですけれど、何もか わったのでございます ! 」と彼女は叫んだ。「でも、今度は、 も承知しているのでございます : : : ああ ! なぜあなたはわ いよいよお別れのような気がいたします、わたしはもう たしどもへいらしったのでございます ! わたしは手のうち さっきから気がついていました、あの子のあなたを見る目つの玉を、自分の天使を、あなたにお渡しいたします。どうか
8 てしまった腕の凄さ ! 跡もなければ、匂いもしない ! ロヴナとアファナーシイ・マトヴェーイチの一人娘ジナイー リヤ・アレクサンドロヴナは、今でこそ、こんな卑しい中傷 ダ・アファナーシエヴナのことについて、なんという穢らわ はまるで相手にしないでいるけれども、一人娘の名誉に傷を しい噂が立ったか、諸君は記憶していられることと思、フ。ジ ナイーダは、だれしも文句のない美人で、立派に教育も受けつけないですますために、どれだけ苦心惨憺したか、おそら ているが、もう、二十三になるのに、今日まで結婚しないでく神さまだけがごそんじだろう。ところで、ジーナが結婚し ノナイー。、 ) カ未たに結婚しないか、という疑ないということは、わかり切「た話である。夫として恥ずか いる。なぜジーナ (% 、 ダの愛称 問を説明する理由はいろいろあるが、中で最も主要なものとしくないような人間は、この土地にだれもいないではない されているのは、彼女が一年半以前に、郡の小学教師と奇怪か ? ジーナの夫として似つかわしいのは、莫大な領地を持 った公爵か何かでなければならない。まったく美人の中の美 な関係を結んだという面白からぬ風評である。この風評は、 現在でも消え尺、くしてはいないのだ。未だに町の人は、ジー人ともいうべきこのような女性を、諸君ははたしてどこかで ナの書いた恋文とやらを噂に上ばし、それがモルダーソフ中見たことがあるか ? もっとも、彼女は傲慢である。あまり の手から手へ渡ったとかいっている。しかし、はたしてだれ傲慢すぎるくらいである。人の噂では、モズグリヤコフが縁 かその恋文を見たものがあるのか、ひとっ伺いたいものであ談を持ちかけているということだが、結婚成立は覚東ない。 そもそもモズグリヤコフは何者であるか ? なるほど、年も る。もし本当に手から手へわたったのだとすれま、、 どこへ行ったのだろう ? みんなその話を聞いているもの若いし、男振りも悪くなく、伊達者で、抵当に入っていない の、自分の目で見たというものは一人もないのだ。少なくと農奴を百五十人も持っており、しかもペテルプルグっ子であ わたし も、筆者などは現在自分の目でその手紙を見たという人に出る。が、なにぶんにも、第一、頭が少々足りないし、おっち もしだれかマリヤ・アレグサンドロヴナよこちょいで、おしゃべりで、何やら最新思想とか称するや 会ったことがない。 に、このことをほのめかすものがあっても、彼女はてんで頭つを振り廻したがるのだ ! それに、百五十人やそこいらの という顔をするだろう。農奴が何になろう、ことに最新思想なんかを振り廻すのでは からなんのことか入口点がい力なし さてここで、事実なにかあったものと考え、ジーナが恋文をなおさらである ! こんな縁談を承知してたまるものか ! わたし 書いたものと仮定しよう ( 筆者はむしろそのとおりであった好意ある読者が今まで読んで来られたことは、すべて筆者 が五か月ばかり前、ただただ感激の溢れるままに書き留めた に相違ないと考えている ) 。かりにそうだとすれば、マ わたし ヤ・アレクサンドロヴナのやり口の巧妙さは、驚くべきものものである。前もってお断わりしておくが、筆者は多少マリ わたし ではないか ! 外聞の悪い面白からぬ噂を、うまく揉み消しヤ・アレグサンドロヴナがひいきなのである。筆者はこの立 わたし
実は、きよう食事のあとで、公爵がジーナの美しさと、そしで、無理じいに結婚させられるのでもないかしら ? してみ : いろいろの美点に、すっかり感心なさいまして、結婚ると、マリヤ・アレグサンドロヴナは、だれひとり恐れては の申込みという光栄を授けてくだすったのでございます。公 いないのだろうか ? してみると、公爵が、脅迫結婚をさせ 爵 ! 」と彼女は涙と興奮に慄える声で言葉を結んだ。「あなられるのでないとすれば、もうこの縁談を毀すわけにはいか たは、わたしが出過ぎたことをしたといって、お怒りになっ ないのだろうか ? 』一瞬、何やらひそひそというささやきが てはいけません、またそういうはずもございませんけれど。 聞こえたと思うと、それがたちまち甲高い喜びの叫びに変わ ただもうあまり嬉しくてたまらないものですから、まだそのった。まず第一番に飛びかかって、マリヤ・アレグサンドロ リエヴナであっ 時機ではありませんけれど、ついこのおめでたい秘密を洩らヴナを抱擁したのは、ナタリヤ・ さずにいられなかったのでございます、それに : : : どんな母 た。それにつづいて、アンナ・ニコラエヴナ、さらにその次 親にしろ、こういう場合わたしの仕打ちを咎める人はなかろにはフ , リサータ・ミハイロヴナが近寄った。だれも彼もが うとぞんじます ! 」 椅子から躍りあがり、一同ごちやごちゃになって入り乱れた。 マリヤ・アレクサンドロヴナの思いがけない突飛なやり口憤怒のためにあおざめた顔色の婦人客も大分あった。やが わたし が、一座に与えた効果を伝えるのに、筆者は適切な言葉を発て、当惑げな様子をしているジーナに、祝いの言葉を述べ始 見するに苦しむほどである。一同は驚愕のあまり、化石しこ オめた。アファナーシイ・マトヴェーイチまでつかまえて放さ ようになった。相手の秘密を知っているというところで、マなかった。マリヤ・アレクサンドロヴナは絵にかいたように リヤ・アレグサンドロヴナを嚇しにかけ、やがて機先を制し両手をひろげて、ほとんどカずくで、わが娘を抱擁した。た て、その秘密をすつば抜いてとどめを刺すつもりで、まず今だ公爵だけは、相変わらずにやにや笑ってはいたけれど、何 のところ、ただ当てこすりでさいなんでやろうと考えていたか妙な驚きを浮かべて、この光景を眺めていた。とはいえ、 腹の黒い婦人客たちは、こうした大胆不敵な告白を聞いて、 この場合はある程度、彼の気に入りもしたのである。母娘の 度胆を抜かれてしまった。こうした恐れげのない明けすけの抱擁が始まると、彼はハンカチを取り出して、目に浮かんだ やり口は、それ自身、一つの力を意味しているのであった。 一滴の涙をそっと拭いた。一同は、むろんのこと、祝いのこ 『してみると、公爵ははんとうに自分の自由意思で、ジーナとばをのべに公爵のほうへとんでいった。 と結婚するのだろうか ? してみると、あの人はまんまとま 「おめでとうございます。公爵、おめでとうございます ! 」 るめ込まれ、酒に盛りつぶされて、だまされたわけでもない という叫びが四方から起こった。 のかしら ? してみると、べつに秘密なこそ泥式のやり方「じゃ、あなた結婚なさいますの ? 」 おやこ
なかった。突然、一座の注意は、まったく思いも設けない突でおきながら、このわたしだけのけものにしたんですね ! 飛な出来事に掻き乱された。次の間で、何か妙に騒々しい物さっきわたしがここへ来て、公爵がナタリヤ・ドミートリエ 音がして、だれかのけたたましい叫び声が聞こえたと思うヴナのとこで何をしているか話して上げた時には、やれ大切 と、不意にマリヤ・アレグサンドロヴナの客間へ、思いもかな友だちの、 monange だのと呼んでおきながら、さっきま けないソフィヤ・ベトローヴナ・カルプーヒナが闖入したのでお互い同士、くそ味に悪口し合っていたナタリヤ・ ートリエヴナが、今お客さま然とあなたのとこに坐り込んで である。ソフィヤ・ベトローヴナはまぎれもなく、モルダー いるなんて。ご、い配はいりませんよ、ナタリヤ・ ソフ一の変わりもので、あまり突拍子もない性質のために、 モルダーソフの社交界で、仲間に入れまいという申し合わせエヴナ ! わたしはね、 lasanté ( 健康を祝すがために ) 一杯 ができたほどである。なお、断わっておくが、ソフィヤ・ペ十コペイカの、安チョコレートなんか飲む必要はないんです 胃のためと称しからね。わたしはあんたなんかより、しよっちゅう家で飲ん トローヴナは、毎晩きまって正七時に てーーー一杯ひっかけることにしているので、その晩酌の後ででいますよ。ちょっ ! 」 は、思い切って無鉄砲な気持ちになるのが常であった ( もう 「それはちゃんとお顔に見えていますよ」が毎晩ウォートカを 丿エヴナはいった。 これ以上いうのは遠慮しておこう ) 。今マリヤ・アレクサン飲んでいる ドロヴナの家へ押しかけて来た彼女は、ちょうどこうした気「まあ、ソフィヤ・ベトローヴナ、どうなすったんですの」 とマリヤ・アレクサンドロヴナは、いまいましさに顔を真っ 分になっているところであった。 「まあ、ずいぶんですね、マリヤ・アレクサンドロヴナ」と赤にして叫んだ。「なんということでしよう ? せめて常識 くらいは、ちゃんと持っていただきたいものですね」 彼女は部屋じゅうへ響きわたれとばかり叫んだ。「あなたは わたしにこういう仕打ちをなさるんですね ! どうかご心配「マリヤ・アレグサンドロヴナ、わたしのことなら心配しな なく、わたしはほんのちょっと顔を覗けただけですから。腰いでください、わたしはみんな知ってるんですから、何もか まち も残らず聞いたんですから ! 」この思いがけない場合をかえ も下ろしやしませんよ。わたしはね、市で噂していることが ほんとうかどうか、ただそれを確かめようと思って、わざわって喜んで見物しているらしい客たちに取り巻かれながら、 ソフィヤ・ベトローヴナは持ち前の鋭い金切り声でわめい ざ寄って見ましたの。まあ、まあ ! あなたのとこでは婚 た。「何もかも残らず聞きましたよ ! あんたんとこのナス 約のご披露に、盛大な夜会を開いてらっしやるのに、ソフィ ヤ・・〈トローヴナだけは家にくすぶっていて、靴下でも編んターシャが、家へ駆けつけましてね、何もかも洗いざらい話 でいなさい、というわけなんですね ! 市じゅうの人を呼んしてくれましたよ。あんたはあの耄碌公爵をうまく鉤にかけ しとナタリヤ・ 262
見せてあげますから」 アレクサンドロヴナ、伯父様は今すぐここへ降りて来て、あ 「何も待っことはありませんわ。それは今でもちゃんと見えなたにご款待のお礼を申し上げて、お別れの挨拶をするはず 透いてるじゃありませんか」かっての花婿の候補者を、嫌悪です。明日は夜の引明けに、わたしたち二人は修道院へ向け の目でじろじろ見上げ見下ろしながら、彼女は大きな声で答て出発して、それから後は、たとえば、今日みたいなひどい えた。 ノーノヴォまで必ずわたし 目に二度とあわないように、ドウ、 ノーノヴォでは、その頃までに モズグリヤコフは、その大きな声に辟易して、そそくさと が自分で送り届けます。ドウ、 は、スチェ。ハニーダ・マトヴェーエヴナが、きっとモスグワ 場をはずしてしまった。 「あなた、 ポロドウェフさんのところからいらしったんですから帰っているでしようから、ちゃんとあのひとに手から手 の ? 」とついにマリヤ・アレグサンドロヴナは思い切ってたへ引き渡します。これからは、あのひとがけっして旅行など ずねた。 には出すことじゃないでしよう。それはわたしが保証します 「いや、わたしは伯父様のところから来たんですよ」 「伯父様のとこから ? では、あなたは今まで公爵のところ いいながら、モズグリヤコフは、さも意地悪げに、マ にいらっしゃいましたの ? 」 リヤ・アレグサンドロヴナを見やった。彼女は、驚きのあま 「あら、まあ ! それでは公爵はもうお目ざめになったんでり、唖にでもなったように控えていた。遺憾ながら、わが主 すの ? まだお休みだっていうことでしたのに」とナタリ 人公がおそらく生まれて初めて、気おくれを感じたことを、 わたし ヤ・ リエヴナは、毒々しい目つきで、マリヤ・アレ筆者は認めざるを得ないのである。 クサンドロヴナを眺めながらつけ加えた。 「では、明日、夜の引明けにご出立なんですの ? それはい 「公爵のことならどうぞご心配なく、ナタリヤ・ ったいどうしたことでしよう ? 」とナタリヤ・ エヴナ」とモズグリヤコフは答えた。「もうお目ざめで、今でヴナは、マリヤ・アレグサンドロヴナに問いかけた。 はありがたいことに、正気づいていられます。さっきはまず「まあ、どうしたのでしよう ? 」とアンナ・ニコラエヴナは あなたのところでお酒をご馳走になり、その後ここですっかびつくりして、鸚鵡返しにいった。 り盛りつぶされてしまったので、それでなくともおばっかな 「いったい、どうしたというのでしようね ? 」という無邪気 夢い頭が、まるつきり駄目になってしまうところでしたよ。しな質問が、客たちのあいだに起こった。「わたしたちの聞い 様かし、今ではいいあんばいに、わたしと二人でいろいろ話していた話は : : : まあ、ほんとうに妙ですこと ! 」 修合ったあげく、普通に頭が働くようになりました。マリヤ・ けれど、女主人はもうなんと答えていいやら、言葉を知ら