くなった。しかし、もっと詳しく描写しよう。なぜなら、初 った。後で自白したところによると、もう一ど鰐に鼻息を立 てさせようと思ったのである。ドイツ人はというと、婦人にめからしまいまでじっと立ち尽くして、今までかってないほ 対する礼として、エレーナ・イヴァーノヴナの後について猿どの注意と好奇心を持って、眼前に起こった出来事を残らず の檻のほうへ行ったのである。 見て取ったからである。何しろ、その際どい瞬間に、わたし こういったわけで、万事はうまくいって、何一つ予見するはこんなことさえ考えたものである。「もしこれがイヴァン・ ことができなかったのである。エレーナ・イヴァーノヴナマトヴェーイチでなく、おれの身の上に起こったとしたら は、はしたないほど猿に夢中になって、どうやらすっかり打どうだろう。その時はおれの不快さはどんなものやら ! 』し あと ドイツ人などは歯牙にもかけない ち込んでしまったらしい かし、閑話休題として、鰐はまず手始めに、その恐ろしい顎 といった様子で、のべつわたしにばかり話しかけながら、満の中で、不幸なイヴァン・マトヴェーイチをくるりと廻し 足の叫びさえ上げ、この猿どもが親しい知人や友人に似ていて、足さきを手前のほうへ向け、最初にその足から呑み込ん るのを発見しては、きやっきやっと笑うのであった。わたし だのである。それから、イヴァン・マトヴェーイチをちょっ もすっかり浮かれてしまった。というのは、まったくよく似と吐き出した。イヴァン・マトヴェーイチは、一生懸命に飛 ているからであった。見世物師のドイツ人は、笑っていいのび出そうとしながら、両手で箱にしがみついたが、鰐がぐっ かどうかわからないので、しまいにはひどい顰め面になってと呑み込んだので、今度はもう腰の辺まで入ってしまった。 しまった。ちょうどその時、とっぜん恐ろしい、というより、それから、もう一度はき出して、また一度、また一度、呑み むしろ不自然な叫び声が、あたりの空気を震わした。何ごと込んだ。こうして、イヴァン・マトヴェーイチは、みすみす が起こったのか考える暇もなく、わたしは初めその場で化石わたしたちの目の前で消えて行ったのである。最後にいよ、 したようになった。が、もうエレーナ・イヴァーノヴナさえよぐっと一呑みして、教養高きわが親友を、今度こそ痕形も 叫び声を上げているのを見て、いきなりくるりと振り返っ残らず、はらの中へ納めてしまった。鰐の外側を見ている と、わたしの目に入ったのは、なんという光景であと、イヴァン・マトヴェーイチが完全な形のままで、その内 ったか ! わたしの目に入ったのは、 おお ! わたしの臓へ入って行く様子が、ありありと看取できるのであった。 目に入ったのは、不幸なイヴァン・マトヴェーイチが恐ろしわたしはもう一ど叫び声を上げようとしたが、不意に運命は あぎと い鰐の顎にかかっている姿であった。胴体を横ぐわえにされ更に再びわたしたちに対して、意地悪な悪戯をしようという て、空中へ水平に差し上げられ、両足をやけに宙でばたばた了見を起こしたのである。おそらく、自分の呑んだしろ物が 齶させている。それから、 一瞬の後には、もう影も形もな大き過ぎて、胸がつまったのであろう、鰐はうんと一つカん こ、 419
っていたのである : のとおり、子供のようにからからと高笑いしながら、みごと けれども、わたしは居ても立ってもいられなかった。心臓 な栗毛の駒をはすつばに飛ばしていた。わたしたちのそばま で来ると、 Z は帽子を取ったが、べつに馬をとめようともせは絶え間のない驚愕におそわれてでもいるように、早鐘を打 ず、夫人にひとロも言葉をかけなかった。間もなく、このちつづけていた。わたしはありったけの智略をめぐらして、 一隊は眼界から姿を消してしまった。わたしはちらと夫人夫人に会わないように努めたのである。そのかわりムシュ を見上げた、と、驚きのあまりあやうく叫び声を立てんばかウのほうは、まるで今こそこの人になにか特別なものが秘 めの りであった。夫人は布のように真っ青な顔をして、目からはめられているに相違ないと感じたかのように、わたしはなに 大粒の涙が、ばろばろこばれているではないか。ふとわたしか度はずれな好奇心をいだきながら、そのいい気持ちそうに たちの目がびったり出会った。夫人は急にばっと顔をあか納まりかえった様子をじろじろ眺めまわした。わたしのこう らめて、いっとき顔をそむけた。不安といまいましさの念した滑稽な好奇心の中に何が潜んでいたのか、われながらふ が、まざまざとその顔にひらめいたのである。わたしはきのつふつ合点がいかない。ただはっきりわかっていたのは、そ う以上に余計な存在なのだ、それは火を見るよりも明らかなの朝見たり聞いたりしたいっさいのものに、一種不思議な驚 きを感じさせられたことである。しかし、わたしの日はよう のだけれども、しかしどこへ隠れたらいいのだろう ? とっぜん、夫人はなにか思いついたらしく、手に持ってやくはじまったばかりなので、それはわたしにとってさまざ いた本を開くと、真っ赤な顔をして、いかにもわたしのほうまな出来事に充満していたのである。 その日は非常に早く食事をすました。夕方には、一同うち を見ないように努力している様子で、ついたったいま気がっ いたといわんばかりの調子で、わたしに話しかけたものであ揃って隣りの村へ賑やかにくりだす予定になっていた。そこ る。 ではたまたま土地のお祭が催されていたからである。食事を 「あっ ! これは第二巻だった、わたしうつかり間違えて。早くしたのも、準備に時間を見ておかなければならなかった からなので。わたしはもう三日も前から、尽きぬ楽しみを空 ねえ、お願いだから第一巻を取って来てちょうだいな」 これがどうして合点せずにいられよう。わたしの役割は終想して、この晩を待ちかねていた。コーヒーのときには、ほ わったのだ。これ以上てっとり早くわたしを追っぱらう道はとんど一同のものがテラスに集まった。わたしは用心ぶか 恋ないだろう。 く、みんなのあとからついて行って、三列に並んだ肘掛けい わたしは本を持って駆けだすと、それきり帰っては行かなすのかげにかくれた。わたしは好奇心に引きずられていたの 初かった。第一巻は、その朝、いとも悠然とテープルの上にのだけれども、夫人に顔を見られるのは、どうしてもいやだ
よく見えるような気がする : : : もっとも、わたしの境遇にまえ。なにぶんわたしだって、鰐をほかの化石動物と混同し は、まだほかに一 二の欠点があるよ、大したことはないがて、考え違いをしていないとも限らんからね。ただ一つこう いうことを考えると、いささか気になるね。わたしはラシャ ね。鰐の中はいくらか湿っぱくて、なんだか粘っこいもの で、一面に張りめぐらされているようなのだ。その上、少々の服を着て、足には長靴をはいているから、鰐もわたしを消 イすることができないのは明瞭だ。のみならず、わたしは生 ゴムくさい。ちょうどわたしの持っている去年のオーヴァシヒ ューズみたいな : ・ : まあ、それくらいなもので、それ以外にきているのだから、ありたけの意力を緊張さして、消化され は、なんの不足もないよ」 ることに抵抗している。だって、いっさいの食物が当然変化 「イヴァン・マトヴェーイチ」とわたしはさえぎった。「そするあれに成りさがるなんて、いやなことだからね。それは れは何もかも奇怪しごくな話で、ばくはどうも本当になりかわたしにとってあまりにも屈辱だもの。しかし、ただ一つ恐 ねます。、つこ、、、 れるのは、千年もたつうちにわたしの上着のラシャも、ロシ しオししったいあなたは一生涯、食事をしない つもりなんですか ? 」 ャ製品の悲しさに、おそらく朽ち果ててしまうだろう。その 「おお、なんというつまらんことを心配しているのだ、おめとき、わたしはいくら憤慨してみたところで、結局着物なし でたい暢気坊だなあ ! こっちは偉大な思想を説いて聞かせになってしまって、きっとじりじりと消化されることだろ てるのに、きみは : : よくいっておくがね、わたしは周囲をう。そりや昼の間は、わたしもけっしてそんなことをさせも 包む夜の闇を、偉大な思想によって照らし出されたので、そしないし、また許さないが、よる寝ている時は、意志が飛ん れのみによって餓えをみたされたのだ。もっとも、さきほどで行ってしまうから、馬鈴薯とか、プリン ( 薄焼きのパンケー ムッター 鰐の持主の善良なドイツ人は、同じく善良無比な細君と相談キ ) とか、子牛肉とかいうものと同じ、屈辱きわまりない運 して、毎朝、鰐のロへ笛のような曲りくねった金属管を押し命におそわれるかもしれないからね。そう考えると、わたし は気が狂いそうになるよ。ただそれだけの理由だけでも、関 込んで、そこからコーヒーや、柔らかくくたくたにした白パ ンの入ったスープを流し込んで、わたしに吸わせることにき税の率を変えて、地のしつかりした英国製のラシャの輸入を めてね、その管をもう近所で注文したくらいだが、それは余奨励しなくちゃならんよ。そうすれば、自然の結果として、 分な贅沢だと思う。わたしは少なくとも、千年くらいは生きもし鰐の腹の中へ入った場合、ずっと長く自然の法則に抵抗 て行くつもりだ。ただし、鰐が本当にそう長く生きているもできるわけだからね。わたしは機会のあり次第、この着想を だれか政治家に伝えよう。それと同時に、わがペテルプルグ のならば、だがね。いや、よくも思い出した、明日にもさっ そくなにかの自然科学書を調べて、わたしに知らせてくれたの日刊新聞の政治評論記者にもね。声を大にして宣伝しても
から、またもう一ど乳房を吸い始める。かと思えば、歯が生くもの柔らかな、羞恥に満ちたものであった。それは、わた えかかるころだと、だしぬけに母親の乳首を噛んで、その顔し自身がなぜかとっぜん彼女に対して気恥ずかしいような、 すまないような気のするほど、しとやかな羞恥の感情であっ を横目に見やりながら、「どうだ、噛んでやったぞ ! 』とい ったような顔をしている。ねえ、夫婦と子供と三人いっしょ 十 / . し諸ん ? ・ 「なんだね ? 」とわたしは優しい好奇の念を抱きながらたず にいたら、その時は何もかも幸福にわれようじゃよ、 力なり多くの過ちも許してねた。 こういう美しい瞬間のためには、、 やっていいわけだよ。そうだとも、リー ザ、つまりまず自分「だって、あなたは : 「なんだよ ? 」 が生活の仕方を学んだ上で、それから他人を責めるのが順な んだよ ! 」 「あなたはなんだか ? : : : まるで本でも読んでるような話し 「こういう挿画式の話で、そう、こういう挿画式の話で、お方をするんですもの」と彼女はいった。すると、なんとなく 前をつり出してやるといいのだ ! 』わたしは正直なところ真冷笑的な調子が、またもその声のなかに響いた。 ごころこめて話したのだけれども、ふとこんなことを腹の中 この言葉は手ひどくわたしの自尊心を傷つけた。わたしは で考えた。そして、急に顔を赤くした。「だが、もしこの女まるで違った言葉を期待していたのである。 がいきなり大声に笑いだしたら、その時おれはどこへ逃げ出彼女はわざと冷笑の仮面をかぶったのだ。それは羞恥心の したらいいのだろう ? 』こう思うと、わたしはじりじりする強い純な心をもった人が、普通いよいよという時に持ちだす ほど腹が立って来た。話が終わりに近づく頃には、わたしは奥の手なのである。そういう人たちは、どんなに粗野な態度 本当に自分から熱中してしまったので、今になってみると、 で、厚かましく自分の心をかき廻されても、誇りの念が強い 妙に自尊心を傷つけられたような気がしてきた。沈黙がいっために、最後のどんづまりまでそれに屈しようとせず、他人 までもつづいた。わたしは女を小突いてやりたくさえなっ の前に自分の感情をさらけ出すことを恐れるものである、 それをわたしは悟らなかったのだ。彼女がもじもじしな 「なんだかあなたは : : : 」彼女はだしぬけに、いだしたが、 がら、やっと思い切ってあの冷やかしを口にだした、いかに すぐ言葉を止めた。 も臆病らしい様子から見ても、わたしは悟らなければならな の 者 けれど、わたしにはもうすっかりわかっていた。彼女の声いはずだった。けれどわたしはそれを悟らなかったのであ 活 生 には、もう何かしら別な感情が慄えていたのである。さっきる。毒々しい感情がわたしの心を捉えつくしていたのだ。 「まあ、待ってるがいいしとわたしは考えた。 地のようにぞんざいで、強情な突慳貪なのと違って、なんとな
「うん、そう、れつきとした家庭に対して、そんな冗談をす「まあ、なんということだろう ! 」とマリヤ・アレクサンド るという法はない」と公爵は無意識に相槌を打ったが、いく ロヴナは叫んだ。 らか不安を感じ始めた様子であった。 「くよくよなさんなよ、マリヤ・アレクサンドロヴナ」とナ 「だって、それじゃ、わたしのおたずねしたことに、ご返事タリヤ・ 丿エヴナが割って入った。「公爵はどうか なすったことにならないじやございませんか。どうかきつば して、ど忘れなすったのかもしれませんものね。いまに思い りとしたご返事を聞かしていただきたいものでございます。出しなさいますよ」 あなたがさきほどうちの娘に結婚の申込みをなすったことを「まあ、驚いたことをおっしゃいますね、ナタリヤ・ 確かめてください。皆さんのいらっしやる前で確かめてくだ ト丿エヴナ」とマリヤ・アレグサンドロヴナは憤然として食 さいまし」 ってかかった。「いったいこんなことが忘れられるものでし 「うん、そう、わたしはいつでも確かめるよ。しかし、そのようか ? 忘れようにも忘れられないじゃありませんか。冗 ことはも、つすっかりはーなーしてしまったし、それにフェリ 談じゃありませんよ、公爵 ! あなたはわたしたちを愚弄し サータ・ヤーコヴレヴナが、きーれーいにわしの夢をいい当ていらっしやるんですか、え、どうなんですの ? それとも、 てたじゃありませんか」 デュマの書いた摂政時代ののらくらものの真似でも、してい 「夢じゃありません ! 夢じゃありません ! 」とマリヤ・アらっしやるんですの ? フェルラグールか、ロゼンを気取っ レクサンドロヴナは猛然としてさけんだ。「夢じゃありませていらっしやるんじゃありませんか ? そんなことは第一、 ん、ほんとうのことです、公爵、ほんとうにあったことですお年恰好に合いませんし、それに誓って申しますが、うまく よ、おわかりになりましたか、ほんとうにあったことです いきっこありませんわ ! うちの娘は、フランスの子爵夫人 とは違いますからね。さきほどここで、そ、つ、ここのところ 「ほんとうにあったこと ! 」と公爵はびつくりして、肘掛けで、あれが小唄をうたってお聞かせしたところ、あなたはそ いすから身を起こしながら叫んだ。「なあ、 mon ami! さー の歌に感心しておしまいになって、膝を突いて申込みをなす つきお前がいったとおりになったな ! 」と彼はモズグリヤコ ったじゃありませんか。いったいわたしが寝言でもいってる フのはうへ向きながらつけ加えた。「しかし、マリヤ・スチとお思いになって ? いったいわたしは居眠りでもしてるん 夢エ・、 ーノヴナ、断じていいますが、あなたは考えちーがいをでしようか ? さあ、公爵、おっしやってください。わたし の 様しておられる ! あれはただの夢にすぎないと、わしは固くは眠っているのですか、それとも違いますか ? 」 「うんそう : : : 伯信じておりますよ ! 」 もっとも、そ , フじゃよ、、 ナし力もしれんな : ・ : ・」
ほやが、みしりと音を立てて割れた。だれやらあわてて飛び しかし、もうしだいしだいに一座は動きはじめていた。ア 出して、それを直しに行った。プセルドニーモフはびくっとキーム・ベトローヴィチは、『閣下、あなたがお邪魔になる して、厳しい目つきでランプを見やった。が、閣下はそれに なんて、そんなことがあってよいものですか ? 』とでもい、 は目を向けもしなかった。一座はまた落ちついて来た。 たげな、廿ったるい顔つきをしていた。客一同はごそごそと 「そうして歩いてると : : : 静かな夜で、いい気持ちだ。と、 身動きしながら、ややうち解けて来たらしい徴候をしめしは 不意に音楽が響いて来て、人の足音が聞こえる。ダンスをやじめた。婦人連はもうほとんど坐っていた。たのもしいし っているのだ。もの好きに巡査にきいてみると、プセルドニい徴候だ。その中でも、度胸のいいのは、ハンカチで顔を煽 ーモフが結婚したということだ。ねえ、きみはペテルプルグ いでいた。一人、摺れたビロードの服を着たのが、わざと大 区の人を残らす呼んで、舞踏会をやってるんだろう ? は きな声で何やらいい出した。話しかけられた相手の将校は、 は ! 」と彼は突然またプセルドニーモフに話しかけた。 同様に大きな声で返事をしようとしたが、大声で話をするの 「ひひひ ! さようで : : : 」とアキーム・ベトローヴィチは はこの二人きりだったので、遠慮してしまった。男連は概し 応じた。客たちはまたもや軽く身動きしたが、何より馬鹿げて役人で、そのほか大学生が二、三人いたが、互いに元気づ ているのは、プセルドニーモフが、今度も会釈こそしたけれけようとして突っつき合いながら、目と目を見交したり、咳 ど、まるででくの坊のように、にこりともしないことであつばらいをしたりなどして、ひと足ふた足思い思いのほうへ歩 き出した。もっとも、だれも取り立てて臆病風を吹かしては したいこいつは馬鹿なんだろうか ! 』とイヴァン・イリ いなかった。ただみんなぶつきら棒で、ふいに闖入して自分 ッチは考えた。『この驢馬め、ここでにつこり笑ってくれた たちの楽しみをぶち毀した男を、内々敵意をいだきながら、 ら、何もかも円滑にいったんだがなあ』彼はじれったさで胸眺めていた。将校はわれながら自分の小心が恥すかしくなっ が湧き返るようであった。 て、少しすっテープルのそばへ近寄って来た。 「ひとっ部下のところへ入って見よう、と思ってね。まさか 「ああ、そうだ、きみ、ひとっ聞かしてくれないか、きみの わたしを追い出しもしないだろう : : : 嬉しいか嬉しくないか名前と父称はなんというのだね ? 」とイヴァン・イリッチ 知らないけれども、お客様は迎えるものだから、というわけ は、プセルドニーモフにたずねた。 でね。きみ、どうか悪く思わないでくれたまえ。もし何か邪「ポルフィーリイ・ベトローヴィチでございます。閣下」ま 魔になるようだったら、わたしは帰るから : : : ただちょっとるで検閲にでも出たように、こちらは目を剥き出して答え 見たくてよったんだから : : : 」
「うん、そう、うん、そう ! ところで、お前は潔白な人間思いですか ? 」 らしいから、こうなったら仕方がない、もうひとつお前をび「ああ、そうそう、わしは今日お前のいない間にまた落っこ ーっくーりさしてやろう : : : わしのひみーっを、すっかりばちたよ ! フェオフィールのやっ、またぞろわしを馬車の外 らしてやるよ。どうだね、お前、わしのこのくーちひげは ? 」 へほーうり出してな」 「見事なものですよ、伯父様 ! 素敵ですよ ! どうしてそ「またほうり出したんですって ? そりやいつのことで ういつまでも、もたせておおきになれたのでしよう ? 」 す ? 」 「お気の毒さま、これはっーけーひげだよ ! 」と公爵は得々 「そら、わしらが修道院の傍まで来かかった時 : : : 」 として、モズグリヤコフを眺めながらいった。 「知っていますよ、伯父様、それは今朝のことでしよう」 「へえ ? ほんとうと思われませんね。じゃ、頬ひげは ? 「いや、違う、つーい二時間ばかり前のことだよ。わしが修 白状おしなさしイ / 本 、、白父莱、それはきっと染めておいでになる道院へ出かけて行ったところ、やつめ、いきなりわしを馬車 ~ ルでー ) よ、つ ? ・」 の外へおつばり出すじゃないか、ひどくびーっくりさせお 「染めてる ? 染めてるどころか、こいつはそっくり作りもって、いまだに心臓が元の場所に納まっておらんくらいだ のなんだよ」 「作りものですって ? 嘘ですよ、伯父様、なんとおっしゃ 「だって、伯父様、あなたはおやすみになったじゃありませ ったってほんとにしやしません。あなたはわたしをからかつんか ! 」とモズグリ一ヤコフは驚いてたずねた。 ていらっしやるんでしよ、フ ! 」 「うん、そう、寝たんだよ : : : 寝た後で、でーかーけたの : もっとも、わしは : : ことによったら : 「 Parole d'honneur, mon ami 一 ( 誓っていうよ、お前 ! ) 」とさ。もっとも : 公爵は凱歌をあげんばかりに叫んだ。「まあ、どーうだろう、あっ、こいつはどうも変だぞ ! 」 みんな、そーれこそみんな一人残さず、お前とおんなじよう 「伯父様、それは確かに夢をごらんになったに相違ありませ ーっぱい食うんだよ ! スチェパニーダまでが、時々ん ! あなたは食事をすますとすぐ、ぐっすりおやすみにな は自分でくーっつーけてくれるくせに、ほんとにしないんだ ったんですもの」 からな。しかし、お前は間違いなくわしの秘密を守ってくれ「そうかなあ ? 」といって、公爵は考え込んだ。 夢るな。さ、立派に誓ってくれよ : ・・ : 」 「うん、そう、ほんとに夢を見たのかもしらんな。それはそ 様「誓いますとも、伯父様、守りますとも。くどいようですうと、わしは夢に見たことをすっかり覚えとるよ。初めなん 伯が、あなたは、わたしをそんな卑劣な真似のできる人間とおだか角を生やした、それはそれは恐ろしい牛を夢に見たっ
れに対して、きわめて応答に巧みな騎士は、いささかもあもに暮らし、百人からの召使をかかえ、ミトロファーヌン わてる様子がないどころか、いつもに変わらぬ調子でこうカ ( り、の主人公、甘やかされた我まま息子といったような子供も幾 答えた。『大を頭で捕まえようと尻尾で捕えようと、だれ人かいるのかもしれない。土曜ごとに湯屋へかよって、頭が もご法度になってはおりませんよ』この答えはひどく王様ばうっとするほど湯気に蒸されるのだ。つまり、こういった のお気に召して、騎士はご褒美を頂戴した」 ふうの男が鼻の頭に眼鏡をつけて、右に述べたような逸話 を、たどたどしげに、とはいえ、えらそうな顔をして、おも 諸君はおそらく、それはほらだ、でたらめだ、そんなことおもしく読みあげる。そして、何から何までまに受けて、ほ はかってどこにもなかったのだ、と思われるだろう。ところとんど勤務上の重大事件あっかいにしないばかりである。そ ノカら伝えられ が、誓っていうけれど、わたし自身も子供の時分、まだ生まの頃の人々が、こういったような、ヨーロツ。、、 れてやっと十の時、エカチェリーナ女帝時代の本を読んだこる情報を、なにかしつかりした、必要かくべからざるものと とがあるが、それには次のような逸話が書いてあった。わた信じきっていた、その無邪気さといったら大したものであ しはその時暗記してしまった、 それほど魅力があったのる。「騎士ド・ロアンのロ中がひどく臭かったのは、川知の で、それ以来わすれずにいるのである。 : いったいだれがそんなことを知っていたの 事実である」・ だ、タンポフ県の熊どもに、どうしてそんなことが知れるの 「騎士ド・ロアン、の当意即妙の答え。騎士ド・ロアンのだ ? それどころか、だれがそんなことを知りたがるもの - 一うちゅう ロ中がひどく臭かったのは、周知の事実である。ある時、か ? しかし、そんな自由主義的な質問で、祖父さんをへこ この上もなく子供らしい信仰をいだ コンデ公のお目ざめの席に居合わした時、公は彼に向かっ ますわけによ、、よ、 て、『そっちへ寄ってくれ、騎士ド・ロアン、きみは実に きながら、こうした「警句集』が宮中にまで知られていると いやな臭いをさせるよ』といわれた。それに対して、騎士思い込んでいる。それだけでもうたくさんなのだ。それに、 はすかさず答えた。「殿下、それはわたしでなくて、あな当時ヨーロッパは楽にわれわれの身についた、といっても、 たさまでございます。なぜと申して、たったいま床からお物質的の面であるのは申すまでもない。精神的な面では、も 起きあそばしたばかりでございますから』 ちろん、笞なしにはすまなかった。絹の長靴下をはき、鬘を かぶり、ちっちゃな刀を吊すと、それでもうヨーロッパ人 ここでまあ、その地主を想像してみていただきたい。年とができあがるのだ。しかも、それが邪魔にならなかったのみ か、かえってお気に召したくらいである。が、ほんとうのと った軍人あがりで、おまけに片手くらいなくして、老妻とと
に、わたしは俸給を前借りして、チュルキンの店で黒手袋トン・アントーヌイチに金の無心をするなんてことは、奇怪 と、りゅうとした中折れとを買った。わたしは初めレモン色千万な恥ずべきことに思われたのである。わたしは二晩三 のに狙いをつけたが、黒手袋のほうが貫目があって、上品に晩、寝ないことさえあった。概して、その当時はあまりねむ 思われたのである。『レモン色はあまりばっとし過ぎて、 らないで、まるで熱にうかされたような具合だった。心臓が かにも見てくれがしに思われていけない』で、わたしはレモなんだかどろんと痺れたようになるかと思うと、今度は急に : アントン・アント ン色をやめにした。白い角製のカフスポタンのついた上等のびくびく、びくびくと躍り出すのだ ! シャツは、もう前から用意しておいた。ただ外套が引っかか ーヌイチははじめびつくりしたが、その次には顔をしかめ、 りになった。外套そのものとしてはさしてわるくもなく、暖その次にはとくと思案をして、とにかく金を貸してくれた。 あらいぐま かくてよかったけれど、しかし綿入れもので、浣熊の襟がついむろん二週間たったら、貸しただけの金額を俸給から天引に ていた。これなどはもう下男趣味の骨頂だ。是が非でも襟をする権利がある、という意味の証文を、わたしに書かしたの かいり とり替えて、将校連がしているような海狸にしなければならである。こういうわけで、やっとすべての準備が整った。美 ゴスチスイ・ドグオール ない。そのためにわたしは勧工場をぶらっき始めた。そしい海狸が、もと見すばらしい浣熊のついた場所に、堂々た して、二、三いろいろな試みをした後で、安いドイツ物の海狸る威容を輝かすことになった。で、わたしはばつばっ仕事に に狙いをつけた。このドイツ物の海狸は非常に早く擦り切れ着手していった。何しろむこう見ずにいきなり決行するわけ て、実にみじめな姿になるしろ物だが、はじめ新しい間はな ~ 。かない。 こんな仕事は巧者に、つまりばつばっと仕上 かなか立派に見えるのである。ところで、わたしにとっては げてゆかなければならなかった。けれど、白状するが、幾度 一。へんきり用に立てばいいのであった。値段を聞いてみたと となく小手だめしをしたあげく、わたしはほとんど絶望に陥 ころ、やつばり高かった。とっくり熟考した末に、わたしはらないばかりであった。なんとしても衝突できない、どうに 浣熊の襟を売ることに決めた。それでも、わたしにとっては もならないのだ ! わたしは一生懸命に心がまえをして、用 かなり大枚の金が不足したので、わたしは課長のアントン・意おさおさ怠りなかったのだから、今にも間違いなくぶつ突 アントーヌイチ・セートチキンから借りることに決めた。こ かりそうに思われるのだが、見ると、 わたしはまた道を れれは、温厚なたちだったけれども、真面目な手堅い人で、け譲って、相手はわたしなどには気も止めずに行き過ぎてしま 者っして人に金など貸さなかった。しかし、以前役所へ入る時うのだ。わたしは傍へ寄って行きながら、どうか神さまがわ 生にわたしを世話してくれた有力者が、この人に特別な紹介のたしに勇気を授けてくださるようにと、心の中で祈念さえ唱 地労をとってくれたのである。わたしは大いに煩悶した。アン えたほどである。一度などは、もうすんでのことで決行しか 4
ね、もしあんたが今日にもせよ、明日にもせよ、また明後日 よ。だが、なんのために公爵を招待するんだね ? 」 にしろ、そのさきいつにもせよ、ちょっとでも余計な口をき 「な、なんですって ? また理屈をこねるの ! なんのため いたら、わたしはまる一年間、あんたに鵞鳥の番をさせるかであろうと、あんたの知ったことじゃありませんよ。よくも ら ! なんにもいっちゃいけません、ひと言も口をきかない生意気にそんなことがきかれたもんだ ! 」 こと、これだけがあんたの役目なんですからね、わかりまし 「というのは、ほかでもないがね、マリヤ・アレグサンドロ たか ? 」 ヴナ、しよっちゅうだまってばかりいなけりゃならんとした ら、 「でも、もし何かきかれたら ? 」 いったいどうして招待するんだろう ? 」 「それだっておんなじこったわ、黙ってらっしゃい」 「わたしがあんたの代わりにいって上げるから、あんたはお 「そんなことをいったって、黙り通しってわけにもいくまい辞儀さえすればいいんですよ。よくって、ただお辞儀するだ じゃないか、マリヤ・アレグサンドロヴナ ! 」 けですよ、手に帽子を持ってね。わかりましたか ? 」 「それならね、何かひとロ返事をなさい。たとえば『ふむ ! 』 「わかったよ、かあ : : : マリヤ・アレグサンドロヴナ」 とかなんとかいったような具合に。さもなければ、あんたが 「公爵はとても頓知のあるかたですからね、もしあのかたが いかにも分別があって、返事をするさきに、よく考えている何かおっしやったら、たとえあなたに向かっておっしやった のだと見せかけるような : のじゃなくても、とにかく人の好さそうな、うきうきした笑 「ふむ」 顔をして見せるんですよ。わかって ? 」 わた 「よくわたしのいうことをはらに入れてちょうだい ! 「ふむ ! 」 しがあんたを連れて行くのはね、あんたが公爵の噂を聞きっ 「また「ふむ、ふむ』やり出した ! わたしにはそんなこと けて、ご来訪の栄をえた嬉しさに夢中になって、とりあえずをして見せるんじゃありません ! はっきりまっすぐに返事 敬意を表するいつばう、田舎へご招待しようと思って飛んでをなさい、わかりましたか、わかりませんか ? 」 来た、とこういう体裁にするためなんですよ、わかって ? 」 「わかってるよ、マリヤ・アレクサンドロヴナ、わかってる 「ふむ」 よ、わからなくてどうするものかね。わたしはただお前のい 「まあ、この人は、なにも今「ふむ、ふむ』ということはな いつけたことに馴れておこうと思って、それで『ふむ、ふ いじゃないの、馬鹿 ! わたしにはちゃんと、返事をするんむ』といっているんだよ。ただね、かあさん、しつこいよう ですよ」 たか、いったいどうしたものだろう、もし公爵が何かおっし 「よろし、、、 し力あさん、なにもかもお前のいうとおりにするやったら、お前の言いつけどおり先方の顔を見ながら、にこ 240