たいと思 0 ていたこととは違うらしい。会話はしばしば、長れに注意を払うものもなか 0 た。しかし、何よりもわたしの い沈黙でと切れるのであった。女もやはりひどく沈み勝ちで心を打ったのは、彼女が深刻な悲哀と、救いのない絶望の表 あった。その顔の輪郭は華奢で、繊細で、その美しい、、 く情を浮かべて歩いていることであった。この幼いものが、早 らか高慢な眼ざしには、何かしら秘められたる憂愁とでもい くもこうした無限の呪いと、絶望を担っているのを見ると、 ったようなもの、何かしら思索し懊悩するようなものが感じ何かしら不自然な気がするくらいで、たえ難く苦しくなって られた。わたしの見たところでは、胸でも病んでいるように来る。彼女は何やら思案でもしているかのように、もしやも 思われる。彼女はその知的発育からいって、これらの不幸なしやした頭をのべっ左右へ振り、小さな両手を拡げて身振り 女たちの群れを超越していた、また超越しないはずがない。 をしているかと思うと、急にその手をばちっとうち合わせ もしそうでなかったら、人間の顔の表情は無意味になってして、あらわな胸へひしと押し当てるのであった。わたしは後 まうではないか ? にもかかわらず、彼女はそこでジンを飲へ引っ返して、彼女に半シリングを与えた。彼女はその銀貨 み、青年がその代金を払うのである。ついに彼は立ちあがを受け取ったが、やがて臆病げな驚きの色をうかべて、わた り、女の手を握りしめた。こうして、二人は別れた。青年はしの目色をうかがうと、まるで金を取り返されはせぬかと恐 カジノを出て行き、女は火洒のために顔をはてらせ、あおれるように、とっぜん一目散に、もと来たほうへ駆け出し ぎめた頬に赤いしみを拡がらせながら、商売女たちの群れのた。概しておかしなことが多い : 中に紛れ込んでしまった。ハイマーケットでは、まだ年端も ところで、ある晩、こうした淪落の女や遊蕩児の群れを押 いかぬ娘を商売につれて来る母親たちに気がついた。十二、 し分けて、一人の女がわたしを呼び止めた。彼女は全身に黒 三の小さな女の子が、人の手につかまって、いっしょに行こ衣をまとい、顔ぜんたい隠れるほどの帽子をかぶっていた。 うとねだるのだ。一度こんなことがあったのを覚えている。 わたしはほとんどその女の顔を見分けることができなかっ 往来の群衆の中で、わたしは一人の女の子を認めた。年は六た。ただじっと凝らした瞳を覚えているだけである。彼女は つより上ではなく、全身ばろをまとって、汚らしく、足ははプローグンのフランス語で何かいったが、わたしはよく聞き だしで、体は痩せひょろけ、年じゅう折檻されていると見え分けられなかった。そして、わたしの手に一葉の紙を押し込 て、ばろを透かして見える体は打ち身だらけなのである。彼むと、足早にさきへ行ってしまった。煌々と照らされたカフ 女は前後も覚えぬ様子で、どこへ急ぐのでもなく、なんのた エーの窓で見ると、それは小さな四角な紙きれで、一面には めやら群衆の中をよろよろしながら、歩いて行くのであっ 「 Crois-tu cela? ( 汝これを信ずるや ? ) 」と印刷してあり、その た。あるいは腹がへっていたのかもしれない。だれひとりそ裏にはフランス語で、「我は甦りなり、命なり : : : 云々」と
かもしれない。 してみると、彼女も多少は思考の能力を持っと溶け合うものである。 ているのだろうか ? : ・『しめたそ、こいつは面白い、こい 「だれがそんなことをいうんだい ! 」とわたしは急いで答え つはまんざら縁がなくもない』わたしはほとんど揉み手しな た。「そりや、どんなことだって、この世にはあるがね。ば こう考えた。そうだ、こんな若い女の魂くらくは確かにそう信じてるんだが、きみはだれかに、ひどい目 、自分の手に合わないはずがない ! にあわされたんだろう。だから、きみが世間に対してすまな いというよりも、むしろ世間のほうがきみに対して申しわけ わたしは何よりも演技の面白みに心を牽かれたのである。 彼女はわたしのほうへ近々と顔をむけた。わたしが誾の中ないんだろう。ばくはきみの身の上を何一つ知らないけれ で見透かしたところでは、頬杖をついたらしい。おそらく、 ど、きみのような女は、けっして自分から好きこのんで、こ わたしの様子を見定めていたのかもしれない。わたしは、彼んな所へ落ちてくるはずがないじゃないカ 女の目を見透かすことができないのを、いかにも残念に思っ 「わたしのような女って、いったいどんな女なの ? 」彼女は た。わたしはその深い息づかいを耳にした。 ほとんど聞きとれぬくらいの声でささやいたが、それでもわ 「きみはなんだって、この土地へ来たんだい ? 」もういくら たしは聞き分けた。 か威を帯びた調子で、わたしはこう切りだした。 いまいましい、おれはお世辞なんか使っているのだ。それ 「ただ、なんということなしに」 は穢らわしいことだ。だが、ひょっとしたら、それでいいの 「しかし、親の家に暮らしていたら、どんなにいいかしれな かもしれない : : : 女は黙っていた。 じゃよ、、 オしカ ! 暖かくて、気ままができてさ。なんといつ「実はね、 ーザ、ばくは自分のことを話したいんだよ ! ても自分の巣だからね」 もしばくが小さい時分から、家庭というものを持っていたと 「でも、それほど良くなかったら ? 」 すれば、今のような人間にはならなかったろう。ばくはこの 「うまく調子をつかまないといけないそ』という考えがわた ことを始終かんがえるよ。たとえ、どんなに家の中の折合い しの頭に閃いた。「感傷的な持ちかけ方をしたって、大してが悪くっても、 やはり両親は他人と違うから、敵にはよ 効果がないらしい』 りつこないよ。せめて年に一度でも、愛情を示してくれよう 一三ロ 手 もっとも、それはただちらと頭をかすめただけである。誓というものだ。なんてっても、自分の家にいるという気がす 者っていうが、女は本当にわたしの興味をそそったのである。 るからね。ところが、ばくは家庭というものを知らずに大き 生その上、わたしは妙にぐったりして、弱気になっていた。し くなったのだ。きっとそのためばくはこんな : : : 情なしにな 地かも、性わるないたずら気というものは、たやすく真の感情ってしまったんだろう」
そんざいで、ぶつきら棒だった。わたしは急になんだか意地りのために、ますます意地を張りながら、こういい返した。 が張りたくなって来た。 「だから、ほとんど最後の息をひき取るまで、肺病の体をか 「なぜって、底に水が溜ってるよ、かれこれ一尺くらい。こ かえながら、おかみのために客を取っていたのだ。まわりで んな日にやヴォルコーヴォの墓地あたりで、乾いた穴なんか辻待ちの馭者が兵隊たちとしゃべりながら、そんな話をして 一つだって掘ることはできやしまいよ」 いたつけ。きっと以前その女の知り合いだったにちがいな 「ど、つー ) て ? ・」 みんなでげらげら笑っていたよ。おまけに、居酒屋で追 「なにがどうしてさ ? あんなぐじゃぐじゃした場所じゃな善のために一杯やるとかいっていたよ」 ( わたしはここでも いか。ここはどこへ行っても、沼地なんだぜ。だから、水のかなり尾鰭をつけてしゃべったのだ ) 中へ棺を浸けるわけなのさ。おれは自分でみたよ : ・ : ・何度沈黙、深い沈黙、彼女は身じろぎもしなかった。 「いったい病院で死んだほうが楽だとでもいうのかい ? 」 ( わたしは一度もそんなものを見たことはなかったし、それ「どっちだっていいのじゃないの ? : : : それに、なんだって にヴォルコーヴォの墓地へも一度だって行ったことはなかつわたしが死ぬことに決めてるの ? 」 た、ただ人の話を聞いたばかりである ) 彼女はいら立たしげにいい添えた。 「いったいきみはどうだってかまわないのかい、死ぬってこ 「いますぐでなければ、やがてそのうちによ」 と一か ? 」 「ふむ、そのうちにだって、いやなことさ : 「だって、なんのためにわたしが死ぬんですの ? 」まるで自「もしそう注文どおりにゆかなかったら ? 現在きみは若く 分の身をかばうように、彼女はこう答えた。 て、綺麗でいきいきしているから、うんと高く買ってもらえ 「挈」りや、、 しつかは死ぬさ。ちょうどさっき話した死人のよるけれど、こんな生活をもう一年もつづけていたら、きみも うに、あれと同じ死に方をするのさ。あれもやはり : : : きみすっかり変わってしまって、しなびてくるに決まってる」 と同じような女だったんだが : : : 肺病で死んだんだよ」 「一年やそこいらで ? 」 「商売女は病院で死にそうなものだけれど : : : 」 「いずれにしても、一年も経ったら、きみの相場は下がって ( この女はもうちゃんと心得ているんだな、とわたしは考えくるよ」わたしは意地悪い喜びを感じながら、言葉をつづけ た。それに、淫売とはいわないで、商売女という言葉を使った。 た ) 「すると、きみはここからもっと格の下がった、別の家へ鞍 「その女は女将に借金があったのさ」わたしは女とのやりと替えしなくちゃならない。それから、また一年たっと、もう
十二くらいの年には、まるで三十四、五の年増に見えてくる。 だ。そのくせ真っ白に塗り立てて、目には黒い隈がついてい田 でも、病気にならなければまだしもなので、そりや神さまに るんだが、鼻からも歯からも血がたらたら流れている。たっ お礼をいっても、 しいくらいだ。きみはもしかしたら、仕事もた今、どこかの辻待ち馭者が鞭を一本くらわしたからだ。女 しないでぶらぶらしていられるなんて、そんなことを今ごろは石段に腰を下ろしたが、その手には何かしら魚の干物を握 考えているかもしれないね ! ところが、これより苦しい っているのだ。そして泣き泣き自分の「身の上』をくどくど 懲役人のような働きは、この世にまたと二つありやしない。 訴えながら、例の干物で石段を叩きつけている。家の入口に また昔だってありやしなかった。心臓だって、あまり涙を流は馭者連がたかっているし、酔っぱらいの兵隊どもが面白が しつくしたものだから、まるで空になったろうと思われるほ って、からかっているのだ。きみは自分もそんなふうになる どじゃよ、 オしか。きみがここから追い出されてゆく時だって、 ってことを、本当にしないかい ? ばくだって本当にしたく 一言半句も言葉を返すことができないで、まるで悪いことをはないんだが、その干物を持った女にしてからが、十年か八 した者のように、しおしおと出て行かなくちゃならないんだ。年くらい前には、まるで天使のように生き生きした、純潔無 それから、きみはどこかほかの家へ住み替えるが、やがて第垢の姿で、どこからかここへやって来てさ、懇いことなど少 三の家へ移り、更にまたどこかへ転々して、最後にはセンナしも知らず、ひと言ひと言に顔を赤くしていたのかもしれな ャ広場に転落するだろう。そこへ行ったら、もうのべつきみ それは、だれにだってわかるものじゃないよ。こと をぶん撲るようになるだろう。これがあの土地のお愛想なんによったら、きみと同じように気位の高い、傲然とすました女 だからな。あすこじゃお客だって、なぐらずにかわいがる術で、ほかの連中とは似ても似つかない、まるで女王さまのよ を知らないんだよ。きみはあすこがお話にならないほどひど うな様子をしていたかもしれない。そして、自分に愛し愛さ いのを、本当にしないだろうね。まあ、いっか行 0 てごらん、れる男は、それこそ素晴らしい幸福を受けるのだと、自分で 自分の目で見たらわかるだろうよ。現にばくも一ど正月休みも思い込んでいたに相違ない。ところが、ごらん、結果はど の時に、一軒の戸口で、ある女を見かけたことがある。その女ういうことにな 0 たろう ? その女が酔っぱらって、髪をふ はあまり喧ましく泣き立てるというので、朋輩たちの手で外り乱したまま、例の干物で汚い階段をこっこっ叩いている瞬 へ突き出されたのだ。少しばかり凍えさせてやれというわけ 間に、ふと両親の家に暮らしていた清浄無垢な昔の時代を思 さ。そして、戸をびっしやり締め切ったのだ。まだ朝の九時い出したら、まあいったいどんな気がするだろう。まだ学校 頃だったが、その女はもうぐでんぐでんに酔って、髪を蓬々へかよ「ている時分のことで、隣りの息子が途中で待ち伏せ に振り乱し、半裸体のからだは一面にぶたれた痕だらけなのしてさ、一生彼女を愛しつづけて、彼女のためには、命も惜
てしやくり上げながら、彼女の足を接吻して、ゆるしを乞う侮辱は : : : 憎悪のカであの女を高め、浄化するだろう : : : ふ ためか ! わたしはまったくそうするつもりだったのであむ : : : ことによったら、赦罪の力によって、といったほうが る。わたしの胸は張り裂けそうであった。いつまで経って しいかもしれない : : だが、しかし、そのためにあの女がら も、わたしは永久にこの時のことを、平気な心持ちで、追憶 くになるとでもい , フのか ? 』 することはできないだろう。しかし、 なんのために ? まったく真面目な話、 今度はもうわたしが諸君に一つの質 という疑問が、わたしの心に起こった。わたしはきよう彼女問を提出するが、安価な幸福と高められた苦悩と、いオし の足を接吻したがために、さっそくあすにも彼女を憎むようどちらがいいだろう ? さあ、答えてみたまえ、どちらがい なことが、はたしてないといえようか ? いったいわたしは 彼女に幸福を与えることができるだろうか ? いったいわた その晩、心の痛みにはとんど生きたここちもなく、自分の しは以前百ペんも経験したように、きようもまた自分の真価住居にひきこもったまま、わたしはこんなことを空想したの を認識したのではなかったろうか ? いったいわたしは彼女である。この時くらい無量の苦痛と悔恨とに悩まされたこと を苦しめないつもりだろうか ? は、いまだかってなかったほどである。けれど、わたしが自 わたしは雪の中に立って、どんよりした靄のなかを見すか分の家から駆け出したとき、途中からおめおめ引っ返さない しながら、こんなことを考えた。 ということについては、はたしてなんの疑いもなかったろう 『いっそこのほ、つがよくはなかろ , つか ? さきざきも一」のほ か ? それ以来、わたしはついに一度もリーザに逢わない うがよくはないだろうか ? 』その後で、もう家へ帰ってか し、彼女の噂さえも聞かない。 もう一ついい足しておくが、 ら、わたしはこんな妄想をつづけていた。妄想で生々しい心わたしはその当時、気やみのためにほとんど病気しないばか の痛みを消しながら。『もし彼女が永久に侮辱をいだきなが りの有様だったが、にもかかわらず、侮辱と憎悪の利益に関 ら去って行ったら、 いっそそのはうがよくはないだろうか ? する自分の警句に、長いあいだ得意を感じていたものである。 侮辱というやっ、 これは実際、一種の浄化作用なんだか それから幾年も経った今でさえ、このいっさいの顛末を思 らな。これは何より辛辣、痛烈な意識なんだからな ! おれい起こすと、なんともいえないほどいやな気持ちになる。今 は明日にもさっそくあの女の魂を穢して、あの女の心を疲憊でも思い出していやなことはいろいろあるが、しかし : させるかもしれないんだ。ところが、こうすれば、侮辱はけ うそろそろこの『手記』を閉じたほうがよくなかろうか ? っしてあの女の心の中で消えることがない。そして、どんな ことによったら、こんなものを書きはじめたのが、そもそも にいまわしい穢れがあの女を待ち設けているにもせよ、この間違いだったのかもしれない。少なくとも、わたしはこの物
でカフェのカンカン踊りです ! わたしはきまりが悪くつよ、あなたがなにしやしないかと思って : : : おわかりでしょ て、火のようになりましたよ、まったく火のようにね ! と う ? ジーナのことで・ : : ・」 うとうしまいまで見ていられませんでしたつけ ! 「 QueIIe horreur 一 ( なんてひどい ! ) 」 「でも : : : あなたはご自分でナタリヤ・ リエヴナの 「これはほんとうのことなんですよ ! 市じゅうの人がそれ ところへいらしったんですの ? だって、あなたは : で大騒ぎしてるんですもの。アンナ・ニコラエヴナは、是が 「そりやね、あの女が先週わたしに、恥を掻かせたのはほん非でもあの人を食事に引き止めて、それきりずっと自分のと とうです。それはどなたにでも明けすけにお話していること ころへ置いとくつもりなんですよ。それというのも、あなた ですよ。 Mais, ma chére ( でもね、あなた ) 、わたしあの公爵へ当てつけるためなんですよ、 mon ange わたしはね、あの を、ほんの隙間からでもいいから一目見たくって、とうとう家をそっと隙見して来ましたが、いやはや、大変な騒動、お 出かけたわけなんですの。さもなければ、どこであの人を見料理の支度で、庖丁の音がかたかたいっているやら : ることができましよう ? ほんとにあのいまいましい公爵めンパンを買いに人を走らせるやら。あなた急がなくちゃ駄目 が来さえしなければ、あんな女のところへこんりんざい、 行よ、急がなくちゃ。公爵があの女のとこへ出かけて行く途中 ってやることじゃないんですがね ! まあ、どうでしよう、 を、つかまえておしまいなさい。だって、一番はじめあなた みんなにはチョコレートを出しておきながら、わたしには出に食事の約東をしたんでしよう ! 公爵はあなたのお客さん さない、そして初めからしまいまで、ひとロもものをいわなで、あの女の客じゃないんですからね ! あんないかさま いんですからね。みんなわざとすることなんですよ : : : あのな、はらの黒い、鼻っ垂らしの女が、あなたを世間の笑い草 ビール幃めが ! 今に見ているがいし ! でも、わたし失礼 にするなんて ! へん、あんな女なんか、たとい検事夫人で しなくちゃ、 mon ange さきを急ぎますから、たいへん急ございといったところで、わたしの靴の裏皮ほどの値打ちも ぎますから : ・・ : わたしど , っしても、アグリーナ・パンフィー ありやしない わたしは大佐夫人なんですからね ! はば ロヴナが出かけないうちに押しかけて行って、すっかり話し かりながら、ジャルニ夫人の高等寄宿学校を卒業したんです て聞かせなければなりませんの : : : それにしても、今度あな から : ・・ : ちょっ ! Mais, adieu, mon ange! ( でもお暇しな たはいよいよ公爵とお別れですよ ! もう二度とあなたの家くちゃ、わたしの天使 ! ) わたしの家の橇に乗って来たもんで へは見えませんから。ご承知のとおり、あの人は記憶力がますから、でなけりや、ごいっしょにお伴するところなんです るでないんですから、アンナ・ニコラエヴナが必ず横取りしけれど : : : 」 てしまいますよ ! あの連中はだれもかも怖がってるんです 二本足で歩く生きた新聞は姿を消した。マリヤ・アレクサ まち
消え失せよ宛てた自分の手紙に大満足であった。ところが、どうしたも のが、いつまで経っても消え失せなかった、 のか、家へ帰ったとたんに、その満足感はなくなってしまっ うとしなかったのだ。そして、焼きつくような憂悶となっ て、外部に現われるのであった。わたしはメシチャンスカヤた。まるでリーザ一人のことで、心を悩ましていたような形 街だのサドーヴァャだのユスーポフ公園だの、おもに人通りである。「もしあれが来たらどうしよう ? 』わたしはひっき の多い商店街をさまよい歩いた。わたしはいつもたそがれ時りなしに、こう考えていた。「ふん、どうするものか、かま ふむ。ただあの女に見られる こういった街々を散歩するのが、かくべっ好きなのであわない、勝手にくるがいー った。つまり、商人や、職人、その他あらゆる種類の通行人のがいやだな、たとえばおれの暮らしぶりなんかを。ゅうべ が、毒々しいほどいら立たしげな顔をして、その日の職場かおれはあの女の前で、素晴らしい英雄になって見せたのに : いま : : : ふむ ! だが、それはおれがこんなに身をおと ら自分の家へ帰って行きながら、そろそろと群れをなして往 来している、そういう時刻が好きなのである。わたしはこのしたのが悪いのだ。家の中はまるで赤貧洗うがごとしじゃな いか。それに、おれは昨日こんな身なりで、勇敢にも宴会へ 貧乏くさい雑沓の光景や、この赤裸々な散文的情調が気に入 この模造皮張りの長いすだって、中 ったのだ。この日はこうした街上の混雑が、普段よりも一倍出かけたんだからな ! はらわた わたしをいらいらさした。わたしはどうしても自分で自分のから腸が覗いている始末だ ! それに、部屋着だって、満 ひどいばろばろだ : 心を自由にして、まとまりをつけることができなかった。何足に体を包むこともできやしない ! やら心の中から、一種の痛みを伴いながら、絶えずぐんぐんあの女はこれをことごとく見て取るわけだ。それに、アポロ ンにも見参する。アポロンの畜生は、きっとあの女に不作法 と押し上げて来て、いっかな鎮まろうとしなかった。すっか を働くに違いない。あいつはおれにいやがらせをしようと思 り混乱しきった気持ちになって、わたしは家へ帰って来た。 おもし って、あの女に喰ってかかることだろう。ところが、おれは まるで何かの犯罪が重石のように、わたしの魂にのしかかっ つもの癖でびくびくして、あの女の前で いうまでもなく、い ているようなあんばいだった。 ) ーザがやってくる、この考えがのべつわたしをくるしめちょこちょこ走り廻ったり、部屋着の裾をかき合わしたり、 にたにた笑ったり、嘘をついたりするに相違ない。 ていた。不思議なことには、昨日のさまざまな記憶の中で、 だが、一番いやなのは、そんな問題じ れ彼女に関する記憶だけが、なんだか特別にすっかり独立したんていやなこった ! ここには何かもっと重要な、もっと穢らわしい 者形で、わたしを苦しめるのであった。そのほかのことは、タやない もっと陋劣なことがあるんだ ! そうだ、陋劣なことだ ! 生方までに綺麗さつばり忘れてしまって、かまうものか、とい それにまたしても、またしてもあの破廉恥な虚偽の仮面をか 地う気持ちになっていた。そして、相変わらず、シーモノフに
ドニーモフと相識の間柄で、死んだ父親には何かで恩になっ べっ頭ごなしに罵倒することであったが、相手はそれに対し はいた たことがある。もちろん、大したものではないが、金もちょて、ぐうの音も出せないのであった。物痛が持って生まれた っと持っていた。本当のところどれくらいあったか、それは病の細君さえも、その例外ではなかった。彼はこの女どもを 家内も、長女も、親戚も、だれひとりとして知るものはなか喧嘩させ、おたがい同士の間に蔭ロの種を蒔き、不和を引き った。この男には娘が二人あったが、ご当人おそろしいわか起こさせ、あとで女どもがっかみ合いしているのを見ては、 らずやで、呑み助で、家庭内の専制君主だったので、突然、あはあはと笑って喜ぶのであった。長女はある将校と結婚し めあわ 娘の一人をプセルドニーモフに娶せようという了見を起こして、十年ばかりも夫婦で貧乏世帯の苦労をしていたが、とう た。「わしはあの男を知っておるし、あれの父親もいい人間とう後家になって、小さな病身の子供を三人っれて、父のも だったから、息子もいい人間になるだろうよ』というわけでとへ移って来た。そのとき彼は大喜びであった。子供は大嫌 ある。ムレコピターエフは、なんでも思ったことはやっての いであったが、彼らの出現とともに、毎日実験を試みる材料 けるたちなので、いい出したからには、やめはしなかった。そがふえたので、老人は大満悦だったのである。こうして、意 れは実に奇妙な分からずやなのであった。何かの病気で足が地悪な女どもや、病身の子供たちが、その迫害者の老人とと きかなくなったため、大ていいつも肘掛けいすにかけたまま、 もにごちやごちゃと、ペテルプルグ区の木造の家に目白押を 時を過ごしていたが、それでもウォートカを飲むのに差障りし、すき腹をかかえていた。というのは、老人は吝嗇で、自 はなかった。彼は日がな一日ウォートカを飲んで、悪態をつ分の飲むウォートカの代は惜しくないくせに、家計のはうへ いていた。もともと意地悪な人間なので、ぜひともだれかをはちびちびと小銭ばかり出していたからである。その上、み 始終いじめていなければ、承知できなかった。そのために、 んなは夜も十分ねられなかった。老人が不眠症に苦しんで、 彼は遠縁のものを二、三人、手もとに置いていた。一人は病お伽を要求するからで。手つ取り早くいえば、だれも彼もが 身でロやかましい自分の妹であり、もう二人は細君の妹で、 苦しい思いをして、自分の運命を呪っていたのである。ちょ 同様に意地の悪い、ロ数の多い女であった。そのほかにな うどその時ムレコビターエフは、プセルドニーモフに白羽の お、何かの拍子に肋骨を一本折った年寄りの伯母がいたし、箭を立てたのであった。青年の長い鼻と、つつましやかな様 それから、すっかり口シャふうになったドイツ女が居候して子が、彼に深い印象を与えたのである。瘠せこけて見すばら 話いた。これは『千夜一夜』を上手に話すというので、かかえしい末娘は、そのとき満十七であった。彼女はいっかドイツ ンユーレ られているのであった。ムレコピターエフの楽しみといった人の学校にかよったこともあるけれど、アルファベットのほ や ら、これらの不仕合わせな居候の女どもをからかったり、のかははとんど何一つ身につけなかった。その後は、足なえで
のないところには、まともな分別もないからね。そりや本当だ。ばくは事実そんな女を知っているよ。『よくって、わた にそうした家庭もあるさ。しかし、ばくはそんな家庭の話をしはあんたが、好きで好きでたまらないのよ。好きなればこ しているんじゃないよ。そんなことをいうところからみるそ、苦しめるんだから、あんたもそれを感じなくちゃ駄目』 と、きみは家庭であまりいい目を見なかったんだね。きみは といったようなわけさ。好きなために、わざと相手を苦しめ 正真正銘の不仕合わせな身の上なんだろう。ふむ ! : : : そうるってことが、きみにはわかるかい ? そんなのは大てい女 に多いのだ。そうしておいて、『そのかわりあとでうんと優 いうことは、おもに貧乏から起こるものだて」 しくしてかわいがって上げるから。だからいますこしくら、 「じゃ、身分のいい人は仕合わせだとでもおっしやるの ? 貧之してたって、正直な人間はちゃんとした暮らしをしてい 苦しめたって、罪にゃならないわ』と腹の中で考えているん ますわ」 だね。家の者もみんなその様子を見て、喜んでくれる。すべ 「ふむ・・・・ : そう。そうかもしれない。だがね、 ) ーザ、こうてがけっこうで、楽しくて、平和で道理にかなっているのだ いうことも考えてごらん。人間は自分の不幸ばかり数え立て : ところが、なかにはまた、嫉妬ぶかい女もいる。男がど て、仕合わせなことは棚に上げておくものだよ。もしそれをこかへ出かけると、 ばくは現に、そんなのを一人知って 本当に計ってみたら、、、 とんな人だって、それ相当に仕合わせ いたがね、ーー矢も楯もたまらなくなって、よる夜中でも見 が授かっているものさ。ねえ、家のなかが何もかもうまくい さかいなく飛び出して、ひょっとあそこにいるのじゃないか、 ったらどうだろう ? 神さまのおかげで、立派な夫が授かつあの家へ行ってるのじゃあるまいか、あの女といっしよじゃ てさ、片時もそばを離れないくらい、ちやほやとかわいがっ ないだろうかと、こっそり様子を見に駆け出すのさ。これな てくれたら ! そういう家庭は素敵じゃないか ! 時によるんか始末が悪いよ。当人も、自分で悪いと承知しているくせ と、不仕合わせとちゃんばんだってけっこうじゃないか。実 に、心臓が痺れるような思いをして、いわば呵責の苦しみな 際、不幸のないところなんてないんだからね。きみだって結のだ。なにしろ惚れているんだからな。何もかも愛情から出 婚したら、自分でそれがわかるだろうよ。その代わり、好きることなのだ。そして、喧嘩をした後の仲直り、自分で謝ま な男と結婚した当座のことを考えてごらん。それこそ本当のったり、ゆるしてやったりする気持ちのよさ ! 二人とも急 まるでまた初対面の 刊幸福で、時によると、背負い切れないほどの幸福がやって来になんともいえないいい気持ちで、 者るんだよー いや、そんなことはざらにあるさ。結婚当座蒔き直しをしたような、も一ど結婚式を仕直したような、二 は、夫婦喧嘩だ「てめでたくけりがつく。女によると、亭主人の恋がまた新しく始ま 0 たような、素晴らしくいい気持ち 地を愛していればいるほど、よけい喧嘩の種をつくるくらい になるのだ。夫婦の間のことというものは、二人が愛し合っ田
なければなりません ! わたしが外国行きをお勧めしたのあの人の傍についているとしたら、これほどけっこうなこと ばいた も、もしかしたら、公爵があの : ・ : ・売女をお棄てになるかも はないじゃありませんか。もちろん、その女性は美人でなく しれないと、ただそれを心頼みにしての話でございます ! 」ちゃいけません。なにぶん、伯父さんはいまだに綺麗な人が 「ねえ、どうでしよう ? あの人に結婚さしたら、マリヤ・好きなんですから。あの人がジナイーダ・アファナーシエヴ アレクサンドロヴナ ! 」とモズグリヤコフは叫んだ。 ナに見とれていた様子を、あなたもごらんになったでしょ 「また、あんなことを ! そんなふうだと、あなたはしよせう ? 」 ん、匡正の見込みがありませんね、モズグリヤコフさん ! 」 「でも、そんなお嫁さんをどこで見つけるおつもりです 「いや、マリヤ・アレグサンドロヴナ、ちがいます ! 今度の ? 」じっと話に耳を傾けたジャープロヴァが、こうたずね こそわたしは大真面目でいってるんですよ ! なぜ結婚さし てはならないんでしよう ? これだって、やはり一案です「ほら、そうくるだろうと思った。なに、あなただってよろ よ ! C'est une idée comme une autre ( 他の案と別に変っ しいんですよ、思し召しさえおありなら ! 遠慮なくおたず たところはありません ) 、なぜこの案があの人のためにならなねしますが、どうしてあなたが公爵のお嫁さんになれないっ いんでしよう、伺いたいものですね。それどころか、あの人て法があるんでしよう ? 第一、あなたはお綺麗でいらっし はそういったような手段によらなければ、救うことのできなやるし、第二には後家さんだし、第三にはお生まれがいし いような状態に置かれているのじゃありませんか ! 法律上第四には貧乏でいらっしやる ( だって、まったくのところ、 では、あの人もまだ結婚できるんですからね。何よりも第一あなたを金持ちとはいえませんからね ) 。第五には、あなた かた に、あのあばずれ女の手からのがれるわけですよ ( 下品な言はとても分別のある方だから、当然あの人をかわいがって、 しよっちゅうこまめに世話をなさるでしよう。そして、例の い方をごめんなさい ) 。第二に、これが大事な点なんですが、 こういう場合を想像してごらんなさい、あの人が美しい 、心女を叩き出して、公爵を外国へ連れて行き、ひき割り小麦の の優しい、利ロな、愛情のある娘さん、いや、後家さんならお粥やお菓子で養ってお上げになる。それもこれも、公爵が 更にけっこうですが、とにかく、貧しい女を選み出すとしまこの定めない世を見棄てて行くまでの話で、長いことじゃあ りません、せいぜい一年か、ことによったらふた月半くらい しよう。すると女は、公爵が自分を妻と呼んでくれるのは、 とりも直さず恩恵を施してくれたものだということを理解し・のものかもしれませんよ。その時は、あなたは公爵の未亡人 かしず て、娘のように侍くことでしよう。そういう親身な、正直でで、金満家で、思い切って決心をなすったご褒美に、侯爵か 潔白な女性ができて、あの : : : 鬼婆の代わりにしよっちゅう主計監のところへお嫁入りができる、という寸法です !