見ました ! 」 考えが浮かんだからです。それがしかも、どうでしよう、ば 2 ルージンは青くなった。 くはとくに気をつけていたところ、あなたがしゅびよく、あ ひと 「何をきみはでたらめばかりいうのだ ! 」と彼はずうずうしの女のポケットへ押し込んだのを見とどけました。ばくは見 くどなりつけた。「きみは : : : 窓のそばに立っていたのに、 ました。ちゃんと見ました。宣誓してもいいくらいです ! 」 どうして紙幣と見わけがついたんです ? それはきみの目の レベジャートニコフはほとんど息を切らさないばかりだっ 迷いだろうーーーーそのしよばしよばした目の。きみはたわ言をた。四方からいろいろな叫び声・ーー・何よりも一ばんに驚愕を かくてき いってるんだ ! 」 現わす叫び声が起こった。しかし、皹嚇的な調子を帯びた叫 いや、目の迷いじゃありません ! ばくは離れて立ってびも聞こえた。一同はルージンのほうへ詰め寄った。カチェ たけれど、何もかもすっかり見たんです。もっとも、窓のそ ) ーナはレベジャートニコフに飛びかかった。 「アンドレイ・セミョ ばからでは、じっさい紙幣を見わけることはむずかしい ーヌイチ ! わたしはあなたを誤解し それはおっしやるとおりですーーー・けれどもばくは特別な事情ていました ! どうそあの娘に加勢してやってください ! があって、それが百ループリ紙幤にちがいないことを、確かにあの娘の味方はあなたきりです ! あれはみなし子ですも 知ってたんです。というのは、あなたがソフィヤ・セミョ の ! 神さまがあなたをさし向けてくだすったのです ! ア ノヴナに十ループリ紙幤を渡そうとなすった時 , ーーーばくはちンドレイ・セミョ ーヌイチ、あなたは命の親です、親切なか ゃんと見ていたがーーー、その時あなたがテープルの上から、百たです ! 」 ループリ紙幣を取ったからです ( ばくはその時そばに立って こういいながらカチェリーナは、ほとんど自分のしている いたので、ちゃんと見とどけました。それに、その時ばくのこともわきまえず、いきなり彼の前にひざをついた。 ごと 頭にある考えが浮かんだので、あなたの手に紙幤のあること「世迷い言だ ! 」気ちがいじみるほどたけり立ったルージン を忘れなかったのです ) 。あなたはそれを畳んで、手に握りし は夢中にわめき立てた。「きみは世迷い言ばかりこねまわし めたまま、ずっと持っていたんです。それから、ばくはほとてるんだ : ・『忘れた、思い出した、思い出した、忘れた』 んどそのことを忘れていたんだけれど、あなたが立ちあがり いったい、なんのことだー してみると、ばくがわざと ながら、それを右から左へ持ちかえて、危うくおっことそう紙幣を入れたというんだね。そりやぜんたいなんのためだ とした。ばくはそこまでまた思い出したんです。なぜって、 ね ? どういう目的で ? しオしー っこ、、要くとこの女になんの ばくの頭にはまた先と同じ考えーーーーっまり、あなたはばくに 共通点があるんだね : : : 」 ひと 隠して、そっとあの女に慈善をしてやるつもりだな、という 「なんのために ? つまり、それがばくにわからないんで さっ さっ
けれど、ふしぎなことにはー・・ー彼自身もとっ 十五ループリにたいして、借用証書を一本いれてもらえますな気がした 主婦さぜん、だれがなんと思おうと同じことだ、という気持ちにな まいか、とこうなんです。まあ、聞いてください った。この変化はじつに一瞬の間に、一せつなに生じたこと んはまったくこういったのですーーーあなたが証書を入れてさ えくだされば、今後またいくらでも立て替えてあげます。そである。もし彼がちょっとでも、ものを考える気になった 」こ、どうして彼らとあんな話をしたうえ、自 れから自分のほうとしては、けっしてーーーこれは主婦さんのら、つい一分前し 言葉そのままですーーーあなたが自分で払うまで、この証書に分の感情まで押し売りする気になったかと、むろん驚きあき ものをいわすようなことはしませんって : : : それをどうでれたにちがいない。それに、いったいどこからあんな感情が す、いまばくが家庭教師のロをなくして、食うものもなくてわいてきたのだろう ? ところが、今はその反対に いるときに、こんな告訴をするなんて : : : これでばく、なんの部屋が急に警察官でなく、最も親しい友人でいつば、にな ったとしても、彼は自分の親友のために、何ひとつ人間的な といったらいいんです ? 」 「そんな感傷的な事情なんか、きみ、われわれには関係のな言葉を考えつくこともできなかったろう。それほど彼の心は おうへい いことですよ」と副署長は横柄にさえぎった。「きみは答弁急にがらんとしてしまったのである。悩ましい無限の孤独感 を書いて、宣誓をしなくちゃならん。きみがだれかに、おほ と暗い逃避の念が、とっぜん意識的に彼の心に現われてき しゅうたんばなし 署長を相手にし れあそばしたとか、そんな愁嘆話なんか、われわれになんた。彼の心をかくも急に転向させたのは、」 ろうれつ の関係もありやしない」 たうち明け話の陋劣さでもなければ、また彼にたいする警部 「いや、どうもきみは : : : ちときっすぎるよ : ・ : 」とニコの勝利の下劣さでもない。ああ、いま彼にとって自分の卑劣 さや、およそこういった連中の自尊心や、警部やドイツ女た ジーム・フォミッチはテープルについて、同じく書類のサイ ンを始めながら、こうつぶやいた。なんとなくきまりがわるちゃ、告訴や、警祭や、そんなものになんのかかわりがあろ くなったのである。 う ! 彼はよしこの瞬間、火あぶりを宣告されたにしろ、び くともしなかったに相違ないおそらく宣告さえも注意して 「さあ、書きなさい」と事務官はラスコ 「何を書くんです ? 」と彼はなんだか、かくべっぞんざしし 、こ聞かなかったろう。彼の内部には何かしらまったく覚えのな いかえした。 新しい、思いが。なし、かってためしのないあるものが じようじゅ 罰「わたしがいまロ授します」 成就したのである。彼はそれを了解したというよりも、感覚 と ラスコ ーリニコフは、今のうち明け話をしてから、事務官の持ちうるありたけのカで感じたのであるーーーさっきのよう ぐちまじりのうち明け話はもち な、感傷的な、長たらしい が自分にたいして前よりむとんじゃくに、横柄になったよう ーーリニコフこ、つこ。 かみ
その てしまいました。ベルシャ王キュロスでさよならになったわ見ずにおるのに、飲むも食うもあったもんじゃない ! いや、おていさいをいったっ けで。その後、もう年ごろになってから、娘は小説風の書物時わしは寝ておりましたよ : 酔っぱらって寝ておったんでーーーそし を少しばかり読みましてな、それからまたつい近ごろ、レベてしようがない ! ごぞんじですて、ソーニヤのいうことを聞いておると ( それはロ数の少な ジャートニコフ氏からルイスの「生理学』 かな ? ーーーあれを貸してもらって、たいへんよろこんで読んい娘でしてな、声もまことにおとなしやかな小さな声です ・ : 白っぱい毛をして、顔はいつも青白くやせておる ) 、それ でおりましたよ。ところどころ声を上げてわしどもにまで読 んで聞かせてくれましたーーーまあ、これが娘にありたけの学がこういうのです。「じゃ、なんですの、カチェリーナ・イ ヴァーノヴナ、わたしどうしてもあんなことをしなくちゃな 問ですな。ところで学生さん、こんどはわたしのほうから、 りませんの ? 』というのは、ダーリヤ・フランツォヴナと、 ついでに質問を提出することにしますがーー・どうですあなた しよう のご意見は ? 貧乏な、けれど純潔無垢な娘がですな、純潔って、たびたび警察のごやっかいになった性わる女が、主婦 さんをつうじて、もう三度ばかりも口をかけてきたことがあ ・ : 正直一 無垢な働きで、どれだけのかせぎができますか ? : るので。『それがどうしたのさ』とカチェリーナは鼻の先で 方ではありながら、かくべっ腕に覚えもない小娘風情では、 手も休めずに働いたところで、日に十五コペイカはむずかしせせら笑って、「何をたいせつがることがあるものかね ? 大 した宝ものじゃあるまいし ! 』という返事です。だが、あれ いですからなあ ! 五等官のグロプシュトッグ、イヴァン・ イヴァーノヴィチーーーお聞きですかな ? この人なんかワを責めないでくださいよ。責めないでね、あなた責めない イシャッ半ダースの仕立代をいまだによこさんばかりか、やで ! これは落ちついた頭でいったんじゃない。感情がたか かっ れえりの寸法が違うの、やれ形がゆがんでるのと難くせつけ、ぶって、おまけに病気で、飢えた子供らの泣き立てる中でい ったことで、ほんとうの言葉の意味よりか、まあ、あてつけ 地だんだ踏みながらあくたいまでついて、あれを無法に追い : なにせ、カチェリーナはそ にいったことなんですからな : かえしてしまいました。ところが子供たちはひもじがってい るし : : : カチェリーナは手も折れよとばかりもみながら部屋うしたたちなんで、子供たちが泣きだせば、よしんばひもじ くて泣くのでも、すぐひつばたくというふうでしてな。とこ じゅう歩きまわっておりましてな、しかもはっぺたには赤い ろで、五時過ぎになると、ソーネチカは立ちあがりましてな、 しみができておるーーーこの病気にはえてありがちなやつで。 ショールをかぶって、マントをひっかけ、そのまま家を出て 罰カチェリーナは娘をつかまえて、「このごくつぶし、お前はた とだで食って飲んで、ぬくぬくとすましているね』とやるんで行きましたが、八時過ぎに戻って来ました。はいるといきな 、、パンの皮一つり、カチェリーナのところへ行って、黙って三十ループリの 罪す。ところが、小さいやつらまで三日くらし
エリまでですーー、・それもひきがあれば、という話なんですよ 、うと通りがかりに、お気の毒なカチ しんぶ ーナ・イヴァーノヴナと、ひと言ふた一一一一口、ロをきき合ったんところが、たしかあなたのご親父は、年限を勤めあげていら ですが、そのひと言ふた言でも、あの人が : : : 不自然な状態っしやらないばかりか、最近ではまるで勤めにも出ておられ も なかったようでしたね。要するに、たとえ、望みがあるとし におられることを承知するのに、十分なくらいでした しこうした言いかたができるとすればですね : : : 」 ても、それはきわめて幻のようなものですよ。なぜといっ 「そうでございます : : : 不自然な」とソーニヤはあわてて相て、じっさいのところ、この場合には扶助料を受けるなんの づちを打った。 権利もないどころか、むしろその反対なんですからね : : : そ ひと 「あるいはもっと簡単に、もっとわかりやすくいえばーーー・病れだのにあの女は、もう年金なんてことを考え出すなんて、 へ、へ、ヘ ! なかなかがっちりした奥さんだ ! 」 的状態ですな」 : と一い、つの 7 も、 「はあ、もっと簡単に、わかりやすく : : : そうですわ、病気「そうでございますわ、年金のことなんか : ひと なのですわ」 つまりあの女が信じやす、 しいい人だからでございますの。 ひと 「そうですよ。そこでわたしは、あの女の避くべからざる運人がいいために、なんでもほんとうにするのでございます。 命を見通して、人道的な感情・ーー・そのう、いわば同情の念にそして : ・・ : そして : : : そして : : : 頭があんなふうな : : : そう たえないので、何かお役に立ちたいと思うのです。どうやですの : : : では、ごめんくださいまし」とソーニヤはいっ ら、あの気の毒千万な家族一同は、今もうあなたひとりを命て、また出て行きそうに立ちあがった。 の綱にしているようですな」 「失礼ですが、あなたはまだすっかりお聞きにならないんで 「失礼でございますが」と急にソーニヤは立ちあがった。 すよ」 「きのう、あなたは母に年金がいただけるかもしれないと、 「はあ、すっかり伺いませんでしたわ」とソーニヤはつぶや お話になったそうでございますね ? で、母はもうきのうか ら、わたしをつかまえて、あなたが年金のおりるように骨折「ですから、おかけなさいよ」 ってくださるって、そう申しておりました。いったいそれ ソーニヤは恐ろしくどぎまぎして、また三度めに腰をおろ ま、ほんと , フで′」ざいましよ、フか ? 」 「いや、けっして。ある意味からいうと、そんなことはばか 罰 「あの女が不仕合わせな幼い子たちをかかえて、ああしてい とげているくらいですよ。わたしはただ、服職中に死んだ官吏る様子を見ると、わたしはーーー今もお話したとおりーーーー何か 罪の未亡人に支給される一時金のことを、それとなしに話したカ相応のことで、お役に立ちたいと思うんです。つまりカ相 ひと
かんばん るもので、一種の看板みたいなもんだからね。ばくの友人のフの前へひろげて見せた。「穴もなければ、しみ一つない。 トルスチャコーフなんか、いつも公開の席へ出るたびに、ほ古物とはいえ、なかなか悪くないだろう : : : それから同じく かの者は帽子をかぶっているのに、やっこさん必ずかぶり物チョッキ、流行の要求するとおり、とも色だ、古物という点 を脱ぐんだ。みんなはね、奴隷根性のせいだと思っているだが、これはじっさいのところ、かえっていいんだよ。柔ら が、あにはからんや、ただ鳥の巣同然な帽子が恥ずかしいか かくって、しなやかだからな : : : 考えてもみたまえ、ロージ らにすぎんのさ。どうも恐ろしいはにかみやでね ! さてヤ、社会へ出て成功しようとするにや、ばくにいわせると、 と、ナスチェンカ、ここに帽子が二つあるが、お前どっちが常にシーズンを守りさえすりやたくさんなんだ。正月にアス いと思うー・ーこのパーマストンか ( と彼は片すみから、ラ パラガスを求めるようなことをしなけりや、金入れには何ル スコーリニコフの見るかげもない円い帽子を取り出した。彼ープリかの金がしまっておけるわけだよ。この買物にしても はなぜか知らないが、これをパーマストンと命名したので ) 、そのとおりで、今は夏のシーズンだから、ばくも夏の買物を それともこの珠玉のごとき絶品か ! ロージャ、ひとっ値をしたんだ。なぜって、秋に向かうと、シーズンがまた暖かい 踏んでみたまえ、いくら出したと思う ? ナスターシュシ生地を要求するから、こんなものは捨ててしまわなくちゃな ュカは ? 」相手が黙っているのを見て、彼は女中のほうへふらなくなるからね : : : それに、ましてやそのころになれば、 しやし り・・回いに こんなものはひとりでに破けてしまうさ。奢侈の増加のため 「おおかた二十コペイカくらいなもんだろう」とナスターシでなければ、内在的な不備のためにね。さあ、値を踏んでみ ヤは答えた。 たまえ ! きみの目にはいくらに見える ? 「二十コペイカか ? ば か ! 」と彼は憤慨してどなりつけ 十五コペイカだ ! そして、覚えときたまえ、これも同じ条 た。「今どき二十コペイカそこいらじゃ、お前だって買えや件なんだから こいつをはき破ったら、来年べつのをただ しないよーーー八十コペイカだよ ! それも、少し使ったものでくれるんだ。フエジャーエフの店では、その方法でしきや しよう力、 だからさ、もっとも、条件つきなんだ これがかぶれなく商売しないんだよーーー一度金を払っといたら、生涯それです なってしまったら、来年はまた一つ別なのをただでよこすつむのさ。なぜって、買い手のはうでも二度と出かけやしない てよ、ほんとうだよー さあ、こんどはアメリカ合衆国にか からね。さあ、こんどはくつの番だーーーどうだい ? 罰かろう。ほら、中学時代にそういってたじゃないか。断わっ いたものってことはすぐわかるが、ふた月ぐらいのご用は勤 はくら とておくが、このズボンはばくのじまんなんだよ ! 」と彼は軽めてくれるよ。だって、外国製だもの、舶来ものだぜ。イギリ ーリニコ 罪い夏地の毛織で作ったねずみ色のズボンを、ラスコ ス大使館の書記が、先週トルグーチイ ( 古着市場 ) へ出したん どれい
いか。その時のわたしたちの心もちは、お前にやとてもわか まったことだろう ただひょいと手を伸ばして、優しい目 つきを見せただけだもの : : : それに、あの子の目の美しいこりやしないよ ! わたしはすぐ、家で懇意にしていたボタン ほら、お前のお父さんのお友だちさーーー・あの ! ドウーネチカよりもチコフ中尉 と、そして顔ぜんたいの美しいこと ひ′一う きりようがいいくらいだ : : : でも、まあ、あの服はなんとい人の非業な最期が思い出されたんだよ。お前はもう覚えてい ないだろうが、やつばり脳病系の熱でね、同じようなふうに うことだろう、なんてひどい身なりをしているんだろう ! アファナーシイ・イヴァーヌイチの店にいる小僧のヴァーシ外へ飛び出して、裏庭の井戸へおっこちてしまったんだよ。 : ああ、ひとやっとあくる日になって引き上げたようなしまつなのさ。だ ャだって、まだましなかっこうをしているー : そして、泣からお前、わたしたちはいうまでもない、なおのこと大げさ 思いにあれに飛びついて抱きしめてやりたい : いてみたいんだけれど・ーー・でもなんだかこわい、こわくってに考えすぎたんだよ。せめて、ピヨートル・ベトローヴィチ にでも力を借りようと思って、すんでのことにあの人をさが しようがない : : あの子がなんだかこう : : : ああ、情けな ちょっと見れば、あんなに優しく話しているのに、そしに飛び出すところだったんだよ : : : だってお前、わたした れでもわたしはこわい まあ、いったい何がこわいんだろち、ふたりつきりなんだものね、まるでふたりつきりなんだ ものねーえ」と彼女は哀れつばい声で言葉じりを引いたが 「ああ、ロ 1 ジャ、お前はとてもほんとうにできまいがね」ふと、「もうみんなまたすっかり仕合わせになっている』に 彼女はわが子の言葉に答えを急いで、いきなりこう引き取っもかかわらず、ルージンのことをいいだすのは、まだかなり た。「ドウーネチカもわたしもきのうはどんなに : : : 不仕合危険だと心づいたので、急に話の腰を折ってしまった。 」とラスコ 「そう、そう・・ : : それはもちろん : : : 残念・・ : : わせだったか ! でも今はもう何もかもすんで、おしまいに リニコフは返事がわりにつぶやいたが、それがいかにも放心 なったから、わたしたちはまた仕合わせになったんだよ だからもう話してもかまわないね。まあ考えてもおくれ、早したような、ほとんど注意もしていないような様子だったの くお前を抱きしめたいと思って、汽車を降りてすぐ、ここへで、ドウーネチカは驚きのあまり、じっと彼の顔を見つめ かけつけて来てみると、あの女中さんがーーああ、そこにい 「ええと、まだ何かいしたいことがあったつけ」一生けんめ ますね ! こんにちは、ナスターシャ ! あの人が、いきな いに思い出そうとっとめながら、彼は言葉をつづけた。「そ 罰り出しぬけに、お前は脳病系の熱で寝ていたのに、つい今し うだーーーどうそ、ね、お母さん、それからトウーネチカ、お とがた、お医者にかくれて、熱に浮かされながら外へ飛び出し 罪てしまったので、みんなさがしにかけ出したっていうじゃな前もーーー今日ばくのほうが先にあなたがたのところへ出かけ幻 ) 0
、いほど純潔です。法で、いっさいの除外例なく、断然すべての婦人にききめの なかたなのに、おそらく病的といってもし そして、これがあの人のために、よくないのですよ ) 。ちょあるものなんです。それはだれでも知っている方法でーーーお うどそこへ 、パラーシャという目の黒い娘が小間使の中におせじというやつですな。世の中に、生一本ほどむずかしいも ったのです。わたしは前に一度もその娘を見たことがなかつのもなければ、またおせじほどらくなものもありませんよ。 た。そのころほかの村から連れて来たばかりなんでねーーーすもし生一本な一一一一口行の中に、ほんの百分の一でも、うそらしい しゅう てきに美しい娘でした。が、お話にならないくらいの低能だ調子が交ったら、たちまち不調和をきたして、その次には醜 もんだから、わたしがなにすると、たちまち泣きだして、邸態が演じられるのです。それがおせじとなると、初めからし じゅうに聞こえるような大声を立てた。それでみつともない まいまでうそっぱちであっても、多少の満足を感じながら気 騒ぎになってしまったんですよ。ところが、あるとき食事の持ちよく聞いていられます。よし下品な満足でもあれ、とに あとでアヴドーチャ・ロマーノヴナは、わたしが庭の並木道かく満足を感じる。おせじというやつは、どんなにとってつ にひとりでいるところを、わざわざさがし出して、目に涙をけたようなやつでも、かならず少なくとも半分ははんとうに 光らしながら、かわいそうなパラーシャをいじめないでくれ思われます。これは社会のあらゆる階級、あらゆる発達程度 にも、まちがいなく適用できるのです。おせじでいけば、神 と要求されたんです。これがわたしたちがふたりでかわした ひと ほとんど最初の会話だった。わたしはもちろん、あの女の希に仕える聖女でも誘惑することができますよ。だから、普通 望をみたすのを名誉と心得て、心から打たれたような、まのの人間なんか申すまでもありません。今でも、思い出すたび わるそうなふりをしようと努めましたよ。まあ、ひと口にい に笑わずにいられないのは、夫と、子供と、自分自身の善行 えば、うまく役をしこなしたわけなんです。それから交渉が に身をささげつくしているひとりの夫人を誘惑したときの頑 こんがん まっ 始まって、秘密の会話、教訓、訓戒、懇願、哀願、そして涙末です。いやはやその愉快なこと、そして仕事のらくなこと まで流されたのですーーー・どうです、ほんとに、涙まで流されといったらなかったですよ ! その夫人は、じっさい徳行家 たんですよ ! まったく若い娘さんによっては、伝道にたい だったんですよ、少なくとも、自己一流にね。わたしの用い する情熱がこのような程度にまでなることがあるんですからた戦術はごく簡単なもので、ただしよっちゅうその夫人の貞 な ! わたしはもちろん、すべてを運命のせいにして、光明操に圧倒されて、その前にひれ伏していただけなんです。わ かつばう 罰にあこがれ渇望するようなふりをしていたが、やがて最後に たしはずうずうしいおせじをならべて、ときたま握手なり一 べっ 女の心を征服するもっとも偉大な、一ばんまちがいのない奥瞥なりをかちとると、すぐさま自分を責めるんです。「これ 罪の手を出しました。それはけっしてだれにもはずれのない方はわたしがむりにもぎとったので、あなたは抵抗したのだ。 47 ノ
かも元のままだった。いす、鏡、黄いろい長いす、額入りのなおも近く身をかがめ、老婆をと見こう見しはじめた。する。 ゾ・うこうしよく 画。大きな丸い銅紅色をした月が、まともに窓からのそいてと老婆もいよいよ低く頭をたれた。そのとき、彼は床につく ほどすっかり身をかがめて、下から彼女の顔をのそき込ん 、る。『これは月のせいでこんなに静かなんだ』とラスコ だ。のそいてひと目みると、死人のようになってしまった。 リニコフは考えた。『月は今きっとなぞをかけてるんだ』彼 は立って待っていた。長いこと待っていた。月光がしんとさ老婆は腰かけたまま笑っているーーー彼に聞かれまいと一生け えればさえるほど、心臓の鼓動はいよいよ激しくなり、痛いんめいにしんばうしながら、聞きとれないくらい静かに笑っ ているのだ。ふと寝室のドアがごく細目に開かれて、そこで くらいであった。どこまでもしんと静まりかえっているー こつば もやはり笑ったり、ひそひそささやいたりしているような気 ふと、木片でも折ったように、一瞬間、ものの裂けるかわい とり - 一 がした。彼は狂憤の囚になって、カまかせに老婆の頭を打ち た音がした。そして、あたりはふたたび死んだようになっ 始めた。けれどもおのの一撃ごとに、寝室の笑い声とささや た。目をさました一匹のはえが急に勢いよく飛んだ拍子に きはますます高く コ、はっきり聞こえてきた。そして、老婆は ガラスへぶつつかって、哀れげにぶんぶん鳴き始めた。ちょ 全身を揺すぶりながら笑うのである。彼はやにわに逃げ出そ うどこの瞬間、片すみの小さい戸だなと窓との間の壁にかか がいとう っている女外套らしいものが見分けられた。「どうしてあんうとしたが、控え室はもう人でいつばいだった。階段へ向か なところに女外套があるんだろう ? 』と彼は考えた。「このった戸口は、どこもかしこもあけ放され、階段の踊り場に まえ、あんなものはなかったのに : : 』そっと忍び寄って見も、階段にも、それから下のほうにもーー人の頭がうようよ つながって、みんなこちらを見ているーーーしかし、だれもか ると、外套のかげにだれか隠れているらしいのに気がつい ・ : 彼は れもが息をひそめて、無言のまま待っているのだー た。彼は用心深く、手で外套をのけて見た。と、そこには、 心臓が苦しくなり、足は根がはえたように動かなくなった。 すが置いてあり、そのいすの上に老婆が腰かけていた。すっ ・ : 彼は声を立てようとしてーーー目をさました。 かりからだを前へ折り曲げて、頭を下へたれているので、ど けれどふしぎなことには、夢 うしても顔を見分けることができなかったけれど、それはま彼は苦しげに息をついた か依然としてつづいているように思われた。部屋のドアはあ さしく彼女である。彼はしばらくその前に立っていた。こ わいんだな ! 』と彼は考えて、そっと輪からおのを抜き出け放されて、しきいの上にはかって見たことのない男が立っ し、老婆の脳天目がけて打ちおろした。一度、もう一度。たまま、じっと彼を見まもっているではないか。 ラスコーリニコフは、まだ十分目を開くまもなく、すぐに が、ふしぎにも、彼女はおのの打撃にも身じろぎさえしな い、まるで木で作ったもののようである。彼はぎよっとしてまた閉じてしまった。彼はあおむきになったまま、身じろぎ
にいわせれば、彼ら服従的であるべき義務すら持っている でも、単に偉人のみならず、わずかでも凡俗の軌道を脱した 人は、ちょっと何か目新しいことをいうだけの才能にすぎなのです。なぜなら、それが彼らの使命なのですからね。そ くつじよく こには、彼らにとって断じてなんら屈辱的なものはありませ くとも、本来の天性によってかならず犯罪人たらざるをえな ん。第二の範疇はすべてみな、法律を踏み越す破壊者か、あ いのですーーーもちろん、程度に多少の相違はありますがね。 これがばくの結論なんです。でなくては、とても凡俗の軌道るいはそれに傾いている人たちです。それは才能に応じて多 を脱することはむずかしい。が、それかといって、そのまま少の相違があります。この種の人間の犯罪はもちろん相対的 凡俗の軌道にあまんじていることは、やはり本来の天性によであり、多種多様であるけれど、多くはきわめてさまざまな ってできない相談です。いや、ばくにいわせれば、むしろあ声明によって、よりよきものの名において、現存せるものの まんずべからざる義務があるくらいです。要するに、これま破壊を要求しています。で、もしおのれの思想のために、死 でのばくの議論には、ごらんのとおり、かくべつ新しい点な骸や血潮を踏み越えねばならぬような場合には、彼らは自己 ど少しもないのです。こんなことは、もう何百ペんも書かれの内部において、良心の判断によって、血潮を踏み越える許 たり、読まれたりしたことです。ところで、凡人、非凡人の可をみずから与えることができると思いますーーーもっとも、 分類については、それが少し気まぐれだってことに、ばくもそれは思想の性質により、思想のスケールによって程度の差 がありますーーーここを注意してください。ただこの意味にお 異存ありません。しかし、ばくもあえて、正確な数字にもと づいて主張するわけじゃありませんからね。ばくはただ根本いてのみ、ばくはあの論文の中で、犯罪にたいする彼らの権 思想を信じるだけです。その根本思想というのは、こうなん利を論じているわけなのですから ( この議論が法律問題から はんちゅう です。人は自然の法則によって、概略二つの範疇にわかれて始まっているのを、ご想起ねがいます ) 。しかし、大して心配 いる。つまり自分と同様なものを生殖する以外になんの能力することはありませんよ。群衆はほとんどいつの時代にも、 ・ 7 も、一なしし。 、わ単なる素材にすぎない低級種属 ( 凡人 ) と、彼らにこうした権利を認めないで、彼らを罰し、彼らを絞殺 いま一つ真の人間、すなわち自分の仲間の中で新しい言葉をしてしまいますから ( 程度に多少の相違はありますがね ) 。 てんびん 発する天稟なり、才能なりを持っている人々なのです。そのそして、その行為によってきわめて公明正大に、自分の保守 細目は、もちろん無限にあるわけですが、この二つの範疇を的使命をはたしているのです。が、ただし次の時代になると、 罰区別する特質は、かなりはっきりとしています。第一の範疇、この同じ群衆が前に罰せられた犯罪人を台座にのせて、彼ら いっ とすなわち素材は、概括的にいって保守的で、行儀がよく月 、匱に跪するのです ( 多少程度の差こそありますが ) 。第一の はんちゅう 罪従をこれ事として、服従的であることを好む人々です。ばく範疇は、現在の支配者であり、第二の範疇は、未来の支配者お
Z ポルフィ ーリイは職人が自白したことを客たちに話 れが予審判事を助けてくれるんですよ。当人は見事にうそを つきながら、〔その時は具合を見計らってるが、ふっと、〕ふさない。「ポルフィーリイ根掘り葉掘りきく〕 7-æマルメ いに自分のほうから気絶してしまうんです。素晴らしい手品ラードフの金について。 ( 一一三ページ ) を使いながら、ご当人はまっ蒼な顔をしてるんですからね。 兎を百匹あつめても馬になりはしない、 嫌疑が百あつまっ さもなければ金もろくすつば勘定しないでね。あなたはまだ お若いが、若い人の常としてーー・人間の自然性というものをても証拠にはならない。 まるで勘定に入れないで、ただ理知ばかり尊重していらっし ( 英国の法廷の諺 ) やる : : : 何ですか、あなたは気分が悪いのですか、何だか少 ポルフィ ーリイ「わたしは法科を出たんですよ。彼らをご し蒼い顔をしていらっしやる ? 」「いや、ご心配なく、ご心 覧なさい ( 病的な状態にいる犯人の理論ですよ ) 」 配なく」といってからからと笑った。ポルフィーリイ・ペ 「病的な人間はそういう使命を与えられていない」 ローヴィチも笑い出した。 「犯罪の使命とはどういうことです」 ザミョートフは目と目を見ムロせて、「さようなら」 「いっそばくを逮捕して下さい」ポルフィーリイは黙って彼 ( 「おれがお喋りだとしてもかまわない」という考えが彼の のうり を眺めた。 脳裡を掠めた「小僧っ子になったってかまわない、その代り、 〔とにかく〕嫌疑を根絶してやるし。 「なにそれは今日にでもできますよ」〕 ポルフィーリイ「一つうかがいますが、『報知』に載「一つうかがいますが「報知』に載った論文、あれはあなた ったあなたの論文は ? 勉強するか、それとも文筆業になるのですか ? 」 「ばくのです」「読みました」 ソーニヤのところにーーー・書物はあるべきでない。 重要なこと ルージンのところでーーー彼にマルフア・ベトローヴナから ポルフィーリイ、〔ポルフィ ーリイの〕考え。犯人がたくさの金を渡すーー・受け取らない。 ん出て来た、 ( その中には職人も ) コッホもベストリヤコフ 作 もそうかもしれない、 ラスコーリニコフでさえも。これはみ〔彼がマルメラードフ一家に金を与えたことについて知って 間んな巧みに演じられた喜劇だ。 ーリイ ) 〕 いると口をすべらす ( ポルフィ 重大なこと 699