ところへ来るなんて、そんな冒険がおできになるものでする官吏の後家さんで、質屋をしているばあさんを殺したので新 好す。それから、ばあさんの殺されたところへ偶然はいって来 いったい、なんのためにいらしったんです ? ただ た、妹のリザヴェータという古着商売の女もやはり殺してし 奇心のためですか ? 」 、ってくださまったのです。ふたりとも、持って行ったおのでやつつけた 「わたしを苦しめないで、いってください、し んです。つまり、もの取りのために殺したんで、それを実行 したんですよ、金とそれから何やかや品物を取ったんです 「あなたがしつかりしたお嬢さんなのは、申すまでもないこ : これを兄さんはそっくりくわしく、ソフィヤ・セミョ とです。わたしはまったくのところ、あなたがきっとラズー ひと ノヴナに話したんです。で、秘密を知ってるのはあの女ひと ミヒン氏にたのんで、ここへついて来ておもらいになること と田 5 っていましたよ。ところが、あの人はあなたといっしょ りきりですが、しかしあの女はロでも行ないでも、殺人に関 にもいなかったし、あなたのまわりにも見えなかった。わた係はありません。それどころか、今のあなたと同じように、 しはよく見たんですからね。これはまったく大胆ですよ。こぞっとするほど驚いたくらいです。しかし、ご安心なさい、 れでみると、あなたはつまり口ジオン・ロマーヌイチをいたあの女はけっして兄さんを売るようなことはしませんから」 「そんなことがあるはずはない ! 」・ トウーネチカは死人のよ わりたかったんですね。もっとも、あなたの持っていらっし こう - 一う : ところで、あなたの兄さんうな土色に変わったくちびるでつぶやいた。彼女は、はあは やるものは、すべて神々しい : にかんしては、このうえ何を話すことがありましよう ? ああ息をきらしていた。「そんなことがあるはすはございませ なたはいまご自分で、あの人をごらんになったじゃありません。まるでなんにも、これつばかりの理由もありません、少 んか。まあ、どんなかっこうでした ? 」 しも原因がありません : : : それはうそです、うそです ! 」 「あなたはまさか、それだけのことを根拠にしてらっしやる 「兄さんは強盗をなさった。これがいっさいの原因です。兄 んじゃありますまいね ? 」 さんは金と品物を取ったんですよ。もっとも自分で白状な 「いや、そんなことじゃありません。あの人自身の言葉が根さったところによると、金も品物も手をつけないで、どこか 拠ですよ。げんにここへ、ソフィヤ・セミョーノヴナのとこの石の下へ持って行ったとかで、今でもそこにあるそうです がね。しかし、これはただ手をつける勇気がなかったからで ろへ、あの人はふた晩つづけてやって来たんですよ。ふたり がどこに腰かけていたか、それはさっきお目にかけたとおりす」 です。そこで兄さんはあの女に一部始終を告白したんです「だって兄がものを盗んだり、強奪したりするなんて、そん よ。兄さんは人殺しです。自分で質を置きに行っていた、あなことがあっていいものですか ? 兄はそんなことなんか、 ひと ひと ひと ごうだっ
彼はこれまでかってあとにも先にも、これほど恐ろしい孤ところはなかった。そのまなざしは澄んで、落ちついて 独を感じたことがなかった ! た。彼はこの女もやはり愛をもって、自分のとこへ来たのだ そうだ、彼はソーニヤを前よりさらに不幸にした今となっ なと悟った。 て、ほんとうに彼女を憎むようになったのかもしれない。 こ「兄さん、わたしはもう何もかも、何もかも知ってるのよ。 ういうことを彼はもう一度感じた。 ドミートリイ・プロコーフィチがすっかり説明して、舌して けん 『おれはなんのために彼女の涙をねだりに行ったのだろう ? くだすったの。兄さんはばかばかしい、けがらわしい嫌疑を なんのために彼女の生命をむしばむのが、ああまでおれに必受けて苦しめられてるんですってね : : : でも、ドミートリ 要だったんだろう ? おお、なんという卑劣なことだ ! 』 イ・プロコーフィチは何も心配なことはないのに、ただ兄さ 「おれはひとりきりになるんだ ? 」彼はふいにきつばりとこんがやたらに気にして、恐怖観念に襲われてるんだって、そう かんごく おっしやったわ。だけど、わたしそうは思いません。兄さん ういった。「あの女も監獄へ面会になんか来やしまい ! 」 五分ばかりすると、彼は頭を上げて、妙に、にやりと笑っがどんなに憤慨して、からだじゅうの血を沸きかえらせてら た。それは奇怪な想念であった。 っしやるか、ようくわかります。この口惜しさが永久に跡を ことによったら、ほんとうに懲役のほうがいいかもしれな残しやしないかと、それをわたしは心配するんですの。兄さ んがわたしたちを捨てておしまいになったことでも、わたし い、という考えが、ふいに浮かんだのである。 彼は、頭にむらがってくる漠とした想念と相対して、どれは非難めいたことをいいません、そんな生意気なこと、でき ませんわ。まえにわたしが兄さんを責めたのはゆるしてちょ だけのあいだ、自分の部屋にじっとしていたか、覚えがなか った。ふいにドアがあいて、ドウーニヤがはいって来た。彼うだいね。わたし自分でもそら感じますわ もし自分にそ 女は初め立ち止まって、ちょうどさきほど、彼がソーニヤをういった大きな悲しみがあったら、わたしもやはりいっさい 見たように、しきいの上から彼を見つめていたが、やがて部の人から身を隠したでしようよ。お母さんにはこのことはひ 屋の中へはいり、昨日自分の席となっていたいすに、彼と向とロも話しません。けども、兄さんのうわさは、しじゅうす るようにします。兄さんのおことづけというていさいで、も き合って腰をおろした。彼は無言のまま、なんの想念もない うやがていらっしやるだろうと、そういっておきますわ。お ように、ばんやり彼女をながめた。 「怒らないでちょうだい、兄さん、わたし、ちょっと寄った母さんのことは気に病まないでちょうだい。わたしがうまく とだけなの」とドウーニヤは、つこ。 安心させてあげます。だけど、兄さんはあまりお母さんを苦 しめないでね。 罪彼女の顔の表情はもの思わしげであったけれど、きびしい せめて一度でいいから来てちょうだい ' 9
へは、どう行ったらいいんでしよう ? もう帰ってらっしやしは金を持っています。三日のうちに切符を手に入れます。 」とを、フ たとえ兄さんは人殺しをしたって、そのうちにしし るかもしれませんわ。わたしはぜひ今すぐあの女に会いたい んですの。あの女の口から : : : 」 んとしたら、何もかも帳消しができますからね。気を落ちっ アヴドーチャ・ロマーノヴナはしまいまでいうことができ けてください。それどころか、えらい人になるかもしれませ んよ。ええ、どうなすったんです ? 気分はいかがです ? 」 なかった。息が文字どおりに切れたのである。 「ソフィア・セミョーノヴナは、夜までは帰りますまいよ。 「悪党 ! まだ人をなぶってる。わたしを出してくださ ひと わたしはそう思いますね。あの女はずっと早く帰らなけりや 「あなたどこへ行くんです ? どこへ ? 」 ならんはずですが、もしそうでないとすると、うんと遅くな 「兄のとこへ。兄はどこにいます ? あなた、ごぞんじでし るでしよ、つよ : : : 」 よう ? どうしてこのドアにかぎがかかってるんです ? わ 「ああ、それじゃお前はうそをついたんだね ! 今こそわか たしたちはこの戸口からはいって来たのに、それがいまはか った : : : お前はうそをついたんだ : : : お前はうそばかりつい 信じなぎがかかってる。いつのまに、あなたはかぎをかけたんで てたんだ ! わたしはお前なんか信用しやしない ! 信じない ! 」とドウーネチカはすっかり夢中になっす ? 」 「わたしたちがここで話しあったことを、家じゅうの部屋へ て、もの狂わしげに叫んだ。 彼女はほとんど失神したように、スヴィドリガイロフが急つつぬけに聞かれちゃ困りますからね。わたしはけっしてな いであてがったいすの上へ倒れた。 ぶってなんかいません。ただわたしはあんな調子で話してる 「アヴドーチャ・ロマーノヴナ、どうなすったんです、しつのに、あきあきしたのです。ねえ、あなたはそんなふうにし わた かりなさい ! さあ、水です。ひとロお飲みなさい : て、どこへいらっしやるんです ? それとも、兄さんを売し ー ; 、こしてしまっ 彼よ、ドウーネチカに水を吹きかけた。彼女はぶるっと身たいんですか ? あなたは兄さんを気ち力しー わた て、あの人が自分で自分を売すようにしたいんですか ? 兄 ぶるいして、われに返った。 「ひどくきいたもんだな ! 」とスヴィドリガイロフは眉を寄さんはもう目をつけられて、手がまわってるんですからね。 わた せながらひとりごちた。「アヴドーチャ・ロマーノヴナ、気それを承知してください。そんなことをしたら、兄さんを売 罰をお落ちつけなさい ! 兄さんには友だちがあるんですからすばかりですよ。まあ、お待ちなさい。わたしはいま兄さん と会って話をしましたが、まだ救済の余地があります。ま とね。わたしたちは兄さんを救います、助け出します、なんな 罪ら、わたしが兄さんを連れて外国へ逃げましようか ? わたあ、待ってください、まあ、おかけなさい。いっしょによく ひと ひと
わたしあの時そういったんだよ、胴を少し長めにしなくちゃ 結核について。 た ならないって。〔胸あきの裁ち方で〕めちやめちゃにしてし 女性征服の理論。お世辞をつかうこと、女って何て下劣な まったんだ」 ものだろう。 マルフア・ベトローヴナは彼に農奴の娘は許可したが、但 し報告するという条件で。ただドウーネチカのことでは大憤カチェリーナ・イヴァーノヴナ。 「神父さんなんか要らない。神様はそれでなくってもゆるし 慨した。 て下さらなきゃならないんだもの、わたしはあまりにも苦し 三語 ・ ) それみ過ぎました。ただお金ば 0 かりつか 0 て。〔もしゆるして 「もし神様がそれを創り出したのなら不明ー 下さらないなら、こちらも結構です〕」 なら神は偉人だ ! 」 ソーニヤとラスコ ーリニコフは無言のまま相いだいて泣 Z スヴィドリガイロフとドウーニヤ「あなたは兄を密 告するんですか」 ( それはあなた次第です。 ) スヴィドリガイロフ話す ( 十六歳の娘について ) 。彼女が ドウーニヤ「あなたはどう、 ほしいんです」 如何に彼を扱ったか、彼女は「あたしいい奥さんになります 「なんのために ? 」 「 ( わたしはいきなり強姦しますよ ) しかも快感をいだきなわ」といった。 がら」いやらしい笑いと共に言い出した。「わたしはお前が 卑劣な人間だってことを知っていたーー・・悪党、畜生」「畜生「いったい幸福は何にあるんですの」とソーニヤは ですって ? あなたはわたしを好きになりますよ ( ごぞんじ ですか ) あなたはわたしを人間につくり直すことができるん「幸福とは権力だ」と彼はいった。 です、できるんです」 ( 一四四ページ ) カチェリーナ・イヴァーノヴナの法事で。この章はルージ 群衆の中のひとりがそばへ寄って三ループリ恵んだ。「あンの狂憤を説明し、ドウーニヤを失うことが彼にとって何を ノりがとうございます。これはみんな上流の家庭の子供らでご意味するか、ということから始める。 ざいまして。なんにもくれやしない」 ・トウー - ニヤ 辛抱しきれないで、三日めに兄のところへ行く「兄さんは 7 罪「ポーレチカ、着物をお直し、肩のところが下がってるよ。
考えようじゃありませんか。わたしがあなたをお呼びしたのたしはちゃんとします。わたしは不可能を可能にしてみせまの は、あなたとふたりきりでこのことを相談して、よく思案をす。あなたの信じていらっしやることは、わたしもきっと信 するためなんですよ。まあ、おかけなさいったら ! 」 じましよう。わたしはなんでも、なんでもします ! そんな あ 「どうして兄を救うことがおできになるんです ? ほんとにふうにわたしを見ないでください、見ないでくださいー 兄を救うことができるんですの ? 」 なたは、わたしをなぶり殺しにしてらっしやるのをごぞんじ ドウーニヤは腰をおろした。スヴィドリガイロフはそのそですか : ばにすわった。 彼はうわ言でもいってるようなふうになってきた。まる 「それはみな、あなたのお心ひとつですよ。あなたの心、あで、いきなり頭をがんと打たれたように急に様子がへんにな なたの心ひとつです」彼はをぎらぎら輝かしながら興奮の っこ。ドウーニヤはおどりあがって、戸口のほうへ駈けよっ あまりほかの言葉がロに出ないで、どもりどもり、ささやく つ、 ) 0 、を . し事 / 「あけてください ! あけてください ! 」彼女は両手でドア 。彼も同じ トウーニヤはぎよっとして、思わず身を引いた′ をゆすぶり、だれにともなく助けをもとめながら、ドア越し ように全身をおののかせていた。 にこう叫んだ。「あけてくださいったら , いったいだれも 「あなたが : : : わずかあなたのひと言で、兄さんは救われる いないんですか ? 」 んです ! わたしは : : : わたしは兄さんを救います。わたし スヴィドリガイロフは立ちあがって、われに返った。毒々 には金と友人があります。わたしはすぐ兄さんをたたせてあしいあざけるような微笑が、まだふるえやまぬ彼のくちびる げます。自分で旅券を取ってあげます、旅券を二枚。一枚はの上へ、そろそろと押し出された。 兄さんので、もう一枚はわたしのです。わたしには友人があ「あっちにや、だれもいやしませんよ」と彼は低い声で間を かみ ります。みんないい連中です、 : どうです ? わたしはそおきながらいった。「主婦さんはるすだから、そんな大きな のうえあなたの旅券も取ってあげますよ : : : あなたのお母さ声をしたってむだですよ。ただつまらなく自分で自分を興奮 んのも : : : あなたにはラズーミヒンなんかいりやしません。 させるばかりですよ」 ひきよう わたしだってあなたを愛していますよ : : かぎりなく愛して 「かぎはどこ ? すぐにドアをあけて、今すぐ。なんて卑怯 います。どうかあなたの着物の端に接吻させてください、接な男だろう ! 」 きぬ 吻させて ! 接吻させて ! わたしはその衣ずれの音を聞い 「かぎはなくしてしまいました。どうしても見つかりませ てもたまりません。どうかそれをしろといってください、わん」 せつぶん
「ああ ! それじや人を手ごめにしようというんだね ! 」こ非常に証明しにくいものですからね、アヴドーチャ・ロマー う叫んだドウーニヤは、死人のように真青になって片すみへノヴナ」 ゥニヤは憤りのささやきをもらした。 飛びのくと 、いきなり手もとにあった小テープルを楯にとつ「悪党 ! 」とドー 「なんとでもおっしゃい。しかし、おことわりしておきます が、わたしはただ仮定の形でいっただけですよ。わたし自身 彼女はもう叫び声こそたてなかったが、くい入るように、 ひたと迫害者を見つめながら、その一挙一動を鋭く見まもつの確信からいえば、たしかにあなたのおっしやるとおりで 、彼女と向す。暴力は卑劣な行為です。ただわたしが申しあげたのは、 ていた。スヴィドリガイロフもその場を動かずに / : たとえもしあなたが、わたしの申し出にし き合ったまま、部屋の反対側につっ立っていた。彼は、自分もしあなたが : を統御するだけの余裕があった、少なくとも、表面だけはそたがって、進んで兄さんを救おうという気におなりになった としても、あなたの良心には、なにもやましいところはない う見えた。が、顔は依然として青ざめていた。あざけるよう という、ただそれだけのことなんです。あなたは単に状況 な徴笑は彼の顔を去らなかった。 ( もしそういわなくちやすまないのなら、暴力といってもよ 「あなたはいま「手ごめ』とおっしゃいましたね、アヴドー くつぶく チャ・ロマーノヴナ。もし暴力だとすると、わたしの処置がろしい ) に屈服なすったというだけの話じゃありませんか。 こういうことを考えてごらんなさいーーー兄さんとお母さんの 当をえているのに、なるほどとお思いになりましよう。ソフ しようちゅう ヤ・セミ ヨーノヴナはるすだし、カベルナウモフの住まい運命は、あなたの掌中に握られてるんですよ。しかも、わ どれい まではずっと遠くて、締めきった部屋が間に五つもありまたしはあなたの奴隸になります : : : 一生涯 : : : わたしはここ す。それから最後に、わたしはあなたより少なくも二倍はカにこうして待っています : : : 」 スヴィドリガイロフは、ドウー ニヤから八歩ばかりへだて が強いです。そのうえ、わたしにはなにも恐れることなんか ありません。なぜって、あなたはあとで訴えるってことがでた長いすに腰をおろした。彼の決心を動かすことができない わた きませんからね。なにぶん、あなたもまさか兄さんを売す気のは、彼女にとって疑う余地もなかった。それに、彼女は、 にはならないでしよう ? それに、だれもあなたを信じる人彼のひととなりを知っていた : けんじゅう はありませんよ。そうじゃありませんか、若い娘さんがひと ふいに彼女はポケットから拳銃を取り出して、引き金をあ 罰りで独身者のところへ、出かけるわけがありませんからね。 げ、拳銃を持った手をテープルの上にのせた。スヴィドリガ イロフは席からおどりあがった。 とだから、もし兄さんを犠牲になすったところで、けつきよく、 罪なにも証拠だてることはできませんよ。手ごめってことは、 「ははあ ! そういうことですか ! 」と彼は驚きながらも、 こ 0 ひとり たて イ 9 ー
んともいえず快いーー・どういうわけか、それは彼自身にもわ 彼はからだじゅうおこりにでも襲われたような気持ちで、 からなかった。 静かに階段をおりて行った。自分ではそれと意識しなかった けれど、張り切った力強い生命が波のように寄せて来て、そ「だれがきみをよこしたの ? 」 「ソーニヤ姉さんこ、、 ししつかったの」少女はひとしお楽しげ の限りない偉大な新しい感覚が、彼の全身にみちあふれた。 にほほえみながらそう答えた。 この感覚は、ひとたび死刑を宣告されたものが、急に思いも 「ばくもそ、フ思ったよーー・ソーニヤ姉さんがよこしたんだろ よらず特赦を受けたような感じに似ている、とでもいうこと 、つン ) 」 ができよう。階段の中ほどで、家路に向かう僧が彼に追いっ えしやく いた。ラスコ ーリニコフは無言の会釈をかわし、黙ってそれ「母さんも行けっていったのよ。ソーニヤ姉さんが行けって いったときに、母さんもそばへ来て、そういったのよ。『急 をやり過ごした。しかし最後の幾段かをおりようとした時、 いでかけ出しておいでよ、ポーレンカ ! 』って」 とっぜん後ろに忙しげな足音が聞こえた。だれか彼を追っか 「きみ、ソーニヤ姉さんが好き ? 」 けて来たのである。それはポーレンカだった。彼女は後ろか 「ええ、だれよりか一等すき ! 」なんだかこう特別力をこめ ら走って来ながら、「ねえ、ちょっと ! ねえ、ちょっとー と彼を呼んでいた。 て、ポーレンカはいった。と、その徴笑が急にまじめくさっ 彼はふり向いた。娘は最後の階段をかけおりると、彼よりてきた。 一つ上の段に立ち止まって、びったり彼に、顔を突き合わせ「ばくも好きになってくれる ? 」 た。ばんやりした明かりが、裏庭からさし込んで来た。ラス返事のかわりに、彼は自分のほうへ近づいて来る少女の顔 コーリニコフは、やせてはいるが愛くるしい少女の顔をつくを見た。ふつくりしたくちびるが、彼を接吻しようとして、 つくと見た。彼女は楽しげににこにこしながら、無邪気に彼無邪気に前へ突き出される。ふいに、マッチのような細い手 を見まもっている。見たところ、彼女は自身でもすこぶる気が、固く固く彼の汽に巻きっき、頭がその肩へ押しあてられ ことづけ に入っている伝一一一一口を持って、かけつけたものらしい た。こうして、少女はしだ、に強く顔を彼のからだに押しつ 「ねえ、ちょっと、あなたの名まえなんていうの ? : : : それけながら、しくしく泣きだした。 からも一つーーーおうちはどこ ? 」と彼女はせきこんで、はあ「お父さんがかわいそうだわ ! 」しらばくたってから、彼女 前はあ息を切らしながらたすねた。 は泣きはらした顔を上げ、両手で涙をふきながらいいた と彼はその肩に両手を置いて、何かしら幸福な感じをいだき た。「このごろ、こんな不仕合わせなことばかりつづくんで 卵ながら、じっと彼女を見た。この女の子を見ているのが、なすもの」彼女はことさら、しかつめらしい顔つきをして、だ埠 せつぶん
も、比較上はかるべからざる利益によって埋め合わせがつく う。今になって、こんな役にもたたぬ恥辱を受けに行こうと しようたん : ところが、ばくは、ばくは第一歩さえ持ち と考えたのだ : 決心した今になって、ばくはやっと初めて自分の小胆さと、 ひれつかん ひくっ 愚かさかげんがはっきりわかったよ ! ばくはただ卑屈で無こたえることができなかった。それはつまり、ばくが卑劣漢 問題はすべてこの点にあるんだ ! 能なために決心したのだ。それからことによったら、あのだからだー : ポルフィ ーリイがすすめたように、自の有利というこく、ばくはお前たちの見かたは取りやしないよ。もしあれが とのためかもしれない : : ・こ 成功してたら、ばくは名誉の冠を受けていたに相違ないんだ が、今はもうわなにかかってしまった ! 」 「兄さん、兄さん、あなた何をおっしやるの ! だって、兄 さんは血を流したんじゃありませんか ! 」とドウーニヤは絶「だって、それは見当ちがいよ、まるつきり見当ちがいよ ! 兄さん、それはいったい、なにをおっしやるの ! 」 望したように叫んだ。 「ははあ ! それじや形式が違うというんだね、審美的に気 「すべての人が流している血かい ! 」彼はほとんど前後を忘 ばくはまる れたような調子で言葉じりを取った。「世間で滝のように流持ちのいい形式じゃないというんだね ! だが、 つきり、がてんがいかないよー・・・・大ぜいの人間を爆弾や、正 されている血かい、今まで絶えまなく流れていた血かい ? みんながシャンパンみたいに流している血かい ? おお、よ規の包囲攻撃でやつつけるのがより多く尊敬すべき形式なん . っレ、・つ - : っ げしゅにん く流したといって、下手人にジュビターの神殿で月桂冠を授だろうか ? 審美的な恐怖は、無力を一小す第一の徴候たよー : ばくは一度も、まったくただの一度も、今ほどこれをは け、後には人類の恩人よばわりするその血かい ? お前もも う少し目をすえて、しつかり見わけるがいしー ばくは人類つきり意識したことはない。そして、今までにもまして、い のために善を望んだのだ。またじっさい、幾百幾千の善を行っそう自分の犯罪理由解しないよ ! ばくは一度も、まっ なったかもしれないのだ。ところが結果は、こんな愚劣なこ たくただの一度も、今ほど強くなったことはない、今ほど確 AJ いや、愚劣ではない、ただ単に拙劣なこと一つに終わ信を持ったことはないー ってしまった。だって、この思想は全体的にみて、今この失彼の青ざめた、やつれはてた顔には、さっとくれないの色 めいりよう 敗が明瞭になってから考えられるように、けっしてそれほど さえさしてきた。しかし、この最後の叫びを発しながらも、 愚劣なものじゃないからね : : : ( どんなことでも、失敗する彼はふとドウーニヤの視線にぶつつかった。そして、このま 罰と愚劣にみえるものだよ ! ) この愚劣な行為で、ばくは自分なざしの中に、兄を思う深い深い苦悩認め、思わすはっと ふき とを独立不羈な立場において、生活の第一歩を踏み出し、資金われに返った。彼はなんといっても、このふたりの哀れな女 たちを不幸なものにしたのだと感じた。なんといっても、や引 罪をえようと思ったのだ。そうすれば、それから先は何もか げつけいかん
んになるの ? どうしてそんなに真青になるの ? ロージ お前はうそをついてい 「お前はまた何を赤くなるんだい ? る。お前はわざとうそをついてるんだ。ただ女らしい強情ヤ、どうしたの ? ロージャ、兄さんてば : 「ああ、どうしよう ! また気絶してしまった ! 」とプリへ で、おれに我を張り通したいもんだからさ : : : お前はルージ ーリヤは叫んだ。 ンを尊敬することなんかできやしなし冫 、。まくはあの男と会い もし、話もしたんだよ。してみると、お前は金のために自分「いや、いや : : : くだらない、なんでもありやしな、 を売ってるのだ。してみると、いずれにしても卑劣な行為少しめまいがしただけで、気絶でもなんでもありやしません : ふん ! そこでと だ。ばくはね、お前がすくなくともまだ赤くなれる、それだ ・ : 気絶気絶って一つ覚えみたいに ! けでも喜んでいるよ ! 」 ・何をいうつもりだったつけ ? そうだ。お ~ 削は今日にも ウ さっそく、お前があの男を尊敬することができ、あの男が 「そんなことないわ、うそなんかいやしませんー ーネチカはしだいに冷静さを失いながら、こう叫んだ。「わ : お前を認めてくれてるという確信をうるといっこ。、、、 ったいそりやどういうわけだい ? ねえ、そういったろう ? たしだって、あの人がわたしを認めてもくれ、たいせつにも してくれると確信しなかったら、結婚なんかしやしませんお前は確かに今日といったようだが ? それともばくの聞き わ。またわたし自身も、あの人を尊敬できるという確信がな違えだったか ? 」 ートル・ベトローヴィチの手紙を かったら、けっして結婚なんかするものですか。幸いわたし 「お母さん、兄さんにピョ は、今日さっそくその確信をうることができるんですの。こ見せてあげてくださいな」とドウーネチカはいっこ。 うした結婚は、兄さんのおっしやるように卑劣なことじゃあ プリへーリヤはふるえる手で手紙を渡した。彼は非常な好 りませんわ ! また、たとい兄さんのおっしやることがはん奇心をもってそれを受け取ったが、ひろげて見る前に、彼は とうで、わたしがまったく卑劣な決心をしたのだとしても とっぜん何かに驚いたような顔つきで、ドウーネチカを見つ そうまでにおっしやるのは、兄さんとしてもあまり残酷めた。 ・、刀 0 も じゃなくって ? なんだって兄さんは自分にもない : 「おかしい」とっぜん何か新しい想念に打たれでもしたよう しれないような勇気を、わたしに要求なさるんですの ? そに、 彼はゆっくりした語調でいった。「おれはなんだってこ れはあまり横暴だわ ! 圧制だわ ! もしわたしがだれか他んなに気をもんでるんだろう ? 何をこんなにわめいたり騒 罰人の一生を破滅させるとでもいうのならともかく、ただわた いだりしてるんだろう ? 勝手にだれとでも好きな男と結婚 とし自身のことじゃないの。わたしはまだ人を殺したことなんするがいい ! 」 非かなくってよー : なんだってそんな目をしてわたしをごら彼はひとりごとのようにいったが、声はかなり高かった。
は、一同に深い感銘を与えたらしかった。この苦痛にゆがめアゼール、今のこの恥辱を将来の教訓になさるがいい」と彼 られた、骨と皮ばかりの肺病やみらしい顔、この干からびてはソーニヤに向かっていい添えた。「わたしもこれ以上追及 血のこびりついたくちびる、このしやがれた叫び声、この子しないことにして、水に流してしまいます。いよいよこれで 供の泣き声に似たすすり泣き、この信頼の情にみちた、子供打ち切り、もうたくさんだ ! 」 らしい、同時に絶望的な、保護を祈る哀願、それはだれでも ルージンは横目でラスコ ーリニコフをちらと見た。ふたり この不幸な女に憐れみを感ぜざるをえないほど、 いじらしの視線はびったり出会った。ラスコ ーリニコフの燃えるよう さ、せつなさのこもったものだった。少なくも、ルージンは なまなざしは、彼を焼きつくさんばかりであった。けれど一 すぐに同情の気持を表わした。 方、カチェリーナはもう何も耳にはいらぬ様子だった。彼女 「奥さん ! 奥さん ! 」と、彼はさとすような調子で叫んは狂気のようにソーニヤを抱いて接吻していた。子供たちも だ。「これは何もあなたに関係したことじゃありません ! 同じように小さな手で、四方からソーニヤにとりすがって ぐる だれもあなたに悪意があったとも、共謀になっていたとも、 いた。ポーレチカはまだよくわからないながら、ただもう涙 そんなことをあえて思うようなものはありませんよ。まし におばれつくした様子で泣きじゃくりながら、涙にはれあが て、あなたが自分でポケットを裏返して犯行を暴露されたんったかわいい顔を、ソーニヤの肩に隠していた。 ですからな。あなたが夢にもごぞんじなかったのは明白で「なんという卑劣なことだ ! 」この時ふいに戸口のところ す。もしなんですな、貧困がソフィヤ・セ ミョーノヴナをかで、大きな声が響きわたった。 って、かかる行為をさせたものとすれば、わたしも同情を惜 ルージンはすばやくふり返った。 しむわけじゃありません。が、しかし、マドモアゼール、よ 「なんという卑劣なことだ ! 」じっと彼の目を見つめなが ちじよく ぜあなたは自白しようとしなかったのです。恥辱を恐れたんら、レベジャートニコフはまたくりかえした。 てんとう ですか ? 初犯だからですか ? あるいは気が頑倒していた ルージンはびくりと身ぶるいさえしたようなふうだった。 のかもしれませんね ? それはもっともなことです、大いし 一同はそれに気がついた ( あとで人々はこのことを思い出し もっともなことです : : : しかし、なんのためにこんな種類のたのである ) 。レベジャートニコフは一歩、部屋の中へはい ことを断行したもんかなあ ! 皆さん ! 」と彼は一座の人々 って来た。 に向かってこういった。「皆さん ! わたしはなんです、 「あなたはよくもずうずうしく、わたしを証人に立てるなん ぶじよく ま個人的に侮辱まで受けたのではありますが、同情の意味ていいましたね ! 」ルージンのそばへ歩み寄りながら、彼は で、まあ許してあげてもかまいません。 しいですか、マドモそ、フいっこ。 390