ので、彼女はそちらへ出向いて行き、ときには作業場、ときを獲得できるのであった。また彼にとって食物ーー・たとえ かはん には煉瓦工場、ときにはイルトウィシュ河畔の小屋で会っ ば、あの汕虫のはいった実のない汁がなんだろう ! 学生時 た。自身のことについては、ソー一一ヤは町で、何人か知り合代の以前の生活では、それすら手にはいらないことがたびた いや後援者ができて、仕立物などさしてもらっているが、町びあった。着物は暖かくて、彼の生活様式に適当していた。 にはほとんど気のきいた婦人服屋がいないので、ほうばうの足かせなど彼はまるで感じないくらいだった。そり落とした しるし 家でなくてかなわぬ人間になった、というようなことを報じ頭や、印のついた上着などを、彼として恥ずかしがる筋がど た。ただ彼女のおかげで、ラスコ ーリニコフが長官の保護をこにあろう ? また、だれにたいして ? ソーニヤにたいし うけ、労役なども軽減されている、などというようなことだてか ? ソーニヤは彼を恐れているのに、その彼女にたいし けは筆にしなかった。やがて最後に ( もっとも、ドウーニヤて恥じるわけがないではないかー は彼女からうけとった最近の二、三通に、何か一種特別な動 では、なんだろう ? 彼はソーニヤにたいしてさえも身を ぶ・ヘっ 揺と不安さえ認めていたが、 ) 彼がいっさい人を避けるよう 恥じて、そのために侮蔑にみちた粗暴な態度で彼女を苦しめ にするので、獄内でも囚人たちが彼をきらうようになった たのである。しかし、彼が恥じたのは、そり落とした頭て し、彼自身も幾日も幾日も黙りこんでいるので、非常に顔色も、足かせでもなかった。彼の自負心が極度に傷つけられた が悪くなっていく、という報告がとどいた。そのうちにとっせいである。彼が病気になったのも、この傷つけられた自負 じゅうかん どん、ソーニヤは最後の一通で、彼が非常な重患にかかり、 心のためであった。ああ、もし彼がみずから罰することがで 監獄病院にはいっていると知らせてよこした。 きたら、どんなに幸福だったろう ! そうしたら、彼は恥で くつじよく も屈辱でも、 しっさいのものを堪え忍んだはずである。とこ しゅんげん 2 ろが、彼は鮻厳に自己をさばいてみたけれど、たけり狂った 彼の良心は、だれにでもありがちの単なる失敗をのそいて 彼はもう久しくわずらっていた。しかし、彼の力をくじい は、自分の過去にかくべっ恐るべき罪を見いださなかった。 きよう、 たものは牢獄生活の恐怖でも、労役でも、食物でも、そり落彼が恥じたのはほかでもない、彼ラスコーリニコフが盲目な とされた頭でも、つぎはぎだらけの着物でもなかったーーーーあ運命の判決によって、かくまで盲目、愚劣に、むざむざとな かしやく あ ! 彼にとってこれしきの苦痛や呵責がなんであろう ! んの希望もなく身をほろばし、もし多少とも心を落ちつけた だきよう それどころか、彼はむしろ労役を喜んでいるくらいだった。 いと思えば、えたいの知れぬ判決の『無意味さ』と妥協し、 労働で肉体的に苦しんだとき、彼は少なくとも安眠の数時間その前に、屈服せねばならぬということなのである。
る ( ソーニヤに対して不可解な憤激。「おれはお前をひど、 「ほら、あなたの息子さんはいったいどうしたのです ? 」 目にあわせてやるそし、ソーニヤは彼を避ける。 ラズーミヒンは彼に、「きみはお母さんを心配させている最後に彼がソーニヤに烈しく恋していることがわかる ( そ うした性格 ) 、彼はペテルプルグで色々な女と関係して、自 彼は彼に、「いったいきみはわからないのかい ? 」 分ながらその堕落ぶりに呆れる。 相手は恐怖のあまり棒立ちになる。 レイスレル訳注 = リ ' ペ ) は聞き込んだ ( すべてレイスレル 「でもきみはどうしたんだい ? いったいどうしたんだのことを ) 。彼はレイスレルと関係して、彼が殺したことを 察する ( 出来事ぜんたいを ) 。ソーニヤに向かって、自分は 彼を破滅させてやると皹嚇する。 「いったいなんのために彼に五十ループリを工面してやった 一部始終を書き綴って母に残す。マルメラードヴァと訣別 のか ? ・」 母はいう、「わたしは初め、自分たちがこうしてあの子の 予審判事とザミョートフに落ち合う。 ふたりは彼を審問する ( フィリッポフのところで ) 、彼の 厄介になるのが、あの子にとって苦しいのではないかと思っ ていました。ラズーミヒンがあの提案をするまではそう思っ行動を注視する。彼はふたりの確信をことごとく粉砕する。 ていたけれど、あの提案の後では別のことを考えるようになザョ ミートフも、・ハカーリンも、ラズーミヒンも、彼は発狂 りました」 ( 一三〇ページ ) したのだと確信する、そのために殺したのだ。 アリストフ ( ザミョ ートフと一緒にラズーミヒンのところ と料理屋へ行った男 ) は、まだ初めのころ彼のもとへ行き、 小説の主題にたいして ( 最終的に ) 必要なこと、ルイジンは ( レベジャートニコフのところ自分の信念を残らず述べて、妹があること、贋金でやれるこ で ) ソーニヤの美に打たれる。彼のもとで淫蕩な女に出会とを仄めかす。彼はルイジンのスパイ。彼らはソーニヤを苦 トう。彼はマルメラードフの死に際してマルメラードフのとこしめる。 ノろへ行き、ソーニヤを見る。彼はプリへーリヤに、息子が淫 作 婦を囲うために金を費っていると報告する ( 生まれつきの中 ラズーミヒンは時にソーニヤを迫害し、時に彼女を保護す る。妹はソーニヤのところへ行った。アリストフの妻は彼女 罰傷家 ) 。 罪彼はレベジャートニコフと一緒に街上でソーニヤを侮辱すの友達。 ( 一三二ページ ) くめん
どれい らして、彼は十分に自分の功業の成果を収め、この上もない彼の偉業に奴隷的感謝をささげ、彼の前にうやうやしくおの 8 甘美な謝辞を聞くつもりで、恩人気どりではいって行ったもれをむなしゅうする。そして彼は絶対無限に君臨しようとい うのであるー のである。で、いま階段をおりながら、彼が自分の真価を認 : ちょうどわざとねらったように、彼はその められず、この上ない侮辱を受けたように考えたのは、むりちょっと前から、長い熟慮と期待の麦こ、、 彳しよいよ根本的に からぬしだいである。 方針を改めて、いっそう広い活動圏内へ踏み出すと同時に、 ドウーニヤは彼にとって、もうそれこそなくてはならぬも もう久しいあいだ、おばれるほどあこがれていた一段うえの のだった。彼女を思いきるなどとは、田 5 いも及ばないことで社会へも、徐々に移って行こうと決心していた : : : ひと口に ある。もう長いあいだ、五、六年このかた、彼は結婚という いえば、彼はペテルプルグへ打って出ようと決心したのであ ことを楽しい空想にしながら、それでも絶えず金をちびちびる。彼は女というものが仕事の上で、『あくまで、あくまで写 ためて、時節到来を待っていたのである。彼は希望にみちた助けになることを知っていた。美しく、品性の高い、教養あ 気持ちで、心の深い深い奥のほうで、品行がよくて貧乏なる女性の魅力は、彼の人生行路を飾り、人々を彼のほうへひ ( どうしても貧乏でなくてはならない ) 若くてきりようのい きつけ、彼のために一種の後光となることができる : : : それ ー - つよ″し 素姓も正しければ教育もあり、しかも、うき世の苦労をが、急に何もかも崩壊しようとしているのだ ! この思いも しゅうあく なめつくしておくびようになった娘・ーー・あくまで従順な ( 彼かけぬ醜悪な決裂は、彼にとって落雷のような作用をしたの ひとりだけに ) 、生涯自分を恩人として敬いあがめ、頭も上である。それは一種醜悪な悪ふざけだった。ばかげた舌だっ た ! 彼はほんの少しいばってみたばかりで、ろくろくいし げないような娘を夢想していた。彼が仕事のひまひまに静か なところで、この魅惑に富んだ楽しいテーマについて、どんたいこともいえなかった ! 彼はただちょっと冗談をいっ な廿いエピソードや情景を空想の中に描いたかわからない ! て、調子に乗りすぎただけなのだが、こんな重大な結果にな そこへ急に、数年来の空想がほとんど実現されるばかりにな ってしまった ! おまけに、彼はもう自己一流の愛しかた った。アヴドーチャ・ロマーノヴナの容色と教養は、彼を驚で、ドウーニヤを愛していた。心の中ではもう彼女に君臨し がぜん 嘆させ、その頼りなげな境遇よ、、 ーしやが上にも彼の欲望をそていた しゃー・明日にも、明日に しかるに、俄然 ! そったのである。しかもそこには彼が空想していたのより、 もさっそく事態を回復し、手当てを加え、修正しなければな ごうまん より以上のものさえあった。この娘は誇りがつよくて、いじらない。第一 いっさいの原因たるあの傲慢な乳くさい青 があり、品行は模範的で、教養と頭脳の発達は彼以上である二才を、べしゃんこにやつつけてやらねばならぬ。それから ( 彼はこれを直感した ) 。しかも、これほどの女性が一生涯ラズーミヒンのことも、このとき病的な感覚とともに、われ
っていたからである。 ふたりの目には涙が浮かんでいた。彼らはふたりとも青白く っ癶、いの、 いっさいの過去の苦痛と やせていた。しかし、この病み疲れた青白い顔には、新生活それに、こうしたい に向かう近き未来の更生、完全な復活の曙光が、もはや輝いは、はたしてなんであるか ! 今となってみると何もかも ているのであった。愛が彼らを復活させたのである。ふたり 彼の犯罪、宣告、徒刑さえも、この感激の突発にまぎれ の心はお互い同士にとって、生の絶えざる泉を蔵していた。 て、なにかしら外面的な奇怪事のような、まるで人の身の上 、んにん 被らは隠忍して、待とうと決心した。彼らにはまだ七年のに起こったことのような気がした。とはいえ、彼はこのタ 歳月が残っていた。それまでには、 いかばかり堪えがたい苦べ、何事によらず、長くみっちり考えたり、思想を集中させ けれども、彼はたりすることができなかった。いま彼は何一にもせよ、意 痛と、かぎりない幸福があるかしれない ! よみがえった。そして自分でもそれを知っていた。自分の更的に解決することができなかったに相違ない。彼はただ感じ 生した全存在で、それを完全に感じたのである。そして彼女たばかりである。弁証法のかわりに生活が到来したのだ。し はーーー彼女はもとより、ただ彼の生活のみで生きていたのたがって意識の中にも、何かまったく別なものが形成さるべ きはずである。 その日の夕方、はや監獄もしまったとき、ラスコーリニコ彼のまくらの下には福書があった。彼は機械的にそれを フは寝板の上で横になって、彼女のことを考えていた。この取りあげた。この書物は彼女のもので、彼女がかって彼にラ 日は、かって彼の敵であった囚人たち一同が、もう別な目でザロの復活を読んで聞かせた、あの本である。彼は徒刑の衫 彼を見ているような気がした。彼は自分のほうから進んで、 めころ、彼女が宗教談で自分を悩まし、うるさく福音を説い 彼らに話しかけたくらいである。すると、向こうでも優しくて、書物を押しつけるだろうと思っていた。ところが、驚き それに答える。彼は今それを思い出した。しかし、それは当 いったことには、彼女は一度もそのような話をしないどころ か、まるで福音書を勧めようとさえしなかった。とうとう彼 然そうなくてはならなかったのだ。今すべてが一変してはな らぬという法はないではないか ? は病気になるちょっと前に、自分から彼女に持って来てくれ 彼は彼女のことを考えた。自分が絶えず彼女を苦しめ、彼と頼んだ。彼女は何もいわずに本を持って来た。しかし、こ 女の心をさいなんでいたことを思い出した。彼女の青白いやの時まで、彼はそれをあけて見ようともしなかったのであ 罰せた顔を思いうかべた。が、今ではこれらの思い出も、ほとる。 とんど彼を苦しめなかった。これから、どんなにかぎりない愛彼はこの日もそれを開かなかった。けれど、ある一つの思 罪をもって、彼女のいっさいの苦痛をあがなうかを、自分で知念が彼の頭にひらめいた。『今となったら、もう彼女の確信 543
と、彼らは試いこ、る時のほ、つ : 、自山な時よりも、はるか 8 かった。したがって、おれはこの第一歩をおのれに許す権利 5 に人生を愛し、尊重しているのであった。彼らの中のあるも がなかったのだ』 ふろうかん 1 一うもん つまりこの一点だけに、彼は自分の犯罪を認めた。持ちこの、たとえば浮浪漢などは、どんな恐ろしい苦痛や拷問を経 たえられないで自首したという、ただその点だけなのであ験したかわからない。それにもかかわらず、たった一筋の太 うっそう 陽の光線や、鬱蒼たる森林や、どこともしれぬ森の奥に、た なせ自分はまたま見つけた冷たい泉などが、どうして彼らにあれはどの 彼はまた、こういう思念にも苦しめられた 意味をもちうるのだろう ? たとえば、その泉を見つけたの ? なぜあのとき河のほとりに あのとき自殺しなかったのか この生はもう一昨年のことなのだが、浮浪漢はそれにふたたびめぐ . し子′ . し 立ちながら、自首のほうを選んだのか ? きんとする願望の中には、これほどの力がこもっていて、そりあうのを、まるで恋人とあいびきでもするように空想し れを征服するのが、そんなに困難だったのであろうか ? あて、夢にまでその泉や、それをとり巻く緑の草や、木叢にう たう小鳥などを見るほどである。じっと周囲の現象に見いれ の死を恐れていたスヴィドリガイロフでさえ、それを征服し ば見いるはど、彼はますますこうした説明のできぬ実例を無 たではないか ? 彼は脳ましい思いをいだきながら、しじゅうこの問いを自数に発見するのであった。 彼は牢獄内や、自分をとり巻いている周囲の中に、もちろ 分自身に発したが、もうあのとき河のほとりに立ちながら、 きょ 自分自身の中にも、自分の確信の中にも、深い虚偽を予感しん、多くのものを認めなかったし、また、頭から認めようとも しなかった。彼は、いわば目を伏せたようなふうに生活して ていたかもしれないのを、彼は ' 」解することができなかっ いた。彼としては見るのがいまわしく、たえがたいのであっ た。またこの予感が、彼の生涯における未来の転機、未来の た。しかし、だんだんそのうちに、いろいろなことが彼を驚 復活、未来の新しい人生観の先駟だったかもしれないのを、 かすようになった。彼はいっともなく、以前ゅめにも考えて 彼はさとることができなかったのである。 、ただ本能の鈍い重圧のみを許容しようみなかったことに、気がつくようになった。概して何より彼 彼はむしろそこに とした。彼はそれを引きちぎることもできなければ、またそを驚かしはじめたのは、彼自身とそれらすべての人々の間に れを踏み越えて行こうという力も、やはりなかったのである横たわっている、かの恐ろしい越えがたい深淵であった。彼 と彼らはまるで違った人種のようだった。彼と彼らは互いに ( つまり無力で、いくじがないためである ) 。彼は獄中の仲間 を見て、彼らがだれもかれも人なみに人生を愛し、かっ尊重不信と、敵意の目で見あっていた。彼はこうした対立の一般 しているのに驚いた ! まったく彼の感じたところによる的な原因を知ってもいたし、またさとってもいた。しかし、
原因がじっさ 一れほと本、く 彼らは叫んだ。「てめえなんかぶち殺してやらなきゃならね 力強いものとは、仮想さえもしたことがなかった。獄内にはえ野郎だ ! 」 やはり流刑の国事犯であるポーランド人もいた。彼らはこう彼は一度も神や信仰の話をしたことがなかったが、彼らは どれい した人々のぜんたいを、単に無教育な奴隷扱いにして、頭か無神者として彼を殺そうとしたのである。彼は沈黙を守っ ら軽蔑していた。けれど、ラスコーリニコフはそんな見かたて、言葉を返そうとしなかった。ひとりの囚人はもうすっか ができなかった。彼はこれらの無教育者が多くの点から見り夢中になってしまい、彼に飛びかかろうとした。ラスコー て、むしろ当のポーランド人たちよりもはるかに賢明なの リニコフは落ちつきはらって、無一「ロのまま待ち、つけていた。 を、明らかに見てとったのである。そこにはまた同様に、 こ彼は眉ひとっ動かしもせず、顔而筋肉一本のふるえも見せな れらの人々を軽蔑しきっているロシャ人もいた。それはひと かった。おりよく看守が彼と乱暴者の間へ飛び込んだが、さ りの将校あがりと、ふたりの神学生であった。ラスコー もなかったら、血を流さねばやまないところだった。 ごびゅう コフは彼らの誤謬をも、明瞭に認めたのである。 彼にとってはまだ一つ、解夬し : こ、引題 ; 彼自身はどうかというと、一同は彼をきらって、避けるよでもない、なぜ彼らがひとりのこらずソーニヤを愛するよう うにしていた。のみならず、ついには憎むようにさえなった になったか、ということである。彼女はべつに彼らのきげん なぜだろう ? 彼はそれを知らなかった。一同は彼を軽をとるでもなかったし、また彼らもたまにしか彼女を見なか ちょうしよう 蔑し、彼を嘲笑した。彼よりもずっと罪の重い犯人が、彼った。彼女はただ、ときおり一同の仕事場へ、彼に会うため の犯罪を嘲笑するのであった。 に、ほんのちょっとやって来るばかりであった。 に , も、か、かコの 「お前はだんな衆じゃないか ! 」と彼らはいった。「お前は らず、一同は彼女を知っていた。彼女が彼のあとを追って来 おのなんか持って歩くがらかね。そんなのはだんな衆のするたことも、彼女がどこでどう暮らしているかということも、 こっちゃねえよ」 ちゃんと知っていた。ソーニヤは彼らに金を恵んだこともな しようじん 大斎期の二週間目に、彼は同房の一同とともに精進する番ければ、かくべっこれという世話をやいてやったこともなか になった。彼は教会へ行って、ほかのものといっしょに祈っつこ。こだ 一度グリスマスのとき、獄内の囚人全部にビロー た。あるとき何が原因だったか、彼自身にもわからなかったグ ( 揚げまんじゅう ) と丸パンを贈っただけである。けれど、彼 罰が けんかがもちあがった。一同はものすごい勢いで、一らとソーニヤの間には、しだいに一種の近しい関係が結ばれ と 度に彼に襲いかカた ていった。彼女は彼らのために、身内の者へ送る手紙を書い 罪 「この不信心者め ! てめえは神さまを信じねえんだ ! 」とてやったり、それを郵便で出してやったりした。この町へや 5 」い * 一いキ一
ぎようけっ な、ありうべからざる疑問の形をとって、完全に成熟し凝結れはただの空想だったのが、今では : : : 今では急に空想でな したのである。この疑問はいやおうなく解決を要求しなが く、なにか新しいすご味のある、まるでかって覚えのない形 こっぜん ら、彼の感情をも、知性をもへとへとに悩み疲らせたのだ。 で現われたことである。そして、彼自身も忽然としてそれを こんどきた母の手紙はとっぜん雷のように彼を打った。もう意識した : : : 彼は頭をがんと打たれたような気がして、目の めいりよう いまは明瞭に、問題の解決難のみを考えて、受動的に苦しんなかが暗くなった。 だり、悩んだりしているときではない。ぜひとも何かしなけ 彼は急いであたりを見まわした。彼は何かを求めていた。 ればならぬ。しかもいますぐ、一刻も早く。ぜがひでも決行腰をおろしたくなったので、べンチをさがしているのだっ しなければならぬ、でなければ : た。おりしもその時、彼はプルヴァール ( 並木通り ) を通っ 「でなければ、ぜんぜん人生を拒否するんだ ! 」とつじよ、 ていたので。ペンチは百歩ばかり先のほうに見えた。彼はで 彼は狂憤にかられて叫んだ。「あるがままの運命を従順に生きるだけ急いで歩いた。けれどもその途中、ちょっとした事 涯かわることなく受け入れて、活動し生き愛するいっさいのが彼の身辺に起こって、しばらくのあいだ彼の注意をすっか あっさっ 権利を断念し、自己内部のいっさいを圧殺してしまうんだ ! 」 り引きつけてしまった。 『わかりますかな、あなた、わかりますかな、もうこの先ど彼はべンチを見つけだそうとしているうちに、前のはう二 こへも行き場のないという意味が ? 』ふいに昨日のマルメラ十歩ばかりのところを歩いて行く少女の姿を認めた。しかし ードフの質問が、彼の心に浮かんだ。『だって人間はだれに はじめはその女にも、今まで眼前にちらっくいっさいの事物 もせよ、たといどんな所でも、行くところがなくちゃだめでと同様、彼はなんの注意もはらわなかった。今までも彼は家 がすからな : : : 』 まで歩いて帰りながら、通って来た道筋をてんで覚えないと ふいに彼はぎくりとした。これもやはり昨日と同じである いうようなことも一度や二度ではなかった。もうそういうふ 一つの想念が、またしても彼の頭をひらめき過ぎたのであうに歩くのが癖になっていたので。けれど、いま歩いて行く る。しかし、彼がぎくりとしたのは、この想念がひらめいた女には、ひとめ見た瞬間から、どことなく変なところのある からではない。つまり、彼はこの想念が必ず「ひらめく』 にのが目についた。で、彼の注意はしだいにそのほうへ吸いっ 相違ないのを、ちゃんと知っていたからである。予感してい けられていったーー・最初は気のりせぬふうで、なんとなくし 罰たからである。むしろそれを待ち設けていたほどである。そやくなようにさえ感じられたが、やがておもむろに強い注意 とれにこの想念は、ぜんぜん昨日のものとはいえなかった。たに変わっていった。この女の変なところはいったいなんであ かん 罪だその間の相違は、ひと月前まで、いやつい昨日までも、そるか、それを急に突きとめたくなった。だ、いち彼女はまだ
が、それにしても、彼らの司こ、 トリガイロフ風情のために、研究 ド冫しったい、いかなる共通点 8 イがどこにある ? スヴィ・ したり、調べたり、ひまをつぶしたりする価値があるものがありうるだろう ? 彼らの間では悪事すらも一様ではあり えなかった。この男はそのうえ、あまりにも不愉央で、この こうかっ ああ、こんなことはすべて、たまらなくあきあきしてしま上ない淫乱ものらしく、きっと狡猾なうそっきに相違ない。 あるいは、恐ろしく悪意の強い人間かもしれない。彼につい が、それにもかかわらず、彼はやはりスヴィドリガイロフてはたいへんなうわさが行なわれている。もっとも、彼はカ のもとへ急しオ 、・こ。はたして彼はこの男から何か新しい暗示なチェリーナの子供のめんどうを見たが、しかし、それはなん り、逃げ道なりを期待しているのか ? じっさい人は、わらのためやら、どんな意味を蔵しているのやら、しれたもので しべにでもっかまろうとするものである ! 彼らふたりをい この男は永久に何かの野心や、たくらみを持ってい っしょにしようとするのは、宿命というのだろうか、それとるのだ。 この二、三日というもの、ラスコ ーリニコフの一明によ、こ も何かの本能か ? ことによったら、これはただ疲労の結果 かもしれない、絶望のためかもしれない。また、もしかしたえずある一つの想念がひらめいて、恐ろしく彼を不安にして いた。もっとも、彼はしきりにそれを追いのけようとっとめ ら、必要なのはスヴィドリガイロフではなく、だれかほかの かいざい 人かもしれない。スヴィドリガイロフはただ偶然そこに介在ていたが、それほどこの想念は彼にとって苦しかったのであ 1 「リ : カ・ 4 しただけかもしれぬ。ではソーニヤだろうか ? しかし、今る ! 彼はときどきこんなことを考えたーーースヴィ・ なんのためにソーニヤのところへ行くのだ ? またしても彼ロフはたえず彼の身辺をうろうろしていた、今でもうろうろ している、スヴィドリガイロフは彼の秘密をかぎつけた、ス 女の涙をねだるためか ? それに、彼はソーニヤが恐ろしか った。ソーニヤは・伐にとって、 : カんとして動かぬ宣告であヴィ・ トリガイロフはドウーニヤに野、いをいだいていた。で、 卩しにたいし り、変わることのない決定であった。問題はーーー・彼女の道をもし今もやはりいだいているとすれば ? この引、 選ぶか、彼自身の道を進むかである。とくにいま彼はソーニてはほとんど確実に、しかりと答えることができる。もし、 いま彼がラスコ ーリニコフの秘密を知り、それによって彼に ヤに会うことはできなかった。いや、それよりスヴィドリガ イロフを試みたほうがよくはなかろうか。そもそも彼は何者たいする支配権をえた以上、それをドウーニヤにたいする武 だろう ? 彼はずっと以前から、なんとなくこの男が、何か器に使用する気になれば : のために必要なのをひそかに自認しないわけにはいかなかっ この考えはときどき夢にさえ彼を苦しめたが、意識的には トリガイロフのとこ・ろへ足 つきりと現われたのは、今スヴィ・
この小説で重大なこと ージンを追い出す。こちらは彼女を侮辱する。彼は肩を持 第六章でラズーミヒンが・ハカーリンと話をした後、バカー つ。ルージンが去った時、〔彼は〕ラズーミヒンに〔いう〕、 リンの頭には逃亡という考え、バカーリンが身じろぎもでき 「ばくはきのうきみを侮辱したが、どうかばくを , フっちゃっ ないといったあとで、彼はいう、「でたらめだ、おれは強者といてくれ」。「きみは変だよ」とラズーミヒンはいう。「し だ、歩くことができる』 かしどうぞご勝手に、うっちゃっておくよ」立ち去る。 果せるかな、夜、明け方になって彼は逃亡した。 彼はマルメラードフの法事に行く。ソーニヤ、彼女と話し、 その時まる一日彷徨。 ( 〔〕ヴラズミーヒンは彼をさが彼女にゆるしを乞おうとする (sic)0 彼女は彼にいう、「わた す。 ) その日はマルメラードフの死で終りを告げる。 しが悪いんですわ」ソーニヤを送って行き、彼女にあくどい しかし、その日のうちに、その後も彼に嫌疑がかかる。 言葉を口にする。彼女はつつましく。彼はラズーミヒンのと 予審判事は彼の申し立て、傲慢な答えを書き留める。 ( 彼をころへ行く。夕方。彼は後悔して行ったのだが、しかも悪魔 追求し、彼がいいのがれる間に新しい興味。 ) ( 二 / 一四六ペー的な倨傲。完全なる弁明。わが家へ帰る。母。 zn 予審判 しようかん 事は疑惑をいだき、彼を召喚する、彼は徴笑をふくんで申し * このページは全部鉛筆でかかれている。 立てをする。「なぜあなたは老婆の住まいへ行ったのです」 「あの婆さんを夢に見たので。ばくは下宿をさがしていたの 病気の後、彼は朝の十時にわれに返る。ラズーミヒン朝食で」 ( 三五 / 一一三ページ ) する。衣類を持って来た。 tO ラズーミヒン。 10 スミルノフ。 O ラズーミヒンけ 彼が帰ったあとで、「おれをうっちゃっといてくれ、おれ 彼にいう、「きみはきのう妙な言葉を口にしたね」ミトロ をうっちゃっといてくれ」 ファニイのところへ。そこで死者のための祈り、父と母。 マルメラー ( そのとき傲慢なエレメント、 完全な弁明。 ) 眠りに落ちる , ーーータ方、毒々しい気持で目をさますー・・ーほ ドフのところから帰って彼の祈り。〔謙虚に〕「神よ ! もしあ かの下宿をさがすんだ。料理屋、ザ ミョートフ、被害者の住 の盲目で、鈍感で、だれの役にもたたぬ老婆を手にかけたこと まいを訪れ、去る。マルメラードフ ( 神よわれを憐みたま が罪であるならば ( その後でばくは自己を捧げようとした ) 、 ノえ、算術 ) 〔と彼は倒れながら叫ぶ〕。 ( 後悔のエレメント ) 。 摘発して下さしー 、。まくはきびしく自己を裁きました、虚栄心で 作 翌朝、彼女、後にラズーミヒン、それからルージン。〔ソー はありません、もし虚栄心だとしても、それは掟にかなってい 罰ニヤが今日葬式だといいに来る。〕彼は彼女をすわらせ引き ます。なぜあなたはばくに力を授けて下さったのです。あの金 SJ 止める。ラズーミヒンは出て行こうとしたが腰を下ろす。 がなかったら、ばくは生きて行けなかったのです。「お帰田
なくとも、彼はこう解釈した。ソーニヤは何もいわなかっ彼は考えたものらしい もっとも、すぐその瞬間、自分の心 4 た。ラスコーリニコフは彼女の手を握りしめ、そのまま外へを騒がせるのは、あながちこれだけでないのに気がついた。 出た。 そこには、何か猶予なく解決を要求しているものがあったけ 彼はたまらなく苦しくなった。もしこの瞬間、どこかへ行れど、それは考えに表わすことも、言葉に伝えることもでき ってしまって、完全にひとりきりになれたら、よしやそれが ないものだった。すべてが一つの糸玉にくるくる巻き込まれ 一生つづこうとも、彼は自分を幸福と思ったに相違ない。けてしまうのであった。いや、もうなんでも、 しいから、たた れど困ったことには、このごろ彼はほとんどいつもひとりでかったはうがましだ ! いっそまたポルフィーリイとやり合 いるくせに、どうしても自分がひとりだと感じられないのでうか : : : それともスヴィドリガイロフとでも : : だれでもい ちょうせん あった。彼はしよっちゅう郊外へ去ったり、街道へ出たり、 いから、一刻も早く挑戦してくればいい、攻撃してくればい 一度などは、どこかの森の中までさまよい入ったこともある : そうだ ! そうだ ! 』と彼は考えた。彼は居酒屋を が、寂しい場所へ行けば行くほど、何ものかの、間近な不安出るとほとんどかけ出さないばかりに歩いた。ドウーニヤと にみちた存在が、いよいよ強く意識された。それは恐ろしい母親を思う心が、なぜか矢もたてもたまらない恐怖を呼びさ というのではないにせよ、何かしら非常にいまいましい気持ました。つまり、この夜の明けがたに、彼は全身を熱にふる ゃぶ ちを呼び起こすので、彼はいつもあわてて町のほうへ引っ返わせながら、グレストーフスキイ島の藪の中で目をさました し、群衆の中に交ったり、安料理屋や酒場へ行ったり、トルのである。彼は家路をさして歩きだし、まだごく早朝に帰り クーチイ ( 古物市 ) やセンナャ広場へ足を向けたりするのであ着いた。幾時間か眠った後、熱はようやくさがったけれど、 った。こういう場所にいると、それこそなんだか気が楽で、 もうすっかり遅くなってから、彼は目をさました。それは午 かえって孤独を感じさえするのであった。日暮れまぎわに、 後の二時だった。 ある居酒屋で歌をうたっていた。彼はそれを聞きながら、ま彼はカチリーナの葬式が今日だったことを思い出して、 る一時間も腰をすえていたが、それが非常に愉快にさえ思わそれに参列しなかったのを喜んだ。ナスターシャが食事を運 れたのを、後々まで覚えていた。しかし、終わりごろになるんで来た。彼は飢えに近いほどの異常な食欲をもって、食い かしやく と、彼はまたもや急に不安になった。それは良心の呵責が、 かっ飲んだ。彼の頭はいつもよりすっきりして、彼自身もこ にわかに彼を悩まし始めたようなふうであった。『おれは今の三、四日に比べると、だいぶ落ちついていた。そして、さ こうして腰かけて歌を聞いているが、おれがしなくちゃならきほどの、矢もたてもたまらぬほどの恐怖に、われながらふ ないのは、、 しったいこんなことなんだろうか ! 』このように しぎな感じがした ( もっとも、それはほんの頭の一角をかす