に毒虫をくわえた。きっと毒虫はすべり抜けようとして、激 しく暴れたに相違ない。ノルマはも一度落ちかけた敵を宙で「諸君、ばく、くりかえして申しますが、どなたにも無理に 捕えた。それから、また二度までも大きな口で、あたかもひ聞いてくださいとはいいませんよ。おいやなかたは遠應な と呑みにするような勢いでくわえこんだ。殻は歯に当たってく、あちらへいらしってください」 「追い立てやがる : : : 自分の家でもないくせに」やっと川こ かちかちと鳴り、ロからはみ出ている尾や足のさきは、恐ろ えるぐらいの声で、ラゴージンがつぶやいた。 しい速度で顫動するのであった。とっぜんノルマは悲しげに 「どうです、ひとつわれわれがみんな一ときに立って、あち 叫んだ。毒虫はその間にとうとう彼の舌を刺したのである。 ノルマは痛みに耐えかねて、叫んだりうなったりしながらロらへ行ってしまったら ? 」今までさすがに大きな声でものを しいかねていたフェルディシチェンコが、とっぜんこういし をあけた。咬みつぶされた毒虫はその半崩れの胴体から、白 い液をおびただしく彼の舌に絞り出しつつ、ロの中に横たわだした。 イ、ホリー トはふいに目を伏せて、原稿をつかんだ。が、 って、まだうごめいているのが見えた。その液は踏みつぶさ ・ : そのとたんにばくは目それと同時にまた目を上げて、双頬に赤い斑点を染め出し、 れた汕虫のそれのようであった。・ 目を輝かせ、執念ぶかくフェルディシチェンコを見つめなが をさました。公爵がやってきたのだ』 ら、「きみはまったくばくを好いていないんですね ! 」と 「禧須」とイツポリー トはふいに朗読をやめて、みずから恥 ずるもののごとくいった。「ばくは一度も読み返して見なか 同時に笑い声がおこった。とはいえ、多くのものは笑わな ったのですが、なんだか実際あんまり無駄なことを書きすぎ 、刀ュ / ・ 4 ツ。ホ日 ,. ートはおそろしくあかくなった。 たようです。この夢は : ・・ : 」 君」と公爵がいった。「その原稿を閉じて、 「そんな傾向がありますね」ガーニヤは急いでロをはさん「イツポリート ばくにおよこしなさい。そして、きみはばくの部屋でおやす 「あの中にはまったく個人的なことが多すぎるんです。つまみなさい。寝る前にふたりで話しましよう、そして、あすの り、ばく自身のことが : 朝もね。しかし、もうこの原稿はけっして開かないという条 こういったイツポリートは、疲れた弱々しい様子で、額の件つきですよ。いやですか ? 」 「そんなことできるもんですか ? 」イツポリートはすっかり 汗をハンカチでぬぐった。 「そうですな。あんまりご自分のことにばかり、興味を持ち驚いて、彼の顔を見た。「諸君」彼はふたたび熱に浮かされ たように元気づきながら叫んだ。「とんだばかな挿話で、ば すぎてるようですな」とレーベジェフがしわがれ声でいっ
「歴史的の思想だということも賛成ですが、しかしきみは何田 民がぜんぜん絶滅してしまうとかなんとか、そんな変事がど うしておこらなかったろう、と時おり考えることがありましを結論しようというんですか ? 」と公爵は真顔に質間をつづ けた ( 彼の話しぶりはおそろしくまじめで、冗談らしいとこ こ。じっさいどんなふうに踏ん張って、押しこたえたんでし ようねえ ? 人食いもいたでしよう、しかも大勢いたかもしろや、レーベジェフに対するあざけりは、影さえ見えなかっ れません。この点、レーベジェフさんのいうことはほんとう た。で、彼の調子はこの一座のあいだにまじって、自然こっ に違いありません。ただどういうわけで坊さまを引合いに出けいなものとなった。それがもうすこし激しくなったら、一 したのか、またそれで何をいおうとしたのか、それだけはば同はさらにその嘲笑を彼の上に転じたかもしれぬ。けれど くにはわかりませんが」 も、彼はそれに気がっかなかったのである ) 。 「いったいあなたにはおわかりにならないんですか。この男 「たぶん十二世紀ごろには、坊さんよりほかに食べられるよ うな者がいなかったんでしよう。なぜって、その時分は、坊は気ちがいなんですよ」エヴゲーニイは公爵のほうへかがみ っ こんでささやいた。「ばくはさっきここで聞きましたが、こ さんばかり脂ぎってたんでしようからね」とガーニヤがい の男は弁護士気ちがいで、弁論に夢 - 中なんです。そして、試 「いやじつにりつばな、そして正しいご意見です ! 」とレー験を受けるつもりなんですって。見てごらんなさい、今に素 ベジェフは叫んだ。「まったくその男は娑婆の人間には、け 敵なもじり弁論が出て来ますから」 っして手を出さなかったんですからね。六十人の坊主に対し 「わたしはいま、大事件を論結しようとしてるのです」と、 て、一人も娑婆の人がいなかったんですよ。まったくそれはそのあいだにレーベジェフがどなりはじめた。「しかし、ま 恐ろしい歴史的な、しかも統計的な思想です。こういう事実ず最初に、罪人の心理的かっ法律的状態を明らかにしましょ からして、才能のある人はりつばな文明史をこしらえあげまう。まず吾人の気のつくことは、犯人が、すなわちわたしの すよ。なぜと申すに、坊主たちのほうがその当時の人類全体被弁護者が、かの奇怪な行動をつづけているあいだに、ほか よりか、すくなくとも六十倍しあわせで、自由な暮らしをしの食料を発見することのほとんど不可能なるにもかかわら ていたってことが、数学的に正確になってきますので。そしず、この興味深い犯行の最中、いくどか後悔の念を表して、 て、たぶん自分以外の人類ぜんたいより、すくなくも六十倍僧族を避けようとした事実があります。それはいろいろな事 旨ぎっていたのでしよう・・・・ : 」 件に徴しても明らかであります。とにかく、彼は赤ん坊を五 「こじつけ、こじつけ、レー・ヘジェフさん ! 」とあたりの人人か六人食べたという話です。これは数字から見れば、比較 人が声高に笑いだした。 的些細なものでありますが、そのかわり別な観点からする
げな一座は大声に話したり、笑ったりしている。どなるよう く、エヴゲーニイのまじっていることである。公爵は自分の な声を立てて口論しているものさえあるらしい。ひと目見た目を信じられないような気がし、彼の姿を見たとき、ほとん だけで楽しいまどいのはじまっていることが察しられた。じど仰天せんばかりであった。 っさい、彼が露台へあがって見ると、一同のものは酒を、し その間に、真っ赤な顔をしたレーベジェフは、感きわまっ かもシャンパンを飲んでいるのであった。そして、多くの人たような風つきをして、報告のため走り寄った。彼はもうだ 人がもうかなり上機嫌になっているところを見ると、酒宴は いぶいい機嫌になっている。その饒舌からわかったことだ だいぶまえからはじまったらしい。客はみんな公爵になじみが、一同はまったく自然な具合で、偶然に集まったのであ のある人たちばかりだったが、だれも呼ばないのに、まるでる。まず第一番にイツポ リートが日第れ、Ⅲに鬮着して 招きに応じて来たかのように、一同うちそろって一時に集ま に気分がいいからというので、露台で公爵を待っことにし、 ったのは、、かにも奇妙だった。誕生日のことは彼自身も、長いすに身を休めていた。つづいてレーベジェフが家族の ついさきほど偶然おもい出したばかりである。 者、すなわちイヴォルギン将軍と娘たちをつれておりて来 「してみると、だれかにシャンパンを抜くっていったんだ た。プルドーフスキイはイツポリートを送りがてら、 な。それであいつらすぐにかけつけたものと見える」と公爵ょについて来たのである。ガーニヤとプチーツインは、たぶ のあとから露台に昇りながら、ラゴージンはつぶやいた。 んついさきほど通りすがりに寄ったものだろう ( ふたりの米 「おらあこのへんの呼吸をちゃんと心得てらあ。あいつらと訪は、ちょうど停車場の椿事と同時刻であった ) 。それからケ きたら、ちょっとロを鳴らしせえすりゃあ : : : 」と彼はほ ルレルが来て、公爵の誕生日のことを報告し、シャンパンを とんど憎々しげにつけ加えた。もちろん、ついこのあいだま要求した。エヴゲーニイはかっきり三十分前にやって来た。 での自分の生活を思い出したのである。 シャンパンを抜いて祝賀会を開こうと極力主張したのは、コ 一同は叫喚と祝辞をもって公爵を迎え、そのまわりをとり ーリヤであった。レーベジェフはおっと合点で、酒を出した 囲んだ。あるものはおそろしく騒々しかったが、またあるものである。 のはずっとおとなしかった。 : 、 カみんな誕生日のことを聞い 「けれど、自分のです。自分のです ! 」と彼はまわらぬ舌で て、急いで祝詞を述べるために、ひとりひとり自分の順番を いった。「お誕生日を祝うために自腹を切ったのです。それ ザクースカ 痴 待っていた。中にも二、三の人の同席は、公爵の好奇心を引 にまだご馳走が出ますよ、前菜があります。それは娘が世話 いた。たとえば、プルドーフスキイなどが、それである。 を焼いてくれるはずです。しかし、公爵、まあいまどんな問 白が、なにより不審に思ったのは、この一座の中に思いがけな題を論じていたとお思いなされます ? そら、お覚えですか、 382
き合った。見たところ、ずっと以前から知り合った間柄らし て具合よく配列されたとき、レーベジェフはその日のうちに この三日のあいだに、どうかするとふたりが長いあいだ 幾度となく、露台の階段を往来へかけおりて、往来から自分 話しこんで、なにやらおそろしく高尚な問題について、大声 の持ち家をながめながら、きたるべき借手に請求する金高を、 そのたびごとに心の中で増してみた。憂悶し衰弱して、肉体に議論でもしているらしいのに、公爵も気がついた。レーベ ジェフはそうした学者ぶった議論を闘わすのが、すくなから までも傷つけられた公爵には、この別荘がひとかたならす心 ず得意なように見受けられた。のみならず、将軍は彼にとっ にかなった。 けれど、 ーヴロフスクへ着いた日、つまり発作の翌々て、なくてかなわぬ人となったのではあるまいか、とも考え られた。しかしレーベジェフは、公爵に対すると同じように 日、公爵はもう見たところほとんど健康のように見えた。も っとも、心の中では、やはり回復しきらぬ自分を感ずるので細心な注意を、引っ越しの当日から家族のものにたいしても あった。彼はこの三日間に接したすべての人を喜び懐かしんはらいはじめた。公爵のじゃまになるというのを口実にし だ。ほとんどそばに付きっきりのコーリヤも、レーベジ = フて、レーベジェフはだれひとり彼のそばへ寄せつけず、例の の家族一同も ( 例の甥はどこかへ姿を隠して、いなかった ) 、赤ん坊の守りをしているヴ , ーラでさえ別あっかいに 主人公のレーベジェフさえも嬉しかった。またペテルプルグで、ちょっとでも公爵の部屋の露台へ行きそうなそぶりを見 にいるとき見舞に来てくれた、イヴォルギン将軍をさえ、い嬉せると、娘たちに地団太を踏んで飛びかかり、そのあとを追 いまわして、公爵がどんなによしてくれと頼んでも聞かなか しく迎えたほどである。引っ越して来たのはもうタ景であっ たが、そのときには、はやかなり大人数の訪問客が露台に集った。 たいいち、あれらに勝手に出入りさしたら、尊敬というも まっていた。最初に来たのはガーニヤであったが、しばらく のがすこしもなくなってしまいます。また第二には、あまり のあいだにすっかりやせて、面変わりがしてしまったので、 ぶしつけです : : : 」あるとき公爵から手づめの質問に会っ 公爵はちょっと見それたくらいであった。それにつづいて、 同じくパーヴロフスグの別荘に来ている、ヴァーリヤとプチて、彼はとうとうこう説明した。 「それはいったいなんでしよう」と公爵がたしなめた。「じ ーツインが姿を見せた。イヴォルギン将軍にいたっては、た いていいつもレーベジ = フの家へ来ているので、引っ越しのっさい、きみがそうして監督して張り番してくれるのはあり カたしが、それはただばくを苦しめることになるばかりです 痴さいにもともどもついて来たようである。レーベジェフは将 軍を公爵のほうへやるまいとして、つとめて自分のそばへ引よ。ばくひとりばっちでいるのは退屈でたまらないって、あ 白きつけていた。ふたりはもううち解けた友達同士のようにつれほどきみに言ったじゃありませんか。きみこそひっきりな
コーリヤもこれにはもうがまんができなかった。彼はわざめ、何も注文せずにせかせかと外へ出た。さながら時間を失 うのがし いか、あるいはだれか訪問しようと思っているさ わざこのときねらったように、ガーニヤからわけもいわずに ねだって貰った、まだ真新しいグリーンの襟巻にくるまってきの人が外出でもするのを恐れるようなふうであった。 もし半年以前、彼がはじめてペテルプルグへ来た時に知り いたのである。彼は、かんかんになって腹を立てた。 合いであった人が、いま彼をひと目見たならば、ずっと押し 出しがよくなったと断言するであろう。しかし、それもそう いえばそうだ、くらいのところである。ただ着つけだけはが らりと変わっている。服はモスグワで、しかもりつばな服屋 六月初甸のことであった。ペテルプルグには珍しく、もう に縫わした仕立ておろしであった。けれど、服にもやはり欠 一週間ばかりつづいて美しい日和であった。工パンチン家で リザヴ点があった。というのは、仕立てがあんまり流行型すぎる ーヴロフスクにぜいたくな別荘を持っていたが、 , ータ夫人がにわかに騒ぎだして、二日たらずごたくさした ( もっとも、正直ではあるがあまり上手でない仕立屋は、し あげく、そこへ越して行った。 つもこんなことをするものである ) 。おまけに、着る当人が 工パンチン家の人々が越して行った二日目か三日目に、モ流行などにいっこう気をつけない人であるから、よっぱどの スグワ発の一番列車で、公爵ムイシュキンがペテルプルグへ笑い上戸がよくよく公爵をながめたら、あるいはなにかにや やって来た。だれも彼を停車場に出迎えるものはなかったのりと笑いたくなるようなところを見つけだすかもしれぬ。し かし、世の中にこつけいなことはけっして少なくないのだ・ に、公爵が車を出るとき、だれかの怪しい燃えるよう二つ く丁目か 公爵は辻馬車を雇ってベスキーへはしらせた。い の目が、その列車で到着した人々を取り囲む群集の中に、突 にわかれているロジェストヴェンスカヤ街の一つで、彼は 如ちらりとひらめいたように思われた。彼が注意して見つめ 間もなく一軒の大きからぬ木造の家をさがし出した。この家 たときには、もはやそこには何もなかった。もちろん、ただ ちらりとしただけであるが、その目は不快な印象をとどめが案外きれいで小ざっぱりして、花の植わった前庭まで秩序 た。それでなくてさえ、公爵は沈みこんでふさぎがちで、な整然としているのには、公爵もすくなからず一驚を喫した。 往来に面した窓はあけ放されて、その中からほとんど叫んで にやら、い配らしい様子をしていたのである。 痴辻馬車はリティナャ街からはど遠からぬとある宿屋へ彼をでもいるような声が、やみ間なしに聞こえた。ちょうどだれ かが朗読しているか、もしくは演説でもしているような調子 運んだ。宿屋は見すばらしいものであった。公爵は粗末な道 白具類に飾られた薄暗い部屋を二つ借りて、顔を洗い着物を改であった。ときどきその声はいくたりかの高らかな笑い声でル 2
「そう、じゃあね、ガーニヤさん、わたしはお名ごりにもう フェルディシチェンコは答えた。 一度、あんたの根性が見たくなったの。あんたはまる三月の 「えいっ ! 」とナスターシャは叫んで炉火箸を取り、二つば あいだわたしをいじめたんだもの、今度はわたしの番よ。こかり、とろとろ燃えている薪をかきおこした。そして、やっ の包みをごらんなさい。 この中に十万ループリ入ってるんでと火が燃えだすやいなや、その上に金包みを投げこんだ。 すよ ! 今わたし皆さんの前でこれを暖炉の火ん中へほうり 一時に叫び声がおこった。多くのものは十字さえ切った。 こみます。みんな証人です ! この包みぜんたいに火がまわ「気がちがった ! 気がちがった ! 」という叫びが四方から るとすぐ、暖炉の中へ手をお突っこみなさい。ただし手袋なおこった。 しで、そして袖をたくしあげとくんですよ。それから素手で 「あの : ・・ : あの : ・・ : あの女をしばらなくていいだろうか ? 」 うまくいったらあんと将軍がプチーツインにささやいた。「でなければ気ちがい この包みを火の中から引き出しなさい。 たのものよ。十万ループリすっかりあんたのものになるの病院へ : : : だって気がちがったんじゃないか、だって気がち やけど よ。ちっとばかり指を火傷もしましようが、 なにしろ十がったんじゃないか、気が ? 」 万ル ] プリですからね、よくお考えなさいー つかみ出すの しいや、これは本当の発狂じゃないかもしれません」ち よろちょろ燃えていく包みから目を放すことができないで、 にそう手間ひまかかりやしません ! わたしそうしてあんた の根性を見るんだから。あんがわたしのお金を取りに、火のプチーツインはハンカチのように青ざめふるえながら、将軍 にささやいた。 中へ手を突っこむ様子が見たいの。みんなが証人だわ、包み はあんたのものになります ! もし取り出さなかったら、そ「気ちがいだね ? ねえ、気ちがいだね ? 」と将軍はトーツ れつきり燃えてしまってよ、ほかの人はだれにも許しませキイに迫った。 わた ん。どいてちょうだいー みんなどいてちょうだいー 「わたしはそういったじゃありませんか、多彩な女だって」 しの金だから。わたしがひと晩でラゴージンから取ったお金と同様にいくぶん青ざめたトーツキイがつぶやいた。 だ。わたしのお金だね、ラゴージン ? 」 「しかし、なにしろ十万ループリだからね : : : 」 「おまえさんのだ、女王さん、おまえさんのだ ! 」 「大変だ、大変だ ! 」などと叫ぶ声も聞こえた。一同は暖炉 「じゃ、みんな、、、 といてちょうだい、わたしはしたいようにのまわりに押しひしめき、恐怖の叫びを上げた : : : 中には人 するんだ ! じゃまをすることはなりません ! フェルディの頭ごしに見ようと、いすに飛びあがるものさえあった。ダ シャとなにやら シチェンコ、火を直してちょうだい ! 」 ーリヤは次の間へかけだし、カーチャとパ 「ナスターシャさん、手が動きません ! 」と度胆を抜かれた恐ろしげにささやき合った。ドイツ美人は逃げだしてしまっ 田 4
爵の姿を認めた時、彼はひとかたならず驚愕して、長いあい 「ナスターシャ・フィリッポヴナ」と将軍はなじるように、 だ目を放すことができず、このめぐりあいをなんと解釈してった。彼はいくらか事の真相を理解しはじめた、ただし、自 しいかわからぬふうであった。ときどき、まったく前後がわ分一流の考えかたで。 からなくなるのではないか、とも疑われた。心神を震撼させ「なんですの将軍 ? 無作法だとでもおっしやるんですの ? るようなこの一日のできごとを別としても、彼はゆうべ夜ど いえ、もう気取るのはたくさんですわ ! わたしがフランス おし汽車に揺られたし、それにもうほとんど二昼夜というも芝居の特等桟敷に、まるでそばへも寄りつけないほど徳操の の、まんじりともしていなかった。 高い貴婦人顔をしてすわっていたり、五年のあいだわたしを 「皆さん、これが十万ループリです」とナスターシャはなん追いまわす人たちから野育ちの娘のように逃げまわって、わ だか熱に浮かされたような、戦いをいどむような、もどかし たしは清浄無垢な女ですといったふうな、傲な顔をしてそ げな様子をして、一同に向かいこういった。「ほら、このきの人たちを見おろしていたのは、みんな魔がさしたからで たならしい包みの中に入ってます。きようこの人がきちがい す。ところが、清浄無垢の五年が過ぎたきよう、この人がやっ のようになって、晩までにわたしのところへ十万ループリ持て来て、あなたの目の前で十万ループリの金をテープルの上 って来るといったので、わたしはこの人を心待ちにしていた に載せました。きっと外には三頭立橇が立って、わたしを待 のです。つまり、わたしをせり落としたんです。一万八千ル ってるんでしよう。ああ、わたしを十万ループリに値ぶみし ープリからはじまって、急に四万ループリにせり上げ、そうて・、れたんですね ! ガーネチカ、どうやらあなたは今でも してとうとうこの十万ループリということになりました。でわたしに腹を立ててる様子ね ? いったいあなたはわたしを も、やはり約東をたがえずに持って来ましたよ。まあ、この自分の家へ入れる気だったんですの ? わたしを ? ラゴー 人はなんて青い顔をしてるんでしよう ! : : : じつはね、これジンの思いものを ? 公爵がさっきなんといいました ? 」 はけさガーニヤさんのところでおこったことなんですの。わ「ばくはあなたのことをラゴージンの思いものだとはい、 たしがあの人のおかあさんのところへ、つまり、わたしの未せんでした、あなたはラゴージンのものじゃありません ! 」 来の家庭へ訪問に行きますと、妹さんが、わたしの目の前と公爵はふるえ声でいいだした。 で、『だれもこの恥知らずをここから追い出す人はないんで 「ナスターシャさん、たくさんですよ、あなた、たくさんで すか ! 』とわめくじゃありませんか。そして、おまけにガー すってば」ふいにダーリヤはこらえかねて、こういっこ。 ニヤさんの、自分の兄さんの顔へ唾をひっかけるんですよ。 「そんなにあの人たちといっしょにいるのがいやなら、ただあ なかなかしつかりした娘さんですことねえ ! 」 ししゃありませんか ! そし の人たちを見さえしなければい、・
ーロフとか、ビスグやの若い女などは ) 会話を活気づけることができないばかり ん。が、とにかくキンデルとか、トレバ か、ときとすると何を話していいやらそれさえわからないの ープという連中が、大勢がかりで奔走してます。利息はいく らでも出すってのですが、これももちろん、酔ったまぎれとであった。 こういう具合だったので、公爵の来訪はかえって好都合で 嬉しさに目がくらんでのことです : ・・ : 」とプチーツインは結 あった。とはいえ、取次の言葉は人々のあいだに疑惑の念を んだ。 これらの情報は興味をもって迎えられたが、その興味はい呼びおこした。そして、ナスターシャのびつくりしたような くぶん陰欝なものであった。ナスターシャは、見うけたとこ顔つきで、彼女が公爵を招待しようという考えのま 0 たくな いのを知ったとき、だれ彼のものは奇態な徴笑を浮かべた。 ろ、自分の心中を外へもらしたくないといったふうで、どこ までもおし黙っていた。ガーニヤもそれと同様であった。工しかし、驚きののちにナスターシャは、ふいに非常な満足の 色を現わした。で、多くの人々はこの思いがけない客を、大 ハンチン将軍の心中はおそらくだれよりも不安に騒いでい た。もう朝のうちに贈った真珠が、あまりにそっけないお愛浮かれに笑って迎えようと、すぐさまその心構えをした。 「これは察するところ、あの無邪気な性質から出たらしい」 想と、なんとく奇妙なお世辞笑いで受納されたからである。 ただフェルディシチ = ンコだけは一座の中にあって、のんと将軍は結論をくだした。「しかし、なんにしても、こんな きなにぎやかな気分を失わず、なんのためかわけもわからぬ傾向を奨励するのはかなり危険ですが、今のところあの男 が、よしんばこんな奇抜な方法を選んだにしても、ここへや のに、いな、みずから進んで道化の役割を引き受けたばっか って来ようと思いついたのは、じっさいわるくありません りに、ときどき大声で笑った。洗練された優雅な話し手とし て通っており、以前からこうした夜会ではおおむね会話の主な。おそらく座をにぎわしてくれるでしよう。すくなくと も、わたしの判断するところでは : 導者となっていたトーツキイ自身も、明らかに機嫌がよくな 「ましていわんや、自分から無理おしかけに来たんですから いらしく、この人には不似合いなまごっきかたをしている。 他の客人たちにいた 0 ては、といっても、その数はあまり多ね ? 」とすかさずフ = ルディシチ , ンコが口をはさんだ。 「それがいったいどうしたんだね ? 」フェルディシチェンコ くなかったが、 ( なんのために呼ばれたのかわけのわからぬ、 見すばらしいよばよばの教師がひとり、むやみに臆してしまを贈んでいる将軍は、そっけなくこうきいた。 痴って、いっかな口を開かぬ得体の知れぬ青年、女優あがりの「木戸銭を払わにゃならんからです」とこちらは説明した。 「ふん、ムイシ = キン公爵はフ = ルディシチ = ンコとは違い 四十恰好の元気のいい女、そしてもうひとり非常に美しい 7 白非常にり「ばなぜいたくななりをした、人なみはすれて黙りますよ、なんていったってね」と、こらえかねて将軍はやり
られはしないかということです。もっとよく周囲を見まわさのことです。で、わたしはこの体操のほうはすっかりぬきに しら。ヴァルヴァーラ・アルダリ して、いっきょに資本から活動を始めます。十五年もたった ねばならないのじゃないか ら、『あれがユダヤ王のイヴォルギン』だと、人からいわれ オーノヴナのおっしやったのはほんとうかもしれませんよ」 「ああ るようになってお目にかけましよう。あなたはいまわたしの 、臂神修養ですか ! そりや、わたしがまだはんの」 僧っ子だってことは、自分でも知っています」と熱くなってことを独創のない人間だとおっしゃいましたね。ねえ、公 ガーニヤはさえぎった。「すくなくとも、あなたにこんな話爵、考えてみてください。現代の人間にとって、おまえは独 これという才能もない、平凡な 創もなければ、生格も弱い、 をしたということだけでもね。わたしはね、公爵、利害の打 算のみでこの結婚をしようというのじゃありませんよ」自尊人間だといわれるくらい、腹の立っことはありません。あな たはわたしをれつきとした悪者の数にも入れてくださらなか 心を毒された青年の常として、余計なことまでロをすべらし ながら、彼は一言葉をついだ。「利害の打算では、きっと失敗った。うち明けていうと、さっきあなたを取って食いたいほ するに違いありません。なぜなら、頭脳からいっても人格かどでしたよ。あなたはエバンチン将軍以上にわたしを侮辱し らいっても、わたしはまだ十分堅固でないから、わたしは熱ました。工パンチン将軍はわたしを目して ( べつに深い考え も悪い企みもない、ただ単純な心持ちからですがね ) 、自分 情によって、執着に導かれて進んでるのです。というのは、 わたしには大きな目的があるのです。たぶんあなたは、わたの妻をすらあの人に売ることのできる男だ、などと考えてる しが七万五千ループリ受け取ると、すぐ箱馬車でも買いこんです。こいつが以前からしやくにさわってたまらないか わたしはそのとら、わたしはいっそ金でも取ってやれという気になったので む、と思っていられるのでしよう。大違い、 きでも三年ごしの古いフロッグを着ます、クラブの遊び友達す。金でももうけたら、わたしはうんと思いきって独創的な などはみんな棄ててしまいますよ。 いったいロシャには辛抱人間になりましようよ。金というものがなによりも卑劣でい づよい人ってのが少ないです。そのくせ、だれも彼も高利貸まわしいゆえんは、人間に才能まで与えてくれるからです。 ばかりですがね。そこでわたしは辛抱しぬいてみたいんでええ、そうですとも、世界の終わりまで与えてくれます。あ す。この場合、しまいまで持ちこたえるということが肝要ななたはすべてそんなことは子供じみた、一種の詩にすぎない のです、 問題はことごとくそこにかかっています。プチとおっしやるかもしれないが、仕方がありません。それなら 痴ーツインは十七年間往米に寝ながら、ナイフなんか売って一それで、わたしはいっそう愉快なんですから。理屈はどうだ コペイカから積んでいったのです。目下あの男は六万ループろうと、ことはとにかく成就されますよ。しまいまで持ちこ 白リの財産家ですが、それはずいぶん激しい体操をやってからたえて辛抱します。 Rira bien qui rira le dernier ( 最後に ノ 33
ろ男を見まわしていたが、ふとヴァーリヤとニーナ夫人を見の一隊である。レー・ヘジ , フはなにやらいっしようけんめい やり、ガーニヤをちらりとひと目見ると、にわかに調子をがで、ラゴージンに耳打ちした。 コつまい、腰ム井ー・」とラゴージンは応じた。「、つまいぞ、ヘべ らりと変えた。 なんのくそ、かまうことあねえ ! ナスターシャさ 「けっしてそんなことはありませんよ、いったいあなたどうれけー なすったの ? どういうわけでそんなことをきこうと思いつん ! 」なかば気ちがいじみた目つきでどなった。彼はいじけ いくぶん驚いたようなてびくびくしているかと思うと、たちまち急に不敵なはど気 きなすったの ? 」静かにしんみりと、 負ってくるのであった。「ここに一万八千ループリある ! 」 風つきで、彼女は答えた。 「ない ? ないって ! 」と嬉しさのあまり気も狂わんばかり彼は紐で十文字にしばって白い紙に包んだ東をナスターシャ の前のテープルへほうり出した。「これだ ! そして : : : ま にラゴージンは叫んだ。「じゃ、ほんとうにないんだね ? だできるよ ! 」 あいつらおれに : : : ああ : : : ねえ ! ナスターシャさんー 彼もさすがに、いしたいことをしまいまでいいきる勇気が おまえさんがガンカと約東しなすったって、みんながぬかす な、かっ んですよ ! あの男と ? ほんとにそんなことがあってもい し。ナ . しし ~ オしー・」とまたしてもレーベジェフが、ひ いもんですか ! ( だから、おれのいわねえこっちゃねえ ! ) おれはこいつに手をひかせるために、百ループリでこいつをつくりぎようてんしたような顔をしてささやいた。察すると ころ、彼はその莫大な額に驚いて、比較にならぬほど小さな すっかり買ってやる。千ループリくれてやろうか、いや、三 千ループリやる。そして、こいつが婚礼の晩、花嫁をおれのところからためしてみるように勧めたのであろう。 しや、こういうことにかけちゃてめえはばかだ、まるで 手に残して逃げ出すようにしてやるんだ。おい、そうじゃね「、、 いや、しかしおれもおたがいにばかかもしれ えかガンカ、ちくしよう ! なあ、いっそ三千ループリ取畑違いだあ : ・ ほら、これがそれだ、ほら ! おないよ」ナスターシャのぎらぎら光るまなざしに射すくめら ったはうがいいだろう ! れはてめえからその受取りをもらおうと思ってやって来たんれ、彼は急にわれに返って身震いした。「ええつ、おれはば かなことをいったそ、てめえのいうことなんそ聞いたもんだ だ。いったん買うといったら、買わずにやおかねえんだ ! 」 か、ら」ンは休 / 、だ後 . 紐ー ) にトつに、、こー ) こ。 「とっとと出て行け、きさまは酔っぱらってるんだ ! 」とガ ラゴージンのとほうにくれたような顔を見ると、ナスター 1 ニヤは赤くなったり、青くなったりしながらどなった。 この叫び声と同時に、にわかにいくたりかの声が、爆発すシャはいきなり笑いだした。 「一万八千ループリ、わたしに ? とうとう百姓のお里が現 るようにおこった。前からこの一瞬を待っていたラゴージン