ガーニヤ - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)
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1. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

ざいません」とニーナ夫人がいいだした。「この点はどうぞなにか病気なんですかね ? 黙って辛抱できないんですか ? お考え違いのないように願います。もしあれになにか自分のはんとにちっとは考えてくださいよ、あなた : 口からいわれぬようなことがあれば、わたくしもあれをさし 「これはだれでもない、ばくが悪いんだよ」とプチーツイン がさえぎった。 おいてそれを探り出そうなどとはそんじません。わたくしが こんなことを申すのはほかでもありません。じつは先刻ガー ガーニヤは不審そうに彼をながめた。 ニヤがあなたのおうわさをいたしましてね、それからあなた 「しかし、きみ、そのはうがかえっていいじゃよ、、。 オしカそれ があちらへおたちになったあとで、わたくしがなにかあなた に一方からいえば、事はすでに決着しているんたからね」と のことをたずねますと、『公爵はみんなそっくりごそんじだつぶやき、プチーツインは脇のほうへどいてテープルの前に から、今さら上品ぶったってしようがない ! 』とこう申すで腰をおろし、ポケットから鉛筆でいつばいなにか書いた紙き はありませんか。いったいこれはなんのことでございましよれを取り出し、 いっしんにそれをにらみはじめた。 う ? いえ、つまり、わたくしのおうかがいしたいのは、ど ガーニヤは仏頂面をしながら、不安げに家庭悲劇のひと幕 れくらいの程度まで : : : 」 を待ちもうけていた。公爵にわびをしようなどとは思いもよ ちょうどこのとき、ガーニヤとプチーツインが入って来たらなかった。 ので、ニーナ夫人はすぐに口をつぐんでしまった。公爵はそ「事が決着したとすれば、そりや、もちろん、プチーツイン のそばのいすに腰をかけたままでいたが、ヴァーリヤはぶいさんのおっしやるとおりです」とニーナ夫人はいった。「ど と脇のほうへ離れて行った。ナスターシャの写真は、ニーナうかそんなむずかしい顔をおしでない、ね、腹を立てないで 夫人の前にすえてある仕事机の、いちばん目に立っ場所に載おくれ。わたしはなにもおまえのいいたくないことを、根掘 いた。ガーニヤはそれを見ると眉をしかめ、いまいましり葉掘りして聞こうとはしません。ああ、もうもうわたしは そうに机から取り上げて、部屋の反対側の隅に立っている自すっかりあきらめました。後生だから心配しないでおくれ」 分の事務机の上へほうり出した。 彼女はこれだけのことを、仕事から目を離さずにいった 「きよ、つだね、・ カーニヤはちょっ カーニヤ ? 」とふいにニーナ・大人が問しカ じじつおだやからしい口調であった。・ と面くらったが、用心ぶかく黙りこんだまま、もうすこしは 「なんです、ー・ーーきようって ? 」とガーニヤはびくりとした つきりいってくれるのを待ち受けながら、母の様子をじっと が、いきなり公爵にくってかかった。「ああ、わかった。ま見つめた。じっさい 、この家庭悲劇には彼も今まで高い価い たあなたはここへ来てまでー : まあ、まったくあなたは、 を払ったのである。ニーナ夫人はわが子の大事をとっている 106

2. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

なくとも、ナスターシャがはじめてやって来たということ、 てそんな泡くった顔をしてらっしやるの。紹介してちょうだ 2 それ一つだけでもそう思うのに十分であった。これまで彼女いな、どうそ : : : 」 はいやに高くとまって、ガーニヤと話すときにも、彼の肉親 ガーニヤはまったく . 転倒しきって、最初にヴァーリヤをリ料 の人たちと近づきになりたいという希望すら、ほのめかした介した。すると、ふたりの女はたがいに手をさし出す前に ことがないくらいであった。しかも、最近にいたっては、ままず奇妙な視線を交わした。ナスターシャは、とはいえ、に るでそんな人たちはこの世にいないもののように、おくびに っこり笑って愉央そうなふりをして見せたが、ヴァーリヤの も出さなくなった。・ カーニヤは自分にとって厄介な話が遠のほうは仮面をかぶろうともせず、陰欝な目つきでじっと相手 くのを内々喜んではいたものの、それでも内心、女の高慢さをながめたまま、簡単な礼譲の要求する徴笑の影すら浮かべ をちゃんと胸に畳みこんでいた。なにはともあれ、彼はナスなかった。ガーニヤは胆を冷やした。もう嘆願するわけもな ターシャから、むしろ自分の家族に対する冷笑や皮肉こそ期いし、また暇もないので、彼は威嚇するような視線をヴァー 待していたけれど、来訪などは夢にも思いそめなかった。今リヤに投げつけた。ヴァーリヤはこの目つきからして、今の 度の結婚談について彼の家庭にどんなことが起こっている一分間が兄のためにいかなる意味をもっているかをさとっ か、また彼の家族がナスターシャはどんなふうに見ているた。そこで、彼女は兄に一歩ゆすろうと決心したらしく、ナ か、こういうことがすべて彼女の耳に入っているのは、ガー スターシャに向かってほんの心持ちほほえんだ ( 家庭内では しくぶんこの ニヤもたしかに知っていた。彼女の訪問は今の場合「。。ー写彼らもまだまだおたがいに愛し合っていた ) 。、 真を男に贈ったのちでもあり、また自分の誕生日、すなわち場をとりつくろったのはニーナ夫人であった。・ カーニヤはす 彼の運命を決するという約東をした日でもあるから、ほとんつかりまごっいてしまって、妹のあとで母を引き合わせ、し どその決定それ自身を意味しているとも言えた。 かも母からさきに、ナスターシャのそばへ進ませたのであ 公爵を見つめる人々の顔にあらわれた疑惑は、さほど長くる。けれども、ニーナ夫人がやっと自分の『非常な喜び』を つづかなかった。ナスターシャはもう自分で客間の戸口に姿話しださないうちに、ナスターシャはしまいまで聞こうとも を現わして、部屋の中へ入りながら、またしても公爵を軽くせず、くるりとガーニヤのほうへふり向いて、 ( なんともい 大キ」レ J 、は . ー》こ。 われぬさきから ) 片隅の窓下にすえてある小形の長いすに腰 ゅわ 「やっとのことで入れた : : : あなたなんだってベルを結えつをおろしながら、大ぎような声で言いだした。 けておきなさるの ? 」あたふたと馳せ寄るガーニヤに手をさ 「あなたの書斎はどこ ? そして : : : そして、下宿人は ? し伸べつつ、ナスターシャは愉快そうにいった。「なんだっ だって、あなた下宿人を置いていらっしやるんでしよう ? 」

3. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

じ掛けいすから身をおこしながらいった。「あなたはまだあロしたかということを、あなたのほうこそよくご承知でしょ たしのアル・ハムに、なにか書いてくださらなくちゃなりませう。ばくはひとロだってそんなこといった覚えはありませ んわ。おとうさまがあなたのことを書家だと申したんですもん」 の。あたしすぐに持ってまいります」 「手紙を渡してくだすった ? 返事は ? 」逆上したような焦 といって、彼女は部屋を出た。 躁の調子でガーニヤはさえぎった。 しかし、ちょうどこの瞬間、アグラーヤが帰って来たの 「さようなら、公爵、わたしも失礼します」とアデライーダ 、刀 . し / で、公爵はなんとも答える暇がなかった。 「さ、公爵」テープルの上に自分のアルバムを置きながら、 彼女はしつかりと公爵の手を握って、優しく愛想よく笑い かけて出て行った。・ アグラーヤがいった。「どこかよさそうなページを選り出し カーニヤのほうは見向きもしなかった。 「あれはあなたが」皆が行ってしまうやいなや、ガーニヤはて、なにか書いてくださいな。は、、ペン、まだ新しゅうご 歯ぎしりしながら、公爵に食ってかかった。「あれはあなたざいますよ。鉄のでかまいません ? 書家は鉄ペンでは書か ないって聞きましたが」 がしゃべったんですな、わたしが結婚するなんて ? 」彼はも のすごい顔つきをして、毒々しく目を光らせつつ、なかばさ こうして公爵と会話を交じえているあいだにも、彼女はガ ニヤがすぐそこにいることに気づかないようなふうであっ さやくように早口につぶやいた、「あなたはじつに恥知らず のおしゃべりだ ! 」 た。けれど、公爵がペンを直したり、ページを繰ったりし 「けっしてそうじゃありません、あなたは思い違いをしてい て、用意をしているひまに、ガーニヤは公爵のすぐ右側に当 カミン らっしやる」と公爵はもの静かに、慇懃に答えた。「ばくは たるアグラーヤの立っている壁炉に近寄り、とぎれとぎれの あなたが結婚なさるということさえ知らなかったのです」 ふるえ声で耳打ちせんばかりに、、だしこ。 「ひとこと、たったひとこと聞かしてくだされば、わたしは 「あなたはさっき将軍が、今晩ナスターシャの家でいっさい が解決されるといったのを聞いて、それをしゃべりなすったそれで救われます」 んだ ! カーニヤの一顔には うそおっきなさいー あの人たちがどこからかぎつ 公爵は急に振りかえってふたりを見た。・ けると思います ? だれがあなたのほかに告げ口をする者が真に絶望の色が浮かんでいた。彼はもう夢中になって、何も 痴ありますか、いまいましい いま婆さんが、わたしに当て考えずにこれだけのことを口走ったものらしい。アグラーヤ こすったじゃありませんか ? 」 はさっき公爵に見せたとまったく同様な、落ちつきはらった 白「それはど当てこすられたような気がするなら、だれが告げ驚きの色を浮かべて、一「三秒のあいだ彼をながめていた。

4. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

く、いきなり機械的に二、三歩前へ踏み出した。 ガーニヤはおそろしく赤面して、なにやらどもりどもり答 「水をお飲みなさい」と彼はガーニヤにささやいた。「そう えようとしたが、ナスターシャはすぐにこうつけ足した。 「いったいどこに下宿人をお置きになるの ? あなたのとこして、そんな目つきをしちゃいけません」 公爵はこれだけのことをなんの考えも目算もなく、たた には書斎もないじゃありませんか。ですが、もうかります んの衝動的にいったものらしかった。けれど、この言葉のも 、こ彼女はニーナ夫人に向かってこういっこ。 カーニヤの憤怒は挙げ たらした働きは異常のものであった。・ 「ずいぶん面倒でございます」と、こちらは答えはじめた。 「それは申すまでもなく、利益もありませんでは : : : ですけてことごとく、一時に公爵へ浴びせかけられたように思われ た。彼はいきなり相手の肩をつかんで、無言のまま復讐の念 れど、わたくしどもはほんの : : ・こ にもえてさも憎々しげに、さながら一語も発することができ しかし、ナスターシャは今度も、もう聞いていなかった。 一座はざ 彼女はじっとガーニヤを見すえていたが、やがて笑いながらぬといった様子で、じっとねめつけるのであった。 わざわと動揺しはじめた。ニーナ夫人は低い叫び声を上げた 叫びだした。 「まあ、あなたの顔はなんでしよう。ああ、ほんとに、こんほどである。プチーツインは気づかわしげに一歩前へ踏み出 した。おりから戸口に現われたコーリヤとフェルディシチェ なときになんて顔をなさるんでしよう : : : 」 こ、、こヴ - ア 1 ーリヤの「みは ンコは、びつくりして立ちどまった。オオ この笑いがいっときつづいた。と、ガーニヤの顔はほんと いぜんとして額ごしに注意ぶかくできごとを観祭していた。 うにものすごく歪んで来た。棒のように固くなった態度や、 こつけいな臆病そうなうろたえた表情がふいに消えて、気味彼女は席に着きもせず母のそばへ寄って、両手を胸に組み合 の悪いほど真っ青な顔になり、くちびるは痙攣的にひん曲がわしたまま立っていた。 けれども、ガーニヤはすぐ、ほとんどこの動作をはじめる った。彼は無言のまま気味の悪い目つきで、じっと瞬きもせ と同時に心づいて、神経的にからからと高笑いした。彼はす ずに、絶え間なく笑いつづける客の顔を見つめるのであっ つかりわれに返ったのである。 そこにはもうひとり傍観者があった。最初ナスターシャを「何をおっしやるんです、公爵、お医者さまででもあるんで らいらく 見た瞬間から、麻痺したような状態に陥ったまま、じっと一尸すか ? 」と彼はできるだけ央活に磊落な調子でいった。「び つくりしたじゃありませんか。ナスターシャさん、ご紹介い 痴ロのところで「棒立ち」になっていたが、それでもガーニヤ の顔が青ざめてものすごい変化をおこしたのに気づいた。こたします、このかたはじつに珍しい掘出し物なんです。もっ 白の傍観者は公爵であった。彼ははとんど仰天したもののごとともばくもけさはじめて近づきになったばかりですが」 2 〃

5. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

爵は両手に包みをかかえて。 こういって、ふたたび彼は全身麻痺したかのごとく、歩道 % 「返事は ? 返事は ? 」とガーニヤはとびかからんばかりのの真ん中に棒立ちになった。けれど、すっかり度胆を抜かれ 勢いで、公爵に問いかけた。「アグラーヤさんはなんと て、あいたロがふさがらなかった。 ました ? あなた手紙を渡してくれましたか」 「ええ、読みました、たった今」 公爵は黙って手紙を返した。・ カーニヤは棒立ちになった。 「で、あの人が自分で、自分であなたに読ましたのですか ? 「えっー こりやわたしの手紙 ! 」と彼は叫んだ。「こいつ自分で ? 」 渡しもしなかったんだな ! おお、このことに気がっかなか 、、まくはあの人の許しがなか 「ええ、自分で。ご安心なさし ~ ったのはこっちの手ぬかりだった、ちえ、こ、こんちく : ったら、けっして読みやしなかったはずです」 そうだ、あの人にさっき何をいっても通じなかったのは当た ガーニヤはいっとき一「ロ葉もなく、苦しい努力をしてなにや り前だ ! え、どうして、どうして、どうしてあなた渡してら思いめぐらしていたが、ふいにどなりだした。 くれなかったんです ? ちえ、こんちく : 「そんなことがあってたまるものか ! あの人があなたに読 「失礼ですが、まるであべこべです。ばくはあなたがお頼みめといいつけるはずがありません。うそです ! あなたが勝 . になるとすぐ、お手紙を渡すことができました、しかもご注手に読んだのです ! 」 意のあったと同じ方法で渡したのです。それがまたばくの手「ばくは本当のことをいっています」と公爵は以前と同じ、 もとにあるのは、アグラーヤさんがたったいまばくにお戻しまったく平気な調子で答えた。「ばくを信じてくださ なすったからです」 のことがあなたにそれほど不快な印象を与えるかと思うと、 「いつです、いつです ? 」 ばくはお気の毒でなりません」 「ばくがアル・ハムに書き終えるとすぐ、アグラーヤさんがば 「ちえつ、情けない人だ、しかしそのときちょっとくらいな にかあなたにいったでしよう ? なにか返事があったでしょ くをお呼びになった ( あなたも聞いていられたでしよう ) 、 あのときです。ふたりが食堂に入ると、あの人はばくにこの 手紙を渡して、読んでみろといわれました。そしてあなたの 「そりや、むろんです」 手に戻してくれとのいいつけでした」 「聞かしてください さあ、聞かしてくださいったら、こん 「よーんでみろ ! 」ガーニヤはほとんどありったけの声を張ちくしよう : : : 」 こ、ついいながら、ガーニヤはオー ノーシューズをはいた右 り上げて叫んだ。「読んでみろって ! で、あなた読みまし 足で、二度までも人道で地団太を踏んだ。

6. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

「今晩あの人が自分の家で、承知か不承知かはっきり返事を 様子を見てとると、苦い徴笑を浮かべてつけ足した。 「おまえはまだわたしを疑って信用しないんですね。心配おするって約東したんです」とガーニヤが答えた。 「わたしたちはかれこれ三週間というもの、この話を避けて しでない。 もうこれからは以前のように、泣いたり頼んだり いましたが、まったくそれがよかったんです。けれど、今は しやしないから。すくなくともわたしだけはね。わたしはた だおまえが仕合わせでいてくれるようにと願うばかりです。何もかも決着したのだから、たった一つきかしてもらいたい と思います、 どうしてあの人はおまえに承諾の返事をし それはおまえだって知っておいでのはずだ。わたしは運命と たうえ、おまけに写真まで贈ることができたのかしら ? だ いうものに身を任せてしまいました。けれど、わたしの、いば って、おまえあの人を愛してはいないんでしよう。それとも かりは、一つ家に住まおうと別居しようと、いつでもおまえ といっしょにいます。もちろん、わたしのいうのは自分ひとおまえはあんな : : : あんな : りだけのことですよ。それと同じことを妹からも要求するわ「ふ、男を知った女を、とでもおっしやるんですか ? 」 「わたしはそんなふうにいおうと思ったのじゃありません。 けには行きません : : : 」 どナど、ほんとにおまえそれほどまでにあの人の目をくらま 「ああ、またあいつが ! 」とガーニヤは叫んで、あざけるよオし うに憎々しげに妹をながめた。「おかあさん ! もう前に約すことができたのかえ ? 」 カーニヤは 恐ろしいいらだたしさが突如この問に響いた。・ 東したことですが、わたしはもう一度あなたに誓います、ば くがついているあいだは、ばくが生きているあいだは、けっ じっと突っ立ったまま、一分間ほど考えていたが、やがて冷 して何者にもあなたに無礼な真似はさせません。だれが問題笑の色を隠そうともせずにいいだした。 「おかあさん、あなたはまた引きこまれてがまんしきれなく になろうとも、わたしはあなたに対する礼儀は失いません。 なりましたね。われわれの話はいつでもこんなふうに始まっ だれが家のしきいをまたいで入っても : : : 」 ガーニヤはすっかり嬉しくなって、和を求めるような優して、しだいに火の手が大きくなってゆくんです。あなたはた った今、もううるさく問いもしまいし、責めもしないとおっ い目つきで母をながめるのであった。 「わたしはね、自分のためには何も恐れはしなかったんですしやったのに、もうそいつが始まったじゃありませんか ? も、つよしましょ , つ、じっさいよしましよ、つ、そのほ、つがい よ、ガーニヤ、それはおまえにもわかるだろうね。わたしが い。すくなくも、おかあさんにはそういう意志があったんで 痴あの長いあいだ心配したり、苦しんだりしてきたのは、自分 のためじゃありません。なんだかきようすっかり片がつくそすからね : : : わたしはどんなことがあろうとも、けっしてあ 7 なたを見捨てはしません。これがほかの者だったら、すくな 白うですが、いったいなんの片なの ? 」 かた

7. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

あきした。見ていましようよ、知恵があって、ロ数の多いおた。 「いつも日にちがわからない。何日 ? 」 まえたちふたりが ( わたしアグラーヤは数に入れません ) 、 どうしてうまくこのさきこぎ抜けて行くか、そしてえらいえ 「二十七日です」とガーニヤが答えた。 「二十七日 ? それはいいですね、ある点から見て。さよう らいアレグサンドラさん、あなたがあの尊敬すべき紳士とい ! 」と夫人なら、あなたまだどっさり仕事がおありでしよう。わたし っしょになって仕合わせだかどうか : : : ああ : は入って来るガーニヤを見て叫んだ。「ここにもひとり結婚も、これから着替えをして出かけなければなりません。あな 同盟のかたがお見えになった。ご機嫌よう ! 」彼女はすわれたの写真を持ってらっしゃい。あのお気の毒なニーナさんに とも言わずガーニヤの会釈に答えた。「あなたはいま結婚しよろしく。公爵、またお目にかかりましよう。お坊っちゃ ん ! せいぜいお遊びに寄ってちょうだい、わたしはこれか よ , っとしてらっしやるでしょ , っ ? 」 「結婚を ? なぜ ? どんな結婚 : : : 」ガーニヤは不意をくらわざわざあんたのことを話しに、べロコンスカヤのお婆さ んのところへ行って来ます。そしてねえ、公爵、あんたがス らってこうつぶやいた。彼はおそろしく転倒してしまった。 「じゃ、あなた奥さんをおもらいなさるんですか、とおたずイスからペテルプルグへいらしたのは、つまりあなたをわた ねしましよう。もしこんなふうのいいかたがあなたのお好みしに引き合わせてやろうという、神さまのおばしめしなんだ と信じます。あんたほかにもいろいろ用事はあるでしようけ とあれば」 : しいいえ」とガヴリーラはうそれど、わたしのためというのがおもなんですよ。神さまがそ 「いいえ : : : わたしは : をついた。そして、羞恥の念に顔を真っかにした。彼はわきう考えてなすったことにちがいありません。さようなら、お のほうにすわっているアグラーヤをちらっと見やったが、そ嬢さんがた。アレグサンドラ、ちょっとわたしのとこへ来て のまますばやく目をそらした。アグラーヤは冷やかに落ちっちょうだい」 カーニヤは気も転倒してばんやり きはらってじっと彼を見つめながら、目を放さずにその当惑将軍夫人は出て行った。・ していたが、毒々しい顔つきをしてテープルから写真を取 のさまを見守るのであった。 り、ヘし曲げたような徴笑を浮かべながら公爵に向かって、 えですか ? あなた「いいえ』といいましたね ? 」と しゅうね きかぬ気の夫人は執念く追いつめた。「結構、わたし覚えて「公爵、わたしはすぐに帰宅しますが、もしわたしどもへ住 まおうという意志をお変えにならなかったら、お供しましょ いましようよ。きよう、水曜の朝、わたしの問いに対して、 う。でないと、あなたは所もごそんじないんですから」 あなたは『いいえ』といいました。きよう何曜だえ、水曜 ? 」 「公爵、少々お待ちください」と、アグラーヤはいきなりひ 「たしか水曜ですわ、おかあさん」とアデライーダが答え

8. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

るんですよー これこそじつに卑劣です、卑劣きわまること激しやすい人間だったのですが、 それが今はあのありさ まですからね ! もちろん、酒がさせるわざです。ごそんじ 「ばくはもうこれから決してあなたのことを、卑劣漢だなどですか、おやじが妾をおいているのを。今じゃもう罪のない と思いません」と公爵がいった。「さっきばくはあなたを悪うそっきだけじゃなくなったのです。おかあさんの辛抱づよ 党だとさえ思いましたが、今あなたは思いがけなくわたしを いのが不思議なくらいです。おやじはあなたにカルス包囲の 喜ばせてくださいました、 まったくいい教訓でした。物話をしましたか ? でなければ、葦毛の脇馬が物をいいだし 事は試さないさきに判断すべきものじゃありませんね。今こ たって話を ? じっさいそんなにまでひどくなってるんです そわかりました、あなたは単に悪党でないばかりか、あんま からね」と言い、ガーニヤはにわかに腹をかかえて笑いだし りひねくれた人とさえいうことができません。ばくの考えでた。 は、あなたはごくありふれた平凡な人で、ただ非常に弱いと 「なんだってわたしの顔ばかり見ていらっしやるのです ? 」 いうだけ、すこしも独自なところがありません」 ふいにカーニヤは公爵にきいた。 ガーニヤは毒々しく胸の中で薄笑いしたが、ロに出しては 「ばくはね、あなたが真底から笑いなすったのが、不思議な 何もいわなかった。公爵は自分の評言が相手の気に入らない んです。まったくあなたはまだ子供らしい笑いが残っていま のを見ると妙にてれて、同じように口をつぐんだ。 す。さっきも仲直りに入って来られたとき、「なんなら、ば 「おとうさんがあなたに金の無心をいいましたか ? 」とふい くあなたの手に接吻します』といわれたでしよう。あれはち にガーニヤがたずねた。 ようど、子供同士が仲直りのときにい うような訓子でした。 してみると、あなたはまだそうした言葉や挙動を、ロにした 「今にします。けっして貸しちゃいけませんよ。あれでも昔り実行したりすることができるんです。ところが、そうかと はなかなか品格のある人間でしてね。身分のある人とも交際思うと、だしぬけにあんな暗欝な思想や、七万五千ループリ ができてたんですよ。ところが、ああいう昔ふうのりつばな がい」 , フのこ、つのと、と、つと、つと鵡釈なさる。まったくのとこ 人間がみんなあとからあとからと減びてゆくことはどうでしろ、あんなのはなんだかいやにばかげていて、はんとうと思 よ、つー・ ほんのすこしばかり世間の事情が変わってくると、 えません」 もう以前の面影など見ることもできないんですからね、まる 「それで、あなたはいったいなにを論結しようとおっしやる で火薬に火がついたと同じことです。おやじも元はああまでんです ? 」 うそなどっく人じゃありませんでした。以前はただ過度に感 「ほかではありません、あなたがあまり軽率に身を処してい

9. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

ししたいことがあるのに、切り出 に、また今後わたしどもで見聞きなさることを、あすこの人ガーニヤはまだなにかしら、 たちにもお話しなさらないようにお願いします。ここにもましにくいと見えて、もじもじしている様子であった。部屋の たずいぶん外聞の悪いことが多いのですから。ええ、しかし、悪口もなんだか、ただてれ隠しのためらしかった。 ちょうず : が、ともかく、せめてきよう一日だ 公爵がやっと手水を使って、いくぶん身じまいもできたば どうともなるがいい : かりのところへ、またもや戸が開いて、新しい人物が現われ けでも控えてください」 「ばく、誓っていいます、ばくはあなたの考えていらっしゃ それは年のころ三十歳ばかり、背丈の低くない、肩のそび るほど、いろんなことをしゃべりはしなかったですよ」 公爵はガーニヤの小言にいくらかじりじりしながら答ええた男であった。大きな頭には赤毛がうねり、肉づきのいい た。ふたりのあいだの関係は目に見えてしだいしだいに険悪顔は赤みを帯び、くちびるは厚く、鼻は広くて低く、小さな どんよりした目は嘲笑の色を浮かべて、なんだかひっきりな になってきた。 「ええ、ですが、わたしはきようあなたのおかげで、ずいぶしにまたたきしているように見えた。全体として見ると、こ んひどい目にあいましたからね。まあ、要するに、お願いしれらのものすべてが、かなり厚かましく人の目に映るのであ った。みなりは薄ぎたなかった。 ているのです」 「それは、ガヴリーラ・アルダリオーノヴィチ、ばくはあの彼ははじめ首が突っこめるだけ戸をあけた。そして、突き ときどういう東縛を受けなけりゃならなかったんです、なぜ出した首が五秒ばかり部屋の中を見まわしていたが、やがて 写真のことを口にしてはならなかったのです ? あなたから戸がだんだん広く開いて来て、しきいの上にすっかり全身が 現われた。しかし、客はまだ入ろうとしないで、しきいの上 はべつになんとも依頼がなかったじゃありませんか」 「ふう、なんていやな部屋だ」さげすむようにあたりを見まから目を細めながら、じろじろといつまでも公爵を見まわす わしながら、ガーニヤはいった。「暗いうえに窓が裏庭のほのであった。やっとうしろ手に戸をしめて、のそのそそばへ うへ向いてる。あなたがいらしったのは、いろいろな点から近づくと、いすの上に腰をおろして、かたく公爵の手を握 り、はすかいに長いすにすわらした。 見ておりが悪かったですね : : : だが、それはわたしの知った 「ばくはフェルディシチェンコとい、フものです」問いでもか ことじゃない、下宿屋をやってるのはわたしじゃないのだか 痴ら」 けるように、じっと公爵の顔を見つめながら、男はこうロを きった。 そこへプチーツインが顔をのぞけて、・ カーニヤを呼んだ。 「それで、どうなんです ? 」と公爵は吹き出しそうにしなが四 白と、こちらはにしげに公爵を捨てて出て行った。そのくせ、

10. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

「そう思うわ、あの人そんなにお人好しじゃなくってよ」 っていったんです」 「ふん、またはじめた ! 」夫人は怒りだした。「わたしなん ガーニヤはもっと詳しく様子を話すように頼んだ。公爵は かから見ると、あんたたちのほうがもっとこつけいに見えま話して聞かせた。・ カーニヤはさらにあざけるごとく彼の顔を す。とばけたように見えても、腹に一物あるんですよ。むろながめた。 ん、これはごく高尚な意味でいうんだけれどね。そうですと 「ナスターシャもとんでもない人に覚えられたものだ : : : 」 も、そっくりわたしにそのままだ」 彼はこうつぶやいたが、いい も終わらぬさきに考えこんでし 『むろん、写真のことなど口をすべらしたのは、ばくが悪かまった。彼は、よそ目にもそれと見えるほどの心配ごとがあ ったんだ』公爵は、書斎へ近づくにしたがって、いくぶん気るらしかった。公爵が写真のことを促すと、「ねえ、公爵」 がとがめだし、胸の中でこんなことを考えるのであった。 と、あたかも思いがけない思案がひらめいたかのように、し : が、もしかしたら、ロをすべらしたのが結局よかったきなり、ガーニヤはこうきりだした。「ひとつあなたに大変 かもしれない : : しかし、わたしはじっさいど、フ なお願いがあるんですが : っていしカ・ 彼の脳中を一つの不思議な観念がひらめきはじめた、とは いえ、それはまだはっきりしていなかった。 彼はまごっいて、しまいまでいいきれなかった。なにかあ ガヴリーラはまだ書斎にこもって、書類の整理に余念なかる事を決行しようとして、おのれ自身と戦っているかのよう った。じっさい、彼は株式会社のほうでも月給のただ取りをであった。公爵は無言のまま控えている。ガーニヤは今一度 しているのではないらしかった。公爵に写真を貸してほしい ためすような目つきでじっと相手をながめた。 と頼まれ、奥の人たちが写真のことをかぎつけたわけを聞い 「じつは、公爵」とふたたびいいだした。「いま奥の人たち たとき、彼はおそろしく狼狽しこ。 はわたしのことを : : : あるきわめて奇怪な : : : そしてこつけ 「ええっー なんだってあなたはそんなおしゃべりをする必いな事情のために : : : それもわたしになんの罪もないのに 要があったんです ! 」と彼はいまいましげに叫んだ。「なん いや、もうこんなことは冗談ですーーー奥の人たちはなん にもわからないくせに : : : 白痴 ! 」と最後の一句を口の中でだかわたしに対して、少々腹を立てていられるらしいので つぶやいた。 す。そこでわたしは、当分よばれないかぎりあちらへ行きた 「ごめんなさい。まったくばく、なんの気なしにいったんでくないのです。ところが、わたしはいま非常に、アグラーヤ すから。話の拍子についうつかり出てしまったのです。じっ さんとお話しする必要を感じているんですが、万一の時をお ほアグラーヤさんが、ナスターシャさんと同じくらい美しい もんばかって、一筆手紙に書いておきました ( 彼の手の中に 8