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検索対象: ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)
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1. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

と、重大な意味をもっています。察するところ、恐ろしい良せん。でありますから、皆さん、なにもわたしにそんな白い 心の呵責に苦しめられて ( なぜと申しますに、わたしの被弁歯をお見せになる必要はないのです。将軍、あなたときた 護者は宗教心の厚い、良心を有した男ですからね。それはわら、もうまったく無作法なくらいですよ。第二に、わたし一 たしが証明します ) 、そこで、できるだけ自分の罪障を軽く個人の意見としては、赤ん坊はたいして滋養になりません。 するために、一種の試験として、坊主の肉に代えるに俗界のそして、あるいはあまり甘ったるすぎて、自然の要求をみた 肉をもってしました。単に試験としてやってみたというこすことができないうえに、あとでただ良心の呵責を残すだけ ガストロノミッグ と、これまた疑う余地がありません。美食的な変化を求めかもしれません。で、今度は結論であります。この結論の中 たものにしては、六という数字があまりに些細にすぎるので には、当時および現代において、最も大なる間題の解決が含 あります。いったいどういうわけで六人にとどまって、三十まれているのであります。犯人は最後に坊主たちのところへ 人でないのでありましよう ? ( わたしは半数をとったので出かけて自訴をし、自分を政府の手へわたしたのでありま ーを . し、力 / す、つまり半分半分と見たのですがね ) これが単に漬神罪、 す。したがって、当時の規定によれま、 よる董甬、 すなわち教会付属物に対する侮辱の恐怖から生じた自棄的の いかなる拷問が、 いかなる歯車や水火の責めが彼を待ち 試みであったとすれば、六という数字はじつによくわかって設けていたかという疑問がおこります。だれが強いて彼をし 来るのであります。なぜならば、良心の呵責を満足させるたて自訴するにいたらしめたか ? なぜ彼は六十という数字に めの試みならば、六人という数は十分すぎるのであります。 自分の手をとどめて、死ぬまで秘密を守らなかったか ? な そのわけはこうした試験の成功しようはずがないからでありぜ彼は教会を棄てて、隠遁者として悔悟の生活を送らなかっ ます。わたしの考えまするに、赤ん坊はあまり小さくて、そたか ? あるいはまた、なぜ彼自身も僧門に入らなかった の、つまり大きくないもんですから、一定期間のあいだに必か ? つまり、ここに謎の偉大なる解明があるのでありま 要な赤ん坊の数は、坊主よりも二倍、あるいは三倍になるはす ! つまり、これにはなにか水火の責めよりも、また二十 ずであります。かような次第ですから、罪はよし一方から見年来の習慣よりも、もっと強いあるものがあったのです ! て小さくなるとしても、結局、他の一方から見て、大きくなすなわち、どんな不幸よりも、どんな凶作よりも、どんな拷 って行きます。すなわち、質でなくして、量ですね。諸君、こ 問よりも、癩病よりもベストよりも、ずっと強い思想があっ 痴う論ずるに当たって、むろんわたしは十二世紀の犯人の心理たのです ! もしこの人心を制縛し、匡正し、生命の根源を に潜入しているので、わたし一個人、すなわち十九世紀の人豊富にするところの思想がなかったら、人類はとうていこれ 白間として見ると、あるいはまた別様な意見があるかもしれまらの不幸災厄を耐えしのぐことができません ! 諸君、そん かみ

2. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

陰惨なものでしたが、もちろん銅貨式のけちけちしたものでたから、したがって三度目に柱のほうへ呼び出されることに なっていたわけです。ひとりの僧が十字架を手にしてひとり ないことは、誓ってもよろしゅうございます。その男のなじ みといってはただくもと、窓の外に生えている小さな木だけひとり回って歩きました。いよいよ残り五分ばかりで、それ っそばくが去年別の以上命はないというときになりました。当人のいうところに だったのです : : : でも、それよりかし ) よりますと、この五分間が果てしもなく長い期限で、莫大な 男と会ったときのことを話したほうがよさそうです。それに は一つじつに奇妙なできごとがあるんです。奇妙だというの財産のような思いがしたそうです。最後の瞬間のことなど思 いわずらう必要のないほど多くの生活を、この五分聞に生活 は、つまり、あまり類のないお話だからです。この男はある ときほかの数名の者といっしょに処刑台にのばらされましできるような気がして、さまざまな処置を取りきめました。 すなわち、時間を割りふって、一一分間を友達との告別ーし た、国事犯のかどで銃殺刑の宣告を読み上げられたのです。 ところが、それから二十分ばかりたって特教の勅令が読み上ま二分間をこの世の名ごりに自分のことを考えるため、また げられ、罪一等を減じられました。けれど、この二つの宣告残りの一分間は最後に周囲の光景をながめるため、というふ のあいだの二十分、すくなくとも十五分というもの、その人うにしたのです。その人はこの三つの処置を取りきめて、こ は自分が幾分かののちにはばかりと死んでしまうものと信んな具合に時間を割りあてたのをよく覚えていました。当人 じて疑わなかったのです。この人が当時の印象をおりおり は当時一一十七歳、強壮な青年でした。友達に別れを告げなが ら、中のひとりにかなりのんきな質問を発して、その答えに 話して聞かせましたが、それがおそろしくばくの心をひ まで興味を持ったということです。さて、友達との告別がす 桑掘りしてききか て、ばくは幾度となく、はじめから村掘り罎 むと、今度は自分のことを考えるために割りあてた二分が参 えしました。その人はおそろしいほどはっきり覚えていて、 AJ りました。当人はどんなことを考えたらいいか、あらかじめ この数分間のできごとはけっしてけっして忘れはしない、 いっていました。群集や兵隊に取りまかれた処刑台から、二承知していました。いま自分はこうして存在し生活している 十歩ばかり離れたところに、柱が三本立ててあったそうでのに、もう二分か三分たったら一種のあるものになる。すな す犯人力いくたりもいたからです。まず三人の者をひつばわちだれかに、でなければ何かになるのだ。これはそもそも なぜだろう、 この問題をできるだけ速く、できるだけ明 っていって柱へしばりつけ、死刑服 ( だぶだぶした長い白い 痴着物 ) を着せ、それから銃の見えないように、白い頭巾を目瞭に解決しようと思ったのです。だれかになるとすればだれ になるのか、そしてそれはどこであろう ? これだけのこと の上までかぶせました。次におのおのの柱のまえに数人ずつ 白の兵士が整列しました。ばくの知人は八番目に立っていましをすっかり、この二分間に知りつくそうと考えたのですー コペイカ 3

3. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

しい』というだけの段があったでた。さきはど酒場で食事のときに、近ごろ非常にやかましい 一刹那を全生涯に代えても、 騒ぎになっているきわめて奇怪な殺人事件について、ポーイ こういつを相手に話したことを田 5 い出したが、このことを思い出すや 彼は一時モスグワで仲のよかったラゴージンに、 いなや、ふいに彼の心内に不思議な変化が現われてきた。 たことがある。『この一栄ガレ リこ、ばくはあの時はもはやなか ほとんど一種の誘惑ともいうべき、激しいおさえがたいあ るべしという警抜な言葉が、なんだかわかってくるような気 がした』それから、ほほえみながらつけ足して、『あの癲剩る欲望が、がぜんかれの意志を完全に麻痺さしたのである。 もちのマホメットが引っくり返した水瓶から、まだ水の流れ彼はべンチを立ちあがり、公園からすぐにペテルプルグ区へ 出かけた。さきほどネヴァ河の河岸通りでだれか通行人を捕 出さぬさきに、すべてのアラーの神の棲家を見つくしたとい うが、おそらくこれがその瞬間なのだろう』もっとも、彼はまえて、ペテルプルグ区の見当を川越しに教えてくれと頼ん カ彼はそのとき だとき、その人はさっそく教えてくれた。、 モスグワではラゴージンとよく落ち合って、こればかりでな と、つしてもきよ、つゆかねば 出かけて行かなかった。それに、、、 くいろいろな話をしたものである。 ならぬ必要はないのだった。それは彼も自分でよく知ってい 「さっきラゴージンは、あの当時ばくを兄弟同様に田 5 ってた といったが、きようはじめて、ばくにうち明けたんだな』とる。所書きはちゃんと持っているのだから、レーベジェフの 親戚の女というのをさがし出すのは、きわめてたやすいこと 公爵は腹の中で考えた。 彼がこんなことを考えていたのは、夏の園のとある木陰であったが、彼はその女が家にいないことを的確に信じてい た。『きっとパーヴロフスクへ行ったに相違ない。でなけれ のべンチの上であった。もうかれこれ七時ごろで、公園はが らんとしていた。なにかしら暗欝な影がちらとっかのま落日ば、コーリヤも約東どおり「衡屋」に何か書き残しておくは のおもてをかすめた。空気は息苦しく、かすかに雷雨の襲来ずだ』こういうわけであるから、彼がいま出かけて行ってる を知らせるような何ものかがあった。彼は今のこうした瞑想のも、もちろんその女に会おうがためではなく、い悩まし い別の好奇心が彼をそそのかしていたのである。あるあらた 的な気分の中に、一種の快い誘惑を感じた。あらゆる外物に な思いがけない観念が彼の頭に浮かんだのだ : 対し、回想や批判をもってからみついていったが、これがな しかし、自分が歩きだし、そして、どこへ向けて歩いてる んとなく好もしかった。彼はしじゅうなにかしら目前にさし かちゃんとわかっている、この自覚だけで彼を苦しめるのに 痴迫ったほんとうのことを忘れたい気がしたが、ちょっとあた りを見まわすたびに、どうかしてもぎ放したいもぎ放したい はもう十分すぎるくらいであった。一分もたたぬうちに、ふ たたび彼はほとんど自分の行く道に気づかず歩いていた。自 白と思っている暗い自分の想念を、すぐさま思い出すのであっ レートニイ・サー

4. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

不安な状態に陥っていたが、それと同時に、矢も楯もたまら継続していたが、今この瞬間まですこしも気づかないでいた釦 こ、るころから、 ぬ隠遁の要求を感じるのであった。彼は自分ひとりだけになのだ。もう幾時間も前から、まだ『衡屋』冫し いや、ことによったら「衡屋』へ行く前から、彼はともすれ って、この悩ましい緊張感の中に、すこしの出口も求めず、 ば自分の周囲に、あるものをさがしはじめたのであった。と 受身の態度で没入していたい気がした。自分の心になだれか きおり長く、半時間も忘れていることもあったが、やがてふ かるさまざまの問題が、ただただいまわしく、それを解決し ようという気にもなれなかった。「仕方がないさ、なにも自たたび不安げにあたりを見まわして、なにやらさがしている 分が悪いわけじゃないんだもの』と彼はほとんど無意識に、いのであった。 しかし、自分の心内にだいぶまえから生じていながら、し の中でつぶやくのであった。 かも今まですこしも自覚せずにいたこの病的な働きに気がっ 六時に近いころ、彼はツアールスコエ・セロー鉄道のプラ くやいなや、たちまちさらに一つの事柄が記憶の底からよみ ットホームに立っていた。孤独の状態はまもなく彼に堪えが たくなったのである。新しい熱情の潮が彼の心にみなぎりあがえって、異常な興味をそそった。というのはほかでもな い、彼が絶えまなく周囲を見まわして、なにやらさがし求め ふれ、魂を包んで苦しめていた暗闇は、一瞬にして輝かしい 光明に照らし出された。彼はパーヴロフスグ行きの切符をもている自分に心づいたちょうどそのとき、彼はとある小店の とめて、堪えがたい焦躁の心持ちで早くそこへ行ってしまお窓に近い歩道に立って、そこに並べてある一つの品を一、いに うとあせった。 : 、 力あるものが彼を追究していたのはもちろながめていたことを思いだしたのである。自分がたった今、 んである。しかも、そのあるものは、一つの現実世界で、けわずか五分間ばかり前にこの店の窓ぎわに立っていたのは、 はたして現実であったのか、ただの幻想ではなかろうか、な もっとも、彼は、幻想であると考えた っして幻想ではない。 にか別のことといっしょにして考えているのではなかろう かったのかもしれないけれど。 か、彼はどうしても今すぐに実否をただしたい気がした。ほ 汽車の中へ座を構えたとき、彼はにわかにたったいま買っ たばかりの切符を床へたたきつけ、当惑したような沈みこんんとうに、この店とこの品は、この世に存在しているのか ? ださまで、停車場を出た。幾分かたったのち彼は往来の上彼はきよう自分がことに病的な気持ちにとらえられているの で、ふいに何事か思い出したようなそぶりをした。長いことを感じた。それは以前病気の激しかったとき、発作の襲おう とするまぎわによく経験したのと、ほとんど同じ気持ちであ 自分を苦しめていたある不思議なものを思いおこしたのだ、 った。こうした発作のおこりそうなときの彼は、自分でも知 自分がいっしようけんめいある仕事に没頭していることを、 っていたが、おそろしくばんやりしてしまって、よくよく注 ふいにはっきりと意識したのだ。それはもうずっと以前から

5. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

「なんだってあなたはあたしをそんなにごらんなさるの、公 かなわないのなら、せめて自分の露台にでもすわっていた い。ただその場にはだれも、レーベジェフもその子供たちも爵 ? 」ふいに自分を取り巻く人々のにぎやかな会話と笑い声 、よいほうがいい、 あの長いすに身を投げかけ、枕に顔を埋を断ち切って、アグラーヤはこう問いかけた。「あたしあな たがこわいわ。あたしなんだかあなたが今にも手を伸ばし め、そのまま昼も夜もまた次の日も、じっと横になっていた ときどきちらりと山のことも想像に浮かんだ。山といって、指であたしの顔をいじってごらんになりそうな気がし ても、その中でなじみの深いある一つの場所で、彼は好んでて、しようがないんですのよ。そうじゃありませんか、ねえ、 エヴゲーニィさん、公爵の目つきはそんなふうですわね ? 」 いつもその場所を思い浮かべた。それは、彼がまだスイスに 公爵は、人が自分に話しかけたのを、びつくりしたよ、つに 暮らしていたころ、毎日のよ、フに出かけて、下の村を見おろ したところである。そこから下の方に、やっと見えるか見え 聞いていた。そして、なにやら思いめぐらすさまであった が、ほんとうによくわからなかったと見えて、返事をしなか ないぐらいの白糸のような滝、白い雲、捨てて顧みられない オがみなが笑っているのを見ると、 いきなり大きな口 古城の廃址をながめるのがすきだった。おお、どんなにか彼っこ。、、、 は今この場所に立って、ただ一つのことばかり思いつづけてをあけて、自分でも笑い出した。あたりの笑い声はひとしお いたかったろう、 高くなった。士官はよはどおかしがりと見えて、いきなりぶ おお ! 一生このことばかり思いつづ けていたい、 このこと一つだけで千年のあいだ考えとおっとふきだした。アグラーヤはふいに腹立たしげにロの中で すにも十分である ! そして、ここの人たちが、自分のことつぶやいた。 を忘れてしまったってかまいはしない。 いや、そうならねば 「白痴 ! 」 もしはじめから」 ならぬ、そのほうがかえって都合がいし 「まあ ! ほんとうにこの娘は、いったいこんなものに : この子はほんとに気がちがうのじゃないかしら」 の人たちがぜんぜん自分を知らすにいて、この恐ろしい幻影 がただの夢であったなら。しかし、もう夢でもうつつでも、 とリザヴェータ夫人は歯ぎしりしながらひとりごちた。 どちらでも同じことではないかー ときどき彼はふいにアグ 「あれは冗談ですよ。あれはさっきの『貧しき騎士』と同じ ような冗談ですよ」とアレクサンドラはしつかりした調子 ラーヤを見つめはじめる。そして、五分間ばかりその顔から 目を放さなかったが、その目つきがじつに奇妙であった。まで、母夫人に耳打ちした。「それだけのこってすわ ! あの 痴るで自分から二露里も離れている物体か、あるいは絵姿でも子は今もまた自分一流のやり方で、公爵をからかったんです ながめているようで、当のアグラーヤを見る目つきではなか よ。ただこの冗談はあんまり薬がききすぎました。もうやめ させなくちゃなりませんわ、おかあさま ! さっきはまたま

6. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

すわ』とヴァルヴァーラはいった。ちょっと話のついでのよる。このとき彼は、じつにじつに不幸な人間であった。 うにこの最後の事実 ( 公爵にとってはきわめて意味ぶかい事レーベジェフがやはりまだ不在だったので、夕方ケルレル 実 ) を報告すると、兄妹はいとまを告げて出て行った。『。ハ は首尾よく公爵のところへ押しかけて来た。酔っぱらっては ヴリーシチェフの息子』事件に関しても、ガーニヤはやは しオカたが、感慨にたえないという調子で、、い清を上露し り、ひとことも口にしなかった。それはうわっつらばかりのながら懺悔話をはじめた。彼はぶつつけに公爵に向かって、 ーヴロフスク 遠慮のためか、さもなくば『公爵の心持ちを察して』のこと自分は公爵に今までの全生涯を話しに来た かもしれぬ。しかしとにかく、公爵は彼の骨折りで事件の落へ残ったのもそれがためだといった。この男を追い出すのは 着したことを、あらためて礼をいった。 彼まどんなことがあろうと出て行きそ 所詮不可能であった。ノ。 うになかった。ケルレルは長々と、とりとめない話をしそう やっとのことでひとりきりにしてもらえたのを喜びなが ら、公爵は露台をおりて往来を横切り、公園へ入った。どんな様子であったが、ふいに、まだ二口か三ロしかいわぬうち なふうに『第一歩』を踏み出すべきかを熟考し、解決したか に、もう結論へ飛び越してしまい、自分はあらゆる道徳の幻 ったのである。けれど、この『第一歩』は熟考すべき種類の影を失って ( それはもつばら上帝に対する不信から生じたも ものではなく、熟考せずにただただ決行すべき性質のものでのであるが ) 、ついには盗みをするまでに立ちいたった、と あった。にわかに彼は、こんなことをいっさいふり棄てて、 うち明けた。 もと来たほうへ引っ返し、どこか遠い田舎にでも引っこんで「あなたはほんとうに想像がっきますか ! 」 「ねえ、ケルレル君、ばくだったら特別な必要もないのに、 しまいたい、今すぐ、だれにも別れを告げずに立って行きた い、という激しい欲求を感じた。もう二、三日でもここにぐそんなことを自白しませんがねえ」と公爵はい、、 「もっとも、きみは自分にいいがかりをしておられるのかも ずぐずしていたら、この世界へ永久に引きずりこまれて、こ しれませんね」 の世界が生涯の運命となってしまうだろう、と彼は痛感した 「いや、これはあなただけです、あなたひとりだけに、自分 のである。しかし、十分と考えないうちに、逃げ出すことは 不可能だ、これは自分の意気地なさから出たことだ、自分のの精神的発育を助けたいと思っていうのです ! ほかの人に 前にはある問題が展開していて、それを解決しないのは、すはけっして口外することじゃありません。死ねば、この秘密 痴くなくともその解決に全力をそそがないのは、今の自分としは経帷子の下へ持って行きます ! しかし、あなたはごそん じないかもしれませんが、とてもごそんじはないでしよう て許されないことだ、と、はらを決めた。こうした想念をい 白だいて家へ帰ったが、十五分間とは散歩しなかったのであが、現代において金をもうけるってことは、じつにむすかし

7. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

る。最後にガヴリーラも紹介せられた : : が、とどのつまついては、どうも後悔するわけには行かぬ、なぜなら彼は病 り、ナスターシャに関して奇妙な評判がすっかり広がってし膏肓に入ったすき者で、自分で自分を制することができない まった。ほかでもない、彼女の美しいことはみんな知ってい からである。ところで、いま結婚したいと思っているが、世 るが、しかしただそれつきりで、なにも彼女を種に自慢する間体のわるくない上流紳士らしいこの結婚の連命は、一にか こともできなければ、なにも変わった話の種にするようなこ かって彼女の双手にある。ひと言にしてつくせば、ト 彼はナス ともないのであった。こういう評判にかてて加えて、彼女のターシャの高潔なる、い情に、すべての望みをつないでいる、 教育とか、才知とか、または優雅な物腰などがい というふうなことを、トーツキイは包ます隠さず女にう トーツキイにかねての計画を実行しようという決心をち明けた。その次に、エバンチン将軍が父親の資格でこんこ 固めさせた。工パンチン将軍が自分であれほどいっしようけんと説きはじめた。その説きかたは道理を主として、感情的 んめいにこのいきさつにたずさわるようになったのは、まさ な一一一口句をさけ、こ、、こ オ彼女が、 トーツキイの運命を決する権利 にこの時からである。 の所有者であることを完全に承認する山をのべ、また娘の運 トーツキイは将軍の令嬢を所望するについて、父将軍に如命が ( ことによったら、あとふたりの娘の運命も ) 彼女の決 才なく親友としての意見を求めたとき、その場で高潔なる態心一つにかかっているうんぬんの言葉で、自分もある点では 度をもっていっさいの事情を露にうち明けてしまった。おおとなしくあきらめているということを手にほのめかし のれの自山を得るためこま、、 ーーし力なる方法をも躊躇しないこた。「つまり、わたしにどうしろとおっしやるのですか ? 』 と、よしやナスターシャが今後かれの安寧を妨げないと自分というナスターシャの、 日ーしし刄ーて トー・ツキ・イは以、」劇と一同 から申し立てても、彼はけっして安心せぬ、口先の誓いなど じくあけっぴろげにまっすぐに白状した、・ーー彼は五年前に では十分でない、 もっとも完全な保証が必要である、とこうひどくびつくりさせられたので、ナスターシャがだれかに嫁 いうようなことをうち明けた。さまざまに談合した末、共同入りせぬうちはとても安、いできない、 こ , ついってトーツキイ 一致ことに従うということに決まった。まず最初はなるべく はすぐっけ足した、 こんな依頼はなにかそれについて確 穏便な手段をとって、いわば、「胸の琴線』に触れるくら、 かな根拠がなかったなら、じつにばかばかしいことに相違な のところにとどめようと決議した。ふたりはナスターシャの い。が、自分はこんなことを知っている、 りつばな家柄 もとへ出かけて行った。トーツキイはいきなりぶつつけに、 の出で、今も尊敬すべき家族とともに暮らしている青年、と 自分の境遇の堪えがたい恐ろしさを女に訴え、万事につけお いうのはじつは彼女も承知しているばかりでなく、自分の家 のれ一身を責めた。たたナスターシャに対する最初の行為に へ出入りを許しているガヴリーラ・アルダリオーノヴィチ・ こうこう

8. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

白 こんだのは、子供の時分で、決闘だとか強盗の襲撃だとか、 戸をたたく音がするので目をさました。もし九時すぎまでば もしくは決闘の申し込みを受けていさぎよくビストルで立っ くが自分で戸をあけず、また茶をよこすように声をかけなか ったら、マトリヨーナが自分で戸をたたくことに規定してあとか、そんな空思が急におもしろくなる、ばかげた年ごろの るのだ。で、ばくは彼女のために戸をあけてやったが、そのことだった。ひと月ばかりまえ、ばくはこのビストルを取り ときすぐに、戸はこうしてちゃんと鍵をかけてあるのに、ど出して見て、ちゃんと用意をしておいた。これを入れてあっ うしてあの男が入って来たんだろう、という想念が浮かんでた箱の中には、二発の弾丸があったし、薬筒には三発分の火 きた。そこでばくは家人に聞きただして、本物のラゴージン薬もあった。このピストルは、やくざなしろもので、ひどく ということを確信した。なぜ横のほうへそれるから、十五歩以上離れたら到底うてつこな の入って来られるはすがない、 しかし、もちろんびったりこめかみへ当てれば、頭蓋骨 なら、うちの戸は夜になると、すっかり錠をおろしてしまう 、うまでもない をひん曲げることができるのは、し からである。 ーヴロフスクで死ぬことにきめ 『ば / 、は日の山国と一同わ于に、。、 『いま詳しく描写した奇怪なできごとこそ、ばくが断固「決 た。それも別荘の人を驚かさないために、公園へおりて死ぬ 心した」原因である。したがって、この最後の決心を急がし たものは、論理でも演繹でもなく、ただ嫌悪の念のみである。のだ。ばくの「告白」は警察に対して、十分事件の真相を説 かように奇怪な形式を採ってばくを侮辱する人生に、このう明するだろう。心理学に興味を有する人や、その他必要を感 え踏みとどまってはいられない。あの幻覚がばくを卑小なもずる人たちは、この「告白」からなんとでも勝手に結論をく とはいえ、ばくはこの原稿が公けにされる だされるがよし のにしてしまった。ばくはふくろぐもの姿を借りている普愚 ことを望まない。ねがわくは、公爵が一部の写しを手もとに な力に、降伏することはとうていできなくなったのである。 日暮れがたになって、十分断固たる決心を感得した刹那、は蓄えておき、いま一部をアグラーヤ・エバンチナに渡しても これがばくの本志である。またばくの遺骨は学術 じめてばくは軽々とした気持ちになった。これははんの最初らいたい。 の一瞬間で、次の瞬間以後は、すでにパーヴロフスグ行きの汽に貢献するため、医科大学へ寄付する。 したがって、今あら 「ばくは自分に対して裁きを認めない、 車中にあった。しかし、このことはもう十分説明しておいた。 ゆる法権の外に立っている。いっそやこんなことを想像し 7 もーば / 、、か て、おかしくてたまらなかった。ほかでもない、 とっぜんいまだれ彼の容赦なく、一度に十人くらい殺してみ 3 とにかくこの世でい ようと考えついたらーーーなんでもい & 7 「ばくは小さな懐中用のビストルを持っていた。それを買い

9. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

いやだと念を押して、結婚のまぎわまで ( もし結婚が成立す づいて隠れた思わくがないことを見きわめるまでは、けっし て彼と結婚はせぬと断言した。なににもせよ、彼女はけっしるとしたら ) 、最後の一時間までも、否という権利を保有す て自分が悪いと思っていないのだから、自分がどういう条件ることを約し、ガーニヤにもそれと同じ権利を与えた。間も なく偶然の機会からガーニヤの耳にすっかり入ったことだ のもとにこの五年をベテルプルグに過ごしたか、 が、彼の家族一同がこの結婚に対し、またナスターシャという とはいかなる関係にあるか、また財産は十分ためているかど うか、こんなことをよくガヴリーラに知ってもらいたい。そ人物に対して、こころよからぬ感情をいだいているために、 十 6 れから最後に、自分が金を受けとるのは、自分自身すこしも家の中でしよっちゅう、いざこざのおこるということが、 罪のない、けがされたる処女の純潔のためなどではなく、たや細大もらさずナスターシャに知れていたのである。で、彼 だただゆがめられた運命に対する賠償とするにすぎない由をは今にもそのことをいいだされるかと、毎日毎日待ちうけて したが、彼女は自分の口からはおくびにも出さなかった。 述べた。 こ関連して生じたさまざまの事 こんな具合で、この結婚談し 彼女はこれだけのことをうち明けるに当たって、おそろし しかしわれわれはあま く興奮していらだたしい様子を示したので ( それはきわめて情やできごとを話せばきりがないが、 自然な道理である ) 、将軍はすっかり安心して、もう話がまとりにさきを急ぎすぎたきらいがあるし、それに以上記述した こすぎないものさえあ 事実のあるものは、単に漠とした風説ー まったような気がした。しかし、一度おどしつけられたトー ッキイは、今度もまるごと信じきることができず、もしや花る。たとえば、ナスターシャがエバンチン家の令嬢たちと、 のかげに蛇が隠れていはしないかと、長いあいだびくびくし人に隠してある不可解な交際をはじめたのを、トーツキイが ていた。いよいよ交渉がはじまった。ふたりの親友の魂胆とどこからかかぎだしたなどというにいたっては、ぜんぜん信 をおくにたらぬうわさである。そのかわり、彼トーツキイも なっているかんじんの点、つまり、ナスターシャの心をガー こよ、、いならずも信をおかないわけに行か ニヤのほうになびかせうるや否やが、だんだんはっきりわか今ひとつの風評冫 ってくるようになり、トーツキイさえもどうかすると成功をず、悪い夢でも見せられたように恐れていた。それはこうで ある。ガーニヤの結婚はただ金が欲しさの策略だということ 信ずるような心持ちになった。その間にナスターシャはガー ニヤとじか談判をした。もっとも、あまり口数はきかなかつも、ガーニヤは腹黒で欲つばりで、かんしやく持ちのうらや 一ましがりで、おまけに、何ものともつり合いのとれぬほど自 加たので、なんだか彼女の処女らしい羞恥心が、そのさい、 種の苦痛を感じたのかとも思われた。彼女は男の愛を認め許尊心が強いということも、ナスターシャは知りすぎるほど知 、、まじめの , っ引 したが、しかしなににもせよ、自分の自由を制限されるのはり抜いているのであった。ガーニヤはじっさー

10. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

食わなかったが、この廊下も、自分の部屋も、この家ぜんた ない人間で、そして臆病者だ ! 』と公爵は沈んだ調子でくり かえし、急に突発的に歩きだしたが : : : また歩みをとめてし いも、みんなひと目見たばかりで気に食わなかった。彼は , の日のうち幾度となく、またここまで帰って来なければならまった。 ぬということを思い出しては、なんだか妙にいやあな気持ち 註 * ~ * までは一全四年版でドストエーフスキイが削除した部分である ( 訳者 ) ・「きようはなんだってまあ、患っている女みた ただでさえ音いこの門はこのとき非常に暗かった。じりじ 、に、いちいち虫の知らせなんてものを気にかけるんだろりとおおいかかって雷雨を知らせる黒雲は、タベの光を呑み う ! 』と彼は門際に立ちどまりながら、いらだたしげな冷笑っくし、公爵が宿に近寄ったときは、にわかに空一面に流れ を浮かべてこう考えた。と、きよう見たある一つの物がこの広がった。彼が一分間ほど立ちどまってから急に歩き出した 瞬間に、きわだって、いに浮かんで来た。けれど、その浮かびその瞬間に、彼はちょうど門のすぐ入口、往来から門へ入り 、こは「冷静』で、『完全なる理性』を伴っていて、もはやこもうというところにいた。ふいに彼は門のずっと奥のほう・ 以前の『恐ろしい夢』は影もなかった。彼はふとさっきラゴの薄くらがり、正面階段に近いあたりに、ひとりの男が立っ ージンのテープルの上に見つけたナイフを思いおこしたのでているのをみとめた。この男は何ものかを待ちもうけている ある。『だが、ラゴージンだって、自分のほしいだけのナイふうにみえたが、すばやく身をひるがして消え失せた。公爵 ははっきりこの男を見わけるすきがなかったので、むろんだ フをテープルの上に置いてならないって法はないではない か』と考え、彼はにわかに自分で自分にびつくりした、と同れとたしかにはいえなかった。それに、ここは宿屋であって 時に びつくりしてからだの麻痺するような心持ちを覚みれば、さまざまな人の通るのはあたりまえである。多くの えると同時に、さきほど自分が刃物屋の店先に立ちどまった 人が廊下へ入ったり出たり、あわただしげに馳せちがうのも ことを思いおこした。『いったいどういう関係がその間にあ珍しくない。しかし、『自分はこの男を見わけることができ るというんだ ! 』と叫びかけたが、いい終わらぬうちに口をた、この男はラゴージンに相違ない』という、打ち消すこと つぐんだ。堪えがたい羞恥というよりもむしろ絶望がさらにのできない十分な確信を得たような気がした。一瞬ののち、 潮のごとく襲って、彼をその場へ、門の入口へ釘づけにして公爵は彼のあとを追って、階段めがけてかけだした。彼は、し 彼はちょっと歩みをとめたのである。これはよく 臓の凍るような思いがした。「いまに万事すっかり落着する あることで、思いがけなく浮かんでくる堪えがたい回想、このだ ! 』怪しい確信をいだいて、彼はこうひとりごちたので とに羞恥と結びつけられた回想は、普通ちょっとのま人をそある。 の場へ立ちどまらせるものである。『そうだ、おれは真情の 公爵が門からかけのばった階段は、二階と三階の廊下へ通