顔 - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)
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1. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

ます。ところで、今こうしてすっかりうち明けたお話をして づて来るのです。ばくがいよいよ出発するというときには、 いますが、あなたがたの前だとばくちっとも恥ずかしいなん 子供たち一同うちそろって停車場まで見送ってくれました。 停車場は村からちょっと一露里ばかりありました。みんな泣て思いません。ばくはいったい人づきの悪いたちですから、 こちらへも当分あがらないかもしれません。けれども、こう くまいといっしようけんめいにがまんしていましたが、なか いったからって、悪い意味にとってくだすっては困ります。 にはたまらなくなって声をたてて泣きだしたのも大勢いまし ばくはけっしてあなたがたをばかにするとか、またはなにか た。ことに女の子がそうでした。ばくたちは時間に遅れまい として急いでいましたが、にわかに子供の中のひとりが道ので気を悪くしてるとか、そんなつもりで申したのじゃありま 真ん中で、群を離れてばくに飛びつき、小さな手でばくを抱せん。ところで、ばくがあなたがたの顔についてどう感じた かっておたずねが先刻ありましたが、いま喜んでこれにお答 きしめて、接吻するじゃありませんか。ただそれだけのこと にみんなの足をとめさせるのです。われわれは先を急いではえしましよう。アデライーダさん、あなたの顔は幸福そうな いましたが、一同足をとめて、その子が別れを告げてしまう顔です。お三人の中でいっとう感じのいい顔です。それにあ なたはたいへんご器量がよろしゅうございます、あなたの顔 のを待っていました。ばくが汽車に乗りこんで、汽車がいよ いよ動き出すと、彼らはいっせいに『万才』を叫んで、汽車を見ていると、『この人の顔は親切な妹の顔のような気がす がすっかり見えなくなってしまうまで、じっと一つところにる』とでもいいたくなります。あなたはざっくばらんに、快 立ちつくしていました。ばくも同様そのほうをながめていま活に他人に接近なさいますが、同時に相手の胸の奥まですぐ した : : : ああ、そうそう、さっきばくがここへはいって、あ見抜いてしまう力をもっていらっしゃいます。あなたのお顔 ばくこのごろいっしを見ていると、こ、ついう気がします。さて、アレグサンドラ なたがたの美しいお顔を見たとき、 ようけんめいに人の顔を見てるんです、 あなたがたからさん、あなたの顔もやはり美しくて優しい顔です。しかし、 最初のお言葉を聞いたとき、ばくの心はあのとき以来、はじあなたはなんだか秘めたる悲しみとでもいうようなものをも めて軽くなったような思いがしました。さっきもちょっと考ってらっしやる。あなたのお心もまたじつに美しいに相違あ りません、があまり快活とは申されません。ちょうどドレス えたことなんですが、ばくはじっさい幸福な人間かもしれま せんよ。ひと目見てすぐ好きになるような人は、容易に出くデンにあるホルバインのマドンナに似た、ある種の影があな 痴わすものじゃないのですが、ばくは汽車をおりるとすぐ、あたの顔に現われています。これがあなたの顔の印象です。よ なたがたという人に出くわしました。他人に自分の感情を語く当たったでしよう。あなたはご自分でばくのことを察しの いい人間だとおっしやったんですものね。ところで、奥さ引 白るのは恥ずかしいくらいのことは、ばくだってよく知ってし

2. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

た。 顔ばかり ? いったいどんな顔でございますの ? 」 「ね、公爵、アレグセイにお話しなすったくらいなら、あた 「それは殺されるちょうど一分まえです」まるで前から用意 したちに聞かしてくださらないって法はありませんわ」 でもしていたように、彼はさっそく話しだした。それはただ 「わたしぜひ , つかがいと , つございますわ」とアデライーダは この思い出ひとつに没頭しつくして、ほかのことはいっさい 忘れ果てたような具合である。「犯人が梯子段を登りつくし 「さっきはまったく」と公爵はまたいくぶん元気づいて ( 公て、処刑台に足を踏みこんだその瞬間なのです。そのとき、 爵は非常に早くそして正直に元気づく人らしかった ) 、アデ男はふとばくのほうへ向いたので、こちらもその顔をちらと ライーダのほうへ向いた。「まったくあなたのおたずねにな ながめ、何もかもがわかりました : : : ですが、まあどんなふ ばくはあなたにしろだ った画題に関して、ご助言しようという考えがあったんでうにこれを話したらいいでしよう ! す。どうですか、ギロチンの落ちて来る一分前の死刑囚の顔れにしろ、そいつを絵に描いてもらいたくてもらいたくてた をお描きになっては。まだ処刑台の上に立っていて、これかまらないんです ! あなただったら申し分ありません ! ば ら板の上へ横になろうとしているときです」 くはもうそのときから、有益な絵になるだろうと考えていま 「え、顔ですって ? 顔ばかり ? 」とアデライーダがたずねした。しかし、その中には、前にあったことを残らず現わし ていなくちゃいけないんです。その男は牢屋に押しこめられ 「ずいぶん妙な画題ですことね。それじゃ、まるで絵にならて、刑の執行を待っていましたが、すくなくとも一週間くら ないじゃありませんか」 いは間があると思っていたのです。つまり、ありふれた形式 「わかりませんね、なぜでしよう ? 」と公爵は熱、いにい、は的な順序を当てにしていたんでしよう。書類はまだどこかほ った。「ばくは近ごろ・ハーゼルで絵をひとつ見ました。そのかへ回されて、やっと一週間もたったころにやって来るだろ まがしたくてたまらないんです : : : またいっかお話ししまし う、くらいのつもりでいました。ところが、思いがけなくあ じつに感動させられました」 る事情からして、その手続きが短縮されたのです。ある朝の 「パーゼルの絵のお話はのちはどぜひうかがいとうございま五時ごろ、男はまだ寝ていました。もう十月の末でしたか すが」アデライーダが受けた。「今はどうかその死刑の絵のら、朝の五時はまだ暗くて寒いのです。典獄が看守といっし 痴ことを、もっとくわしく説明してくださいましな。あなたが ょにそうっと入って来て、用心ぶかく男の肩に触りました。 こちらは片ひじついて起き直ると、 , ーー・灯が見えるじゃあり 心の中で考えてらっしやるように伝えていただけるでしよう ませんか。『どうしたんです ? 』『九時に死刑だ』男は半分寝 白かしら ? どういうふうにその顔を描くんですの。それで、 6

3. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

うに、しばらくじっと立ちすくんでいた。けれど、今度こそ いに今一つの手が、あわや打ちおろさんとするガーニヤの手 ほんとうにナスターシャが出て行こうとするのを見ると、彼を支えたのである。 は夢中で妹に飛びかかり、怒りに任せてむずとその手をつか ふたりのあいだに公爵が立っていた。 んだ。 「およしなさい、たくさんですよ ! 」と彼は押しつけるよう 「きさま何してくれたんだ ! 」と彼はいきなりどなりつけ にいったが、そのからだは恐ろしい心内の動乱にわなわなと た、まるでこの場で灰にしてしまいたいと望むかのように、 ふるえていた。 妹をにらみつけながら。彼はもはやまったく前後を忘れて、 「おお、きさまどこまでもおれのじゃまをしようというんだ ほとんど分別を失ってしまった。 な ! 」ヴァーリヤの手を棄てたガーニヤは、はえるようにこ一 「わたしが何をしたかですって ? どこへわたしをひつばっ ういって、極度まで達した怒りに任せて、カかぎり公爵の横 て行くんです ? いったい、あの女が来てあなたのおかあさ つらをなぐりつけた。 んに恥をかかせ、あなたの家をけがしたことに対して、あの 「あっ ! 」とコーリヤは田 5 わず手を打ち鳴らした。「あっ、 女におわびでもしなくちゃならないんですの ? あんたは卑大変 ! 」 劣な男です」勝ち誇ったような調子で、挑戦的に兄の顔をな驚愕の声が四方からおこった。公爵の顔は一度にさっと青 がめながら、ヴァーリヤはふたたび叫んだ。 ざめた。不思議な詰問するようなまなざしで、彼はひたとガ・ 幾瞬かのあいだ、ふたりは顔と顔を突き合わして立ってい ーニヤの目に見入った。そのくちびるはふるえつつ、なにや た。ガーニヤはいつまでも妹の手をつかんだままでいた。ヴらいいだそうとあせったが、ただ取ってつけたような奇妙な アーリヤは力いつばい自分の手をひつばっこ、 また一徴笑に怪しく歪むのであった。 しかし力が足りなかった。と、ふいにわれを忘れて「ええ、ばくならどんなにされてもかまいません : : : けれ 彼女は兄の顔に唾を吐きかけた。 ど、あの人には : : けっして手出しをさせませんよ ! 」とよ 「おやおや、大変なお嬢さまだこと ! 」とナスターシャが叫うやく彼は小さな声でいった。しかし、彼はついに堪えかね んだ。「おめでとう、プチーツインさん、わたし、あなたに 4 に、刀 , も、つカ 1 ーニヤこ、 冫カまうことをやめて、両手で顔をおお お祝い申し上げます ! 」 いながら、片隅へ退き、壁に面したまま、とぎれとぎれな声 ガーニヤは目の前が暗くなってきた。彼はまったく前後をでいいたした 忘れ、ありたけの力をこめて、妹めがけて手を振り上げた。 「おお、きみはどんなに自分のしたことを後悔されるでし 拳はかならす妺の顔に当たるに相違ないと思われた。と、ふう ! 」

4. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

しい様子であった。もしこのふたりが、なぜ自分たちの身の 上がことにこの場合注目に価するかということを、両方から たがいに知りあったなら、彼らはかならずや自分たち両人を ペテルプルグ・ワルシャワ線の三等車に向かいあってすわら せた運命の奇怪さに驚いたであろう。ひとりは背丈の高から ぬ二十七歳ばかりの男で、渦を巻いた髪の毛はほとんど真っ 黒といっていいくらい、灰色の目は小さいけれど火のように 燃えている。鼻は低くて平ったく、顔は頬骨がとがって、薄・ 手なくちびるは絶えずなんとなく高慢らしい、人を小ばかに したような、毒々しくさえ思われるような薄笑いを含んでい 十一月下旬のこと、珍しく暖かい、とある朝の九時ごろ、 た。けれど、その額は高く秀でて恰好よく整い、卑しげに発 ペテルプルグ・ワルシャワ鉄道の一列車は、全速力を出して達した顔の下半分を補っているのであった。この顔の中で特 ペテルプルグに近づきつつあった。空気は湿って霧深く、夜に目立つのは死人のように青ざめた色つやで、それがこの若 はかろうじて明けはなれたように思われた。汽車の窓から者に、がっしりした体格に似合わぬ、疲労困憊した人のよう は、右も左も十歩の外は一物も見わけることができなかっ な風貌を与えていたが、同時に、その思いあがったような粗 た。旅客の中には多少外国帰りの人もあったが、それよりも暴な薄笑いや、自足したような鋭いまなざしとはまるで調和 こあきんど むしろあまり遠からぬ所から乗って来た小商人連の多い三等しなし 、、畄ましいまでに熱清的なあるものがあった。彼は黒 車がいちばんこんでいた。こんな場合の常として、だれも彼い布を表地にしたゆったりした毛皮外套にぬくぬくとくるま も疲れきって、ひと晩のうちに重くなった目をどんよりさ っているので、昨夜の夜寒もさほどに感じなかったが、向か せ、からだのしんまで凍えきっていた。どの顔もどの顔も霧 いの席の相客は、思いもかけなかったらしい湿っぱいロシャ の色にまぎれて、青黄いろく見える。 の十一月の夜のきびしさを、ふるえる背におしこたえねばな ずきん とある三等車の窓近く、夜明けごろからふたりの旅客がひらなかったのである。彼は大きな頭巾つきの、だぶだぶし 痴ざとひざを突きあわせて、腰かけていた。どちらも若い人 た、地の厚いマントを羽織っていたが、それはどこか遠い外 で、どちらも身軽な、おごらぬ扮装、どちらもかなり特徴の国。・ーースイスか北部イタリーあたりで、冬の旅行に使われる 白ある顔形をしていて、どちらもたがいに話でもはじめたいらものにそっくりであった。ただし、それもオイドグーネン 第一編 いでたち

5. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

あすにも自分でラゴージンのところへおもむいて、 そりうるだろうか ? ああ、あれこそは人の同情を呼びさま 彼女に会ったことを告げるつもりである。じっさい、かれがさずにはおかぬ顔だ、人の心をわしづかみにせずにはおかぬ ここへ飛んで来たのは、 ( ラゴージンの言葉を借りると ) た顔だ、あの顔こそは : : と、にわかにやけつくような苦しい ことによったら、 だ彼女にひと目あいたいがためであるー 回想が、公爵の心をかすめて通った。 望みどおり会えるかもしれぬ、彼女がパーヴロフスクにいる しかり、苦しい回想である。彼ははじめて彼女に発狂の兆 というのは、それほど確実なことでもないのだからー 候を認めたとき、非常に煩悶したことを思いだした。そのと そうだー 今こそいっさいをきつばり片づけねばならぬ、 き彼は本当に自暴自棄的な心持ちを覚えた。女が自分のとこ すべての人がたがいの心を読み合わねばならぬ、さっきラゴろからラゴージンのほうへ走ったとき、どうしてそのまま捨 ージンの叫んだああした悲惨な熱狂的な断念の叫びを、いってておいたのであろう ? みずから女のあとを追って走るべ きいなくしてしまわねばならぬ、しかも、それは無理のなきであって、安閑と人の報告など待っているべきではなかっ 、自山な、そして : : : 明るい方法で遂行せねばならぬ。ラたのだ。 : いったいラゴージンは今まで彼女の : 一フゴージンは、 ・ゴージンとても光明の精神に欠けているわけではあるまい 発狂に気がっかないのだろうか。ふむー 彼は自分の口からして、おれの愛しかたはおめえのとはまるあらゆる事件に別の原囚を、情欲的の原因ばかり見る人であ つきり違っている、おれには同情とか憐愍とかいうものがする ! それに、あの気ちがいじみた嫉妬はなんということ 、しもない こんなこともいっていたし、また「おめえの愍 だ ! そうして、先刻あんな臆測をしたのは、何をいおうと みはおれの恋より強いかもしれない』とこうもつけ足した。 いう腹だったのか ? ( こう思って、公爵はふと顔を真っ赤に しかし、彼は自分で自分に言いがかりをしているのだ。ふした、何か心臟の中でびくっとふるえたような気がした ) : ラゴージンが本を読みだした、 いったいこれ だが、なんだってこんなことを思い出す必要があるのか ? は『愍み』ではなかろうか、「愍み』のはじまりではなかろこれではまるで、双方から気ちがいじみた真似をし合ってる うか ? ただこの本が彼の手もとにあるということだけで、 ようなものだ。いったい自分が情欲的にあの女を愛するなん 彼が彼女にたいする関係を完全に自覚していることが証明さて、ほとんど不可能なことだ、はとんど残酷な不人情なこと じっさいラゴージンは自分で自 れるではないか ? それに、さきはどの彼の物語はどうだろだ。そうとも、そうともー いやいや、あれは単に情欲というよりはたしかに深い分に言いがかりをしているのだ。彼は苦することも同情を ものだ。いったい彼女の顔は単に人の情欲のみをそそるよう寄せることもできる偉大な心清を持っている。もし彼がこと にできているだろうか ? それにあの顔がいま人の情欲をその真相をすっかり知り抜いて、あの傷つけられた半気ちがい あわれ

6. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

く、いきなり機械的に二、三歩前へ踏み出した。 ガーニヤはおそろしく赤面して、なにやらどもりどもり答 「水をお飲みなさい」と彼はガーニヤにささやいた。「そう えようとしたが、ナスターシャはすぐにこうつけ足した。 「いったいどこに下宿人をお置きになるの ? あなたのとこして、そんな目つきをしちゃいけません」 公爵はこれだけのことをなんの考えも目算もなく、たた には書斎もないじゃありませんか。ですが、もうかります んの衝動的にいったものらしかった。けれど、この言葉のも 、こ彼女はニーナ夫人に向かってこういっこ。 カーニヤの憤怒は挙げ たらした働きは異常のものであった。・ 「ずいぶん面倒でございます」と、こちらは答えはじめた。 「それは申すまでもなく、利益もありませんでは : : : ですけてことごとく、一時に公爵へ浴びせかけられたように思われ た。彼はいきなり相手の肩をつかんで、無言のまま復讐の念 れど、わたくしどもはほんの : : ・こ にもえてさも憎々しげに、さながら一語も発することができ しかし、ナスターシャは今度も、もう聞いていなかった。 一座はざ 彼女はじっとガーニヤを見すえていたが、やがて笑いながらぬといった様子で、じっとねめつけるのであった。 わざわと動揺しはじめた。ニーナ夫人は低い叫び声を上げた 叫びだした。 「まあ、あなたの顔はなんでしよう。ああ、ほんとに、こんほどである。プチーツインは気づかわしげに一歩前へ踏み出 した。おりから戸口に現われたコーリヤとフェルディシチェ なときになんて顔をなさるんでしよう : : : 」 こ、、こヴ - ア 1 ーリヤの「みは ンコは、びつくりして立ちどまった。オオ この笑いがいっときつづいた。と、ガーニヤの顔はほんと いぜんとして額ごしに注意ぶかくできごとを観祭していた。 うにものすごく歪んで来た。棒のように固くなった態度や、 こつけいな臆病そうなうろたえた表情がふいに消えて、気味彼女は席に着きもせず母のそばへ寄って、両手を胸に組み合 の悪いほど真っ青な顔になり、くちびるは痙攣的にひん曲がわしたまま立っていた。 けれども、ガーニヤはすぐ、ほとんどこの動作をはじめる った。彼は無言のまま気味の悪い目つきで、じっと瞬きもせ と同時に心づいて、神経的にからからと高笑いした。彼はす ずに、絶え間なく笑いつづける客の顔を見つめるのであっ つかりわれに返ったのである。 そこにはもうひとり傍観者があった。最初ナスターシャを「何をおっしやるんです、公爵、お医者さまででもあるんで らいらく 見た瞬間から、麻痺したような状態に陥ったまま、じっと一尸すか ? 」と彼はできるだけ央活に磊落な調子でいった。「び つくりしたじゃありませんか。ナスターシャさん、ご紹介い 痴ロのところで「棒立ち」になっていたが、それでもガーニヤ の顔が青ざめてものすごい変化をおこしたのに気づいた。こたします、このかたはじつに珍しい掘出し物なんです。もっ 白の傍観者は公爵であった。彼ははとんど仰天したもののごとともばくもけさはじめて近づきになったばかりですが」 2 〃

7. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

公爵はロをつぐんで一座を見まわした。 どとお思いにならないでください。それはまったくなにやら クワイエチズム 「これじゃあんまり静寂教らしくないわ」とアレクサンドラ 企らみはあるに相違ないでしようが、もう三人ともあなたが はひとり一一一口のよ、つに、つこ。 好きになっているのですよ。わたしはあの子たちの顔をよく 「ね、公爵、今度はあなたの恋物語を聞かしてくださいな」知っております」 とア一アライーダがいしオオ 「ばくもあの人たちの顔をよく知っております」と公爵は妙 公爵はびつくりしたようにその顔をながめた。 に言葉に力を入れてこういった。 「と申しますのはね」アデライーダは、なんとなく、せきこ 「それはどういうわけですの ? 」とアデライーダが好奇心に んだ調子で、「あなたからはまだパーゼルの絵のお話もうか満ちた声でたずねた。 がわなくちゃならないんですが、わたしそれよりさきに、あ「いったいどうわたしたちの顔をごそんじなんです ? 」と他 なたの恋物語を聞かしていただきとうございますの。強情をのふたりも興ありげに問いかけた。 お張りになってもだめ、あなたは恋をなさいました。それに けれども、公爵は黙ってまじめな様子をしていた。一同は また、そのお話をおはじめになるとすぐに、哲学者ぶるのを彼の答えを待ちもうけていた。 おやめになりましようから」 「あとで申しましよう」と彼は低いまじめな調子でいった。 「あなたはどこまでもあたしたちの興味を釣ろうとなさるん 「あなたはなんでも話しておしまいになると、すぐにその話 したことを、恥ずかしがりなさいますわね」とふいにアグラですわ」とアグラーヤが叫んだ。「それに、なんてもったい ぶった言いかたでしよう ! 」 ーヤが口を入れた。「それはいったいなぜですの ? 」 「まあ、なんてばかなことを」不満足げにアグラーヤを見す「ま、よございます」とアデライーダはまたせきこルで、 えながら夫人がさえぎった。 「もしあなたがそんなに顔の鑑定の大家でしたら、たしか に、恋をなすったに相違ありません。つまり、わたしの言う 「あんまり気がきいてもいないわね」とアレグサンドラも相 づちを打った。 ことが当たったわけですわ。話してくださいましよ」 「公爵、この子のいうことを正直にお取んなすってはいけま 「ばく、恋したことなんかありません」公爵はまた前と同 せんよ」と夫人は公爵に向かっていった。「なにかしら意地じ、低い、まじめな調子で答えた。「ばくが : : : 幸福たった わるでわざとあんなことをしてるんですから。あの子はけつのは、ほかにわけがあるのです」 「どうして、なぜですの ? 」 してあんなばかにしつけたのではございません。どうぞね、 あなた、あの三人があなたをいじめようとかかっている、な 「いいです、ひとつお話ししましよう」と公爵はいいきった

8. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

いことを腹の中で企んでますよ ! 」 ちょっと前から、杯をわきのほうへ押しのけて、飲みやめて 「この人は」と公爵はいった。「きよう非常にあなたの興味 しまった。なんとなく沈んだような影が彼の顔をかすめたの である。一同が席を立ったとき、彼はラゴージンのそばへ近をひいてるように、ばくはお見受けしました。すくなくと ーヴルイチ。そ も、そう思われましたよ、エヴゲーニイ・ハ 寄り、並んで腰をおろした。その様子から見ると、ふたりは , フでーしよ、つ ? ・」 非常に仲のいい友達同士のように思われた。ラゴージンもは 、。まくの今の状態とし 「それに、こういい添えてくださし冫 じめのうちはやはり何遍も、そっと出て行きたそうにしてい たが、これまた出て行こうと思ったのを忘れてしまったようて、自分でもいろいろ考えるべきことがあるにもかかわら 、今は頭を垂れて、身動きもせずにすわっていた。彼は今ず、ってね。じっさい、自分でも驚いてるぐらいですよ、今 夜ははじめからしまいまで一滴の酒も飲まないで、おそろし夜ははじめからずっと、このいやな面から、目を放すことが く考えこんでいる。ただときどき目を上げて、一同のものをできないんですからね ! 」 「′ 4 ッポリーー ト君の顔は美しいじゃありませんか : ひとりひとりながめるだけであった。なにか彼は自分にとっ て非常に大切なことを待ち設けていて、それまではどうして「ちょいと、ちょいとごらんなさい ! 」エヴゲーニイは公爵 も帰るまいと決心しているようにも、今は想像されるのであの手を引きながら、こう叫んだ。「ちょいとー 公爵はまたしてもびつくりして、エヴゲーニイを振りかえ 公爵はみんなで二杯か三杯ほしたばかりだが、だいぶ愉快った。 そうであった。テープルから立って、エヴゲーニイと視線を 5 合わしたとき、彼はふたりのあいだに約東された相談を思い 出した。そして、愛想よく徴笑して見せた。エヴゲーニイは レーベジェフの弁論の終わるころ、ふいに長いすの上で眠 ちょっとうなずいたが、ふいにイツポリートをさして、じっ ートは、まるでだれかに横腹を突かれた りに落ちたイツポリ とその顔を見守るのであった。ィッポリートは長いすの上に かのように、ひょいと目をさまして、ひとっ身震いをし、起 横になって、眠っていた。 きあがってあたりを見まわすと、真っ青になった。彼はほと 「ねえ、いったいなんのためにこの小僧っ子は、あなたのと 痴ころへ入りこんだんです、公爵 ? 」といきなり彼は公爵がびんど一種の驚きをもって人々をながめていたが、ようやくい っさいのことを思いおこしたとき、彼の顔にはほとんど恐怖 つくりするほど、憤懣と憎悪をあらわに見せながら、こうい 白い出した。「ばく請け合っていいますが、この小僧なにか悪ともいうべきものが現われた。 401

9. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

公爵は、びつくりした娘の顔、少年の顔、長いすにねそべともう燕尾服を着こんだレーベジ , フが、目をしよばしよば させ、ポケットからハンカチを出して一涙を拭く用意をしなが っている若者の顔を見くらべた。すると、みんなが笑ってい ら、部屋へ帰って来て、こういった。「みんなみなし児でご たので、公爵も笑いだした。 さいます」 「燕尾服を着にいったんです」と少年がいった。 「おとうさん、なんだってそんな穴だらけの物を着て出たん 「なんていまいましい話だろう」とまた公爵はいいかけた。 ですの」と娘がいった。「だって、あの戸の向こうに、新し 「ばくはまた、その : : : ねえ、あの人は : : : 」 いフロックがあるじゃありませんか、見えないんですの、 「酔っぱらってるとお思いですか」と叫ぶ声が長いすからお こった。「なあに、これつからさきも ! さよう、盃に三杯ったい」 、、、よっこ オ ! 」レーベジェフはどなりつけた。「ほ 「やかましし か四杯ーーーまあ、五杯ぐらいやったかな、しかしそんなこと んとにきさまは ! 」と地団太を踏みそうにしこ。 はもう定式になってまさあ」 カそのとき娘けれど、今度は娘はただ笑っていた。 公爵は長いすのほうへふり向こうとした。ま、 「なにをおとうさんおどかしてらっしやるの。あたしはター がかわいい顔にこのうえもなくうち解けた表情を浮かべてい ニヤじゃないから、逃げ出しなんかしなくってよ。ただこの 等、ト : 一ノ、か・つ リューポチカが目をさますばっかりだわ。それに、驚風でも 「父は毎朝あまりたんとはいただきませんの。あなたもしな とうなさるの : : : 大きな声をして ! 」 にかご用でいらっしたのでしたら、今おっしゃいましな。ちおこしたら、。 「め、め、めっそうな ! 舌がはれっちまうぞ、とんでもな ようどいいおりですの。夕方帰って参りますと、もう酔っぱ : 」とレーベジェフはおそろしく面くらって、娘の腕に らってますから。それに、このごろではおもに夜分寝る別に 泣きながら、わたしたちに聖書を読んで聞かしてくれます眠っている赤ん坊のほうへ飛んで行き、頓狂な様子をして の。と申しますのは、五週間まえにうちのかあさんがなくな二、三度、十字を切った。 「神よ、守りたまえ、神よ、守護したまえ ! これはわたし ったもんですから」 「あいつが逃げだしたのは、あなたに受け答えするのがむずのじつの赤ん坊で、リュポーフィという娘です」と彼は公爵 難産で死んだ家内 に向かって「このあいだなくなった、 かしくなったからでさあ」長いすの若者は笑いだして、「わ 痴っしゃあ賭でもしますよ、あいつはあなたをごまかそうとしのエレーナと、正当な法律上の結婚でできた児です。このや せつばちは、わたしの娘でヴェーラ、喪服を着ています : ています、今その腹案を立ててるんですよ」 白「たった五週間にしかなりません ! たった五週間にしか ! 」ところで、こいつは、こいつは、おお、こいつは : 2 の

10. ドストエーフスキイ全集7 白痴(上)

、え、そんなは ガーニヤはしんじっ穴へでも入りたいようなふうで、茫然あなたはもとからそんなかたなんですか。しし と立っていた。コーリヤは馳け寄って公爵に抱きっき接吻をずはありません ! 」いきなり公爵は深い、いの底から、責めな じるような調子で叫んだ。 した。つづいてラゴージン、ヴァーリヤ、プチーツイン、ニ ナスターシャは面くらってにたりと笑った。しかし、その ことにアルダリオン将軍まで、一同あらそっ 1 ナ夫人、 冫しくぶんへども てそのまわりにひしひしと集まった。 笑いの中になにかを隠してでもいるようこ、、 「なんでもありません、なんでもありません ! 」公爵はやはどして、ちょっとガーニヤを尻目にかけると、そのままぶい カまだ控室までも行かぬうちに と客間を出てしまった。ま、 り取ってつけたような徴笑を浮かべたまま、左右へふり向い てつぶやいた。 彼女はにわかに引っ返してニーナ夫人に近寄り、その手を取 って自分のくちびるに押し当てた。 「そうとも、後悔しなくってさ ! 」とラゴージンがどなっ 「わたしはね、まったくのところこんな女ではありません、 た。「ガンカ、てめえよくまあ恥ずかしくもねえ、こんな : 羊っ子を ( 彼はこれ以外の言葉を考えつくことができなかつあの人のいったとおりですの」と早口に熱した調子でささや いたが、ふいにかっとなって顔をまっかにすると、いきなり たのである ) いじめやがったな ! 公爵、おめえはいい子 だ、あんなやつらはうっちゃっておきな。唾でもひっかけと身をひるがえして客間を出て行った。その動作の素早さは、 いて、おれといっしょに行こうじゃねえか。ラゴージンがどほんの一瞬のあいだであったから、なんのために彼女が引っ れくらいおめえにほれこんでるか、今にわかるだろう」 返したのか、だれひとり想像する暇もなかった。ただなにか ナスターシャも同じくガーニヤのふるまいと、公爵の答え ニーナ夫人にささやいて、その手に接吻したらしい、それだ に、いを打たれた。さきほどのわざとらしい空笑いとはすこし けのことに気がついたばかりである。しかし、ヴァーリヤの 調和しないいつも青白い彼女の顔が、今や明らかに、あるみは、それをすっかり見もし聞きもしたので、びつくりして 新しい感情にかき乱されたようであった。けれど、彼女はや彼女を目送するのであった。 ガーニヤはふとわれに返って、ナスターシャを見送りにか はりそれを表に現わしたくないと見えて、あざけりの調子が けだしたが、 / 顔の上にありありともがいているかのようであった。 彼女は早くも外へ出てしまっていた。彼がやっ 「ほんとだ ! わたしどこかで、この人の顔を見たことがあと階段の上で追いついたとき、 痴る ! 」またふいにさっきの疑問を思い浮かべたように、彼女「お見送りにはおよびません ! 」とナスターシャが叫んだ。 はいもよらぬまじめな声でこういった。 「さようなら、また晩にね ! きっとですよ、よござんす 「日「あなたもまたそれでちっとも恥ずかしくないんですか !