あなたに - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)
269件見つかりました。

1. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

「ぜひお行きになるがよろしい」とチーホンは相槌を打っ 「ばくがもうちゃんと見えるといってるのに、そう念をお押衵 しになるのは妙ですね」とスタヴローギンはまた一語一語に 「あなたはさも当たり前のようにおっしゃいますね : いらいらし始めた。「むろん見えるのです、今あなたを見て たいばくのような人間をご覧になったことがあるんですか、 いるのと同じように。どうかすると、現に見ていながら、そ こんな幻覚に憑かれた人間を ? 」 の見ているということに確信が持てないんです : : : またどう 「見たことがありますよ。しかし、ごくたまですな。今までかすると、ばくとあいっと、どちらが本当なのやらわからな の経験では、たった一人だけ覚えております。将校でしてくなる : : : が、こんなことみんなくだらない話です。いった とも な、かけ換えのない生涯の伴侶を、つれあいを失くしてから いあなたはどうしても想像がおできになりませんか、これが そうなったので、もう一人は話にだけ聞いたものです。両方本当の悪霊だとは ! 」あまりにも急激に冷笑の調子に移りな ともその後、外国で療治を受けたそうですよ : : : あなたは前がら、彼はからからと笑って、こうつけ足した。「だって、 からそれにかかっておられますかな ? 」 そのほうがあなたのご商売がらにふさわしいじゃありません 「一年ばかり、しかし、これはみんなくだらないことですか」 よ。医者に見てもらいます。みんな馬鹿げたことです。恐ろ「おそらく病気と見るのが適当でしよう、もっとも : : : 」 しく馬鹿げたことです。それはいろんな姿をしたばく自身に 「もっとも何です ! 」 すぎないんです。いまばくがこの一句をつけ足したので、あ「悪霊は疑いもなく存在しておる。けれど、その解釈はきわ なたはきっとそ , っ思っていらっしやるでしょ , つ、 これはめて区々まちまちのはずですて」 あくりよう まったくばく自身であって、けっして悪霊じゃないってこと 「あなたがまた目をお伏せになったのは」スタヴローギンは を、十分に確信しきっていない、いまだにやはり疑ってるだ いら立たしげな嘲笑を浮かべながら、相手の言葉を抑えた。 ろ , フと」 「ばくが悪霊を信じてるので、人ごとながら恥ずかしいから チーホンは不審げに彼を見つめた。 でしよう。しかし、ばくそれを信じてないというていで、一 「で : : : あなたは、本当にそれをご覧なさるのかな ? 」と彼つあなたにずるい質問を提出しましよう、やつは本当にいる はたずねたが、それはニコライの話が確かに馬鹿馬鹿しい んですか、いないんですか ? 」 病的な幻覚に過さないと言うことについて、いっさいの疑い チーホンはなんともっかぬ微笑を洩らした。 を押しのけてしまおうとするような語調だった。「あなたは 「いや、それじゃ、ご承知おき願いますが、ばくは少しもあ 本当に何かの姿を見られるのかな ? 」 なたの思わくを恥じちゃいませんよ。で、今の失礼の代わり

2. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

かるべし』と教えられたものです。これが十戒に載ってるんのが、定式になっておりますなあ。そりやわしも、酒ぐらい です。もし、神様が、愛に報酬を与える必要を認めたとすれ飲んだかもしれません。しかし、本当になさらんでしよう ば、それは取りも直さず、不道徳な神様です。こんなふうな が、よく夜中に靴下ひとつで寝床から跳ね起きて、神が信仰 言葉を使って、わたしはさっきあなたに論証して聞かせたのを恵んでくださるようにと、十字を切ったりなぞしたもので です。けっして二こと目じゃありません。だって、あなたがすぞ。その当時から、神はありゃなしやという問題で、平然 いったいあなたがとしておれんかったものでな。それほどわしはこのことにつ ご自分の権利を声明なすったんですもの。 鈍感で、今までそれがわからないからって、そんなことだれ いて、苦しい思いをしてきたものですよ ! もっとも、朝に が知るもんですか。あなたはそれが癪にさわるもんだから、 なると、もちろん、また気が紛れて、信仰がなくなるような 勝手に腹を立ててるんですよ、 これがあなた方の世代の気味あいでしたがな。全体として、わしの観察によると、だ れでも昼間はいくぶん信仰が薄らぐもんですな」 正体なんですよ」 「あなたのところにカルタはありませんか ? 」無遠慮に大あ 「おたんちんめ ! 」と少佐はいった。 くびをしながら、ヴェルホーヴェンスキイは主婦にたずねた。 「あなたが馬鹿なのよ」 「わたしはまったく、まったくあなたの質問に同感します 「そんな悪口をつくか ! 」 「しかし、カビトン・マクシームイチ、失礼ですが、さっきわ ! 」少佐の言葉に対する憤慨のあまり、真っ赤になって、 あなた自身そういわれたじゃありませんか、おれは神を信じ女学生は吐き出すようにいった。 ていないって」テープルの向こうの端から、リプーチンが黄「馬鹿な話を聞いてて、貴重な時間を無駄にするばかりです わ」と主婦は断ち切るようにいい、卩 命令するように夫を見や いろい声でこう叫んだ。 わしのことは別 「わしが何をいおうとかまやしません、 問題ですよ ! 或いは、実際、わしは信仰を持っとるかもし女学生はきっとなった。 言じきっとるわけじゃありませんぞ。たと れません。が、イ 「わたしはこの集まりの皆さんに、大学生の苦痛と抗議に関 え、ぜんぜん信仰を持っとらんにしても、それでも、神は銃して、一言したいと思っていました。ところが、不道徳な会 刑にしてしまわねばならんなどと、そんなことはけっしてい話で時間が浪費されますから : : : 」 「道徳的なものも不道徳なものも、そんなものは一つもあり 電わんです。わしはまだ軽騎兵隊に勤めておる時分、よく神の やしません」女学生が話を始めるが早いか、さっそく中学生 問題で考え込んだものですて。大抵の詩では、軽騎兵という はこらえきれないでこ , ついっこ。 悪ものを、酒を呑んだり、騒いだりしてばかりおるように書く

3. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

きな過ちを、じ 0 と考えておりましたが、案の定、それが本三度目である ) さきほどと同じような驚愕が、彼女の顔をへ 当だとわかりました」 し曲げた。彼女はふたたび手を目の前に突き出しながら、一 「いったいどうわかったんです ? 」 あしあとへよろめいた。 「ただあの人のほうになにかありはしまいかと、それが気づ 「いったいどうしたのです ? 」ほとんど憤怒の発作を感じな かいなのでございます」相手の リ、には答えようともせずがら、ニコライはこう叫んだ。 ( まるで聞かなかったのかもしれぬ ) 、彼女は語りつづけた。 けれど、この驚愕はほんの一瞬だった。彼女の顔は何かし 「それにしても、あの人があんな連中の仲間になるはすはあら疑り深そうな、気持ちの悪い、奇妙な微笑に歪められた。 りません。伯爵夫人は、わたしを馬車に乗せてくれましたけ 「公爵、お願いですから、ちょっと立って、入ってみてくだ れど、わたしを取って食いたいくらいに思っています。だれさいませんか」と彼女は突然きっとした、思い込んだような もかれもみんな、ぐるになっているのです。けれど、いった声でいった。 いあの人までがそうなのでしようか ? あの人まで心変わり 「入ってみるってどうするんです ? どこへ入るんです ? 」 したのでしようか ? ( 彼女の下顎と唇はぶるぶる慄え出し 「わたしはこの五年間、あの人がどうして入ってらっしやる た ) ねえ、あなた、あなたは七つの寺で呪われた、グリーシだろうと、そればかり心に描いておりましたの。さあ、すぐ カ・オトウレーピエフ ( 僧侶上りの青年、歴史上の入しの話をお読に立 0 てあちらの部屋へ行 0 て、戸の陰へ隠れていてくださ みなさいましたか ? 」 いまし。わたしはまるでなんにも当てにしてないようなふう ニコライは押し黙っていた。 をして、本を手に持って、坐っております。そこへあなたが 「だけど、わたしもうあなたのほうへ向いて、あなたの顔を五年の旅をすまして、思いがけなく入ってらっしやる : : : そ 見ますよ」とふいに決心したらしくいった。「あなたもわたれがどんなふうか見とうございますの」 しのほうを向いて、わたしの顔を見てくださいな。じっと一 ニコライはひとり心の中で歯咬みしながら、何かわけのわ 生懸命にね。わたしもう一ペんたしかめて見たいんですか からないことをぶつぶつつぶやいた。 「たくさんだ」と、彼は掌でテープルを叩きながらいった。 「ばくはもうずっと前から、あなたのほうを見ていますよ」 「マリヤさん、お願いだから、ばくのいうことを聞いてくだ 「ふむ ! 」マリヤは一心に見入りながらいった。「あなたはさい。後生だから、ありったけの注意を集中してください。 ずいぶんお肥りになりましたねえ : : : 」 もしできることなら : : : なんといっても、あなたはずぶの気 彼女はまだ何かいおうとしたが、ふいにまた ( もうこれでちがいじゃないんだから ! 」彼はこらえかねてこうロ走っ

4. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

凡くら式にやるのです。つまり、しゃべってしゃべってしやは何もあなたを自分の仲間扱いにして、迷惑をかけるために べり抜くのです。やたらにせき込んで論証しようとするのでいったんじゃありません。しかしねえ、今日あなたは恐ろし す。そうして、しまいには自分でも自分の論証にまごっいちく癇が立っていますよ。ばくはうち開いた、快活な心をいだ いて駆けつけたのに、あなたは一々ばくの言葉尻をつかまえ まえば、聴き手のほうでも不得要領で、ただあきれて両手を 広げながら ( もしべっと唾でも吐いてくれれば何よりですがるんですもの。誓っておきますが、今日は断じて尻擽ったい ようなことはいいません。あらかじめ断わっておきますよ。 ね ) 、ばくの傍を離れて行ってしまいますよ。こうすれば、 第一、自分の人の好さ加減を吹聴し、相手をすっかりいやがそして、あなたの提出なさるいっさいの条件に、前もって同 一挙三得意を表明しておきます ! 」 らせ、しかも自分の真相を晦ませるんだから、 ニコライはしゅうねく押し黙っていた。 どうです、これでも秘密の企 ってわけじゃありませんか ! 「え ? なんですって ? あなた何かいいましたか ? あ みを持ってるなどと、疑う人があるでしようか ? もしばく が秘密の企みをいだいてる、などというものがあれば、世間あ、わかった、わかった、ばくは一人合点をしていたようで の人はだれでもそのものに腹を立てまさあ。おまけに、ばくすね。あなたは何も条件など提出されはしなかったんです、 こそして、また提出される気色もない、そうですとも、そうで はときどき滑稽なことをいって人を笑わすでしよう、 れなぞは実にまたと得がたい武器なんですよ。だから、今じすとも。いや、まあ、安心してください。ばくだって自分で や世間の人も、『以前外国で宣伝ビラなんぞ出版した賢人は、わかっていますよ。つまり、ばくなぞを相手に、そんなもの 自分たちよりも馬鹿だったのか』と思って、この理由一つだを提出する価値がない、そうでしよう ? ばくはあなたの代 もちろ けでも、すっかりばくをゆるすに決まってますよ。そうじやわりに、さき廻りして答えておきます。それは、 ありませんか ? あなたの笑顔でもって、ご同意だってことん、例の凡くらのせいです。凡くらです、凡くらです : : : あ なた笑ってますね ? え ? どうしたのです ! 」 がわかりますよ」 「なんでもありません」ニコライはとうとうにやりと笑っ けれど、ニコライはまるで笑顔など見せなかった。それど こ。「ばくは今はじめて思い出したが、実際、ばくはいつだ ころか、顔をしかめながら、幾分じれったそうに聞いていた。 「え ? なんですって ? あなたは今「どうでもいい』とおったかきみのことを凡くらだといったことがある。しかし、 っしやったようですね ? 」とピヨートルは炒り豆のはぜるよそのとききみはいなかったはずだから、きっとだれかきみの うな調子でしゃべり出した ( ニコライはけっして何もいいは耳へ入れた者があるんだろう : : : とにかく、手つ取り早く用 悪しなかったので ) 。「むろんですとも、むろんですとも、ばく件にとりかかってもらいたいね」 幻 3

5. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

った。お話なんかいくらでもする暇がありますよ。ことに悪 はおずおずたずねた。 「今あの男はどこにいるんです ? 」ヴァルヴァーラ夫人は厳い話ならね。ときに、あなたは笑う時に唾をお飛ばしになる ようになりましたね。まあ、本当になんて老いばれようでし めしい、きびしい調子で言葉を次いだ。 「あの男はどこまでも、どこまでもあなたを尊敬していまよう ! そして、なんだってそんな妙な笑い方をするように す。そして、いま母の遺産を受け取るためにへ行っておりおなんなすったの : : : あああ、あなたはすっかりいやな習慣 ます」 を背負い込んでおしまいなすったのれ ! それじゃ、カルマ ジーノフも訪問してくれやしませんよ ! それでなくってさ 「あの男はいつもお金を受け取ってばかりいるようですね。 え、みんながしきりに気味よがっているのに : : : あなたは今 どうしました、シャートフは、相変わらずですか ? 」 「 lrascible, mais bon ( 怒りつばいけれどいい男ですよ ) 」 すっかり正体を現わしておしまいなすったのねえ。さ、たく もういい加減に容赦をして さんです、くたびれちゃった ! 「わたし、あなたのシャートフはとても我慢ができません。 意地悪のうえに、自分のことばかり一生懸命に考えてるんでくだすっていい頃ですよ ! 」 で、スチェパン氏は『容赦』をした。しかし、夫人のもと すもの ! 」 「ダーリヤさんの健康はいかがですか ? 」 を引きさがった彼の様子は、だいぶしょげ込んでいた。 「あなたのおっしやるのはダーシャのこと ? なんだって急 5 にそんなことを思い出したんです ? 」ヴァルヴァーラ夫人は 不思議そうに彼の顔を眺めた。「大丈夫ですよ。あの娘はド わが親友スチェパン氏に、少なからず悪い習慣がしみ込ん ロズドヴァのところへ置いて来ました : : : わたしはスイスでだのは、本当である。近頃になって、それがことに烈しくな った。彼はみるみる子がゆるんできた。また実際だらしな あなたの息子さんの噂を聞きました。悪いことですよ、いい ことじゃありません」 くもなった。酒の量も多くなったし、神経が弱ってきて、涙 「 Oh. c ・ est une histoire bien béte 一 Je vous attendais, つばくなった。そして、みやびやかなものに対する感受性が ma bonne amie, pour vous raconter ( おお、それはあなた、度はずれに鋭くなってきた。彼の顔は恐ろしく急激に変化す 馬鹿げきった話なのですよ、わたしはね、そのお話をしようと思っる特色を現わしはじめた。たとえば、極端に厳粛な表情か て、あなたを待ちかねていたんですよ ) ・ ら、思いきって滑稽な、愚かしいほどの表情へ飛び移ってし 「もうたくさんですよ、スチェパン・トロフィーモヴィチ、 まう。孤独に堪えることができなくなって、だれでもいし 思いいかげんにして休ませてください。もうがっかりしてしま少しも早く気を紛らしてほしいという渇望が、しじゅう彼の 8

6. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ど、 ーザはわたしたちの味方だし、プラスコーヴィヤとはわらず酒もりでしよう、グラブでしよう、カルタでしよう、 ちゃんと話しあいがついていますからね。あなた、カルマジそして、無神論者の世評でしよう。わたし、この世評が気に ーノフがあの女の親戚だってことをごぞんじ ? 」 入りませんの、スチェパン・トロフィーモヴィチ。わたしあ 「えっ ? フォン・レムプケー夫人と親類ですって ? 」 なたを無神論者よばわりなどしてもらいたかありません、今 「ええ、そう、あの女とね。遠い親戚ですの」 はなおさらいやです。わたしは以前からいやだったのです。 なかみ 「カルマジーノフが、あの小説家の ? 」 なぜって、そんなことはみんな内容のないおしゃべりにすぎ 「ええ、そう、文士のね。なんだってそうびつくりするんでないじゃありませんか。どうせもういっかいわなくちゃなら す ! むろん、あの人はいま自分で自分を偉い者のように思 ないのだから、すっかりいってしまいますよ」 レム ってるんですからね、ずいぶん高慢ちきな男ですよー 「 Mais ma chöre ( しかし、あなた ) プケーの家内は、あの男といっしょにやって来るはずになっ 「まあ、お聞きなさい、スチェパン・トロフィーモヴィチ、 ていますが、今頃はあちらで二人飛び廻ってるでしよう。あ学識の点からいえば、わたしなどあなたにくらべたら、もち の女は今度ここで、何か文学会のようなものを起こすつもりろん、まるで物識らずですけどね、わたしこちらへ帰って来 らしいんですの。ところで、あの男は一月ばかりの予定で、 る途中、さんざんあなたのことを考えました。そして、一つ この町へ来るんだそうです、なんでもたった一つ残った領地の結論に到達しましたの」 を売り飛ばすつもりなんですって。スイスでは、あやうくあ「どんな結論です ? 」 の男と出くわしそうになったので、わたしひやひやしました 「つまりね、世界じゅうで一ばん賢いのは、なにもわたしと よ。けれど、あの男のほうでは、わたしを見覚えていることあなたと二人きりというわけじゃない、まだまだわたしたち と思います。昔はわたしのところへ手紙をよこしたり、うちより賢い人があります」 へ出入りしたりしてたんですからね。ときに、スチエバン・ 「皮肉ですね、図星ですね。もっと賢い人がありますよ。っ トロフィーモヴィチ、あなたもっと気の利いた服装をして、 しまり、われわれより正しい人があるんです。で、結局、わた ただけないものでしようか。あなたは一日一日とだらしなくしたちも誤ることがありうる、ということになるんですよ。 なっていきますよ : : : ああ、あなたはわたしに苦労させなさそうじゃありませんか ? Mais, ma bonne amie ( しかし、 る ! どう、あなたいま読書をしていらしって ? 」 わがよき友よ ) かりにわたしが誤っているとしても、わたしは 「わたしは : ・・ : わたしは : わたしで全人類に共通な、常に変わることのない、自由な良 悪「わかってますよ。相変わらず「親友』たちでしよう、相変 心の至上権を持っています。またその気にさえなれば、偽善 なり

7. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ピヨートルは、これだけではまだ不十分だ、もっともっと つまあ聞いてくださし ~ 、。くは奥さんの友情を非常にありが 馬力をかけてご機嫌を取ったうえ、十分に「レムプケー』を たく思って、心から奥さんを尊敬しておりますし : : : その、 すべてなんですが : : しかし、けっして迂濶なことはしゃべ手のうちにまるめ込まなければならぬ、とこんなふうに考え たらしい りません。ばくは奥さんに反対するわけじゃありません。な 「いや、まったく癖ですね」と彼は相槌を打った。「実際あ ぜって、奥さんに楯つくのは、あなたもご承知のとおり、き わめて危険ですからね。もっとも、ちょっと一言くらい匂わの方は天才的な、文学趣味のある婦人かもしれませんが、せ したかもしれません。それが奥さんの好物ですから。けれつかく集まった雀を追い散らしておしまいになりますよ。六 ど、今あなたに申し上げたように、名前を洩らすとかなんと日はさておき、六時間と辛抱ができないんですからね。まっ か、そんなことは、あなた、どうしてどうして ! 実際、 たくですよ、知事公、婦人に六日などという期限を押しつけ まばくがこうしてあなたにうち明けるのは、どういうわけでるもんじゃありませんよ ! ねえ、ばくが多少の経験を持っ しよう ? ほかじゃありません、なんといっても、あなたがてることを、あなたも認めてくださるでしよう、つまり、こ ういう方面に関してね。ばくもちょいちょい知ってることが 男だからです。昔からしつかりした勤務上の経験をもった、 真面目なお方だと思うからです。あなたは酸いも甘いも噛みあります。ばくがちょいちょいいろんなことを知っているは 分けた人です。あなたは例のペテルプルグ一件の例もあるかずだとは、あなたご自身も認めておられるでしよう。ばくが ら、こ , フい、つことにかけたら、びんからきりまでわかってい 六日の期限をお願いするのは、けっして彼らを容赦するから らっしやるはすです。ところが、奥さんに今の二人の名でもじゃありません、実際、必要があるからです」 「わたしも少しくらい聞いている : : : 」レムプケーは確たる いおうものなら、あの方はさっそく方々へ触れ廻しておしま いになります : : : 奥さんはここからペテルプルグをあっとい意見をいい渋った。「きみが外国から帰った時、その筋に対 わしたくて、たまらないんですからね。いやまったく、あまして : : : その懺悔というような意味で、何か申立てをしたと いうことは聞いているがね」 りご熱心な質でしてね、実際 ! 」 「そう、あれはまったくそうした癖が少々あってね」このぶ「ええ、そんなことぐらいありましたさ」 「それは、もちろん、わたしもあえて立ち入ろうとは望まな しつけ者が自分の妻のことをあまり無遠慮に批評するのを、 : しかし、わたしの目から見ると、きみはここでぜんぜ 心のうちで大いにいまいましく感じながら、同時にいくぶんい : 小気味がよいといったような顔つきで、レムプケーはこうつん別な性質の意見を今まで吐いているように想像していたん だがね。たとえば、キリスト教の信仰だとか、社会的施設の をぶやいた。

8. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

がけなくこうつけ足した。 当にしてたんですか ? 」わたしは声をはり上げて、からから 「どうしてそのほうがいけないのです ? 」 と笑い出した。 「かえって悪いんだよ」 「昔話だって ! 昔話だって何か出所があろうじゃない、。 「わかりませんなあ」 笞刑に遭った者は、自分でそんなことをしゃべるものじゃな 「実はねえ、きみ、実はねえ、わたしはシベリヤへやられよ いさ。わたしは何千べん、何万べんとなくこの光景を想像し うと、アルハンゲリスグへ流されようと、かまやしない。権てみたよ ! 」 利剥奪もいとわないーー・死ねとあれば死ぬまでだー ただね「しかし、あなたは、あなたはなんのためにそんな目に遭う : わたしはもっとほかのことが恐ろしいのだ」と彼はまたのです ? だって、あなたはなんにもしやしないじゃありま しても声を潜め、おびえたような顔つきをして、さも秘密らせんか ? 」 しくこ , ついった。 「だから、なおいけないんだよ。わたしが何もしないという 「いったいなんです、なんです ? 」 ことがわかると、やつらわたしをぶん撲るに相違ないからね」 「ぶん撲られることだ」といい、彼はとほうにくれた顔つき 「それから、あなたをベテルプルグへ引っ張って行く、とこ でわたしを見やった。 う田 5 い込んでるんでしよう ! 」 「だれがあなたをぶん撲るんです ? どこでどういうわけ 「きみ、わたしはもうさっきもいったとおり、今となって何 で ? 」わたしは、気でも狂ったのではないかと、度胆を抜かも惜しいとは思わない。 Ma carriére estfinie ( わたしの世 れてこう叫んだ。 間的生活は終わった ) スグヴァレーシニキイであのひとと袂を 「どこって、そりやきみ : : : そういうことをするところがあ別った瞬間から、わたしは自分の命も惜しいとは思わなくな るさ」 : けれど、恥さらし、見苦しい恥さらしをどうしよう。 「だから、どこでそういうことをしてるんです ? 」 Que dira ・ t ・ elle 7 ( 彼女がなんというだろう ? ) もしこのことが 「ええ、きみは本当に」わたしの耳に口を付けないばかりに知れたら : : : 」 しながら、彼はささやいた。「ほら、足もとの床が急にばっ彼は絶望したようにわたしを見上げた、不幸な友は顔を真 と割れて、体が半分下へ落ち込むような仕掛けがあるだろうっ赤にしていた。わたしも思わず目を伏せた。 電 : これはだれでも知ってることだよ」 「あのひとには何も知れやしません。あなたの身の上に何も 「昔話ですよ ! 」やっと合点がいって、わたしは叫んだ。起ころうはずがないんですもの。ばくはまるで生まれて初め 悪「古い昔話ですよ。まあ、いったいあなたは今までそれを本て、あなたと話をするような気がしますよ、スチェパン・ト 4 ~ 7

9. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

「きみ : : : それを見たんですか ? 」 「ただちょっと撲りつけるだけで ? 」 「そうです」 「それはあなたの知ったことじゃありません。重荷を背負っ 「それがそんなに目立ちますか ? 」 てお行きなさい。でないと、あなたの功業がなくなってしま 「そうです」 います」 二人は少しのあいだ黙っていた。スタヴローギンは何か気「そんな功業なんかべっぺつだ。そんなものをだれからも求 がかりらしい顔つきをしていた。彼は何かのショッグを受けめようと思いません ! 」 リ、ーロフキ たようなふうだった。 「ばくは求めておいでかと思っていましたよ」キ 「ばくが狙わなかったのは、人を殺したくなかったからにす恐ろしく冷然といい放った。 ぎない。ほかにわけはありません、まったく」まるで弁解で 二人は邸の中へ馬を乗り入れた。 もするよ、つに、彼はせかせかと心配そ、つに、つこ。 「寄りませんか ? 」とスタヴローギンはすすめた。 「じゃ、人を侮辱する必要はなかったのです」 「いや、ばくは , フちで : ・・ : さよ、フなら」 「いったいどうすればよかったんです ? 」 彼は馬から下りて、自分の箱を小脇にかかえた。 「殺したらよかったのです」 「少なくも、きみだけはばくに腹を立てていないでしよう 「きみはばくがあの男を殺さなかったのを、残念に思ってるね ? 」とスタヴローギンは手を差し伸べた。 んですか ? 」 「どういたしまして ! 」キリーロフはわざわざ引っ返して、 「ばくは残念なことなんか一つもありません。ばくはあなた手を握った。「ばくの重荷が楽なのは生まれつきのためだと が、本当に殺すつもりだとばかり思っていました。あなたはすれば、あなたの重荷はなかなか骨が折れるでしよう。そう 自分で何を求めてるかわからないのです」 した生まれつきだから。が、何もそうひどく恥じることはあ 「重荷を求めてるんですよ」スタヴローギンは笑い出した。 りません、ただ少しばかり 「あなたは自分で血を流すのがいやなくせに、どうしてあの 「ばくは自分がつまらん男だということを知っています。だ 男に殺人的行為を許したのです ? 」 から、あえて強者を気取ろうともしない」 「もし、ばくが申し込まなかったら、あの男は決闘の方法に 「まったく気取らないほうがいいです。あなたは強者じゃあ 電よらないで、ただいきなりばくを殺したでしようよ」 りません。お茶でも飲みにいらっしゃい」 「それはきみの知ったことじゃありません。それに、或いは ニコライははげしい困惑を感じながら、自分の居間へ入っ 悪殺さなかったかもしれませんよ」 て行った。 28 ー

10. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

しえなかった。つまり、夫人は自分の限りなく愛しているニ イ・ニコラエヴィチ、この方はあたしに会ったのが嬉しいっ コラスの貴族にありがちな罪業を、名誉ある人との結婚によて、夢中になっていらっしやるのよ ! どうしてあなたまる って少しも早く塗り潰そうと、夢中になっているのだ ! わ二週間というもの、訪ねて来てくださいませんでしたの ? たしは彼がこの卑劣な疑いに対して、ぜひとも罰を受けるよヴァルヴァーラ小母さんたらね、あなたはご病気だから、う , フにと、いに願った。 っちゃっておくほうがいいっておっしやるけど、あたしだっ 「 0 一 Dieu, qui est si grand et si bon! ( おお、偉大にして、小母さんが嘘ついていらっしやるくらい知ってますわ。 て善良なる神よ ! ) おお、だれがわたしを慰めてくれるのだあたしね、いつもじだんだふんで、あなたの悪口ついていた ろう ? 」また百歩ばかり歩くと、ふいにびたりと足を止めんですけど、でも、ぜひあなたのほうから先に来ていただき て、彼はこう叫んだ。 たかったので、わざとお迎えをあげませんでしたの。あら、 「すぐ家へ帰りましよう、わたしがすっかり説明してあげままあ、ちっともお変わりにならないのねえ ! 」と彼女は鞍の す ! 」とわたしは無理に家のほうへ引き戻しながらいった。上からかがみ込むようにして、彼の顔をと見こう見するので 「おや、まあ ! スチェパンさま、あなたでございましたあった。「本当におかしいほど変わってらっしやらないー か ? まあ ? 」とっぜん音楽かなんぞのように新鮮な、若々あっ、そうじゃない、小皺がある、目のまわりや頬の辺にた しい、蓮葉な声が、二人の傍で響いた。 くさん小皺がある、それに、白髪も交ってるわ。だけど、目 わたしたちは少しも気がっかないでいたが、ふいにかの騎はもとのままよ ! ですが、あたし変わったでしよう ? 馬令嬢リザヴ、ータ・ニコラエヴナが、いつものつれといつね、変わったでしよう ? まあ、なんだってあなた黙り込ん しょに二人の傍へ現われたのである。彼女は馬を止めた。 でらっしやるんですの ? 」 「いらっしゃい、阜・くいらっしゃ い ! 」と彼女は高い声で愉わたしはこの瞬間、彼女の昔話を思い出した。十一の年に 决げに叫んだ。「あたしもう十一一年もお目にかからなかったペテルプルグへ連れて行かれた時は、ほとんど病人といって けれど、すぐわかりましたわ、スチェ。ハンさま : ・・ : あなた、 いいくらい体が弱かったが、病気などした時には、泣いてス あたしがおわかりになりません ? 」 チェ。ハン氏に会いたがったということである。 スチェパン氏は、差し伸べられた女の手をとって、うやう 「あなた : ・・ : わたしは : ・ : 」今はよろこびのあまり途切れが 豊やしく接吻した。彼はまるで祈りでもするように、女の顔をちな声で、彼は舌を縺らせながらこういった。「わたしはた 見つめたまま、とみに言葉さえ出なかった。 った今『だれがわたしを慰めてくれるのだろう ! 』と叫んだ 「まあ、気がついてよろこんでらっしやる ! マヴ リーキばかりなんですよ。ところへ、あなたの声が聞こえたじゃあ 2