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検索対象: ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)
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1. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

り緑に包まれ、四方から花壇に取り囲まれていた。余は狭い浴びせかけていたー これは人類のすばらしい夢であり、偉 これこそかってこの地上 部屋を当てがわれた。気持ちよく食事をすますと、徹夜で乗大な迷いである ! 黄金時代、 り通して来たので、午後四時ごろにぐっすり寝入ってしまっ に存在した空想の中で、最も荒唐無檮なものであるけれど、 全人類はそのために生涯、全精力を捧げつくし、そのために そのとき余は実に思いがけない夢を見た。こんな夢はかっすべてを犠牲にした。そのために予一一一一口者も十字架の上で死ん て見たことがなかったのである。ドレスデンの画廊に、クロ だり《殺されたりした。あらゆる民族は、これがなければ生 ード・ローレンの画が陳列されている。カタログには「アシきることを望まないばかりか、死んでいくことさえできない くらいである。余はこういうような感じを、すっかりこの夢 スとガラテャ』となっているが、余はいつも「黄金時代』と 呼んでいた。自分でもなぜか知らない。余は前にもこの画をの中で体験した。余は本当のところ、なんの夢を見たのか知 見たことがあるけれど、その時も三日前に、また通りすがりらないけれど、眠りがさめて、生まれてこの方初めて文字ど に気をつけて見た。というより、この画を見るために、わざおりに泣き濡れた目を明けた時、岩も、海も、落日の斜な光 わざ画廊へ出かけて行ったのである。ドレスデンへ寄ったの線も、まざまざと目のあたり見るような心地がした。かって も、ひっきようそのためかもしれない。で、この画を夢に見知らぬ幸福感が痛いほど心臓にしみ込んで来る。もう暮近い たのだが、しかし、画としてでなく、さながら現実の出来事頃で、余の小さな部屋の窓からは、そこにならべた植木鉢の のように現われたのである。 緑を通して、落日の斜な光線が太い東になって流れ込み、余 それはギリシャ多島海の一角で、愛撫するような青い波、 に明るい光を浴びせていた。余は過ぎ去った夢を呼び返そう 大小の島々、岩、花咲き満ちた岸辺、魔法のパノラマに似た とあせるように、急いでまた両眼を閉じた。けれど、ふ、 おちかた とうてい言葉で現わすこと 遠方、呼び招くような落日、 に、さんさんたる日光の中から、何かしら小さな一点が浮き はできない。ここで欧州の人類は、自分の揺籃を記憶にみ出すのを見つけた。この点はふいに何かの形になっていき、 つけたのである。ここで神話の最初の情景が演じられ、ここ 突然まざまざと小さな赤い蜘蛛が余の眼前に現われた。余は に地上の楽園が存在していたのである : : : ここには美しい人忽然と思い起こした、それは同じように落日の光線がさんさ 人が住んでいた。彼らは幸福な穢れのない心持ちで、眠りかんと注いでいるとき、銭葵の葉の上に止っていたものだ。余 書ら目ざめていた。森は彼らの楽しい歌声にみたされ、新鮮なは何ものかが、ぐさと体を刺し貫いたような気がして、身を 力の余剰は、単純な喜びと愛に向けられていた。太陽は自分起こしてべッドの上に坐った : 愿の美しい子供たちを喜ばしげに眺めながら、島々や海に光を ( これがそのとき生じたことの全部である ! )

2. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

一座はしんとした。一同の視線はまたしても、スタヴロー 「本当ですよ、アリーナさん、だれも立ち聴きなんかしやし ませんよ」とリャームシンは飛びあがった。「それに弾きたギンとヴェルホーヴェンスキイに向けられた。 「ヴェルホーヴェンスキイさん、あなた何も発表したいこと ばくはここへお客に来たので、ビアノを叩きに はありませんか ? 」と主婦は真正面からたずねた。 来たんじゃありませんからね」 「なんにもないです」彼は椅子の上で大あくびをしながら、 「諸君」とヴィルギンスキイはつづけた。「会議のほうがい そり返った。「ただコニャッグを一杯もらいたいものですな いかどうか、みんな口で答えてください」 あ」 「会議だ、会議だ ! 」という声が四方から起こった。 「スタヴローギンさん、あなたはいかがです ? 」 「じゃ、投票なんかする必要はない、たくさんです。諸君、 「ありがとう、ばくは飲みません」 いかがです、これで十分ですか、それともまだ投票の必要が 「わたしはね、何かお話しになることはありませんかってき ありますか ? 」 「いらない、いらない、 いてるんです、コニャッグのことじゃありません ! 」 も、つわかった ! 」 「話す、何を ? いや、話なんかしたくないです」 「が、ひょっとしたら、だれか会議に不賛成な人があるかも 「ムフコニャッグを上げますよ」と彼女はヴェルホーヴェンス しれませんね」 キイに答えた。 「いや、いや、みんな賛成です ! 」 「いったい会議とはなんのことです ! 」と叫ぶ声が聞こえ女学生が立ちあがった。彼女は今までもう幾度か飛びあが ろうとしたので。 だれもそれに返事をしなかった。 「わたしは不幸なる大学生の苦痛を述べ、いたるところで彼 らを刺戟して、抗議を起こさせる必要を説くために、この町 「議長を選挙しなきや ! 」という声が四方から響いた。 へ来たのでございます : : : 」 「主人公だ、むろん主人公だ ! 」 ここまでいって、彼女は腰を折られた。テープルの向こう 「諸君、そういうわけでしたら」と議長に選挙されたヴィル ギンスキイはこういった。「わたしはさっき初めて提議したの端に、今度は別な競争者が現われたのである。一同の視線 ことを、くり返さしていただきます、もしだれかより多くこはそのほうへ転じられた。耳の長いシガリョフは、陰気くさ の席にふさわしい話を始めたいとか、または何か発表したい い気むずかしげな様子をして、やおら自分の席を立った。そ と希望しておられるかたは、どうか時間を空費しないようして、メランコリックな身振りで、恐ろしく細かく書きつめ に、さっそくはじめていただきます」 た分厚なノートを、テープルのほうへ置いた。彼は坐ろうと

3. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

れないものを出すんですからね。しかも、今日は命名日の祝 「ばくは、どんな人でもほかの者と同じように、発言権を有 いじゃありませんか」 していると思います。だから、ばくがほかの人と同じよう 「え、じゃ、あなたも命名日をお認めになるんですか ? 」と に、自分の意見を発表しようと望んでいる以上 : : : 」 出しぬけに女学生が笑い出した。「たった今その話をしたば 「だれもあなたの発言権を取りやしませんよ」と今度はもう かりですのに」 主婦が自分でロを出して、言葉するどくさえぎった。「ただ 「古くさい」と中学生がテープルの向こうの端からつぶやい ね、ロの中でむにやむにやいわないでくれと頼んでるので す。だって、あなたのいうことは、だれにもわからないじゃ 「古くさいとはなんですか ? どんなに無邪気なものであろありませんか」 うとも、偏見を忘れるってことは、けっして古くさかありま 「しかし、もうひと言いわしてください。あなた方はばくを せん。それどころか、恥ずかしいことには、今日まで新しい尊敬してないんですね。ばくが、かりに自分の考えをじゅう 意義のあることになってるのです」女学生は、しやくるようぶん表白しえなかったとしても、それはけっしてばくに思想 に椅子から乗り出しながら、さっそくこうやり返した。「そが欠乏しているからじゃない、むしろ思想があり余ってるか れに無邪気な偏見なんてありやしません」と彼女はやっきとらです : : : 」と中学生はほとんど夢中になってつぶやいた なっていい足した。 が、すっかりまごっいてしまった。 「ばくはただ、こういうことがいいたかったのです」中学生「話すことができなきや、黙ってらっしゃい」と女学生は、 叩きつけるよ , つにいった。 は恐ろしく興奮し出した。「偏見なるものは、もちろん古い しろもので、撲滅すべきものに相違ありません。しかし、命中学生はもう椅子から躍りあがった。 名日が馬鹿馬鹿しい黴の生えたしろものだってことは、もう 「ばくはただこういうことをいいたかっただけです」羞恥の だれでも承知しています。そんなもののために、貴重な時間念に体じゅう燃え立たせながら、あたりを見廻す勇気もな く、彼はこう叫んだ。「あなたがその利口さを見せびらかし をつぶす価値はありません。そうでなくってさえ、世界じゅ うの人が空しく逸してしまった貴重な時間じゃありませんに出しやばったのは、ただスタヴローギン氏が入って来たか それつきりです ! 」 か。そんなことより、もっと必要の切迫した事柄に、あなたらです、 の機知を利用したほうがよかないでしようか : 「あなたの思想はけがれています。背徳の思想です。そし 「あんまり長ったらしくって、なんのこったかわかりやしなて、あなたの発達の劣等さを暴露しています。もうわたしに い」と女学生は叫んだ。 話しかけてもらいますまい」と女学生はぶりぶりしながらい

4. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

な、あの質問に答えをしたのに、あなただけは黙って帰って 出て行った。 「シャートフ君、そんなことをしては、かえってきみのためおしまいになるのですか ? 」 によくないですよ ? 」ヴェルホーヴェンスキイは彼のうしろ「わたしはあなた方にとって興味のある質問に、返答すべき 必要を認めません」とスタヴローギンはつぶやいた。 から謎のように叫んだ。 「しかし、ばくらはみんなあの答えで冒険をしたのに、あな 「そのかわり、貴様にはためになるだろう、大、畜生 ! 」シ ただけはそうでないんですからね」と幾たりかの声が叫ん ャートフは戸口からわめいて、そのまま行ってしまった。 ふたたび叫喚の声が起こった。 「きみたちが冒険したからって、それをばくの知ったことで 「なるほど、これで試験が必要なわけなんだね ! 」とだれか すか ? 」とスタヴローギンは笑い出したが、その目はぎらぎ の声が聞こえた。 ら輝いていた。 「役に立ったね ! 」といま一人が叫んだ。 「どうしてきみの知ったことでないのです ? どういうわけ 「役に立ちょうが遅すぎやしないかな」と第三の声が口をい です ? 」という叫喚の声が起こった。 れた。 多くのものは椅子から躍りあがった。 「だれがあの男を呼んだのだ ? だれが入れたのだ ? いっ たい何者だ ? シャートフというのはだれのことだ ? 密告「待ってください、諸君、待ってください」とびつこの教師 はわめいた。「ヴェルホーヴェンスキイ氏も、まだあの問い するだろうか、 , よ、だろ , フか ? ・」とい , っ問いが撒くよ , つに に答えていないじゃありませんか。ただ問いを発したきりで 響いた。 「もし裏切り者だとしたら、猫をかぶっていそうなものじやすよ」 この一言は雷電のごとき効果をひき起こした。一同は目と なしか。ところが、あの男は唾でも吐きかけるようにして、 目を見合わせた。スタヴローギンは、びつこの教師の鼻さき 出て行ったよ」とだれかが注意した。 「あらスタヴローギンさんも立ちましたよ。スタヴローギンでからからと笑って、いきなり部屋を出てしまった。キリー ロフもそれに続いた。ヴェルホーヴェンスキイは二人の跡を さんもやつばり返事をしなかったわ」と女学生が叫んだ。 スタヴローギンは本当に立ちあがった。それに続いて、テ追うて、控え室へ駆け出した。 「あなたはばくをどうしようというんです ? 」と彼はスタヴ リーロフが身を起こした。 ープルの向こうの端からキ ローギンの手をとって、一生命に握りしめながら、舌もっ 「失礼ですが、スタヴローギンさん」と主婦は言葉するどく 彼のほうへ振り向いた。「わたしたちここにいるものはみんれのする調子でこういった。

5. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ここに多くの豚のむれ山に草をはみいたりしが、彼らその豚に入らんことを許せと 願いければ、これを許せり。悪鬼その人より出でて豚に入りしかば、そのむれ激し かうもの く馳せくだり、崖より湖に落ちて溺る。牧者どもそのありしことを見て逃げ行き、 これを町また村々に告げたり。ひとびとそのありしことを見んとて、出でてイエス のもとに来れば、悪鬼の離れし人、着物を着け、たしかなる心にてイエスの足下に 坐せるを見て、おそれあえり、悪鬼に憑かれたりし人の救われしさまを見たる者、 このことを彼らに告げければ、ゲネセラ地方の多くのひとびとイエスにここを去ら んことをねがえり。これ大いにおそれしがゆえなり。イエス舟にのりて返りぬ。 ルカ伝第八章第三二節ーー第三七節

6. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

彼女の実際的な才知と手腕を是認してきた : ・ : が、このことってわたしに出会ったとき、さも憎らしそうにいったことが は後廻しにしよう。しかし、当時父スチェパン氏すら驚倒させある。これはもと旧知事の家でお気に入りの青年だったが、 たはどの、ピヨートルのわが社交界における目ざましいもて無慚や今は一個の退職官吏にすぎない。しかし、ここに一つ 方は、いくぶんレムプケー夫人の引き立てによったのである。の事実が厳として控えている。ほかでもない、かって革命運 或いはわたしもスチェパン氏も、大仰に考え過ぎたかもし動にたずさわっていた男が、今この「もてなしのいい」祖国 れないが、それにしても、ビヨートルは、第一に、来てからへ姿を現わしたのに、少しもうるさい目に会わないばかり 四日ばかりしかたたぬうちに、たちまちほとんど町中の者とか、むしろ歓迎されているはどであった。してみると、或い 知り合いになってしまった。彼が姿を現わしたのは日曜日では何もなかったのかもしれない。ある時、リプーチンがわた あるが、火曜日にはも , つアルチェ ーミイ・ガガーノフと、一しにこんなことを内証で聞かしてくれた、ーー・・・・噂によると、 つの馬車に乗っているところを見受けた。このガガーノフは ピヨートルはどこかで何もかもすっかり懺悔をした上に、 世馴れた人物ではあるけれど、尊大で、癇癪もちで、しかも二、三の仲間の名前をうち明けて、やっと放免されたとかい 高慢なたちであるから、この人と親しく付き合うのは、、こ うことである。つまり、向後は国家有用の人物たるべきこと というのだ。わた って困難なことだった。ビヨートルはまた県知事の家でもなを約して、罪亡しをしてしまったらしい かなかいい扱いを受けて、たちまちのうちに近しい知人、としはこの毒を含んだ言葉をスチェパン氏に伝えた。彼はとう いうよりは、お気に入りの青年ともいうべき位置を獲得しててい考えごとなどできない状態だったけれど、これを聞くと しまった。そして、毎日のようにユリヤ夫人のもとで食事をひどく考えこんでしまった。 これは後でわかったことだが、ピヨートルは非常に立派な するのであった。彼はもとスイスで夫人と知り合いになった のだが、それにしても、閣下のもとにおける彼のこうした破紹介状を幾通も持って、この町へやって来たとのことであ 天荒なもて方は、まったく何か謎のように思われるくらいだる。少なくとも、その中の一通は、なみなみならぬ勢力を持 ったペテルプルグのさる老貴婦人から知事夫人へあてたもの だった。ペテルプルグでも指折りの名士たる元老を夫にもっ そのくせ、彼はまた、以前外国で活動していた革命家とし たこの貴婦人は、ユリヤ・レムプケーの名づけ親になってい て、通り者になっていた。嘘か本当か知らないけれど、何か 海外における秘密出版事業や、会議のようなものに携わってたが、その紹介状の中にこんなことが書いてあった。「 e 伯 いたという噂もあった。「それは新聞を持ってきて証明する爵もニコライ殿の紹介にてピヨートル殿に接し、一方ならす こともできる』とアリヨーシャ・チェリャートニコフが、か 愛でいつくしまれ、かって邪路に迷い入りたることこそあ

7. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

「すっかりは知りませんよ。ただきみが大いに : : : 活動したあなたに癇癪を起こさぜなぞはしませんよ、ことに目下のよ うな状態におられる場合ですからね。ばくはただ日曜日の事 ということだけは、母から聞いていましたがね」 レ ~ くが何かはっきりしたことを、しゃべ件について、お話しようと思って飛んで来たのですが、それ 「といっても、別 ' ったわけじゃないんですがね」まるで恐ろしい攻撃を防ぎ止も、ほんの必要な程度だけにとどめておきます。だって、実 めようとでもするように、ピヨートルは急に躍りあがった。際こまりますからね。ばくは思い切ってうち明けた相談に 「実はね、ばくはあのシャートフの細君を道具に使ったんでたんですが、それはあなたより、むしろばくにとって必要な あなたの自尊心を傷つけまいためにいう すよ。つまり、あなたがパリであの女に関係したという風説事件なんです、 を利用してね、それで、むろん、あの日曜日の出来事を説明のですが、同時に事実でもあるんですよ。ばくは今日から常 に開放的にしたいと思って、わざわざやって来たのです」 したんですよ : : : あなた怒りやしないでしようね ? 」 「してみると、従来は非開放的だったんですね」 「だいぶお骨折りだったとは察しています」 「それもあなた自身ご承知のはずですがね。ばくは幾度か狡 「いや、ばくはただそればかり恐れていたんですよ。しか し、その『だいぶお骨折りだった』とは、いったいなんのこ知を弄しましたよ : : : あなた笑いましたね。ばくはあなたの ってしよう ? それはつまり、非難の言葉になるじゃありま微笑を事実闡明のいとぐちとして、非常に嬉しく思います よ。ばくはね、わざと『狡知を弄した』なぞという自慢そう ぜんか。しかし、あなたは真正面からぶつつかってくださ な言葉を使って、その微笑を引き出したんです。ただし、あ る。ばくはここへ来るみちすがら、あなたが真正面からぶつ つかるのをいやがりはなさらんかと、それを一ばん心配してなたがすぐその後で、腹を立てるだろうと予想してね。「あ たんですよ」 んなやつが狡知を弄するなんて、よく生意気なことが考えら 「ばくは何事も真正面からぶつつかるのはいやだね」ニコラれたもんだ』というわけでさあ。ところが、ばくは今すぐ相 イはちょいといらだたしそうなふうでこういったが、すぐに談にかかりたいためにいったんですよ。ね、ね、ご覧なさ たりと笑った。 、今日はばくずいぶん開放的になったでしよう。どうで 「ばくがいうのはそのことじゃありません、そのことじゃあす、ばくの話を聞いてくれますか ? 」 いかにも前から準備して来たらしい、何かためにするとこ りません、誤解しないでください、そのことじゃありませ 電ん ! 」さっそくあるじのいらだたしさを見て取って、悦に入ろありげな、無礼なほど罪のない、しかも思い切ってずうず りながら、まるで豆でもまき散らすように、ビヨートルは両うしい言葉づかいで、相手の心をいらだたせようとする、客 の見え透いた計略にもかかわらず、ニコライは依然として、 悪手を振って、浴びせかけるのだった。「ばくは仲間の問題で、 2 〃

8. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

思いに沈んだ様子で、地面ばかり見つめながら往来を歩いて 行った。ただときおり、瞬間的に顔を上げて、急に漠とし た、とはいえ、烈しい不安のさまを示すばかりであった。ま だ家から遠くない、とある四つ角で、通りすがりの百姓の群 が彼の行手をさえぎった。五十人か、それ以上もあろうと思 われるほどの数だったが、ことさららしく秩序を守って、ほ とんど声ひとっ立てず、行儀よく歩いていた。彼はものの一 分ばかり、一軒の店先で待っていなければならなかったが、 だれか傍で、「あれはシュビグーリンの職工だ』といった。 彼はそれにほとんど注意を払わなかった。 ようやく十時半ごろに、彼は町の修道院スパソ・エフィ ミエフスキイ・ボゴロードスキイの門前に着いた。修道院は ニコライ・フセーヴォロドヴィチは、この夜まんじりとも町はずれの川岸にあった。その時はじめて何か厄介な、気に しないで、夜っぴて長いすに坐ったまま、簟笥の置いてあるかかることを思い出したらしく、急いでポケットの中をごそ 片隅の一点に、じっと据わって動かぬ視線をたえずそそいでごそ探って見て、 にたりと笑った。境内へ入ると、初め いた。ランプは夜どおし彼の部屋についていた。朝の七時ごて出会った寺男を捕まえて、この修道院で行ないすましてい ろ、坐ったままうとうとと眠りに落ちた。もうちゃんと型にるチーホン僧正のところへは、どう行ったらよいかとたすね 入った習慣に従って、かっきり九時半に、アレグセイが朝のた。寺男はしきりにお辞儀をしながら、すぐ案内してくれ コーヒーを持って部屋へ入って来ながら、その物音で主人のた。二階建てになっている長い僧院の端にしつらえた小さな 目をさました時、彼はばっちり目を開いたが、思いのほか長あがり段の傍で、向こうからやって来た胡麻塩頭の肥った僧 く寝てしまって、こんなに遅くなっているのに、不快な驚きが、すばやくいや応なしに寺男からニコライを引ったくっ を感じたらしかった。彼は大急ぎでコーヒーを飲み、手早くて、細長い廊下づたいに導いた。やはりのべつお辞儀をしな 第着替えをして、忙しげに家を出て行った。「何かお言いつけ がら ( もっとも、よく肥っているために低い会釈は出来ない はございませんでしようか ? 』というアレクセイの用心ぶかで、ただしよっちゅうしやくるように頭を振るばかりだっ 悪ししに対して、なんにも返事をしなかった。彼は深いものた ) 、ニコライがうしろからついて行っているのに、絶えず スタヴローギンの告白

9. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

かるべし』と教えられたものです。これが十戒に載ってるんのが、定式になっておりますなあ。そりやわしも、酒ぐらい です。もし、神様が、愛に報酬を与える必要を認めたとすれ飲んだかもしれません。しかし、本当になさらんでしよう ば、それは取りも直さず、不道徳な神様です。こんなふうな が、よく夜中に靴下ひとつで寝床から跳ね起きて、神が信仰 言葉を使って、わたしはさっきあなたに論証して聞かせたのを恵んでくださるようにと、十字を切ったりなぞしたもので です。けっして二こと目じゃありません。だって、あなたがすぞ。その当時から、神はありゃなしやという問題で、平然 いったいあなたがとしておれんかったものでな。それほどわしはこのことにつ ご自分の権利を声明なすったんですもの。 鈍感で、今までそれがわからないからって、そんなことだれ いて、苦しい思いをしてきたものですよ ! もっとも、朝に が知るもんですか。あなたはそれが癪にさわるもんだから、 なると、もちろん、また気が紛れて、信仰がなくなるような 勝手に腹を立ててるんですよ、 これがあなた方の世代の気味あいでしたがな。全体として、わしの観察によると、だ れでも昼間はいくぶん信仰が薄らぐもんですな」 正体なんですよ」 「あなたのところにカルタはありませんか ? 」無遠慮に大あ 「おたんちんめ ! 」と少佐はいった。 くびをしながら、ヴェルホーヴェンスキイは主婦にたずねた。 「あなたが馬鹿なのよ」 「わたしはまったく、まったくあなたの質問に同感します 「そんな悪口をつくか ! 」 「しかし、カビトン・マクシームイチ、失礼ですが、さっきわ ! 」少佐の言葉に対する憤慨のあまり、真っ赤になって、 あなた自身そういわれたじゃありませんか、おれは神を信じ女学生は吐き出すようにいった。 ていないって」テープルの向こうの端から、リプーチンが黄「馬鹿な話を聞いてて、貴重な時間を無駄にするばかりです わ」と主婦は断ち切るようにいい、卩 命令するように夫を見や いろい声でこう叫んだ。 わしのことは別 「わしが何をいおうとかまやしません、 問題ですよ ! 或いは、実際、わしは信仰を持っとるかもし女学生はきっとなった。 言じきっとるわけじゃありませんぞ。たと れません。が、イ 「わたしはこの集まりの皆さんに、大学生の苦痛と抗議に関 え、ぜんぜん信仰を持っとらんにしても、それでも、神は銃して、一言したいと思っていました。ところが、不道徳な会 刑にしてしまわねばならんなどと、そんなことはけっしてい話で時間が浪費されますから : : : 」 「道徳的なものも不道徳なものも、そんなものは一つもあり 電わんです。わしはまだ軽騎兵隊に勤めておる時分、よく神の やしません」女学生が話を始めるが早いか、さっそく中学生 問題で考え込んだものですて。大抵の詩では、軽騎兵という はこらえきれないでこ , ついっこ。 悪ものを、酒を呑んだり、騒いだりしてばかりおるように書く

10. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

あなたのお傘 : : : わたしにそれだけの値打ちがありましょで披露する気でいるくせに、なんのためにわざわざよる夜 中、こそこそと隠れて来るんだろう。もし恐れておるとすれ うか ? 」と大尉は甘ったるい口調でいった。 ば、それははかじゃない今だ、この今という時なのだ。この 「だれだって傘ぐらいの値打ちはあるさ」 「一句でもって人間の権利のミニマムを喝破なさいましたな三、四日の間が恐ろしいのだ。おい、しくじっちゃいけよい ぜ、レビャードキン ! 』 「ふん、ピヨートルをだしに使って脅かしやがる。おお、油 しかし、彼は機械的に口を動かしているにすぎなかった。 彼は今夜の報告にすっかり圧し潰されたようになって、まる断がならんそ。おお、油断がならんぞ。いや、まったくどう でとはうにくれてしまったのである。けれど、入口へ出て傘も油断がならんぞ。ついふらふらと、リプーチンの奴にしゃ べってしまったもんだからな。本当にあの連中、いったい何 を広げるやいなや、彼の変わりやすい狡猾な頭には、再びい つもの気休めがそろそろ動き出した。あの男ずるいことをしを企らんでやがるんだろう。今まで一度だってわかったこと ておれをだましてるのだ、もしそうだとすれば、おれは何もがない。また五年前のようにこそこそ始めやがった。いった しおれがだれに密告したというんだ ? 「うかうかとだれか 恐れることはない、かえって向こうがこっちを恐れているの に手紙を出しはしなかったか ? 」だってよ。ふむ ! してみ 「もし狡いことをして、おれをだましてるとすれば、その魂ると、ついうかうかといったような体裁で、手紙を出しても 胆はどういうところにあるのだろう ? 』という疑問が、彼のかまわんと見える。ことによったら、入れ知恵をつけてるの かもしれんぞ ? 「きみがペテルプルグへ行こうというのも、 頭を掻きむしるのであった。結婚の発表などは馬鹿げた話に 思われた。「もっとも、あんなとっぴな変人だから、何を仕つまりそのためなんだろう」ときた。こん畜生、おれはひょ いとそんな夢を見ただけなんだが、あいつはもうその夢を解 出かすかわかりやしない。人を苦しめるために生きてるんだ いてくれた ! まるで、自分から行け行けとけしかけてるよ からな。いや、しかし、あの日曜日の恥さらしな一件から、 しかも、これまでに うだ。こいつは確かに二つに一つだ。あんまり悪くふざけた 先生自身びくびくしてるとすれば、 覚えがないほどびくびくしてるとすればどうだろう ? そうので、少々こわくなったか、それとも自分では少しも恐れな だ、だから、わざわざこんなところまで駆けつけてさ、自分いで、ただおれにみんなを密告しろとそそのかしてるか、ど っちか一つなんだ ! おお、油断がならんぞ、レビャードキ 曾でご披露に及ぶなんて、人をごまかそうとしている。つまり、 おれがしゃ・ヘりやしないかと思って、おっかないのさ。おン、どうかどじを踏まんようにしてくれ ! 』 しつかりしなくちゃいかんぜ、レピャードキン ! 自分彼は夢中になって考え込んだので、立ち聴きすることも忘 %