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検索対象: ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)
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1. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

「だからお前、掃除をしたらいいじゃないかね。一日に十五なことはしよせんむだな話で、自分はもう永久に女房持ちに夘 へんくらい掃除をしたらいいんだよ ! あんたんとこの客間な「てしまったのだ、ということだけはよくわかっていた。 マポンナミ はなんてちゃちなんでしよう ( 二人が客間へ入った時、夫人「しかし、あなた、わたしはもう三度目だし、それにもうこ はこういった ) 。戸をしつかり締めてください、あの女が立の年になってから : : : しかも、あんな子供と ! 」彼はやっと こういった。「 Mais c ・ est une enfant ( あの人はほんの子供で ち聴きしますから。これはぜひとも壁紙を取り替えなくちゃ 駄目ですね。わたし経師屋に見本を持たしてよこしたじゃあすよ ) 」 「ええ、子供ですよ、しかしありがたいことに、今年二十に りませんか。なぜあなた選らなかったのです ? まあ、坐っ てお聞きなさい。お坐んなさいってば。わたしお願いしてるなる子供ですよ ! どうかそう目玉をくるくるさせないでく んですよ。あなたどこへ ? どこへいらっしやるの ? まださいな、後生ですから。あなたは芝居をしてるんじゃあり ませんからね。あなたは大変かしこい学問のある人ですけ あ、どこへいらっしやるんですよう ? 」 ど、世間のことはまるでおわかりにならない。だから、あな 「なに : : : ちょっと」スチェパン氏は次の間からわめいた。 たにはいつもお乳母さんがついてなくちゃいけないのです 「さあ、も、つ・米ました ! 」 「ああ、あなたは着物をお着更えなすったのね ! 」と夫人はよ。もしわたしが死んでしまったら、あなたはまあどうなる 嘲るように相手を見や 0 た ( 彼はジャケツの上から、フロッんでしよう。ところが、あの娘はあなたにとって、う 0 てつ けのお乳母さんですよ。控え目な、しつかりした、分別のあ クを羽織っているのであった ) 。「そのほうがまったく似合い がよござんすよ : : : わたくしたちのお話にね。さあ、もう坐る娘ですからね。それに、わたしだって傍についています よ。まだ今のいま死にやしませんからね。あれでいい世話女 ってくだすってもいいでしよう、後生ですから」 夫人はいきなりぶ 0 つけにい 0 さいのことを、頭ごなしに房ですよ。おとなしい天使ですよ。この名案は、わたしがス 押しつけるような鋭い調子でうち明け、いま彼が困りきってイスにいる頃から、頭に浮かんでたのです。あなたおわかり になって。わたしが自分の口から、あの子はおとなしい天使 いる八千ループリの金のことを説明した。持参金のことも細 だといったら、間違いっこありませんよ ! 」だしぬけに夫人 かく話して聞かせた。スチェパン氏は目を丸くして慄えてい た。彼は夫人の話をみんな聞いてはいたけれど、はっきり頭は恐ろしい権幕でこう叫んだ。「今あなたのところは埃だら に描いて見ることができなかった。何かいおうとしても、声けでしよう。ところが、あの子はすぐ綺麗にきちんとさせて が途切れてしようがなか 0 た。ただ何もかも夫人のいうとおしまいます、何もかも鏡のようになるんですよ : : : ええ、ま りになるのだ。言葉を返すとか、不同意を唱えるとか、そんあ、あなたはいったいどう思っていらっしやるの ? こんな

2. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ろう。実際、下劣だったろう、白状しなさい。実はね、ばく う二度とあんたのところへ来やしないから。論文はなるべく田 そんなことどうだってかまやしないんだよ。ばくはあなたの早く届けるんだよ、忘れないようにね。そして、できること 身になっていってるので、ばく自身の見地に戻れば、ばくは なら、馬鹿馬鹿しい理屈は抜きにして、事実、事実、事実 もうとう母を責めようと思わない。その点はご心配ないようと、こういうふうに頼みますよ。そして、何よりも簡単でな に。あなたはあなた、ポーランド人はポーランド人さ。どっ くちゃ困る。さようなら ! 」 ちだって同じことさ。お父さんがベルリンでヘまな目に遭っ 3 たからって、何もばくの知ったことじゃない・からね。それ 、第一、あんたなそに気のきいたことができっこないじゃ もっとも、これにはまだ別な動機もあったのだ。実際、ピ ないか。いったいこんなことばかりしていても、それでもあヨートルは父親にすこし当てがあったのだ。わたしの考える んた方は滑稽な人間でないというの ! それに、ばくがあな ところでは、彼は老人を極度の絶望に導いて、そのうえであ たの子だろうと、またそうでなかろうと、そんなことはどっる種の騒ぎを引き起こそうともくろんでいるらしかった。こ ちだって同じじゃない、 ? 実はね」彼はまたもや出しぬけれは彼にとってゆくゆく別な目的に役立つのだった。しか にわたしのほうへ振り返った。「親爺は一生涯、ばくのためし、このことはまた後で話そう。こういうふうの目論見や計 が、もちろん に一ループリの金も使わす、十六の年までまるつきりばくを画は、当時、彼の頭に山ほど積まれていた 知らなかったばかりか、その後になってばくの財産をすっかそれはみんなとてつもない、夢のようなものばかりだった。 り横領してしまったくせに、今さらとなって、やれ一生ばく彼の狙っている犠牲は、スチ = パン氏のはかにもう一人あっ のことで心を痛めたとかなんとかわめいて、ばくの前で役者た。全体として、彼の犠牲は一人や二人でなかった、これは めいた所作をするじゃありませんか。ばくはヴァルヴァーラ後日判明したことなので。しかし、この犠牲だけは彼も特別 夫人と違うからね、とんでもないこった ! 」 あてにしていた。ほかでもない、かのフォン・レムプケー氏 彼は立ちあがり、帽子を取った。 その人である。 「おれは今後、おれの名をもって、貴様を呪ってやる ! 」ス アンドレイ・アントーノヴィチ・フォン・レムプケーは、 チ = パン氏は死のごとく真 0 青になって、わが子の頭上に手自然の恩寵をほしいままにしている種族ツ人 ) に属してい を差し伸べた。 た。この種族は、ロシャでは年鑑を繰って見ると、何十万と 「人間もまあどこまで馬鹿になるか方図が知れん ! 」とピョ数えるほどの人数を含んでいて、自覚こそしていないかもし ートルはあきれ返った。「じゃ、さようなら、古物先生、もれないが、その全人員をもって、厳正に組織化せられた一つ

3. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

que c ・ est un forqat évadé ou quelque chose dans ce してないということ一つだけでも、侮蔑してやるべき理由が genre ( あれは悪党です、そしてわたしの信ずるところでは脱獄囚立派にあるんです。もしあんたが変わった考えを持ってらっ か、でなければ何かそんなふうな人間です ) 」とスチェパン氏は しやるとしても、わたしはそれを羨しいとは思いませんよ。 またいいかけたが、また顔をあかくして、言葉を途切らしてとにかく、わたしがあんたの位置にあったら、そんなくだら しまった。 ないもののために、懐ろへ手を突っ込むような真似はしませ 「リーザ、もう出かけていい頃だよ」と気づかわしげな調子ん。自分の体まで穢すようなことはしませんよ。ところが、 で言いながら、プラスコーヴィャ夫人は椅子から立ちあがつあんたはすっかり自分の体を穢してしまいました。もうあん 。夫人はさっき面くらって、自分で自分を馬鹿などといっ たのほうからさきに切り出したことですから、わたしもすっ たのが口惜しくてたまらぬらしい。ダーリヤが答弁しているかりうち明けてしまいますがね、実はわたしも六日ばかり 間にも、夫人は唇に高慢そうな陰を漂わしながら聞いてい 前、同じようにふざけきった、無名の手紙を受け取ったんで た。しかし、何よりもわたしを驚かしたのは、ダーリヤが入すの。その手紙にはね、どこのやくざ者か知らないけれど、 ってからの後のリーザの顔つきである・彼女の目には隠すこ ニコライが発狂しただの、「あなたはあるびつこの女を恐れ とのできない憎悪と侮蔑の色が輝いていた。 なければならぬ。その女はあなたの運命に重大な役目を演じ 「ちょいと待ってちょうだい、プラスコーヴィャさん、後生ている』だの書いてあるじゃありませんか。わたし文句まで だから」依然として落ちつき払った声で、ヴァルヴァーラ夫覚えていますよ。わたしは、ニコライにたくさん敵があるこ 人が呼び止めた。「後生だから、腰をかけてちょうだい。わとを知っていますので、いろいろと勘考した末、ここに住ん たし何もかもすっかりいってしまおうと思ってるんですが、 でいるある一人の男を呼びにやりました。それは、ニコライ なにぶんあなたは足が悪いんですからね。ええ、そうそう、 の敵の中でも一ばん卑劣な、一ばん復讐心の強い秘密の敵な こよって、わたしはすぐに ありがとう。さきほどはわたしもついあとさきを忘れて、なんですの。そして、その男との話を にかと無考えなことをいいました。どうか堪忍してちょうだ馬鹿馬鹿しい無名の手紙の出所を悟りました。で、もしね、 わたしが馬鹿だったのです。だから、こうして、自分のプラスコーヴィャさん、あなたがわたしのために、そんな馬 ほうから悔悟の意を表しておきます・わたしは何につけて鹿馬鹿しい手紙のことで心配なすったとすれば、ーー今あん も、公平ということが好きなんですからね。そりや、あんたたのおっしやった『砲撃』をお受けになったとすれば、わた もつい夢中になって、あんな無名の手紙のことなんぞいい出しはもちろん罪もないのにそんなことの原因になったのを、 しました。けれど、すべて無名の手紙なんてものは、署名がだれよりも一ばん残念に思います。さあ、わたしがあんたに

4. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

よ。ばくは自分の意図を撤回しやしません。どうか留めだてい。 しないでくださし ~ 、。くは必ず公表します」 「見せかける ? くり返して申しますが、ばくは「見せか 「あなたはさきほどこれをお渡しになるときも、その予告をけ』たことなどありません。ことに芝居など打ったことは」 お忘れにならなかった」 チーホンはっと目を伏せた。 「同じことです」とスタヴローギンはきつばりとさえぎつ 「この告白はとりもなおさず、死ぬばかり傷つけられた心 た。「もう一どくり返して申しますが、あなたの抗議の力がの、やむにやまれぬ要求から出たものと思いますが、そうで どんなに強くても、ばくは自分の意図を変更しやしません。 しような ? 」と彼はなみなみならぬ熱心な調子で、しゅうね 断わっておきますが、ばくはこの拙い言葉で ( 或いは巧妙な く言葉をつづけた。「さよう、これは懺悔です。あなたはこ 言葉かもしれません、それはご判断にまかせます ) 、あなたの懺悔の自然な要求に打ち負かされた。そして、前代未聞の が少しも早くばくに反対し、意見をなさるように仕向けよう偉大な道に踏み込まれたのです。しかし、あなたはもう今か なんて、そんなつもりはもうとうないんですからね」 ら、ここに書かれたことを読む人々すべてを憎悪し侮蔑し 「わたしはあなたのお考えに反対したり、ことに、計画を抛て、彼らに戦いを挑んでおられるように見えますな。罪業を 擲するようにご意見したりなど、そのようなことはしようと告白するのを恥じぬあなたが、なぜ懺悔を恥じなさるので てできませんよ。これは実に偉大な思想で、キリスト教思想す ? 」 をこれ以上完全に表白することはできません。それに、あな 「恥じてるんですって ? 」 たの計画しておられるような驚くべき苦行は、人間の悔悟が 「恥じ恐れておられます ! 」 達し得られる最大限度です。ただもし : : : 」 「恐れてるんですって ? 」 「ただもしなんです ? 」 「身も世もあらぬほど。みんな自分の顔を見るがよい、とこ 「ただもしこれが本当に悔悟であり、本当にキリスト教思想うあなたは書いておられる。ところで、あなたご自身は、ど であったならばです」 うして世間の人の顔をご覧になるつもりですな ? あなたの 「ばくは誠意をもって書いたのです」 告白には、ところどころ、強い表現が使ってあります。あな 「あなたは心に望んでいられたよりも、なんだかわざと余計たはどうやら、ご自分の心理に見とれて、一つ一つ細かい気 に、自分自身を粗野なものに見せかけておられるように思わ持ちを取り上げておいでになる。ただもう自分の無神経さを れますな : ・ : 」チーホンはだんだん無遠慮になってきた。明ひけらかして、読者を驚かしてやりたい、といったふうに見 らかにこの「書きもの』は、彼に強烈な印象を与えたらしえますよ。ところが、そんな無神経などというものは、あな

5. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

立派な宝物を持って来ても、まだわたしがペこペこお辞儀を「実際わたしは」スチ , パン氏はもうヴァルヴァーラ夫人の して、頼まなきゃならないと思っていらっしやるの ? あり巧みな煽てに乗せられて、こうつぶやいた。「実際わたしは ったけの利益を数え上げて、仲人口をきかなきゃならないと今「スペイン歴史物語』の述作にかかる準備をしているので お思いですの ? いいえ、あなたこそ膝を突いて頼まなけれす : : : 」 「ほうらね ! ご覧なさい、まるで申し合わせたようじゃあ ばならないはずですよ : : : ええ、なんという腑甲斐ない : りませんか」 腑甲斐ない浅はかな人なんでしよう ! 」 「しかし、 : あのひとは ! あなたはあのひとにお話しに 「でも、わたしはもう老人ですから ! 」 なりましたか ? 」 「五十三やそこいらがいったいなんでしよう。五十はけっし 「あの娘のことは、心配しないでもよござんすよ。それに、 て人生の終わりじゃありません、ちょうど真ん中です。あな たは好男子です、それはあなたも自分でご承知のとおりで何もあなたが要らない詮索だてをすることはありません。そ りやもうあなたご自身であの子に頼まなきゃなりません。ど す。またあの子がどんなにあなたを尊敬しているか、それも やはりご承知のはずです。もしわたしが死んだら、あの子はうかご承諾の栄を与えてくださいといったふうに、泣きっか どうなると思います ? ところが、あなたにさえついてれなきゃなりませんよ。いいですか ? けれど、ご心配はいり ば、あれも安心ですし、わたしも安心します。あなたには価ません、わたしが傍についてますからね。それに第一、あな 値と、名声と、愛に富んだ心という、立派な条件が備わってたはあの子を愛していらっしやるんですよ」 スチェパン氏は目まいがして、四方の壁がくるくる廻りだ います。おまけに、あなたは年金を受け取ることになりま す。これはわたくし自身の義務としてるんですからね。それすように思われた。彼の心中には、どうしてもうち消すこと のできない一つの滑稽な観念が、こびりついているのであっ に、あなたはあの子を救うことになるかもしれません、いい え、救うのです ! 何にせよ、あの子に功徳をすることにな エグセランタミ りますよ。あなたはあの子に身の決まりをつけ、あの子の感「すぐれたる友よ」彼の声はとっぜん慄え出した。「わたし は : : : わたしは今までかって思いも設けなかったですよ、 情を発達させ、思想の舵を取ってやることになるのです。い あなたがわたしをほかの : : : 女に片づけておしまいにな ま思想の舵の取り方の悪いために、一生を誤る人がざらにあ 電りますからね ! その頃までには、あなたの著述も完成するろうとは ! 」 「あなたは娘じゃありませんよ、スチェパン・トロフィーモ でしよう、そして、あなたはすぐまた存在を認められるよう ヴィチ、片づけるというのは娘だけのことです。あなた自分刀 になりますよ」 悪

6. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

「そんなことはね、中学生さん、あんたが習ったよりか、ず いたくない、という精神からおたずねするので」 っとさきに知ってましたよ」 この『狡妙』な質問は一種の印象を与えた。一同は互い 「じゃ、ばくはこう確信します」とこちらは猛然と奮い立っ答えを求めるように、目くばせした。と、ふいに号令でもか た。「あんたはね、こっちがもうちゃんと知ってることを、 けられたよ , フに、ヴェルホーヴェンスキイとスタヴローギン ばくらに教えようと思って、はるばるべテルプルグからやつに視線を向けた。 て来た赤ん坊です。あなたがろくそっぱしまいまで読めなか 「わたしはいっそ、『われわれは会議の席にありやいなやし った「汝の父母を崇めよ』の聖訓だって、あれが不道徳なも という質問に対する答えを、みんなで投票したらと思いま のだとい、つことは、 もうべリンスキイ以来、ロシャ全国す」とヴィルギンスカヤ夫人がいい出した。 に知れ渡っていますよ」 「わたしはまったくその動議に賛成します」とリプーチンが 「まあ、これがいっかおしまいになるんでしようか ? 」ヴィ応じた。「もっとも、やや漠然とした動議ではありますが」 ルギンスカヤ夫人は断固として、夫にこういった。 「ばくも賛成しますーーーわたしも」という人々の声が聞こえ 彼女は主婦として、会話の馬鹿馬鹿しい調子に赤面してし まった。ことに幾たりかの笑顔や、新しく招いた人々の怪訝「わたしも、そのほうが秩序が立ってよさそうに思われま の表情を見ると、もう恥すかしくてたまらなくなった。 す」とヴィルギンスキイが断案をくだした。 「諸君」ヴィルギンスキイはとっぜん声を高めた。「もしだ 「では、投票を始めます ! 」と、主婦が宣一言した。「リヤ れでも、より以上この会合にふさわしい話を始めたいとか、 ムシンさん、あなたピアノに向かってください。あなたも投 或いは何か発表したいと望んでおられるかたは、どうか時を票が始まったら、そこから声をかけられますよ」 逸することなしに、始めていただきたいものです」 「また ! 」とリャームシンは叫んだ。「ばくはも、つ、 しい・刀 . 減 「では、失礼ながら、一つ質問を提出さしてもらいましょあなた方のために、ばらんばらんやりましたね」 う」今までことに ~ 打儀よくきちんと坐って、しゅうねく押し 「でも、わたしはたってお願いするのです。さあ、あっちへ 黙っていたびつこの教師が、もの柔かな調子でロを切った。 行って弾いてください。それとも、あなたは共同の事業に仕 「いったいばくたちは今ここで、何かの会議に列してるのでえるのがいやなのですか ? 」 しようか、それともまた単に客として招待された、普通のつ 「だって、アリーナさん、大丈夫だれも立ち聴きするものは まらん人間の寄り合いでしようか、それが一つ知りたいものありやしません。それはあなたの杞憂ですよ。それに、窓も ですね。これはただより多く秩序的にやりたい、五里霧中でこんなに高いんですもの、よしんばだれか立ち聴きしたっ

7. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

がらぬばかりに、肘掛けいすの上で身をそらした。「どうし黒いショールを、ふいに彼女は肩からはずした。 も、フしじゅ、フも てわたしがあんたの小母さんになるの ? どういうつもりで「いえ、それはすぐまた巻いてちょうだい、 あんなことをいったの ? 」 っててかまわないんだから。さあ、行ってお坐んなさい、そ マリヤは、こう怒られようとは思いも寄らなかったので、 して、コーヒーでもお飲みなさいよ。ね、どうかわたしを恐 まるで発作でも起こしたように、、」 4 却みにびくりびくり慄えれないで、落ちついてちょうだい。わたしだんだんあんたが ながら、よろよろと肘掛けいすの背に倒れかかった。 わかって来ましたよ」 「 Ch&re amie ( 親愛な友よ ) 「わたし : : : わたしはそういったはうがいいかと思いました 」とスチェ・ハン氏はまたロ ので」といつばいに目を見はって、ヴァルヴァーラ夫人を見を出しかけた。 つめながら、彼女は吃り吃りつぶやいた。「リーザもそうお「ああ、スチェパン・トロフィーモヴィチ、このことはあな 呼びになりましたもの : : : 」 たがいなくってさえ、何が何やらわからないんですよ。せめ 「おまけに、またリーザなんて、だれのこと ? 」 てあなただけでも遠慮してくださいな : : : それよりも、どう 「このお嬢さまでございます」と彼女はリーザを指さした。 ぞあなたの傍にある、女中部屋のベルを鳴らしてくださいま 「じゃ、このひとはもうお前さんにとって、ただのリーザにせんか」 なってしまったの ? 」 沈黙がおそった。夫人の視線は、うさん臭そうにいらいら 「だって、あなたご自分で、さきほどそうお呼びになりまし とわたしたち一同の顔をすべって行った・アガーシャ、 たもの」マリヤはいくぶん元気づいて来た。「わたしちょう夫人の気に入りの小間使が姿を現わした。 どこういうふうな美しい方を、夢に見たことがございます」 「わたしの格子縞の肩掛けを頂戴、あのジュネーヴで買った と彼女はわれともなしに笑みを洩らした。 のさ。ダーリヤは何をしてるの ? 」 ヴァルヴァーラ夫人は何やら思いめぐらしていたが、いく 「あまりお気分がお勝れにならないようで」 ぶん心が落ちついて来た。マリヤの最後の言葉を聞いた時に 「お前、行ってね、ここへ来るようにいっておくれ。そし は、ちょっとかすかにほはえんだほどである。こちらはそのて、加減が悪いかもしれないが、ぜひ来てほしいと念を押す 黴笑に気がつくと、肘掛けいすから立ちあがり、びつこを引んだよ」 きながら、おずおずとその傍へ寄った。 この瞬間、次の間でまたしてもさきほどと同じような、な 「どうぞこれを。お返しするのを忘れておりました。無作法みなみならぬ足音や人声が騒々しく聞こえた。とふいに「取 ものにお腹立ちのないように」先ほど夫人に着せてもらったり乱したプラスコーヴィャ夫人が、はあはあと息を切らし 8

8. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

やめてちょうだい ! 」 「ところが、あんたは寄宿舎時分、宗教初歩の講義をしてい 「まあ、ヴァルヴァーラさん、あんたはわたしをまるで小さた牧師さんに恋したじゃありませんか。あんたが意地悪くい な娘っ子扱いになさるのね。わたしコーヒーなんかいやでつまでも、あんなことを覚えてらっしやるなら、これがわた す、はい」 しのご返報よ ! はははー と、彼女はコーヒーを持って来た従僕にむかって、いどむ彼女は剩性らしく笑ったが、そのままはげしく咳き入っ ような身ぶりで手を振った ( もっとも、コーヒーはわたしと マヴリーキイを除けて、ほかの者はみんな辞退した。スチェ 「へえ、あんたはまだあの牧師さんのことを忘れないでいた ハン氏はいったん茶碗を手に取りかけたが、またテープルのの : : : 」ヴァルヴァーラ夫人は憎々しげに相手を見つめた。 上に置いてしまった。マリヤはもう一杯ほしくてたまらない 彼女の顔は真っ青になった。プラスコーヴィャ夫人は急に 様子で、ほとんど手を差し伸べようとしたが、考え直して、威猛高になった。 行儀よく辞退した。そして、それがいかにも得意そうな様子「わたしはいま笑ってるどころのだんじゃありません。なぜ だった ) 。 あんたはわたしの娘を、町じゅうの人が見ている前で、あん ヴァルヴァーラ夫人は渋い薄笑いを浮かべた。 たの穢らわしい騒ぎの中へ捲き込んでくだすったんです。わ 「ねえ、プラスコーヴィャさん、あなたはきっと何かまたと たしはそのご返答を聞きに来たんですの」 んでもない妄想を起こして、それでここへやって来たんでし 「わたしの穢らわしい騒ぎですって ? 」突然、ヴァルヴァー よう。あんたは一生涯、妄想ひとつで生きてたんですからラ夫人は、恐ろしい顔つきでそり身になった。 ね。現にあんたはいま、寄宿舎のことで向かっ腹を立てなす「お母さん、あたしもやはりお願いしますから、も少し控え ったが、はら、覚えていますか、いっかあんたが学校へやつ目にしてくださいな」とふいにリザヴェータが口を出した。 て来て、シャプルイキンという軽騎兵があんたに結婚を申し 「お前なにをおいいだえ ? 」母夫人はまた甲走った声を立て 込んだって、クラスじゅうへ吹聴したところが、マダム・ルようとしたが、。 きらぎらと光る娘の視線に射すくめられてし フビュールにさっそく化の皮を剥がされたじゃありませんまった。 か。だけど、本当は、あなたが嘘をついたんじゃなくって、 「どうしてお母さんは、穢らわしい騒ぎなどとおっしやるん 霊ただ慰み半分の妄想がつのったばかりなんですよ。さあ、 いでしよう ? 」とリーザはかっとなっていった。「あたしはマリ ってごらんなさい、今日は何用で来たんですの ? どんな妄ャ様のお許しをもらって、自分でこちらへお邪魔にあがった 悪想を起こしたの ? 何がいったい不平なんですの ? 」 んですわ。だって、あたし、この不仕合わせな方の身の上を

9. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

をかかえて笑っちゃったよ。とにかく、 全体お父さんの手紙あげたよ。もの珍しさに、ゆうべ一晩がかりでカ・ハンの中を は退屈千万なもんだ。あなたの句法ときたら、たまらないか掻き廻したのさ。もっとも、別にどうといってとりとめもな らね。ばくはしよっちゅう読まないでうっちゃっとくのだ。 いことばかりだから、安心していいよ。例のポーランド人に 一通なんぞは今だに封を切らないで、ごろごろしているくら宛てたお母さんの手紙だがね、お母さんの性質から判断して いだよ。一つ明日お返ししよう。けれど、あの、あの一番しみると : : : 」 まいの手紙ときたら、もう完全の極致だ ! 実に笑っちゃっ 「もうひと言いってみろ、おれは貴様に頬桁を食らわしてや た、腹をかかえて笑っちゃった」 るからー・」 「悪党、悪党 ! 」とスチエバン氏はわめいた。 「ああいう人だ ! 」突然ビヨートルはばくのほうへ振り向い 「ちえつ、あきれちゃったね、あんたとは話もできやしな た。「ねえ、ばくらはもう先週の木曜日からこんなふうにな 。ねえ、あんたはまた前の木曜日みたいに怒り出すの ? 」 ってるんですよ。今日はそれでも、あなたが立ち会ってくだ けしき スチェパン氏は気色を変えて身を伸ばした。 さるから、ばくは大いに嬉しいんです。まあ、考えてみてく 「なんだってお前はおれに向かって、そんな言葉づかいがでださい。 まず最初の事実はこうなのです。親父は、ばくが母 きるんだ ? 」 のことをあんなふうにいうって、怒ってるんですが、ばくが 「へえ、どんな一一一一口葉づかいなんだろう。簡単で明瞭な言葉づそうするようにと仕向けたのは、親父自身なんですよ。ばく かいじゃないか ? 」 がまだ中学生時分に、親父はペテルプルグで一晩に二度くら 「やい、悪党、いったい貴様はおれの子なのかどうなのだ、 いずつ、ばくを揺すぶり起こして、一生懸命にだき締めるの まっすぐに白状しろ ! 」 です。そして、まるで女の腐ったみたいに泣きながら、毎晩 「そんなことは、お父さんのほうがよく知ってるはずじゃな毎晩どんなことを話して聞かせたか、まあ、あなた想像がっ いか。もっとも、父親というものはこんな場合、えて目が眩きますか。つまり、今のように無作法千万な、母の昔話じゃ みやすいものだけれど : : : 」 ありませんかー ばくは親爺の口から、初めて耳にしたよう 「黙れ、黙れ : : : 」スチェパン氏は全身をわなわなと慄わしな始末なのです」 「おお、おれはあの時もっと高遠な意味でそういう話をした 霊「そうら、お父さんはまたこの前の木曜日のように、どなつのだ ! おお、貴様はおれの心持ちがちっともわからなかっ たり悪態をついたりして、ステッキを振り廻さないばかりのたのだ。貴様は少しも、てんで少しもわからなかったのだ」 悪勢しオカ 、。 ' ー、ばくはあんたのために、証拠書類をさがし出して「しかし、お父さんの話は、ばくのよりかもっと下劣だったお

10. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

れよりも一番びつくりしたのは、プラスコーヴィャ夫人であったものと見える。スチ、パン氏はまず第一に、彼女が入っ る。ありったけの声を出して叫びながら、椅子から身を起こたのに気がついて、もぞもぞ身を動かしながら、顔を真っ赤 ーヴロヴ にした。そして、なんのためやら「ダーリヤ・ して、ほとんど泣き出しそうな声でこういった。 「ねえ、ヴァルヴァーラさん、わたしが意地の悪い馬鹿なこナ」と声高に呼びかけたので、すべての目が一時に彼女のほ まあ、だれかこの人うへ向けられた。 とをいったのは勘弁してちょうだいー ーヴロヴナでい 「え、じゃ、この人が、お宅のダーリヤ・ に水でもあげてくださいな ! 」 らっしゃいますか ! 」とマリヤは叫んだ。「ねえ、シャート 「後生だから、泣き声を出さないでちょうだい、プラスコー ヴィャさん、お願いよ。そして、皆さんもお願いですからひウシカ、お前さんの妹さんはあまりお前さんに似てないね いてください。水なんかいりません ! 」とヴァルヴァーラ夫え ! どうしてうちのやつはこんな美しい人を、奴隷女のダ ーシカなんていうんだろう ? 」 しつかりした声で、紫色の唇を動かしな 人は、高くはないが ダーリヤは、もう大分ヴァルヴァーラ夫人の傍へ近寄って がらいった。 したが、マリヤの叫び声にぎよっとして、つとそのほうへ振 「あなた ! 」プラスコーヴィャ夫人は心もやや落ちついてこ ういった。「ねえ、あなた、ヴァルヴァーラさん、あんな無考り向いた。そして、吸いつけられたような目つきで、じいっ とこの気ちがい女を見つめながら、テープルの前に立ちすく えなことをいったのは、もちろんわたしが悪かったけれど、 わたしもどこかのうようよ連から無名の手紙の砲撃にあつんでしまった。 「お坐り、ダーシャ」気味の悪いほど落ちついた声で、ヴァ て、もういいかげん気がいらいらしてたもんですからねえ。 ルヴァーラ夫人はいった。「もそっと近く、そうそう、坐っ 本当に、あんたのことを書いてるんだから、あんたのとこへ よこせばよさそうなもんだのに、わたしには娘があるもんでててもこの女は見られるだろう。お前この女を知っておいで かえ ? 」 すから : : : 」 「わたし一度も見たことがございません」とダーシャは低い ヴァルヴァーラ夫人はつぶらな目を見はって、言葉もなく 相手の顔を見つめながら、驚きの表情をもって聞いていた。声で答えたが、しばらく無言の後いい足した。「きっとレピ この瞬間、片隅の脇戸が音もなく開いてダーリヤが姿を現ャードキンとかいう人の妹で、病身の方なんでございましょ 第わした。彼女はちょっと立ちどまって、あたりを見廻した、 一座の動揺にびつくりしたらしい。彼女はまだだれからも話「あなた、わたしは今はじめて、あなたにお目にかかったば かりでございます。けれども、ずっと以前から、お近づきに 悪を聞いていなかったので、すぐにはマリヤの姿に気づかなか