一生をささげるつもりだといいだした。事がこれほどに進行もなしに自分でのこのこ押しかけて来るようになった。そし したのを見たスチェパン氏は、ますます高慢になってきた。 て、だれもかれも新たに自分の友だちを引っ張って来る。夫 そして、べテルプルグへ行く途中などでは、ほとんど保護者人は今までこんな文学者を見たことがなかった。鼻持ちがな 然たる態度で、ヴァルヴァーラ夫人に向かうようになった。 らぬほど見栄坊で、しかも、そうするのが自分の義務である このことも夫人は胸の奥深くたたみ込んだ。もっとも、このかのように、全然おおっぴらなのである。中には ( けっして 旅行については、夫人にしてみると、きわめて重大な原因が 皆が皆とはいわぬ ) 、酔っぱらってやって来ながら、つい昨 ほかにあった。つまり、上流の社交界における地位の復興で日あたり発見された特殊な美でも自覚したような顔つきをし ある。できるだけ社交界で、自分のことを思い出させなけれている者もあった。みな揃いも揃って不思議なほどなにやか ばならない、少なくとも、試みをしてみる必要がある。しかやと誇りばかり高く、その顔には『われわれはたった今、あ し、まず第一の口実は、当時ペテルプルグ大学の業を卒えんる非常に重大な秘密を発見したばかりなんです』とでも書い としていた、一人息子に会いに行くということであった。 てあるように見える。彼らは絶えず罵り合って、しかも、そ れを名誉のように心得ている。いったいどんなことを書いて 6 いるのかわからないが、その中には批評家もいれば、、 説家 ・ヘテルプルグへ着いた彼らは、そこで冬のシーズンをだい もいるし、脚本家も諷刺家も、あらさがしの専門家もいた。 たい過ごした。けれど、四旬斎近くなる頃には、何もかも虹 スチェ・ハン氏は、一代の運動を支配しているこの連中の、 の色をしたシャポン玉のように、脆くも消えてしまった。空一流株のサーグルへも首を入れてみた。こういう支配者の階 想はむなしく散り失せた。しかも、わけのわからぬ何物かは、級は、ちょっと信じかねるくらい高いところにあったが、そ 少しもはっきりしないばかりか、かえってますますいまわしれでも彼らは愛想よく氏を迎えた。もっとも、彼らはスチェ くなってゆくのであった。第一、上流社会における地位の回 ハン氏について、「ある思想を代表する人』とよりほかには、 復は、ほとんど不成功に終わって、恥ずかしい無理な運動を何一つ知ることも聞くところもなかったのはもちろんであ したあげく、やっと一縷の関係を取り留めたにすぎない。こる。彼はこの人たちの周囲で大いに活動して、彼らがオリン れに侮辱を感じたヴァルヴァーラ夫人は、もう遮二無二『新ピアの神々にもたとうべき高い位置に納まっているにもかか しい思想』を目ざして飛びかかった。そして、自分の住まいわらず、ヴァルヴァーラ夫人の客間へ、二度ばかり招待した で夜の小集会を催しては文学者などを招き寄せたのである。 ことさえあった。この連中は恐ろしく真面目で、丁寧で、立 悪こういう連中は、うようよするほどやって来て、はては招待ち居振舞いも尋常だった。ほかの連中は、見受けたところ、
リヨーシャからのがれる役には立たなかった。 た。余はどこへも行かないで、当分のあいだ ( 一年もしくは こういうわけで、余はこの手記を印行して、三百部だけロ二年 ) 母の領地スグヴァレーシニキイに滞在するつもりであ シャへ携行することに決心した。時いたったならば、余はこる。もし呼ばれたら、どこへでも出頭する。 れを警察と土地の官憲へ送るつもりである。と、同時に、す ニコライ・スクヴローギン べての新聞社へ送付して公表を乞い、ペテルプルグとロシャ の国土に住む多数の知人にも配付しようと思う。これと並行 3 して、外国でも訳文が現われるはすである。法律的には、余 は別に責任を問われないかもしれない。少なくとも、大問題告白の黙読は約一時間つづいた。チーホンはゆっくりゆっ を惹起することはなかろうと思う。余一人が、自分自身を起くり読んで、所によると二度すっ読み返したらしかった。ス 訴するだけで、ほかに起訴者がないからである。それに証拠タヴローギンはそのあいだ始終じっと身動きもせず、無言の が全然ない、或いはきわめて少ない。また最後に、余の精神まま坐っていた。不思議なことに、この朝ずっと彼の顔に浮 錯乱に関する疑いは、牢固として世間に根を張っているのかんでいた焦躁と、放心と、熱に浮かされたような表清は、 で、必ずや肉親の人々はこの風説を利用して、余に対する法ほとんど消えてしまって、平静の色に変わっていた。そこに の追求を揉み消すことに努力するだろう。余がかかる声明をは真摯の影さえもうかがわれて、ほとんど気品の高い感じを するのは、わけても、自分が現在完全な理知を有していて、与えるほどであった。チーホンは眼鏡をはずして、しばらく おのれの状態を理解していることを証明せんがためである。 ためらっていたが、やがて相手の顔へ目を上げて、やや用心 しかし、余の身になって見れば、し 、つさいのことを知るべきぶかい調子で最初に口を切った。 世上の人々が残るのである。彼らは余の顔を見るだろうが、 「この書きものに、多少の訂正を加えるわけにいきませんか 余も彼らの顔を見返してやるのだ。余はみんなに顔を見られな」 これが余の心を軽くするかどうか、余自身にもわから 「なんのために ? ばくは誠心誠意で書いたんですよ」とス なしが、とにかく最後の方法に訴えるのである。 タヴローギンは答えた。 なお一つ、 もし。へテルプルグ警察が極力搜索したなら 「少しばかり文章を : ・・ : 」 電ば、或いは事件を発見できるかもしれない。あの職人夫婦は 「ばくはあらかじめお断わりしておくのを忘れましたが」と 今でもペテルプルグに住んでいるかもわからぬのである。家彼は全身をぐっと前へ乗り出しながら、早口に鋭くいった。 悪はむろん思い出されるに相違ない。薄水色に塗った家だっ 「あなたが何をおっしやろうと、それはいっさいむだです
に烈しく彼を領したのである。とうとうヴァルヴァーラ夫人た返事もだんだんわからなくなっていった。スチェパン氏 も、これは冗談事でないと思った。それに、自分の友が世間 は、『こんなふうの思想をすっかり』一度できつばりわかるよ から忘れられて、無用人になりはてたなどと考えるのは、夫うに説明してほしいと、改まって夫人のところへ呼ばれて行 人にとって、とうてい堪えうるところでなかった。で、彼のつこ。・、、 オカその説明には夫人は恐ろしく不満足だった。この 気を紛らし、かたがたその名声を回復するために、夫人は彼世間一般の運動に対するスチェパン氏の見解は、思いきって をモスグワへ連れて行くことにした。そこには文士や学者の尊大なものであった。そして、彼のいうことはことごとく、 仲間に、幾人か優雅な知人があったので。しかし、行ってみ自分は世間から忘れられた、自分はだれにも用のない人間 ると、モスクワもあまり感心しなかった。 だ、とい , フ一点に帰着してしまった。 それは一種特別な時代であった。以前の静けさとは似ても しかし、ついに彼も人のロに上るようになった。はじめ 似つかぬ。まるで新しい、しかも妙に恐ろしいあるものがや二、三の外国で出る刊行物が、彼のことを流謫の受難者と評 って来たのである。このあるものはいたる処で、 スグヴし、また次に間もなくべテルプルグで、かって輝かしい星座 アレーシニキイのような田舎でさえも、それとなく感じられに加わっていた一つの遊星として、噂をしだした。中には、 ロシャの文学者 ( 一七四九ー た。さまざまな噂も伝わってきた。いろいろな事実も、精粗どういうわけだか、ラジーシチェフ 一八二〇年 ) 「ペテルプルグ の差こそあれ、全体としてわかってきた。けれど、疑いもな よりモスクワ〈の旅』で農奴制誌 ) に比較するものさえあ 0 た。そ 事実のほかに、まだ何かそれに伴う思想がある。し かれからまただれかが彼の訃報を伝えて、近いうちにその小伝 も、その数がまた大変なものだ。つまり、これが頭を混乱さを掲載すると予告した。スチェパン氏はたちまちよみがえっ せるのであった。どうしてもそれに順応することができず、た。そして、恐ろしく気取り始めた。現代の人々に対する高 またその思想が何を意味するかを正確に突き留めることもで慢な態度は、ことごとく一時に姿を消したばかりか、かえっ きなかったのである。ヴァルヴァーラ夫人は女性特有の性質て現代の運動に加わって、力量を世に示したいという空想 で、必ずその中に秘密があるものとしなければ、承知できな が、彼の心中に燃え始めた。ヴァルヴァーラ夫人は、再びい かった。彼女は新聞雑誌を初め、外国の出版物や、当時もう っさいを信用してしまって、恐ろしく騒ぎだした。で、一刻 出はじめた檄文 ( こんなものまで夫人の手に入ったのだ ) にの猶予もなくべテルプルグへ出かけて、いっさいを実地に調 いたるまで、自分で読んでみたけれど、ただ目の廻るような査し、親しくその空気を呼吸してみたうえで、もしできるな 気持ちを覚えたばかりである。で、今度は手紙を書きにかからば、直接あたらしい事業に全身を捧げようと、決心したの った。しかし、あまり返事が来なかったうえに、せつかく来である。そのとき夫人は自身で一つ雑誌を発行して、それに
それをよりたやすく述べられる第三者の労を必要とするようら押しつけがましく、他人の身の上を話そうなそといい出す な、デリケートな事柄を含んだ場合もまたありがちのことでのは、ずいぶん奇怪なことでもあり、また普通のやり方とも違 すからね。まったくですよ。奥さん、ニコライ君はさっきあっていた。しかし、彼はヴァルヴァーラ夫人の一ばん痛いと ころへ触れて、まんまと思う壺へはめてしまったのである。 なたの問いに対して、すぐ端的に明瞭に返事をされなかった ですが、けっしてあの人が悪いのじゃありません。なにしろ当時わたしは、まだこの男の性質もまったく知らないくらい 馬鹿馬鹿しい話なんですからね。ばくはもうべテルプルグ時だったから、その目論見なぞはなおさらわかろうはずがなか 分からこの話を知ってるんですよ。それにこのエピソードはった。 「では、お聴きしましよう」自分の譲歩をいくぶん心苦しく かえってニコライ君のために、名誉を増すことになるくらい ですよ、もしぜひともこの「名誉』というような曖昧な言葉感じながら、ヴァルヴァーラ夫人は控え目な用心ぶかい調子 でこ , ついった。 を使わねばならんとすればですね : : : 」 「話はごく簡単なんです。あるいは厳密な意味において、事 「では、つまり、あなたはこの : : : 誤解の原因となったある 事件の、実見者だったとおっしやるのですか ? 」とヴァルヴ件ということはできないかもしれません」と彼は南京玉を撒 き散らし始めた。「もっとも、小説家に聞かせたら、退屈ま アーラ夫人がたずねた。 トルぎれに一編の物語にでっち上げるかもしれません。かなり面 「実見者でもあり、関係者でもあったのです」とピヨー 白い話ですからね、プラスコーヴィャさん、それにリーザさ はさっそくひき取った。 「もしあなたが、わたしに対するニコライの優しい感情をけんも、興味をもって聴いてくださることと思います。なぜっ と誓ってくださるならば : : : あれは何一て、これには不思議とまではゆかないでしようが、なかなか っして侮辱しな、、 つわたしに隠し立てしないのですから : : : それからまた、ニふう変わりな点がたくさんあるんですから。五年ばかり前ニ コライ君はペテルプルグで、初めてこの先生と知り合いにな コライがかえってよろこんでくれる、という自信があなたに そら、このレピャードキン先生です。先生、 られました。 おありでしたら : : : 」 「そう、そりやもうよろこぶに相違ありません。それだからロをばかんと開けて立ってるが、今にも抜け出そうと身がま こそばくは自分でもこれを非常なよろこびとしているのでえてるようですね。いや、奥さん、ごめんください。ねえ、 す。ばくはむしろ、あの人のほうから進んで頼むだろう、ときみは今ここを逃げ出さないほうがよかろうぜ、糧秣局の退 職官吏さん ( どうだね、よく覚えてるだろう ) 。きみがここ 信じてるくらいです」 ・目【 ( 刀の - は , フ、か でやった小 . 細工よ、ばくにもニコライ君にも、わかり日廻ぎる
まだ漠としたものではあるけれど、かの神聖な永遠の憂悶の生活で、少なからぬ金を蓄えてはいたのである。彼女は、ペ 最初の感覚を、呼びさましたのである。選ばれたる霊魂の所テルプルグの上流社会におけるわが子の成功を、ひどく心に 有者は、ひと度この永遠の憂悶を味わい知ると、もはやそのかけていた。自分の成功しえなかったものも、この将来有望 後けっして安価な満足に換えることを欲しなくなるものであな若い富裕な将校は、必ず獲得するに相違ない。事実、彼 る ( それどころか、たとえ根本的な満足がありうるとしては、夫人などがもう夢にも見られないような人々と交遊を始 も、むしろこの永遠の憂悶のはうをより多く尊重する、と いめ、いたるところで非常な歓迎を受けたのである。 うような熱愛者もあるはどである ) 。が、何にしてもこの少 が、それから間もなくヴァルヴァーラ夫人の耳に、かなり 年と教師とを、少し遅蒔きの嫌いはあったが、別々に引き離奇怪な噂が入るようになった。急にこの青年が、どうしたこ したのはいいことであった。 とか気ちがいじみた放蕩を始めたのである。何もべつに博奕 学習院へ入ってから最初二年間は、この少年も休暇に田舎を打っとか、大酒を飲むとかいうわけではないが、もうまる ナ、まうま へやって来た。ヴァルヴァーラ夫人とスチェパン氏のペテルで野獣のような放縦であった。好馬に乗って人を踏み倒す プルグ行きの時にも、彼はおりおり母夫人のところで催されとか、自分の関係している上流の貴婦人を衆人環視の間で侮 る文学会へ出席して、じっと耳を傾けながら、観察してい辱するとか、そういう畜生同然の振舞いがしきりに噂され た。ロ数は少ないほうで、依然としてもの静かな、遠慮ぶか た。とにかく、あまりに醜悪なあるものが、この事件の中に い青年であった。スチェパン氏には以前同様な優しい注意を感じられた。そればかりでなく、おまけに、彼はひどい暴れ もって対したが、いくぶん控えめがちになって、高尚な話題者で、喧嘩の押売りをしては、単に侮辱の快感を味わうため や過去の追懐などは、なるべく避けるようにしていた。学校 、他人を侮辱するとのことであった。ヴァルヴァーラ夫人 を卒業してから、彼は夫人の希望で軍務に従った。そして、 は心配もすれば、悲しみもした。スチェパン氏は夫人を慰め 間もなく、青年子弟の憧憬の的になっているさる近衛の騎兵て、これはあまりに豊富な肉体組織の最初の兇暴な発現にす 連隊へ入った。しかし、軍服姿を母夫人に見せに来るようなぎぬ、そのうちに荒れ狂う海も鎮まるに相違ない、そして、 ことはなかった。そのうちペテルプルグからも、あまり手紙この事件は沙翁の書いたノ 、ーリイ王子が、ファルスタッフや をよこさなくなった。ヴァルヴァーラ夫人は農奴解放の改革ポインスやグイグリィ夫人と、遊蕩に耽った物語によく似て 霊以来、領地の収入がどっと減って、最初のうちは、以前の半いる、と述べた。ヴァルヴァーラ夫人はこの頃ともすれば、 分にも足らぬはどであったが、それでも息子のところへは惜スチェパン氏に向かって、「丐鹿馬鹿しい、馬鹿な話で 悪気もなく金を送ってやった。もっとも夫人は長い間の経済なす ! 』と一言できめつけるのがきまりになっていたが、今度
をつかまえて、子供へ渡した。すると、こちらは覚東ない小 「きみは何用で来たのです ? 」 さな手で、今度は自分で投げるのであった。キリーロフはま 「ちょっと用事があって。きみこの手紙を読んでみてくれた た駆け出して、それを拾ってやった。そのうちにとうとう、 まえ、ガガーノフから来たんです。覚えていますか。いっか 『まい』は戸棚の下へ転がり込んだ。 ペテルプルグできみに話したことがあったでしよう」 「まい、まい ! 」と子供は叫んだ。 キリーロフは手紙を取って読み終わると、また元のテープ キリーロフは床へ坐って、腹這いになりながら、戸棚の下 ルへのせて、待ち設けるように相手を見つめた。 から手で毬を取り出そうと努めた。ニコライは部屋の中へ入「このガガーノフという男には」とニコライは説明に、、 った。子供は彼の姿を見ると、老婆にひしとしがみつきなが た。「きみもご承知のとおり、一月ばかり前に、生まれて初 ら、いきなり子供らしい長い泣き声を立て始めた。老婆はさめてペテルプルグで会ったんです。ばくらは二、三ど集まり っそく部屋の外へ連れ出してしまった。 の席で、顔を合わしたばかりなんですがね、紹介もされなけ 「スタヴローギン君 ? 」手に毬を持って、床から起きあがりれば、言葉を交わしたこともないくせに、なんと思ったか、 ながら、ふいの来訪にいささかも驚く色なくキリーロフはこばくに思いきり失敬な真似をするんです。このことは当時き ういった。「お茶を飲みますか ? 」 みに話したけれども、ただ一つきみの知らないことがある。 彼はすっかり体を起こした。 あの男はばくよりさきにペテルプルグを立ったが、その時た 「けっこうですね、もし冷たくなかったら」とニコライはい しぬけに一通の手紙をよこした。もっとも、この手紙のよう っこ。「ばくすっかりびしょ濡れだ」 なことはないけれど、やはり思いきって無作法きわまるもの 「温いです、いや、熱いくらいです」とキリーロフは得意そなんです。第一、そんな手紙を書く気になった動機がまるで うに引き取った。「まあ、おかけなさい。きみ、泥だらけで説明してない。それが何より奇妙なんですよ。ばくはその すね。いや、かまわない。ばくあとで床を濡れ雑巾で」 時、さっそく返事をやった。やつばり手紙でね。そして、き あなたは ニコライは席に着いた。なみなみと注いだ茶碗を、ほとんわめて腹蔵のない調子で、こういってやった、 ど一息に飲み干した。 おそらく四年前、ここのクラブで起こったご尊父に関する出 「まだ ? 」とキリーロフがきいた。 来事を根にもって、わたしに腹を立ててるんでしよう。その 「ありがと、つ」 ことならば、できるかぎり謝罪の方法を講ずる覚悟です。も 今まで坐っていなかったキリーロフは、さっそくむかい合 っとも、ばくの行為がべつに悪意あってのことではなく、単 悪わせに座を占めると、問いを発した。 に病気のさせた業にすぎない、 ということを前提にしたので
それが何かの役に立つかもしれない。きみらがここで何か仕十ターレルを醵金しましたぜ。つまり、きみは金を受け取っ たわけですよ」 出かして、犯人の捜索が始まった時、とっぜんばくがピスト ル自殺をして、何もかも自分の仕業だという書置きを残せ「まるで違う」キリーロフはかっとなった。「金はそんなっ もりじゃありません。そんなことのために金を取るものなん ば、まあ、一年くらいきみたちに嫌疑がかからないだろう、 かありやしよ、 とこういう注文なんでしよう」 「せめて二、三日でもいいですよ。一日の日も貴重なんだか「時には取ることもありますよ」 「ばかをいうもんじゃありません。ばくはペテルプルグから 「よろしい。この意味で、もしばくにその気があれば少し待出した手紙で、断わっておきました。そして、ペテルプルグ ってくれ、とこうきみがいった。で、ばくは会からその時期で百二十ターレル返したじゃありませんか、きみに手渡しし たんですよ : : : もしきみが自分で着服しなかったら、あっち をいって来るまで、待っことにしようと答えたのです。ばく にとっては、どっちだって同じことだから」 へ送られたはずだ」 いいです。ばくは何も違ってると言やしませ 「そう。しかし、忘れちゃいけませんよ、きみが書置きを書「いいです、 く時には、必ずばくとの立会のうえにする。そして、ロシャん、送りましたよ。とにかく要点は、きみが以前と同じ考え へ帰って来てからは、ばくの : : : まあ、つまり、ばくの自由でいるか、どうかということなんだから」 にまかせると、約東しましたよ。といって、もちろんこの件「同じ考えでいますよ。きみがやって来て、「よし』といえ に関する範囲内で、その他の点に関しては、むろんきみは自ば、ばくはすっかりそれを実行します、どうです、もうすぐ ですか ? 」 由なんですがね」ほとんど愛嬌を交ぜるようにして、ピヨー 、おばえておってくださ トルはこうつけ足した。 「そう日数はありませんよ : 手紙はばくと二人でこしらえるんですよ、その晩にね」 「ばくは約東しやしない、ただ同意しただけです。ばくにと 「その日だっていい っては、どっちだっておなじことだから」 。きみの話では、檄文の責任を引き受け 「ええ、それでけっこうです、けっこうです。ばくはきみのるんでしたね」 「それから、ほかにもちょっと」 自尊心を傷つけようという気なんて少しもないです、しかし 「ばくはなんでもかでも引き受けやしないよ」 「どんなことを引き受けないというんです ? 」ピヨートルは 「何もこのことで自尊心なんか関係はありやしない」 「しかし、おばえておってください、きみの旅費として百一一またもやびくっとした。
ただって、その : : : われとわが身を亡ばすようなことをなさ 「だって、きみはペテルプルグへ出かけて、なんとか自分の りたくはありますまい : : : 第一、世間がなんと思うでしょ進む道を変えるといってるじゃないか。ああ、そうだ、つい 物つ、なんとい , つでしよう ? 」 でにきいておくが、きみがペテルプルグへ行くのは、密訴の 「きみの世間ならさぞ恐ろしいだろうよ。ばくはあのとき酒ためだとか聞いたが、それはいったい本当なのかね ? つま もりの後で、ふいと気が向いたものだから、酒の飲みくらをり、ほかのものを売った褒美に、おゆるしをいただこうとい して、それに負けてきみの妹と結婚したんだ。だから、今度うつもりかね」 はこのことを公然と披露するのだ : : : それが今のばくにとつ大尉はロをばっくり開けて、目を剥き出したまま、とみに 答えも出なかった。 て慰みにでもなるかと思ってね」 「ねえ、大尉」急に恐ろしく真面目な調子になって、テープ こういった彼の調子はことにいらいらしていたので、レビ ルの上へかがみながら、スタヴローギンはこういった。 ャードキンはそっとしながら、その言葉を信じ始めた。 「しかし、それにしてもわたしは、わたしはいったいどうな これまで彼は妙にどっちつかずな調子で話していたので、 るんです。この場合、わたしのことが一ばん肝腎じゃありま道化の役廻りではかなり経験を積んだレビャードキンも、今 の今まで、はたして主人公が怒っているのか、それともちょ せんか ! : : : 大方それはご冗談でしよう、ニコライ・フセー っと冗談をいっているのか、本当に結婚発表などという奇怪 ヴォロドヴィチ ? 」 な考えをいだいているのか、或いはただ自分をからかってい 「いや、冗談じゃない」 「じゃ、どうともご勝手に。しかし、わたしはおっしやるこるのか、その辺がちょっと怪しく感じられた。しかし、今と いう今は、スタヴローギンのなみなみならぬいかつい顔つき とを本当にしませんよ : : : わたしは訴訟でも起こしますか が、相手を説き伏せねばやまぬ強い力を持っていたので、大 「大尉、きみはずいぶん馬鹿たねえ」 尉は背筋に冷水を浴びせられたような気がした。 「かまいませんよ。わたしとして、それよりほかにしようが 「ねえ、大尉、よく聞いてまっすぐに返事をしたまえ。きみ ないんです ! 」と大尉はすっかり脱線してしまった。「以前はもう何か密告したのか、それとも、まだなのか ? 本当に はなんといっても、あれがいろんな手伝いなどしていたの何もかもやつつけてしまったのかい ? まっすぐに返事した で、隅っこのほうに寝る所だけでも当てがってもらえましたまえ。何かくだらんことで、妙な手紙を出しやしなかったか が、今あなたに捨てられたら、 いったいどうなるとお思いで しいえ、まだ何もいたしま : ・・ : そんなことは考えもしませ
手続きをすすめられたにもかかわらず、その裏を掻いて断然ところが、驚いたことには、彼はこの問題に対しても確た それをしりぞけたというのも事実だった : ・ : もちろん、以る自信がなかった。自分が何かの秘密結社に関係してるかど 前、しかもごく近頃まで、県知事は非常の場合、こういうこうか、自分でもわからなかったのである。 とをする権限をもっていたけれど : : : しかし、この事件のど「そうだね、これをなんと解釈したらいいか、 vo 第 2 ・ vous こがそうした非常な場合に相当するのだ ? こう思うと、わ たしは何が何やらわからなくなってしまった。 「なんですって、なんと「解釈したらいいか」ですって ? 」 「これはきっとペテルプルグから電報が来たに相違ないよ」 「もし心底から時代の進歩に同感して、それに関与している ふいにスチェパン氏はこ、ついっこ。 とすれば : : だれだってそんなことを明言するわけにゆかな 、じゃよ、、。 「電報 ! あなたのことで ? それはいったいゲルツェンの ナしカ自分じや関係がないと思っていても、あに図 著書のためですか、あなたの作った劇詩のためですか、本当らんや、いつの間にやら何かに関係している、というような にあなたは気でも狂ったのですか ? ったいど , ついう理由ことがあるからね」 で捕縛されるんでしよう ? 」 「どうしてそんなことがありうるでしよう。この際、問題は わたしはもういっそ腹が立ってきた。彼は渋い顔をして、諾か否だけですよ」 「 CeIa date de Péterbourg. ( ペテルプルグ以来のことだよ ) 何か侮辱でも感じたようなふうだった、ーーーそれは別に、わた しが大きな声でどなったからではなく、何も捕縛なぞされるあのひとと、むこうで雑誌を出そうとしたとき以来のことだ よ。そもそもの根ざしはここにあるんだ。あのときわれわれ 理由がないという、その考え方が気に入らなかったらしい 「今の世の中だもの、どんな理由で捕縛されるかわかりやしはうまく滑り抜けて、やつらもすっかり忘れていたのだが、 ンエルンエル ないさ」と彼は謎めいた口調でつぶやいた。 今度それを思い出したのだ。きみ、きみ、いったいきみはわ と、奇怪な思いきって馬鹿馬鹿しい考えが、わたしの頭にたしがどういう人間かわからないのかね ! 」と彼は病的に叫 ちらりと閃いた。 んだ。「わたしは逮捕されて、囚人馬車にほうり込まれ、そ 「スチェパン・トロフィーモヴィチ、一つの親友としてばくのままつうとシベリヤへ送られて、一生を過ごすか、それと に聞かしてください」と、わたしは叫んだ。「本当の親友とも監獄の中で人から忘れられてしまうか、どっちかなんだ」 してうち明けてくださしし 、、ナっしてあなたを陥れるようなこ と、彼はふいに熱い熱い涙を流して泣き始めた。涙はひっ とはしません。あなたは何か秘密結社にでも関係してるんじきりなしにほとばしり出るのであった。彼は例の赤いハンカ ゃありませんか ? 」 チで目をおおいながら咽び泣いた。五分間ばかりというも
ピヨートルは、これだけではまだ不十分だ、もっともっと つまあ聞いてくださし ~ 、。くは奥さんの友情を非常にありが 馬力をかけてご機嫌を取ったうえ、十分に「レムプケー』を たく思って、心から奥さんを尊敬しておりますし : : : その、 すべてなんですが : : しかし、けっして迂濶なことはしゃべ手のうちにまるめ込まなければならぬ、とこんなふうに考え たらしい りません。ばくは奥さんに反対するわけじゃありません。な 「いや、まったく癖ですね」と彼は相槌を打った。「実際あ ぜって、奥さんに楯つくのは、あなたもご承知のとおり、き わめて危険ですからね。もっとも、ちょっと一言くらい匂わの方は天才的な、文学趣味のある婦人かもしれませんが、せ したかもしれません。それが奥さんの好物ですから。けれつかく集まった雀を追い散らしておしまいになりますよ。六 ど、今あなたに申し上げたように、名前を洩らすとかなんと日はさておき、六時間と辛抱ができないんですからね。まっ か、そんなことは、あなた、どうしてどうして ! 実際、 たくですよ、知事公、婦人に六日などという期限を押しつけ まばくがこうしてあなたにうち明けるのは、どういうわけでるもんじゃありませんよ ! ねえ、ばくが多少の経験を持っ しよう ? ほかじゃありません、なんといっても、あなたがてることを、あなたも認めてくださるでしよう、つまり、こ ういう方面に関してね。ばくもちょいちょい知ってることが 男だからです。昔からしつかりした勤務上の経験をもった、 真面目なお方だと思うからです。あなたは酸いも甘いも噛みあります。ばくがちょいちょいいろんなことを知っているは 分けた人です。あなたは例のペテルプルグ一件の例もあるかずだとは、あなたご自身も認めておられるでしよう。ばくが ら、こ , フい、つことにかけたら、びんからきりまでわかってい 六日の期限をお願いするのは、けっして彼らを容赦するから らっしやるはすです。ところが、奥さんに今の二人の名でもじゃありません、実際、必要があるからです」 「わたしも少しくらい聞いている : : : 」レムプケーは確たる いおうものなら、あの方はさっそく方々へ触れ廻しておしま いになります : : : 奥さんはここからペテルプルグをあっとい意見をいい渋った。「きみが外国から帰った時、その筋に対 わしたくて、たまらないんですからね。いやまったく、あまして : : : その懺悔というような意味で、何か申立てをしたと いうことは聞いているがね」 りご熱心な質でしてね、実際 ! 」 「そう、あれはまったくそうした癖が少々あってね」このぶ「ええ、そんなことぐらいありましたさ」 「それは、もちろん、わたしもあえて立ち入ろうとは望まな しつけ者が自分の妻のことをあまり無遠慮に批評するのを、 : しかし、わたしの目から見ると、きみはここでぜんぜ 心のうちで大いにいまいましく感じながら、同時にいくぶんい : 小気味がよいといったような顔つきで、レムプケーはこうつん別な性質の意見を今まで吐いているように想像していたん だがね。たとえば、キリスト教の信仰だとか、社会的施設の をぶやいた。