ユリヤ - みる会図書館


検索対象: ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)
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1. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

内の独立した新聞の編集係に当てようという、ユリヤ夫人のカ : ほとんど合点がゆかなかったけれど、おそらく知事夫人田 目論見だった ) 、幾たりかの夫人、令嬢、それからカルマジー のほうからも、ニコライに腰を低くして、ほかの人にはちょ などという顔触れだった。この文豪はべつにちょこ っと見せないくらいの愛嬌を振り撒くのが、ヴァルヴァーラ ちょこもしなかったけれど、文学力ドリールで皆をあっとい夫人の気に入ったからだろう。もう一度くり返していうが、 わせるのが愉快だと、公然とさも得意らしく吹聴していた。 ビヨートルはこのあいだしじゅう知事邸内へ、目立たぬよう 申し込み者や寄付者の数は大したものだった。町でも一流の に一種の、すでに芽ざしていた観念を植えつけていた。つま そうそう 錚々たるところは、ことごとくこれに加わった。しかし、金り、ニコライはあるきわめて秘密な社会に極めて秘密な関係 さえ持って来れば、あまり錚々たらざる連中も入場を許されをもっていて、この町へも何か使命を帯びて来たに相違な とこういうのであった。 た。ュリヤ夫人の説によると、各階級の混合は、時として許 さるべきことだった。 当時この町の気分はなんだか妙になっていた。ことに婦人 『でなかったら、だれもああいう人たちを教育する者がなく社会では、一種軽佻な気分が顕著になった。しかも、しだい なるじゃありませんか』 にそうなったとはいいにくい。思い切って放縦ないろいろの 非公式な内輪の委員会も設けられた。その会議の結果、祭思想が、さながら、とっぜん風にでも持って来られたような の催しは民主的ならざるべからず、ということに一致した。 具合だった。何かしら馬鹿げて陽気な、軽々しい気分が町を おびただしい申し込みの数は、自然いろいろな出費の原因とおそった。、、 : カそれは、いつでも気持ちのよいものとは申し なって、一同は何か素晴らしいものを作りあげたいと考え出かねる。一種人心の惑乱ともいうべきものが流行し始めたの した。こういうわけで、たびたび延期されたのである。また だ。あとで何もかも片がついてしまったとき、人々はユリヤ ムム場をどこにしようか この一日のために宏大な邸を提夫人に罪を帰し、夫人の周囲とその感化を責めた。けれど、 供しようという貴族団長の好意を無にしまいか、それともス何もユリヤ夫人一人から起こったとは、ちと受け取りにく グヴァレーシニキイなるヴァルヴァーラ亠入人のところにしょ それどころか、多くのものは初めのうちさきを争って、 うか、この問題もまだ決まっていなかった。スグヴァレーシ新知事夫人の社会を結合する腕を讃美し、急に町が陽気にな りんしゆく ニキイは少し遠すぎるが、委員の多数は「あそこのほうが遠 ったといって嬉しがったものだ。中には二、三顰蹙すべき出 慮が少ないだろう』と主張した。当のヴァルヴァーラ夫人は来事も起こったが ( それもユリヤ夫人の全然あずかり知らぬ 自分の家に決めてもらいたくってたまらないのだ。なぜあのところだ ) 、それでも、当時人々はただげらげら笑って、 誇りの強い婦人が、あんなにユリヤ夫人の鼻息をうかがうの い慰みのように、い得ていた。それを防止しようというものは

2. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ね、ジュリー 「まことにありがと、つございます」ヴァルヴァーラ ~ 人人は , っ 、リヤのフラン ) 愛 : : : 徳妣 : : : 小母さま、 あたしいつでもよろしゅうございますよ ! 」 ゃうやしい、もったいぶった会釈をもって謝辞を述べた。 「小母さま、もしあたしを連れてってくださらなければ、あ「それに、ことさらわたしが决く思いますのは」とユリヤ夫 たしあなたの馬車のうしろを追っかけて、走りながらどなり人は心地よい興奮に顔を真っ赤にしながら、夢中になってお ますわ」ほとんどヴァルヴァーラ夫人の耳もとヘロを寄せるしゃべりを続けた。「リー ザはお宅へ伺うという喜びのほか よ、つにしながら、 丿ーザは前後を忘れた調子で、早口にささ に、美しい高尚なといっても、 しいくらいな感情、ーーーっまり、 ゃいた。 同情の念に前後を忘れてしまったのでございますーー ( 夫人 しいあんばいに、だれもこれを聞いたものはなかったけれはちらと「不仕合わせな女しを尻目にかけた ) : : : しかも ど、ヴァルヴァーラ夫人はたじたじと後へすさりながら、刺 : しかも、会堂の戸口でございますからね : : : 」 すような目つきでこの気ちがいじみた娘を見つめた。この一 「あなたが美しい心を持っていらっしやることは、そのお言 警がいっさいを決したのである。彼女はぜひともリーザを連葉でわかりますよ」とヴァルヴァーラ夫人は見事な態度で讃 れて行こうとはらを決めた。 辞を述べた。 「こんなことはもういい加減に片をつけてしまわなくちゃな ュリヤ夫人は大急ぎで手を差し伸べた。すると、ヴァルヴ らない」と夫人は思わず口をすべらしたが、すぐまたこうつ アーラ夫人もきさくに、指でちょっとその手に触った。全体 け足した。「よござんす。わたしよろこんであなたを連れての印象は申し分なかった。その場に居合わした二、三の人々 ってあげましようよ、リー ザ。だけど、ユリヤ ・ミハイロヴの顔は満足に輝いて、中には甘ったるい媚びるような徴笑も、 ナが行ってもいいとおっしやるならばですよ」と夫人は公明そこここに見受けられた。 な態度で、真っ正直な威厳を示しながら、知事夫人のほうへ手短かにいうと、町じゅうのものが忽然として、ある一つ びたりと向き直った。 の事実を発見したのである。つまり、今までユリヤ夫人のは 「ええ、よろしゅうございますとも、わたしはリーザの満足うがヴァルヴァーラ夫人をないがしろにして、訪問を怠って を奪おうとは思いません。それに、わたし自身でも : : : 」驚いたのでなく、かえってヴァルヴァーラ夫人が知事夫人に対 くばかり愛想のいい調子で、ユリヤ夫人がいい出した。「わして、城壁をかまえているのであった。知事夫人などは、も 電たし自身もよく : : : ぞんじています。お互いにとっぴなわが しヴァルヴァーラ夫人がけっして玄関払いをくわさないとい まま嬢さんの監督を引き受けてるのでございますからね」 うことさえわかったら、馬車にも乗らないで訪問に駆け出し を ( ュリヤ夫人はあでやかにほほえんだ ) ・ たに相違ない。 こういうことが明瞭になって、ヴァルヴァ 1 253

3. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ぎつけた。彼はもうだいぶ前から結婚を望んで、注意ぶかく 一段の向上を見ることとなった。律義で欲のないレムプケー 目をくばっていた。 一ど上官に内証で、自作の小説をある雑も、自分だって少し自尊心を持っていいわけだ、と感じるよ , フになった。 誌の編集局へ送ったことがある。ついに掲載はされなかった けれど、その代わり立派な汽車をこしらえて、またもや素敵ュリヤ夫人は、昔ふうに勘定すると二百人の農奴のはか なしろものができあがった。群集がカバンを持ったり、サッ に、りゅうとした保護者をもっていた。一方から見ると、レ グを持ったり、子供や大をつれたりして、停車場から出たムプケーは美男子で、ユリヤは四十を越している。注意すべ り、汽車へはいったりしている。車掌や駅夫があちこち歩ききことには、自分がユリヤの未来の夫だと感じるにつれて、 廻っているうちに、やがてベルが鳴り信号が与えられて、列 レムプケーはしだいに彼女を真剣に恋するようになった。結 車がそろそろと動き出す。この込み入った細工のために、彼婚当日の朝、彼はユリヤに詩を贈った。こういうことがこと はまる一年つぶした。 ごとく彼女の御意にかなったのである、その詩までが。実 しかし、それでもやつばり、結婚しなければならなかっ際、女の四十といえば冗談ではない。間もなく彼はお定まり た。彼の交友の範囲はかなり広かった。主としてドイツ人仲の官等と、お定まりの勲章をもらって、それから、この県へ 間だったが、ロシャ人の交際社会にも出入していた。もちろ任命されて来たのである。 ん、上官の筋を伝って行くので。ついに彼が三十八の声を聞この県へ赴任するとき、ユリヤ夫人は自分の夫について、 いた時、遺産まで譲り受けることができた。パン屋の叔父さ 一生懸命に策をめぐらしたのである。彼女の意見によると、 んが死んで、彼に一万三千ループリの財産を、遺言で残して彼もまんざら無能な人物ではなかった。客間へ入るすべも知 くれたのである。もはや問題は地位の点一つになった。もっ ってるし、初対面の挨拶をする法も心得ている。深遠な思想 とも、フォン・レムプケー氏は、勤務上かなり花々しい栄達でもありそうに、人のいうことを傾聴して、自分では何一つ をしたにもかかわらず、きわめて欲のないたちだった。彼は いわずに黙っていることも、きわめて慇懃に気取るすべも知 自分の権限にまかされた、官用薪材の受入れとかなんとか、 っているばかりでなく、演説の一つもすることができ、いろん そういったふうの小廿い汁の吸えそうな主任の地位で、一生な思想の切れつばしやかけらさえも蓄えていて、いまの世で 満足していたかもしれない。ところが、忽然として、今まで必要欠くべからざる最新の自由思想のつやもかぶせおおせて 共にドイツ娘の 霊予期していたミンナとかエルネスチーナ ( ) の代いる。ただなんといっても心配なのは、なんだかあまり感受 ありふれた名前 わりに、思いがけなくュリヤ ・ミハイロヴナというしろもの性の鈍いこと、長いあいだ絶えす立身出世の方法に汲々とし 悪が弓つかかったのである。彼の栄達はたちまちにして、いまた結果、無性に安息の要求を感じはじめたことである。夫人 30 ノ

4. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ほかではありません、そんなことはみんな子供らしい駄々でしたのである。強盗も以前にくらべると、二倍に数を増して すわ。あなたはそんなエゴイズムにみちた脅し文句を、とてきた。もっとも、こんなことはきわめてあり触れた出来事に も実行するような気力はありやしません。あなたはけっして相違ないが、ただこのほかにもっと重大な原因があって、今 どこの商人のところへもいらっしやりやしませんよ。やつばまで幸福に過ごしてきたレムプケーの平安を破ったのであ りわたしから年金を受け取って、あのやくざな友だちを火曜る。 日ごとに家へ集めながら、安気にわたしの手に抱かれて死ぬ何よりもユリヤ夫人に怪訝の念をいだかしたのは、彼が一 んですよ。さようなら、スチェパン・トロフィーモヴィチ」 日一日とロ数が少なくなり、隠し立てさえするようになった 「 Alea jacta est! ( 骸子は投げられたり ! ) 」うやうやしく夫一事である。いったい何を隠し立てする必要があるのだろ 人に一揖して、彼は興奮のあまり生きた心地もなく、わが家う ? もっとも、彼はあまり妻に言葉を返さないで、大抵の へ帰って行った。 場合すっかりいわれるままになっていた。たとえば、夫人の 主張にしたがって、県知事の権力を拡張するために、思い切 って冒険的な、ほとんど反則にならないばかりの施策も、 第 6 章ピヨート ルの東奔西走 二、三おこなわれた。また同じ目的のために、二、三の忌む べき放漫な処置も講ぜられた。例を挙げていえば、当然裁判 に付せられシベリヤに流さるべきたぐいの人たちまで、ただ 祭の日取りは、いよいよしつかり定められた。ところが、 だ夫人がたって主張したばかりに、かえって授賞者として フォン・レムプケーはだんだん沈みがちに、だんだんもの案報告された。ある種の請願や質問に対しては、徹底してなん じ顔になっていった。彼の心は奇妙ないまわしい予感で一杯の答弁もしないことに決せられた。それらはすべて後に発覚 になっていた。これが一方ならず、ユリヤ夫人を不安に思わしたことである。レムプケーは、なんでもかでも署名したば したのである。もっとも、万事が泰平無事というわけにはゆかりでなく、自分の職務の履行にどれだけ妻が関係したかと かなかった。気のやさしい前知事が、県の行政事務をかなり いう問題さえも、講究しようとしなかった。その代わり、時 乱雑にしていったうえに、目下コレラが襲いかかっている時「まるつきりくだらないこと』のために血相を変えて怒り 震し、ある所なぞでは獣疫が頭をもたげはじめた。また夏の間出しては、ユリヤ夫人を驚かすようになった。もちろん、服 しゆくゆうし じゅう、方々の町や村で祝融氏が猖獗を極めた。しかも、民従の幾日かが続くと、ちょっとした一揆を起こしてみて、そ 悪間では、放火云々の愚かしい不満の声が、かたく根を張り出れでみずから慰めようという要求を感じるのであった。悲し

5. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

として、読者の注意を促すにすぎない。それはこうである。 何を根拠にいうのかしれないけれど、ニコライは何か特別な町の長老ともいうべき故パーヴェル・ガガーノフの息子だっ 用向きがあって、この県へ来ているのだ、彼は伯爵を通じた。この衝突のことは、物語の初めに述べておいた。 また次の事実も、さっそく世間一般へ知れ渡った。ほかで て、ペテルプルグでもごく上流の社会へ入りこんでいるか もない、ユリヤ・レムプケー夫人が、ヴァルヴァーラ夫人の ら、もしかしたら、政府に使われてるかもしれぬ、そして、 だれかにある特別な任務を授けられてここへ来たのだ、とこもとへ何か特別の用向きで馳せつけたところ、「気分が勝れ んなことを、眉をひそめながら話し合う人もあった。ごく手ぬからお会いするわけにいかぬ』といって、玄関払いを食っ たのである。この訪問から二日たった後、ユリヤ夫人はわざ 堅い控え目な人たちが、この噂を聞いてにやりと笑いながら、 しんしよう しじゅういかがわしい騒ぎを身上にして、この町へ来てからわざ使いをやって、ヴァルヴァーラ夫人の容体をたずねさし も、さっそく頬を腫らしたりなぞする男だ、あまりお役人らた。こうして、彼女は、しまいにはいたるところで、ヴァル ヴァーラ夫人を弁護するようになった。もっとも、それは一 しくないじゃよ、 オしかと、至極もっともな意見を吐いたとき、 また一方は小さな声で、ニコライは表向きに勤めているのでばん高尚な意味、すなわちきわめて漠然とした意味における なく、いわば内密な任務をしているのだから、したがって、弁護なのであった。つまり、あの日曜の出来事について、ま なるべくお役人らしくないのが、都合がいいのではないかとず最初にったえられた気の早い当てこすりを、彼女はことご とくいかつい冷ややかな様子をして聞き流したので、二、 答えた。この答えはかなり効果を奏した。なぜというに、 日たつうちには、もう彼女のいる前でそんな話をもち出すも の県の自治団が中央で一種特別の注意を受けているというこ とは、土地の人に知れ渡っていたからである。しかし、くりのもなくなってしまった。こういう具合なので、ユリヤ夫人 はこの神秘的な事件をぜんぶ承知しているばかりでなく、そ 返していうが、この噂はニコライのやって来た当時、ちょっ の裏面の神秘的な意味すらも、微細な点まで了解している、 と燃えあがったきりで、すぐに跡形もなく消えてしまった。 夫人はけっしてただの局外者ではなく、事件の直接関係 ただ断わっておきたいのは、こういういろいろな風説のもと となったのは、先頃ペテルプルグから帰って来た近衛の予備者に相違ないという考えが、いたるところで確固不易なもの ーミイ・ガガーノフが、クラブで洩らした不となってしまった。ついでにいっておくが、彼女は以前、一 大尉、アルチェ 霊明瞭で、簡単で、断片的な、しかし意地悪い二、三の言葉だ生懸命に追求、渇望していた上流社会における勢力を、しだ しに獲得しはじめた。そして、だんだんと多くの人々に「取 った。この人は県内でも、郡内でも、うんと大きな地主で、 悪しかも都育ちの世馴れた交際家だったが、これこそニコライり巻かれた』自分を見いだすようになった。社会の一部は、 2

6. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

ルホーヴェンスキイも 騒ぎを持ち上げるばかりだ。それから続いて嘲笑、その後か 、いたって怪しい人物ですからね」 らユリヤ : : : 」 「しかし、きみは、親父と息子をごっちゃにしているじゃな 「いえ、わたしたちが求めているものは、すっかり見つかる いか。あの二人は折合いが悪いんだぜ。息子は公然と親父を に相違ありません」右手を胸に当てながら、プリュームは毅笑い草にしてるじゃないか」 然たる足取りで、一歩知事のほうへ踏み出した。「家宅捜索「それはただの仮面です」 はふいにやったほうがいいです、朝早く。そして、私人に対 「プリューム、きみはわたしを苦しめようという誓いでも立 する礼儀も、法の厳格な形式も、十分に守るのはもちろんでてたのかいー 考えてもみたまえ、あの人はなんといっても す。リャームシンとか、チェリャートニコフとかいう若い連ここの名士だよ。もと大学の教授だったんだぜ。あれでなか 中は、必ずわれわれの望むものをすべて発見できると、立派なか世間に知られた人だから、あの人が公然と世論に訴えて に断言しておりますよ。あの連中は、たびたびあすこへ出入みたまえ、すぐ町中の笑い草になって、ひどい味噌をつけて りしていましたからね。ヴェルホーヴェンスキイ氏に同純用をしまうじゃよ、、 オしカ : ・・ : それに、ユリヤがどんなにいうか、ま いだいてるのは、だれ一人ありやしません。スタヴローギンあ、考えてみたまえ : : : 」 将軍夫人も公然と、あの人の保護を断わってしまいました。 プリュームはなおも前へ前へと乗り出して、ろくろく耳を 潔白な心を持った人間は ( この俗な町に、そんな人間があるかそうともしなかった。 とすればですよ ) 、不信と社会主義的伝道の源が、いつもあ「あの人はただの助教授だったのです。ほんの助教授に過ぎ すこに隠れていたと信じます。あの人のところには、国禁のません。官等からいっても、退職の八等官です」彼は胸をと プーシキンの 書物がす 0 かり保存されています。ルイレーエフ ( 友、十一一月党んと叩いた。「勲章一つ持ってるわけじゃありませんし、お 員、死刑こ まけに反政府的陰謀の嫌疑で免職されたんですよ。あの人は ー ) の「想い』もゲルツ , ンの全集も : ・ : ・わたくしは 処せられる 万一の場合のために、概略の目録をこしらえておきました」 以前秘密監視を受けていました、今でもきっとそうに違いあ 「おいおい、何をいってるんだ、そんな本はだれでも持ってりません。それに、こんど暴露された不体裁な事件の関係か るじゃないか、お前はどうも頭が単純だから困るよ、プリュ らいっても、あなたはそれだけのことを実行する義務を持っ ておられます。それだのに、あなたはかえって真犯人に手ぬ 「それに檄文もたくさんあります」相手の言葉は耳にも入れるい態度を取って、殊勲を現わす機会をわざわざ逸しておら ず、プリュームはつづけた。「そして最後に、この町の檄文れるのです」 の本当の出処を突き止めようじゃありませんか。あの小ヴェ 「ユリヤだ ! 早く出て行きたまえ、プリューム ! 」隣室で

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れた。レムプケーはさっそくすこしの猶予もなく実施するよ 「おお、やっとっかまえましたよ、あなたは隠れんばの好き う、夢中になって主張した。工場は、三週間ばかりかかってな知事公ですからなあ ! 」とビヨートルは笑いながらわめい 消毒された。が、シュピグーリンはどういうわけか知らないて、掌をテープルの檄文の上に置いた。「これでまた、あな が、工場を閉鎖してしまった。シュピグーリン兄弟のうち、 たのコレグションがふえるわけですね、え ? 」 一人はいつもペテルプルグで暮らしているし、いま一人は県レムプケーはかっとなった。彼の顔面筋肉は、なんだかふ 庁から消毒の命令を受けたのち、モスグワへたってしまっ いにびくりと引っ吊ったようであった。 た。支配人は職工の賃銀計算にとりかかったが、大胆至極な 「おいてくれたまえ、今すぐおいてくれたまえ ! 」憤怒のあ ごまかしをやっていたのが、今になってはっきりしてきた。 まり身を震わせながら、彼はこうどなった。「それは失敬し 職工たちはまともな計算を要求して、だいぶ不平の声が起こ った。中には馬鹿なことをいって警察へ出頭するものもあっ 「なんだってあなたそんなに ? 怒っておいでのようです た。もっとも、大して怒号叫喚するわけでもなく、またけっ して噂はどの騒ぎもなかった。ちょうどこの時レムプケーは 「わたしはきみに断わっておくがね、わたしは今後、きみの 支配人の手から、例の檄文を受け取ったのである。 sans faqon ( 非礼 ) を、黙って辛抱する気は少しもないんだ ビヨートルはごく親しい友だちか内輪の者のように、知事からね。お願いだから、おばえといてくれたまえ : : : 」 の書斎へ飛び込んだ。今日はおまけに、ユリヤ夫人の依頼を「ちえつ、くそ、この人は本気なんだよ ! 」 受けてるのだから、大威張りである。彼の姿を見ると、レム「黙りたまえ、黙りたまえというに ! 」レムプケーは絨毯の プケーは気むずかしげに顔をしかめながら、不愛想にテープ上でじだんだふんだ。「じたい生意気じゃないか : ルの傍に立ちどまった。それまで彼は書斎を歩き廻って、官 いったいこのさきどうなることかと、気づかわれるはどだ 房役人のプリュームとさし向かいで、なにやら相談していた った。ああ、これには一つまた別な事情があるのだ。しか のである。プリ = ームは、夫人の猛烈な反対にもかかわらも、ピヨートルはいうまでもなく、ユリヤ夫人でさえまだ知 ず、わざわざペテルプルグからつれて来たドイツ人で、恐ろらないでいたことなのだ。ほかでもない、不幸なレムプケー しくぶ骨な、むつつり屋だった。彼はビヨート ルが入って来は、すっかり頭をめちやめちゃにしてしまって、この二、三 霊ると同時に、戸口のほうへしさったが、それでも出て行こう 日、こころの中でビヨートルとユリヤ夫人の間を疑い、嫉妬 とはしなかった。そればかりか長官と意味ありげに目くばせを起こしているのであった。一人きりになった時、ーーーとり 悪さえしたように、ビヨートルの目には映ったので。 わけ夜中などは、ずいぶん不快な感情を忍ばねばならなかっ

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彼とレムプケーの間になんの相談もなかったか、或いはまた 人というのは、もちろん夫をさしているのだ。 ついでにちょっと断わっておくが、ピヨートルもやはりわあったにしたところで、そんな話を続ける必要はない、とで ざと狙ったように、今日の訪問に加わっていなかった。それもいうような具合だった。 くり返していうが、わたしの目に映じたところでは、ユリ ばかりか、朝からだれひとり彼の姿を見たものがないのであ る。もう一ついっておかねばならぬことがある、ヴァルヴァャ夫人は一生懸命に、高尚な調子を持しているにもかかわら ーラ夫人も自宅に客人たちを迎えた後、ユリヤ夫人と一つ馬ず、こんどもまた一大失策を演じたのである。とくにこの 車に乗って、一同とともに町へ帰って来た。それは明日の慈際、夫人の失策を手伝ったのは、例のカルマジーノフである ( 彼はユリヤ夫人の特別な頼みによって、今朝の遠乗りに加 善会のことで、最後の打合わせに列席するためであった。リ ャームシンのもたらしたスチェパン氏に関する報知は、彼女わった。したがって間接ではあるけれど、いよいよヴァルヴ や、ひょっとし アーラ夫人を訪問したわけである。それをヴァルヴァーラ夫 にも同じく興味をいだかせたに相違ない、い 人は浅はかな心から、夢中になってよろこんだ ) 。まだ戸口を たら、胸騒ぎを感じさせたかもしれない。 レムプケーに対する返報がえしは、すぐに始まった。あ入ってしまわないうちから ( 彼は一行の一ばん後から入って あ ! 彼は自分の美しい妻を一目見るなり、早くもそれと悟来たので ) 、スチェパン氏の姿を見るやいなや、彼は大きな ったのである。晴ればれしい顔に魅するがごときほほえみを声で呼びかけた。そして、ユリヤ夫人と話し中なのもかまわ 浮かべながら、彼女は足早にスチェパン氏に近づいて、華奢ず、傍へやって来て抱きついた。 「ああ、何年目だろう : : : 幾星霜を経たことだろう ! やっ な手袋をはめた手を差し伸べた。そして、まるで朝の間じゅ エグセランタミ う、一刻も早くスチェパン氏の傍へ駆け寄って、やっと来訪とのことで : : : 優れたる友よ」 を受けたお礼に、できるだけ優しくもてなしたいという一念彼は接吻にかかった。もちろん、頬っぺたを突きつけたの のほか、なんにも考えていなかったようなふうつきで、むやである。スチ , パン氏はすっかり面くらって、その頬に接吻 みと愛嬌のいい言葉を振り撒くのであった。今朝の家宅捜索を余儀なくされた。 ンエル 『きみ』彼はその晩、一日の出来事を追想しながら、わたし のことは夢にも知らないように、ひと言も口に出さなかっ た。夫には一口もものをいわないし、またそのはうをちらとに向かってこういったものである。『わたしはその瞬間、む 振り向いて見ようともせす、まるでそんな人よ広こ、よ、 。ド冫しオしの中で考えたよ。われわれ二人の中でどちらがよけい卑劣だ ように振舞った。そればかりか、さっそくスチェパン氏を独ろう ? その場でわたしを辱かしめるために抱きしめたあの それは、 男か、それとも、あの男を蔑視し、あの男の頬を卑しんでい 3 惠占して、客間のほうへ連れて行ってしまった、

9. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

たって、そんなものはけっしてみつかりつこなしさ。まあ、 ュリヤ夫人はこの話の顛末を聞いて、恐ろしく不満そうだ 8 こ , つい、フふ、フに、 activité dévorante を解釈してるのだ。 ところが、この活動は、県知事の権力拡張をほかにしては、 「しかし、そんなことをいったって」とフォン・レムプケー けっして求めることができないのだ。わたしたちはこうしは弁解した。「あれはお前のお気に入りだからね、上官の権 て、二人きりさし向かいで話してるんだよ。わたしはね、き力を笠にきて、頭ごなしにやつつけるわけにいかないじゃな み、県知事官舎の門前に、特別歩哨を一人おく必要があると いか。ことに差し向かいの時にね : : : わたしだって、ついう いうことを、もうべテルプルグへ請求してやって、いま返事つかり口をすべらすこともあるさ : : : 人がいいもんだから」 を待ってるところなんだ」 「あまり人が好すぎるもんですからね。あなたが檄文のコレ 「あなたには二人くらいいりましようよ」とビヨートルが、 クションを持っていらっしやることなんか、わたしは少しも つ ) 0 知りませんでしたわ。お願いだから、見せてちょうだいな」 「なぜ二人だね ? 」フォン・レムプケーは彼の前に立ちどま だが、あの男がたった一日といって、無理に持っ て帰ってしまったんだよ」 「あなたを尊敬せしむるには、おそらく一人じや不足でしょ 「まあ、あなたはまたお貸しになったんですの ! 」とユリヤ う。どうしても二人いなくちゃ」 夫人は怒ってしまった。「なんて拙いやり方でしよう ! 」 レムプケーは顔をひん曲げた。 「すぐ取りにやるさ」 「ピヨートル君、きみは臆面もなしに、よく口から出まかせ「よこしやしませんよ」 がいえるね。わたしが優しくするのにつけあがって、いろん「わたしは是が非でも要求する ! 」レムプケーはかっとなっ な当てこすりをい , つじゃよ、、。 オしカまるで bourru bienfaisant て、席を跳びあがった。「そんなにあいつを恐れねばならな ( 気むずかしゃの慈善家 ) の役廻りを演じてるのだ」 いなんて、いったいあいつは何者だ ? またこっちから何一 「まあ、なんとでもお考えなさい」とピヨートルは言葉を濁っ仕出かすことができないなんて、いったいおれは何者 した。「が、とにかく、あなたはばくらのために道をひら て、ばくらの成功の下地を作ってくださるのですよ」 「まあ、坐って気をお鎮めなさいな」とユリヤ夫人は押し止 「ばくらのためとは、いったいだれのためだね、そして、まめた。「あなたの第一の問いに対して、わたしこうお答えし た成功とはなんのことだね」とレムプケーはびつくりして相ますわ。あの人については、わたし立派に紹介を受けていま 手を見据えた。けれど、返事は聞かれなかった。 すの。なかなか才気のある人で、どうかすると、たいへん気

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彼女の実際的な才知と手腕を是認してきた : ・ : が、このことってわたしに出会ったとき、さも憎らしそうにいったことが は後廻しにしよう。しかし、当時父スチェパン氏すら驚倒させある。これはもと旧知事の家でお気に入りの青年だったが、 たはどの、ピヨートルのわが社交界における目ざましいもて無慚や今は一個の退職官吏にすぎない。しかし、ここに一つ 方は、いくぶんレムプケー夫人の引き立てによったのである。の事実が厳として控えている。ほかでもない、かって革命運 或いはわたしもスチェパン氏も、大仰に考え過ぎたかもし動にたずさわっていた男が、今この「もてなしのいい」祖国 れないが、それにしても、ビヨートルは、第一に、来てからへ姿を現わしたのに、少しもうるさい目に会わないばかり 四日ばかりしかたたぬうちに、たちまちほとんど町中の者とか、むしろ歓迎されているはどであった。してみると、或い 知り合いになってしまった。彼が姿を現わしたのは日曜日では何もなかったのかもしれない。ある時、リプーチンがわた あるが、火曜日にはも , つアルチェ ーミイ・ガガーノフと、一しにこんなことを内証で聞かしてくれた、ーー・・・・噂によると、 つの馬車に乗っているところを見受けた。このガガーノフは ピヨートルはどこかで何もかもすっかり懺悔をした上に、 世馴れた人物ではあるけれど、尊大で、癇癪もちで、しかも二、三の仲間の名前をうち明けて、やっと放免されたとかい 高慢なたちであるから、この人と親しく付き合うのは、、こ うことである。つまり、向後は国家有用の人物たるべきこと というのだ。わた って困難なことだった。ビヨートルはまた県知事の家でもなを約して、罪亡しをしてしまったらしい かなかいい扱いを受けて、たちまちのうちに近しい知人、としはこの毒を含んだ言葉をスチェパン氏に伝えた。彼はとう いうよりは、お気に入りの青年ともいうべき位置を獲得しててい考えごとなどできない状態だったけれど、これを聞くと しまった。そして、毎日のようにユリヤ夫人のもとで食事をひどく考えこんでしまった。 これは後でわかったことだが、ピヨートルは非常に立派な するのであった。彼はもとスイスで夫人と知り合いになった のだが、それにしても、閣下のもとにおける彼のこうした破紹介状を幾通も持って、この町へやって来たとのことであ 天荒なもて方は、まったく何か謎のように思われるくらいだる。少なくとも、その中の一通は、なみなみならぬ勢力を持 ったペテルプルグのさる老貴婦人から知事夫人へあてたもの だった。ペテルプルグでも指折りの名士たる元老を夫にもっ そのくせ、彼はまた、以前外国で活動していた革命家とし たこの貴婦人は、ユリヤ・レムプケーの名づけ親になってい て、通り者になっていた。嘘か本当か知らないけれど、何か 海外における秘密出版事業や、会議のようなものに携わってたが、その紹介状の中にこんなことが書いてあった。「 e 伯 いたという噂もあった。「それは新聞を持ってきて証明する爵もニコライ殿の紹介にてピヨートル殿に接し、一方ならす こともできる』とアリヨーシャ・チェリャートニコフが、か 愛でいつくしまれ、かって邪路に迷い入りたることこそあ