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検索対象: ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)
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1. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

チーホンははっきり明瞭に一語一語を発しながら、柔かみりも続いた。 のある声で、ごくゆっくりと、なだらかにいった。 「あなたはばくを観察していらっしゃいましたか ? 」出しぬ 「ばくは四年前にこの修道院へ来たことはありません」何かけに彼は不安げな、うさん臭そうな調子でたずねた。 不必要にあらあらしい口調で、ニコライはいい返した。「ば 「わたしはあなたを見ているうちに、お母さまの顔だちを思 くはほんの小さな子供の時に、ここへ来たことがあるきりで い出しましたので、外面的には似たところがないようでいな す、まだあなたなどまるでいらっしやらなかった時分に」 がら、内面的、精神的には大変よく似ておられますよ」 「では、お忘れになりましたかな ? 」しいて主張しようとせ「似たところなど少しもありません。ことに精神的の類似な ず、用心ぶかい調子で、チーホンは注意を促した。 ど、これつからさきもないといっていいくらいです ! 」なぜ 「いや、忘れなどしません。もしそんなことを覚えていない か自分でもわからないのに、極度に固執するような態度で、 としたら、少々滑稽じゃありませんか」なにやら極度に主張またもや必要以上にいらだちながら、ニコライはいった。「あ なたがそうおっしやるのは : するような態度で、スタヴローギンはいい切った。「あなた : ばくの現状に同情してでしょ . しノ はもしかしたら、ばくの噂をお聞きになったばかりで、何かう」彼はふいにいきなりこうぶつつけた。「へえー ある観念を頭の中でおこしらえになって、そのために自分でい母があなたのところへ、ちよくちよく伺うんですか ? 」 会ったように、思い違えていらっしやるのじゃありませんか」 「お見えになります」 チーホンはロをつぐんだ。そのときニコライは、ときどき「知りませんでしたなあ。一度も母の口から聞いたことがあ 神経的な痙攣がチーホンの顔をかすめて走るのに気づいた。 りません。しよっちゅうですか ? 」 それは久しい神経衰弱の兆候であった。 「たいてい毎月、いや、もっと多いですかな」 「お見うけしたところ、あなたはきようご気分がすぐれない 「一度も、一度も聞いたことがありません、 聞いたこと ようですね」と彼はいった。「お暇したはうがいいんじゃな がありませんなあ」彼はこの事実に恐ろしく不安を感じ始め しで、しよ、フか ? ・」 たらしい。「あなたは、むろん、母からお聞きになったでし 彼はちょっと席から腰を上げようとさえした。 よう、ばくが気ちがいだってことを ? 」と彼はまたぶつつけ 「さよう、わたしは昨日から今日へかけて、足がひどく痛みるようにいっこ。 ましてな、ゆうべもよく眠れなかったようなわけで : : : 」 「いや、気ちがいというわけでもありませんて。もっとも、 チーホンは言葉を休めた。客がとっぜん何かとりとめのなそういうことを聞くには聞きました。しかし、ほかの人のロ いもの思いに落ちたのである。沈黙はかなり長く、二分ばか からですよ」

2. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

け難くなった時をおもんばかって、あらかじめ敵の態度と論 、とうとう息子を棒切れで追い出してしまったのである。 カテヒジス 「時、彼はこのことをわたしに隠していた。しかし、今ビョ法を、敵自身の『経典』によって究めたうえ、この戦闘準備 トルがいつもの癖で、子供らしいくらい高慢な薄笑いを浮で彼ら烏合の衆を、みごと夫人の眼前にくつがえしてくれよ うという作戦である。わたしはそれを見抜いていた。ああ、 〔べて、じろじろと隅から隅まで探り廻すような、気持ちの この本がどれくらい彼を苦しめたことだろう ! 彼はときお いほど好奇心の勝った目つきで、いきなり部屋の中へ駆け 〕むやいなや、スチ = パン氏はこっそりとわたしに合図をしり夢中になってそれをほうり出しながら、いきなり椅子を飛 この部屋を出て行くなという意を伝えた。こういうわけびあがって、前後を忘れたように部屋じゅう歩き廻るのだっ 、わたしは今度こそ二人の話を初めからしまいまで聴いてた。 ) まった。で、はじめてこの親子の本当の関係が目の前に暴「この著者の根本思想が間違ってないということは、それは わたしも是認する」と彼は熱に浮かされたような調子でわた されたのである。 、しこ。「しかし、それだけになお恐ろしくなるー スチェパン氏はソファーの上に長くなって坐っていた。例しこ言、 ~ 木曜日以来だいぶ痩せて、顔色まで黄がかってきた。ピョ 思想は同じくわれわれのものだ。正真正銘、われわれのもの だ。きみ、われわれが初めてこれを播いて、育てたのだ。わ ・トルは思い切ってなれなれしい様子で、父親の傍に腰を下 そうさ、あいつらはわれわれの れわれが準備したのだ、 , した。しかも、子として父に対する礼儀の要求するより、 プっと余計に場所を取りながら、両足を尻の下に敷いて、ソ後から出て来たくせに、なんの自力で新しいことがいえるも しかし、まあ、これはなんという表現だろう。なん - アーの上に納まり返ったのだった。スチェパン氏は無言ののかー という曲解だろう、なんという冒漬だろう ! 」と彼は指で本 ま威を示しながら、少しわきのほうへ片寄った。 をはじきながら叫んだ。「いったいわれわれはこういう結果 テープルの上には、一冊の本が開いたまま置いてあった。 、れはチェルスイシェーフスキイの小説「何をなすべきか』を目ざして努力したんだろうか ? 本来の思想は、まるで見 、あった。悲しい哉、わたしはここでこの親友の奇怪な、狭分けも何もっきやしない , 」 よ、。ほかでもない 「文化の空気を呼吸してるの ? 」テープルから本を取って、 な態度を、是認しないわけにはいかオし ートルはにやりと入った。「と、つから ロ分はこの隠遁生活を脱して、最後の一戦に勝負を決しなけ標題をみながら、ピョ ばならぬという空想が、彼の魅惑された脳裏にだんだん強そうすべきはすだったんだよ。もしなんなら、ばくもっと気 、根を張ってきたのである。彼がこの小説を手に入れて研究の利いたのを持って来てあげよう」 」ているのは、ただただ「怒号叫喚せるやから』と衝突の避スチェパン氏はまたもや威を示しながら、無一言を守ってい

3. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

小刀は取り出された時とおなじ速さで、ふたたび影を消して他人の助けがなくちゃ、本当にどうすることもできませんか 2 しまった。 らねえ。ところが、正直のところ、あれは骨折り損でござい ニコライはまたもやもとの無言に返って、後をも見すにさました。悪いことをして、神様の罰が当たりましたんで。助 っさと歩き出した。しかし、執拗な浮浪漢は、それでも彼の祭の帯だとか、振り香炉だとか、なんだかだといって、みん 傍を離れなかった。もっとも、今度は前のようにしゃべらな なでわずか十二ループリしか儲からなかったのでございま いで、うやうやしげに一歩の間隔さえ保ちながら、後からっす。ニコライ行者の下顎が純銀だということでしたが、これ 、一文にもなりません。メッキなんだそうで」 いて来るのだった。こうして、二人は橋を渡り終わって向こ う岸へ出、今度は左へ曲って、やはり細長いがらんとした裏「番人を殺したろう ? 」 通りへ出た。これを通って行くと、さっきのボゴャーヴレン 「といって、つまりその番人とぐるでやったところ、それか スカヤ街よりも、町の中心へ出るのに近道だった。 らもう夜明けに近い頃、河の傍で二人の間に口論がおっ始ま 「おい、貴様はこのあいだどこか郡部のほうの教会へ泥棒にったのでございます。どちらが袋を背負って行くか、という 入ったそうだが、あれはいったいほんとなのか ? 」と出しぬ論なので。その時つい罪なことをしてしまいました。ちょっ けにニコライは問いかけた くらこの世の重荷を軽くしてやりました」 「実のところ、わっしは初めお祈りするつもりで寄ったの 「もっと杁すがいし もっと泥棒するがいし」 「ビヨートル・スチェ・、 ノーノヴィチも、ちょうどそれと同じ で」まるで何事もなかったような口調で、浮浪漢はものもの しく慇懃にこう答えた。いや、ものものしいというより、ほ ことをおっしゃいました。まるでそっくり同じ言い方でわっ とんどもったいぶった調子だった。 しにすすめてくださいましたよ。まったく人を助けるという さきほどの「なれなれしい』砕けたところは跡形もなくな ことにかけちゃ、けちで不人情な方でございますからねえ。 って、理由もなく侮辱されながらその侮辱を忘れるだけの度それに、わっしどもを土から創ってくだすった天の神様を、 量を持った、真面目な事務家らしい態度がうかがわれるのでこれつからさきも信じようとしないで、何もかも獣一匹の末 あった。 にいたるまで、自然が造り出したものだ、などとおっしゃ 「まったく神様のお導きであそこへ入った時には」と彼は言る。そればかりか、この世の中で情け深い人の助けがなかっ 葉を続けた。「まあ、ありがたい、まるで天国のようだ、と たら、どうにもこうにも仕方がないってことを、とんと会得 ) , っ思いました ! いったいあの一件も、わっしの頼りない していらっしやらないんですからね。あの方にこんな講釈を 境涯から起こったことなのでございます。この世の中では、 すると、まるで羊が水でも見たようなふうつきでしてね、本

4. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

もの、 われわれがいなかったら、四方八方にけし飛んでり任務が多いために、ほとんど何一つ実行ができないでい しまうおそれのあるものを、抑制しているのだ。われわれだる。ところが、一方から見ると、わたしはここにいても何一 ってきみたちの敵ではない、レ ナっしてそうじゃない、われわっすることがない、 これもまた正確な事実なのだ。という れはあえてきみたちにそういうよ、ーー進みたまえ、進歩しと、不思議なようだが、その実は政府の態度一つでどうとも たまえ、揺すぶりたまえ、 といって、つまり、当然改造なるものさ。かりに政府が一種の政策のためとか、または熱 さるべき一切の古いもののことだがね : : : しかし、一たんそ烈な要求を鎮撫するために、共和国か何か、まあそんなもの の要を認めた場合には、必要な範囲内においてきみたちを制を建てながら、同時に一方では知事の権力を増したとする。 止し、それによってきみたちを自分自身から救ってあげねばそうすれば、われわれは県知事の席に着いたまま共和国を丸 ならん。なぜといって、きみたちばかりでわれわれというも呑みにするよ。なあに、共和国がいったいどうしたというの のがなかったら、ロシャの国をがたがたにしてしまって、し だ ! われわれはなんなりとお好み次第のものを鵜呑みにし かるべき体面をなくしてしまうに相違ない。このしかるべきてご覧に入れるよ。少なくともわたしは : : : それだけの川意 体面ということを心配するのが、すなわち、われわれの役目があるように思う。要するに、もし政府がわたしに電報で、 なのだ。いいかね、われわれときみたちとは、お互いに必要 activité dévorante ( 献身的活動 ) を命令して来るとすれば、 欠くべからざるものだ。それを腹に入れてくれたまえ。イギわたしは activité dévorante を開始するよ。わたしはこん リスでも、進歩党と保守党とは、お互いに必要なもんだからど諸君の眼前で、直截にこういった。「諸君、すべて県政機 ね。そ , つじゃよ、、、 ナしカわれわれが保守党で、きみたちが進歩関の均衡と隆興に必要なものは、たった一つしかありませ 党なのさ。まあ、こんなふうにわたしは解釈してるんだ」 ん、日く、県知事の権力を拡張することであります』え、き フォン・レムプケーはもう熱くなってしまった。彼はペテみ、地方団体にしろ、裁判機関にしろ、すべてのこういう行 ルプルグ時代から気の利いた、自由思想めいた議論をするの政司法庁は、いわゆる二重生活の方法を取らなくちゃなら が好きだったが、今は傍で聴くものがないので、なお調子にん。つまり、これらの機関は存立すべきものであるが ( まっ 乗ってしまった。ビヨートルは無言のまま、なんだかいつも たくそれは必要だ ) 、また一方から観察すると、彼らの絶減 に似合わず真面目な態度を持していた。これがいっそう弁士が必要でもある。何ごとも政府の態度一つさ。一たんこれら 霾を煽ったのである。 諸機関の必要を感ぜしめるような風潮が起これば、わたしは 「ねえ、きみ、わたしはこの「県の主人』だ」と書斎を歩きそれをちゃんと目の前に揃えてご覧に入れる。ところが、そ 悪廻りながら、彼は語を次いだ。「ねえ、きみ、わたしはあまの必要が去ってしまえば、わたしの支配下をどんなにさがし

5. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

電 チカ 彼はたった今うけ取ったばかりの、ヴァルヴァーラ夫人の 箱は意地悪で、喧嘩買いだ、無限に誇大される小箱だよ」 「それじゃ、大箱になってしまうじゃありませんか、もし無手紙を差し出した。夫人は今朝ほどの「家にじっとしていら 限に誇大すればですね」 っしゃい』を後悔しているらしい。今度の手紙は慇懃な書き 「じゃ、縮小されたものでもいいよ、どっちも同じこった。 方だったが、それでもやつばり言葉少なく、断固たるもので ただ横槍を入れないでくれたまえ。わたしはなんだかごっちあった。ほかではない、明後日日曜正十二時に、ぜひとも家 やになってしまったんだから。あの連中はすっかり喧嘩わかへ来てほしい、そしてなるべくだれか一人、友だちをつれて 来るように、とのことであった ( 括弧の中にわたしの名前が れになってしまったらしいよ。もっとも Lise だけは別だ。 入っていた ) 。同時に夫人は自分のほうからも、ダーリヤの あれは今でもやつばり『小母さん、小母さん』といってる。 しかし、 Lise はずるいから、そこにはなにか底意があるよ兄として、シャートフを招待する旨を約していた。『あなた セット うだ。秘密さ。しかし、お婆さん同士は喧嘩したんだ。あのは彼女の口から、最後の決答を聞くことができるのです。そ ポーヴル この形式的な手続きがご入用だったの 気の毒な小母さんはまったく皆に対して、暴虐をふるいすぎれでご満足ですか ! るからね : : : なにしろ県知事夫人が現われたり、社会全体のですか ? 』 「このしまいに書いてある形式的云々の、いらいらした文句 尊敬が薄らいだり、カルマジーノフが『不遜の態度』を示し たり、いろんなことが重なってるところへ、かてて加えて、 に注意してくれたまえ。気の毒だ。本当に気の毒な人だ、わ たしの生涯を通じてたった一人の友だちなんだがなあ ! し ニコラスの発狂などという疑いが湧いて出たり、 ce L ぎ ou ・ : ( それにあのリプーチ かし、まったくのところ、わたしの運命はこの思いが冫オし tin, ce que 〕 e ne comprends pas•• ~ の件、あれはどうしてもわからない ) なんでも話し こよると、頭決定のために、まるで圧しひしがれてしまったようなものだ ・ : わたしは白状するが、今まではまだやつばり一縷の希望 を酢でしめしたり、大騒ぎだったそうだ。そこへ持ってき て、われわれ二人がいろんなことを訴えたり、手紙を送ったをいだいていた。が、今は tout est dit ( す・ヘては語られた りするんだろう : : : ああ、わたしはあのひとを苦しめたのりだ ) もうわかってる、万事了したんだ。 C ・ est terrible ( 恐 Je suis un ろしい ) ああ、今度の日曜というものがなくて万事いままで ・こ、しかもよりによってこ , フい , っ時》にさー どおりだったらなあ。きみも毎日来てくれるし、わたしもこ ingrat 一 ( わたしは恩知らずだ ! ) まあ、どうだろう、わたしが 帰ってみると、あのひとから手紙が来てるじゃないか、読んこにいて : : : 」 「あなたはさっきリプーチンのいった穢らわしい作りごと でみたまえ、読んでみたまえ ! 実にわたしは忘恩の振舞い すっかり迷わされてしまいましたね」 亜 ( をしていたよ」 あれ

6. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

イ ) のことで、どんなに苦労しようと、それをしたのを、今までかって見たことがない。彼はしゃべ 0 て コーレンカ ( 称 いる間じゅう、部屋の中をあっちの隅から、こっちの隅へと をこっちが知ったことか ! Je m ・ en fiche et proclame ma liberté. Au diable le Karmazinoff 一 Au diable la 駆け廻っていたが、とっぜん何かこう一通りならぬ身構えを Lembke! ( もう愛想がっきた。わたしは自分の自由を宣言する。力して、わたしの前に立ちどまった。 「いったいきみは」彼は再び病的に傲慢な態度で、わたしを ルマジーノフの畜生なんかどうでもしろ、レムプケー夫人の畜生なん 、勝手にするがい ー ) わたしは花瓶を控え室へ隠してしまっ頭のてつべんから足の爪先まで、じろじろ見廻しながら、こ た。テニエルスも簟笥の中へしまっちゃった。そして、あのう切り出した。「いったいきみはわたしに、スチェパン・ヴ ひとにすぐ来てくれと要求してやった。いいかね、要求して = ルホーヴ = ンスキイに、まるで気力がないと思ってるのか やったんだよ ! わたしはね、あのひとと同じような紙つきね ? 自分の名誉心と、偉大な不覊独立の主義を要求する場 あの見すばら 。シャで旅行に用 ) を取 0 て、 れに、鉛筆の走り書きのまま封もしないで、ナスターシャに持合には、あの箱 ( い 、この弱い肩に振り掛け、門の外へ踏み たせてやったんだ。そうして、返事を待っているところなのしい箱を取って 出して、永久にここから姿をくらましてしまう気力が、ない さ。わたしはダーリヤが自分の口から天帝の立会いの下に、 いや、少なくともきみの立会いの下に、立派に断言するのが聞と考えてるのかね ! どうして、スチ = バン・ヴ , ルホーヴ エンスキイが男らしい態度で専制主義を撃破したのは、もう キ」 ~ いの轗」 0 「の me seconderez. 一度や二度じゃないからね。もっとも、それは気ちがいじみ amiettémoin ( きみはわたしのために立会ってくれるだろうね、 友人として、また事件の精通者としてさ ) わたしは赤い顔をしたた一婦人の専制主義ではあるが、これこそこの世で実現しう くない、嘘をつきたくない。わたしは秘密を欲しない。このる最も暴慢な、最も残酷な専制主義なんだよ。きみは今わた わたしはすべてをしのいうことを聞いて、失礼にもにやりと笑ったようだが、 事件には断じて秘密の存在を許さない ! いくら笑ったって駄目だよ、きみ ! ああ、きみは信じてく うち明けてもらいたいんだ ! 露骨に、率直に、公明に : わたしが心中に勇気を奮い起こして、どこ れないんだ、 そうすれば : : : そうすれば、わたしは自分の寛大な態度で、 かの商人の家で家庭教師として生を終わるか、またはよその 一世を驚倒したかもしれないんだがなあ ! いったいわたし は卑劣漢なのかどうだろう、え、きみ ! 」とっぜん彼はこう垣根の下で餓え死にすることもできるということを、きみは いって、語を結んだ。まるでわたしが彼を卑劣漢と思「てで信じてくれないんだ ! さ、返答したまえ、た「たいま返答 したまえ、きみは信じてくれるのか、くれないのか ? 」 もいるように、凄い目でわたしを睨みつけながら。 わたしはわざと押し黙っていたばかりか、どうもうんとい わたしは水を一杯のむように頼んだ。この人がこんな様子

7. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

い、彼は有力な人たちや上流の社交界との関係を、わが魂よかれたもので、「さあ、わが輩に気をつけたまえ、この瞬間 りも大事がっているとのことである。人に出会った時は、愛にわが輩がどんな態度をとったか、見てくれたまえ。そんな 想を振り撒いたり、お世辞をいったりして、うち解けた調子海や、暴風や、岩や、船のかけらなんか見てどうするのだ ? で相手をとりこにしてしまう。もちろん、その男が何かのわそんなことはわが輩の霊活の筆をもって、十分に描いておい こじゃないか。なんだってきみがたは生のかよってない、両 けで必要のある場合とか、或いはあらかじめ紹介を経ているオ 場合などにいたっては、言を用いるまでもないことである。手に死んだ子供をだき締めた、溺死女なそに気をとられてる ところが、公爵とか伯爵夫人とか、または自分の恐れているんだ ? それよりか、わが輩のほうを見たまえーーーわが輩が この光景を見るに堪えないで、顔をそむけたところは見もの 人の前へ出たが最後、その男が傍を離れるか離れないかに、 だよ。そら、わが輩はくるりとうしろ向きになった。そら、 まるで木つばか蠅みたいに、思いきり人を馬鹿にしたとばけ た態度で、その男のことをけろりと忘れてしまうのを、神聖わが輩は恐ろしさのあまり、うしろを振り返って見る勇気が なる義務と心得ている。それが最も高雅な美しい社交上の態ないんだよ。さあ、わが輩は目をつぶった、ーー実に面白い オしカ ? しといっているのが、文章の陰から明らかに読 度だと本気で考えているのだ。彼は非常に慎み深くもあるじゃよ、、 し、模範的な挙措動作も完全に承知しているくせに、ヒステまれるのであった。わたしがこの一文に関する意見をスチ = ハン氏に述べたところ、彼もわたしの言葉に同意してくれた。 リイじみるほど自尊心が強くって、あまり文学に興味を持た ない社会へ出ても、作者としての剩癖を隠そうとしない。も先頃カルマジーノフ来訪の噂が立ったとき、むろん、わた し偶然だれかが冷淡な態度で、彼に間の悪い思いでもさせよしも一度あってみたい、できることなら、親しく接してみた と、う、強い欲望を感じた。しかし、それをするには、ぜ うものなら、彼は病的に憤慨して、復讐に努めるとのことでいし ひスチェパン氏の手を経なければならない、二人はかって親 あった。 一年ばかり前、わたしはある雑誌できわめて幼稚な詩味友だったのだ。ところが、いまはからずも四辻で、ばったり 「船火事」ッ ) を読んこの人に出会 0 たのである。わたしはすぐに見分けがっ と、おまけに心理まで狙 0 た、彼の一文 ( ル だことがある。それはどこかイギリスの海岸で、一艘の船がた。二、三日前、彼が知事夫人といっしょに、幌馬車に乗っ 沈没した模様を書いたもので、彼はそのとき現場に居合わして行くところを、わきの人に教えてもらったからである。 それは恐ろしく背の低い、高慢そうな老人だった。もっと て、死にかけている人たちが救助されるところや、溺死した っ ものが引き上げられるところなどを見たのである。かなり長も、年は五十五を出ないらしく、顔色はかなり赤みがか 風の帽子から くてむだの多いこの一文は、ただ自分を見せ物にしたさに書て、房々とした灰色の髪は、円いシルク ( ット

8. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

トヴェルホーヴェンスキイは、そもそもの ほかでもない、 / は自分の名誉心を、夫に注ぎ込みたくてたまらなかった。と 初めからレムプケーに対して不遜の態度を示したばかりでな ころが、どうだろう、夫は思いがけなく紙細工の教会をこし く、なにか一種奇怪な優越権すら握ったかのようであった。 らえ始めたではないか。牧師が出て来て説教をはじめると、 人々はうやうやしく手を前に組んで、お祈りをしながら聴いそれなのに、つねづね夫の権勢をひどく大切がっているユリ ている。一人の夫人はハンケチで目を拭いているし、老人はヤ夫人は、まるでこのことが目に入らぬような具合だった。 鼻をかんでいる。一番しまいにオルガンが鳴るという趣向だ少なくも、これを重大視しなかったのである。ついにこの青 が、これは費用をいとわずに、わざわざスイスへ注文して取年は夫人の寵児となって、飲み食いから起き臥しまで、この り寄せたのである。ュリヤ夫人はこのことを知るが早いか、家でするようになった。レムプケーは予防線を張りはじめ 一種の恐怖さえ感じながら、その細工をいっさい取り上げ ルのことをあの青年』といっ た。彼は他人の前でピヨート て、自分の箱の中へ鍵をかけてしまい込んだ。その代わり、 たふうの呼び方をしたり、いかにも保護者めかしく肩をばん 彼女は小説を書くことを許したが、それも内証にという条件とたたいたりしたが、いっこうききめが見えなかった。ピ つきだった。それからというもの、夫人はただ自分一人のみヨートルは相変わらず面とむかって、彼を冷笑するような態 を当てにするようになった。が、悲しいことに、それがかな度をやめなかった ( そのくせ、そういう時でも、ちょっと見 り軽はずみで、おまけに度というものがなかった。運命はあたところは、、かにも真面目な話しつ振りだったけれど ) 。 まり長く彼女を老嬢の境遇にとどめていたので、今はいろんそして、他人のいる前で、思いきり無作法な言辞を弄するの な考えが後から後からと、虚栄心の強い、 しかも、幾分いらであった。 いらした彼女の脳中に浮かび出るのだった。彼女にはいろい ある時、レムプケーが外から帰ってみると、「青年』は留 ろな思わくがあった。彼女は是が非でも、県の政治を切って守の間に自分の書斎へ入り込んで、断わりもなしに長いすに 廻したかった。いまにもすぐ多くの人に取り巻かれたいとい 坐り込んでいた。彼の言いわけによると、ちょいと通りすが うのが、彼女の空想だった。彼女はさっそく方針を確定しりに寄ってみたが留守だったので、「ついでに一寝入りした」 た。レムプケーは幾分ぎよっとしたが、しかし、すぐに官吏とのことだった。レムプケーはむっとして、もう一ど夫人に 特有の直感で、自分は何も県知事の職を恐れるには当たらな愁訴した。けれど、こちらは夫の怒りつばい性質を一笑に付 い、ということを悟ってしまった。初めのふた月み月はなか して、皮肉な調子でこういった。どうもあなたは自分の地位 なか、フまくいった。ところが、そこへピヨートレ : ー」 ノカ害り込んに相当した態度が取れないようだ。少なくも、わたしに向か で、何かこう奇妙な具合になってきたのである。 ってはあの小僧っ子も、そんな狎れ狎れしい態度なんかあえ

9. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

という、断固たる定評を下されたのである。 ど、その花々しい政治的活動も、あまねく知れわたってい こういった具合で、いよいよ当のニコライが社交界へ姿を た。ところが、こんど急にニコライが、伯爵令嬢の一人と 婚約したという噂を、疑う余地もない事実のように世間でい現わしたとき、一同はこの上もない無邪気な、真面目な態度 で彼を迎えた。彼にそそがれた一同の目の中には、きわめて い出した。そのくせ、こういう噂の起こった正確な動機は、 だれひとり説明ができなかったのである。例のリザヴェータ性急な期待が読まれたのである。しかし、ニコライはすぐさ ま、厳正な沈黙の中に閉じこもってしまった。もちろん、そ に関する奇怪なスイスの出来事にいたっては、婦人連もばっ ドロズドヴれはペちやペちゃいろんなことをしゃべり散らすより、遙か たり話をしなくなった。ついでにいっておくが、 ア親子も、今まで怠っていた訪問を、この時すっかり果たしに世人を満足さしたに相違ない。手短かにいえば、何もかも てしまった。で、リザヴェータのことなども、自分の病的な うまくいったのだ。彼は町の流行児となった。この県の社交 神経を『見得にしている』ごくありふれた娘としか見なくな界は、だれでもいったん顔を出した以上、もうどうしたって った。ニコライが着いた日の卒倒騒ぎも、今ではただあの大逃げ隠れするわけにはいかぬ。で、ニコライも以前どおり、 学生の見苦しい振舞いにびつくりしたもの、というふうに解洗練された技巧で県内のありとあらゆる習慣を遵奉し始め 釈してしまった。前冫。 」こよ一生懸命にファンタスチックな色彩た。もっとも、人々はあまり彼を愉快な人とは思わなかった が、『なに、いろいろ苦労をしてきた人だもの、ほかの連中 をつけようとっとめたあの出来事さえ、今は強いて散文的な ものとして取り扱うようになった。妙なびつこの女がいたこのようには、、よい。何か考えることもあるだろうさ』とい った。四年前あれはど憎まれた高慢な態度も、傍へ近寄れな となどすっかり忘れてしまって、ロに出すのさえ恥じるほど いほど無愛想な様子も、今はかえって世間の気に入って尊敬 「たとえびつこの女が百人いるにもせよ、だれだって若い時を受けるようになった。 分のことだもの ! 」と人々は思った。 だれより得意になったのは、ヴァルヴァーラ夫人である。 また母に対するニコライの敬虞な態度も担ぎ出された。そ リザヴェータに対していだいていた空想の崩れたために、夫 のはか、人々はいろいろと彼の美点をさがし出して、四年前人がひどく落胆したかどうかは、ちょっと、 にはもちろん家名という矜持も手伝っている。ただ一つ不思 ドイツの諸大学で獲得した彼の学識を、心から感服して語り 霊合うのだった。・ カガーノフの行為にいたっては、まるで『敵議なことに、 ニコラスが本当に伯爵の家で『選択』をした と味方の区別のつかない』拙いやり方ということになってしということを、夫人は急にかたく信じ始めた。しかし、それ 悪まった。ところで、ユリヤ夫人は、非常な洞察力をもった人よりさらに奇怪なのは、夫人のこれを信じるにいたった理由

10. ドストエーフスキイ全集9 悪霊(上)

レイ・アントーノヴィチ・フォン・レムプケーの乗り込みが知事の乗りこみについて語り始めた。 ェクセランタミ あった。それと同時に、ほとんど町の社交界ぜんたいのヴァ「優れたる友よ」と彼は気取って言葉尻を引き伸ばしたり、 ルヴァーラ夫人に対する態度、したがって、スチ = パン氏にしなを作ったりしながらいいだした。「全体から見て、ロシ 対する態度に著しい変化が現われ始めたのである。少なくとヤの行政官なるものがはたして何を意味するか、そして、ま も、彼はもう幾つかの貴重な、とはいえ不快な観祭を得て、 た新しいロシャの行政官、つまり、新しく製造されて新しく ••les interminables mots russes 一 ( このロシ ヴァルヴァーラ夫人の不在中、一人でおじけづいていた。彼任におかれた : ・ はもう自分が危険人物として、新知事に密告されたのではなャ語という奴はどうも実に際限がない ! ) : : : まあ、こういう行 いかと、胸を躍らせながらびくびくしていた。また土地の貴政官がはたして何を意味するか、あなたはむろんいうまでも 婦人のだれかれが、今後ヴァルヴァーラ夫人訪問を中止しょ なくごぞんじでしよう、けれど、行政的感興というものが何 うと考えているのを、確かに突き止めた。来るべき知事夫人を意味するか、またこれがどんなものかということを、実地 については ( 彼女は秋ごろまでにはこちらへ来ると期待されにごぞんじかどうか、 しごく疑わしいですよ」 たち ていた ) 、なんでも少し熱しやすい質の人という噂ではある 「行政的感興 ? 知りませんねえ、なんのこったか」 が、そのかわり本当の貴婦人で、『あのみじめなヴァルヴァ ••en un mot 「それはつまり : ••vous savez, chez nous•• ーラ夫人』などとは、てんで桁が違うといい合っていた。ま ( いいですか、んたいロシャ人の間には : ・ : ・まあ一口にいえば ) か た皆の者はどこから聞き出したか、こんなことまで正確に詳りにごくごくつまらないやくざな男を、どこかの鉄道のばろ しく承知していた。なんでも新知事夫人とヴァルヴァーラ夫切符売場に立たせてごらんなさい。 このやくざもの先生、た 人とは、もうかって社交界で顔を合わしたことがあるが、っちまちジ = ピターか何かを気取っちゃって、人を見おろす権 いには敵味方のように別れてしまった。で、フォン・レムプ利が生じたように考えだす。そして人が切符を買いに行く ケー夫人の名をいったばかりで、ヴァルヴァーラ夫人は病的と、自分の権利が示したくてたまらない。「今に見ろ、おれ な印象を受けるとかいうことである。ヴァルヴァーラ夫人は貴様に権力を見せてやるから : : : 』こういう気持ちがこの が、土地の貴婦人たちの意見や、社交界動揺の話を聞いた時手合いになると、ほとんど行政的感興にまで達するのです。 の雄々しい勝ち誇ったような顔つきと、馬鹿にしきった無関 enunmot ( 一口にいうと ) わたしはこんな話を本で読んだこ 電心の態度とは、スチェ・ハン氏の銷沈した心を奮い起こして、 とがあります。在外のさるロシャの教会で一人の小役僧が、 一瞬の間に浮き立たせてしまった。一種特別な、さも嬉しそ mais c ・ est trés curieux ( 実に妙な話ですが ) 、ある立派な ごんぎよう 悪うな、相手の機嫌を取るような諧謔の調子で、彼は夫人に新英国人の家族を、四句斎の勤行の始まるちょっと前に、教会 3.