「ぜひお行きになるがよろしい」とチーホンは相槌を打っ 「ばくがもうちゃんと見えるといってるのに、そう念をお押衵 しになるのは妙ですね」とスタヴローギンはまた一語一語に 「あなたはさも当たり前のようにおっしゃいますね : いらいらし始めた。「むろん見えるのです、今あなたを見て たいばくのような人間をご覧になったことがあるんですか、 いるのと同じように。どうかすると、現に見ていながら、そ こんな幻覚に憑かれた人間を ? 」 の見ているということに確信が持てないんです : : : またどう 「見たことがありますよ。しかし、ごくたまですな。今までかすると、ばくとあいっと、どちらが本当なのやらわからな の経験では、たった一人だけ覚えております。将校でしてくなる : : : が、こんなことみんなくだらない話です。いった とも な、かけ換えのない生涯の伴侶を、つれあいを失くしてから いあなたはどうしても想像がおできになりませんか、これが そうなったので、もう一人は話にだけ聞いたものです。両方本当の悪霊だとは ! 」あまりにも急激に冷笑の調子に移りな ともその後、外国で療治を受けたそうですよ : : : あなたは前がら、彼はからからと笑って、こうつけ足した。「だって、 からそれにかかっておられますかな ? 」 そのほうがあなたのご商売がらにふさわしいじゃありません 「一年ばかり、しかし、これはみんなくだらないことですか」 よ。医者に見てもらいます。みんな馬鹿げたことです。恐ろ「おそらく病気と見るのが適当でしよう、もっとも : : : 」 しく馬鹿げたことです。それはいろんな姿をしたばく自身に 「もっとも何です ! 」 すぎないんです。いまばくがこの一句をつけ足したので、あ「悪霊は疑いもなく存在しておる。けれど、その解釈はきわ なたはきっとそ , っ思っていらっしやるでしょ , つ、 これはめて区々まちまちのはずですて」 あくりよう まったくばく自身であって、けっして悪霊じゃないってこと 「あなたがまた目をお伏せになったのは」スタヴローギンは を、十分に確信しきっていない、いまだにやはり疑ってるだ いら立たしげな嘲笑を浮かべながら、相手の言葉を抑えた。 ろ , フと」 「ばくが悪霊を信じてるので、人ごとながら恥ずかしいから チーホンは不審げに彼を見つめた。 でしよう。しかし、ばくそれを信じてないというていで、一 「で : : : あなたは、本当にそれをご覧なさるのかな ? 」と彼つあなたにずるい質問を提出しましよう、やつは本当にいる はたずねたが、それはニコライの話が確かに馬鹿馬鹿しい んですか、いないんですか ? 」 病的な幻覚に過さないと言うことについて、いっさいの疑い チーホンはなんともっかぬ微笑を洩らした。 を押しのけてしまおうとするような語調だった。「あなたは 「いや、それじゃ、ご承知おき願いますが、ばくは少しもあ 本当に何かの姿を見られるのかな ? 」 なたの思わくを恥じちゃいませんよ。で、今の失礼の代わり
ただって、その : : : われとわが身を亡ばすようなことをなさ 「だって、きみはペテルプルグへ出かけて、なんとか自分の りたくはありますまい : : : 第一、世間がなんと思うでしょ進む道を変えるといってるじゃないか。ああ、そうだ、つい 物つ、なんとい , つでしよう ? 」 でにきいておくが、きみがペテルプルグへ行くのは、密訴の 「きみの世間ならさぞ恐ろしいだろうよ。ばくはあのとき酒ためだとか聞いたが、それはいったい本当なのかね ? つま もりの後で、ふいと気が向いたものだから、酒の飲みくらをり、ほかのものを売った褒美に、おゆるしをいただこうとい して、それに負けてきみの妹と結婚したんだ。だから、今度うつもりかね」 はこのことを公然と披露するのだ : : : それが今のばくにとつ大尉はロをばっくり開けて、目を剥き出したまま、とみに 答えも出なかった。 て慰みにでもなるかと思ってね」 「ねえ、大尉」急に恐ろしく真面目な調子になって、テープ こういった彼の調子はことにいらいらしていたので、レビ ルの上へかがみながら、スタヴローギンはこういった。 ャードキンはそっとしながら、その言葉を信じ始めた。 「しかし、それにしてもわたしは、わたしはいったいどうな これまで彼は妙にどっちつかずな調子で話していたので、 るんです。この場合、わたしのことが一ばん肝腎じゃありま道化の役廻りではかなり経験を積んだレビャードキンも、今 の今まで、はたして主人公が怒っているのか、それともちょ せんか ! : : : 大方それはご冗談でしよう、ニコライ・フセー っと冗談をいっているのか、本当に結婚発表などという奇怪 ヴォロドヴィチ ? 」 な考えをいだいているのか、或いはただ自分をからかってい 「いや、冗談じゃない」 「じゃ、どうともご勝手に。しかし、わたしはおっしやるこるのか、その辺がちょっと怪しく感じられた。しかし、今と いう今は、スタヴローギンのなみなみならぬいかつい顔つき とを本当にしませんよ : : : わたしは訴訟でも起こしますか が、相手を説き伏せねばやまぬ強い力を持っていたので、大 「大尉、きみはずいぶん馬鹿たねえ」 尉は背筋に冷水を浴びせられたような気がした。 「かまいませんよ。わたしとして、それよりほかにしようが 「ねえ、大尉、よく聞いてまっすぐに返事をしたまえ。きみ ないんです ! 」と大尉はすっかり脱線してしまった。「以前はもう何か密告したのか、それとも、まだなのか ? 本当に はなんといっても、あれがいろんな手伝いなどしていたの何もかもやつつけてしまったのかい ? まっすぐに返事した で、隅っこのほうに寝る所だけでも当てがってもらえましたまえ。何かくだらんことで、妙な手紙を出しやしなかったか が、今あなたに捨てられたら、 いったいどうなるとお思いで しいえ、まだ何もいたしま : ・・ : そんなことは考えもしませ
いう意味の程度を現わすロシャ式の比較法があるでしよう。 いわれるのですが、ねえ、考えてもごらんなさい、キリーロ ところがですね、あの男はニコライ・フセーヴォロドヴィチ フ氏までなんだか変に思われるとすれば、本当はまあどうな から、侮辱を受けたように考えてるんですよ。そのくせ、あ んでしよう、え ? 」 「それは本当のことですか ? 」とスチ = パン氏はキリーロフの方の機知には兜を脱いでしまって、「あの人にはまったく さかし 度胆を抜かれちゃった。まるで賢き蛇だよ』 ( これはあの男 のほうを振り向いた。 「ばくはこのことについて、ロをききたくないのです」とキの言葉そのままです ) といってました。そこで、わたしは彼奴 ーロフは急に首を上げて、目を光らしながら答えた。「リプに向いて ( その時もやはり昨日の感激の名ごりがあったし、 ーチン君、ばくはきみの権利を否認するよ。きみはこの場合それにキリーロフ氏と話した後のことでもあったのでね ) 、 どうだね、大尉、きみは自分の立場上どう考える、きみの そんなことをしゃべる権利なんか持ってやしないんだから。 いわゆる賢き蛇は気がちがってるだろうかね ? 』とたずねる ばくはけっして自分の意見を、ぜんぶきみに洩らしたわけじ もちろん、ばくもスタヴローギンとはペテルプルグと、まあ、どうでしよう、まるでうしろから断わりなしに鞭 で知り合いになったが、それはもうずうっと前のことだからでどやしつけられでもしたように、いきなり椅子から飛びあ ね。今度も会ったにや会ったけれど、ばくがあの男についてがるじゃありませんか。「そうだ : : : そうだ、しかし、それ こというのです。が、 がためになんの影響もないだろう : ・ : 知るところははなはだ少ないのです。だから、どうかばくだ 、ません : こう何に対する影響やら、そこのところははっきりいし けは、この話の圏外に置いていただきたい、それに : でしたがね。それから、急に悲しそうな恰好をして、酒の酔 いう話はなんだかくだらない陰ロめいてね」 いも一時に醒めはてた様子でしたよ。わたしたちは、フィリ リプーチンは「罪なくして迫害される人』という表情で、 ッポフの酒場に陣取っていたんですが、三十分ばかりもたっ 両手を広げて見せた。 たとき、先生、急に拳固でテープルを叩いて「そうだ、或い いっそのこと、諜といってしまっ 「告げロ屋ですかねー は気がちがってるかもしれん。しかし、それがためになんの たらどうです ? アレグセイ・ニールイチ、あなたなぞはい 』といいだしたが、何に対する影響な っさいの圏外に立って、冷静な批評をされるんだからけっこ影響もないだろう うなもんですよ。ところで、スチェ・ハン・トロフィーモヴィのか、それはまたいわずにしまいました。もちろん、わたし は肝腎なところだけ取り次いでるんですが、いわんと欲する チ、あなたはとても本当になさるまいけれど、あのレビャー トキン大尉ですね、あれはその、なんです : : : 馬鹿ですよ、馬ところはおわかりでしよう。だれに聞いてごらんになったっ 地というのも恥ずかしいくらいな馬鹿なんです。ほら、こうて、頭に浮かぶ考えはこれ一つきりですよ。もっとも、以前
) ーザの世話を焼きながら、自分でもその傍へ並んで腰をか番よけい顔をあかくする原因はなんでしよう ? いや本当 けた。ちょうどからだの明いたビヨートルはすぐさまそのほ に当たったのなら、ばくからもお祝いを受けてください。そ うへ飛んで行って、早口に面白そうにしゃべり出した・このして、賭けを払ってくださいな。覚えてらっしやるでしょ 時ニコライは例のゆったりした足どりで、とうとうダーリヤう、あなたが結婚なんかしないとおっしやっ・たので、スイス の傍へ近寄った。ダーシャは彼が近づくのを見ると、急に坐で賭けをしたじゃありませんか : : : ああ、そうだ、スイスと ったままもじもじし始めたが、見るからばつの悪そうな様子 いえば、・・・・ーー本当にばくはどうしたんだろう ? まあ、どう でしよう、半分はそのためにこちらへ上ったくせに、もうあ で、顔を真っ赤にしながら、いきなり飛びあがった。 、と思ったが : : : それやうく忘れかけるところでしたよ。ねえ、お父さん」と彼は 「あなたにはもうお祝いをいってもいし くるりとスチェ・ハン氏のほうへ振り返った。「お父さんはい ともまだですかね ? 」と彼は一種特別な表情を浮かべながら しい出した。 っスイスへ行くの ? 」 「わたしが : : : スイスへ ? 」とスチェ・ハン氏はびつくりし ダーシャは何かそれに答えたが、ほとんど聞き取ることが て、まごまごした・ できなかった。 「え、じゃ、行かないの ? だって、お父さんもやつばり結婚 「失礼をいったらゆるしてください」彼は声を高めた。「し かし、あなたもご承知でしようが、ばくは知らせをもらったする人じゃないの : : : 自分で手紙にそう書いてたくせに ? 」 「ビエール ! 」とスチェ・ハン氏は叫んだ・ もんだから : : : あなたそれをご承知なんでしよう ? 」 「ええ、あなたがわざわざ知らせをお受けになったのは、わ「いったいピエールがどうしたの : : : もしこの縁談が、お父 たしもぞんじております」 さんに会心なものだとすれば、ばくはこれに少しも異存がな 「けれど、あんなお祝いをいって、かえって何かお邪魔をし いことを知らせるために、こうして取るものも取りあえず飛 やしなかったでしようね ? 」と彼は笑った。「もしスチェパ んで来たんだよ。だって、一刻も早くばくの考えが聞きたい と書いてあったからね。ところで、もし ( と彼は早ロでしゃ ン・トロフィーモヴィチが : : ・・」 「なんの、なんのお祝いです ? 」出しぬけにビヨートルがそべった ) 同じ手紙の中で、お父さんが祈るように書いている ばへ飛んで来た。「なんのお祝いです、ダーリヤさん ? あとおり、本当に救ってしあげる必要があるとしても、やっ 霊っ ! 例の件じゃありませんか ? お顔の紅葉が証拠ですばりばくはできるだけのことはしてあげるつもりだよ。ヴァ よ、当たったでしよう。まったく美しい、淑徳の高い処女がルヴァーラ・ベトローヴナ、親父が結婚するというのは本当 悪祝いを受けるわけはなんでしよう ? そして、その処女が一ですか ? 」彼はくるりと夫人のほうを振り向いた。「ばくはけお
ね、ーー、何もかもすっかり見え透いてます ! もちろん、わしたよ」 クザン たくしはすぐに何もかもご破算にしてやりました。そして、 「へえ、しかし、本当のところ、あの従兄はリザヴェータ・ ドロズドヴァは、またわたしの味方についてしまいました。 ニコラエヴナの親類なんかじゃまったくないのでしよう・ : ・ : が、それにしても、企んだものですね、まったく企んだもの何か当てでもあるんですか ? 」 ですね ! 」 「こうなんですの、あの若い将校はたいへんロ数の少ない人 「それにしても、あなたはずいぶん強敵を破ったもんですで謙遜家といっていいくらいなのです。わたしはいつでも公 ね。おお、ビスマルグ ! といいたいくらい ! 」 平に物事を判断したいという望みなんですからね、どうもわ 「わたしは何もピスマルクじゃありませんが、それでもまやたしには、当のその人がそんな悪企みに反対らしく思われる かしと馬鹿馬鹿しいことは、出くわし次第、見あらわしてやんですよ。策士はレムプケーの家内ひとりに違いありませ る力がありますよ。レムプケーの家内はまやかしものです、 ん。その将校はたいへんニコラスを尊敬していましたよ。ね プラスコーヴィヤは馬鹿です。わたしあんな意気地のない女え、そうでしよう、すべてはリーザの胸一つにあることなん には、めったに出あったことがない。おまけに両足が腫れです。けれど、わたしの帰って来る時には、あの娘とニコラ て、おまけにお人よしなんですからね ! 本当に馬鹿なお人スの関係は、まことに申し分ありませんでした。それに、あ よしほど、馬鹿げたものはありやしない」 れも十一月にはぜひうちへ帰ると、わたしに約東しました 「意地悪の馬鹿はね、 mabonneamie ( わがよき友よ ) 意地悪の。してみるとイ 、、細工をしているのはレムプケーの家内だ の馬鹿は、もういっそう馬鹿げていますよ」とスチパン氏けで、プラスコーヴィヤは目の見えない女というだけのこと は上品に異議を挿んだ。 です。あのひとったら、ふいにこんなことをいい出すじゃあ 「ことによったら、あなたのほうが本当かもしれませんねりませんか、 あなたの疑ってることはみんな気の迷いで え。あなたリーザを覚えていらっしやる ? 」 す、なんて。わたしは面と向かって、お前さんは馬鹿たとい 「 Charmante enfant 一 ( かわいい子ですよ ! ) 」 ってやりました。ええ、わたしは最後の判の日だって、立 アンフア . ン 「だけど、今はもう子供じゃありません、一人前の女です。派にそういいきります。本当にニコラスが、おりの来るまで しかも、一意地ある女です、潔白な熱のある人。わたしは うっちゃっておけと頼まなかったら、あのいかがわしい女の ね、あの子がお母さんの、あの正直なお馬鹿さんの、 いいな正体を引んかないうちは、あすこを立ちゃしなかったんで り放題にさせないところが、気に入りましたの。けれど、あすよ。あの女はニコラスの手を通して、伯爵の鼻息をうか の従兄のおかげで、あやうく一騒ぎ起こりかねないところでがって、わたしたち親子を引き離そうとしたんですの。けれ クサン めん
っとったじゃないか ? 」 ここから外国のどこかへ宛てて書いたもので、二行ばかりの芻 「ええ ? 」とビヨートルはさながら、詰問者の圧倒的な洞察ごく短いものだった。 力を払い除けるように、手を振った。「まあ、お聴きなさい 「光輝ある人格の印刷当地にては不能、かっ余は何一つな ばくは本当のことをすっかりいってしまいます。檄文のことす能わず、外国にて印刷せられたし。イヴァン・シャート はなんにも知りません、まったく正真正銘なんにも知らない です。馬鹿馬鹿しい、あなた「なんにも』という言葉の意味レムプケーはじっとビヨートルを見据えた。ヴァルヴァー をごぞんじでしよ、つ ? ・ いや、あの中尉はむろんそうでラ夫人がこの人のことを、山羊のような目をしていると評し す。それから、まだこの町にもだれか一人 : : : いや、まあ、 たのは、真を穿っていた。時とすると、しみじみその感が深 シャートフかもしれません。そのほかにもまだだれかいるでかった。 しようよ。それくらいのもんです。まったくやくざな、惨め 「つまり、それはこういうわけなんですよ」とビヨートルは なもんですよ。しかし、ばくはこのシャートフのことをお願勢い込んでいった。「つまり、この男は半年ばかり前にこの いに来たのです。あの男を救ってやらなきゃなりません。な詩を書いたのです。ところが、ここで印刷することができな ぜって、この詩はあの男の自作だし、印刷もあの男の手を経くなって、 つまり、何かの秘密出版所なんですよ、 て外国でやったものです。これだけのことはばくも確かに知それで、外国で印刷してくれと頼んでるのです : : : 明瞭にわ っています。が、檄文のことはまったく少しも知りませんかるようですね ? 」 「そう、明瞭です。しかし、だれに頼んでるんだろう ? そ 「もしこの詩が当人の自作だとすれば、檄文も確かにそうだれがまだ不明瞭だね」きわめて老獪な皮肉を持たせながら、 ろ , フ。しかし、ど , フいう事実を根拠にシャートフ君を疑うんレムプケーはこういった。 だね ? 」 「キリーロフじゃありませんか、本当にじれったい。 この手 ピヨートルはいよいよ勘忍袋の緒を切らしたような表情を紙は外国にいるキリーロフに宛てたものです : : : いったいご して、かくしから紙入れを取り出した。そして、中から一通ぞんじなかったんですか ? 本当にあなたは何かばくに癪に の手紙を抜き出した。 さわることでもあるんですか ? だって、あなたはそんな白 「これがその根拠です ! 」テープルの上へ手紙をはうり出し つばくれた振りをして、その実、とうの昔からこの詩のこと ながら、彼はこうどなった。 でもなんでも、すっかり知っておられたのでしよう ? どう してあなたのテープルの上なんかに、ひょっくりのつかって レムプケーは広げて見た。見ると、手紙は半年ばかり前に
当かね、どうだね ? もし間違ってると思ったら、すぐに異「みんな本当だね ? 」 「みんな本当です」 議の申立てをしたらいいだろう」 「わたしは : : : あなたご自分で知っておられるじゃありませ「もう何かいい足すことはありませんか、何か申し立てるこ んかビヨートル・スチェ。、 ノーノヴィチ : : : 」と大尉はい、 とは ? もしばくが不公平だと思ったら、遠慮なくいってく れたまえ、抗議を申し込んでくれたまえ、公然と不満を申し 力。たが、急にぶつりと言葉を切って、黙ってしまった。 ちょっと断わっておくが、ビヨートルが足を組み合わせな立ててくれたまえ」 「いえ、何もありません」 がら、肘掛けいすに腰をかけているに反して、大尉はすっか 「きみは最近、ニコライ・フセーヴォロドヴィチを脅迫した り恐れ入った姿勢で、その前に立っているのであった。 かね ? 」 ルの気に入ら レビャードキンの不決断は、大いにビヨート 「それは : : : それはおもに酒のさせたわざなんで、ピヨート なかったらしい。彼の顔は腹立たしげにびりりと引っ吊った。 ル・スチェパーノヴィチ ( 彼はふいに首を上げた ) 「本当にきみは何かいいたいことがあるのかね ? 」と彼は微 ートル・スチエバーノヴィチ、もし一家の名誉を思う心と、 妙な眼ざしで大尉を見つめた。「もしそうなら、遠慮なくい いたまえ、みんな待ってるんだから」 身に覚えない侮辱とが、世間に向かって訴えの叫びを上げる いったいそれでもその男が悪いの 「わたしが何もいえないのは、ピヨートル・スチェパーノヴとしても、それでも、 でしようか ? 」また前と同じく前後を忘れて、彼は突然こう イチ、あなたのほうでよくご承知じゃありませんか」 「いや、ばくはそんなこと知りませんよ、はじめて承るんだわめいた。 「きみは今しらふなのかね、レビャードキン君 ? 」・ヒョート から。どうしてきみは申立てができないんだね ? 」 ルは刺し通すように相手を見つめた。 大尉は目を伏せたまま黙っていた。 「ピョ トル・スチェ。、 「わたしは : ・ : しらふです」 ノーノヴィチ、わたしは帰らせていた 「一家の名誉と、身に覚えない侮辱とはなんのこってす ? 」 だきます」と ~ 伐はきつばりいっこ。 「それはだれのことでもありません、だれをどうしようとい 卩しに対して、なんとか返事しなく 「しかし、ばくの第一の、 うのじゃありません。わたしはただ自分のことをいったの ちゃいけません、ばくのいったことがすっかり本当かどうか」 「本当です」とレビャードキンは響きのない声でいって、暴で」大尉はまたへたへたとなった。 「きみはどうやら、きみやきみの行為についてばくのいった 虐なぬしに目を上げた。 言葉が、非常に癪に触ったらしいね。きみは恐ろしい癇癪持 彼の額には汗さえにじみ出ていた。
「いや、もう罰としてなんにもいいませんよ ? きみはさそ呼んだのじゃないかと思われる。いや、まったくそのとおり 聞きたいでしようね ! ただ一つだけ教えてあげますが、今なんだよ」 「あなたはよくまあ、恥ずかしくないこってすねえ ! 」とわ あの馬鹿者はもうただの大尉じゃなくって、この郡の地主さ こしょこらえかねてこう叫んだ。 まですぜ。地主もかなり大きなほうでさあ。というのは、ニオし コライさんが以前もっていた二百人という農奴つきの領地「ねえ、きみ、わたしはいま本当に一人っきりだ。 enfin を、ついこの間あいつに譲ったんですからね。ばくは誓って c'est ridicule ( 要するに、滑格な話だがね ) まあ、考えてもみ たまえ、あの家まですっかり秘密に包まれてるじゃないか。 嘘なんかっきやしません。たったいま聞いたば おやこ かりですがね、その代わり出所は確かですよ。さあ、もうこ母娘はいきなりわたしに飛びかかって、例の鼻だの耳だの、 。もうなんにもいわないかそれにペテルプルグ時代の秘密だの、そんなことを聞き出そ れから先は一人で探り出しなさい ふたり うとするのさ。母娘は四年前ここでニコラスのしたことを、 ら。さよなら , ・」 今度はじめて知ったんだからね。『あなたはここにいて、ご 0 自分でご覧になったのですもの。いったい、あの人が気ちが スチェパン氏は、ヒステリイじみたいらだたしい心持ちいだってのは本当ですか ! 』だとさ。全体そんな考えがどこ から飛び出したんだろうね、合点がいかないよ。どうしてプ で、わたしを待っていた。彼はもう一時間から前に帰ってい ラスコーヴィャさんはなんでもかでも、ニコラスを気ちがい たのだ。わたしが部屋へ入ったとき、彼はまるで酔っぱらい にしてしまいたいんだろう ? あのひとはそうしたくてたま のようであった。少なくとも最初五分ばかり、わたしは酔っ 、、よ、ドロズドフ家のらないんだよ。本当に ! あのモーリイス、じゃない。なん てるものとばかり思っていた。悲ししカオ 訪問はかえって彼の頭をすっかり混乱させてしまったのであとかいったつけなあ、あのマヴリーキイ・ニコラエヴィチ る。 は、 brave homme 秤 ou 秤 de méme ( とにかくいい男だよ ) 、し 「 Mon ami わたしはすっかり手蔓を失くしてしまった : かし、それが当人のためになるかなあ。しかも、あのひとが L 一 se : : : わたしは依然として、そうだ、まったく依然としてわざわざパリから cette pauvre amie ( うちの気の毒な友だち ヴァルヴァ あの天使を敬愛しているが、しかし、どうやらあの人たちは ( ¯)) へ宛てて、あんな手紙をよこした後で : : ・・ enfin ラ夫人をさす ( 要するに ) cette chére amie ( うちの親愛なる友だち ) のいわ 一一人とも、ただもうわたしから何か探り出して : : : つまり、 てもなくわたしからいるだけのものを引き抜いてさ、あとはゆるプラスコーヴィヤは、一つの立派なタイプだね。ゴーゴ カロー どうとも勝手になさい : : といったふうな目的で、わたしを ' 。 ' " ' ' 「死せる魂」 0 一仄物、 ) だ。ただこの リが不朽にした小箱夫人 ( わ 〃 6
悪 とどまりてあらんところそ な夢だとしたら、どうするんだい、え ? 」 「むずかしい問いをかけたね、シャートウシカ」こうした問 世を捨てて住みや果てなん いに驚く色もなく、彼女はもの田 5 わしげに答えた。「このこ 君が上を神にいのりつ とは、わたしなんにもいわないことにしよう。もしかした ら、なかったのかもしれない。だけど、わたしにいわせれおお、シャートウシカ、わたしの大事なシャートウシカ、ど ば、それはお前さんのもの好きな詮索だてだよ。わたしはどうしてお前さんはちっともわたしにきかないの ? 」 っちにしたって、あの子のために泣くのをやめやしないか 「とても言やしないだろうと思って、それでばくもきかない ら、夢なんかで見たんじゃないからね」大粒な涙が彼女の目のさ」 に光った。「シャートウシカ、シャートウシカ、お前さんの 「いわないとも、いわないとも、殺したって言やしない」と 奥さんが逃げ出したというのは本当 ? 」ふいに彼女は両手を彼女は早口に受けた。「烙き殺したって言やしない。どんな 男の肩に掛けて、憫れげにその顔を見入った。「ねえ、お前に苦しい目にあったって、わたしはなんにも言やしないか さん腹を立てないでちょうだい。だって、わたし自分でも情ら。人に知らせることじゃない ! 」 けなくなるんだもの。実はねえ、シャートウシカ。わたしこ 「そら、ごらん、だれだって自分の秘密を持っているからな んな夢を見たのよ、 あの人がまたわたしのところへ来てあ」しだいに低くかしらを垂れながら、シャートフは一段小 手招きしながら、「仔猫さん、うちの仔猫さん、わたしのほさい声でそういった。 うへ出ておいで ! 』と声をかけるの。わたしこの「仔猫さ 「だけど、お前さんがきいたら、わたしいうかもしれない ん』が何よりも嬉しかった。かわいがってくれてるのだ、とよ、本当こ、、 しったかもしれないよ ? 」と彼女は有頂天にな こう思ったから」 ってくり返した。「なぜきいてくれないの ? きいてちょう 「もしかしたら、本当にやって来るかもしれんさ」とシャー だい、よっくきいてちょうだい、、、 / ャートウシカ、わたし本 トフは小声でつぶやいた。 当にいうかもしれないよ。一生懸命たのんでごらん、シャー シャート 「いいえ、シャートウシカ、それはもう夢だよ : : : あの人が本トウシカ、わたし承知するかもしれないんだよ 当に来るはずがないもの。お前さんこういう唄を知ってる ? ウシカ、シャートウシカ ! 」 けれど、シャートフは黙っていた。一分間ばかり沈黙が一 新しき高きうてなも 座を領した。涙は、白粉を塗った彼女の頬を伝って、静かに われは欲りせずこのいおりこそ 流れた。彼女は両手をシャートフの肩におき忘れたまま、じ
たらいろんな人たちに仕えられて、十分気楽に満足に暮らしでいるんですか ? あなたもやつばり太陽の国の住人になっ ンエール シェール てゆけるでしようよ。そこであなたは科学の研究に従うことたんですか ? あなた、あなた、なんというつまらない菜っ もできれば、好きなときにカルタの仲間を見つけることもで葉汁のために、尊いご自分の自由を売ってしまったのです ? 」 きましよ、つし : : : 」 「わたしは他人のロ真似をする鸚鵡じゃありませんよ」とヴ 「 Passons. ( も、フよしき ( しよ、つ ) 」 アルヴァーラ夫人はかっとなった。「ええ、まったくですよ、 「 Passons ですって ? 」ヴァルヴァーラ夫人の顔はびくりとわたしにだって自分の言葉は、うんと溜まっていますから 引っ吊った。「そういうわけなら、もうそれでおしまいですね。いったいこの二十年間に、あなたはわたしをどうしてく よ。わたしは通告をしてしまいましたから、今後わたしたちだすったのです ? わたしがあなたのために取り寄せた本で はまった / 、別々に苴±らす一とにしましょ , つ」 さえ、あなたはいやがって見せなかったじゃありませんか。 「それでおしまいですって ? あの二十年の生活から残ったその本も、もし製本屋というものがいなかったら、ページも のが、たったそれだけなんですか ? それがあなたの最後の切らずにうっちゃられるはずだったんですよ。また初めの間 告別の辞なんですか ? 」 わたしを指導するようにお願いした時、あなたはいったい何 「あなたは恐ろしい咏嘆ずきですね、スチェパン・トロフィを読ましてくれました ? しつもいつもカップフィッヒの一 ーモヴィチ。そんなことは今まるで流行りませんよ。あの人点張りじゃありませんか。あなたはわたしの進歩にまでやき たちのいうのは下品ですが、その代わりざっくばらんですもちを焼いて、手加減をしていたのです。ところが、あなた よ。あなたは何かといえば、すぐ二十年を持ち出すんですは皆の笑い草になっていますよ。実のところ、わたしはいっ ね。あれは互いに自尊心を煽り合った二十年です、それつき もそう思っていました、あなたはただの批評家、ほんの文学 りの話です ! あなたがわたしに下すった手紙はどれもこれ批評家にすぎません。わたしがペテルプルグへ行く途中、雑 も、わたしに宛てたものではなくって、子々孫々へ残すつも誌発行の計画を洩らして、それに一生を捧げるつもりだとお りで書いたのです。あなたは修辞学者で、親友じゃありませ話したら、あなたはすぐに皮肉な目つきでわたしを見つめ ん。友情などというものは体裁のいい飾り言葉で、本当は溝て、急に恐ろしく高慢におなんなすったじゃありませんか」 みずぶ 水の打ちまけっこですよ」 「それは思い違いです、それは思い違いです : : : わたしたち 「ああ、まるつきり他人のロ真似だ : : : よくまあ、お稽古がはあのとき当局の注視を恐れたのです : : : 」 冂まったものですね ! あいつらはもうあなたにまで、ちゃ しいえ、本当にそのとおりでした。ペテルプルグでは当局 んと自分の制服を着せたんですね ! あなたもやつばり得意の注視なんか、恐れるはずがなかったのですよ。その後あの どぶ