五円ぐらい上がったって、あんな山の中へ猿のお相手 れんかてゝ、あなた」 とうへんぼく 「なるほど」 をしに行く唐変木はまずないからね」 「校長さんが、ようまあ考えてみとこうとお言いたげ「唐変木て、先生なんぞなもし。 ・こさた ( 2 ) さりやく 「なんでもい、でさあ、 な。それでお母さんも安心して、今に増給の御沙汰が まったく赤シャツの作略 しうち だましうち あろぞ、今月か来月かと首を長くし待っておいでたと だね。よくない仕打た。まるで欺撃ですね。それでお ころへ、校長さんがちょっと来てくれと古賀さんにおれの月給を上げるなんて、不都合な事があるものか。 言いるけれ、行ってみると、気の毒だが学校は金が足上げてやるったって、誰が上がってやるものか」 りんけれ、月給を上げるわけにゆかん。しかし延岡に 「先生は月給がお上りるのかなもし」 「上けてやるって言うから、断わろうと思うんです」 なら空いたロがあって、そっちなら毎月五円余分にと れるから、お望みどおりでよかろうと思うて、その手「なんで、お断わりるのぞなもし」 続きにしたから行くがえ、と言われたげな。 「なんでもお断わりた。お婆さん、あの赤シャツは馬 ひきよう 「じや相談じゃない、命令じゃありませんか」 鹿ですぜ。卑怯でさあ」 「左様よ。古賀さんはよそへ行って月給が増すより、 「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人し 元のま、でもえゝから、こ、におりたい。屋敷もあるく頂いておくほうが得ぞなもし。若いうちはよく腹の し、母もあるからとお頼みたけれども、もうそう極め立つものじゃが、年をとってから考えると、も少しの たあとで、古賀さんの代りはできているけれ仕方がな我慢じゃあったのに惜しいことをした。腹立てたため くや あたまえ にこないな損をしたと悔むのが当り前じやけれ、お婆 ゃいと校長がお言いたげな」 ばか おもしろ ち っ 「へん人を馬鹿にしてら、面白くもない。じや古賀さの言うことをきいて、赤シャッさんが月給をあけてや 坊 ( 1 ) ろとお言いたら、難有うと受けておおきなさいや」 んは行く気はないんですね。どうれで変だと思った。 あ ありがと おとな
てのひらたて てくびまとこね 掌を竪にランスロットに向ける。手頸を仰ふ黄金の の衣の袖は、胸を過ぎてより豊かなる襞を描がいて、 みすち ひとみわれ [ 腕輪がきらりと輝くときランスロットの瞳は吾知らす裾は強けれども剛からざる線を三筋ほど床の上まで引 ( 3 ) えうてう なが 動いた。「さればこそ ! 」と女は繰り返す。「薔薇の香 く。ランスロットはたい、窈窕として眺めてゐる。前後 われら に酔へる病を、病と許せるは我等二人のみ。このカメを截断して、過去未来を失念したるあひだにたゞギニ ロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返へすヴィアの形のみがあり / \ と見える。 ( 4 ) とも数へがたきに、二人として北に行かぬランスロッ 機微の邃きを照らす鏡は、女の有てるすべてのうち むさぼ ( 1 ) あきら トの病を疑はぬはなし。東の間に危うきを貪りて、長にて、もっとも明かなるものと言ふ。苦しきに堪へか あ ぎ逢ふ瀬の淵と変らば : : : 」と言ひながら挙げたる手ねて、われとわが頭を抑へたるギニヴィアを打ち守る をはたと落す。かの腕輪は再びきらめいて、王と王と人の心は、飛ぶ鳥の影の疾きがごとくに女の胸にひら ( 2 ) かっぜん あま 撃てる音か、戞然と瞬時の響を起す。 めき渡る。苦しみは払ひ落す蜘蛛の巣と消えて剰すは たまの うれ 「命は長き賜物ぞ、恋は命よりも長き賜物ぞ。心安か嬉しき人の情ばかりである。「かくてあらば」と女は ひま たのし ( 5 ) せつか れ」と男はさすがに大胆である。 危うき間にきはどく擦り込む石火の楽みを、とこしへ さいう ゑみしたゝ 女は両手を延ばして、戴ける冠を左右より抑へてに続づけかしと念じて両頬に笑を滴らす。 「この冠よ、この冠よ。わが額の焼けることはーと言 「かくてあらん」と男ははじめより思ひめた態であ ふ。願ふことの叶はばこの黄金、この珠王の飾りを脱る。 いで窓より下に投げ付けて見ばやといへる様である。 「されどーとしばしして女はまたロを開く。「かくて 白き腕のすらりと絹をすべりて、抑へたる冠の光りのあらんため 北の方なる試合に行きたまへ。けさ立 うづ あと 下には ( 渦を巻く髮の毛の、珠の輪には抑へがたくて、てる人々の蹄の痕を追ひ懸けて病癒えぬと申したまへ 9 たび かけぐち うたがひ 頬のあたりに靡きっゝ洩れかゝる。肩にあつまる薄紅このごろの蔭ロ、二人をつゝむ疑の雲を瞬したまへ」 かひな ふち っ つかま おさ ひか せつだん そで かた
続づいて五六人は乗ったろう。ほかに大きな箱を四つ 。道理で切符が安いと思った。たった三銭である。 もど ばかり積み込んで赤ふんは岸へ漕ぎ戻してきた。陸へそれから車を傭って、中学校へ来たら、もう放課後で ようたし 着いた時も、いの一番に飛び上が 0 て、いきなり、礎誰もいない。宿直はちょ 0 と用達に出たと小使が教え に立っていた鼻たれ小僧をつらまえて中学校はどこた た。ずいふん気楽な宿直がいるものだ。校長でも尋ね くたび と聞いた。小僧は茫やりして、知らんがの、と言った。 ようかと思ったが、草臥れたから、車に乗って宿屋へ 気の利かぬ田舎ものた。職の額どな町内のくせに、 連れて行けと車夫に言い付けた。車夫は威勢よく山城 中学校のありかも知らぬ奴があるものか。ところへ妙屋といううちへ横付にした。山城屋とは質屋の勘太郎 な筒つぼうを着た男がきて、こっちへ来いと言うから、の屋号と同じたからちょっと面白く思った。 みなとや はしごだん 尾いていったら、港屋とかいう宿屋へ連れてきた。や なんだか二階の階子段の下の暗い部屋へ案内した。 そろ な女が声を揃えてお上がりなさいと言うので、上がる熱くっていられやしない。 こんな部屋はいやだと言っ のがいやになった。門 ロへ立ったなり中学校を教えろたら、あいにくみんな塞がっておりますからと言いな と言ったら、中学校はこれから汽車で二里ばかり行か がら革鞄を抛り出したま & 出ていった。仕方がないか なくっちゃいけないと聞いて、なお上がるのがいやに ら部屋の中へはいって汗をかいて我慢していた。やが なった。おれは、筒っぽうを着た男から、おれの革鞄て湯にれと言うから、ざぶりと飛び込んで、すぐ上 のそ を二つ引きたくって、のそ / \ あるきだした。宿屋の った。帰りがけに覗いてみると涼しそうな部屋がたく うそ ものは変な顔をしていた。 さん空いている。失敬な奴だ。嘘をつきゃあがった。 停車場はすぐ知れた。切符もわけなく買った。乗 りそれから下女が膳を持ってきた。部屋は熱つかったが、 込んでみるとマッチ箱のような汽車た。ごろ / \ と五飯は下宿のよりもだい。ふ旨かった。給仕をしながら下 分ばかり動いたと思 0 たら、もう降りなければならな女がどちらからお出になりましたと聞くから、東京か かどぐち ふさ 4 い , り , いッっ ( 2 ) やましろ
むこう ずる げて、狡いことをやめないのと一般で生徒も謝罪だけかもしれない。向でうまく言い抜けられるような手段 よこ はう はするが、いたずらは決してやめるものでない。よくで、おれの顔を汚すのを抛っておく、樗蒲一はない。 考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものか向が人ならおれも人だ。生徒たって、子供たって、ず ら成立しているかもしれない。人があやまったり詫びう体はおれより大きいや。だから刑罰として何か返報 たりするのを、真面目に受けて勘弁するのは正直すぎをしてやらなくっては義理がわるい。ところがこっち る鹿というんだろう。あやまるのもかりにあやまるから返報をする時分に尋常の手段でゆくと、向から きさま ので、勘弁するのもかりに勘弁するのだと思ってれば捩を食わしてくる。貴様がわるいからだと言うと、初 さ 差し支ない。もしほんとうにあやまらせる気なら、ほ手から逃げ路が作ってあることたから滔々と弁じ立て んとうに後悔するまで叩きつけなくてはいけない。 る。弁じ立てておいて、自分のほうを表向きだけ立派 てんぶら ) おれが組と組の間にはいって行くと、天鉄羅だの、 にしてそれからこっちの非を攻撃する。もと / 。、返報 だんご おおせい 団子だの、という声が絶えすする。しかも大勢たから、にしたことだから、こちらの弁護は向うの非が挙がら わか 誰が言うのだか分らない。 よし分ってもおれの事を天ないうえは弁護にならない。つまりは向から手を出し せけんてい 鉄羅と言ったんじゃありません、団子と申したのじゃておいて、世間体はこっちが仕掛けた喧嘩のように、 ありません、それは先生が神経衰弱たから、ひがんで、見傚されてしまう。大変な不利益た。それなら向うの ( 2 ) ぐうたらどうじ そう聞くんだぐらい言うにきまってる。こんな卑劣なやるなり、愚迂多良童子を極め込んでいれば、向はま 根性は封建時代から、養成したこの土地の習慣なんだすます増長するばかり、大きくいえば世の中のために から、いくら言って聞かしたって、教えてやったって、ならない。そこで仕方がないから、こっちも向の筆法 とうてい直りつこない。こんな土地に一年もいると、 を用いて捕まえられないで、手の付けようのない返報 まね 潔白なおれも、この真似をしなければならなく、なるをしなくてはならなくなる。そうなっては江戸っ子も つかえ まじめ わ ねじ て みち ( 1 ) ちょぽいち こども あ りつば しょ
だいじようぶ おれと山嵐は二人の帰路を要撃しなければならない。 「もう大丈夫ですね。邪魔ものは追っ払ったから - ま しかし二人はいつ出て来るか見当がっかない。山嵐は さしく野だの声である。「強がるばかりで策がないか ら、しようがない」これは赤シャツだ。「あの男もべ下へ行って今夜ことによると夜中に用事があって出る かもしれないから、出られるようにしておいてくれと らんめえに似ていますね。あのべらんめえときたら、 あいきよう 、さまだぼ み腮の坊っちゃんだから愛嬌がありますよ」「増給頼んできた。今思うと、よく宿のものが承知したもの まちえ どろぼう だ。たいていなら泥棒と間違られるところだ。 がいやだの辞表が出したいのって、ありやどうしても 神経に異状があるに相違ない」おれは窓をあけて、一一赤シャツの来るのを待ち受けたのはつらかったが、 階から飛び下りて、思うさま打ちのめしてやろうと思出て来るのをじっとして待ってるのはなおつらい。寐 すき しんにう ったが、やっとのことで辛抱した。二人は ( 、、、とるわけにはゆかないし、始終障子の隙から睨めている のもつらいし、どうもこうも心が落ちつかなくって、 笑いながら、瓦期燈の下を潜って、角屋の中へはいっ - 」 0 これほど難儀な思をしたことはいまだにない。いっそ おさ のこと角屋へ踏み込んで現場を取って抑えようと発議 「おい」 ごん したが、山嵐は一言にして、おれの申し出を斥けた。 「おい」 ども 自分共が今時分飛び込んだって、乱暴者だと言って途 「来たぜ」 さえぎ 中で遮られる。訳を話して面会を求めればいないと逃 「とう / \ 来た」 げるか別室へ案内をする。不用意のところへ踏み込め 「これでようやく安心した」 や「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊 0 ちゃんだと抜ると仮定したところで何十とある座敷のどこにいるか たいくっ 分るものではない、退屈でも出るのを待つよりほかに つかしやがった」 策はないと言うから、ようやくのことでとう / 〈、朝の 「邪魔物というのは、おれの事だぜ。失敬千万な」 じゃま おばら しりぞ はつぎ
「見ているときに来るかい」 一人、堀田先生にお目にか、りたいてゝお既でたぞな るす 「来るたろう。どうせ一と晩じゃいけない。二週間ばもし。今お宅へ参じたのじゃが、お留守じやけれ、お かりやるつもりでなくっちゃ」 おかたこじやろうて & 捜し当ててお出でたのじゃが しきい 「ずいぶん疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間 なもしと、閾の所へ膝を突いて山嵐の返事を待ってる。 ばかり徹夜して看病したことがあるが、あとでぼんや山嵐はそうですかと玄関まで出て行ったが、やがて帰 りして、大いに弱ったことがある」 って来て、君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないか からだ おど 「少しぐらい身体が疲れたってかまわんさ。あんな奸って誘いに来たんだ。今日は高知から、なんとか踴り ぶつ にっぽん たにんす 物をあのま、にしておくと、日本のためにならないかをしに、わざ / 、、こ、まで多人数乗り込んで来ている ( 1 ) ちゅうりく おどり ら、僕が天に代って誅戮を加えるんだ」 のだから、ぜひ見物しろ、めったに見られない踴たと 「愉快だ。そう事が極まれば、おれも加勢してやる。 言うんた、君もいっしょに行って見たまえと山嵐は大 それで今夜から夜番をやるのかい」 いに乗り気で、おれに同行を勧める。おれは踴なら東 かけあ はちまんさま 「また枡屋に懸合ってないから、今夜は駄目だ」 京でたくさん見ている。毎年八幡様のお祭りには屋台 ( 3 ) しおく 「それじゃ、、 しつから始めるつもりだい」 が町内へ回ってくるんたから汐酌みでもなんでもちゃ ( 4 ) ばかおどり 「近々のうちゃるさ。いずれ君に報知をするから、そんと心得ている。土佐 0 ぼの馬鹿踴なんか、見たくも うしたら、加勢してくれたまえ」 ないと思ったけれども、せつかく山嵐が勧めるもんだ はかりごとへた 「よろし、 しいつでも加勢する。僕は計略は下手だが、 から、つい行く気になって門へ出た。山嵐を誘に来た 喧嘩とくるとこれでなか / 、すばしこいせ」 ものは誰かと思ったら赤シャツの弟だ。妙な奴が来た おれと山嵐がしきりに赤シャッ退治の計略を相談しもんだ 0 おえしき えこういんすもう ( 5 ) はんもんじ ていると、宿の婆さんが出てきて、学校の生徒さんが会場へはいると、回向院の相撲か本門寺の御会式の だめ とさ ひざ さそい ( 2 )
かけもの にか、ってた懸物はこの顔によく似ている。坊主に聞げるから気の毒になる。学校へ出てうらなり君ほど大 ( 1 ) しだてん いてみたら韋駄天という怪物だそうだ。今日は怒って人しい人はいない。めったに笑ったこともないが、余 5 けい るから、目をぐる / 、回しちゃ、時々おれの方を見る。計な口をきいたこともない。おれは君子というラ「葉を そんな専で威嚇かされてたまるもんかと、おれも負け書物のうえで知ってるが、これは字引にあるばかりで、 ない気で、やつばり目をぐりつかせて、山嵐をにらめ生きてるものではないと思ってたが、うらなり君に逢 かっこう てやった。おれの目は恰好はよくないが、大きいこと ってからはしめて、やつばり正体のある文字だと感心 においては大抵な人には負けない。あなたは目が大きしたくらいだ。 いから役者になるときっと似合いますと清がよく言っ このくらい関係の深い人のことだから、会議室へは たくらいだ。 いるやいなや、うらなり君のいないのは、すぐ気がっ もうたいていお揃でしようかと校長が言うと、書記 いた。実をいうと、この男の次へでも坐わろうかと、 かわむら あにまかす めじるし の川村というのが一つ二つと頭数を勘定してみる。一 ひそかに目標にしてきたくらいた。校長はもうやがて ( 2 ) ふくさづつみ 人足りない。一人不足ですがと考えていたが、これは見えるでしようと、自分の前にある紫の袱紗包をほど とうなす ( 3 ) こんにやくばん 足りないはすだ。唐茄子のうらなり君が来ていない。 いて、蒟蒻版のようなものを読んでいる。赤シャツは すくせ ( 4 ) こはく おれとうらなり君とはどういう宿世の因縁かしらない 琥珀のパイ。フを絹ハンケチで磨きはじめた。この男 が、この人の顏を見て以来どうしても忘れられない。 はこれが道楽である。赤シャッ相当のところだろう。 さ、、や 控所へくれば、すぐ、うらなり君が目につく、途中をほかの連中は隣り同志でなんだか私語き合っている。 てもちふさた えんびっしり あるいていても、うらなり先生の様子が心に浮ぶ。温手持無沙汰なのは鉛筆の尻に着いている護謨の頭でテ あお ゆっぽ 泉へ行くと、うらなり君が時々蒼い顔をして湯壷のな ーブルの上へしきりに何か書いている。野だは時々山 あいさっ かに膨れている。挨拶をするとへえと恐縮して頭を下嵐に話しかけるが、山嵐はいっこう応しない。たゞう そろい よ
倫敦塔 胄を眺めているとコトリ / \ と足音がして余の傍へ歩は指をもって日本製の古き具足を指して、見たかとい ふ いて来るものがある。振り向いて見るとビーフ・イー わぬばかりの目付をする。余はまただまってうなすく。 ぎゅう ( 5 ) ターである。ビーフ・イーターというと始終牛でも食これは蒙古よりチャーレス二世に献上になったものだ っている人のように思われるがそんなものではない。 とビーフ・イーターが説明をしてくれる。余は三たび シルクハット 彼は倫敦塔の番人である。絹帽を潰したような帽子をうなすく。 かふ ( 2 ) ( 6 ) ぶんどり 被って美術学校の生徒のような服を纏うている。太い 白塔を出てポーシャン塔に行く。途中に分捕の大砲 てっさく 袖の先を括って腰の所を帯でしめている。服にも模様が並べてある。その前の所が少しばかり鉄柵で囲い込 ( 3 ) えそじん はんてん ( 7 ) しおきば がある。模様は蝦夷人の着る半纏についているようなんで、鎖の一部に札が下がっている。見ると仕置場の すこぶる単純の直線を並べて角形に組み合わしたもの跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通わぬ地 やり 下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に にすぎぬ。彼は時として槍をさえ携えることがある。 おそろ ( 4 ) さんごくし 引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場 穂の短かい柄の先に毛の下がった三国志にでも出そう な槍をもつ。そのビ 1 フ・イーターの一人が余の後ろ所へたゞ据えらるるためであった。久し。ふりに青天を ま うれ ふとじししらひけ に止まった。彼はあまり背の高くない、肥り肉の白髯見て、やれ嬉しやと思う間もなく、目がくらんで物の おの にうちゅう にほんじん の多いビーフ・イーターであった。「あなたは日本人色さえさたかには眸中に写らぬさきに、白き斧の刃が ではありませんか [ と微笑しながら尋ねる。余は現今ひらりと三尺の空を切る。流れる血は生きているうち からすびきお っ の英国人と話をしている気がしない。彼が三四百年のからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋下りてい くちばし 昔からちょっと顔を出したかまたは余が急に三四百年る。翼をすくめて黒い嘴をとがらせて人を見る。百年 けちょう ふきっ のぞ ( 8 ) へきけつうらみこ の古えを覗いたような感じがする。余は黙して軽くう 碧血の恨が凝って化鳥の姿となって長くこの不吉な にれ なすく。こちらへ来たまえと言うから尾いて行く。彼地を守るような心地がする。吹く風に楡の木がざわざ つぶ かろ そば にほんせい さ
簡 こけまくら こあり ( 2 ) て苔を枕に打ち臥したるに、紫の花びらを伝ひて小蟻合うて南船北馬の間に日を送りしこともなく、たゞ七 をみなへし かまど の行きかふさま眼病ながらよく見えたり。女郎花の時八年前より自炊の竈に顔を焦し寄宿舎の米に胃病を起 じっ画さ すゞめ ならぬ粟をちらすを実の餌と思ひて雀の群がりて拾ふし、あるひは下宿屋の二階にて飲食の決闘を試みたり、 き を見るにつけ、さてさて鳥獣は馬鹿なものだと思へど、それは /. 、のん気に月日を送り、このごろはそれにも あ さういふ人間もやはりこの雀と五十歩百歩なれば、悪倦きて、おのれの家に寐て暮す果報な身分でありなが あさがは ちゃうげふ ロはいへず。朝貌も取りつく枝なければ所々ひ回 0 ら、定業五十年の旅路をまだ半分も通りこさす、すで しかくばり かねとうろうまと っさふらふ われ た末、やう / \ 松の根形にある四角張たる金燈籠に仰に息竭き候たん、貴君の手前はづかしく吾ながら情な やっ ( 3 ) ぜひ びく。かなし気にたった一輪咲きたるは錆びつきてき奴と思へど、これも misanthropic 病なれば是非と ゃあが 見る影もなき燈籠の面目なり。病み上りの美人が壮士もなし。い くら平等無差別と考へても無差別でないか の腕に倚りつけるがごとしとでも評すべきか。呵々。 らおかしい 0 life is a point between tWO infinities にはちゅう マヅ庭中の景はこのくらゐにておやめと致すべし。 とあきらめてもあきらめられないから仕方ない。 うきょ We are such stuff このごろなんとなく浮世がいやになり、どう考へて As dreams are made 0 : and our little life も考へ直してもいやで / 、立ち切れず、さりとて自殺 するほどの勇気もなきは、やはり人間らしきところが ls rounded by a sleep. ( 1 ) いくぶんかあるせいならんか。「ファウスト」がみづといふくらゐな事はとうから存じてをります。生前も ねむり から毒薬を調合しながら、ロの辺まで持ち行きてつひ眠なり、死後も眠りなり、生中の動作は夢なりと心得 に飲みえなんだといふ「ゲーテ」の作を思ひ出しておてはをれど、さやうに感じられないところが情なし。 きがわ ( 4 ) きた のづから苦笑ひいたされ候。小生は今まで別に気兼苦知らず生れ死ぬる人いづかたより来りていづかたへか やどりた 労して生長したといふわけでもなく 、非常な災難に出去る、またしらず。仮の宿誰がために心を悩ましなに わがた き 317
イ。フとを自慢そうに見せびらかすのは油断ができない、 ( 1 ) え めったに喧嘩もできないと思った。喧嘩をしても、回 山嵐とおれが絶交の姿となったに引き易えて、赤シ こういんすも ) 向院の相撲のような心持のい、喧嘩はできないと思っ ャッとおれは依然として在来の関係を保って、交際を でいりひかえじよ た。そうなると一銭五厘の出入で控所全体を驚ろかしつゞけている。野芹川で逢った翌日などは、学校へ出 そば た議論の相手の山嵐のほうがはるかに人間らしい。会ると第一番におれの傍へ来て、君今度の下宿はいゝで にら ( 2 ) かなつぼまなこ 議の時に金壷眼をぐりつかせて、おれを睨めた時は憎すかの、またいっしょにロシア文学を釣りに行こうじ ゃないかのと色々な事を話しかけた。おれは少々憎ら い奴だと思ったが、あとで考えると、それも赤シャッ ゅうべ ねこなでごえ のねち / 、した猫撫声よりはましだ。実はあの会議がしかったから、昨夕は二返浄いましたねと言ったら、 なかなお ていしやば 済んだあとで、よっぽど仲直りをしようかと思って、 え、停車場でーー君はいつでもあの時分出掛けるので おそ 一こと二こと話しかけてみたが、野郎返事もしないで、すか、遅いじゃないかと言う。野芹川の土手でもお目 ( 3 ) むく また目を剥って見せたから、こっちも腹が立ってそのに懸りましたねと喰らわしてやったら、い長え僕はあ ま & にしておいた。 っちへは行かない、湯にはいって、すぐ帰ったと答え それ以来山嵐はおれと口を利かない。机の上へ返した。なにもそんなに隠さないでもよかろう、現に逢っ うそ た一銭五厘はいまたに机の上に乗っている。ほこりだてるんた。よく嘘をつく男だ。これで中学の教頭が勤 らけになって乗っている。おれはむろん手が出せない、 まるなら、おれなんか大学総長がっとまる。おれはこ ふたり 山嵐は決して持って帰らない。 この一銭五厘が二人の の時からいよ / \ 赤シャツを信用しなくなった。信用 や間の障壁になって、おれは話そうと思っても話せない、 しない赤シャッとはロをきいて、感心している山嵐と がん は話をしない。世の中はすいぶん妙なものだ。 。山嵐は頑として黙ってる。おれと山嵐には一銭五厘が ある日のこと赤シャツがちょっと君に話があるから、 祟った。仕舞には学校へ出て一銭五厘を見るのが苦に しまい よっこ 0 あ っ