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検索対象: 夏目漱石全集 1
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1. 夏目漱石全集 1

山嵐は世話の焼ける小僧たまた始めたのか、い、加ることも引くこともできなくなった。目の前に比較的 げん 減にすればいゝのにと逃げる人を避けながらいっさん大きな師範生が、十五六の中学生と組み合っている。 もっ しす に馳けだした。見ているわけにもゆかないから取り鎮止せと言ったら、止さないかと師範生の肩を持て、む りに引き分けようとするとたんにたれか知らないが、 めるつもりたろう。おれはむろんのこと逃げる気はな カゝと い。山嵐のをふんであとからすぐ現場へ弛けつけた。下からおれの足をすくった。おれは不意を打たれて握 まっさいちゅう 喧嘩は今が真最中である。師範のほうは五六十人もあった、肩を放して、横に倒れた。堅い靴でおれの背中 ひざ の上へ乗った奴がある。両手と膝を突いて下から、跳 ろうか、中学はたしかに三割方多い。師範は制服をつ にほんふく けているが、中学は式後大抵は日本服に着換えているね起きたら、乗った奴は右の方へころがり落ちた。起 から、敵味方はすぐわかる。しかし入り乱れて組んず、き上が 0 て見ると、三間ばかり向うに山嵐の大きな身 解れつ戦 0 てるから、どこから、どう手を付けて引き体が生徒の間に挾まりながら、止せ / \ 喧嘩は止せ 分けてい、か分らない。山嵐は困 0 たなというふうで、止せと揉み返されてるのが見えた。おいとうてい駄目 ありさまなが しばらくこの乱雑な有様を眺めていたが、こうなっちだと言ってみたが聞えないのか返事もしない。 めんどう ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれ 廴査がくると面倒た。飛び込んで分け や仕方がない。・ ほおぼねあた ようと、おれの方を見て言うから、おれは返事もしなの頬骨へ中ったなと思ったら、後ろからも、背中を棒 はげ いで、いきなり、いちばん喧嘩の烈しそうなところへでどやした奴がある。教師のくせに出ている、打て打 ふたり 躍り込んだ。止せ / \ 。そんな乱暴をすると学校の体てと言う声がする。教師は二人た。大きい奴と、小さ や面に関わる。よさないかと、出るだけの声を出して敵い奴た。石を抛げろ。と言う声もする。おれは、なに 。と味方の分界線らしいところを突き貫けようとしたが、生意気なことをぬかすな、田舎者のくせにと、いきな 5 そば 傍にいた師範生の頭を張りつけてやった。石がま なか / 、、そう旨くはゆかない。 一二間はいったら、出り、 がた はさ から

2. 夏目漱石全集 1

想め 駄目だ。駄目だが一年もこうやられる以上は、おれも馳けだして行った。すると前のほうにいる連中は、し ( 1 ) 人間だから駄目でもなんでもそうならなくっちゃ始末きりになんだ地方税のくせに、引き込めと、怒鳴って がっかない。、、 とうしても早く東京へ帰って清といっしる。うしろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは いなか じゃま ょになるにかぎる。こんな田舎にいるのは堕落しに来邪魔になる生徒の間をくゞり抜けて、曲がり角へもう する ているようなものだ。新聞配達をしたって、こゝまで少しで出ようとした時に、前へ ! と言う高く鋭どい 堕落するよりはましだ。 号今が聞えたと思ったら師範学校のほうは粛々として おりあい こう考えて、いや / \ 、付いてくると、なんだか先進行を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには 鋒が急にがや / \ 騒ぎだした。同時に列はびたりと留相違ないが、つまり中学校が一歩を譲ったのである。 まる。変たから、列を右へはずして、向うを見ると、資格からいうと師範学校のほうが上だそうた。 やくしまち つま ( 2 ) 大手町を突き当って薬師町へ曲がる角の所で、行き詰 祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が も ったぎり、押し返したり、押し返されたりして揉み合祝詞を読む、知事が祝詞を読む。参列者が万歳を唱え っている。前方から静かに静かにと声を涸らして来たる。それでお仕舞だ。余興は午後にあるという話だか 体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師範学ら、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気 校が衝突したんだと言う。 に掛っていた、清への返事をかきかけた。今度はもっ さる ねんいり 中学と師範とはどこの県下でも犬と猿のように仲が と詳しく書いてくれとの注文たから、なるべく念入に はんきれ わるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が認めなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切 や合わない。何かあると喧嘩をする。おおかた狭い田舎を取り上げると、書くことはたくさんあるが、何から ひまつぶ 。で退屈だから、暇潰しにやる仕事なんだろう。おれは書き出してい、か、わからない。あれにしようか、あ おもしろ めんどうくさ つま 喧嘩は好きなほうだから、衝突と聞いて、面白半分にれは面倒臭い。これにしようか、これは詰らない。何 う おおてまち せん

3. 夏目漱石全集 1

ぼうゼん とっさ 「それは失礼ながら少し違うでしよう。あなたの仰や、 顔を豁めたが、咄嗟の場合返事をしかねて茫然として いる。増給を断わる奴が世の中にたった一人飛び出しるとおりだと、下宿屋の婆さんの言う事は信するが、 て来たのを不審に思ったのか、断わるにしても、今帰教頭の言う事は信じないというように聞えるが、そう・ さしつかえ う意味に解釈して差支ないでしようか」 ったばかりで、すぐ出直して来なくってもよさそうな そうほうがっぺい おれはちょっと困った。文学士なんてものはやつば ものだと、呆れ返ったのか、または双方合併したのか、 りえらいもんだ。妙なところへこだわって、ねち / 、 妙な口をして突っ立ったまゝである。 きさま おやじ 「あの時承知したのは、古賀君が自分の希望で転任す押し寄せてくる。おれはよく親父から貴様はそゝつか るという話でしたからで : : : 」 しくて駄目だ / \ と言われたが、なるほど少々そ、つ 「古賀君はまったく自分の希望で半ば転任するんで かしいようだ。さんの話を聞いてはっと思って飛び おっか 出して来たが、実はうらなり君にもうらなりの御母さ 冫いたいんです。元の月んにも逢って詳しい事情は聞いてみなかったのだ。た 「そうじゃないんです、こゝこ からこう文学士流に斬り付けられると、ちょっと受け 給でもい、から、郷里にいたいのです」 留めにくい。 「君は古賀君から、そう聞いたのですか」 「そりや当人から、聞いたんじゃありません」 正面からは受け留めにくいが、おれはもう赤シャッ に対して不信任を心の中で申し渡してしまった。下宿 「じゃ誰からお聞きです」 うそっ 「僕の下宿のさんが、古賀さんの御母さんから聞い の婆さんもけちん坊の欲張り屋に相違ないが、嘘は吐 かない女だ、赤シャツのように裏表はない。おれは仕 やたのを今日僕に話したのです」 方がないから、こう答えた。 。「じゃ、下宿の婆さんがそう言ったのですね」 「まあそうです」 「あなたの言うことは本当かもしれないですがーーーと あき おっか おっし

4. 夏目漱石全集 1

五円ぐらい上がったって、あんな山の中へ猿のお相手 れんかてゝ、あなた」 とうへんぼく 「なるほど」 をしに行く唐変木はまずないからね」 「校長さんが、ようまあ考えてみとこうとお言いたげ「唐変木て、先生なんぞなもし。 ・こさた ( 2 ) さりやく 「なんでもい、でさあ、 な。それでお母さんも安心して、今に増給の御沙汰が まったく赤シャツの作略 しうち だましうち あろぞ、今月か来月かと首を長くし待っておいでたと だね。よくない仕打た。まるで欺撃ですね。それでお ころへ、校長さんがちょっと来てくれと古賀さんにおれの月給を上げるなんて、不都合な事があるものか。 言いるけれ、行ってみると、気の毒だが学校は金が足上げてやるったって、誰が上がってやるものか」 りんけれ、月給を上げるわけにゆかん。しかし延岡に 「先生は月給がお上りるのかなもし」 「上けてやるって言うから、断わろうと思うんです」 なら空いたロがあって、そっちなら毎月五円余分にと れるから、お望みどおりでよかろうと思うて、その手「なんで、お断わりるのぞなもし」 続きにしたから行くがえ、と言われたげな。 「なんでもお断わりた。お婆さん、あの赤シャツは馬 ひきよう 「じや相談じゃない、命令じゃありませんか」 鹿ですぜ。卑怯でさあ」 「左様よ。古賀さんはよそへ行って月給が増すより、 「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人し 元のま、でもえゝから、こ、におりたい。屋敷もあるく頂いておくほうが得ぞなもし。若いうちはよく腹の し、母もあるからとお頼みたけれども、もうそう極め立つものじゃが、年をとってから考えると、も少しの たあとで、古賀さんの代りはできているけれ仕方がな我慢じゃあったのに惜しいことをした。腹立てたため くや あたまえ にこないな損をしたと悔むのが当り前じやけれ、お婆 ゃいと校長がお言いたげな」 ばか おもしろ ち っ 「へん人を馬鹿にしてら、面白くもない。じや古賀さの言うことをきいて、赤シャッさんが月給をあけてや 坊 ( 1 ) ろとお言いたら、難有うと受けておおきなさいや」 んは行く気はないんですね。どうれで変だと思った。 あ ありがと おとな

5. 夏目漱石全集 1

( 3 ) うち ( 4 ) めい / 、 あらそい あいまし 朱引外か少々曖昧な所で生れた精かしらん今まで江戸これは漱石が一言の争もせず冥々の裡にこのお転婆を そんな得意談はどうでも却 っ児のやるような心持ちのいゝ慈善的事業をやったこ屈伏せしめたのである。 とがない。今なんと答をしたかたしかに覚えておらん。善いとして、この国の女ことに婆さんとくると、いわ いっぺんききようしん いやしくも一遍の義侠心があるならば、うんあなたのゆる老婆親切というわけかもしれんが、自分の使う英 語に頼みもせぬ注解を加えたり、この字は分りますか 移る処ならどこでも移ります、と答えるはすなのだ。 などということがたくさんある。このあいださる処へ そうは答えなかったらしい。こゝにそう答えられない おとな 訳がある。なるほどこの妹はごく内気な大人しいしか呼ばれてそこの奥さんと談しをした。するとその人が も非常に堅固な宗教家で、我輩はこの女と家をともに大の耶蘇信者だからたまらない。滔々と神徳を述べ立 こう するのは毫も不愉快を感じないが、姉のほうたるや少てた。まことに品のい、しとやかなお婆さんだ。し ( 2 ) てん 少お転だ。この姉の経歴談も聞たが長くなるから抜きかるところ evolution という字を御承知ですかと聞か にして、ちょ 0 と小生の気に入らない点を列挙するなれた。「世の中の事は乱雑で法則がないようですが、 なまいき らば、第一生意気た、第二知ったか振りをする、第一一一よく御覧になると皆進化の道理に支配されております つま ・ : 進化 : : : 分りますか」。まるで赤ん坊に説教する 詰らない英語を使ってあなたはこの字を知っておいで むこう ようだ。向は親切に言ってくれるんだから、ヘ 1 / ( 、 ですかと聞くことがある。一々勘定すれば際限がない。 先だってトンネルという字を知っているかと聞た。そと言っているより仕方がない。それはこの婆さんのよ あいさっ ( 6 ) しやペ わら うにべラ / \ 曉舌ることはできない。挨拶などもたゞ れから straw すなわち藁という字を知っているかと あが おこはりあい 聞た。英文学専門の留学生もこうなると怒る張合もな咽喉の処へせり上って来た字を使ってほっと一息つく 。近ごろは少々見当が付たと見えてそんな失敬な事くらいの仕儀なんだから、向うでこっちを見くびるの は無理はないが、離れム \ の言葉の数からいえばあな も言わない。 また一般の挙動も大いにエ響にな 0 た。 そと ( 1 ) ろうばしんせつ てんば

6. 夏目漱石全集 1

分をするんだそうだ。それから、出席簿を一応調べてとうこんな商売をない / \ で始めるようになりました。 からた みうけ ようやくお暇が出る。いくら月給で買われた身体たつあなたもお見受もうすところ、ど : ナしふ御風流でいらっ にら て、あいた時間まで学校へ縛りつけて机と睨めつくらしやるらしい。ちと道楽にお始めなすってはいかがで をさせるなんて法があるものか。しかしほかの連中はすと、とんでもない勧誘をやる。二年まえある人の使 おとな ( 1 ) じようまえなお まちが みんな大人しく御規則どおりやってるから新参のおれに帝国ホテルへ行った時は錠前直しと間違えられたこ よろ がまん ( 2 ) かふ ばかり、だゞを捏ねるのも宜しくないと思って我慢しとがある。ケットを被って、鎌倉の大仏を見物した時 すぎ みそくな ていた。帰りがけに、君なんでもかんでも三時過までは車屋から親方と言われた。そのほか今日まで見損わ 学校にいさせるのは愚だぜと山嵐に訴えたら、山嵐はれたことはすいぶんあるが、まだおれをつらまえてた そうさアハ 、、と笑ったが、あとから真面目になって、 いぶ御風流でいらっしやると言ったものはない。大櫞 君あまり学校の不平を言うと 、いかんぜ。言うなら僕はなりや様子でも分る。風流人なんていうものは、画 たんざく だけに話せ、ずいぶん妙な人もいるからなと忠告がまを見ても、頭巾を被るか短冊を持ってるものだ。この かどわか くせ当の しいことを言った。四つ角で分れたから詳しいことはおれを風流人だなどと真面目に言うのはたヾの曲者じ のんき きらい 聞くひまがなかった。 ゃない。おれはそんな呑気な隠居のやるような事は嫌 ていしゅ それからうちへ帰ってくると、宿の亭主がお茶を入だと言ったら、亭主は ( 、、、と笑いながら、いえ始 れましようと言ってやって来る。お茶を入れると言う めから好きなものは、どなたも御座いませんが、いっ ごちそう から御馳走をするのかと思うと、おれの茶を遠慮なく たんこの道にはいるとなか / \ 出られませんと一人で るすちゅう 入れて自分が飲むのだ。この様子では留守中もかって茶を注いで妙な手付をして飲んでいる。実はゆうべ茶 にお茶を入れましようを一人で履行しているかもしれを買ってくれと頼んでおいたのだが、こんな苦い濃い てまえ こっと、つ ( 3 ) こた ない。亭主が言うには手前は書画骨董がすきで、とう茶はいやだ。一杯飲むと胃に答えるような気がする。 まじめ ずきん てつき つかい

7. 夏目漱石全集 1

、。天道是か非かだ」 判すると、あれより手続のしようはないのだと言う答 「まあ、もう二三日様子を見ようじゃよ、、。 オしカそれでだ。校長なんて狸のような顏をして、いやにフロックル いよ / \ となったら、温泉の町で取って抑えるより仕張っているが存外無勢力なものだ。虚偽の記事を掲け いなか あや 方がないだろう , た田舎新聞一つ詫まらせることができない。あんまり わたしひとり 「喧嘩事件は、喧嘩事件としてか」 腹が立ったから、それじや私が一人で行って主筆に談 「そうさ。こっちはこっちで向うの急所を抑えるの判すると言ったら、それはいかん、君が談判すればま わるくち さ た悪口を書かれるばかりだ。つまり新聞屋にか、れた 「それもよかろう。おれは策略は下手なんだから、万ことは、うそにせよ、本当にせよ、つまりどうするこ よろ 事宜しく頼む。いざとなればなんでもする」 ともできないものだ。あきらめるよりほかに仕方がな おれと山嵐はこれで分れた。赤シャツがはたして山 いと、坊主の説教じみた説論を加えた。新聞がそんな つぶ 嵐の推察どおりをやったのなら、実にひどい奴だ。とものなら、一日も早く打っ潰してしまったほうが、わ ( 4 ) すつぼん うてい知恵比べで勝てる奴ではない : とうしても腕カれわれの利益だろう。新聞にかれるのと、泥鼈に喰 でなくっちゃ駄目だ。なるほど世界に戦争は絶えない いっかれるとが似たり寄ったりだとは今日たゞいま狸 つま わけた。個人でも、とどの詰りは腕力だ。 の説明によってはじめて承知っかまつった。 あくる日、新聞のくるのを待ちかねて、披いて見る それから三日ばかりして、ある日の午後、山嵐が憤 たぬき と、正誤どころか取り消も見えない。学校へ行って狸然とやって来て、いよ / \ 時機が来た、おれは例の計 に催促すると、あしたぐらい出すでしようと言う。明画を断行するつもりだと言うから、そうかそれじゃお ( 2 ) ( 5 ) 日になって六号活字で小さく取消が出た。しかし新聞れもやろうと、即座に一味徒覚に加盟した。ところが 屋のほうで正誤はむろんしておらない。また校長に談山嵐が、君はよすほうがよかろうと首を傾けた。なせ かた ( 1 ) にさんち とけし ひら こんにち

8. 夏目漱石全集 1

周旋してやるから移りたまえ。ほかのものでは承知しそうだ。たゞおれと同じようにせつかちで肝癪持らし ないが僕が話せばすぐできる。早いほうがい、から、 。あとで聞いたらこの男がいちばん生徒に人望があ 今日見て、あす移って、あさってから学校へ行けば極るのだそうだ。 - り - 、刀しし 、と一人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷 にいつまでいるわけにもゆくまい。月給をみんな宿料 に払っても追っつかないかもしれぬ。五円の茶代を奮 いよ / 、学校へ出た。初めて教場へはいって高い所 発してすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移るものな へ乗った時は、なんたか変だった。講釈をしながら、 ら、早く引き越して落ち付くほうが便利だから、そこおれでも先生が勤まるのかと思 0 た。生徒は心籥しい。 こた のところはよろしく山嵐に頼むことにした。すると山時々図抜けた大きな声で先生と言う。先生には応えた。 嵐はともかくもいっしょに来て見ろと言うから、行っ今まで物理学校で毎日先生々々と呼びつけていたが、 ( 1 ) おか うんでい た。町はずれの岡の中腹にある家で至極閑静だ。主人先生と呼ぶのと、呼ばれるのは雲泥の差だ。なんだか こっとう ぎん ていしゅ ひきよう は骨董を売買するいか銀という男で、女房は亭主より足の裏がむず ~ 、する。おれは卑怯な人間ではない、 としかさ ( 2 ) おくびよう も四つばかり年嵩の女だ。中学校にいた時ウィッチと臆病な男でもないが、惜しいことに胆力が欠けている。 まるうち いう言葉を習ったことがあるがこの女房はまさにウィ先生と大きな声をされると、腹の減った時に丸の内で ( 4 ) どん ッチに似ている。ウィッチだって人の女房だからかま午砲を聞いたような気がする。最初の一時間はなん かけん わない。 とう / ・、、、、明日から引き移ることにした。帰り たかい & 加減にやってしまった。しかしべつだん困っ とおりちょうこおりみす ひかえじよ に山嵐は通町で氷水を一杯奢った。学校で逢った時は、 た質問も掛けられずに済んだ。控所へ帰って来たら、 ( 3 ) おうふう やまあらし やに横風な失敬な奴だとっこ ; 、 ナカこんなにいろ / ( 、山嵐がどうだいと聞いた。うんと単簡に返事をしたら 世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさ山嵐は安心したらしかった。 お ひとり きま す かんしやくもち 0

9. 夏目漱石全集 1

坊っちゃん 今度からもっと苦くないのを買ってくれと言ったら、 ければすぐどっかへ行く覚悟でいたから、狸も赤シャ かしこまりましたとまた一杯しぼって飲んだ。人の茶ツも、ちっとも恐しくはなかった。まして教場の小僧 ども あいきよう たと思ってむやみに飲む奴だ。主人が引き下がってか共なんかには愛嬌もお世辞も使う気になれなかった。 したよみ ら、あしたの下読をしてすぐ寝てしまった。 学校はそれでい、のだが下宿のほうはそうよ、 それから毎日々々学校へ出ては規則どおり働く、毎った。亭主が茶を飲みに来るだけなら我慢もするが 日毎日帰って来ると主人がお茶を入れましようと出て色々なものを持ってくる。はしめに持って来たのはな くる。一週間ばかりしたら学校の様子も一と通りは飲んでも印材で、十ばかり並べておいて、みんなで三円 なかまわ み込めたし、宿の夫婦の人物も大概は分った。ほかのなら安い物だお買なさいと言う。田舎巡りのヘポ絵師 教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から一か月ぐじゃあるまいし、そんなものは入らないと言ったら、 ( 2 ) かざん ( 3 ) かちょう らいのあいだは自分の評判がい、だろうか、悪るいだ今度は崋山とかなんとかいう男の花鳥の掛物をもって ろうか非常に気に掛かるそうであるが、おれはいっこ来た。自分で床の間へかけて、いできじゃありませ ししかげん うそんな感じはなかった。教場で折々しくじると、そんかと言うから、そうかなと好加減に挨拶をすると、 きれい の時だけはやな心持だが三十分ばかり立っと奇麗に消崋山には二人ある、一人はなんとか崋山で、一人はな えてしまう。おれは何事によらず長く心配しようと思んとか崋山ですが、この幅はそのなんとか崋山のほう だと、くたらない講釈をしたあとで、どうです、あな っても心配ができない男だ。教場のしくじりが生徒に たなら十五円にしておきます。お買なさいと催促をす どんな影響を与えて、その影響が校長や教頭にどんな むとんじゃく 反応を呈するかまるで無頓着であった。おれはまえに る。金がないと断わると、金なんか、いつでもようご いうとおりあまり度胸の据った男ではないのだが、思ざいますとなか / \ 頑固だ。金があっても買わないん ( 4 ) おにがわら い切りはすこふるい、人間である。この学校がいけな だと、その時は追っ払っちまった。その次には鬼瓦ぐ ふたり こと がんこ たなき

10. 夏目漱石全集 1

「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因「亭主が君に何を話したんたか、おれが知ってるもん か。そう自分だけで極めたってしようがあるか。訳が 縁がないから、出すんた。取らない法があるか」 ( 1 ) あるなら、訳を話すが順た。てんから亭主の言うほう 「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもい、、が、 が尤もだなんて失敬千万な事を言うな」 なぜ思い出したように、今時分返すんた」 「うん、そんなら言ってやろう。君は乱暴であの下宿 「今時分でも、いっ時分でも、返すんた。奢られるの くら下宿の女房だって、 で持てあまされているんだ。い が、いやだから返すんた [ 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと言った。赤シャ下女たあ違うぜ。足を出して拭かせるなんて、威張り ツの依頼がなければ、こ、で山嵐の卑劣をあばいて大すぎるさ」 「おれが、いっ下宿の女房に足を拭かせた」 喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだ むこ まっか から動きがとれない。人がこんなに真赤になってるの「拭かせたかどうたかしらないが、とにかく向うじゃ、 かけもの 君に困ってるんた。下宿料の十円や十五円は懸物を一 にふんという理屈があるものか。 幅売りや、すぐ浮いてくるって言ってたぜ」 「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ , 下宿を出ようが出「利いたふうな事をぬかす野郎だ。そんなら、なせ置 「一銭五厘受け取ればそれでいゝ。 いた」 まいがおれの勝手だ」 ていしゅ 「ところが勝手でない、昨日、あすこの亭主が来て君「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだ に出てもらいたいと言うから、その訳を聞いたら亭主が、いやになったんだから、出ろと言うんだろう。君 もっと の言うのは尤もだ。それでも、もう一応慥かめるつも出てやれ , 「当り前だ。いてくれと手を合せたって、いるものか。 りで今朝あすこへ寄って詳しい話を聞いてきたんだ」 いったいそんな言い懸りを言うような所へ周旋する君 おれには山嵐の言う事がなんの意味たか分らない。 かって