わか 「まだ氷で冷やしているのか」 「君には解るまいが、この病気を押していると、きっ 自分はいさ、か案外な顔をしてこう聞いた。三沢にと潰瘍になるんだ。それが危険たから僕はこうじっと ともだちがい はそれが友達甲斐もなく響いたのだろう。 して氷嚢を載せているんた。こ、へ入院したのも、医 「鼻風邪じゃあるまいし」と言った。 者が勧めたのでも、宿で周旋してもらったのでもない。 ゅうべ すいきよう 自分は看護婦の方を向いて、「昨夕は御苦労さま」と たゞ僕自身が必要と認めて自分でったのだ。酔興し あおふく 一口礼を述べた。看護婦は色の蒼い膨れた女であった。ゃないんだ」 かおっき 顔付が絵にかいた座頭に好く似ているせいか、晋通彼自分は三沢の医学上の知識について、それほど信を 等の着る白い着物がちっとも似合わなかった。岡山の置き得なかった。けれどもこう真面目に出られてみる ( 2 ) のうどくしよう もので、小さい時膿毒性とかで右の目を悪くしたんだ と、もう交ぜ返す勇気もなかった。そのうえ彼のいわ と、こっちで尋ねもしないことを話した。なるほどこゆる潰瘍とはどんなものかまったく知らなかった。 まどぎわ の女の一方の目には白い雲がいつばいに掛っていた。 自分は起って窓側へ行った。そうして強い光に反射 「看護婦さん、こんな病人に優しくしてやるとなにをして、乾いた土の色を見せている暗がり峠を望んた。 い、かけん 言い出すか分らないから、好加減にしておくが可い ふと奈良へでも遊びに行ってきようかという気になっ こ 0 おもしろはんぶん 自分は面白半分わざと軽薄な露骨を言って、石護婦「君その様子じや当分約東を履行するわけにもゆかな いたろう」 を苦笑させた。すると三沢が突然「おい氷たーと氷嚢 「履行しようと思って、これほどの養生をしているの を持ち上た。 廊下の先で氷を割る音がした時、三沢はまた「おい」さ」 と言って自分を呼んた。 三沢はなか / 、強情の男であった。彼の強情に付き はなか懸 わか かわ まじめ お
一どこへ行けるんでしよう」 嫂に対しては損たと考えた。 「どこだって構わない。さあ行こう」 二人は浴衣掛で宿を出ると、すぐ昇降器へ乗った。 自分は母と嫂もむろんいっしょに連れていくつもり 箱は一間四方ぐらいのもので、中に五六人はいると戸 で、「さあ / \ , と大きな声で呼び掛けた。すると兄はを閉めて、すぐ引き上げられた。兄と自分は顔さえ出 急に自分を留めた。 すことのできない鉄の棒の間から外を見た。そうして ふたり うっとう 「二人で行こう。二人ぎりで」と言った。 非常に鬱陶しい感じを起した。 ろうや さー、や そこへ母と嫂が「どこへ行くの . と言って顏を出し「牢屋見たいだな」と兄が低い声で私語いた。 、」 0 「そうですね」と自分が答えた。 「なにちょっとあのエレベーターへ乗ってみるんです。「人間もこのとおりだ」 かあ 二郎といっしょに。女には剣呑だから、お母さんや直 兄は時々こんな哲学者めいたことをいう癖があった 9 ため は止したほうが好いでしよう。僕等がまあ乗って、試自分はたヾ「そうですな」と答えただけであった。け してみますから , れども兄の言葉は単にその輪郭ぐらいしか自分には呑 母は虚空に昇っていく鉄の箱を見ながら気味の悪そみ込めなかった。 うな顔をした。 牢屋に似た箱の上り詰めた頂点は、小さい石山の天 まえ 「直お前どうするい」 辺であった。そのところん、に背の低い松が物りつく あおみ うれ 母がこう聞いた時、嫂は例のとおり淋しい靨を寄せように青味を添えて、単調を破るのが、夏の目に嬉し わたくし おとな て、「妾はどうでも構いません」と答えた。それが大人く映った。そうして傾な平地に掛茶屋があって、猿が ぶあい いや しいとも取れるし、また聴きようでは、冷淡とも無愛 一匹飼ってあった。兄と自分は猿に芋を遣ったり、 想とも取れた。それを自分は兄に対して気の毒と思い 戯ったりして、ものの十分もその茶屋で費やした。 あによめ けんのん さむ えくぼ ゆかたがけ
. 行 りました。私はしまいに明らかな不安を抱いて起ち上にありません。私はこの通俗な温泉場へ、最も通俗で ない兄さんを連れ込んたのです。兄さんははじめから、 . りました。 ちがい 浜へ出ると、日はいっか雲に隠れていました。薄どき 0 と々しいに違ないと言っていました。それでも ′、まん んよりと曇り掛けた空と、その下にある礙と海が、同山たから二三日は我慢できるたろうと言うのです。 もったい なまぬる ものう じ灰色を浴びて、物憂く見える中を、妙に生温い風が「我慢しに温泉場へ行くなんて勿体ない話た」 いし・つト - ・フ い第てー、イ - これもその時兄さんの口から出た自嘲の言葉でした。 磯具く吹いてきました。私はその灰色を彩どる一点と なみうちぎわしやが して、向うの波打際に蹲踞んでいる兄さんの姿を、白はたして兄さんは着いた晩からして、八釜しい隣室の ・くめました。私は黙 0 てその方角へ歩いてゆきまし客を我慢しなければならなくなりました。この客は東 わか 京のものか横浜のものか解りませんが、なんでも言葉 た。私は後から声を掛けた時、兄さんはすぐ立ち上っ らけおいし の使いようから判断すると、商人とか請負師とか仲買 て「さっきは失敬した」と言いました。 とめど 兄さんは目的もなくまた紹度もなくそこいらを歩いとかいう部に属する種類の人間らしく思われました。 たあげく、しまいに疲れたなりで疲れた場所に蹲踞ん時々不調和に大きな声を出します。傍若無人に騷ぎま とんじゃく す。そういうことにあまり頓着のない私さえすいぶん でしまったのだそうです。 へきえき 「山に行こう。もうこ、は厭になった。山に行こう」辟易しました。お蔭でその晩は兄さんも私もちっとも むすかしい話をしすに寐てしまいました。つまり隣り 兄さんは今にも山へ行きたいふうでした。 の男が我々の思索を破壊するためにいだことに当る ゅうべ 翌る朝私が兄さんに向って、「昨夜は寐られたか」と乃 我々はその晩とう / \ 山へ行くことになりました。 山といっても小田原からすぐ行かれる所は箱根のほか聞きますと、兄さんは言を掉 0 て、「寐られるどころか。 あが あく 0 むか
ひやくらかん こそ月を観ているといわぬばかりの妙な感じを自分に百羅漢たのその他いろ / \ むずかしい名の付いた仙人・ おとこふりはなはだ 与えたことも、ついでだから君に告げておきたい。 になると、男振は甚しく振わない。我々は因習の結果・ そこに一種の仙気があると認めているらしいが、よく 考えると、いやしくも崇高とか超脱とかいう出世間的 やすだゆきひこ ( 1 ) ゅめどの 自分は安田靱彦君の「夢殿。という人物画を観てなの偉力を有した精神上の徳が、ほとんど奇形と評して ト - - つ、 - う んという感じも興らなかった。自分の友人はその前に もしかるべき下品な容總によって代表されようとは決 おもしろ 立 0 て面白くないという言葉を繰り返していた。あとして受取れないのである。目付なり顔だちなりが陋し で聞くと、これはだいぶ評判の高い作だそうである。 くなればなるほど、外部に現われた人格も、またその ( 2 ) しようとくたいし おちっ 聖徳太子とかの表情の、あくまでも荘重に落付いて陋しい目鼻だちに正比例した下劣な調子を反映しなけ いるうちに、どこか微笑の影を含んだ萌の見えるとこればならないのが常識冫、 こ適った見解で、また哲理に戻 ろがたいへんよくでき上 0 ているのだそうである。そらない断定である。してみると、我々が平生博物館や うけ れは自分の情緒に触れない説明であるから、たとい肯宝物展覧会で目撃するあの異形の怪物は、彼が骨董 そうぼう が 0 たところで、「夢殿」に対する愛執の度を増減する的な相貌を有すれば有するだけ、彼等の偉大なる精神 わけにゆかないが、ついでだから、自分がかねて日本を表現せんとする画家なり彫刻家にと「て不便を与え 古来の仏像だの仏画だのについて観察した新らしいとることになる。そこに気が付くべきはすの芸術家が、 おとし 思う点を参考に述べたい。 何を苦んでこの不利益な地位に陥いれられながら、依 ~ 「彫像で画像でも宗教がか「た意味を帯びた日本支然として平凡を奇怪の方面に超越した変な頭やロばか 展那の作品に、古来から好男子のいないのは争うべからり作 0 ていたか。これは相当の思索を費やして解決し四 ( 3 ) かんざんじっとく ( 4 ) ご ざる事実のように思われる。なかにも寒山拾得だの五てしかるべき問題である。たゞ習慣とい 0 たたけでは ざし あた
けしき めす なが 母は微笑した。 景色を、みんなが起きて珍らしそうに眺める時すら、 「いつごろから雨が降りだしたかお母さんはちっとも彼は前後に関係なく心持よさそうに寐ていた。 あ じようかく のち 知らなかったよ」 食堂が開いて乗客の多数が朝飯を済ました後、自分 母はさも愛想らしくまた弁疏らしく口を利いて、 は母を連れて昨夜以来の空腹を充たすべく細い廊下を むか 「二郎、御苦労だったね、早くお休み。もうよっぽど遅伝わって後部の方へ行った。その時母は嫂に向って、 かげん いんだろう」と言った。 「もう好い加減に一郎を起して、いっしょにあっちへ すぎ わたしたちむこう 時計は十二時過であった。自分はまたそっと上の寝お出で。妾達は向へ行って待っているから」と言った。 さむ 台に登った。車室は元のとおり静かになった。嫂は母嫂はいつものとおり淋しい笑い方をして、「えゝじき あと が口を利きだしてから、なにも言わなくなった。母はお後から参ります」と答えた。 のぼ そうし 自分が自分の寝台に上ってから、またなにも言わなく 自分達は室内の掃除に取り懸ろうとする粭仕を後に ひとこと なった。たゞ兄だけははじめからしまいまで一言ももして食堂へはいった。食堂はまだだいぶ込んでいた。 しようじゃ とおみち のを言わなかった。彼は聖者のごとくたゞすや / \ と出たりはいったりするものが絶えず狭い通り路をざわ ねむりかた くだもの 眠っていた。この眠方が自分には今でも不審の一つに つかせた。自分が母に紅茶と果物を勧めている時分に、 あらわ ら なっている。 兄と嫂の姿がようやく入口に現れた。不幸にして彼等 そばみいだ 彼は自分で時々公言するごとく多少の神経衰弱に陥の席は自分達の傍に見出せるほど、食卓は空いていな さむか っていた。そうして時々不眠のために苦しめられた。 かった。彼等は入口の所に差し向いで座を占めた。そ だおかれ また正直にそれを家族の誰彼に訴えた。けれども眠く うして普通の夫婦のように笑いながら話したり、窓の て困ると言ったことはいまだかってなかった。 外を眺めたりした。自分を相手に茶を吸っていた母は、 あまあが 富士が見えだして雨上りの雲が列車にら 0 て飛ぶ時々その様子を満足らしく見た。 ( 1 ) いいわけ おそ ノ 38
人 しました。 福を得ようと焦躁るのです。そうしてその矛盾も兄さ 「君は山を呼び寄せる男た。呼び寄せて来ないと怒るんにはよく呑み込めているのです。 しんぼう 勇た。地団太を踏んで口惜しがる男た。そうして山を「自分を生活の心棒と思わないで、綺麗に投げ出した 悪く批判することたけを考える男だ。なせ山の方へ歩ら、もっと楽になれるよ」と私がまた兄さんに言いま 1 しこ 0 いてゆかない」 「じゃなにを心棒にして生きて行くんだーと兄さんが 「もし向うがこっちへ来るべき義務があったらどう 聞きました。 だ」と兄さんが言います。 「神さ」と私が答えました。 「向うに義務があろうとあるまいと、こっちに必要が 「神とはなんた」と兄さんがまた聞ました。 あればこっちで行くだけのことたーと私が答えます。 私はこ、でちょっと自白しなければなりません。私 「義務のないところに必要のあるはすがない」と兄さ と兄さんとこう間答をしているところをお読みになる んが主張します。 あなた 「じゃ幸福のために行くさ。必要のために行きたくな貴方には、私がさも宗教家らしく峡するかもしれませ んが、 私がどうかして兄さんを信仰の道に引き人 いなら」と私がまた答えます。 兄さんはこれでまた黙りました。私のいう意味はよれようとカめているように見えるかもしれませんが、 実をいうと、私は耶蘇にもモ ( メッドにも縁のない く兄さんに解っているのです。けれども是非、善悪、 美醜の区別において、自分の今日までに養い上げた高平几なたヾの人間にすぎないのです。宗教というもの まん悪ん い標準を、生活の中心としなければ生きていられない をそれほど必要とも思わないで、漫然と育った自然の なげう 兄さんは、さらりとそれを擲って、幸福を求める気に野人なのです。話がとかくそちらへ向くのは、まった月 はけ く相手に兄さんという烈しい熕悶家を控えているため なれないのです。むしろそれに振ら下がりながら、幸 じだんた むこ はんもんか
返さなければならなくなりました。しかし三度言って ないかぎり、なるべくそんな性質の文字は、省いてい けしき るのですから、貴方もそのつもりで虚心に読んでくた も、動く気色の見えない山を眺めた時、彼は群衆に向 って言いました。 「約東どおり自分は山を呼び寄 きい。少しでも貴方の心に軽薄という疑念が起るよう では、せつかく書いてあげたものが、前後を通じて、 せた。しかし山のほうでは来たくないようである。山 なんの役にも立たなくなる恐れがありますから。 が来てくれない以上は、自分が行くよりほかに仕方が 私がまだ学校にいた時分、モハメッドについて伝えあるまい」。彼はそう言って、すた / 、山の方へ歩い られた下のような物語を、なにかの書物で読んだことていったそうです。 むこ この話を読んだ当時の私はまた若うございました。 があります。モハメッドは向うに見える大きな山を、 こつけい あしもと 自分の足元へ呼び寄せてみせるというのたそうです。私はいい滑稽の材料を得たつもりで、それを方々へ持 をれを見たいものは何月何日を期してどこへ集まれと って回りました。するとそのうちに一人の先輩があり いうのたそうです。 ました。みんなが笑うのに、その先輩たけは「あ、結 構な話た。宗教の本義はそこにある。それで尺してい るーと言いました。私は解らぬながらも、その言葉に 期日になって幾多の群衆が彼の周囲を取巻いた時、耳を傾けました。私が小田原で兄さんに同じ話を繰返 ・モハメッドは約東どおり大きな声を出して、向うの山したのは、それから何年目になりますか、話は同じ話 にこっちへ来いと命令しました。ところが山は少しもでも、もう滑稽のためではなかったのです。 動き出しません。モハメッドはましたもので、また 「なぜ山の方へ歩いてゆかない」 同じ号令を掛けました。それでも山は依然としてじっ 私が兄さんにこう言っても、兄さんは黙っています。 としていました。モハメッドはとう / \ 三度号令を繰私は兄さんに私の主意が徹しないのを恐れて、付け足 四十 たち とりま むこ かえ わか ひとり
行 びようきん 見せるつもりで母を笑わせるような剽軽なことばかり なんぼ一郎たって直に傍へ寄ってくれるなと頼みやし まえ しゃべ 饒舌った。母はいつものとおり「二郎、お前見たいに まいし」 暮していけたら、世間に苦はあるまいね」と言ったり 母は無言のま、離れて歩いている夫婦のうちで、た あによめ 1 ) こ 0 だ嫂のほうにばかり罪を着せたがった。これには多少 しまいに彼女はとう / 、堪え切れなくなったとみえ自分にも同感なところもあった。そうしてこの同感は て、「二郎あれを御覧」と言いだした。 平生から兄夫婦の関係を併で見ているものの胸にはき 「なんですか」と自分は聞き返した。 っと起る自然のものであった。 「あれだからほんとうに困るよ」と母が言った。その 「兄さんはまたなにか考え込んでいるんですよ。それ 時母の目は先へ行く二人の後姿をじっと見詰めていた。で姉さんも遠慮してわざと口を利かずにいるんでしょ すくな おもてむき 自分は少くとも彼女の困るといった意味を表向承認しう」 ないわけにいかなカオ 自分は母のためにわざとこんな気休めを言って胡魔 さわ 「またなにか兄さんの気に障ることでもできたんですそうとした。 か」 「そりゃあの人のことだからなんとも言えないがね。 だんなそ けれども夫婦となった以上は、お前、いくら旦那が素「たといなにか考えているにしてもだね。直のほうが むとんじゃく っ気なくしていたって、こっちは女だもの。直のほう あ、無頓着じゃ片っ方でもロの利きようがないよ。ま から少しは機嫌の直るように仕向けてくれなくっちゃるでわざ / \ 離れて歩いているようだもの」 あによめ 困るじゃないか。あれを御覧な、あれじゃまるであか 兄に同情の多い母から見ると、嫂の後姿は、いかに の他人が同なじ方角へ歩いてゆくのと違やしないやね。も冷淡らしく思われたのだろう。が自分はそれに対し け ぎげん こら ねえ かたぼう
いっそ生きてるうちに描かしてもらえば好かったなん いてある女のように、黒い大きな滴るほどに潤った目 たしか て申しておりました。不幸なかたで、二三年まえに亡を有っているだろうか、それがなによりさきに確めて よめいりさき くなりました。せつかくお世話をしてあけたお嫁入先みたかった。 三沢は思ったほど早く帰らなかった。彼の母はおお も不縁でね、あなた」 でもど 油絵のモデルは三沢のいわゆる出戻りのお嬢さんでかた帰りがけに湯にでも行ったのたろうと言って、な んなら見せにやろうかと聞いたが、自分はそれを断っ あった。彼の母は自分の聞かないさきに、彼女につい ひと こ。しかし彼女に対する自分の話は、気の毒なほど実 ていろ / 、と語った。けれども女と三沢との関係は一ナ - 」と が入らなかった。 言も口にしなかった。女の精神病に罹ったことにもま 三沢にどうだろうと言った自分の妹のお重は、まだ るで触れなかった。自分もそれを聞く気は起らなかっ ぎま どこへ行くとも極らずにぐず /. 、している。そういう た。かえって話頭をこっちで切り上げるようにした。 自分もお重と同じことである。せつかく身の堅まった 間題は彼女を離れるとすぐ三沢の結婚談に移ってい あによめ うれ こんなことを対照し 兄と嫂は折り合わずにいる。 った。彼の母は嬉しそうであった。 「あれもいろ / \ 御心配を掛けましたが、今度ようやて考えると、自分はどうしても快活になれなかった。 く極まりまして : : : 」 うけと このあいだ三沢から受取った手紙に、少し一身上の そのうち三沢が帰ってきた。近ごろは身体の具合が ことについて、君に話があるからそのうち、せひ行くと あと 書いてあったのが、この話でやっと悟れた。自分は彼好いと見えて、髪を刈って湯に入った後の彼の血色は、 あぐ ことにつや / \ しかった。健康と幸福、自分の前に胡 の母に対して、たゞ人並の祝意を表しておいたが、心 のうちではその嫁になる人は、はたしてこの油絵に描坐をかいた彼の顔はたしかにこの二つのものを物語っ 十四 うるお 226
「実はこのあいだから僕もそのことについては少々考重なる間から日脚さえちょい / \ 光を出した。それで にりわり えがあって、機会があったら姉さんにとくと腹の中をも漁船が四五艘いつもより早く楼前の掘割へ漕ぎ入れ うけあ てきた。 聞いてみる気でいたんですから、それだけなら受合い 「気味が悪いね。なんたか暴風雨でもありそうしゃな ましよう。もうじき東京へ帰るでしようから」 あしたや い力」 「じゃそれを明日遣ってくれ。あした昼いっしょに和 さしつかえ 母はいつもと違う空を仰いで、こう言いながらまた 歌山へ行って、昼のうちに返ってくれば差支ないだろ 元の座敷へ引返してきた。兄はすぐ立ってまた欄干へ リ物こ 0 自分はなぜかそれが厭たった。東京へ帰ってゆっく 「なに大丈夫たよ。たいしたことはないに極っている 9 り折を見てのことにしたいと思ったが、片方を断った かあ いまさら一方もとは言いかねて、とう / \ 和歌山見お母さん僕が受け合いますから出掛ようじゃありませ あつら んか。俥もすでに誂えてありますから」 物たけは引き受けることにした。 母はなんとも言わずに自分の顔を見た。 「そりや行っても好いけれど、行くなら皆なでいっし あく ( 1 ) ふ ょに行こうじゃないか」 その明る朝は起きた時からあいにく空に斑が見えた。 自分はそのほうがはるかに楽であった。でぎ得るな しかも風さえ高く吹いて例の防波堤に崩ける波の音が すさま 凄じく聞えだした。欄干に倚って眺めると、白い煙がらどうか母のお供をして、和歌山行を已めたいと考え 濛々と岸一面を立て籠めた。午前は四人とも海岸に出た。 「じゃ僕達もいっしょにその刧り開いた山道の方へ行 る気がしなかった。 ってみましようか」と言いながら立ち掛けた。すると 午過ぎになって、空模様は少し穏かになった。雲の ひる おり ねえ おたや くるま だいじようふ たら ひっかえ そう や