「もう老朽だろうからね。しかし巳められれば、なお 健三は挨のしようもなか 0 た。 「あの紫檀の机を買わないかっていうんですけれども、困るたろうじゃないか」 「おってはどうなるか知れないでしようけれども「さ 縁起が悪いから止しました」 まいぶどう 舞葡萄とかいう木の一枚板で中を張り詰めたその大しあたり困るようなことはないんですって」 とうづくえ 彼の辞職は自分を引き立ててくれた重役の一人が、 きな唐机は、百円以上もする見事なものであった。か かた って親類の破産者からそれを借金の抵当に取 0 た細君社と関係を絶ったことに起因しているらしかった。け ながねん だれ の父は、同じ運命の下に、早晩それをまた誰かに持つれども永年勤続してきた結果、権利として彼の手に入 うる るべき金は、一時彼の経済状態を潤おすには十分であ てゆかれなければならなかったのである。 「縁起はどうでも好いが、そんな高価いものを買う勇った。 「居食をしていても詰らないから、確かな人があった 気は当分こっちにもなさそうだ」 きよう ら貸したいからどうか世話をしてくれって、今日頼ま 健三は苦笑しながら煙草を吹かした。 あなた 「そういえば貴夫、あの人に遣るお金を比さんかられてきたんです」 「へえ、とう / 、金貸を遣るようになったのかい」 借りなくって」 いん・こうわら ゃぶ ぼう 健三は平生から島田の因業を嗤っていた比田だの姉 細君は藪から棒にこんなことを言った。 たら おも きのう だのを憶い浮べた。自分達の境遇が変ると、昨日まで 「比田にそれだけの余裕があるのかい」 ( 1 ) てん 「あるのよ。比田さんは今年かぎり株式のほうを巳め軽蔑していた人の真儚をして恬として気の付かない姉 こどもじ られたんですって」 夫婦は、反省の足りない点においてむしろ子供染みて あた 健三はこの新らしい報知を当然とも思った。また異 「どうせ高利なんだろう」 様にも感じた。 つ ことし みごと けいべっ かねかし っ ひとり 193
草 道 ことをめったにする女ではなかったのである。 まったく夫婦間の話題に上っていなかった。三は細 おれないしょ 「己が内所で島田に金を奪られたのを気の毒とでも思 君が事状を知らないでこういうのかと思った。 ったものかしら」 「あれはもう遣っちゃったんだ。紙入はとうから空っ 彼はこう考えた。しかしロへ出してその理由を彼女 ぼうになっているんだよ」 細君は依然として自分の誤解に気が付かないらしか に訊き糾してみることはしなかった。夫と同じ態度を おの った。物指を畳の上へ投け出して手を夫の方へ差し延ついに失わすにいた彼女も、みすから進んで己れを説 ( 1 ) てんば めんどう 明する面倒をあえてしなかった。彼女の墳補した金は うけと 「ちょっと拝見」 かくして黙って受取られ、また黙って消費されてしま 三は鹿々々しいというふうをして、それを細君った。 に渡した。細君は中を検めた。中からは四五枚の紙幣そのうち細君のお腹がたん / 、大きくなってきた。 が出た。 起居に重苦しそうな呼息をしはじめた。気分もよく変 レし 1 レこ 0 「そらやつばり入ってるじゃありませんか」 わたくし てあか 彼女は手垢の付いた皺たらけの紙幣を、指の間に挾「私今度はことによると助からないかもしれません んで、ちょっと胸のあたりまで上げて見せた。彼女のよ」 かすかわらい 彼女は時々なにに感じてかこう言って涙を流した。 挙動は自分の勝利に誇るもののごとく微な笑に伴った。 「いっ入れたのか」 たいていは取り合わすにいる健三も、時として相手に あと 「あの人の帰った後でですー させられなければ済まなかった。 こゝろづかい うれ めす 「なぜたい」 健三は細君の心遣を嬉しく思うよりもむしろ珍らし 「なぜだかそう思われて仕方がないんですもの」 く眺めた。彼の理解している細君はこんな気の利いた あらた のぼ っ さっ はさ たちい しかた 103
じよぎ / 、に剪ってしまった。顋の短い目の大きなそ夢らしく見えた。彼は産婆の方を向いた。 の子は、海坊主の化物のようなふうをして、そこいら「蒲団は換えてやったのかい」 「えゝ、蒲団も敷布も換えてあげました」 をうろ / ( 、していた。 かたづ 三番目の子だけが器量好く育とうとは親の欲目にも「よくこう早く片付けられるもんだね」 産婆は笑うだけであった。若い時から独身で通して 思えなかった。 「あいうものが続々生れてきて、ル薤どうするんだきたこの女の声や態度はどことなく男らしか 0 た。 あなた 「貴夫がむやみに脱脂綿を使っておしまいになったも ろう」 のだから、足りなくってたいへん困りましたよ」 彼は親らしくもない感想を起した。そのなかには、 こども 「そうだろう。ずいぶん驚いたからね」 こういう自分や自分の細君など 子供ばかりではない、 おぼろげまじ こう答えながら健三はたいして気の毒な思いもしな も、必竟どうするんだろうという意味も朧気に交って あお かった。それよりも多量に血を失って蒼い顔をしてい けねんたね 彼は外へ出るまえにちょっと寝室へ顔を出した。細る細君のほうが懸念の種になった。 あら 君は洗い立てのシーツの上に穏かに寐ていた。子供も「どうだ」 うな やぐふ 細君はかすかに目を開けて、枕の上で軽く肯ずいた。 小さい付属物のように、厚い綿の k った新調の夜具蒲 そば とんくる 団に包まれたま、傍に置いてあった。その子供は赤健三はそのま、外へ出た。 まくらもと ゅうべくらやみ 例刻に帰った時、彼は洋服のまゝでまた細君の枕元 い顔をしていた。昨夜暗闇で彼の手に触れた寒天のよ に坐った。 うな肉塊とはまったく感じの違うものであった。 いっさいも綺麗に始末されていた。そこいらには汚「どうだ」 あとかた しかし細君はもう肯ずかなかった。 れ物の影さえ見えなかった。夜来の記憶は跡方もない もの おだや あご まくら 158
草 ちじくも 花果を携いで食って、その皮を隣の庭へ投げたため、 でもやつばり年が年だからね。とても昔のように ー ) しり 尻を持ち込まれたりした。主人が箱入りのコンパスがせいに働くことはできないのさ。昔健ちゃんの遊び を買ってやると言って彼を騙したなりいつまで経ってに来てくれた時分にや、ずいぶん尻っ端折りで、それ も買ってくれなかったのを非常に恨めしく思ったこと こそお釜のお尻まで洗ったもんだが、今じゃとてもそ あやま もあった。姉と喧華をして、もう向うから謝罪ってきんな元気はありやしない。だけどお蔭様でこう遣って ても堪忍してやらないと覚悟を極めたが、い くら待っ毎日牛乳も飲んでるし : : : 」 あや さしよう こづかい ていても、姉が託まらないので、仕方なしにこっちか 健三は些少ながら月々いくらかの、 、遣を姉に遣るこ てもちふさた らのこノ ( 、出掛けていったくせに、手持無沙汰なので、とを忘れなかったのである。 かどぐち 向うでおはいりというまで、黙って門口に立っていた 「少し痩せたようですね」 こつけい あたしもちまえ 滑稽もあった。・ 「なにこりや私の持前たから仕方がない。昔から肥っ 古い額を眺めた健三は、子供の時の自分に明らかな たことのない女なんだから。やッばり癇が強いもんた たんしようとう 記憶の探照燈を向けた。そうしてそれほど世話になっ からね。癇で肥ることができないんだよ」 た姉夫婦に、今はたいした好意を有っことができにく 姉は肉のない細い腕をって健三の前に出して見せ くなった自分を不快に感じた。 た。大きな落ち込んた彼女の目の下を薄黒い半円形の こる ものう かさ 「近ごろは身体の具合はどうです。あんまり非道く起暈が、怠そうな皮で物憂けに染めていた。健三は黙っ て ひらみつ ることもありませんか」 てそのばさ / \ した手の平を見詰めた。 りつば 彼は自分の前に坐った姉の顏を見ながらこう訊ねた。 「で健ちゃんは立派になってほんとうに結構だ。お ありがと かげ まえ 「え、有難う。お蔭さまで陽気が好いもんたから、ま前さんが外国へ行く時なんか、う二度と生きて会う あどうかこうか家のことだけは遣ってるんだけれども、 ことはむずかしかろうと思ってたのに、それでもよく うち ( 3 ) 一ひど た や ばしょ ふと
草 さかなけだの 「解らないね、どうも。 いったい魚と獣ほど違うんなかった。 まえ だから」 「お前はそう思わないかね」 あなた さ、なけだもの 「なにが」 「そりゃあの人と貴夫となら陬と獣ぐらい違うでし おれ う」 「あゝいう人と己などとはさ」 細君は突然自分の家族と夫との関係を思い出した。 「むろんほかの人と己と比較していやしない」 みそ 両者のあいだには自然の造った溝があって、お互を離話はまた島田のほうへ戻ってきた。細君は笑いなが かたい き 隔していた。片意地な夫は決してそれを飛び超えてくら訊いた。 こしら れなかった。溝を拵えたもののほうで、それを埋める「李鴻章の掛物をどうとか言ってたのね」 のが当然じゃないかといったふうの気分でいつまでも「己に遣ろうかっていうんだ」 よ あと 押し通していた。里ではまた反対に、夫が自分のかっ 「お止しなさいよ。そんな物を貰ってまた後からどん てでこの溝を掘りはじめたのだから、彼のほうでそこ な無心を持ち懸けられるかもしれないわ。遣るってい を平にしたら好かろうという考えを有っていた。細君 うのは、おおかたロの先だけなんでしよう。ほんとう の同情はむろん自分の家族のほうにあった。彼女はわは買ってくれっていう気なんですよ、きっと」 へんくっ が夫を世の中と調和することのでぎない偏屈な学者だ 夫婦には李鴻章の掛物よりもまだほかに買いたいも と解釈していた。同時に夫が里と調和しなくなった原のがたくさんあった。だん / \ 大ぎくなってくる女の 因のうちに、自分が主な要素としてはいっていること子に、相当の着物を着せて表へ出すことのできないの ちがい も認めていた。 も、細君からいえば、夫の気の付かない心配に違なか こしら あまがっ きりあげ った。二円五十銭の月賦で、このあいだ拵えた雨合羽 細君は黙って話を切上ようとした。しかし島田のほ のどか うにばかり気を取られていた健三にはその意味が通じの代を、月々洋服屋に払っている夫も、あまり長閑な わか よ よ かけもの おれ っ
それとともに彼の胸には一の利害心が働いた。い こうかっ っ起るかもしれないお縫さんの死は、狡猾な島田にま ちがい あきら た彼を強請る口実を与えるに違なかった。明かにそれ 不治の病気に悩まされているというお縫さんについ を予想した彼は、できるかぎりそれを避けたいと思っ たより やわら あわ ての報知が健三の心を和けた。何年振にも顔を合せた た。しかし彼はこの場合どうして避けるかの策略を隨 ことのない彼とその人とは、たび / 、会わなければなずる男ではなかった。 しかた らなかった昔でさえ、ほとんど親しく口を利いた例が 「衝突して破裂するまで行くよりほかに仕方がない」 なかった。席に着くときも座を立っときも、たいてい 彼はこう観念した。彼は手を拱ぬいで島田の来るの は黙礼を取り換わせるだけで済ましていた。もし交際を待ち受けた。その島田の来るまえに突然彼の敵のお あいだがら たす おもが という文字をこんな間柄にも使い得るならば、二人の常が訪ねてきようとは、彼も思い掛けなかった。 交際はきわめて淡くそうして軽いものであった。強烈 細君はいつものとおり書斎に坐っている彼の前に出 ばあ な好い印象のない代りに、少しも不快の記憶に濁されて、「あの波多野ってお婆さんがとう / 、遣 0 てきま おもかげ ていないその人の面影は、島田やお常のそれよりも、 したよ」と言った。彼は驚くよりもむしろ迷惑そうな おくびよう 今の彼にとってはるかに尊かった。人類に対する慈愛顔をした。細君にはその態度がぐす / \ している臆病 かた の心を、硬くなりかけた彼から唆り得る点において。 もののように見えた。 てくぜん ひと また漠然として散漫な人類を、比較的はっきりした一 「お会いになりますか」 人の代表者に縮めてくれる点において。ーー、彼は死の それは、会うなら会う、断るなら断る、早くどっち うとしているその人の姿を、同情の目を開いて遠くに かに極めたら好かろうという言葉の遣い方であった。 眺めた。 「会うから上げろ」 細君はなんとも言わなかった。 たっと ぶり ふたり ためし こま た かたき 120
です」 見下した。しかし彼はその輝きのうちになんらの凄さ ぶきみ 「じや言うが、お前の収入は月に八百円あるそうじゃも怖ろしさもまた不気味さも認めなかった。彼自身の ないか」 眸から出る怒りと不快とは優にそれらの襲撃を跳ね返 ししカカ 健三はこのむちゃくちゃな言掛りに怒らされるよりすに十分であった。 けしきうかゞ はむしろ驚かされた。 細君は遠くから暗に健三の気色を窺った。 「八百円だろうが千円だろうが、私の収入は私の収入「いったいどうしたんです」 あなた です。貴方の関係したことじゃありません」 「かってにするが好いや」 こた 島田はそこまで来て黙った。健三の答えが自分の予「またお金でも呉れろって来たんですか」 はす だれや 期に外れたというようなふうも見えた。すう / \ しい 「誰が遣るもんか」 割に頭の発達していない彼は、それ以上相手をどうす 細君は微笑しながら、そっと夫を眺めるような態度 ることもできなかった。 を見せた。 ばあ 「じゃいくら困っても助けてくれないというんです「あのおさんのほうが細く長く続くからまだ安全 ね」 ね」 「島田のほうだって、これで片付くもんかね」 「えゝ、もう一文も上ません」 はきだ ぎた あが くっぬぎお 島田は立ち上った。沓脱へ下りて、開けた格子を締健三は吐出すようにこう言って、来るべき次の冪さ え頭の中に予想した。 める時に、彼はまた振り返った。 「もう参上りませんから」 最後であるらしい言葉を一句遺した彼の目は暗いう あきら ちに輝いた。健三は敷居の上に立って明かにその目を あげ 及おろ おそ ひとみ 同時に今まで眠っていた記憶も呼び覚まされずには 卆一 かたづ なが 176
作自身が津田君のロよりはるかに巧みにその辺の消息 を物語っているからであります。 津田君の画には技巧がないとともに、人の意を迎え たり、世に媚びたりする態度がどこにも見えません。 一直線に自分の芸術的良心に命令されたとおり動いて 私は津田青橿君の日本画をみていつでも、じゞむさゆくだけです。だから併から見ると、自暴に急いでい しゃないかと言います。そこにはむろん非難の意味るようにも見えます。またどうなったって構うものか な ・、籠っているのですから、津田君のほうでもなか / ( 、 という投げ遣りの心持も出てくるのです。悪くいえば 承知しません。僕はじゞなさい立場でもって画を描く知恵の足りない芸術の忠僕のようなものです。命令が んだなんて妙なことを主張します。およそ画の資格と下るか下らないうちに、もう手を出して相手を遣っ付 しようしゃ けてしまっているのです。したがってまともでありま いえば、厳粛でも、崇高でも、浦洒でも、軽快でも、 みんな資格になるには相違ありませんが、じゞむさいす。しかし訓練が足りません、洗練はむろんありませ のはどう考えたって芸術的のものじゃありません。私ん。ぐじゃ / ( 、と一気に片付けるだけです。さいわい 、、、、、 ( 3 ) ほうとうこうめん なことにはこのじゞむさい蓬頭垢面といったふうの は苦笑して議論を巳めてしまわなければなりません。 しかし退いて考えると、津田君の主張は表面上むちゃ ところに、彼の偽わらざる天真の発現が伴っているの きよほうへん ののようですが、その内部に立ち入ってみるとなか / \ です。利害の念だの野心だの毀誉褒貶の苦痛だのとい ( 4 ) じんろうぞくるい 楓意味があります。津田君は自分の心持をよく表現できう、 いっさいの塵労俗累が混入していないのです。そ 田ないので、こんな不合理なことをいうのだろうとも思うしてその好所を津田君は自覚しているのです。だか ( 5 ) てん います。というのは津田君の描いたものを見ると、製ら他がじゞむさいといって政撃しても恬として顧みな 津田青楓君の画 ひと こ かたづ や っ
草 死んでいるか生きているかさえ弁別のつかない彼に 目が女、今度生れたのもまた女、都合三人の娘の父に けねんわ もこういう懸念が湧いた。彼はたちまち出産の用意がなった彼は、そう同じものばかり生んでどうする気た とだなうち 戸棚の中に入れてあるといった細君の言葉を思い出しろうと、心のうちで暗に細君を非難した。しかしそれ うしろ からかみあ た。そうしてすぐ自分の後部にある唐紙を開けた。彼を生ませた自分の責任には思い到らなかった。 ひきす はそこから多量の綿を引き摺り出した。脱脂綿という 田舎で生れた長女は肌理の濃やかな美しい子であっ うーぐるま 名さえ知らなかった彼は、それをむやみに千切って、 た。健三はよくその子を乳母車に乗せて町の中を後か 柔かい塊の上に載せた。 ら押して歩いた。時によると、天使のように安らかな なが 眠りに落ちた顔を眺めながら宅へ帰ってきた。しかし あて 当にならないのは想像の未来であった。健三が外国か まちまっ そのうち待に待た産婆が来たので、健三はようやくら帰った時、人に伴れられて彼を新橋に迎えたこの娘 へやひきとっ とう 安心して自分の室へ引取た。 は、久しぶりに父の顔を見て、もっと好いお父さまか ようぼう 夜は間もなく明けた。赤子の泣く声が家の中の寒い と思ったと傍のものに語ったごとく、彼女自身の容貌 ふる 空気を顫わせた。 もしばらく見ないうちに悪いほうに変化していた。彼 たけつま 「御安産でお目出とうございます」 女の顔はだん / 、丈が詰ってきた。輪郭に角が立った。 「男かね女かね」 健三はこの娘の容貌のうちにいっか成長しつある自 そう、こう あきら 「女のお子さんで」 分の相好の悪いところを明かに認めなければならなか っこ 0 産婆は少し気の毒そうに中途で句を切った。 できもの 「また女か」 次女は年が年中腫物だらけの頭をしていた。風通し 健三にも多少失望の色が見えた。一番目が女、二番が悪いからだろうというのが本で、とう / 、髪の毛を やわら みわけ こま かど
後いっさい無心がましいことは言ってこないと保証すだから」 るなら、昔の情義上少しの工面はしてあけても構いま「そんなことをいやあ、私たって困っています」 せん」 「そうですか」 わたくし 「え、それがつまり私の来た主意なんですから、でき彼の語気はむしろ皮肉であった。 あなた るならどうかそう願いたいもんで」 「元来一文も出さないと言ったって、貴方のほうじゃ 健三はそんならなぜ早くそう言わないのかと思った。 どうすることもできないんでしよう。 百円で悪けりや 同時に相手も、なぜもっと早くそう言ってくれないのお止しなさい」 かけひきや かという顔付をした。 相手はようやく懸引を已めた。 「じやどのくらい出してくださいます」 「じゃともかくも本人によくそう話してみます。その あ・か 健三は黙って考えた。しかしどのくらいが相当のと うえでまた上ることにしますから、どうぞなにぶん」 あと ころだかはっきりした目安の出てきようはずはなかっ その人が帰った後で健三は細君に向った。 すくな た。そのうえなるべく少いほうが彼の便宜であった。 「とう / \ 来た」 「まあ百円ぐらいなものですね」 「どうしたっていうんです , 「百円」 「また金を取られるんだ。人さえ来れば金を取られる その人はこう繰り返した。 に極ってるから厭た」 「どうでしよう、 せめて三百円ぐらいにしてやるわけ「馬らしい」 ことば にはゆきますまいか」 細君は別に同情のある言葉を口へ出さなかった。 「出すべき理由さえあれば何百円でも出します」 「だって仕方がないよ」 「御もっともだが、島田さんもあ、して困ってるもん 健三の返事も簡単であった。彼はそこへ落付くまで かおっき わたし おちっ 7