明 のくらいのお金なんですもの、拵えようと思えば、ど 「こうしておけばそれで可いでしよう」 こからでも出てくるわー 津田に話し掛けたお秀は暗にお延の返事を待ち受け まくらもと 津田はようやく手に持った小切手を枕元へ投げ出しるらしかった。お延はすぐ応じた。 た。彼は金を欲しがる男であった。しかし金を珍重す「秀子さんそれじゃ済みませんから、どうぞそんな心 る男ではなかった。使うために金の必要を他人よりよ配はしないでおいてください。 こっちでできないうち けい痛切に感する彼は、その金を軽蔑する点において、は、ともかくもですけれども、もう間に合ったんです も お延の言葉を心から肯定するような性質を有っていた。 から」 それで彼は黙っていた。しかしそれだからまたお延に 「だけどそれじゃあたしのほうがまた心持が悪いのよ。 一口の礼も言わなかった。 こうしてせつかく包んでまで持ってきたんですから、 うけと 彼女は物足らなかった。たとい自分になんとも言わどうかそんなことを言わすに受取っておいてください りゅういん ないまでも、お秀には溜飲の下るようなことを一口でよ」 しいから言ってくれれば可いのにと、腹の中で思った。 二人は譲り合った。同じような間答を繰り返しはし ふたり しんう さっきから二人の様子を見ていたそのお秀はこの時めた。津田はまた辛防強くいつまでもそれを聴いてい 急に「兄さん」と呼んだ。そうして懐から綺な女持た。しまいに二人はとう / \ 兄に向わなければならな かみいれ くなった。 の紙入を出した。 「兄さん、あたし持ってぎたものをこゝへ置いていき「兄さん取っといてください」 ます」 「貴方頂いてもよくってー 彼女は紙入の中から白紙で包んだものを抜いて小切津田はにや / 、と笑った。 手の傍へ置いた。 「お秀妙たね。さっきはあんなに強便だったのに、今 け あなたいたゞ 233
おれ 「どうして己のこにいることが知れたんだい」 と決して好い気持はしなかった。そうして自分こそ絶 「電話で知らせてくだすったんです」 えずお秀に対してそういう素振を見せているのにと反 「お延がかい」 省する暇もなんにもなくなってしまった。 「え、」 津田は後を訊かずに思うとおりを言った。 きよう いそ 「知らせないでも可いって言ったのに」 「なに今日だって、忙がしいところをわざ / く、来てく 今度はお秀のほうが取り合わなかった。 れるには及ばないんだ。大した病気じゃないんだか きのう 「すぐ来ようと思ったんですけれども、あいにく昨日ら」 ひま は少し差支があってーーこ 「だって嫂さんが、もし閑があったら行ってあけてく あと お秀はそれぎり後を言わなかった。結婚後の彼女にださいって、わざ / 電話で仰しやったから , は、こういうふうにものを半分ぎりしか言わない癖が 「そうかい」 いつのまにか出てきた。場合によると、それが津田に 「それにあたし少し兄さんに話したい用があるんです うけと は変に受取れた。「嫁に行った以上、兄さんだってもの」 う他人ですからね」という意味に解釈されることが時津田はようやく頭をお秀の方へ向けた。 あいだら 時あった。自分達夫婦の間柄を考えてみても、そこに 無理はないのだと思い返せないほど理屈の徹らない頭 を有った津田ではむろんなかった。それどころか、彼手術後局部に起る変な感じが彼を襲ってきた。それ きすぐち はこの妹のような態度で、お延が外へ対して振舞ってはガーゼを詰め込んだ創ロの周囲にある飭肉が一時に くれれば好いがと、暗に希望していたくらいであった。収縮するために起る特殊な心持にすぎなかったけれど そぶり けれども自分がお秀にそうした素振を見せられてみるも、 いったん始まったが最後、あたかも呼吸か脈搏の さしつかえ たら とお ふるま 卆三 おっ みやくはく 196
ひきあい 下女は答える代りに、突然清子を引合に出した。 「少し身体がお悪いんです」 ひとり ひといら 「もう一人奥にいらっしやる奥さんのほうがお人柄で 「旦那さんは」 「入らっしやる時は旦那さまも御いっしょでしたが、 まどり へや 間取の関係からいって、清子の室は津田の後、二人すぐお帰りになりました」 ぼり づれの座敷は津田の前に当った。両方の中間に自分を「置いてき堀か、そりや非道いな。それつきり来ない うなす 見出した彼はようやく首肯いた。 のかい」 まんなかへん 「するとちょうど真中辺だね、こゝは」 「なんでも近いうちにまた入らっしやるとかいうこと 真中でも室が少し折れ込んでいるので、両方の通路でしたが、どうなりましたか」 たいくっ にはなっていなかった。 「退屈だろうね、奥さんは」 ともだら 「その奥さんとあの二人のお客とは友達なのかい」 「ちと話しに行って、おあげになったらいかゞです」 あと 「えゝ御懇意です」 「話しに行っても可いかね、後で聴いといてくれたま 「元から ? 」 「さあどうですか、そこはよく存じませんが、 お「へえ」と答えた下女はにや / \ 笑うだけで本気にし しりあい なかった。津田はまた訊いた。 おかたこゝへ入らしってからお知合におなんなすった んでしよう。始終行ったり来たりしていらっしゃいま「なにをして暮しているのかね、その奥さんは」 びま きのう す、両方ともお閑なもんですから。昨日も公園へいっ 「まあお湯に入ったり、散歩をしたり、義太夫を聴か されたり、 しょにお出掛でした」 時々は花なんかお活けになります、そ てならい 津田は間題を取り逃がさないようにした。 れから夜よく手習をしていらっしゃいます」 「その奥さんはなぜ一人でいるんだね」 「そうかい。本は ? 」 でかけ うしろ よる
はしごだん いっせつな てきたことも慥であった。彼は階子段の途中で薬局生彼女は一刹那に閃めかすその鋭どい武器のカで、いっ めんどうくさ こた の面倒臭そうに取り次ぐ「津田さん電話ですよ , とい でも即座に彼を征服した。今まで持ち応えに持ち応え幻 う声を聞いた。彼はお秀との対話をちょっと已めて、抜いた心機をひらりと転換させられる彼から言えば、 「どこからです」と訊き返した。薬局生は下りながら、みす / 、彼女の術中に落ち込むようなものであった。 「おおかたお宅からでしよう」と言った。冷淡なこの彼はお秀の注意にもか、わらず、電話をそのまに あいさっ 挨拶が、つい込み入った話に身を入れすぎた津田の心しておいた。 おうちゃく しまい きのうきよう を横着にした。芝居へ行ったぎり、昨日も今日も姿を「なにどうせ用じゃないんだ。構わないよ。放ってお 見せないお延の仕うちを暗に快よく思っていなかったけ」 あいさっ 彼をなお不愉快にした。 この挨拶がまたお秀にはまるで意外であった。第一 「電話で釣るんだ」 はズボラを忌む兄の性質に釣り合わなかった。第二に 彼はすぐこう思った。昨日の朝も掛け、今日の朝もはなんでもお延の言いなり次第になっている兄の態度 あした ふだん 掛け、ことによると明日の朝も電話たけ掛けておいて、でなかった。彼女は兄が自分の手前を置かって、不断 あと あによめ さんん ( \ 人の心を自分の方に惹き着けた後で、ひょっ の甘いところを押し隠すために、わざと嫂に対して無 とんじゃくよそお くりほんとうの顔を出すのが手だろうと鑑定した。お頓着を粧うのだと解釈した。心のうちで多少それを小 そぶり 延の彼に対する平生の素振から推してみると、この類気味よく感じた彼女も、下から電話の催促をする薬局 測にまんざらな無理はなかった。彼は不用意の際に、 生の大きな声を聞いた時には、それでも兄の代りに立 おど あが 尖然としてしかもしとやかに自分を驚ろかしにはいっち上らないわけにいかなかった。彼女はわざ / \ 下ま えがお てくるお延の笑顔さえ想像した。その笑顔がまた変にで降りていった。しかしそれはなんの役にも立たなか 彼の心に影響してくることも彼にはよく解っていた。 った。薬局生が好い加減にあしらって、荒らし抜いた っ たしか ひ こ、ろ わか お や ひら かげん する
ひげな かなかった。しかしそれでも小林には満足らしかった。の下の髭を撫でた。 ひっこ さっきから気を付けるともなしにこの様子に気を付 出した杯を引込めながら、自分のロへ持っていった時、 たち 彼はまた津田に言った。 けていた二人は、自分達の視線が彼の視線に行き合っ まむき みあわ 「そらあのとおりだ。上流社会のように高慢ちきな人た時、びたりと真向になって互に顔を見合せた。小林 はこ、ろもち前へ乗り出した。 間は一人もいやしない」 「なんだか知ってるか」 くす 三十五 津田は元のとおりの姿勢を崩さなかった。ほとんど はんてんかくがり イイハネスを着た小作りな男が、半纏の角刈と入れ返事に価しないというロ調で答えた。 「なんだか知るもんか」 にはい 0 て来て、二人から少し隔 0 た所に席を取 0 ひさし かぶ 小林はなお声を低くした。 た。廂を深く卸ろした鳥打を被ったまミ彼は一応ぐ あいったんてい あたり あとふところ るりと四方を見回した後で、懷へ手を入れた。そうし「彼奴は探偵たぜ」 てそこから取り出した薄い小型の帳面を開けて、読む津田は答えなかった。相手より酒量の強い彼は、か えって相手ほど平生を失わなかった。黙って自分の前 のだか考えるのだか、じっと見詰めていた。彼はいっ ちよく ( 2 ) にある猪口を干した。小林はすぐそれへなみ / 、と注 . まで経っても、古ぼけたトンビを脱ごうとしなかった。 帽子も頭へ載せたま、であった。しかし帳面はそんな に長くひろげていなかった。大事そうにそれを懐へ仕「あの目付を見ろ」 薄笑いをした津田はようやく口を開いた。 舞うと、今度は飲みながら、じろり / 、と他の客を、 わるくち ( 3 ) あいま / 、 見ないようにして見はじめた。その相間々々には、ち 「君見たいにむやみに上流社会の悪口をいうと、さっ まおか ( 4 ) がいとう んちくりんな外套の羽根の下から手を出して、薄い鼻そく社会主義者と間違えられるぞ。少し用心しろ」 お ふたり し 、◆ - 」 0 めつき ふたり
明 よそ みてください」 う余所へ嫁に行ってしまったんだから」 ごひろう あなた しかし夫人はすぐその悪戯の性質を説明しなかった。「清子さんの結婚の御披露の時に貴方はお出になった 津田の保証を楓んだ後で、また話題を変えた。ところんでしたかね」 がそれは、あらゆる意味で悪戯とはまったく懸け離れ「行きません。行こうたってちょっと行きにくいです すくな たものであった。少くとも津田には重大な関係を有つからね」 しようだいじよう ていた。 「招待状は来たの」 ことば ふたり 夫人は下のような言葉で、まずそれを二人のあいだ「招待状は来ました」 ごひろう に紹介した。 「貴方の結婚の御披露の時に、清子さんはら 0 しゃ ぎよこ らなかったようね」 「貴方はその後清子さんにお会いになって」 「いゝえ」 「え、来やしません」 とうとっ 津田の少しびつくりしたのは、たゞ間題の唐突なば 「招待状は出したの」 す かりではなかった。不意に自分を振り棄てた女の名が、 「招待状だけは出しました」 逃がした責任を半分背負っている夫人の口から急に洩「じゃそれつきりなのね、両方とも」 「むろんそれつきりです。もしそれつきりでなかった れたからである。夫人は語を継いだ。 「じや今どうしていらっしやるか、御存知ないでしよら間題ですもの」 う」 「そうね。しかし間題にも寄り切りでしよう」 「まるで知りません」 津田には夫人の言う意味がよく解らなかった。夫人 「まるで知らなくって可いの」 はそれを説明するまえにまたほかの道へ移った。 しかた 「可くないったって仕方がないじゃありませんか。も「いったい延子さんは清子さんのことを知ってるの」 に よ つか しょ も も 303
明 あきら く知らずにいる。恐ろしいことだ」 られた無残な自分の姿が明かに見えた。鎖を切って逃 うなごえ こ、まで働らいてきた彼の頭はそこで留まることが げることができない時に犬の出すような自分の唸り声 いきおい きこ がはっきり聴えた。それから冷たい刃物の光と、それできなかった。どっと後から突き落すような勢で、彼 や うち が互に触れ合う音と、最後に突然両方の肺臓から一度を前の方に押し遣った。突然彼は心の中で叫んだ。 しぼ に空気を搾り出すような恐ろしいカの圧迫と、圧され「精神界も同じことだ。精神界もまったく同じことだ。 わか いつどう変るか分らない。そうしてその変るところを た空気が圧されながらに収縮することができないため はげ に起るとしか思われない劇しい苦痛とが彼の記憶を襲己は見たのだ」 くちびるかた きすっ っこ 0 彼は思わず唇を固く結んで、あたかも自尊心を傷け 彼は不愉快になった。急に気を換えて自分の周囲をられた人のような目を彼の周囲に向けた。けれども彼 なが 眺めた。周囲のものは彼の存在にすら気が付かずにみの心のうちに何事が起りつ、あるかをまるで知らない 車中の乗客は、彼の目遣に対して少しの注意も払わな んな澄ましていた。彼はまた考えっゞけた。 カュ / 「どうしてあんな苦しい目に会ったんだろう」 ( 1 ) あらかわづつみ 荒川堤へ花見に行った帰り途からなんらの予告なし彼の頭は彼の乗っている電車のように、自分自身の に突発した当時の疼痛について、彼はま 0 たくの盲目の上を走 0 て前へ進むだけであ 0 た。彼は二三日 ら ( 2 ) 漢であった。その原因はあらゆる想像のほかにあった。まえある友達から聞いたボアンカレーの話を思い出し 不思議というよりもむしろ恐ろしかった。 た。彼のために「偶然」の意味を説明してくれたその なんどき むか 「この肉体はいっ何時どんな変に会わないとも限らな友達は彼に向ってこう言った。 いわゆ 。それどころか、今現にどんな変がこの肉体のうち「だから君、普通世間で偶然だ偶然だという、 できごと ( 3 ) に起りつゝあるかもしれない。そうして自分はまったる偶然の出来事というのは、ボアンカレーの説による みじめ かえみち っ おれ っこ 0 ともだち めづかい
明 冫しカんか。考えないだってそのくらいなことは解ってます 「若い男は駄目だよ。時と二人ぎり置くわけこや、 わ。それより行って悪いなら悪いとはっきり言ってち ないからね」 ようだいよ」 お延は笑いだした。 いわけ つま まちがい わす せつば詰った津田はこの時不思議にまた好い云訳を 「まさか。 間違なんか起りつこないわ、僅かのあ 思い付いた。 いだですもの」 「そうよ、 「そりやいざとなれば留守番なんかどうでも構わない をし力ないよ」 。しかないよ。決してそうよ、 津田は断乎たる態度を示すとともに、考えるふうもさ。しかし時一人を置いてゆくにしたところで、まだ 困ることがあるんだ。おれは吉川の奥さんから旅費を して見せた。 ひと ばあ 「誰か適当な人はないもんかね。手ごろなお婆さんか貰うんだからね。他の金を貰って夫婦連れで遊んで歩 くように思われても、あんまり可くないじゃないか」 なにかあるとちょうど持って来いだがな」 「そんなら吉川の奥さんから頂かないでも構わないわ。 藤井にも岡本にもその他の方面にも、そんな都合の あの小切手があるから」 好い手の空いた人は一人もなかった。 「まあよく考えてみるさ」 「そうすると今月分の払のほうが差支えるよ」 あてはず この辺で話を切り上げようとした津田は的が外れた。「それは秀子さんの置いていったのがあるのよ」 そで お延はんだ袖をなか / 、放さなかった。 津田はまた行き詰った。そうしてまた危い血路を開 「考えてない時には、どうするの。もしお婆さんがい 「少し小林に貸してやらなくっちゃならないんだぜ」 なければ、あたしはどうしても行っちゃ悪いの」 「悪いとは言やしないよ」 「あんな人に」 「だってお婆さんなんかいるわけがないじゃありませ 「お前はあんな人にというがね、あれでも今度遠い朝 だめ るすばん いたゞ さしつか わか こんだ 337
吉川の細君はこんな調子でよく津田に調戯った。機 仰しゃい」 むこ 「嬉しいところなんかはじめからないんですから、仕嫌の好い時はなおさらであった。津田もおり / 、は向 かた うを調戯い返した。けれども彼の見た細君の態度には、 方がありません」 まじめ 「じゃこれからよ。もしはじめからないなら、これか笑談とも真面目とも片の付かないあるものが閃めくこ とがたび / \ あった。そんな場合に出会うと、根強い らよ、嬉しいところの出て来るのは」 性質にでき上 0 ている彼は、談話の途中でよく 0 「有難う、じゃ楽しみにして待っていましよう」 あなた た。そうしてもし事情が許すならば、どこまでも話の 「時に貴方おいくっ ? 」 根を掘じって、相手の本意を突き留めようとした。遠 「もうたくさんです」 「たくさんじゃないわよ。ちょっと伺いたいから伺っ慮のためにそこまで行けない時は、黙って相手の顔色 だけを注視した。その時の彼の目には必然の結果とし たんだから、正直にさつばりと仰ゃいよ」 おくびよう あげ ていつでも軽い疑いの雲がか、った。それが臆病にも 「じゃ申し上ます。実は三十です」 見えた。注意深くも見えた。または自衛的に慢ぶる神 「すると来年はもう一ね」 経の光を放っかのごとくにも見えた。最後に、「思慮 「順に行けばまあそうなる勘定です」 に充ちた不安」とでも形容してしかるべき一種の匂も 「お延さんは ? 」 帯びていた。吉川の細君は津田に会うたんびに、一度 「あいつは三です」 か二度きっと彼をそこまで追い込んだ。津田はまたそ 「来年 ? 」 ことし れと自覚しながらいつのまにかそこへ引き摺り込まれ 「いえ今年」 こ 0 「奥さんはずいぶん地が悪いですね」 おっ げん じようだん からか ひら におい
はたゞ可笑しさを噛み殺そうとして、お延の前で悶え地位を得て朝鮮に行くことを話した。彼のいうところ ことば 苦しんだ。わずか「小林」という言葉を口へ出すのでによれば、その地位は未来に希望のある重要のもので たんてい さえよほど手間取った。 あった。彼はまた探偵に跟けられた話をした。それは できごと この不時の訪間者をどう取り扱って可いか、お延は津田といっしょに藤井から帰る晩の出来事たと言って、 おもしろ 解らなかった。厚い帯を締めかけているので、自分が驚ろいたお延の顔を面白そうに眺めた。彼は探偵に跟 かけとり すぐ玄関へ出るわけに行かなかった。といって、掛取けられるのが自慢らしかった。おおかた社会主義者と でも待たせておくように、 いつまでも彼をそこに立たして目指されているのだろうという説明までして聴か ぶさう すがたみ せるのも不作法であった。姿見の前に立ち竦んだ彼女せた。 まゆ しかた でがけ ショック は当惑の眉を寄せた。仕方がないので、今出掛たから、彼の談話冫。 こよ気の弱い女に価撃を与えるような部分 あと ゆっくり会ってはいられないがとわざ / 、断らした後があった。津田からなんにも聞いていないお延は、こ で、彼を座敷へ上げた。しかし会ってみると、まんざわごわながらついそこに釣り込まれてたいせつな時間 ら知らない顔でもないので、用だけ聴いてすぐ帰ってを度外に置いた。しかし彼の言うことをすなおには、 しんしやく はて もらうこともできなかった。そのうえ小林は斟酌だのはい聴いているとどこまでいっても果しがなかった。 ひけ むこ 遠慮たのを知らない点にかけて、たいていの人に引をしまいにはこっちから催促して、早く向うに用事を切 みち 取らないように、天から生み付けられた男であった。 り出させるように仕向けるよりほかに途がなくなった。 せま ようむき お延の時間が逼っているのを承知のくせに、彼は相手彼は少し極りの悪そうな様子をしてようやく用向を述 ゅうべ いとよノ さえ悪い顔をしなければ、、 しつまで坐り込んでいてもべた。それは昨夕お延とお時をさんざ笑わせた外套の さしつかえ ひと がてん 差支ないものと独りで合点しているらしかった。 件にほかならなかった。 彼は津田の病気をよく知っていた。彼は自分が今度「津田君から貰うっていう約東をしたもんですから」 わか おど しむ っ