お父さん - みる会図書館


検索対象: 夏目漱石全集 13
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1. 夏目漱石全集 13

「お母さんは知らないからお父さんに伺ってごらん」 「そりや僕だって伺わないでも承知しています」 「ところがさ、その叔母さんがだね。どういう訳でそ「じゃお父さん、なにさ、意があるってのは」 叔父はにや / 、しながら、禿げた頭の真中を大事そ んな大決心をしたかというとだね」 うに撫で回した。気のせいかその禿が普通の時よりは そろ / \ の回 0 た叔父は、火熱 0 た顔〈水分を供 給する義務を感じた人のように、また洋盃を取り上け少し赤いように、津田の目に映った。 つまりそのね。 「真事、意があるってえのはね。 て麦酒をぐいと飲んた。 まあ、好きなのさ」 「実をいうとその訳を今日までまだにも話したこと 「ふん。じゃ好いじゃないか」 ・、ないんだが、どうだひとっ話して聞かせようか」 「だから誰も悪いと言ってやしない」 「え、」 みん 「だって皆な笑うじゃないか」 津田も半分は真面目であった。 この間答の途中へお金さんがちょうど帰って来たの 「実はだね。この叔母さんはこれでこの己に意があっ たんだ。つまり初めから己のところへ来たかったんだで、叔母はすぐ真事の床を敷かして、彼を寐間の方へ ね。だからまだ来ないうちから、もう猛烈に自分の覚追い遣った。興に乗った叔父の話はます / \ 発展する ばかりであった。 悟を極めてしまったんだ。 あなた くらお朝が 「そりや昔だって恋愛事件はあづたよ。い 「財鹿なことを仰ゃい。誰が貴方のような醜男に意な ちがい こわ んそあるもんですか」 怖い顔をしたってあったに違ないが、だね。そこにま わか 津田も小林も吹き出した。ひとりきよとんとした真た今の若いものにはとうてい解らない方面もあるんた から、妙だろう。昔は女のほうで男に惚れたけれども、 事は叔母の方を向いた。 かあ ーーねえ 「お母さん意があるってなに」 男の方では決して女に惚れなかったもんだ。 おっし コップ ぶおとこ とう まんなか ねま あさ

2. 夏目漱石全集 13

ください。兄さんは嫂さんをお貰いになるまえ、今度お秀はこれでもまだ後悔しないのかという顔付をし とう おぼえ うそ こ 0 のような嘘をお父さんに吐いた覚がありますか」 「兄さんの変った証拠はまだあるんです」 この時津田ははじめて弱った。お秀の言うことは明 津田は素知らぬふうをした。お秀は遠慮なくその証 らかな事実であった。しかしその事実は決してお秀の 考えているような意味から起ったのではなかった。津拠というのを挙げた。 「兄さんは小林さんが兄さんの留守へ来て、嫂さんに 田に言わせると、たゞ偶然の事実にすぎなかった。 なにか言やしないかって、さっきから心配しているし 「それでお前はこの事件の責任者はお延たというのか ゃありませんか , い」 うる 「熕さいな。心配しゃないってさっき説明したじゃな お秀はそうだと答えたいところをわざと外した。 し、刀ー 「い、え、嫂さんのことなんか、あたしちっとも言っ てやしません。たゞ兄さんが変った証拠にそれたけの 「でも気になることは慥なんでしよう」 「どうでもかってに解釈するが可い」 事実を主張するんです」 おもてむぎ 「え。 どっちでも、とにかく、それが兄さんの 津田は表向どうしても負けなければならない形勢に 陥ってきた。 変った証拠じゃありませんかー まえ 「馬鹿を言うな」 「お前がそんなに変ったと主張したければ、変ったで 可いじゃないか」 「い、え、証拠よ。慥な証拠よ。兄さんはそれだけ嫂 「可かないわ。お父さんやお母さんに済まないわ」 さんを恐れていらっしやるんです」 まくら すぐ「そうかい」と答えた津田は冷淡に「そんなら津田はふと目を転じた。そうして枕に頭を載せたま のそ それでも可いよ」と付け足した。 ま、下からお秀の顔を覗き込むようにして見た。それ っ そら こんだ たしか 幻 6

3. 夏目漱石全集 13

「そりや厭なのよ。このうえ叔父さんにお金のことな 精神的の両面にわたって、窮地から救い出したものは、 しかた 自分が持ってぎた小切手だということを、深く信じてんかで迷惑を掛けるのは。けれども仕方がないわ、あ なた。いざとなればそのくらいの勇気を出さなくっち 疑わなかった彼女には、むしろ重大な意味を有ってい や、妻としてのあたしの役目が済みませんもの」 その時津田は小切手を取り上げて、再びそれを眺め 「叔父さんに訳を話したのかい」 ていた。そこに書いてある額は彼の要求するものより 「えゝ、そりやずいぶん辛かったの」 かえって多かった。しかしそれを問題にするまえ、彼 お延は津田へ来る時の支度を大部分岡本に拵えても らっていた。 はお延に言った。 ありがと かげ 「お延有難う。お蔭で助かったよ」 「そのうえお金なんかには、ちっとも困らない顔を ことば きよう お延の嘘はこの感謝の言葉の後に随いて、すぐ彼女今日までして来たんですもの。だからなお極りが悪い のロを滑って出てしまった。 わ」 きのう 自分の性格から割り出して、こういう場合の極りの 「昨日岡本へ行ったのは、それを叔父さんから貰うた かげん めなのよ」 悪さ加減は、津田にもよく呑み込めた。 「よくできたね」 津田は案外な顔をした。岡本へ金策をしに行ってこ 「言えばできるわ、あなた。ないんじゃないんですも いと夫から頼まれた時、それを断然跳ね付けたものは、 この小切手を持ってきたお延自身であった。一週間との。たゞ言いにくいだけよ」 とう 経たないうちに、どこからそんな好意が急に湧いて出「しかし世の中にはまたお父さんだのお秀だのってい そろ たのだろうと思うと、津田は不思議でならなかった。 、むずかしやも揃ってるからな」 明 きすっ かおっき それをお延はこう説明した。 津田はかえって自尊心を傷けられたような顔付をし こ 0 すべ もら なが こしら 2 イ 3

4. 夏目漱石全集 13

明 「なにを生意気なことを言うんだ。黙っていろ、なん嫂さんに自由にされています。お父さんや、お母さん にも解りもしないくせに」 や、私などよりも嫂さんを大事にしています」 かんしやく 「妹より妻を大事にするのはどこの国へ行ったって当 津田の癇癪ははじめて破裂した。 まえ まえ 「お前に人格という言葉の意味が解るか。高が女学校り前だ」 を卒業したぐらいで、そんな言葉を己の前で人並に使「それだけなら可いんです。しかし兄さんのはそれた うのからして不都合だ」 けじゃないんです。嫂さんを大事にしていながら、ま 「私は言葉に重きを置いていやしません。事実を間題だほかにも大事にしている人があるんです」 にしているのです」 「なんだ」 まえ 「事実とはなんだ。己の頭の中にある事実が、お前の 「それだから兄さんは嫂さんを怖がるのです。しかも ような教養に乏しい女に捕まえられると思うのか。馬その怖がるのはーー」 鹿めー お秀がこう言いかけた時、病室の襖がすうと開いた 9 けいべっ あおじろ ふたり 「そう私を軽蔑なさるなら、御注意までに申します。そうして蒼白い顔をしたお延の姿が突然二人の前に現 しかし可ござんすか」 われた。 「可いも悪いも答える必要はない。人の病気のところ へ来てなんた、その態度は。それでも妹たというつも りか」 彼女が医者の玄関へ掛ったのはその三四分まえであ 「あなたが兄さんらしくないからです」 った。医者の診察時間は午前と午後に分れていて、午 「黙れ」 後のほうは、役所や会社へ勤める人の便宜を計るため、 「黙りません。言うだけのことは言います。兄さんは四時から八時までの規定になっているので、お延は比 おれ おれ こわ ふすま 幻 9

5. 夏目漱石全集 13

、しカカ 「こっちから言えば、お前のほうで出さないから取ら言掛りを捏造されては、あたしが嫂さんに対して面目 なくなるだけじゃありませんか」 ないんだ」 「しかし取るようにして取ってくださらなければ、あ沈黙がまた三人の上に落ちた。津田はわざと口を利 たしのほうだってですもの」 かなかった。お延には利く必要がなかった。お秀は利 「じやどうすれば可いんだ」 く準備をした。 「解ってるしゃありませんか」 「兄さん、あたしはこれでもあなたがたに対して義務 を尽しているつもりです。ーーー」 三人はしばらく黙っていた。 お秀がやっとこれだけ言い掛けた時、津田は急に質 突然津田が言いだした。 あや 間を入れた。 「お延お前お秀に詫まったらどうだ」 あき 「ちょっとお待ち。義務かい、親切かい、お前の言お お延は呆れたように夫を見た。 ことば 「なんで」 うとする言葉の意味は」 おん 「お前さえ詫まったら、持ってきたものを出すという「あたしにはどっちだって同なじことです」 りようけん 「そうかい。そんなら仕方がない。それで」 つもりなんだろう。お秀の料簡では」 「あたしが詫まるのはなんでもないわ。貴方が詫まれ「それでじゃありません。だからです。あたしがあな とう かあ と仰しやるなら、、 しくらでも託まるわ。だけどー、ー」たがたの陰へ回って、お父さんやお母さんを突ッ付い お延はこゝで訴えの目をお秀に向けた。お秀はそのた結果、兄さんや嫂さんに不自由をさせるのだと思わ あとさえぎ れるのが、あたしにはいかにも辛いんです。だからそ 後を遮った。 きよう 「兄さん、あなたなにを仰しやるんです。あたしがい の額だけをどうかしてあげようという好意から、今日 きのう っ嫂さんに詫まってもらいたいと言いました。そんなわざ / 、こゝへ持ってきたというんです。実は昨日嫂 ねえ ねっそ ) っ めんぼく 228

6. 夏目漱石全集 13

明 かっこう からい恰好をした鼻柱に冷笑の皺を寄せた。この余 ざんげ 裕がお秀にはまったく突然であった。もう一息で懺悔 さカ 「解りました」 の深谷へ真ッ逆さまに突き落すつもりでいた彼女は、 する へいたん お秀は鋭どい声でこう言い放った。しかし彼女の改 まだ兄の後に平坦な地面が残っているのではなかろう きりこうしよう かという疑いをはじめて起した。しかし彼女は行けるま 0 た切口上は外面上なんの変化も津田の上に持ち来 けしき さなかった。彼はもう彼女の挑戦に応ずる気色を見せ ところまで行かなければならなかった。 よ、つこ 0 子 / , 刀ュ / 「兄さんはついこのあいだまで小林さんなんかを、ま 「解りましたよ、兄さん」 るで鼻の先であしらっていらっしったじゃありません お秀は津田の肩を揺ぶるような具合に、再びまえり か。なにを言っても取り合わなかったじゃありません こと ! こわ か。それを今日にかぎってなぜそんなに怖がるんです。言葉を繰返した。津田は仕方なしにまたロを開いた。 たか 高が小林なんかを怖がるようになったのは、その相手「なにが」 「なぜ嫂さんに対して兄さんがそんなに気を置いてい が嫂さんだからじゃありませんか。 「そんならそれで可いさ。僕がいくら小林を怖がったらっしやるかという意味がです , って、お父さんやお母さんに対する不義理になるわけ津田の頭に一の好奇心が起 0 た。 「言ってごらん」 でもなかろう」 わたくし 「一 = ロう必要はないんです。たゞ私にその意味が解った 「だからあたしのロを出す幕じゃないと仰しやるの」 ということだけを承知していたゞけばたくさんなんで 「まあその見当だろうね , お秀はかっとした。同時に一筋の稲妻が彼女の頭のす、 「そんならわざ / 、断る必要はないよ。黙って独りで 中を走った。 しわ いなすま おっ わか ねえ ひと 幻 7

7. 夏目漱石全集 13

明 りたかった。お秀はまた金はどうでも可かった。しか 「お秀病院で飯を食っていかないか」 あいきよう 時間がちょうどこんな愛嬌をいうに適していた。こし兄に頭を下げさせたかった。いきおい兄の欲しがる えば こども 金を餌にして、自分の目的を達しなければならなかっ とに今朝母と子供を連れて横浜の親類へ行ったという るす 堀の家族は留守なので、彼はこの愛嬌に特別な意味をた。結果はどうしても兄を焦らすことに帰着した。 「上げましようか」 有たせる便宜もあった。 うち 「ふん」 「どうせ家へ帰ったって用はないんだろう」 とう たやす 「お父さんはどうしたって下さりつこありませんよ」 お秀は津田のいうとおりにした。話は容易く二人の きよう あいだに復活することができた。しかしそれは単に兄「ことによると、呉れないかもしれないね」 「だってお母さんが、あたしのところへちゃんとそう 妹らしい話にすぎなかった。そうして単に兄妹らしい きよう 話はこの場合彼等にとってちっとも腹の足にならなか言 0 てきていらっしやるんですもの。今日その手紙を った。彼等はもっと相手の胸の中へ潛り込もうとして持 0 てきて、お目に懸けようと思 0 てて、つい忘れて しまったんですけれども , 機会を待った。 まえ 「そりや知ってるよ。さっきもうお前から聞いたじゃ 「兄さん、あたしこゝに持っていますよ」 ないか」 「なにをー 「だからよ。あたしが持ってきたっていうのよ」 「兄さんの入用のものを」 「僕を焦らすためにかい、または僕に呉れるためにか 「そうかい」 津田はほとんど取り合わなかった。その冷淡さはま さに彼の自尊心に比例していた。彼は精神的にも形式お秀は打たれた人のように突然黙った。そうしてみ うつ 的にもこの妹に頭を下げたくなかった。しかし金は取るみるうちに、美くしい目の底に涙をいつばい溜めた。 い」 かあ 幻 3

8. 夏目漱石全集 13

明 んけれどもね。なにしろ嫂さんさえこゝにいてくださまえにすぐさきへ行った。 だいじようふ きようだいげんか かわ れば、まあ大丈夫でしよう。、 しつもの兄妹喧曄になっ 「兄さんは自分を可愛がるだけなんです。嫂さんはま たら、その時に止めていたゞけばそれまでですから」 た兄さんに可愛がられるだけなんです。あなたがたの お延は微笑して見せた。しかしお秀は応じなかった。 目にはほかになんにもないんです。妹などはむろんの とう かあ 「私はいっかっから兄さんに言おう /. 、と思っていた こと、お父さんもお母さんももうないんです」 んです。嫂さんのいらっしやる前でですよ。だけど、 こ、まで来たお秀は急に後を継ぎ足した。二人のう きよう ひとり その機会がなかったから、今日まで言わずにいました。ちの一人が自分を遮ぎりはしまいかと恐れでもするよ そろ それを今改めてあなたがたのお揃いになったところで うな様子を見せて。 申してしまうのです。それはほかでもありません。よ「私はた私の目に映ったとおりの事実をいうだけで ござんすか、あなたがたお二人は御自分達のことよりす。それをどうしてもらいたいというのではありませ ありてい ほかになんにも考えていらっしやらないかただという ん。もうその時機は過ぎました。有体にいうと、その ひと ことだけなんです。自分達さえ可ければ、、 しくら他が時機は今日過ぎたのです。実はたった今過ぎました。 困ろうが迷惑しようが、まるで余所を向いて取り合わあなたがたの気の付かないうちに、過ぎました。私は あき すにいられるかただというだけなんです」 何事も因縁ずくと諦らめるよりほかに仕方がありませ この断案を津田はむしろ冷静に受けることができた。ん。しかしその事実から割り出される結果だけはぜひ 彼はそれを自分の特色と認めるうえに、一般人間の特ともあなたがたに聴いていたヾきたいのです」 色とも認めて疑わなかったのだから。しかしお延には お秀はまた津田からお延の方に目を移した。二人は あき またこれほど意外な批評はなかった。彼女はたゞ呆れお秀のいわゆる結果なるものについて、はっきりした新 るばかりであった。幸か不幸かお秀は彼女のロを開く観念がなかった。したがってそれを聴く好奇心があっ ねえ よそ たち しかた

9. 夏目漱石全集 13

しまいに津田とお秀のあいだに下のような間答が起ロや二ロじゃないやね , っこ 0 「けれどもあたしの言うのは、そんな形式的のお託し幻 「はじめから黙っていれば、それまでですけれども、 ゃありません。心からの後悔です , いったん言いだしておぎながら、持ってきたものを渡津田は高がこれしきのことにと考えた。後悔などと さずにこのまゝ帰るのも心持が悪うござんすから、ど は思いも寄らなかった。 わび うか取ってくださいよ。兄さん」 「僕の詫ようが空々しいとでも言うのかね、なんぼ僕 「置いていきたければ置いといでよ」 が金を欲しがるったって、これでも一人前の男だよ。 「だから取るようにして取ってくださいな」 そうべこ / ( \ 頭を下けられるものか、考えてもごらん まえ 「いったいどうすればお前の気に入るんだか、僕には な」 解らないがね、だからその条件をもっと淡泊に言っち 「だけれども、兄さんは実際お金が欲しいんでしょ まったら可いじゃないか」 「あたし条件なんてそんなむずかしいものを要求して「欲しくないとは言わないさ」 うけと あやま やしません。たゞ兄さんが心持よく受取ってくだされ「それでお父さんに謝罪ったんでしよう」 ぎようだい あやま ば、それで宜いんです。つまり兄妹らしくしてくださ 「でなければなにも託る必要はないじゃないか」 とう れば、それで宜いというだけです。それからお父さん 「だからお父さんが下さらなくなったんですよ。兄さ に済まなかったと本気に一口仰しやりさえすれば、なんはそこに気が付かないんですか」 んでもないんです」 津田はロを閉じた。お秀はすぐ乗し掛っていった。 「お父さんには、とっくの昔にもう済まなかったと言 「兄さんがそういう 気でいらっしやる以上、お父さん っちまったよ。お前も知ってるじゃないか。しかも一ばかりじゃないわ、あたしだって上けられないわ」 う」 わび

10. 夏目漱石全集 13

明暗 ことばか 別、もしそれさえできないというなら、これからさき をほかの言葉で掛け直した。 みあわ 「兄さんはお父さんが快よく送金をしてくださると思の送金も、見せしめのため、当分見合せるかもしれな いというのが父の実際の考えらしかった。してみると、 っていらっしやるの」 つくろ かきね このあいだ彼のところへそう言ってきた垣根の繕いだ 「知らないよ」 うそ とゞ - 」お とか家質の滞りだとかいうのは嘘でなければならなか 津田は・ふつきら棒に答えた。そうして腹立たしそう った。よし嘘でないにしたところで、単に口先の言い に後を付け加えた。 まえ 「だからお母さんはお前のところへなんと言ってきた前と思わなければならなかった。父がまたなんで彼に 対してそんなしらみ、しい他人行儀を言って寄こした かって、さっきから訊いてるじゃないか」 お秀はわざと目を反らして縁側の方を見た。それはものだろう。叱るならも 0 と男らしく叱 0 たら宜さそ しよさ 彼の前であ \ あ、と嘆息して見せる所作の代りにすうなものだのに。 やぎひげは 彼は沈吟して考えた。山羊髯を生やして、万事に勿 ぎなかった。 きら 「だから言わないことじゃないのよ。あたしはじめか体を付けたがる父の顔、意味もないのに東髪を嫌 0 て 髷にばかり結いたがる母の頭、そのくらいの特色はこ らこうなるだろうと思ってたんですもの」 の場合を解釈するなんの手掛りにもならなかった。 九奎 「いったい兄さんが約東どおりになさらないから悪い 津田はようやくお秀宛で来た母の手紙の中に、どんのよ」とお秀が言った。事件以後何度となく彼女によ ことば な事柄が書いてあるかを聞いた。妹の口から伝えられって繰り返されるこの言葉ほど、津田の聞きたくない はげ たその内容によると、父の怒りは彼の予期以上に烈しものはなかった。約東どおりにしないのが悪いくらい似 いものであった。月末の不足を自分で才覚するなら格は、妹に教わらないでも、よく解っていた。彼はたゞ はらだ しか てがか わか もっ