ロジックぬけめ ぎた 理であった。利害の論理に抜目のない機敏さを誇りと た。夫人も最後に来るべき二人の運命を断言して憚か おてむきばいしやくにん する彼は、吉川夫妻が表向の媒妁人として、自分達一一らなかった。のみならず時機の熟したところを見計っ くわだ 人の結婚に関係してくれた事実を、単なる名誉としてて、二人を永久に握手させようと企てた。ところがい まぎわ よろ 喜こぶほどの馬鹿ではなかった。彼はそこに名誉以外ざという間際になって、夫人の自信はみごとに鼻柱を の重大な意味を認めたのである。 挫かれた。津田の高慢も助かるはずはなかった。夫人 かんしん しかしこれはむしろ一般的の内情にすぎなかった。 の自信とともに一棒に撲殺された。肝心の鳥はふいと もど もう一皮剥いて奥へ入ると、底にはまだ底があった。 逃けたぎり、ついに夫人の手に戻ってこなかった。 津田と吉川夫人とは、事件がこゝへ来るまでに、他人 夫人は津田を責めた。津田は夫人を責めた。夫人は っ きよう の関知しない因果でもう結び付けられていた。彼等に責任を感じた。しかし津田は感じなかった。彼は今日 ほうこう だけ特有な内外の曲折を経過してきた彼等は、他人よまでその意味が解らすに、まだ五里霧中に彷徨してい り少し複雑な目をもって、半年まえに成立したこの新た。そこへお延の結婚間題が起った。夫人は再び第一一 なが あが らしい関係を眺めなければならなかった。 の恋愛事件に関係すべく立ち上った。そうして夫とと ありてい 有体にいうと、お延と結婚するまえの津田は一人のもに、表向の媒妁人として、綺阯な段落をそこへ付け こ 0 女を愛していた。そうしてその女を愛させるように仕 せわすき 向けたものは吉川夫人であった。世話好な夫人は、こ その時の夫人の様子を細かに観察した津田はなるほ どとっこ。 の若い二人を喰っ付けるような、また引き離すような 閑手段を縦ま、に弄して、そのたびに迷児々々したり、 「おれに対する賠償の心持だな」 のぼあが または逆せ上ったりする二人を目の前に見て楽しんだ。彼はこう考えた。彼は未来の方針をだいたいのうえ うた なかよ けれども津田は固く夫人の親切を信じて疑がわなかっ においてこの心持から割り出そうとした。お延と仲善 っ ろう ひとり たちふた あた し わか 295
明 いうところまで来た時、彼女は病院へ寄らずに、い っしかしそこには夫を除いて依りになるものは一人もい たん宅へ帰ろうかと思いだした。 なかった。彼女はなにを置いてもまず津田に走らなけ うた 彼女の心は堀の門を出た折からすでに重かった。彼ればならなかった。その津田を疑ぐっている彼女にも、 やそく 女はむやみにお秀を突ッ付いて、かえって遣り損なっ まだ信力は残っていた。いかなことがあろうとも、夫 なかまいり た不快を胸に包んでいた。そこには大事を明らさまに だけは共謀者の仲間入はよもしまいと念じた彼女の足 ( 1 ) は 握ることができずに、裏からわざ / 、匂わせられた羽は、堀の門を出るやいなや、ひとりでにすぐ病院の方 痒ゆさがあった。なまじいそれを嗅ぎ付けた不安の色へ向いたのである。 も、まえよりはいっそう濃く染め付けられただけであ その心理作用が今喰い留められなければならなくな のろ った。なによりもさきだつのは、こっちの弱点を見抜った時、通りで会った電車の影をお延は腹の底から呪 さかさ かれて、逆まに相手から翻弄されはしなかったかとい った。もし車中の人が吉川夫人であったとすれば、も う疑惑であった。 し吉川夫人が津田のところへ見舞に行ったとすれば、 お延はそれ以上にまだ敏い気を遠くの方まで回してもし見舞に行ったついでに、 。いかに棆俐なお延 はかりこと あと いた。彼女は自分に対して仕組まれた謀計が、内密に にも考える自由の与えられていないその後は容易に出 かんづ どこかで進行しているらしいとまで癇付いた。主謀者てこなかった。けれども結果は一つであった。彼女の ひとり は誰にしろ、お秀がその一人であることはたしかであ頭は急にお秀から、吉川夫人、吉川夫人から津田へと あきら った。吉川夫人が関係しているのも明かに推測された。飛び移った。彼女はなにがなしに、この三人を巴のよ こう考えた彼女は急に心細くなった。知らないう うに眺めはじめた。 ちに重囲のうちに自分を見出した孤軍のような心境が、 「ことによると三人は自分に感じさせない一の電気 遠くから彼女を襲ってきた。彼女は周囲を見回した。 を通わせ合っているかもしれない」 うち っ ほんろう おり あたり にお たよ ともえ 317
だから」 簡単な挨拶が各自のあいだに行われるあいだ、控目 うしろ お延は仕方なしに夫人の前に着席した。先を越すっ にみんなの後に立っていた彼女は、やがて自分の番が ます みよし 回ってきた時、たゞ三好さんとしてこの未知の人に紹もりでいたのに、かえって先を越されたという拙い感 じが胸のどこかにあった。自分の態度を礼儀から出た 介された。紹介者は吉川夫人であったが、夫人の用い ことば る言葉が、叔父に対しても、叔母に対しても、また継ほんとうの遠慮と解釈してもらうように、これから仕 向けていかなければならないという意志もすぐ働らい 子に対しても、みんな自分に対するのと同じことで、 うぶ そのあいだに少しも変りがないので、お延はついにそた。その意志は自分と正反対な継子の初心らしい様子 なんびと テーゾル・こしなが の三好の何人であるかを知らずにしまった。 を、食卓越に眺めた時、ます / 、強固にされた。 おとな 継子はまたいつもより大人しすぎた。ろく / 、、、ロも 席に着くとき、夫人は叔父の隣りに坐った。一方の 隣には三好が坐らせられた。叔母の席は食卓の角であ利かないで、下ばかり向いている彼女の態度のうちに った。継子のは三好の前であった。余った一脚の椅子は、ほとんど苦痛に近いあるものが見透された。気の ちゅうちょ へ腰を下ろす・ヘく余儀なくされたお延は、少し躊踏し毒そうに彼女を一目見遣ったお延は、すぐ前にいる大 あ - いキ、よう た。隣りには吉川がいた。そうして前は吉川夫人であ人の方へ、彼女に特有な愛嬌のある目を移した。社交 に慣れ切った夫人も黙っている人ではなかった。 ふたり 「どうです掛けたら」 調子の婦い会話の断片が、二三度二人のあいだを往 ったり来たりした。しかしそれ以上に発展する余地の 吉川は催促するようにお延を横から見上げた。 「さあどうぞ」と気軽に言った夫人は正面から彼女をなかった題目は、そこでびたりと留まってしまった。 たね 見た。 二人のあいだに共通な津田を話の種にしようと思った 「遠慮しずにお掛けなさいよ。もうみんな坐ってるんお延が、それを自分から持ち出したものかどうかと遅 かど ひかえめ む しかた みや みすか
三とも似ている。健三に養父のことがあるように、津田には清子のことがある。この意地っ張りさ かげんは、当時の男性としてはそう珍らしいことではないが、 ( われわれと、どれほど違おうか ) それに過去が作用して複雑に入りくんで意地っ張りにもしている。 この意地っ張りさは、ひとり清子の泊っている温泉へ出かけてそこでどういうことになるのか、 まだよく分らない、どのようなことになるとしてもやがてお延に知れぬわけはない。そしてお延に 知られれば、津田の妹のお秀とか岡本とかその妻とか、吉川夫人とか今まで登場してきた人物との 間で悶着が起るし、いっそう津田は分の悪い立場に追いこまれることは必須である。そうするとこ れはこの先き随分と長い回数にわたって続けられねばならない。 私はこの小説の中では、岡本と延子の場面が大へん好きであるが、この場面は、吉川夫人などの 画策と対照的な感じのものだが、困ったことにこの小説ではこれはむしろ影の部分であって、ほか の人物は岡本のようにオットリとした立場に安んじるわけに行かない。誰も彼も意地っ張りで、そ の意味ではさまざまに自然さを欠いている。つまり漱石という作者が、気ムズカシク、人々の自然 さを欠いているところにシュウトメか小ジュウトのように眼をつけそのことを直ちに解説を下す。 そうして結局のところは、津田という人物の意地っ張りが、各人物の問題にするところであり、彼 らも似たり寄ったりの意地っ張りとはいえ、どうも最も罪の深いのは津田本人であり、その意味で は彼は主人公である。もっとハッキリいえば、主人公は「人間の意地っ張り」そのものなのだ。そ イ 62
「さよう」 疑しているうちに、夫人はもう自分を置き去りにして、 とな むか 三好が少し考えていると、吉川はすぐ隣りからロを 遠くにいる三好に向った。 出した。 「三好さん、黙っていないで、ちっとあっちの面白い 「まさか殺されるとも思うまいね。ことにこの人は , 話でもして継子さんに聞かせておあげなさいー ちょうど叔母と話を途切らしていた三好は夫人の方「なぜです。人間がずう / 、しいからですか」 「という訳でもないが、とにかく非常に命を惜がる男 を向いて静かに言った。 だから」 「え、なんでも致しましよう」 継子が下を向いたま、くす / 、笑った。戦争前後に 「え、なんでもなさい。黙ってちや不可せん」 ことば ィッを引き上けてきた人たということだけがお延に 命令的なこの一言葉がみんなを笑わせた。 解った。 「またドイツを逃げ出した話でもするがいい」 吉川はすぐ細君の命令を具体的にした。 五十三 「ドイツを逃げ出した話も、何度となく繰り返すんで はず ひと 三好を中心にした洋行談がひとしきり弾んだ。相間 ね、近ごろはもう他よりも自分のほうが陳腐になって あとっ しまいました」 相間に巧みなきっかけを入れて話の後を釣り出してゆ てぎわ おちっ あわて 「あなたのような落付いたかたでも、少しは周章たでく吉川夫人のお手際を、黙って観察していたお延は、 夫人がどんな努力で、彼等四人の前に、この未知の青 しようね」 おた 「少しどころなら好いですが、ほとんど夢中でしたろ年紳士を押し出そうと試みつ、あるかを見抜いた。穏 わか 和というよりもむしろ無ロな彼は、自分でそうと気が う。自分じゃよく分らないけれども」 「でも殺されるとは思わなかったでしよう」 付かないうちに、彼に好意を有った夫人のロ車に乗せ おもしろ やか わか 和 8
明 「ほかの人 ? ほかの人とは」 んだ」 お延の目は床の上に載せてある楓の盆栽に落ちた。 「あたしは奥さんが電車に乗っていらしったことまで 「あれはどなたが持っていらしったんです」 ちゃんと知ってるのよ」 しくじ 津田は失敗ったと思った。なぜ早く吉川夫人の来た津田はまた驚ろいた。ことによると自動車が大通り ことを自白してしまわなかったかと後悔した。彼が最に待っていたのかもしれないと思っただけで、彼は夫 初それを口にしなかったのは分別の結果であった。話人の乗物にそれ以上細かい注意を払わなかった。 ことがら すのにわけはなかったけれども、夫人と相談した事柄「お前どこかで会ったのかい」 おくびよう の内容が、お延に対する彼をしぜん瞳病にしたので、 「い、え」 とが 気の咎める彼は、まあ遠慮しておくほうが得策だろう「じやどうして知ってるんだ」 と思案したのである。 お延は答える代りに訊き返した。 盆栽を振り返った彼が吉川夫人の名を言おうとして、「奥さんはなにしに入らしったんです」 くちごも なにげ ちょっとロ籠った時、お延は機先を制した。 津田は何気なく答えた。 「吉川の奥さんが入らしったじゃありませんか」 「そりや今話そうと思ってたところだ。 しかし誤 津田は思わず言った。 解しちゃ困るよ。小林はたしかに来たんだからね。最 あと 「どうして知ってるんだ」 初に小林が来て、その後へ奥さんが来たんだ。だから ちがい 「知ってますわ。そのくらいのこと」 ちょうど入れ違になったわけだ」 お延の様子に注意していた津田はようやく度胸を取 り返した。 「あゝ来たよ。つまりお前の予言が中ったわけになる かえで あた お延は夫より自分のほうが急き込んでいることに気 おど
なまえく 任者として、胸のうちで、吉川夫人の名前を繰り返さを出した。 ちが ないわけにいかなかった。今夜もし夫人と同じ食卓で茶屋はさいわいにして異っていた。吉川夫婦の姿は っ ( 2 ) に えり ばんさん 晩餐をともにしなかったならば、こんな変な現象は決どこにも見えなかった。襟に毛皮の付いた重そうなニ じゅうまわ して自分に起らなかったろうという気が、彼女の頭の重回しを引掛けながら岡本がコ 1 トに袖を通している どこかでした。しかし夫人のいかなる点が、この苦い お延を顧みた。 きよう うち 「今日は宅へ来て泊っていかないかね」 酒を醸す発酵分子となって、どんな具合に彼女の頭の ありがと 「え、有難う」 なかに入り込んだのかと訊かれると、彼女はとてもは つきりした返事を与えることができなかった。彼女は 泊るとも泊らないとも片付かない挨携をしたお延は、 ふめいりよう たゞ不明瞭な材料をもっていた。そうして比較的明瞭微笑しながら叔母を見た。叔母はまた「貴方の気楽さ けねん あき かけん な断案に到着していた。材料に不足な掛念を抱かない加減にも呆れますね」という表情で叔父を見た。そこ むとんじゃく 彼女が、その断案を不備として疑うはすはなかった。 に気が付かないのか、あるいは気が付いても無頓着な まじめ 彼女はすべての源因が吉川夫人にあるものとかたく信のか、彼は同じことを、まえよりはもっと真面目な調 じていた。 子で繰り返した。 しばい ( 1 ) は 芝居が了ねていったん茶屋へ引き上げる時、お延は「泊っていくなら、泊っといでよ。遠慮は要らないか そこでまた夫人に会うことを恐れた。しかし会ってもら」 ひと う少し突ッ込んでみたいような気もした。帰りを急ぐ 「泊っていけったって、貴方、宅にや下女がたった一 まぎわ ごた / 、した間際に、そんな機会の来るはずもないと、人で、この子の帰るのを待ってるんですもの。そんな あき はじめから諦らめているくせに、そうした好奇の心が、 こと無理ですわ」 会いたくないという回避の念の蔭から、ちょい / \ 首「はあ、そうかね、なるほど。下女一人じや不用心た かげ テーゾル ひっか とま かたづ あ つ そで 116
められてるんだか、悪く言われてるんだか分らないわお延を、一度でもよけい吉川夫妻に接近させてやろう おとな という好意が含まれていたのである。それを叔父のロ ね。あたし継子さんのような大人しい人を見ると、ど からはっきり聴かされた時、お延は日ごろ自分が考え うかしてあんなになりたいと思うわ , こう答えたお延は、叔父のいわゆる当世向を発揮すているとおりの叔父の気性がそこに現われているよう に思って、暗に彼の親切を感謝するとともに、そんな る余地の自分に与えられなかった、したがって自分か おわ ゅうべ ら見ればむしろ不成効に終った、昨夕の会合を、不愉らなぜあの吉川夫人ともっと親しくなれるように仕向 ふたり なが けてくれなかったのかと恨んだ。二人を近づけるため 快と不満足の目で眺めた。 に同じ食卓に坐らせたには坐らせたが、結果はかえっ 「なんでまたあたしがあの席に必要だったの」 「お前は継子の従妹じゃないか」 て近づけないまえより悪くなるかもしれないという特 殊な心理を、叔父はまるで承知していないらしかった。 たゞ親類だからというのが唯一の理由だとすれば、 お延のほかにも出席しなければならない人がまだたくお延はいくら行き届いても男はやつばり男だと批評し あと さんあった。そのうえ相手のほうでは当人がたった一たくなった。しかしその後から、吉川夫人と自分との あいだに横わる一種微妙な関係を知らない以上は、 人出てきただけで、紹介者の吉川夫婦を除くと、向う ひっきよう が出てきても畢竟どうすることもできないのだから仕 を代表するものは誰もいなかった。 かんじよ 「なんだか変じゃないの。そうするともし津田が病気方がないという、嘆息を交えた寛恕の念も起ってきた。 でなかったら、やつばり親類としてぜひ出席しなけれ ば悪いわけになるのね」 お延はその間題をそこへ放り出したま \ まだ自分 「そりやまた別ロだ。ほかに意味があるんだ」 叔父の目的中には、昨夕の機会を利用して、津田とのに落ちずに残 0 ている要点を片付けようとした。 わか かた 六十四 にう しむ 132
トか 分らなかった。 「なにお秀さんじゃない。お秀さんはじかに来やしな あさはか うそ 「女は浅墓なもんだからな」 。その代りに吉川の細君が来るんだ。嘘じゃないよ。 この言葉を聴いた小林は急に笑いだした。今まで笑この耳でたしかに聴いてきたんだもの。お秀さんは細 ったうちでいちばん大きなその笑い方が、津田をはっ君の来る時間まで明言したくらいだ。おおかたもう少 と思わせた。彼ははじめて自分がなにを言っているか ししたら来るだろう」 あた に気が付いた。 お延の予言は中った。津田がどうかして呼び付けた 「そりやどうでも可いが、お秀が吉川へ行ってどんな いと思っている吉月夫人は、いつのまにか来ることに しゃべ なっていた。 ことを喋舌ったのか、叔父に話していたところを君が 聴いたのなら、教えてくれたまえ」 「なにかしきりに言ってたがね。実をいうと、僕は面 どう びら 倒だからろくに聴いちゃいなかったよ」 津田の頭に二つのものが相継いで閃めいた。一つは かんじん とりあっか こう言った小林は肝心なところへ来て、知らん顔をこれからこへ来るその吉川夫人を旨く取扱わなけれ して圏外へ出てしまった。津田は失望した。その失望ばならないという事前の暗示であった。彼女のほうか あと をしばらく味わった後で、小林はまた圏内へ帰ってきら病院まで足を運んでくれることは、予定の計画から こ 0 見て、彼の最も希望するところには巡か 0 たが、来 あた 「しかしもう少し待ってたまえ。いやでもおうでも聴訪の意味がこ、に新らしく付け加えられた以上、それ ぶり かされるよ」 に対する彼の応答振も変えなければならなかった。こ 津田はまさかお秀がまた来るわけでもなかろうと思の場合における夫人の態度を想像に描いてみた彼は、 あと 9 物 っこ 0 多少の不安を感じた。お秀から偏見を注ぎ込まれた後 めん
ほどの損失もないのだといえば、いわれないこともな静のうちに一の緊張を包んだ彼女は、知らん顔をし あと いでしようが、あなたは私と違います。あなたは父母て、みんなの後に随いて食堂に入った。 の膝下を離れるとともに、すぐ天真の姿を傷けられま かわいそう す。あなたは私よりも可哀相です」 おそ ふたり 二人の歩き方は遅かった。先に行った岡本夫婦が人叔母の言ったとおり、吉川夫婦は自分達より一足早 に遮ぎられて見えなくなった時、叔母はわざ / \ 取っく約東の場所へ来たものとみえて、お延の目標にする おじたちばなし その夫人は、 R ロの方を向いて叔父と立談をしていた。 て返した。 むこがわは ( 1 ) だい 「早くお出なね。なにをぐず / 、しているの。もう吉大きな叔父の後姿よりも、向う側に食み出している大 川さんのほうじや先へ来て待っていらっしやるんだ大した夫人のかつぶくが、まずお延の目に刄った。そ みなぎ よ」 れと同時に、肉付の豊かな頬に笑いを漲らしていた夫 ひとみ とっ ことば 叔母の目は継子のほうにばかり注がれていた。言葉人のほうでも、すぐ眸をお延の上に移した。しかし咄 むか ふたり もとくに彼女に向って掛けられた。けれども吉川とい嗟の電火作用は起るとともに消えたので、二人は正式 あいさっ なまえ う名前を聞いたお延の耳には、それが今までの気分をに挨拶を取り換すまで、』っいに互を認め合わなかった。 いちべっ 一度に吹き散らす風のように響いた。彼女は自分のあ夫人に投かけた一暼についで、お延はまたそのに まり好いていない、また向うでも自分をあまり好いて立っている若い紳士を見ないわけにゆかなかった。そ まちがい いないらしい、吉川夫人のことをすぐ思い出した。彼れが間違もなく、さっき廊下で継子といっしょになっ じようだん 女は自分の夫が、平生からひとかたならぬ恩顧を受けて、冗談半分夫人の双眼鏡をはしたなく批評し合った ている勢力家の妻君として、今その人の前に、能うか時に、自分達を驚ろかした無言の男なので、彼女は思 あいきよう ぎりの變嬌と礼儀とを示さなければならなかった。平わずひやりとした。 しつか あた なげ にくづき おど ほお たち 100