んで津田がまだ自分の室へ引き取らない宵のロであっ こ 0 こわ 「厭ね、切るなんて、怖くって。今までのようにそっ としておいたって宜かないの」 「やつばり医者のほうからいうとこのまゝじゃ危険な んだろうね」 そこ 細君は色の白い女であった。そのせいで形の好い彼 「だけど厭たわ、貴方。もし切り損ないでもすると」 ひきた まゆ まゆ 細君は濃い恰好の好い眉をこゝろもち寄せて夫を見女の眉がひときわ引立って見えた。彼女はまた癖のよ あわ うによくその周を動かした。惜いことに彼女の目は細 た。津田は取り合ずに笑っていた。すると細君が突然 ひとえまぶち あいきよう すぎた。おまけに梦嬌のない一重瞼であった。けれど 気が付いたように訊いた。 ひとみしつこく 「もし手術をするとすれば、また日曜でなくっちや下もその一重瞼の中に輝やく瞳子は漆黒であ 0 た。だか ら非常によく働らいた。ある時は専横といってもいい 可いんでしよう」 細君にはこの大の日曜に夫とともに親類から誘われくらいに表情を恣ま、にした。津田は我知らずこの小 しばいけんふつ さい目から出る光に牽き付けられることがあった。そ て芝居見物に行く約東があった。 うしてまた突然なんの原因もなしにその光から跳ね返 「また席を取ってないんだから構やしないさ、断わっ されることもないではなかった。 たって」 せつなてき 彼がふと目を上げて細君を見た時、彼は刹那的に彼 「でもそりや悪いわ、貴方。せつかく親切にあゝ言っ 女の目に宿る一種の怪しい力を感した。それは今まで てくれるものを断っちゃ」 あま ことに 彼女のロにしつゝあった甘い言葉とはまったく釣り合 「悪かないよ。相当の事情があって断わるんなら」 っ あなた へや くち こと 「でもあたし行きたいんですもの」 まえ 「お前は行きたければお出な」 「だから貴方もらっしゃいな、ね。お厭 ? 」 津田は細君の顔を見て苦笑を洩らした。 四 っ
襟を正して聴くに違ないんだ。いや僕の僻でもなんで 余地があるからさ。僕のように窮地に突き落されて、 どうでもかってにしやがれという気分になれないからもない、争うべからざる事実だよ。けれども君考えな いけな くっちや不可いぜ。僕だからこれだけのことが言える さ」 みくび 津田は天から相手を見縊っていた。けれども事実をんだということを。先生だって奥さんだって、そこへ こゝろえ よ、つこ。、林はたしかに彼よゆくと駄目だということも心得ておきたまえ。なせ 認めないわけこよ、 すう だ ? なぜでもないよ。いくら先生が貧乏したって、 り図迂々々しくでき上っていた。 僕だけの経験は甞めていないんだからね。いわんや先 生以上に楽をして生きてぎたかの輩においてをやだ」 だれ あと しかし小林の説法にはまだ後があった。津田の様子かの輩とは誰のことだか津田にもよく解らなかった。 もど おも を見澄ました彼は突然思い掛けないところへ舞い戻っ彼はたゞ腹の中で、おおかた吉川夫人だの岡本だのを ふたり てきた。それは会見の最初ちょっと二人のあいだに点指すのだろうと思ったぎりであった。実際小林は相手 いきおい 綴されながら、前後の勢ですぐどこかへ流されてしまにそんな質間を掛けさせる余地を与えないで、さっさ と先へ行った。 った間題にほかならなかった。 「僕の意味はもう君に通じている。しかし君はまだな「第二にはだね。君の目下の境遇が、今僕の言ったよ じよごん うな助言ーー・・だか忠告だか、また単なる知識の供給た るほどという心持になれないようだ。矛盾だね。僕は その訳を知ってるよ。第一に相手が身分も地位も財産か、それはなんでも構わないが、とにかくそんなもの そうめい も一定の職業もない僕だということが、聡明な君を熕に君の注意を向ける必要を感じさせないのだ。頭では これが現在の君なん わしているんだ。もしこれが吉川夫人かかの口から解る、しかし胸では納得しない、 つま だ。つまり君と僕とはそれだけ懸絶しているんだから 出るなら、それがもっとずっと詰らない説でも、君は あ えり ちがい びがみ 35 と
明 : た 妹は少しも応えなかった。例のとおりちょっと小鼻も伴っていもた。さっき双眼鏡を向けられた時、すで を膨らませて、それがどうしたんだといったふうの表に挨拶に行かなければならないと気の付いた彼女は、 情をしながら、わざと継子を見た。 即座にそれを断行する勇気を起しえなかったので、内 「あたしもう帰りたくなったわ。早くお父さまが来て心の不安を質問の形に引き直して叔母に相談しかけな たやす がら、腹の中では、その義務を容易く果させるた、めに、 くれると好いんだけどな」 「帰りたければお帰りよ。お父さまが入らっしやらな叔母が自分と連れ立って、夫人のところへ行ってくれ はしまいかと暗に願っていた。 くっても構わないから」 「でもいるわ」 叔母はすぐ返事をした。 こども 百合子はやつばり動かなかった。子供でなくっては 「あ、行ったほうが可いよ。行っといでよ」 わんばく かたわら く目「でも今いらっしやらないから」 振舞いにくいこの腕白らしい態度の傍に、お延カ年木 おばむか 「なにきっと廊下にでも出ておいでなんだよ。行けば 応の分別を出して叔母に向った。 ごあいさっ わか 「あたしちょっと行って吉川さんの奥さんに御挨拶を分るよ」 「でも、 してきましようか。澄ましていちゃ悪いわね」 じや行くから叔母さんもいっしょに入ら っしゃいな」 実をいうと彼女はこの夫人をあまり好いていなかっ た。向うでもこっちを嫌っているように思えた。しか 「叔母さんはーーー」 も最初先方から自分を嫌いはじめたために、この不愉「入らっしやらない ? , おぼろげ 快な現象が二人のあいだに起ったのだという朧気な理「行っても可いがね。どうせ今に御飯を食べる時に、 こうむ いっしょになるはずになってるんだから、御免蒙って 由さえあった。自分が嫌われるべぎなんらのきっかけ も与えないのに、向うで嫌いはじめたのだという自信その時にしようかと思ってるのよ」 ふるま ふく こ す きら とう 101
ぎよう ことばづかい 今日は津田のいる時よりもかえって早く起きたという お延の言葉遣は平生より丁寧で片付いていた。そこ うれ なま おちっ おちつき ことが、なぜだか彼女には嬉しかった。怠けて寐過しにある落付きがあった。そうしてその落付を裏切る意 た昨日の償い、それも満足の一つであった。 気があった。意気に伴なう果断も遠くに見えた。彼女 あと 彼女は自分で床を上げて座敷を掃ぎ出した後で鏡台の中にある心の調子がおのずと態度にあらわれた。 むか たすき に向った。そうして結ってから四日目になる髪を解い それでも彼女はすぐ出掛ようとはしなかった。襷を よ・こ はす た。油で汚れたところへ二三度櫛を通して、癖が付い外して盆を持ったお時を相手に、しばらく岡本の話な ( 1 ) ひさしつか おにえ て自由にならないのを、むりに廂に東ね上けた。それどをした。もと世話になった覚のあるその家族は、お み が済んでからはじめて下女を起した。 時にとっても、興味に充ちた題目なので、二人は同じ 食事のできるまでの時間を、下女とともに働らいた ことを繰り返すようにしてまで、よく彼等について語 ぜん 彼女は、膳に着いた時、下女から「今日はたいへんおり合った。ことに津田のいない時はそうであった。と ひとり 早うございましたね」と言われた。なんにも知らない いうのは、もし津田がいると、ある場合には、彼一人 はやおきおど のけもの お時は、彼女の早起を驚ろいているらしかった。またが除外物にされたような変な結果に陥るからであった。 おそ きます 自分が主人より遅く起きたのを済まないことでもしたふとした拍子からそんな気不味い思いを一二度経験し あと ように考えているらしかった。 た後で、そこに気を付けだしたお延は、そのほかにま きよう だんなさま ふいちょう 「今日は旦那様のお見舞に行かなければならないから だ、富裕な自分の身内を自慢らしく吹聴したがる女と ねー 夫から解釈される不快を避けなければならない理由も 「そんなにお早く入らっしやるんでございますか」 あったので、お時にもかねてその旨を言い含めておい でかけ たのである。 「え、。昨日行かなかったから今日は少し早く出掛ま きま しよう」 「お嬢さまはまたどこへもお極りになりませんのでご ゅ す はた ねすご っ かたづ ふたり 168
たかびく 不規則な物質的の凸凹を証拠立てていた。しばらくしえるに十分であった。 てから、津田は小林に訊いた。 「こゝはいやに陰気な所だね。どこかの大名垂族の裏 まう せびろ 「なぜその背広といっしょに外套も拵えなかったんに当るんで、いつまでもこうして放ってあるんだろう。 早く切り開いちまえば可いのに」 おん あいさっ 「君と同なじように僕を考えちゃ困るよ」 津田はこういって当面の挨拶を胡麻化そうとした。 「じやどうしてその背広だの靴だのができたんだ」 しかし小林の目に竹藪なぞはまるで入らなかった。 てきび 「訊き方が少し手酷しすぎるね。なんぼ僕だってまだ 「おい行こうじゃないか、久しぶりで」 どろぼう 泥棒はしないから安心してくれ」 「今飲んだばかりだのに、もう飲みたくなったのか」 津田はすぐ口を閉じた。 「今飲んたばかりって、あれつばかり飲んだんじや飲 むこう 二人は大きな坂の上に出た。広い谷を隔てて向に見んだ部へ入らないからね」 える小高い岡が、怪獣の背のように黒く長く横わって 「でも君はもう十分ですって断っていたじゃないか」 いた。秋の夜の燈火がところん \ に点々と少量の暖か 「先生や奥さんの前じゃ遠慮があって酔えないから、 みを滴らした。 仕方なしにあ、言ったんだね。まるつきり飲まないん 「おい、帰りにどこかで一杯ろうじゃないか」 ならともかくも、あのくらい飲ませられるのはかえっ あと 津田は返事をするまえに、まず小林の様子を窺った。て毒だよ。後から適当の程度まで酔っておいて止めな ら からださわ いと身体に障るからね」 彼等の右手には高い土手があって、その土手の上には ・暗 ( 1 ) こんもり たけやぶ 蓊鬱した竹藪が一面に生い被さっていた。風がない 自分に都合の好い理屈をかってに拵らえて、なんで ひつば ので竹は鳴らなかったけれども、眠ったように見えるも津田を引張ろうとする小林は、彼にとって少し迷惑 こすえ しようさく き その笹の葉の梢は、季節相応な蕭索の感じを津田に与な伴侶であった。彼は冷かし半分に訊いた。 さ乂 おか お かぶ こしら しかた ひや ( 2 )
明 らないこの笑談が、肝心の当人には、 る縺れ合った感情を互にきながら、朝鮮行ぎだの、 お金さんだのを間題にして歩いた往来であった。それしての音響を伝えずに済むらしかった。 「まさか」 を津田の口から聞かされていなかった彼女は、二人の きけん 様子を想像するまでもなく、彼等とは反対の方角に無彼女はたゞこう言って機嫌よく笑った。そうして彼 うち あと かに鋭敏なお延でも、無邪気そのものだ 心で足を運ばせた後で、叔父の宅へ行くにはぜひとも女の笑は、 のぼ 上らなければならない細長い坂へ掛かった。すると偶と許さないわけにゆかなかった。けれども彼女はつい にどこへなんの稽古に行くかをお延に告けなかった。 然向うから来た継子に言葉をかけられた。 ひや 「冷かすから厭よ」 「昨日は」 「またなにか始めたの」 「どこへ行くの」 よく ! り け・いこ 「どうせ欲張だからなにを始めるか分らないわ」 「お稽古」 稽古事のうえで、継子が欲張という異名を取ってい 去年女学校を卒業したこの妹は、に任せてい ろいろなものを習っていた。ピアノだの、茶だの、花ることも、彼女の宅では隠れない事実であった。最初 だの、水彩画だの、料理だの、なにへでも手を出した妹から付けられて、たちまち家族のうちに伝播したこ わるくち がるその人の癖を知っているので、お稽古という言葉の悪口は、近ごろ彼女自身によって平気に使用されて を聞いた時、お延は、つい笑いたくなった。 「待っていらっしゃい。じき帰ってくるから」 「なんのお稽古 ? ト 1 グンス ? あいだら ( 2 ) がくやおちじようだん 彼等はこんな楽屋落の笑談をいうほど親しい間柄で軽い足でさっさと坂を下りて行く継子の後姿を一度 あった。しかしお延から見れば、自分より余裕のある振り返って見たお延の胸に、また尊敬と軽侮とを搗き幻 相手の境遇に対して、多少の皮肉を意味しないとも限交ぜたその人に対するいつもの感じが起った。 とこ わらい うち かんじん わか いっこう風刺と でんば
明 「え、」 分量はいつのまにか定められていた。 : らば、 しかしお延はその手紙を津田に示していなかった。 津田は床の上に這になったま、、むしゃ / 、ロを まえ 「要するに、お前はどうなんだ。行きたいのか、行き 動かしながら、機会を見計らって、お延に言った。 たくないのか」 「行くのか、行かないのかい」 フォーク お延はすぐ肉匙の手を休めた。 津田の顔色を見定めたお延はすぐ答えた。 「あなた大第よ。あなたが行けと仰やれば行くし、止「そりや行きたいわ」 「とう / 、、白状したな。じゃお出よ」 せと仰やれば止すわ」 ひるめしす 「たいへん柔順だな」 二人はこういう会話とともに午飯を済ました。 「いつでも柔順だわ。ーー・岡本だってあなたに伺って みたうえで、もし可いと仰やったら連れていってやる から、御病気が大したことでなかったら、訊いてみろ手術後の夫を、やっと安静状態に寐かしておいて、 ひとり って言うんですもの」 自分一人下へ降りた時、お延はもう約東の時間をだい ゆくさき まえ 「だってお前のほうから岡本へ電話を掛けたんじゃなぶ後らせていた。彼女は自分の行先を車夫に教えるた くるま か」 めに、たゞ一口劇場の名を言ったなり、すぐ俥に乗っ かど ( 1 ) ちょうば 「え、そりやそうよ、約東ですもの。一返断ったけれた。門前に待たせておいたその俥は、角の帳場にある あた 四五台の ) ちでいちばん新らしいものであった。 ども、模様次第では行けるかもしれないだろうから、 こうじ ( 2 ) イムわ 小路を出た護謨輪は電車通りばかり走った。なんの もう一返その日の午までに電話で都合を知らせろって 意味なしに、たゞ賑やかな方角へ向けてのみ速力を出 言ってきたんですもの」 かけかた 「岡本からそう、う すといったふうの、景気の婦い車夫の駈方が、お延に し返事が来たのかい」 ひる おっし ペん おく 罕五 ね
明 わない妙な輝やきであった。相手の言葉に対して返事「手術ってたって、そう腫物の膿を出すように簡単に めつき きれい をしようとした彼の心の作用がこの目付のためにちょ ゃいかないんだよ。最初下剤を掛けてまず腸を綺麗に うつ しやだん そうじ っと遮断された。すると彼女はすぐ美くしい歯を出し掃除しておいて、それからいよ / \ 切開すると、出血 あとかた ぎすぐち て微笑した。同時に目の表情が迹方もなく消えた。 の危険があるかもしれないというので、創ロへガーゼ うそ 「嘘よ。あたし芝居なんか行かなくっても可いのよ。 を詰めたまゝ、五六日のあいだはじっとして寐ている 今のはたゞ甘ったれたのよ」 んだそうだから。だからたといこの次の日曜に行くと 黙った津田はなおしばらく細君から目を放さなかっしたところで、どうせ日曜一日じゃ済まないんた。そ こ 0 の代り日曜が延びて月曜になろうとも火曜になろうと ちがい 「なんだってそんなむすかしい顏をして、あたしを御も大した違にゃならないし、また日曜を繰り上げて明 あさって 日にしたところで、明後日にしたところで、やつばり 覧になるの。 芝居はもう已めるから、この次の日 曜に小林さんに行って手術を受けていらっしゃい。そ同じことなんだ。そこへゆくとまあ楽な病気だね」 おかもと にさんちじゅうはがき れで好いでしよう。岡本へは二三日中に端書を出すか、「あんまり楽でもないわ貴方、一週間も寐たぎりで動 こと わたくし でなければ私がちょっと行って断わってきますから」くことができなくっちゃ」 まえ 「お前は行っても可いんだよ。せつかく誘ってくれた 細君はまたびく / 、と眉を動かして見せた。津田は むとんじゃく もんだから」 それにまったく無頓着であるといったふうに、なに、 よ ながひばち ふたり 「いえ私も止しにするわ。芝居よりも貴方の健康のほ考えながら、二人の間に置かれた長火鉢の縁に右の肘 てつびんふたなが うが大事ですもの」 を靠たせて、その中に掛けてある鉄瓶の葢を眺めた。 津田は自分の受けべき手術についてなお詳しい話を朱銅の葢の下では湯の沸る音が高くした。 細君にしなければならなかった。 「じやどうしてもお勤めを一週間ばかり休まなくっち や あなた できものうみ ね
河の縁をつたって動いていった。 般であった。数歩の後、小林は突然津田の方を向いた 9 さむ 「朝鮮へはいつごろ行くんだね」 「津田君、僕は淋しいよ」 一ことによると君の病院へ入いっているうちかもしれ津田は返事をしなかった。二人はまた黙って歩いた 9 かわどこまんなか ない」 浅い河床の真中を、少しばかり流れている水が、ぼん 「そんなに急に立つのか」 やり見える橋杭の下で黒く消えてゆく時、かすかに音 あいま ・ヘん 「いやそうとも限らない。もう一遍先生が向うの主筆を立てて、電車の通る相間 / \ に、ちょろ / ( \ と鳴っ に会ってくれてからでないと、はっきりしたことは分た。 らないんだ」 「僕はやつばり行くよ。どうしても行ったほうが可い 「立つ日がかい、あるいは行くことがかい」 んだからね」 「うん、まあーー」 「じや行くさ」 あいまい 彼の返事は少し曖昧であった。津田がそれを追究も「うん、行くとも。こんな所にいて、みんなにに しないで、さっさと行きだした時、彼はまた言い直しされるより、朝鮮か台湾に行ったほうがよっぽど増し こ 0 ( 2 ) かんばし 「実をいうと、僕は行きたくもないんだがなあ」 彼の語気は癇走っていた。津田は急に穏やかな調子 「藤井の叔父がぜひ行けとでも言うのかい」 を使う必要を感じた。 「なにそうでもないんだ」 「あんまりそう悲観しちや下いよ。年歯さえ若く 0 からだ じようぶ りつば ( 3 ) せいこう 「じゃ止したら可いじゃないか」 て身体さえ丈夫なら、どこへ行ったって立派に成効で ことば わかぎ 津田の言葉は誰にでも解り切った理屈なだけに、同きるじゃないか。 君が立つまえひとっ送別会を開 情に飢えていそうな相手の気分を残酷に軆貫いたと一 こう、君を愉快にするために」 むこ わか
明 小林の方を見た。小林はすぐ口を出した。けれども津に皿小鉢の音を立てていた叔地がまた茶の間へ顔を出 田の予期とはまったくの反対を言った。 「なに今の若いものだって病気をしないものもありま 「由雄さん久しぶりだから御飯を食べておいで」 わたくし す。現に私なんか近ごろちっとも寐たことがありませ津田は明日の治療を控えているので断って帰ろうと ん。私考えるに、人間は金がないと病気にや罹らない きよう もんだろうと思います」 「今日はト林といっしょに飯を食うはずになっている ごちそう 津田は馬鹿々々しくなった。 ところへお前が来たのだから、ことによると御馳走が つま つきあ 「詰らないことをいうなよ」 足りないかもしれないが、まあ付合っていくさ」 「いえまったくだよ。現に君なんかがよく病気をする叔父にこんなことを言われつけない津田は、妙な心 しりす のは、するだけの余裕があるからだよ」 持がして、また尻を据えた。 まじめ この不論理な断案は、言い手が真面目なだけに、津「今日は何事かあるんですか」 田をなお失笑させた。すると今度は叔父が賛成した。 「なにね、小林が今度ーー」 「そうだよこのうえ病気にでも罹った日にやどうにも叔父はそれだけ言 0 て、ちょ 0 と小林の方を見た。 こうにも遣り切れないからね」 小林は少し得意そうににや / \ していた。 薄暗くなった室の中で、叔父の顔がいちばん薄暗く「小林君どうかしたのか」 見えた。津田は立って電燈のスイッチを捩った。 「なに、君、なんでもないんだ。いずれ極ったら君の うち 宅へ行って詳しい話をするがね」 「しかし僕は明日から入院するんだぜ」 いつのまにか勝手口へ出て、お金さんと下女を相手「なに構わない、病院へ行くよ。見舞かたみ、」 へや ねじ さらこばち