って、たゞ打っという命令のうちに、こっちの随意た甲斐がない。まず腹の中でこれだけ主人を凹ましてお るべき鳴くことさえ含まってるように考えるのは失敬いて、しかるのち、にやーと注文通り鳴いてやった。 にゃあとい 千万だ。他人の人格を重んぜんというものだ。猫を馬すると主人は細君に向って「今鳴いた、 鹿にしている。主人ののごとく嫌う金田君ならや 、う声は感投詞か、副詞か何だか知ってるか」と聞いた。 りそうなことだが、赤裸々をもって誇る主人としては 細君はあまり突然な間なので、なんにも言わない。 すこぶる卑劣である。しかし実のところ主人はこれほ実をいうと吾輩もこれは洗湯の逆上がまださめないた ( 3 ) がっぺき どけちな男ではないのである。だから主人のこの命令めだろうと思ったくらいだ。元来この主人は近所合壁 こうかっ は狡猾の極に出でたのではない。つまり知恵の足りな有名な変人で現にある人はたしかに神経病だとまで断 ぼうふら いところから湧いた孑孑のようなものと思惟する。飯言したくらいである。ところが主人の自信はえらいも を食えば腹が張るに極まっている。切れば血が出るに ので、おれが神経病じゃない、世の中の奴が神経病だ きま 極っている。殺せば死ぬに極まっている。それだからと頑張っている。近辺のものが主人を犬々と呼ぶと、 打てば鳴くに極っていると速断をやったんだろう。し主人は公平を推持するため必要だとか号して彼らを かしそれはお気の毒だが少し論理に合わない。その格豚々と呼ぶ。実際主人はどこまでも公平を維持するつ てんぶら でゆくと川へ落ちれば必すぬことになる。天麸羅をもりらしい。困ったものだ。こういう男だからこんな むか あさ 食えば必ず下痢することになる。月粭をもらえば必す奇間を細君に対って呈出するのも、主人にとっては朝 めし 出勤することになる。書物を読めば必ずえらくなるこ食まえの小事件かもしれないが、聞くほうからいわせ とになる。必ずそうなっては少し困る人ができてくる。るとちょっと神経病に近い人の言いそうなことた。だ 打てば必すなかなければならんとなると吾輩は迷惑で から細君は烟に捲かれた気味でなんとも言わない。吾 、める。目白の時の鍗と同一に見傚されては猫と生れた輩はむろんなんとも答えようがない。すると主人はた ( 2 )
「どうしたか聞いてもみなかったが、 そうさ、ま「なに同じことさ。足るや足らずさ。しかし食うてい ( : ) てんびん あ天稟の奇人たろう、その代り考も何もない、まったるから大丈夫。驚かないよ」 く金魚麸た。鈴木か、 あれがくるのかい、へえー 「僕は不愉快で、肝癪が起ってたまらん。どっちを向 あれは理屈はわからんが世間的には利ロな男た。金時 いても不平ばかりた」 計は下げられるたちだ。しかし奥行きがないから落ち「不平もい & さ。不平が起ったら起してしまえば当分 つきがなくって駄目だ。円滑々々と言うが、円滑の意はいゝ心持ちになれる。人間はいろ / \ だから、そう 味も何もわかりはせんよ。迷亭が金魚麸なら、あれは自分のように人にもなれと勧めたって、なれるもので トらくゝ こんにやく 藁で括 0 た蒟蒻たね。たゞわるく滑かでぶる / 、振えはない。箸は人と同じように持たんと飯が食いにくい ているばかりだ」 が、自分の麺麭は自分のかってに切るのが一番都合が じようす 主人はこの奇な比喩を聞いて、大いに感心したも い、ようだ。上手な仕立屋で着物をこしらえれば、着 のらしく、久しぶりでハ 、、と笑った。 たてから、からだに合ったのを持ってくるが、へたの したてやあつら 「そんなら君は何だい」 裁縫屋に誂えたら当分は我慢しないと駄目さ。しかし 「僕か、そうさな僕なんかは・ーーまあ自然薯ぐらいな世の中はうまくしたもので、着ているうちには洋服の ところだろう、長くなって泥の中に埋ってるさ」 方で、こちらの骨格に合わしてくれるから。今の世に ( 3 ) うらや てぎわ 「君は始終泰然として気楽なようだが、羨ましいな」 合うように上等な両親が手際よく生んでくれれば、そ 「なに普通の人間と同じようにしているばかりさ。別れが幸福なのさ。しかしでき損こなったら世の中に合 ありがた に羨まれるに足りるほどのこともない。たヾ難有いこわないで我慢するか、または世の中で合わせるまで辛 ほう とに人を羨む気も起らんから、それたけい、ね」 抱するよりほかに道はなかろう」 「会計はちかごろ豊かかね」 「しかし僕なんか、いつまでたっても合いそうにない ( 2 ) じねんじよ ふる 248
のころは、漢書や小説などを読んで文学というものをその人もちょうど東洋さんのような変人で、しかも世 おもしろ 間から必要とせられていた。そこで私は自分もどうか 3 面白く感じ、自分もやってみようという気がしたので、 ( 1 ) な それを亡くなった兄に話してみると、兄は文学は職業あんなふうにえらくなってやってゆきたいものと思っ きらい ( 2 ) にゃならない、アッコンプリッシメントにすぎないもたのである。ところが私は医者は嫌た。どうか医者で しか のだと言って、むしろ私を叱った。しかしよく考えてなくて何か好い仕事がありそうなものと考えて日を送 っているうちに、ふと建築のことに思いあたった。 みるに、自分は何か趣味を持った職業に従事してみた かな 。それと同時にその仕事が何か世間に必要なもので建築ならば衣食住の一つで世の中になくて叶わぬのみ なければならぬ。なせというのに、困ったことには自か、同時に立派な美術である。趣味があるとともに必 ( 3 ) かわりもの 分はどうも変物である。当時変物の意義はよく知らな要なものである。で、私はいよ / 、それにしようと決 かった。しかし変物をもってみすから任じていたとみめた。 えて、とてもいちいちこっちから世の中に度を合せて ところがちょうどその時分 ( 高等学校 ) の同級生に、 おのれま ゆくことはできない。何か己を曲けずして趣味を持っ米山保三郎という友人がいた。それこそ真性変物で、 た、世の中に欠くべからざる仕事がありそうなものだ。常に宇宙がどうの、人生がどうのと、大きなことばか たず するがた、 り言っている。ある日この男が訪ねて来て、例のごと と、その時分私の目に趺ったのは、今も駿河台に あけく くいろ / 、哲学者の名前を聞かされた揚句のはてに君 病院を持 0 ている他々木博士の養父だとかいう、佐々 木東洋という人だ。あの人は誰もよく知っている変人は何になると尋ねるから、実はこう / \ だと話すと、 しりそ だが、世間はあの人を必要としている。しかもあの人彼は一も二もなくそれを却けてしまった。その時かれ は日本でどんなに腕を揮ったって、セント・。ホールズ は己を曲ぐることなくして立派にやってゆく。それか ら井上達也という眼科の医者がやはり駿河台にいたが、の大寺院のような建築を天下後世に残すことはできな ( 6 ) りつば ふる
。僕が文部大臣ならさっそく閉鎖を命じてやる」 「なに、ポールを取りにくる源因がさ」 しやくさわ 、ど、ぶ怒ったね。何か繽に障ることでもある「今日はこれで十六返めだ , のかい」 「君うるさくないか。来ないようにしたらいゝじゃな い力」 「あるのないのって、朝から晩まで癪に障り続けだ」 「そんなに癪に障るなら越せばいゝじゃないか」 「来ないようにするったって、来るから仕方がない 「誰が越すもんか、失敬千万な」 「僕に怒ったって仕方がない。なあに小供だあね。打「仕方がないと言えばそれまでだが、そう頑固にして ちゃっておけばいゝさ」 いないでもよかろう。人間は角があると世の中を転が 「君はよかろうが僕はよくない。昨日は教師を呼びつ ってゆくのが骨が折れて損だよ。丸いものはごろ / , 、 けて談判してやった」 どこへでも苦なしに行けるが、四角なものはころがる 「それは面白かったね。恐れ入ったろう」 に骨が折れるばかりじゃない、転がるたびに角がすれ 「うん」 て痛いものだ。どうせ自分一人の世の中じゃなし、そ この時また門口をあけて、「ちょっとポ 1 ルがはい う自分の思うように人はならないさ。まあなんたね。 りましたから取らしてください」と言う声がする。 どうしても金のあるものに、たてを突いちゃ損だね。 「いや、だいぶ来るじゃないか、またポールだせ君」たゞ神経ばかり痛めて、からだは悪くなる、人は褒め 「うん、表から来るように契約したんだ」 てくれず。向うは平気なものさ。坐って人を使いさえ たぜいぶい かな 「なるほど、それであんなにくるんだね。そう 1 か、 すれば済むんだから。多勢に無勢どうせ、叶わないの 分った」 は知れているさ。頑固もい、が、立て通すつもりでい 「何が分ったんだい」 るうちに、自分の勉強に障ったり、毎日の業務にを うつ さ」 かど ころ 244
の頭脳に何も残らないところが、円遊の落語に似てい る、円遊に学問をさせたら、こんな話をするであろう 予はこれを高等落語と名づける、ある人はこれを文明 ひざくりげ 的膝栗毛というた。 正直なところをいえば、いわゆる根岸派の文士中に 一りよう 上司小剣 は、その写生文を書く伎倆において、夏目氏以上の人 夏目氏の文は予の夙に敬服しているところである。 が幾人もある、しかし「吾輩は猫である」を他の人が おもしろ 「登輩は猫である」のごときも、一度は「ホトトギス」あれ以上に面白く書いても、世間の評判はあれほど高 で読み、二度は今度出た非常に奇麗な本で読んで、そくはなるまい。 こゝにおいてか、大学の教授というも しよか の本は現に予の貧しき書架に愛蔵せられている。 のがいかに世の中にえらがられているかということが 「吾輩は猫である」は子規氏のめた写生文を宗としわかる。 てちょっと横へ外れたものである。 編中の人物で、一番よく現われたのは、御本人の苦 しやみ たたらさんべい 創らず、造らず、ありのままを書いた、白湯を飲む沙弥と、多々良三平とである。寒月はよくわからない 1 ような文は、予のすこぶる好むところで、「吾輩は猫迷亭は少しフザケすぎる。 ( 明治三十八、十「読売新聞」 ) である」のごとぎも、白湯的趣味がはなはだしく予の 気にいったのである。この白湯の味のよくわかる人は 世の中に少なかろう。 「吾輩は猫である」は、頭も無く、尻尾も無く、アハ ハと笑ってそれでおしまいになって、読んだもの 同時代人の批評 っと しつぼ イ 00
いる。小説家もそれで甘んじてはならん。 学問は教師にきかねばならん、事務は官吏に任せね かねもうけ ばならん、金儲は商人に頼まねばならんことがわかれ ごじん ば、吾人が世の中にある立脚地やら、徳義間題の解決 ( 1 ) かっとう やら、相互の葛藤の批評やら、すべてこれらは小説家 の意見を聞いて参考にせねばならん。小説家もその覚 悟がなくてはならん。 ( 明治三十九、九、一「文芸界ヒ 392
まよなか 宵のロは駄目だ、といって真夜中に来れば金善は寐て が念を押す。 しまうからなお駄目た。なんでも学校の生徒が散歩か 「いえ、買ったのです」 「じれったい男たな。買うなら早く買うさ。いやならら帰りつくして、そうして金善がまた寐ない時を見計 いやでい、から、早くかたをつけたらよさそうなものらって来なければ、せつかくの計画が水泡に帰する。 けれどもその時間をうまく見計うのがむずかしい」 「なるほどこりやむずかしかろう 世の中のことはそう、こっちの思うよ らち うに埒があくもんじゃありませんよ」と言いながら寒 「で僕はその時間をまあ十時ごろと見積ったね。それ 月君は冷然と「朝日 , へ火をつけてふかし出した。 で今から十時ごろまでどこかで暮さなければならない 9 うちへ帰って出直すのは大変た。友だちのうちへ話し 主人は面倒になったとみえて、ついと立って書斎へ はいったと思ったら、なんだか古ぼけた洋書を一冊持にゆくのはなんだか気が咎めるようで面白くなし、仕 はら、 ち出して来て、ごろりと腹になって読みはじめた。方がないから相当の時間がくるまで市中を散歩するこ とにした。ところが平生ならば二時間や三時間はぶら 独仙君はいつの間にやら、床の間の前へ退去して、独 ずもう いつの間にか経ってしまう りで碁石を並べて一人相撲をとっている。せつかくのぶらあるいているうちに、 逸話もあまり長くか、るので聴手が一人減り二人減っのだがその夜に限って、時間のたつのが遅いのなんの 千秋の思とはあんなことをいうのだろうと、 て、残るは芸術に忠実なる東風君と、長いことにかっ しみム \ 感じました」とさも感じたらしいふうをして あて辟易したことのない迷亭先生のみとなる。 けむり 描長い烟をふうと世の中へ遠慮なく吹き出した寒月君わざと迷亭先生の方を向く。 ( 1 ) ぜん 歌は、やがて前同様の速度をもって談話をつヾける。 「古人も待っ身につらき置炬燵と言われたことがある ( 2 ) からね、また待たるる身より待っ身はつらいともあっ 「東風君、僕はその時こう思ったね。とうていこりや へきえき おきごた
「警察が君にあやまれと命じたらどうです」 「そういう知己が出てくるとぜひ未来記の続きが述べ こうむ 「なお / 、御免蒙ります」 たくなるね。独仙君のお説のごとく今の世にお上の御 たけやり たのみ 「大臣とか華族ならどうです」 威光を笠にきたり、竹槍の二三百本を恃にして無理を 「いよ / \ もって御免ります」 押し通そうとするのは、ちょうどカゴへ乗ってなんで 「それ見たまえ。昔と今とは人間がそれだけ変ってる。もかでも汽車と競争しようとあせる、時代後れの頑物 昔はお上の御威光ならなんでもできた時代です。その まあわからすやの張本、烏金の長範先生ぐらいの 次にはお上の御威光でもできないものができてくる時ものだから、黙ってお手際を拝見していればい、がー 代です。今の世はいかに殿下でも閣下でも、ある程度ー僕の未来記はそんな当座間に合せの小問題じゃない。 以上に個人の人格の上にのしか、ることができない世人間全体の運命に関する社会的現象たからね。つらっ の中です。はげしく言えば先方に権力があればあるほら目下文明の傾向を達観して、遠き将来の趨勢をトす ど、のしか、られるもののほうでは不愉快を感じて反ると結婚が不可能のことになる。驚ろくなかれ、結婚 抗する世の中です。だから今の世は昔と違って、お上の不可能。わけはこうさ。前申すとおり今の世は個性 の御威光だからできないのだという新現象のあらわれ中心の世である。一家を主人が代表し、一郡を代官が る時代です、昔のものから考えると、ほとんど考えら代表し、一国を領主が代表した時分には、代表者以外 れないくらいな事柄が道理で通る世の中です。世態人の人間には人格はまるでなかった。あっても認められ 情の変遷というものは実に不思議なもので、迷亭君の なかった。それががらりと変ると、あらゆる生存者が 未来記も冗談だと言えば冗談にすぎないのだが、その ことごとく個性を主張し出して、だれを見ても君は君、 あじわい 辺の消息を説明したものとすれば、なか / \ 味がある僕は僕だよといわぬばかりのふうをするようになる。 じゃないですか」 ふたりの人が途中で逢えばうぬが人間なら、おれも人 かみ 力さ せいそんしゃ がんふつ 370
衣服はかくのごとく人間にも大事なものである。人明してすぐさまこれを穿いて、どうだ恐れ入ったろう・ 間が衣服か、衣服が人間かというくらい重要な条件でと威張ってそこいらを歩いた。これが今日の車夫の先 ちょうじつけっ ある。人間の歴史は肉の歴史にあらす、骨の歴史にあ祖である。単簡なる猿股を発明す名のに十年の長日月 らず、血の歴史にあらず、単に衣服の歴史であると申を費やしたのはいさ、か異な感もあるが、それは今日 さかのぼ もうまい したいくらいだ。だから衣服を着けない人間を見ると から古代に溯って身を蒙昧の世界に置いて断定した結 ばけもの力い - 」う 論というもので、その当時にこれくらいな大発明はな 人間らしい感じがしない。まるで化物に邂逅したよう ( 1 ) しわゆかったのである。デカルトは「余は思考す、ゆえに余 ・こ。化物でも全体が申し合せて化物になれば、、 る化物は消えてなくなるわけだから構わんが、それでは存在す , という三つ子にでも分るような真理を考え は人間自身が大いに困却することになるばかりだ。そ出すのに十何年か懸ったそうだ。すべて考え出す時に の昔自然は人間を平等なるものに製造して世の中に拑は骨の折れるものであるから猿股の発明に十年を費や りだした。たからどんな人間でも生れるときは必す赤したって車夫の知恵にはでき過ぎるといわねばなるま 、。さあ猿股ができると世の中で幅のきくのは車夫ば 裸である。もし人間の本性が平等に安んするものなら かりである。あまり車夫が猿股をつけて天下の大道を ば、よろしくこの赤裸のま、で生長してしかるべぎだ ろう。しかるに赤裸の一人がいうにはこう誰も彼も同我物顔に横行濶歩するのを憎らしいと思って負けん気 じでは勉強する甲がない。骨を折った結果が見えぬ。の化物が六年間工夫して羽織という無用の長物を発明 あどうかして、おれはおれだ誰が見てもおれだというとした。すると猿股の勢力はとみに衰えて、羽織全盛の きぐすりや ころが目につくようにしたい。それについてはなにか時代となった。八百屋、生薬屋、呉服屋は皆この大発 ばつりゅう 物人が見てあっと魂消る物をからだにつけてみたい。何明家の末流である。猿股期、羽織期のあとに来るのが さるまた かんしやく か工夫はあるまいかと十年間考えてようやく猿股を発期である。これは、なんだ羽織のくせにと癇癪を起 たまけ う かつま 203
さかなくわ か悲しい音がする。ったようでも独仙君の足はやは 一匹の肴を御へて出掛たところ、途中でとう / 、 \ 我慢 り地面のほかは踏まぬ。気楽かもしれないが迷亭君のがしきれなくなって、自分で食ってしまったというほ 世の中は絵にかいた世の中ではない。寒月君は珠磨り どの不孝ものだけあって、才気もなか / \ 人間に負け をやめて、とう / \ お国から奥さんを連れて来た。こぬほどで、ある時などは詩を作って主人を驚かしたこ れが順当だ。しかし順当が永く続くとさだめし退屈だ ともあるそうだ。こんな豪傑がすでに一世紀も前に出 ろく ろう。東風君もいま十年したら、むやみに新体詩を捧現しているなら、吾輩のような碌でなしはとうに韆 ( 3 ) むかうのきようきが げることの非を悟るたろう。三平君に至っては水に住を頂戴して無何有郷に帰臥してもい、はすであった。 む人か、山に住む人か、ちと鑑定がむすかしい。生涯 主人は早晩胃病で死ぬ。金田のじいさんは欲でもう 三鞭酒を御馳走して得意と思うことができれば結構だ。死んでいる。秋の木の葉はたいがい落ち尽した。死ぬ どろ ころ ( 4 ) じよう。こう 鈴木の藤さんはどこまでも転がってゆく。転がれば泥のが万物の定業で、生きていてもあんまり役に立たな がつく。泥がついても転がれぬものよりも幅が利く。 いなら、早く死ぬたけが賢こいかもしれない。諸先生 の説に従えば人間の運命は自殺に帰するそうだ。油断 猫と生れて人の世に住むこともはや二年越しになる。 自分ではこれほどの見識家はまたとあるまいと思うてをすると猫もそんな窮屈な世に生れなくてはならなく いたが、せんだってカーテル・ムルという見ず知らずなる。恐るべきことだ。なんだか気がくさ / \ してき た。三平君のビールでも飲んでちと景気を付けてやろ の同族が突然大気炎を揚げたので、ちょっとびつくり した。よく / ( 、聞いてみたら、実は百年前に死んだのう。 だが、ふとした好奇心からわざと幽霊になって吾輩を勝手へ回る。秋風にがたっく戸が細目にあいてる間 驚かせるために、遠い冥土から出張したのたそうだ。 から吹き込んたとみえてラン。フはいつのまにか消えて この猫は母と対面をするとき、挨拶のしるしとして、 いるが、月夜と思われて窓から影がさす。コツ。フが盆 でかけ