笑い - みる会図書館


検索対象: 夏目漱石全集 2
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1. 夏目漱石全集 2

そんな紐だよ」と迷亭の文句は不相変長い。「実際こさっき押しかけて来たんだよ、こゝへ。実に僕ら二人 じゞい ( 1 ) ちょうしゅうせいばっ れは爺が長州征伐の時に用いたのです、と寒月君はは驚いたよ、ねえ苦沙強君」「うむ」と主人は寝なが 真面目である。「もうい、加減に博物館へでも献納しら茶を飲む。「鼻って誰のことです」「君の親愛なる久 おん てはどうた。首縊りの力学の演者、理学士水島寒月君遠の女性の御母堂様た」「へえー」「金田の妻という女 たち ともあろうものが、売れ残りの衂本のような出で立をが君のことを聞きに来たよ」と主人が真面目に説明し するのはちと体面に関するわけだから , 「御忠告のとてやる。驚くか、嬉しがるか、恥ずかしがるかと寒月 おりに致してもいゝのですが、この紐がたいへんよく君の様子を窺ってみるとべつだんのこともない。例の 似合うと言ってくれる人もありますのでーー・」「誰だ とおり静かな調子で「どうか私に、あの娘を貰ってく 、そんな趣味のないことをいうのは」と主人は寝返れという依頼なんでしよう」と、また紫の紐をひねく ちがい りを打ちながら大きな声を出す。「それは御存じのかる。「ところが大違さ。その御母堂なるものが偉大な たなんじゃないんでーー」「御存しでなくてもいゝや、る鼻の所有主でね : : : 」迷亭がなかば言い懸けると、 によしよう いったい誰だい」「さる女性なんです」「ハ 、、、、よ主人が「おい君、僕はさっきから、あの鼻について俳 すみだがわ ほど茶人たなあ、当てゝみようか、やはり隅田川の底体詩を考えているんだがね」と木に竹を接いだような ことをい。 隣の室で妻君がくす / \ 笑い出す。「す から君の名を呼んだ女なんだろう、その羽織を着ても のんき よこあい いぶん君も呑気だなあできたのかい」「少しできた。 う一返お駄仏を極め込んじやどうだい」と迷亭が横合 あから飛び出す。「へ 、、、、もう水底から呼んではお第一句がこの顔に鼻祭りというのだ」「それから ? 」 しようじよう ( 2 ) いぬい 猫りません、こから乾の方角にあたる清浄な世界で : 「次がこの鼻に神酒供えというのさ , 「次の句は ? 」「ま しようじよう たそれぎりしかできておらん」「面白いですな」と寒月 : ・」「あんまり清浄でもなさそうた、毒々しい鼻たぜ、 「へえ ? 」と寒月は不審な顔をする。「向う横丁の鼻が君がにや / 、、笑う。「次へ穴二つ幽かなりと付けちゃ だぶつ っ ( 3 ) -9

2. 夏目漱石全集 2

五六間行ってからエヘンという声が聞こえた : : : 三角なものが大和魂か。四角なものが大和魂か。 大和魂は名前の示すごとく魂である。魂であるから常にふら / している : : : 」 この短文は、わざと拙劣に書かれ、ふまじめな調子で書かれている。だが、日露戦争の勝利の宣 伝に酔っている当時の日本で、大和魂熱を、このように嘲笑するのは、猫にしか許されなかったの ではなかろうかと思う。ここでは「猫」の視点は、唯一つの覚めた視点であり、外国帰りの外から 日本を眺めることのできた漱石は、自分を日本人ではなく猫だとすることで、この覚めた視点から の発言をすることができたのだった。 彼は、こうして当時の詩壇の一人よがりの難解な詩を笑いとばすことも、当時の文明開化の風俗 を皮肉ることもできたのであった。もちろん、「猫」の中の笑いは、すべてがこのような強烈な諷 刺の笑いばかりではない。単純な馬鹿らしさもあれば、しゃれの面白さもある。それらが雑然とい りまじって、エンターティンメントになっている。私たちは、それを笑って読めばいいのだ。とい うのは、もし、笑えるなら、私たちは、笑いの意味を理解したことになり、作者の主張に同感した ことになるからである。そうでなければ笑えない。だから、ウフでもクスでもアハハでも、笑って ヾ、、 0 そして、笑わせることのむずかしさを知ればなおさらいいのであるが、まあ、 論読めばそれてしし 品そこまで行かなくてもよかろうと思う。 作 「猫」とその影響さて、この「猫」が、日本文学におよぼした影響だが、残念ながら大きかっ 431

3. 夏目漱石全集 2

ないあきらめるかな」 を早く献上しないと心配ですから」 じんそく ( 1 ) しようしじだい 「鰹節じゃないか」 「生死事大、無常迅速、あきらめるさ」 「ア 1 メン」と迷亭先生今度はまるで関係のない方面「えミ国の名産です」 「名産だって東京にもそんなのはありそうだぜ , と主 へびしやりと一石を下した。 いっしようけんめい ( 3 ) しゆえい 床の間の前で迷亭君と独仙君が一生懸命に翰羸を争人はいちばん大きな奴を一本取り上げて、鼻の先へ持 にお っていって臭いをかいでみる。 っていると、座敷の入口には、寒月君と東風君があい よしあし 「かいだって、鰹節の善悪はわかりませんよ」 ならんでその傍に主人が黄色い顔をして坐っている。 かっふし 「少し大きいのが名産たる所以かね」 寒月君の前に鰹節が三本、裸のま、畳の上に行儀よく 「まあ食べてごらんなさい」 排列してあるのは奇観である。 この鰹節の出所は寒月君の懐で、取り出した時は暖「食べることはどうせ食べるが、こいつはなんだか先 が欠けてるじゃないか」 たかく、手のひらに感じたくらい、裸ながらぬくもっ ていた。主人と東風君は妙な目をして視線を鰹節の上「それだから早く持って来ないと心配だと言うので すー に注いでいると、寒月君はやがて口を開いた。 「実は四日ばかり前に国から帰って来たのですが、い 「なぜ ? 」 ろいろ用事があって、方々馳けあるいていたものです「なぜって、そりや鼠が食ったのです」 「そいつは危険だ。めったに食うとベストになるぜ」 あから、つい上がられなかったのですー で 「そう急いでくるには及ばないさ」と主人は例のごと 「なに大丈夫、そのくらいかじったって害はありませ ふあいきよう 物く無愛嬌なことを言う。 「・急いで来んでもいゝのですけれども、このおみやげ「ぜんたい、。 とこで噛ったんたい」 ふところ あっ ん」 ねすみ 3 引

4. 夏目漱石全集 2

。僕が文部大臣ならさっそく閉鎖を命じてやる」 「なに、ポールを取りにくる源因がさ」 しやくさわ 、ど、ぶ怒ったね。何か繽に障ることでもある「今日はこれで十六返めだ , のかい」 「君うるさくないか。来ないようにしたらいゝじゃな い力」 「あるのないのって、朝から晩まで癪に障り続けだ」 「そんなに癪に障るなら越せばいゝじゃないか」 「来ないようにするったって、来るから仕方がない 「誰が越すもんか、失敬千万な」 「僕に怒ったって仕方がない。なあに小供だあね。打「仕方がないと言えばそれまでだが、そう頑固にして ちゃっておけばいゝさ」 いないでもよかろう。人間は角があると世の中を転が 「君はよかろうが僕はよくない。昨日は教師を呼びつ ってゆくのが骨が折れて損だよ。丸いものはごろ / , 、 けて談判してやった」 どこへでも苦なしに行けるが、四角なものはころがる 「それは面白かったね。恐れ入ったろう」 に骨が折れるばかりじゃない、転がるたびに角がすれ 「うん」 て痛いものだ。どうせ自分一人の世の中じゃなし、そ この時また門口をあけて、「ちょっとポ 1 ルがはい う自分の思うように人はならないさ。まあなんたね。 りましたから取らしてください」と言う声がする。 どうしても金のあるものに、たてを突いちゃ損だね。 「いや、だいぶ来るじゃないか、またポールだせ君」たゞ神経ばかり痛めて、からだは悪くなる、人は褒め 「うん、表から来るように契約したんだ」 てくれず。向うは平気なものさ。坐って人を使いさえ たぜいぶい かな 「なるほど、それであんなにくるんだね。そう 1 か、 すれば済むんだから。多勢に無勢どうせ、叶わないの 分った」 は知れているさ。頑固もい、が、立て通すつもりでい 「何が分ったんだい」 るうちに、自分の勉強に障ったり、毎日の業務にを うつ さ」 かど ころ 244

5. 夏目漱石全集 2

て考えれば猫なで声ではない、なでられ声である でもない。松には脂が・ある。この脂たるすこぶる執着 よろしい、とにかく人間は愚なものであるから撫でら 心の強いもので、もしひとたび、毛の先へくっ付けよ ひざそば ( 3 ) れ声で膝の傍へ寄ってゆくと、たいていの場合におい うものなら、雷が鳴ってもバルチック艦隊が全減して て彼もしくは彼女を愛するものと誤解して、わが為すも決して離れない。しかのみならず五本の毛へこびり まんえん まゝに任せるのみか折々は頭さえ撫でてくれるものだ。つくがはやいか、十本に蔓延する。十本やられたなと もうちゅう しかるに近来吾輩の毛中にのみと号する一種の寄生虫気が付くと、もう三十本引っ懸っている。吾輩は淡泊 が繁殖したので、、めったに寄り添うと必ず頸筋を持つを愛する茶人的猫である。こんな、しつこい 毒悪な、 ほう だいきら、 て向うへ抛りだされる。わずかに目に入るか入らぬか、ねち / した、執念深い奴は大嫌。たとい天下の美 あいそ みよう 取るにも足らぬ虫のために愛想をつかしたとみえる。 猫といえども御免蒙る。いわんや松脂においてをやだ。 ( 1 ) ひるがえ くつがえ 手を翻せば雨、手を覆せば雲とはこのことだ。たかが車屋の黒の両眼から北風に乗じて流れる目糞と選ぶと のみの千匹や二千匹でよくまあこんなに現金な真似が ころなき身分をもって、この淡灰色の毛衣を大なしに できたものた。人間世界を通じて行われる愛の法則のするとは怪しからん。少しは考えてみるがい、。とい 第一条にはこうあるそうだ。 自己の利益になるあったところできやつなか / 、考える気遣はない。あの すべか あっかいカ いだは、須らく人を愛すべし。ーーー人間の取り扱が俄皮のあたりへ行って背中をつけるがはやいか必すべた ぜん ( 2 ) ひょうへん じんりよく ( 5 ) とんらき 然豹変したので、いくら痒ゆくても人力を利用するりとお出になるに極っている。こんな無分別な頓痴奇 しようひ ことはできん。だから第二の方法によって松皮摩擦法を相手にしては吾輩の顔に係わるのみならず、ひいて をやるよりほかに分別はない。しからばちょっとこす吾輩の毛並に関するわけだ。いくら、むず / \ したっ ってまいろうかとまた椽側から降りかけたが、いやこて我慢するよりほかに致し方はあるまい。しかしこの あいつぐな れも利害相償わぬ愚策たと心付いた。というのはほか二方法とも実行できんとなるとはなはだ心細い。 ぐ くびすじ ( 4 ) だい 198

6. 夏目漱石全集 2

とにもどそうとすること。やっとやみかけた人々の笑い め海援隊を組織し王政復古のために力を尽した。 おうかくまく いわゆる腹式呼吸のこと。健 を、子供のことばが再びかきたてることになったのをさ ( 3 ) 横膈膜で呼吸し している。 康法の一つとして昔からすすめられている。 きんせん 一一三 ( 1 ) 欣羨相手をよろこびながらうらやなこと。 一一七 ( 1 ) カーライル Thomas CarlYle ( 】 795 ー】 88D イギ なりあきら てんしよういん リスの評論家・歴史家。力強く感銘的なその文章を漱石三三 ( 1 ) 天璋院名は敬子。島津斉彬の娘。安政三年 ( 一 八五六 ) 徳川十三代将軍家定に嫁し、五年その死にあっ は電光的といって愛した。 しんみち て落節、天璋院と称した。四十七歳で明治十六年 ( 一八 ( 2 ) 新道町家のあいだの細い小路をいう江戸語。 にげんきん 八三 ) に没した。 ( 3 ) 二弦琴正しくは東流二弦琴。江戸時代文人のも ゅうひっ やくも てあそびであった八雲琴を長県風にひき方を改良して、 ( 2 ) 御祐筆貴人のそばにあって書記の役目をする人。 りづめうそ っ 一見論理的に導き出された 八ハ八 ) から家庭音楽として普及させよう ( 3 ) 理詰の虚言を吐く 明治初年 ( 一 ~ 結論を、どこか不合理だと思いながらも認めさせられて としたもの。 しま、つこと。 ルザック Honoré de BaIzac ( 1799 ー 1850 ) フ けんにんじ ランスの小説家。近代写実主義の大家であり、自然主義三四 ( 1 ) 建仁寺京都の建仁寺で用いられはしめた建仁寺 垣のこと。四つ割竹を皮の方を外側に平らに並べ、同じ ーパッサン、ゾラか、ら べール、モ の先駆者としてフロー く竹の押し縁を横に三段つけてなわで結った垣。 トルストイらに至るまで影響を与えた。 もち ( 2 ) 人っけ江戸語「人をつけにするー ( 人を馬鹿に 元 ( 1 ) 餅は魔物「女は物」をもじったものか。 じんみらいざい する ) の略されたもの。 ( 2 ) 尽未来際禅のことばで永久の意。 やろう ばくち ( 3 ) 正月野郎ののしりのことば。おめでたいやつの 三つ ( 1 ) 驀地に現前するまっしぐらに目の前に現われ る。 意。 きようらんきとう 三一 ( 1 ) 狂瀾を既倒になんとかする「狂瀾を既倒に廻三五 ( 1 ) 枝を鳴らさぬ君が御代正月などによく謡われ たいせい る謡曲「高砂」に「四海波静かにて。国も治まる時っ風。 らす」 ( 韓愈『進学解』 ) といって、傾いた大勢をまたも

7. 夏目漱石全集 2

ひとなか たい。ちと人中へも出るがよかたい先生。有名な人に 「きっと出ることにします、僕の作った曲を楽隊が奏 紹介してあけます」 するのを、きぎ落すのは残念ですからね」 まっぴら 「真平御免た」 「そうですとも。君はどうです東風君」 「胃病が癒りますばい」 「そうですね。出て御両人の前で新体詩を朗読したい 「癒らんでも差支ない」 です」 「そけん頑固張りなさるならやむをえません。あなた 「そりや愉快だ。先生私は生れてから、こんな愉快な はどうです来てくれますか」 ことはないです。だからもう一杯ビールを飲みます」 「僕かね、ぜひ行くよ。できるなら媒酌人たるの栄をと自分で買ってきたビールを一人でぐい / 、、飲んで真 得たいくらいのものだ。シャンパンの三々九度や春の赤になった。 なこうど よこ中人は鈴木の藤さんだって ? なるほど 短かい秋の日はようやく暮れて、巻煙草の死骸が算 そこいらたろうと思った。これは残念たが仕方がない。 を乱す火鉢のなかを見れば火はとくの昔に消えている。 仲人が二人できても多すぎるたろう、たゞの人間としさすが呑気の連中も少しく興が尽きたとみえて、「だ てまさに出席するよ」 いぶ遅くなった。もう帰ろうか」とます独仙君が立ち 「あなたはどうです」 上がる。っゞいて「僕も帰る」と口々に玄関に出る。 ( 2 ) いっかんのふうげつかんせいけいひとはつりすはくひんこうりようのかん 「僕ですか、一竿風月閑生計、人釣白蘋紅蓼間」 寄席がはねたあとのように座敷は淋しくなった。 とうしせん またさむじゅ あ「なんですかそれは、唐詩選ですか」 主人は夕飯を済まして書斎に入る。妻君は既寒の襦 ふだんぎ 猫「なんたかわからんです」 窄の襟をかき合せて、洗い晒しの不断着を縫う。小供 まくら 輩「わからんですか、困りますな。寒月君は出てくれるは枕を並べて寝る。下女は湯に行った。 でしようね。今までの関係もあるから」 呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると、どこ ばいしやくにん よせ ざら 381

8. 夏目漱石全集 2

カ / し これなら大丈夫とぬつくと立ち上がる : : : 」 「いよ / \ 出たね , 、と東風君が言うと「めったに弾く とあぶないよ」と迷亭君が注意した。 「どっかへ行くのかいー 、ー ) きっさき つばもと 「ます弓を取って、刧先から鍔元までしらべてみる : ・ 「まあ少し黙って聞いてくたさい。そう一句ごとに邪 魔をされちゃ話ができない。・ ひやか 「おい諸君、だまるんだとさ。シー / 、」 「下手な刀屋じゃあるまいし」と迷亭君が冷評した。 さむらいとすま 「実際これが自分の魂たと思うと、侍が研ぎ澄した名「しゃべるのは君だけだぜー ほかげ ( 2 ) さやばらい 刀を、長夜の灯影で鞘払をする時のような心持ちがす「うん、そうか、これは失敬、謹聴々々」 こわきか 「・ハイオリンを小脇に抱い込んで、草履を突かけたま るものですよ。私は弓を持ったま、ぶる / ( \ とふるえ ました」 ま二三歩草の戸を出たが、まてしばし : : : 」 「まったく天才だ」という東風君について「まったく「そらお出なすった。なんでも、どっかで停電するに てんかん 宿癇た」と迷亭君がつけた。主人は「早く弾いたらよ違いないと思った」 かろうーと言う。独仙君は困ったものだという顔付を「もう帰ったって甘干しの柿はないぜ」 「そう諸先生がおま、せ返しになっては、はなはだ遺憾 「難有いことに弓は無難です。今度はバイオリンを同の至りたが、東風君一人を相手にするよりいたし方が よ うらおもて じくランプの傍へ引き付けて、裏表とも能くしらべてない。 いゝかね東風君、二三歩出たがまた引き返 こおろき あかけっと みる。この間約五分間、つヾらの底ではしじゅうがして、国を出るとき三円二十銭で買った赤毛布を頭か まっくらやみ 鳴いていると思ってください。 ら被ってね、ふっとランプを消すと、君真暗闇になっ ありか 「なんとでも思ってやるから安心して弾くがいゝ」 て今度は草履の所在地が判然しなくなった」 「また弾きやしません。 さいわいパイオリンも疵「いったいどこへ行くんだい」 0 きす 354

9. 夏目漱石全集 2

「乱暴だな。顔も知らない人に艷書をやるなんて、まする」 「どうでしよう退校になるでしようか あどういう了見で、そんなことをしたんだい」 「たゞみんながあいつは生意気で威張ってるって言う「そうさな」 から、からかってやったんです」 「先生、僕のおやじさんは大変やかましい人で、それ 「ます / 、乱暴だな。じゃ君の名を公然とかいて送っ におっ母さんが継母ですから、もし退校にでもなろう たんだな」 もんなら、僕あ困っちまうです。ほんとうに退校にな 「えゝ文章は浜田が書いたんです。僕が名前を貸してるでしようか」 、」藤が夜あすこのうちまで行って投函して来たんで 「だからめったな真似をしないがい、」 「する気でもなかったんですが、ついやってしまった んです。退校にならないようにできないでしようか」 「じや三人で共同してやったんだね」 「え \ ですけれども、あとから考えると、もしあらと武右衛門君は泣き出しそうな声をしてしきりに哀願 われて退学にでもなると大変だと思って、非常に心配に及んでいる。襖の蔭ではさいぜんから細君と雪江さ にさんち して二三日は寐られないんで、なんだかぼんやりしてんがくす / \ 笑っている。主人はあくまでも、もった いぶって「そうさな」を繰り返している。なか /. 、面 しまいました」 「そりやまた飛んでもない馬鹿をしたもんだ。それで白い 吾輩が面白いというと、何がそんなに面白いと聞く 文明中学二年生古井武右衛門とでもかいたのかい」 人があるかもしれない。聞くのはもっともだ。人間に 「いえ、学校の名なんか書ぎやしません」 「学校の名を書かないだけまあよかった。これで学校せよ、動物にせよ、己を知るのは生涯の大事である。 の名が出てみるがい、。それこそ文明中学の名誉に関己を知ることができさえすれば人間も人間として猫よ しようがい 318

10. 夏目漱石全集 2

ひっきよう 畢竟この上品な風刺滑稽の趣味をすすめたものであろ刺すごとぎ趣きを具えながら、なおそのどこかに沖澹 う。「新小説」の後藤宙外氏が「同糅録」において、 にして悠揚迫らざる気品を有し、作者の滑稽が、まさ 夏目漱石氏の「吾輩は猫である」の一編は、たしか に滑稽ではありながら、裡に一種の悲哀を蔵し、かっ かに昨年の創作壇における一異彩を放った好著とい その笑いは、「新小説」の宙外氏をして、 ってよい。その清新な奇警な観察と鋭利な風刺との この人の滑はロを開いて哄笑するのではなく、軽 点において、今のところ他に類のない新方面の開拓 く微笑するのでもなく、ニャリと可厭味な笑いでも 者たる名誉を担うことができよう。 ( 中略 ) 猫が餅 はもちろんない。さりとて、凄味なニッタリでもな を咬えて躍り狂うあたりは、諷喩の低からぬ響が、 つまり寂しい渋い考えた笑いである。 どこからか濔いてくる感がする。 と評せしむる種類のものである点は、むしろ一種のイ 、日守る。すなわち 、「太陽」の大町桂月氏が、「雑言録」において、ギリス趣味を表わしているものといし彳 江戸趣味の特徴とて、軽快洒脱、観察奇警、 ( 中略 ) 幽鬱なペーソスの趣きある一面に、一種シニシズムの 筋の通りたる大作はできず。この作もまとまりたる趣きが現われている。宙外氏が「寂しい渋い考えた笑 筋のあるにはあらす。その高尚にして上品なるが在 い」と評したのは、この辺の特色をほとんど遣憾なく 来の滑稽物に比して一頭地を抜くところにして、長言い現わしたものであろう。清新奇警という趣きは必 処すなわちここに在り。 すしも江戸趣味の特色ではない。しかしながら、作者 といえるは、畢竟この意に外ならぬであろう。ただしが、江戸趣味というよりもむしろイギリス趣味を有し 人この作者の観察奇警にして鋭利なる点が、はたしてているという点は、ひとりこの作においてのみ見る特 時「太陽 , 記者のいえるごとく軽快洒脱の趣きと相伴え色ではないから、これについてはなお詳しく後段に述 るものなるかは疑問である。作者の風刺が、鋭利骨をべることとして、この作者が、以上述べたごとき特殊 と