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検索対象: 夏目漱石全集 2
472件見つかりました。

1. 夏目漱石全集 2

ついでおけば大丈夫なもく、しはらくって花道から馳け出してくるところた て、殿閣微涼を生ず。こう、 よ」 のだ」 「おや、ついだのは、さすがにえらい。まさか、つぐ 「そんなことは僕は知らんよ」 はちまんがね きらかい 気遣はなかろうと思った。ついで、くりやるな八幡鐘「知らなくってもい、から、ちょっとどけたまえ」 をと、こうやったら、どうするかね」 「君さっきから、六ペん待ったをしたじゃないか」 「どうするも、こうするもないさ。一剣天に倚って寒 「記憶のい、男たな。向後は旧に倍し待ったを仕り候。 めんどう だからちょっとどけたまえと言うのだあね。君もよっ しーーえ、、面倒だ。思い切って、切ってしまえ」 「や、、大変々々。そこを切られちや死んでしまう。 ぽど強情だね。座禅なんかしたら、もう少し捌けそう じようだん なものたー おい冗談じゃない。ちょっと待った」 「それだから、さっきから言わんことじゃない。 「しかしこの石でも殺さなければ、僕のほうは少し負 なってるところへは、はいれるものじゃないんだー けになりそうだから : : : 」 つかまっそうろう 「はいって失敬仕り候。ちょっとこの白をとってく 「君は最初から負けてもかまわない流じゃないか , れたまえ」 「僕は負けてもかまわないが、君には勝たしたくな 「それも待つのかい」 「ついでにその隣りのも引き揚げてみてくれたまえ」 「とんた悟道だ。相変らす春風影裏に電光をきってる 「ずう / \ しいぜ、おい」 ( 3 ) さかさ 「 DO ou see the bo イカ なに君と僕の間柄じ 「春風影裏じゃない、電光影裏たよ。君のは逆た、 ないか。そんな水臭いことを言わずに、引き揚けて 、、、もうたいてい逆かになってい、時分だと思 くれたまえな。死ぬか生きるかという場合た。しばら ったら、やはりたしかな所があるね。それじや仕方が ( 2 ) こう い」 ねー ( 5 ) 330

2. 夏目漱石全集 2

ひるね 「これからいよ / ( 、 ' ( イオリンを弾くところだよ。こ 上で昼寐をしている先生ーー、なんとか言いましたね、 っちへ出て来て、聞きたまえ」 独仙先生にも聞いて戴きたいな。 え、独仙先生、 どうですあんなに寐ちゃ、からだに毒ですぜ。もう起「またバイオリンかい。困ったな」 「君は無弦の素琴を弾する連中たから困らないほうな してもい、でしよう」 がっぺき 「おい、独仙君、起きた / 、。面白い話がある。起きんだが、寒月君のは、きい / 、びい / 、、近所合壁へ聞 るんたよ。そう寐ちゃ毒たとさ。奥さんが心配だとえるのたから大いに困ってるところだ」 「そうかい。寒月君、近所へ聞えないようにパイオリ さ」 やぎひけ 「え」と言いながら顔を上げた独仙君の山羊髯を伝わンを弾く方を知らんですか」 あと かたつむりは よだれ 「知りませんね、あるなら伺いたいもので」 って垂涎が一筋長々と流れて、蝸牛の這った迹のよう びやくぎゅう ( 1 ) ろじ 「伺わなくても露地の白牛を見ればすぐ分るはずだ に歴然と光っている。 「あミ眠かった。山上の白雲わが懶きに似たりか。 が」と、なんだか通じないことを言う。寒月君はねぼ あ、、 けてあんな珍語を弄するのだろうと鑑定したから、わ い、心持ちに寐たよ」 「寐たのはみんなが認めているのたがね。ちっと起きざと相手にならないで話頭を進めた。 「ようやくのことで一策を案出しました。あくる日は ちやどうたい」 「もう、起きてもい、ね。何か面白い話があるかい」天長節たから、朝からうちにいて、つゞらの蓋をとっ る 一日そわ / \ して暮らし てみたり、かぶせてみたり、 「これからいよ / \ パイオリンをーーーどうするんたっ で よ / \ 日が暮れて、つヾらの底 てしまいましたが、い たかな、苦沙弥君」 こおろぎ で皹が鳴き出した時、思い刧って例のバイオリンと弓 疆「どうするのかな、とんと見当がっかない」 を取り出しました」 「これからいよ / 、 \ 弾くところです」 ものう いちんち 353

3. 夏目漱石全集 2

ある。主人がなにか言おうとして言わぬさきに、鼻子寒月という男がたび / \ 上がるそうですが、あの人は おおしまつむぎ ほ急に向き直って迷亭のほうを見る。迷亭は大島紬にぜんたいどんなふうな人でしよう」「寒月の事を聞い 、 ( 1 ) こわたりさらさ 古渡史紗かなにか重ねて澄ましている。「おや、あなて、なんにするんです」と主人は苦々しく言う。「や ( 2 ) たが牧山様のーー・ーなんでいらっしゃいますか、ちっと はり御令嬢の御婚儀上の関係で、寒月君の性行の一斑 も存じませんで、はなはだ失礼を致しました。牧山様を御承知になりたいというわけでしよう」と迷亭が気 にはししゅうお世話になると、宿で毎々お噂を致して転を利かす。「それが伺えればたいへん都合が宜しい おります」と急に丁寧な言葉使をして、おまけにお辞のでございますが : : : 」「それじゃ、御令嬢を寒月に 儀までする、迷亭は「へえ、なに、、 2 、、、」と笑っお遣りになりたいとおっしやるんで」「遣りたいなん ている。主人はあっ気に取られて無言で二人を見てい てえんじゃないんです , と鼻子は急に主人をまいらせ る。「たしか娘の縁辺の事につきましてもいろいろ牧る。「外にもたん / 、ロが有るんですから、むりに貰 山さまへ御心配を願いましたそうで : ・ : ・」「へえー っていたゞかないたって困りやしません」「それじゃ そうですか , とこればかりは迷亭にも、ちととうとっ寒月の事なんか聞かんでも好いでしよう」と主人も躍 たまけ すぎたとみえて、ちょっと魂消たような声を出す。起となる。「しかしお隠しなさるわけもないでしよう」 けんかごし - て - つほノ 「実は方々からくれ / \ と申し込はございますが、こと鼻子も少々喧嘩腰になる。迷亭は双方の間に坐って、 ( 3 ) ぐんばいうちわ ( 4 ) はつけ ちらの身分もあるものでございますから、めったな所銀烟管を軍配団扇のように持って、心のうちで八卦よ どな へも片付けられませんので : : : 」「ごもっともで」と いやよいやと怒鳴っている。「じゃあ寒月のほうで、せ 迷亭はようやく安心する。「それについて、あなたにひ貰いたいとでも言ったのですか」と主人が正面から くら 伺おうと思って上がったんですがね」と鼻子は主人の鉄砲を喰わせる。「貲いたいと言ったんじゃないんで ぞんざい 方を見て急に存在な言葉に返る。「あなたの所へ水島すけれども : : : 」「貰いたいたろうと思っていらっし

4. 夏目漱石全集 2

・どう ってたよ。それでわしの知っていたのが百三十の時だらね 0 どういうもんか人に好かれねえ、 ったが、それで死んだんじゃない。それからどうなっ いうものだか、 どうも人が信用しねえ。職人てえ幻 たか分らない。 ことによるとまた生きてるかもしれなものは、あんなもんじゃねえが」「そうよ。民さん ひげは と言いながら槽から上る。髯を生やしている男は なんざあ腰が低いんじゃねえ、頭が高けえんだ。それ 雲母のようなものを自分の回りに蒔き散らしながら独だからどうも信用されねえんだね」「ほんとうによ。 ( 5 ) い りでにや / \ 笑っていた。入れ代って飛び込んで来たあれで一つばし腕があるつもりたから、 つまり自 ( 6 ) しろかねちょう のは普通一般の化物とは違って背中に模様画をほり付分の損たあな」「白銀町にも古い人が亡くなってね、 ( 1 ) いわみじゅうたろう かざ ( 2 ) うわばみ れんがや けている。岩見重太郎が大刀を振り翳して蟒を退治る今じゃ桶屋の元さんと煉瓦屋の大将と親方ぐれえなも ( 3 ) しゅんこう ところのようだが、惜しいことにまた竣功の期に達せのだあな。こちとらあこうしてこ、で生れたもんだが、 んので、蟒はどこにも見えない。したがって重太郎先民さんなんざあ、どこから来たんだか分りやしねえ」 生いさゝか拍子抜けの気味に見える。飛び込みながら「そうよ。しかしよくあれだけになったよ」「うん。ど べらぼうぬ つきあ 「箆棒に温るいや」と言った。するとまた一人続いてういうもんか人に好かれねえ。人が交際わねえから 乗り込んだのが「こりやどうも : : : もう少し熱くなく ね」と徹頭徹尾民さんを攻撃する。 っちゃあ」と顔をしかめながら熱いのを我慢る気色天水桶はこのくらいにして、白い湯の方を見るとこ ともみえたが、重太郎先生と顔を見合せて「やあ親れはまた非常な大入で、湯の中に人がはいってるとい 方」と挨拶をする。重太郎は「やあ」と言ったが、やわんより人の中に湯がはいってるというほうが適当で たみ ゅう / 、ーかん / 、、 がて「民さんはどうしたね。と聞く。「どうしたか、 ある。しかも彼らはすこぶる悠々閑々たるもので、さ じゃん / ・ \ が好きだからね」「じゃん / ′、ばかりじゃ つきからはいるものはあるが出るものは一人もない。 : こ「そうかい、あの男も腹のよくねえ男たか こうはいった上に、一週間もとめておいたら湯もよご ( 4 ) ふね ひと おおいり

5. 夏目漱石全集 2

で嘘のようである。しかし来たに相違ない。しかも珍 を撫でていると、だん / / 、目が重たくなるでしよう」 と聞いた。主人は「なるほど重くなりますな」と答え客が来た。吾輩がこの珍客のことを一言でも記述する る。先生はなお同じように撫でおろし、撫でおろしのは単に珍客であるがためではない。吾輩は先刻申す とおり大事件の余瀾を描きっゝある。しかしてこの珍 「だん / 、、、重くなりますよ、ようござんすか」と言う。 あた 主人もその気になったものか、なんとも言わずに黙っ客はこの余瀾を描くに方って逸すべからざる材料であ ている。同じ摩擦法はまた三四分繰り返される。最後る。なんという名前か知らん、ただ顔の長い上に、山 に甘木先生は「さあもう開きませんぜ」と言われた。羊のような髯を生やしている四十前後の男といえばよ 可哀想に主人の目はとう / 、潰れてしまった。「もう かろう。迷亭の美学者たるに対して、吾輩はこの男を 開かんのですか」「え、もうあきません」主人は黙然哲学者と呼ぶつもりである。なぜ哲学者というと、な めくら にも迷亭のように自分で振り散らすからではない、た として目を眠っている。吾輩は主人がもう盲目になっ だ主人と対話する時の様子を拝見していると、いかに たものと思い込んでしまった。しばらくして先生は ( 1 ) 「あけるなら開いてごらんなさい。とうていあけない も哲学者らしく思われるからである。これも昔の同窓 とみえて両人とも応対振りは至極打ち解けた有様だ。 からーと言われる。「そうですか」と言うがはやいか 「うん迷亭か、あれは池に浮いてる金魚のようにふ 主人は普通のとおり両眼を開いていた。主人はにやに や笑いながら「懸かりませんな」と言うと甘木先生もわふわしているね。先だって友人を連れて一面識もな い華族の門前を通行した時、ちょっと寄って茶でも飲 あ同じく笑いながら「えゝ、懸りません」と言う。催眠 んで行こうと言って引っ張り込んだそうだが、ずいふ 猫術はついに不成功に了る。甘木先生も帰る。 その次に来たのがーーー主人のうちへこのくらい客のん呑気たね、 「それでどうしたい」 来たことはない。交際の少ない主人の家にしてはまる 2 イ 7

6. 夏目漱石全集 2

たた うものはなるほど油断のならないものだと思ったよ。 買うほうだって頭を戳いて品物はたしかかなんて聞く しかし明治三十八年の今日こんな馬鹿な真似をしような野暮は一人もいないんですからそのへんは安心厚 て女の子を売ってあるくものもなし、目を放して後ろなものでさあ。またこの複雑な世の中に、そんな手数 けんのん へ担いだほうは険呑だなどということも聞かないよう をするひにや、際限がありませんからね。五十になっ ・こ。だから、僕の考ではやはり泰西文明のお蔭で女のたって六十になったって亭主を持っことも嫁に行くこ 品行もよほど進歩したものたろうと断定するのだが、 ともできやしません」寒月君は二十世紀の青年だけあ けむワ どうだろう寒月君」 って、大いに当世流の考を開陳しておいて、敷島の烟 お ) ようせきばらい 寒月君は返事をするまえにまず鷹揚な咳払を一つしをふうーと迷亭先生の顔のほうへ吹き付けた。迷亭は おお てみせたが、それからわざと落ち付いた低い声で、こ敷島の烟ぐらいで辟易する男ではない。「仰せのとお んな観察を述べられた。「このごろの女は学校の行きり方今の女生徒、令嬢などは自尊自信の念から骨も肉 帰りや、合奏会や、慈善会や、園遊会で、ちょいと買も皮までできていて、なんでも男子に負けないところ って頂戴な、あらおいや ? などと自分で自分を売り が敬服の至りだ。僕の近所の女学校の生徒などときた やおや ( 1 ) つ、そでは にあるいていますから、そんな八百屋のお余りを雇っ らえらいものだぜ。筒袖を穿いて鉄棒へぶら下がるか て、女の子はよしか、なんて下品な依託販売をやる必要ら感心だ。僕は二階の窓から彼らの体操を目撃するた はないですよ。人間に独立心が発達してくると、しぜんびに古代ギリシアの婦人を追懐するよ」「またギリ んこんなふうになるものです。老人なんぞは入らぬ取シアか」と主人が冷笑するように言い放っと「どうも 越苦労をして、なんとかかとか言いますが、実際をい 美な感じのするものはたいていギリシアから源を発し うとこれが文明の螂勢ですから、私などは大いに喜ばているから仕方がない。美学者とギリシアとはとうて ことにあの色の黒い女学生 しい現象だと、ひそかに慶賀の意を表しているのです。い離れられないやね。 すうせい にうこん かなぼう

7. 夏目漱石全集 2

ぶりよう 然手も足も出せないのだから、僕も無聊でやむをえず僕がイタリアから三百年前の古物を取り寄せてやろう バイオリンのお仲間を仕るのさ」と言うと、相手の独 仙君はいさ、か激した調子で 「どうか願います。ついでにお払いのほうも願いたい 「今度は君の番だよ。こっちで待ってるんた」と言 いもので」 放った。 「そんな古いものが役に立つものか」となんにも知ら 「え ? もう打ったのかい」 ない主人は一喝にして迷亭君を極めつけた。 「打ったとも、とうに打ったさ」 「君は人間の古物とバイオリンの古物と同一視してい かねだぼう 「どこへ」 るんたろう。人間の古物でも金田某のごときものはい ( 1 ) 「この白をはすに延ばした」 まだに流行しているくらいだから、・ ( イオリンに至っ さあ、独仙君どうかお 「なあるほど。この白をはすに延ばして負けにけりか、ては古いほどがい、一のさ。 ( 2 ) そんならこっちはと こっちは こっちはこっち早く願おう。けいまさのせりふじゃないが秋の日は暮 はとて暮れにけりと、どうもい、手がないね。君もうれ易いからね」 一返打たしてやるから、かってなところへ一目打ちた 「君のようなせわしない男と碁を打つのは苦痛たよ。 まえ」 考える暇も何もありやしない。仕方がないから、こゝ 「そんな碁があるものか」 へ一目入れて目にしておこう」 それ「おや / \ 、とう / く、生かしてしまった。惜しいこと 、め「そんな碁があるものかなら打ちましよう。 をしたね。まさかそこへは打つまいと思って、いさ、 錨しやこのかど地面へちょっと曲がって置くかな。 ふる 物寒月君、君 2 ( イオリンはあんまり安いから鼠が碍鹿か駄弁を振って肝胆を砕いていたが、やつばり駄目 にして噛るんだよ、もう少しい、のを奮発して買うさ、か」 かっ ( 3 ) め

8. 夏目漱石全集 2

そうめい とうがい じようじゅ だ。僕が不承知だ、百獣のうちでもっとも聡明なる大当該事件が十中八九まで成就したところへ、迷亭なる ぞう ( 1 ) たんらん 象と、もっとも貪婪たる小豚と結婚するようなものた。常規をもって律すべからざる、普通の人間以外の心理 ふうらいぼう そうたろう苦沙弥君 , と言ってのけると、主人はまた作用を有するかと怪まるる風来坊が飛び込んできたの 黙って菓子皿を叩き出す。鈴木君は少し凹んだ気味でで少々その突然なるに面喰っているところである。極 「そんなことも無かろう」と術なげに答える。さっき楽主義を発明したものは明治の紳士で、極楽主義を実 あけく まで迷亭の悪口をずいぶんついた揚句こゝでなやみな行するものは鈴木藤十郞君で、今この極楽主義で困却 ことを言うと、主人のような無法者はどんなことを素しつ、あるものもまた鈴木藤十郎君である。 い、かげん っ破抜くか知れない。なるべくこ、は好加減に迷亭の 「君はなんにも知らんからそうでもなかろうなどと澄 えいほう 鋭鋒をあしらって無事に切り抜けるのが上分別なのでし返って、例になく言葉寡なに上品に控え込むが、先 ある。鈴木君は利ロ者である。入らざる抵抗は避けらだってあの鼻の主が来た時の容子を見たらいかに実業 びいき ( 2 ) るるたけ避けるのが当世で、無要の口論は封建時代の家贔負の尊公でも辟易するに極ってるよ、ねえ苦沙弘 遣物と心得ている。人生の目的はロ舌ではない実行に君、君大いに奮闘したじゃないか」 しんちよく ある。自己の思い通りに着々事件が進捗すれば、それ「それでも君より僕のほうが評判がいそうだ」 で人生の目的は達せられたのである。苦労と心配と争「アハ 、、なか / \ 自信が強い男だ。それでなくては 論とがなくて事件が進捗すれば人生の目的は極楽流に サヴェジ・チーなんて生徒や教師にからかわれて澄し あ達せられるのである。鈴木君は卒業後この極楽主義にて学校へ出ちゃいられんわけだ。僕も意志は決して人 すぶと で よって成功し、この極楽主義によって金時計をぶら下に劣らんつもりたが、そんなに図太くはできん、敬服 亠よ 物け、この極楽主義で金田夫婦の依頼をうけ、同じくこ の至りたー の極楽主義でまんまと百尾よく苦沙弥君を説き落して 「生徒や教師が少々ぐす / 、言ったってなにが恐ろし へきえき せん 129

9. 夏目漱石全集 2

った。池田君は理学者だけれども、話してみると偉いせんと言う。わけを聞いてみるとだん / 、ある。今は まるで忘れてしまったが、とにかくもっともだと思っ ナしふ議論をやってた 哲学者であったには驚ろいた。ど、・ いぶやられたことを今に記憶している。ロンドンで池て書き直した。 田君に逢ったのは、自分には大変な利益であった。お今度は虚子が大いに賞めてそれを『ホトトギス』に 蔭で幽霊のような文学をやめて、もっと組織たったど載せたが、実はそれ一回きりのつもりだったのだ。と っしりした研究をやろうと思いはじめた。それからそころが虚子が面白いから続きを書けというので、だん の方針で少しやって、全部の計画は日本でやり上けるだん書いているうちにあんなに長くなってしまった。 というようなわけだから、私はたゞ偶然そんなものを つもりで西洋から帰って来ると、大学に教えてはどう かということだったので、そんならそうしようと言っ書いたというだけで、別に当時の文壇に対して、どう て大学に出ることになった。 ( これもいま言った自分こうという考も何もなかった。たヾ書きたいから書き、 の研究にはならないから、最初は断ったのである。 ) 作りたいから作ったまでで、つまりいえば、私があゝ う時機に達していたのである。もっとも書きはじめ さて正岡子規君とはもとからの友人であったので、 私が〔ンドンにいる時、亜岡に下宿で閉ロした模様をた時と、終る時分とはよほど考が違 0 ていた。文体な ども人を真似るのがいやだったから、あんなふうにや 手紙にかいて送ると、正岡はそれを『ホトトギス』に ってみたにすぎない。 載せた。『ホトトギス』とはもとから関係があったが、 それが近因で、私が日本に帰った時 ( 正岡はもう死ん なにしろそんなふうで今日までやってきたのだが、 たの でいた ) 編輯者の虚子から何か書いてくれないかと嘱以上を総合して考えると、私は何事に対しても積極的 まれたので、はじめて『吾輩は猫である』というのをでないから、考えて自分でも驚ろいた。文科に入った 書いた。ところが虚子がそれを読んで、これは不可まのも友人のすゝめだし、教師になったのも人がそう一冒 かげ まね

10. 夏目漱石全集 2

不平を堂々と言うよ」 は一挙手一投足も自然天然とはできないようになる。 ( 6 ) 「かってに言うがい、、言うこともないくせに」 ヘンレーという人がスチーヴンソンを評して、彼は鏡 「ところがある。大いにある。君なそは先たっては刑のか、った部屋に入って、鏡の前を通るごとに自己の 事巡査を神のごとく敬い、また今日は探偵をスリ泥棒影を写して見なければ気が済まぬほど、瞬時も自己を むじゅん ( 1 ) へんげ に比し、まるで矛盾の変怪だが、僕などは終始一貫、忘るることのできない人だと評したのは、よく今日の ( 2 ) ふも すうせい 父母未生以前からたゞいまに至るまで、かって自説を趨勢を言いあらわしている。寐てもおれ、覚めてもお 変じたことのない男た」 れ、このおれが至る所につけまつわっているから、人 「刑事は刑事だ。探偵は探偵た。先たっては先だって 間の行為言動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈 で今日は今日た。自説が変らないのは発達しない証拠になるばかり、世の中が苦しくなるばかり、ちょうど ( 3 ) かぐ だ。下愚は移らずというのは君のことだ。 見合をする若い男女の心持ちで朝から晩までくらさな しようよう ( 7 ) かく 「これはぎびしい。探偵もそうまともにくると可愛い ければならない。悠々とか従容とかいう字は画があっ ところがある て意味のない言葉になってしまう。この点において今 「おれが探偵」 代の人は探偵的である。泥棒的である。探偵は人の目 かす 「探偵でないから、正直でい、と言うのだよ。喧嘩はを掠めて自分だけうまいことをしようという商売たか おやめ / 、。さあ。その大議論のあとを拝聴しよう」 ら、いきおい自覚、いが強くならなくてはできん。泥棒 る 「今の人の自覚心というのは自己と他人の間然たも捕まるか、見付かるかという心配が念頭を離れるこ ( 5 ) こうこう とがないから、いきおい自覚心が強くならざるを得な 描る利害の鴻溝があるということを知りすぎているとい 北うことだ。そうしてこの自覚心なるものは文明が進む い。今の人はどうしたら己れの利になるか、損になる に従って一日 / ( \ と鋭敏になってゆくから、しまいに かと寐ても醒めても考えっゞけだから、いきおい探偵 361