話 - みる会図書館


検索対象: 夏目漱石全集 2
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1. 夏目漱石全集 2

教師をやってみてはどうかということである。私は別 にやってみたいともやってみたくないとも思っていな かったが、そう言われてみると、またやってみる気が ないでもない。それでとにかくやってみようと思って ( 3 ) かのう そういうと、外山さんは私を嘉納さんのところへやっ た。嘉納さんは高等師範の校長である。そこへ行って 私の処女作 , ーーといえばまず『猫』だろうが、別に 追懐するほどのこともないようだ。ただ偶然あ、、いうまず話を聴いてみると、嘉納さんは非常に高いことを ものができたので、私はそういう 時機に達していたと言う。教育の事業はどうとか、教育者はどうなければ ならないとか、とても我々にはやれそうにもない。今 いうまでである。 というのが、もと / 、私には何をしなければならぬなら話を三分の一に聴いて仕事も三分の一くらいで済 ばかしようじき ということがなかった。もちろん生きているから何かましておくが、その時分は馬鹿正直たったので、そう はゆかなかった。そこでとても私にはできませんと断 しなければならぬ。する以上は、自己の存在を確実に 、。あなたの辞退するの し、ここに個人があるということを他にも知らせねばると、嘉納さんが旨い事をし りようけん ならぬくらいの了見は、常人と同じように持っていたを見てます / ( 、依頼したくなったから、とにかくやれ かもしれぬ。けれども創作の方面で自己を発揮しようるたけやってくれとのことであった。そう言われてみ 談とは、創作をやる前までべつだん考えていなかった。ると、私の性質としてまた断り切れず、とう / \ 高等 追話が自分の経歴みたようなものになるが、ちょうど師範に勤めることになった。それが私のライフのスタ ( 2 ) ートであった。 致私が大学を出てから間もなくのこと、ある日外山正一 おおもど ここでちょっと話が大戻りをするが、私も十五六歳 氏からちょっと来いと言ってきたので、行ってみると、 ( 1 ) 処女作追懐談 393

2. 夏目漱石全集 2

徒で・ハイオリンなどを弾くものはもちろん一人もありそうだ。この梅干が出るのを楽しみに塩気のない周囲 ません。 を一心不乱に食い欠いて突進するんだというが、なる おうせい 「なんだか面白い話が向うで始まったようだ。独仙君ほど元気旺盛なものたね。独仙君、君の気に入りそう な話だぜ」 、加減に切り上げようじゃないか」 ごうけん 「質朴剛健でたのもしい気風だ」 「まだ片付かない所が二三か所ある」 「まだたのもしいことがある。あすこには灰吹ぎがな 「あってもい、。大概なところなら、君に進上する」 ( 2 ) と いそうだ。僕の友人があすこへ奉職をしているころ吐 「そう言ったって、貰うわけにもゆかない」 いん きちょうめん げつはう 「禅学者にも似合わん儿帳面な男だ。それじや一気呵月峯の印のある灰吹きを買いに出たところが、吐月峯 成にやっちまおう。 寒月君なんだかよっぽど面白どころか、灰吹と名づくべぎものが一個もない。不思 ゃぶ そうだね。 あの高等学校だろう、生徒が裸足で登議に思って、聞いてみたら、灰吹きなどは裏の藪へ行 って切ってくれば誰にでもできるから、売る必要はな 校するのは : : : 」 いと澄まして答えたそうだ。これも質朴剛健の気風を 「そんなことはありません . 「でも、みんなはだしで兵式体操をして、回れ右をやあらわす美譚たろう、ねえ独仙君、 「うむ、そりやそれでい、が、こ、ヘ駄目を一つ人れ るんで足の皮がたいへん厚くなってるという話だせ」 なくちゃいけない」 「まさか。だれがそんなことを言いました」 あ「だれでもい、よ。そうして弁当には偉大なる握り飯「よろしい。駄目、駄目、駄目と。それで片付いた。 なつみかん 僕はその話を聞いて、実に驚いたね。そんなとこ 猫を一個、夏蜜柑のように腰へぶら下げて来て、それを 食うんだっていうじゃないか。食うというよりむしろろで君が ' ( イオリンを独習したのは見上げたものだ。 ( 4 ) そじ ふぐん ( 3 ) けいどく 食い付くんだね。すると中心から梅干が一個出て来る惲独にして不羣なりと楚辞にあるが、寒月君はまっ はたし 335

3. 夏目漱石全集 2

した三女は姉と姉の間から膝を前の方に出す。たゞし 「八木さんは雪江さんの学校の先生なの」 うけたま これはお話を承わるというのではない、坊ばもまたお 、、え、先生じゃないけども、淑徳婦人会のときに ( 1 ) つかまっ しようだ、 話を仕るという意味である。「あら、また坊ばちゃん 招待して、演説をしていたゞいたの」 の話た」と姉さんが笑うと、妻君は「坊ばはあとでな 「面白かって ? 」 ( 2 ) す さい。雪江さんのお話がすんでから」と賺かしてみる。 「そうね、そんなに面白くもなかったわ。だけども、 あの先生が、あんな長い顔なんでしよう。そうして天坊ばはなか / 、聞きそうにない。「いやーよ、ばぶ」 神様のような髯を生やしているもんたから、みんな感と大きな声を出す。「お \ よし / \ 坊ばちゃんから なさい。なんというの ? と雪江さんは謙した。 心して聞いていてよ」 「あのね。坊たん、坊たん、どこ行くのって」 「お話って、どんなお話なの ? 」と妻君が聞きかけて 「面白いのね。それから ? 」 いると椽側の方から、雪江さんの話し声をききつけて、 たんぼ 「わたちは田圃へ稲刈いに」 三人の子供がどたばた茶の間へ乱入して来た。今まで あきち 「そう、よく知ってること」 は竹垣の外の空地へ出て遊んでいたものであろう。 ねえ 「お前がくうと邪魔になる 「あら雪江さんが来た」と二人の姉さんは嬉しそうに 「あら、くうとじゃないわ、くるとだわね」ととん子 大きな声を出す。妻君は「そんなに騒がないで、みん な静かにしてお坐わりなさい。雪江さんが今面白い話が口を出す。坊ばは相変らず「ばぶ」と一喝してたゞ へきえき ちに姉を辟易させる。しかし中途でロを出されたもの あをなさるところだから。と仕事を隅へ片付ける。 で たから、続きを忘れてしまって、あとが出て来ない。 「雪江さんなんのお話、わたしお話が大好き」と言っ たのはとん子で「やつばりかち / 、山のお話 ? 」と聞「坊ばちゃん、それぎりなの ? 」と雪江さんが聞く。 「あのね。あとでおならは御免たよ。ぶう、ぶう / \ いたのはすん子である。「坊ばもおはなち」と言い出 えんがわ ひげ 30 ノ

4. 夏目漱石全集 2

ともに吐き気がすっかり留まって水薬がなんの苦なし 迷亭はとぼけた顔をして「君のような親切な夫を持 に飲めたよ。それから四時十分ころになると、甘木先った妻君は実に仕合せだな」と独り言のようにいう。 せきばら 生の名医ということも始めて理解することができたん障子の蔭でエヘンという細君の咳払いが聞える。 だが、育中がぞく / \ 、するのも、目がぐら / \ するの 吾輩は大人しく三人の話を順番に聞いていたが可笑 も夢のように消えて、とうぶん立っこともできまいとしくも悲しくもなかった。人間というものは時間を潰 思った病気がたちまち全快したのは嬉しかった」 すためにしいて口を運動させて、可笑しくもないこと かぶぎざ 「それから歌舞伎座へ一所に行ったのかい」と迷亭がを笑ったり、面白くもないことを嬉しがったりするほ かおっき 要領を得んという顔付をして聞く。 かに能もないものだと思った。吾輩の主人の、我儘で 「行きたかったが四時を過ぎちゃ、はいれないという 偏狭なことは前から承知していたが、平常は言葉数を 細君の意見なんだから仕方がない、やめにしたさ。も使わないのでなんだか了解しかねる点があるように思 う十五分ばかり早く甘本先生が来てくれたら僕の義理われていた。その了解しかねる点に少しは恐しいとい も立っし、妻も満足したろうに、わずか十五分の差でう感じもあったが、今の話を聞いてから急に軽蔑した かれ ね、実に念なことをした。考え出すとあぶないとこ くなった。彼はなぜ両人の話を沈黙して聞いていられ ろだったと今でも思うのさ」 ないのだろう。負けぬ気になって愚にもっかぬ駄弁を おわ ろう 語り了った主人はようやく自分の義務を済ましたよ弄すればなんの所得があるたろう。工。ヒクテタスにそ うなふうをする。これで両人に対して顔が立っというんなことを為ろと書いてあるのかしらん。要するに主 ( 1 ) へちま 気かもしれん。 人も寒月も迷亭も太平の逸民で、彼らは糸瓜のごとく すま 寒月は例のごとく欠けた歯を出して笑いながら「そ風に吹かれて超然と澄し切っているようなものの、そ しやばけ よくけ れは残念でしたな」と言う。 の実は、やはり娑婆気もあり欲気もある。争の念、 おとな ふだん

5. 夏目漱石全集 2

んの声で「三毛や三毛や御飯たよ , と呼ふ。三毛子はるやいなや、決して黙っていない。 「おい、名なしの ごんべえ 嬉しそうに「あらお師匠さんが呼んでいらっしやるか権兵衛、近ごろじゃ乙う高く留ってるじゃあねえか あたし ら、私帰るわ、よくって ? ーわるいと言ったって仕方 いくら教師の飯を食ったって、そんな高慢ちきな面ら 「それじゃまた遊びにいらっしゃい」と鈴をあするねえ。人っけ面白くもねえ」黒は吾の有名に ちゃら / \ 鳴して庭先までかけて行ったが、急に戻っ なったのを、まだ知らんとみえる。説明してやりたい て来て「あなた大変色が悪くってよ。どうかしやしな がとうてい分る奴ではないから、ます一応の挨拶をし ごめんこうむ くって」と心配そうに間いかける。まさか雑煮を食ってできうるかぎり、はやく御免るにしくはないと決 あいかわらす て踊りを踊ったとも言われないから「なに別段のこと 心した。「いや黒君お目出度う。不相変元気がい、ね」 もありませんが、少し考え事をしたら頭痛がしてね。 と尻尾を立てて左へくるりと回わす。黒は尻尾を立て 「なにお目出度え ? 正月でお あなたと話でもしたら直るだろうと思って実は出掛けたぎり挨拶もしない。 ねん て来たのですよ」「そう。お大事になさいまし。さよ目出たけりや、御めえなんざあ年が年中お目出てえほ うなら」少しは名残り惜し気に見えた。これで雑煮のうだろう。気をつけろい、この吹い子の向う面め」吹 元気もさつばりと回復した。い ゝ、い持に , なっこ 0 ョ市り . い子の向うづらという句は罵詈の言語であるようたが、 に例の茶園を通り抜けようと思って、霜柱の融けかか吾輩には了解ができなかった。「ちょっと伺がうが吹 ったのを踏みつけながら建仁寺の崩れから顔を出すとい子の向うづらというのはどういう意味かね」「へん、 あくび また車屋の黒が枯菊の上に背を山にして欠伸をしてい 手めえが悪体をつかれてるくせに、その訳を聞きや世 る。近ごろは黒を見て恐怖するような吾輩ではないが、話あねえ、だから月野郎だ 0 てことよ」正月野郎は 話をされると面倒たから知らぬ顏をして行き過ぎよう 詩的であるが、その意味に至ると火い子のなんとかよ ひとおの とした。黒の性質として、他が己れを軽侮したと認むりもいっそう不明瞭な文句である。参考のためちょっ ( 1 ) けんにんじ

6. 夏目漱石全集 2

わたし やるんですか」と主人はこの婦人鉄砲に限ると覚った両人は一度に感じ入る。「お忘れになったら私からお むこうこまあべ らしい。「話はそんなに運んでるんじゃありませんが話をしましよう。去年の暮向島の阿部さんのお屋敷で うれ ー・ー寒月さんだってまんざら嬉しくないこともないで演奏会があって寒月さんも出掛けたじゃありませんか、 くわ あすまばし しよう」と土俵ぎわで持ち直す。「寒月がなにかそのその晩帰りに吾妻橋でなんかあったでしよう 御令嬢に恋着したというようなことでもありますか」 いことは言いますまい、当人の御迷惑になるかもしれ けんまく ませんからーーあれだけの証拠がありや十分たと思い あるなら言ってみろという権暮で主人は反り返る。 ゅびわ 「まあ、そんな見当でしようね」今度は主人の鉄砲が少ますが、どんなものでしようーと金剛石入りの指環の ぎようじぎど しも功を奏しない。今まで面白気に行司気取りで見物嵌った指を、膝の上へ並べて、つんと居すまいを直す。 ちょうはっ していた迷亭も鼻子の一言に好奇心を挑援されたもの偉大なる鼻がます / 、異彩を放って、迷亭も主人も有 とみえて、烟管を置いて前へ乗り出す。「寒月がお嬢されども無きがごとき有様である。 んに付け文でもしたんですか、こりや愉快だ、新年に 主人はむろん、さすがの迷亭もこの不撃には胆を ぼうぜん ( 1 ) おこり なって逸話がまた一つ殖えて話の好材料になる」と一抜かれたものとみえて、しばらくは呆然として瘧の落 ( 2 ) きようがくたが はげ 人で喜んでいる。「付け文じゃないんです、もっと烈ちた病人のように坐っていたが、驚愕の箍がゆるんで ちまえ こつけい ふたり しいんでさあ、お二人とも御承知しゃありませんか」だん / \ 持前の本態に復するとともに、滑稽という感 とっかん と鼻子は乙にからまってくる。「君知ってるか」と主じが一度に吶喊してくる。両人は申し合せたごとく きつね 、、、、」と笑い崩れる。鼻子ばかりは少し当て あ人は狐付きのような顔をして迷亭に聞く。迷亭も馬鹿「ハ はす が外れて、このさい笑うのは、はなはだ失礼たと両人を 猫げた調子で「僕は知らん、知っていりや君た」とつま おふたり 物らんところで謙遜する。「いえ御両人とも御存じのこ睨みつける。「あれがお嬢さんですか、なるほどこり 。っしやるとおりだ、ねえ苦沙弥君、まった とですよ」と鼻子たけ大得意である。「へえーーと御ゃいミお おっ そ さと

7. 夏目漱石全集 2

( 1 ) かんげつ と下女が来て寒月さんがお出になりましたという。こ寒月君が笑う。見ると今日は前歯が一枚欠けている。 の寒月という男はやはり主人の旧門下生であったそう「君歯をどうかしたかね [ と主人は間題を転じた。「え しいたけ だが、今では学校を卒業して、なんでも主人より立沢 え、実はある所で椎茸を食いましてね」「何を食ったっ になっているという話である。この男がどういう わけて ? 」「その、少し椎茸を食ったんで。椎茸の傘を前 おも か、よく主人の所へ遊びに来る。来ると自分を恋って歯で物み切ろうとしたらぼろりと歯が欠けましたよ」 おもしろ いる女が有りそうな、無さそうな、世の中が面白そう「椎茸で前歯がかけるなんざ、なんたか爺々臭いね。 つま つや な、詰らなそうな、凄いような艶っぽいような文句ば俳句にはなるかもしれないが、恋にはならんようた ひらて かり並べては帰る。主人のようなしなびかけた人間をな」と平手で吾輩の頭を軽く既く。「あゝその猫が例 がてん ふと 求めて、わざ / 、こんな話をしに来るのからして合点のですか、なか / 、肥ってるじゃありませんか、それ くろ がゆかぬが、あの牡蠣的主人がそんな談話を聞いて時なら車屋の黒にだって負けそうもありませんね、立派 時相槌を打つのは、なお面白い なものたーと寒月君は大いに吾輩を賞める。「近ごろ ・こぶさた 「しばらく御無沙汰をしました。実は去年の暮から大だいぶ大きくなったのさ」と自慢そうに頭をぼか / 、 いに活動しているものですから、出よう / \ と思ってなぐる。賞められたのは得意であるが頭が少々痛い。 ひも も、ついこの方角へ足が向かないので」と羽織の紐を「一昨夜もちょいと合奏会をやりましてね」と寒月君 なぞ もど ひねくりながら謎みたようなことを、 しう。「どっちのはまた話をもとへ戻す。「どこで」「どこでもそりやお くろ あ方角へ足が向くかね」と主人は真面目な顏をして、黒聞きにならんでよいでしよう。・ ( イオリンが三丁と でもめん そでくちひつば 猫木綿の紋付羽織の袖口を引張る。この羽織は木綿でゆ。ヒア / の伴奏でなか / \ 面白かったです。・ハイオリン ( 3 ) きが短かい、下からべんべら者が左右へ五分ぐらいずも三丁ぐらいになると下手でも聞かれるものですね。 ふたり つはみ出している。「エへ、、少し違った方角で」と二人は女で私がその中へまじりましたが、自分でも善 あいろち ・もの まじめ りつギ -

8. 夏目漱石全集 2

、こふく と、伊勢源という呉服屋の前でその男に出っ食わした。僕がおやじと伊勢源の前までくると第例の人売りがお ( 2 ) しまいもの 伊勢源というのは間口が十間で蔵が五つ戸前あって静やじを見て旦那女の子の仕舞物はどうです、安く負け 岡第一の呉服屋だ。今度行ったら見てきたまえ。今でておくから買っておくんなさいと言いながら天秤棒を おろ じんべ も歴然と残っている。立派なうちだ。その番頭が甚兵卸して汗を拭いているのさ。見ると籠の中には前に一 南といってね。いつでもお袋が三日前に亡くなりまし人後ろに一人両方とも二歳ばかりの女の子が入れてあ る。おやしはこの男に向って安ければ買ってもいが、 たというような顔をして帳場のところへ控えている。 甚兵衛君の隣りには初さんという二十四五の若い衆がもうこれぎりかいと聞くと、へえあいにく今日はみん ( 1 ) うんしようりつしきえ 坐っているが、この初さんがまた雲照律師に帰依してな売り尽してたった二つになっちまいました。どっち でも好いから取っとくんなさいなと女の子を両手で持 三七二十一日のあいた蕎麦湯たけで通したというよう ちょう って唐茄子かなんぞのようにおやじの鼻の先へ出すと、 な青い顔をしている。初さんの隣りが長どんでこれは しゅうんそろばん 昨日火事で焚き出されたかのごとく愁然と算盤に身をおやじはぼん / 、と頭を叩いてみて、はあ可なりな もた なら 凭している。長どんと並んで : : : 」「君は呉服屋の話音だと言った。それからいよ / \ 談判が始まってさん 価切ったすえおやじが、買っても好いが品はたし をするのか、人売りの話をするのか」「そう / \ 人売 ( 3 ) かたろうなと聞くと、え、、前の奴は始終見ているから りの話をやっていたんたつけ。実はこの伊勢源につい きだん 間違はありませんがね、うしろに担いでるほうは、な てもすこぶる奇譚があるんだが、それは割愛して今日 ひとうり にしろ目がないんですから、ことによるとひゞが入っ あは人売たけにしておこう」「人売もついでにやめるが で 錨 いゝ」「どうしてこれが二十世紀の今日と明治初年ごてるかもしれません。こいつのほうなら受け合えない ろの女子の品性の比較について大なる参考になる材料代りに価段を引いておきますと言った。僕はこの間答 たから、そんなに容易くやめられるものかーー、 , 、それでをいまたに記憶しているんだがその時小供心に女とい せげん はっ ねだ人

9. 夏目漱石全集 2

しる 一 = ロ冫。しかなることが記さるるであろうかとあらかし 主人は夢の裡まで水彩画の未練を背負ってあるいて記こよ、 いるとみえる。これでは水彩画家はむろん夫子のいわめ想像せざるを得なかった。この美学者はこんないい ゆいいったの・え 加減なことを吹き散らして人を担ぐのを唯一の楽にし ゆる通人にもなれない質だ。 主人が水彩画を夢に見た翌日例の金縁眼鏡の美学者ている男である。彼はアンドレア・デル・サルト事件 ( 2 ) へきとう が久しぶりで主人を訪間した。彼は座につくと劈頭第が主人の情線にいかなる響きを伝えたかを毫も顧慮せ に「画はどうかねーと口を切った。主人は平気な顔ざるもののごとく得意になって下のようなことを饒舌 っと っこ 0 をして「君の忠告に従って写生をカめているが、なる 「いや時々冗談をいうと人が真に受けるので大 ( 3 ) こつけいてき ちょ ) はっ いに滑稽的美感を挑撥するのは面白い。先たってある ほど写生をすると今まで気のつかなかった物の形や、 ( 4 ) 色の精細な変化などがよく分るようだ。西洋では昔か学生にニコラス・ニックルべーがギポンに忠告して彼 ら写生を主張した結果今日のように発達したものと思の一世の大著述なる仏国革命史を仏語で書くのをやめ われる。さすがアンドレア・デル・サルトだ」と日記にして英文で出版させたと言ったら、その学生がまた のことはおくびにも出さないで、またアンドレア・デ馬鹿に記憶の善い男で、日本文学会の演説会で真面目 ル・サルトに感心する。美学者は笑いながら「実は君、に僕の話したとおりを繰り返したのは滑稽であった。 でたらめ あれは出鱈目だよ」と頭を掻く。「何が」と主人はまところがその時の傍聴者は約百名ばかりであったが、 だ響わられたことに気がっかない。「何がって君のしき皆熱心にそれを傾聴しておった。それからまだ面白い ( 6 ) りに感服しているアンドレア・デル・サルトさ。あれ話がある。先たってある文学者のいる席でハリソンの まじめ れつミう ( 7 ) は僕のちょっと捏造した話だ。君がそんなに真面目に歴史小説セオファーノの話が出たから僕はあれは歴史 じよしゅじんこう ( 8 ) はくび 信じようとは思わなかった。ハ 、、、」と大喜悦の体小説のうちで白眉である。 . ことに女主人公が死ぬとこ きよう である。吾輩は椽側でこの対話を聞いて彼の今日の日ろは鬼気人を襲うようたと評したら、僕の向うに坐っ たち ( 1 ) ふうし ふつこく かっ ( 5 ) しやペ

10. 夏目漱石全集 2

ひるね 「これからいよ / ( 、 ' ( イオリンを弾くところだよ。こ 上で昼寐をしている先生ーー、なんとか言いましたね、 っちへ出て来て、聞きたまえ」 独仙先生にも聞いて戴きたいな。 え、独仙先生、 どうですあんなに寐ちゃ、からだに毒ですぜ。もう起「またバイオリンかい。困ったな」 「君は無弦の素琴を弾する連中たから困らないほうな してもい、でしよう」 がっぺき 「おい、独仙君、起きた / 、。面白い話がある。起きんだが、寒月君のは、きい / 、びい / 、、近所合壁へ聞 るんたよ。そう寐ちゃ毒たとさ。奥さんが心配だとえるのたから大いに困ってるところだ」 「そうかい。寒月君、近所へ聞えないようにパイオリ さ」 やぎひけ 「え」と言いながら顔を上げた独仙君の山羊髯を伝わンを弾く方を知らんですか」 あと かたつむりは よだれ 「知りませんね、あるなら伺いたいもので」 って垂涎が一筋長々と流れて、蝸牛の這った迹のよう びやくぎゅう ( 1 ) ろじ 「伺わなくても露地の白牛を見ればすぐ分るはずだ に歴然と光っている。 「あミ眠かった。山上の白雲わが懶きに似たりか。 が」と、なんだか通じないことを言う。寒月君はねぼ あ、、 けてあんな珍語を弄するのだろうと鑑定したから、わ い、心持ちに寐たよ」 「寐たのはみんなが認めているのたがね。ちっと起きざと相手にならないで話頭を進めた。 「ようやくのことで一策を案出しました。あくる日は ちやどうたい」 「もう、起きてもい、ね。何か面白い話があるかい」天長節たから、朝からうちにいて、つゞらの蓋をとっ る 一日そわ / \ して暮らし てみたり、かぶせてみたり、 「これからいよ / \ パイオリンをーーーどうするんたっ で よ / \ 日が暮れて、つヾらの底 てしまいましたが、い たかな、苦沙弥君」 こおろぎ で皹が鳴き出した時、思い刧って例のバイオリンと弓 疆「どうするのかな、とんと見当がっかない」 を取り出しました」 「これからいよ / 、 \ 弾くところです」 ものう いちんち 353