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検索対象: 夏目漱石全集 4
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1. 夏目漱石全集 4

「そりや困る。僕が井上のお嬢さんを貰うなんて、 願があるんだよ」 ーそんな堅い約東はないんだからねー 「だから話せ。京都からの知己じゃ。なんでもしてや 「そうか。 るぞ」 いや怪しいぞ」と浅井君が言った。小 調子はだいぶ熱心である。小野さんは片肘を放して、野さんは腹の中で下等な男だと思う。こんな男たから 破談を平気に持ち込むことができるんだと思う。 ぐるりと浅井君の方へ向き直る。 「そう頭から冷やかしちゃ話ができない」と故のよう 「君なら遣ってくれるだろうと思って、実は君の帰る な大人なしい調子で言う。 のを待っていたところだ」 おとな まじめ 。そう真面目にならんでも好い。そう大人 「そりや、好え時に帰ってきた。なにか談判でもする のか。結婚の条件か。近ごろは無財産の細君を貰うのしくちゃ損だぞ。もう少し面の皮を厚くせんとー 「まあ少し待ってくれたまえ。修業中なんだから , は不便だからのう」 「そんなことじゃない」 「ちと稽古のためにどっかへ連れていってやろうか」 よら 「しかし、そういう 条件を付けておくほうが君の将来「なにぶん宜しく : : : 」 かけお 「などと言って、裏ではさかんに修業しとるかもしれ のために好えぞ。そう為い。僕が懸合うてやる」 「そりや貰うとなれば、そういう談判にしても好いがんの」 「まさか」 「貰うことは貰うつもりじやろう。みんな、そう思う 「いやそうでないぞ。近ごろだいぶ修飾るところをも さっきまきにばこいれでどころ とるそ」 って見ると。ことに先の巻烟草入の出所などははなは だれ 「誰が」 だ疑わしい。そう言えばこの烟草もなんとなく妙な臭 がするわい」 「誰がてて、我々が」 せ かたひじ 226

2. 夏目漱石全集 4

「そこだけは兄さんも賛成だ。しかし自分の財産を棄「だって欽吾さんは、あ、いうかたなんですもの。そ みんな ててわが家を出るなんて馬鹿気ている。財産はまあい れを皆が病気にするのは、皆のほうが間違っているん四 いとして、 , ーー歔吾に出られればあとが困るから藤尾です , 「しかし健全じゃないよ。そんな動議を呈出するの に養子をする。すると一さんへは上けられませんと、 こう御叔母さんが言うんだよ。もっともだ。つまり甲は」 野の我儘で兄さんのほうが破談になるという始末さ」 「自分のものを自分が棄てるんでしよう」 「じゃ兄さんが藤尾さんを貰うために、欽吾さんを留「そりや御もっともだがね : : : 」 めようというんですね」 「要らないから棄てるんでしよう」 「まあ一面からいえばそうなるさ」 「要らないって : : : 」 まけおし 「それじゃ欽吾さんより兄さんのほうが我儘じゃあり「ほんとうに要らないんですよ、甲野さんのは。負暦 ませんか」 みや面当じゃありません」 「今度は非常に論理的にきたね。たって詰らんじゃな「糸公、お前は甲野の知己だよ。兄さん以上の知己だ。 それほど信仰しているとは思わなかった」 いか、当然相続している財産を捨てて」 「だって厭なら仕方がないわ」 「知己でも知己でなくっても、ほんとうのところを言 うんです。正しいことを言うんです。叔母さんや藤尾 「厭たなんていうのは神経衰弱のせいだあね」 「神経衰弱じゃありませんよ」 さんがそうでないと言うんなら、叔母さんや藤尾さん たいきらい ちがい わたしうそっ 「病的に違ないじゃないか」 のほうが間違ってるんです。私は嘘を吐くのは大嫌で 「病気じゃありません」 「感心た。学間がなくっても誠から出た自信があるか 「糸公、今日は例に似す大いに断々乎としているね」 わがま、 つらあて

3. 夏目漱石全集 4

( 2 ) はうへいこうしよう 偸んで、一弾指頭に脱離の安慰を読者に与うるの方便めて造る。砲兵工廠の鉄砲玉は鉛を鎔かして鋳る。い である。たゞし地球は昔より回転する。明暗は昼夜をずれにしても鉄砲玉は鉄砲玉である。そうして母はあ 捨てぬ。嬉しからぬ親子の半面を最も簡短に叙するは くまでも真面目である。母には娘の笑った意味が分か この作者の切なき義務である。茶を品し、咲を写したらない。 もど る筆は再び二人の対話に戻らねばならぬ。二人の対話「お前はあの人をどう思ってるの」 は少なくとも前段より趣がなくてはならぬ。 娘の笑は、はしなくも母の疑間を起す。子を知るは ひょうきんもの 「宗近といえば、一もよっぽど剽軽者たね。学間もな親に若かずという。 それは違っている。お互に喰い違 からてんじく ( 3 ) んにもできないくせに大きな事ばかり言って、 あっておらぬ世界のことは親といえども唐、天竺である。 りつば れで当人は立派にえらい気なんだよ」 「どう思ってるって : : : 別にどうも思ってやしませ めんどり うまやとや 廐と鳥屋といっしょにあった。牝鶏の馬を評する語 ん」 あれは鶏鳴をつくることも、鶏卵を生むこと 母は鋭どき眉の下から、娘をきっと見た。意味は藤 も知らぬとあったそうだ。もっともである。 尾にちゃんと分っている。相手を知るものは騒がす。 「外交官の試験に落第したって、ちっとも恥すかしが藤尾はわざと落ち付き状って母の切って出るのを待つ。 かけひき らないんですよ。普通のものなら、もう少し奮発する掛引は親子のあいだにもある。 わけですがねえ」 「お前あすこへ行く気があるのかい」 「鉄砲玉だよ」 「宗近へですか」と聞き直す。念を狎すのは満を引い わ した・こしらえ 意味は分からない。たゞ思い切った評である。藤尾てはじめて放っための下拵とみえる。 は滑らかな頬に波を打たして、にやりと笑った。藤尾「あ、」と母は軽く答えた。 は詩を解する女である。駄菓子の鉄砲玉は黒砂糖を丸「いやですわ。 ほお はじめ し し

4. 夏目漱石全集 4

より京橋区滝山町四番地東京朝日新聞社内渋川柳次郎へ 君の一分が立つように金尾にこうつけ加えてやる。 かんげい力し 「ヤ八世紀文学は滝田君との関係上から同君に対する 拝啓驩迎会につきお叱りは恐れ入りました。面会認 好意上許諾をしたものだから向後の談判は出版の手続日と知らすに受けやったのがわるいのだからなるべく に至るまで契約書をとり更すまではすべて同君を経て出席つかまつることにいたします。実は面会日に来客 御協議を経たく候」 を謝絶すると面会日以外に来た人を謝絶する口実を失 委細は御面語のうえ。虞美人草は広告たけでいっこうのが苦しいのです。入社以後ひまになったと心得て う要領を得ない。人がくる、用事ができる。どんな虞むやみにかってにやって来て小説をかくどころの騒ぎ 美人草ができることやら思えばのんき至極のものなり。じゃありませんからいよ / ・ \ 面会日を励行しようと思 匇々不一 うやさきだから、まずもって自分のほうから面会日だ 五月二十九日 夏目金之助 けは守ろうという利己主義から出立した義理を立てよ ちょうだい 滝田様 うと思ったのであります。それでお叱りを頂戴いたし てもと 追白手許に十円ばかりあり。御不如意のよしなれてどうもすみません。あんまり叱ると虞美人草が飛ん ば失礼ながら用を弁ぜられたし。御返済は卒業して金でしまいそうです。 あわ がウナルほどできた時でよろし。御母上の御病気御大次に所得税のことをお聞き合せくたされましてお手 事と存じ候。試験にはせひとも及第するほどに勉強な数の段どうも難有存じます。実はあれもほかの社員な さるべく候。 みにズルク構えてなるべく少ない税を払う目算をもっ て伺ったわけであります。実は今日まで教師として十 一九所得税を間う (ll) 分正直に所得税を払ったから当分所得税の休養を仕る 五月ニ十九日 ( 水 ) 木郷区駒込西片町十番地ろノ七号か、さもなくばあまり緊劇なる払い方を遠慮するつも ようりよう いちぶん そろ かわ てつゞき きよう つかまっ

5. 夏目漱石全集 4

はだ 「あんまり下手だから一本負けたつもりだろう」 上がって、椽側で肌を抜いで涼んでいるとーー・聴きた まっさお なにげ ( 1 ) おうとう 「筍の真青なのはなぜだろう」 いだろうーー・僕が何気なく鴨東の景色を見回わして、 「食うと中毒るという謎なんだろう」 あ、好い心持ちだとふと目を落して隣家を見下すと、 「やつばり謎か。君だって謎を釈くじゃないか」 あの娘が障子を半分開けて、開けた障子に靠たれかゝ 。時々は釈いてみるね。時に僕がさっきか って庭を見ていたのさー っこう釈か ら島田の謎を解いてやろうというのに、 「別嬪かね」 いとこう せないのは哲学者にも似合わん不熱心なことだと思う 「あゝ別嬪だよ。藤尾さんよりわるいが糸公より好い がね」 ようだ」 「釈きたければ釈くさ。そう勿体振ったって、頭を下「そうかいー げるような哲学者じゃない」 「それつきりじゃ、あんまり他愛がなさすぎる。そり あと 「それじゃ、ひとます安つぼく釈いてしまって、後かや残念なことをした、僕も見れば宜かったぐらい義理 ら頭を下げさせることにしよう。 あのね、あの琴にも言うがいゝ」 の主はね」 「そりや残念なことをした、僕も見れば宜かった」 「うん」 ハ、、、だから見せてやるから椽側まで出て来いと 「僕が見たんたよ」 言うのに」 「そりや今聴いた」 「だって障子は締ってるんじゃないか」 「そうか。それじゃ別に話すこともない」 「そのうち開くかもしれないさ」 「なければ、 い、さ」 、、、小野なら障子の開くまで待ってるかもしれ きのう 「いや好くない。それじゃ話す。昨日ね、僕が湯からない」 もったいぶ べっぴん みま みおろ

6. 夏目漱石全集 4

こゞみ どうだい、あれから一の 「お前、一に逢うだろう」と屈ながら言う。 「思ってるはずだがね。 「逢うかもしれません」 様子は、少しは変ったかい」 「浄ったら少し匂わしておくほうが好いよ。小野さん 「やつばり同じですからさ。このあいだ博覧会へ行っ あした ( 1 ) おおもり と大森へ行くとが言っていたじゃないか。明日だった たときも相変らすですもの」 かね」 「博覧会へ行ったのは、いつだったかね」 おとゝいさきおとゝい きよう 「えゝ、明日の約東です , 「今日で」と考える。「一昨日、一昨々日の晩です」 「なんなら二人で遊んで歩くところでも見せてやると と一一「卩つ。 もっ好い」 「そんなら、もう一に通じている時分だが。 とも宗近の御叔父があゝいう人だから、ことによると はがゆ なそ 母は書斎に向う。 謎が通じなかったかもしれないね」とさも歯痒そうで からりとした椽を通り越して、奇麗な木理を一面に ある。 「それとも一さんのことだから、御叔父から聞いても研ぎ出してある西洋間の戸を半分明けると、立て切っ た中は暗い。円鈕を前に押しながら、開く戸に身を任 平気でいるのかもしれないわね」 ( 2 ) ポールト 「そうさ。どっちがどっちとも言えないね。じゃ、こせて、音なき両足を寄木の床に落した時、釘古のかち やりと跳ね返る音がする。窓掛に春を遯ぎる策は、 うしよう。ともかくも欽五口に話してしまおう。 いつまで立っても際限がない」薄暗く二人を、人の世から仕切った。 っちで黙っていちゃ、 まんなかテーデル 草 「暗いこと」と言いながら、母は真中の洋卓まで来て 「今、書斎にいるでしよう」 人 うしろ す えんがわ ひとあしあと 美母は立ち上がった。椽側へ出た足を一歩後へ返して、立ち留まる。椅子の背の上に首だけ見えた歔吾の後 ( 3 ) すがた 姿が、声のした方へ、じいっと回り込むと、なぞえに おんな / ツ・フ にお さ 195

7. 夏目漱石全集 4

かたすみす やがて椽の片隅で擦る燐寸の音とともに、咳は巳ん途中でちょっと休んでみせる。小野さんは畏まったま ま応じなかった。 だ。明るいものは室のなかに動いてくる。小野さんは ズボンひざ ( 1 ) ふじんあた 「私などはどこの聚で死のうが同じことたが、後に残 洋袴の膝を折って、五分心を新らしい台の上に載せる。 かわいそう った小夜がたった一人で可哀想たからこの年になって、 「ちょうどよく合うね。据りがいゝ。紫檀かい」 いかな故郷 わざ / \ 東京まで出掛けて来たのさ。 「模擬でしよう」 しりあい つきあい りつば でももう出てから二十年にもなる。知合も交際もない。 「模擬でも立派なものだ。代は ? 」 まるで他国と同様だ。それに来てみると、砂が立つ、 「なにようござんすー ざっとう ほこり 「よくはない。、 しくらかね」 埃が立つ。雑沓はする、物価は躄し、決して住み好い とは隸わない。 「両方で四円少しです」 , - 1 イは、かり , 「住み好い所ではありませんねー 「四円。なるほど東京は物が高いね。 「これでも昔は親類も二三軒はあったんだが、長いあ の恩給で遣ってゆくには京都のほうがはるかに好いよ いどころ いんしんふつう うだ」 いだ音信不通にしていたものだから、今では居所も分 ・ふだん 二三年まえと違って、先生は些額の恩給とわすかならない。不断はさほどにも思わないが、こうやって、 半日でも寝ると考えるね。なんとなく心細い」 貯蓄から上がる利子とで生活してゆかねばならぬ。 「なるほど」 野さんの世話をした時とはたいぶ違う。によれば小 たより 「まあお前が傍にいてくれるのがなによりの依頼だ」 野さんのほうからいくぶんか貢でもらいたいようにも 「お役にも立ちませんで・ 人みえる。小野さんは畏まって控えている。 「いえ、いろ / 。 \ 親刧にしてくれてまことに難有い。 美「なに小夜さえなければ、京都にいても差し支ないん たが、若い娘を持っとなか / \ 心配なもので : : : 」と忙しいところを : : : 」 へや つかえ や 177

8. 夏目漱石全集 4

って、自分は出てしまうと言うんだとさ」 「酔興にかい」 「なせでしよう」 「醉興でもなんでもい、から」 「つまり、病身で御叔母さんの世話ができないからだ 「だって五分刈でさえ懲役人と間違えられるところを きちがい 青坊主になって、外国の公使館に詰ていりや気違としそうだ」 「そう、お気の毒ね。あ戛いうかたはお金も家も入ら ぎや思われないもの。ほかのことなら一人の妹のこと だからなんでも聞くつもりだが、坊主たけは勘弁してないでしよう。そうなさるほうが好いかもしれな、 ぎらい あぶらげ もらいたい。坊主と油揚は小供の時から嫌なんたかわ」 「そうお前まで賛成しちゃ、先決間題が解決しにくく ら」 「じゃ欽吾さんもならないだって好いじゃありませんなる」 「だってお金が山のようにあったって、欽吾さんには なんにもならないでしよう。それよりか藤尾さんに上 「そうさ、なんたか論理が少し変だが、しかしまあ、 げるほうが好ござんすよ ならすに済むだろうよ」 「兄さんの仰しやることはどこまでが真面目でどこま「お前は女に似合わず気前が好いね。もっとも人のも でが冗談たか分らないのね。それで外交官が勤まるでのだけれども」 わたし 「私たってお金なんか入りませんわ。邪魔になるばか しようか」 りですもの」 「こういうんでないと外交官には向かないとさ」 「邪魔にするほどないからたしかだ。ハ、、、。しか 人「人を : : : それで歔吾さんがどうなすったんですよ。 こゝろがけ しその心掛は感心だ。尼になれるよ」 美ほんとうのところ だいきら うち 「ほんとうのところ、甲野がね。家と財産を藤尾にや「おゝ厭だ。尼だの坊さんだのって大嫌い」 か」 ひとり まじめ じゃま 219

9. 夏目漱石全集 4

「そう / ( 、。ロンドンで買った自慢の時計かあれは まどうしたろう 「例の時計。 こど おちゃ たぶん来るだろう。小供の時から藤尾の玩具になった さんも嫁に行かれないんだろう」 時計だ。あれを持っとなか / 、離さなかったもんた。 「行かれないんじゃない、行かないんた」 くさり ガーネット あの鏈に着いている柘榴石が気に入ってねー 宗近君はだまって鼻をびくつかせている。 ( 1 ) はも 「考えると古い時計たね」 「また鱧を食わせるな。毎日鱧ばかり食って腹の中が 「そうだろう、阿爺がはじめて洋行した時に買ったん 小骨たらけだ。京都という所は実に愚な所だ。もうい だから 、日成に帰ろうじゃないか」 「あれを御叔父さんの片身に僕に呉れ」 「帰ってもい、。鱧ぐらいなら帰らなくってもい、。 ぎゅうかく 「僕もそう思っていた」 しかし君の嗅覚は非常に鋭敏だね。鱧の臭がするか 「御叔父さんが今度洋行するときね、帰ったら卒業祝 い」 にこれをお前にやろうと約東していったんだよー 「するじゃないか。台所でしぎりに焼いていらあね」 ことによると今ごろは ~ 滕尾が 「僕も覚えている。 「そのくらい虫が知らせると阿爺も外国で死ななくっ ても済んだかもしれない。阿爺は嗅覚が鈍かったとみ取ってまた玩具にしているかもしれないが : : : 」 「藤尾さんとあの時計はとうてい離せないか。ハ、 えるー ハなに構わない、それでも貰おう」 。時に御叔父さんの遣物はもう、着いたか 甲野さんは、たまって宗近君の眉の間を、長いこと しら」 ぜん さえき 「もう着いた時分だね。公使館の佐伯という人が持 0 見ていた。お昼の膳の上には宗近君の予言どおり鱧が なんにもないだろうーー・、書出た。 美て来てくれるはずだ。 物が少しあるかな」 におい かたみ

10. 夏目漱石全集 4

ちょうせん 「支那や朝鮮なら、故のとおりの五分刈で、このだぶれよこ、 オししやだな、そんな修業に出掛けるのは」 だぶの洋服を着て出掛るですがね」 「いっそ廃にするか。うちにいて親父の古洋服でも着幻 やかま ふさほう 「西洋は八釜しい。お前のような不作法ものには好いて太平楽を並べているほうが好いかもしれない。ハ 修業になって結構たー 、西洋へ行くと堕落するだろうと思ってね」 「ことにイギリス人は気に喰わない。 一から十まで英 「なぜ」 国が模範であるといわんばかりの顔をして、なんでも こしら 「西洋へ行くと人間を二たとおり拵えて持っていない かでも我流で押し通そうとするんですからね」 と不都合ですからね」 「だが英国紳士といって近ごろだいぶ評判がいゝじゃ 「二たとおりとは ないか」 やっかい 「不作法な裏と、奇麗な表と。厄介できあ」 「日英同盟だって、なにもあんなに賞めるにも当らな 「日本でもそうじゃないか。文明の圧迫が烈しいから いわけた。弥次馬どもが英国へ行ったこともないくせ 亠部を奇麗にしないと社会に住めなくなる」 に、旗ばかり押し立てて、まるで日本がなくなったよ はげ 「その代り生存競争も烈しくなるから、内部はますまうじゃありませんか」 す不作法になりまさあ」 「うん。どこの国でも表が表だけに発達すると、裏も なに国ばかりじ 「ちょうどなんだな。裏と表と反対の方角に発達する裏相応に発達するだろうからな。 やざき わけになるな。これからの人間は生きながら八つ裂の ゃない個人でもそうた」 まね 刑を受けるようなものだ。苦しいだろう」 「日本がえらくなって、英国のほうで日本の真似でも 「今に人間が進化すると、神様の顔へ豚の睾丸をつけするようでなくっちゃ駄目だ」 おちつき たような奴ばかりできて、それで落付が取れるかもし 「お前が日本をえらくするさ。ハ、 ふ ふたきんたま おやじ