こゞみ どうだい、あれから一の 「お前、一に逢うだろう」と屈ながら言う。 「思ってるはずだがね。 「逢うかもしれません」 様子は、少しは変ったかい」 「浄ったら少し匂わしておくほうが好いよ。小野さん 「やつばり同じですからさ。このあいだ博覧会へ行っ あした ( 1 ) おおもり と大森へ行くとが言っていたじゃないか。明日だった たときも相変らすですもの」 かね」 「博覧会へ行ったのは、いつだったかね」 おとゝいさきおとゝい きよう 「えゝ、明日の約東です , 「今日で」と考える。「一昨日、一昨々日の晩です」 「なんなら二人で遊んで歩くところでも見せてやると と一一「卩つ。 もっ好い」 「そんなら、もう一に通じている時分だが。 とも宗近の御叔父があゝいう人だから、ことによると はがゆ なそ 母は書斎に向う。 謎が通じなかったかもしれないね」とさも歯痒そうで からりとした椽を通り越して、奇麗な木理を一面に ある。 「それとも一さんのことだから、御叔父から聞いても研ぎ出してある西洋間の戸を半分明けると、立て切っ た中は暗い。円鈕を前に押しながら、開く戸に身を任 平気でいるのかもしれないわね」 ( 2 ) ポールト 「そうさ。どっちがどっちとも言えないね。じゃ、こせて、音なき両足を寄木の床に落した時、釘古のかち やりと跳ね返る音がする。窓掛に春を遯ぎる策は、 うしよう。ともかくも欽五口に話してしまおう。 いつまで立っても際限がない」薄暗く二人を、人の世から仕切った。 っちで黙っていちゃ、 まんなかテーデル 草 「暗いこと」と言いながら、母は真中の洋卓まで来て 「今、書斎にいるでしよう」 人 うしろ す えんがわ ひとあしあと 美母は立ち上がった。椽側へ出た足を一歩後へ返して、立ち留まる。椅子の背の上に首だけ見えた歔吾の後 ( 3 ) すがた 姿が、声のした方へ、じいっと回り込むと、なぞえに おんな / ツ・フ にお さ 195
い る に い 愛 が 刀く う 不 に 借 た た く 時 と あ る そ 不 て い カ ; つがた退の っ 不か嬌 の う と て・体愛 本 家家 ! が 。嬌 る愛 でる 者皐いは んビ学は の偽安 虞美人草 が焼へる小あ 得ら は刃ば打ぶ。野た て見に女小通女小下も は野 望んた必 しず い髄 る望 に哲二好 価か で値 嬌思退カ 下ん 顔さ ん人 談は は望小愛む判 た同 で女繋さ 女学嬌占 にな 安あ の事 の求 女ら はを でて 友あ 守か 、し 女て つま かれ たそ つ愛さ カ : て 、た嬌不宿学物 安 は い る 哲第が下哲愛 わ と 日 の が っ と 不 同 反時 に ー -1 浄 な ん の Ⅱ畄 る と 0 よ の 者 い る と基今文あ ま ほ野女なあ の 。時物下を野嬌や然 い だ の も ま く ー 1 そ う 同 空 間 は に よ っ て に 有 る る と ー -1 ど っ ち で も り に 落 のす覚 を・ ま ど の 人 あ る ど う よ う 力、 の 自 に つ く ぬ小下 さ の 人 を さ た ー 1 お 留 、守さ に な さ し、 力、 る の も い 0 ん 0 よ の みたを女野 心、 - ー 1 ん下 愛は野 と嬌篁ま 。半がうた ら で の な し お 客 は っ理下小す か ー・ 1 さ ん ん と し 返 る ー 1 留井井いだ留るんし 失 し た る女 。が み 、りをし う さ ーコ お浅浅誰お さ ん し ま し ょ う か 悪わの い明が に す じ や 通カ し し よ る と を主を付ろ 失 し た ー -1 う さ は を て 下 女 あし る 通 も ん す 0 の 女 は 気か人 な小求を い野む ん ら あ る を報る 見酬証 たを拠 みめあ る と ろ を い下ま に で見あ ら 0 ー -1 は好いす 好よ で ん な ー -1 49 ー 1 お し、 ち ょ と た お い守す、て だそ つう てさ ね ま し よ う か の は る と ろ の あ で る り 渡 し た で る し て も さ ん は る
「そうさ」と言ったのみである。 女は答えるまえに熱い団子をぐいと嚥み下した。 「兄さんのように学者になると驚きたくっても、驚ろ 「え、」ときわめて冷淡な挨拶をする。 けないから楽がないでしよう 「それは好かった」と落ち付き払って言う。 うけたち 女は急いてくる。勝気な女は受太刀だなと気が付け「楽 ? 」と聞いた。楽の意味が分ってるのかと言わぬ ば、すぐ急いてくる。相手が落ち付いていればなお急ばかりの挨拶と藤尾は思う。兄はやがて言う。 いてくる。汗を流して斬り込むならまだしも、斬り込「楽はそうないさ。その代り安心だ」 「なせ」 んでおきながら悠々として柱に倚って人を見下してい を、づかい おいはぎ るのは、酒を飲みつ、胡坐をかいて追をすると同様、「楽のないものは自殺する気遣がない」 ちと虫がよすぎる。 藤尾には兄のいうことがまるで分らない。蒼い顏は 依然として見下している。なぜと聞くのは不見識だか 「驚くうちは楽があるんでしよう」 女は逆に寄せ返した。男は動じた様子もなく依然とら黙っている。 あふ 「お前のように楽の多いものは危ないよ」 して上から見下している。意味が通じた気色さえ見え ぬ。歔吾の日記にいう。 藤尾は思わす黒髪に波を打たした。きっと見上げる ある人は十銭をもって一 じゅうぶいち 円の十分一と解釈し、ある人は十銭をもって一銭の十上から兄は分ったかとやはり見下している。何事とも め ことば 倍と解釈すと。同じ言葉が人によって高くも低くもな 知らす「エジプトの御代しろし召す人の最後ぞ、かく あきら る。言葉を用いる人の見識次第である。欽吾と藤尾のありてこそーという句を明かに思い出す。 けんか 人あいだにはこれだけの差がある。段が違うものが喧嘩「小野は相変らず来るかい , かならち 美をすると妙な現象が起る。 藤尾の目は火打石を金槌の先で薇いたような火花を約 もの 射る。構わぬ兄は 姿勢を変えるさえ嬾うく見えた男はたヾ たのしみ あぐら 1 ん・こ あいさっ た、
「せんのか、なせ ? 」 かる。失敬な奴ちゃ」 「なにそんなことはない。勉強がちっともできなくっ 「なぜって、そこにはだん / \ 、深い事情があるんだが て困る , 「神経衰弱だろう。顏色が悪いそー 「どんな事情が」 「そうか、どうも心持ちがわるい」 「まあ、それはおってゆっくり話すよ。僕も井上先生 いのら・え 「そうたろう。井上のお嬢さんが心配する、はやく口 にはたいへん世話になったし、僕のカでできることは シア料理でも食うて、好うならんと」 なんでも先生のためにする気なんだがね。結婚なんて、 「なぜ」 そう思うとおりに急にできるものじゃないさ」 「なぜって、井上のお嬢さんは東京へ来るんたろう」 一しかし約東があるんだろう」 「そうか」 「それがね、いっか君にも話そう / \ と思っていたん 「そうかって、君のところへはむろん通知が来たはず」 だが、ーー。僕は実に先生には同情しているんだよ」 「そりや、そうだろう」 「君のところへは来たかい , 「まあ、先生が出て来たらゆっくり話そうと思うんだ ひとりぎ 「うん、来た。君のところへは来んのか」 ね。そう向うだけで一人極めに極めていても困るから 「いえ来たことは来たがねー 「いっ来たかー 「どんなに一人で極めているんたい」 さっき 「もう少し先刻たった」 「極めているらしいんだね、手紙の様子で見ると」 人 ( 1 ) むかしかたぎ 美「いよ / \ 結婚するんだろう . 「あの先生もずいぶん昔堅気たからな」 「なにそんなことがあるものか」 「なか / \ 自分で極めたことは動かない。 一徹なん ね」
晩かれ、早かれ嫁を貰わなければならんので : : : 」 いかは分りませんが、ます貰っていたゞいたと致した あと 「でございますとも」 ところで、差し上げた後で、欽吾がやはり今のようで 「ついては、その、藤尾さんなんですがねー は私も実のところはなはだ心細いようなわけで : : : 」 、、そう心しちゃ際限がありませんよ。藤尾 きごころ 「あのかたなら、まあ気心も知れているし、私も安心 さんさえ嫁に行ってしまえば欽吾さんにも責任が出る だし、一はむろん異存のあるわけはなしーーー・よかろう わけだから、し、せんと考もちがってくるにきまってい と思うんですがね」 る。そうなさい」 「そういうものでございましようかね」 おっかさんかんがえ おとっさん 「どうでしよう、目 阿母のお考は」 「それに御承知のとおり、阿父がいっぞや仰しやった 「あのとおり行き届きませんものをそれほどまでに仰こともあるし。そうなれば亡くな 0 た人も満足たろ しやってくださるのはまことに難有いわけでございまう」 つれあい 「いろ / 、御親切に難有う存じます。なに偶さえ生 「いゝじゃ、ありませんか」 きておりますれば、一人でーー・こんーーーこんな心配は しあわ よろ 「そうなれば藤尾も仕合せ、私も安心で : : : 」 致さなくっても宜しい のでございますが」 「御不足ならともかく、そうでなければ : : : 」 謎の女の言うことはしだいに湿気を帯びてくる。世 きら 「不足どころじやございません。願ったり叶ったりで、に疲れたる筆はこの湿気を嫌う。かろうじて謎の女の 草 人 このうえもない結構なことでございますが、たゞ彼人謎をこ、まで叙し 0 た時、筆は、一歩も前へ進むこ 美に困りますので。一さんは宗近家をお襲ぎになる大事とが厭だと言う。日を作り夜を作り、海と陸と儿てを ( 1 ) なぬかめ な身体でいらっしやる。藤尾がお気に入るか、入らな作りたる神は、七日目こ 冫いたって休めと言った。謎の おそ かな わたし おっ 川 9
かんじん わか 文章に意を用いれば肝心の筋がなお分らなくなる。 力いじゅう 世話物は主としてある筋を土台にする。筋でなくて筋をたどれば文章の一字一句が晦渋になる。君は知ら ぬまに読者を苦しめている。 もあるものを捉えて、そのあるものを読者に与えよう 単に詩的な作物と人情ものとをかねようとしてそう とする。ところがあ、いうふうに肩が凝るようにかく と、筋とかあるものとかを味う力がみんな一字一句をして読者の方向を迷わせたからこうなったものと思う。 おもしろ 味うために費やされてしまうから自分で自分の目的を〇最後に文章たけでいうと面白い句もあるが前いうと おりおもに口調や句切りのほうに意を用いて内容に重 生「することになる。 だから文体をあのま、にしてしかも筋とか、ある人きを措いておらん。平凡な想を妙な口調で述べたにす めいりよう 情とかをキーとあらわすためにはもっと筋を明瞭にぎぬ場所さえある。だから呵責の一編は単に文章もの しなければならない。あるいは人に感じさせようとすとしてみてもえらくない。 る人情をもっと露骨にかかなければならない。 ところ〇最後に文章はさて置いて筋、趣向、人情のほうから ぼう いうとこれはもっと明僚に長くかくかまたは豪からか が君の短編の筋は茫としている。女の呵責もやはり源 いてももっと自然に近いようにかかなければ人を感動 因結果の不明瞭に伴っていっこうひき立たぬ。それだ から文章をもっと容易にするよりほかに改良の途はなせしむることはできん。あの女がむやみに一人で苦し とっぴ んでいるように思われる、苦しみ方が突飛で作者がか ってしたいに道具に使っているように見える。すべて もしまた文章をあの調子で生かせようとするならも あやつりにんぎよう 0 、、 0 の人間が頭も尾もないーク一座の操人形のように っと頭も尾もなくて構わない趣向にしてしまう力しゝ 詩的な空想とか、または官能にだけうったえるような見える。あれではいけないよ。 〇してみると呵責は単に文章としてもあまりえらくな ものにしさえすれば文章だけを味うことができる。 、 0 とら あじわ みち ひとり 釦 7
を正すから偉大なのである。襟を正して道義の必要をつて身心を労する間題は皆喜劇である。三千六百日を いまさらのごとく感ずるから偉大なのである。人生の通して喜劇を演するものはついに悲劇を忘れる。いか はんもん 第一義は道義にありとの命題を脳裏に樹立するがゆえ にして生を解釈せんかの問題に熕悶して、死の一字を に偉大なのである。道義の運行は悲劇に際会してはじ念頭に置かなくなる。この生とあの生との取捨に忙が じゅうたい めて渋滞せざるがゆえに偉大なのである。道義の実践しきがゆえに生と死との最大間題を閑却する。 わす ぜいたく はこれを人に望むこと刧なるにもかゝわらず、われの 死を忘るるものは贅沢になる。一浮も生中である。 いっちん もっとも難しとするところである。悲劇は個人をして一沈も生中である。一挙手も一投足もことみ \ く生中 この実践をあえてせしむるがために偉大である。道義にあるがゆえこ、 冫いかに踴るも、いかに狂うもいカ だいじようぶ きらかい の実践は他人にもっとも便宜にして、自己にもっともに巫山戯るも、大丈夫生中を出する気遣なしと思う。 じゅうりん 不利益である。人々力をこ & に致すとき、一般の幸福贅沢はじて大胆となる。大胆は道義を躙して大自 ちょうりよう を促がして、社会を真正の文明に導くがゆえに、悲劇在に跳梁する。 は偉大である。 万人はことみ \ く生死の大間題より出立する。この あわ 間題は無数にある。粟か米か、これは喜劇である。 間題を解決して死を捨てるという。生を好むという。 工か商か、これも喜劇である。あの女かこの女か、こ こゝにおいて万人は生に向って進んだ。たゞ死を捨て ( 1 ) っゞれおり ( 2 ) しゅちん れも喜劇である。綴織か繻紗か、これも喜劇である。 るというにおいて、万人は一致するがゆえに、死を捨 すべ 英語かドイツ語か、これも喜劇である。凡てが喜劇でてるべき必要の条件たる道義を、相互に守るべく黙契 ある。最後に一つの間題が残る。 生か死か。これした。されども、万人は日に日に生に向って進むがゆ そむ が悲劇である。 えに、日に日に死に背いて遠ざかるがゆえに、大自在 おそれ 十年は三千六百日である。普通の人が朝から晩に至に跳梁して毫も生中を脱するの虞なしと自信するがゆ うな おど いつぶ ( 3 )
ど来こそ来 分 月早 あ 文ふ が婚 たな かす に書 お書 書責 々 てす上カ 当間 けあ 経ま 済 着が 上 い思 か少 話し な か折お ら 来婚 でれ か道同書 いを 。そ な ば代 かあ に は 人 の返 っ今学海高た の 驚 く 物世 は渡か遇 の暮 よ う る人 な 奮上 で代比相をが かな へき し こ諸攷芍 : て 集 め い摩ま知帽寒都 て いる つ杖な末を区 る ー 1 い じ 我かが で ど 、お さ 目 で る の 書 机 の を湧わぬ い て で も 出 と で す が 責 、重 な る か ら く っ は り が ほ ど に せ な な し な者な と て ら で あ る ー -1 じ ゃ 結 し て ら ろ を じ物わた知東小 と 卒 目較当締ら の の といに凌別 か 、ら ⅲ田 文 け な な 山 出 そ 払 はね時 ぬ の と を と ー -1 う な ー・ 1 々いう は ど た ね は ー・ 1 く さ ー・ 1 月 く ら い い 家 」寺 っ て も に せ ー 1 し 力、 お お よ そ の 見 た ろ え 体伝 勿当 は の う 使 円 十 で 0 る て 鹿か 目ミば や り ー 1 で し 少し う も る ん で が な ぶ ん は間ま き の す 下 宿 を し オょ る べり く 。早ね く いお て し お と て で骨 を て ん な で 十 円 か り で す 人 が よ う く で す し、 ぶ か久ま し い い る よ う が ま あ し、 み僅儺学収小 で す む つ も よ そ は す そ う とかか入野カ は 今 ど ら る の ね は え博て 論 で も でき任 て ま で い さ ん は の う が か た し く ん 力、 る ら し て う の ら い物もん 巨価の 大鳴が を絞れ、返 のと し児こい て帯まな め る尊て東か を粥まと イ ( 冫只 さの いよ ま し よ う が 、な ・つ た 0 た按 : を のら 180
ノ、、だが要領を得ないからね」 「甲野が神経衰弱たから、そんな馬鹿気たことをいう まちが 「要領はたしかに得ませんね。さっそく要領を得るよ んですよ。間違ってる。よし出るたってーーー叔母さん うにしてきます」 が甲野を出して、養子をする気なんですか」 「どうして」 「そうなってはたいへんだといって心配しているの さ」 「ます甲野に妻帯の件を説論して、坊主にならないよ 「そんなら藤尾さんを嫁にやっても好さそうなものじうにしてしまって、それから藤尾さんを呉れるか呉れ ゃありませんか」 ないかはっきり談判してくるつもりです」 「好い。好いが、万一のことを考えると私も心細くっ 「お前一人で遣る気かね」 て堪らないというのさ」 「え、、一人でたくさんです。卒業してからなんにも ( 1 ) やはたやぶしらず 「なにがなんだか分りやしない。まるで八幡の藪不知しないから、せめてこんなことでもしなくっちゃ退屈 へはいったようなものだ」 でいけない」 「うん、自分のことを自分で片付けるのは結構なこと 「ほんとうにーー・・要領を得ないにも困り切る」 うわめ 父さんは額に皺を寄せて上目を使いながら、頭を撫だ。ひとっ遣ってみるが好い」 で回す。 「それでね。もし甲野が妻を貰うと言ったら糸を遣る 「元来そりやいつのことです」 つもりですが好いでしようね」 「このあいだだ。今日で一週間にもなるかな」 「それは好い。構わない」 わたし おく 草 人ハ、、、私の及第報告は二三日後れただけだが、父「ひとまず本人の意志を聞いてみて : : : 」 美さんのは一週間た。親たけあって、私より倍以上気楽「聞かんでも好かろう」 ですぜ」 「だって、そりや聞かなくっちや不可ませんよ。ほか たま おとっ おとっ 213
「妙な舟だな」と宗近君が言う。底は一枚板の平らか 「そりやしいことをした。どれだい」 こべり ケットたばこぼんころ 「どれたか、もう見えるものかね」 に、舷は尺と水を離れぬ。赤い毛布に烟草盆を転がし 「娘も惜しいがこの茶碗は無残なことをした。罪は君て、二人はよきほどの間隔に座を占める。 にある」 「左へ寄っていやはったら、大丈夫どす、波はか、り まへんーと船頭が言う。船頭の数は四人である。真っ 「あってたくさんだ。そんな茶碗は洗ったぐらいじゃ さき やっかいもの たけざおっ おつつ 追付かない。壊してしまわなけりや直らない厄介物た。先なるは、二間の竹竿、続づく二人は右側に櫂、左に ぜんたい茶人の持ってる道具ほど気に食わないものは立つは同じく竿である。 くびすじ あらけす ぎい / 、と櫂が鳴る。粗削りに平げたる樫の頸飭を、 ない。みんなひねくれている。天下の茶器をあつめて まるみ ことみ、く敲き壊してやりたい気がする。なんならっ太い藤蔓に捲いて、余る一尺に丸味をもたせたのは、 いでだからもう一つ二つ茶碗を壊してゆこうじゃない 両の手にむんずと握る便りである。握る手の節の隆き か」 は、真黒きは、松の小枝に青筋を立てて、うんと掻く 力の脈を通わせたように見える。藤蔓に頸根を抑えら 「ふうん、一個何銭ぐらいかな」 こわうなじ れた櫂が、掻くごとに撓りでもすることか、強き項を 二人は茶碗の代を払って、停車場へ来る。 ひと こべりす ますぐ びと 浮かれ人を花に送る京の汽車は嵯峨より二条に引き真直に立てたま \ 藤蔓と擦れ、舷と擦れる。櫂は一 かき ( 1 ) たんば 返す。引き返さぬは山を貫いて丹波へ抜ける。二人は掻ごとにぎい / 、と鳴る。 ひま ( 2 ) かめおか ( 3 ) ほづがわ ( 4 ) きゅうたん 丹波行の切符を買って、亀岡に降りた。保津川の急湍岸は二三度うねりを打って、音なき水を、停まる暇 しゞま こうべ くたおきて なきに、前へ前へと送る。重なる水の蹙ってゆく、頭 はこの駅より下る掟である。下るべき水は目の前にま 人 そび せま やましろびようぶ ゆる へぎゅう の上には、山城を屏風と囲う春の山が聳えている。逼 美た緩く流れて碧油の趣をなす。岸は開いて、里の子の つくしは なぎさ りたる水は已むなく山と山の間に入る。帽に照る日の、 摘む土筆も生える。舟子は舟を渚に寄せて客を待つ。 ふなこ ふじづるま だいじようふ くびね おさ