慮美人草 く敲きながら、少し沈吟の体であったが、やがて、 「僕のうちへ来ないか」と言う。 「君のうちへ行ったって仕方がない」 「厭かいー オが、仕方がない」 「厭じゃよ、 宗近君はじっと甲野さんを見た。 おやじ 「甲野さん。頼むから来てくれ。僕や阿父のためはと にかく、糸公のために来てやってくれ」 十〈 「糸公のために ? 」 ばあ 小夜子は迷さんから菓子の袋を受取った。底を立て 「糸公は君の知己だよ。御叔さんや藤尾さんが君を ほうおう にほんじゅう みそこ ( 1 ) いずもやきさら 誤解しても、僕が君を見損なっても、日本中がことごて出雲焼の皿に移すと、真中にある青い鳳凰の模様が とく君に迫害を加えても、糸公だけはたしかだよ。糸和製のビスケットで隠れた。黄色な縁はだいぶ残って たけばし ねうち いる。揃えて渡す二本の竹箸を、落さぬように茶の間 公は学間も才気もないが、よく君の価値を解している。 から座嗷へ持って出た。座敷には浅井君が先生を相手 君の胸のなかを知り抜いている。糸公は僕の妹だが、 に、京都以来の旧歓を暖めている。時は朝である。日 えらい女だ。尊い女だ。糸公は金が一文もなくっても えんせま ぎらかい 甲野さん、糸公を貰っ影はじり /. \ と椽にってくる。 堕落する気遣のない女だ。 てやってくれ。家を出ても好い。山の中へはいっても好「お嬢さんは、東京を御存じでしたな」と間いかけた。 うしろ るろう しゆかく 菓子皿を主客の間に置いて、やさしい肩を後へ引く 、。どこへ行ってもどう流浪しても構わない。なんで も好いから糸公を連れて行ってやってくれ。ーー僕はついでに、 たっと 責任をもって糸公に受合ってきたんだ。君がいうこと を聞いてくれないと妹に合す顏がない。たった一人の たっと 妹を殺さなくっちゃならない。糸公は尊い女だ、誠の ある女た。正直だよ、君のためならなんでもするよ。 もったい 殺すのは勿体ない」 ねば 宗近君は骨張った甲野さんの肩を椅子の上で振り動 かした。 まんなか うけと
みあわ もう三四日は虞美人草ゆえ外出を見合せる。 かく必要がなくなってしまう。もっともはなはだしい ひとり ろうば、 例は漱石の文は時候後れだといえばすぐ狼狽して文体時に君も朝日へ入社のよし大慶。一人でも知った人 がはいるのは喜ばしい。 をかえるかと思ってる。漱石はドイツが読めないとい うけたま 御舎弟の御病気のことは森田氏より承わりたり。御 って冷評すれば漱石は翌日から性格を一変するかと心 得ている。どう考えても世の中は呑気だなあ、豊隆子。気の毒と思う。 「うきふね」は二三の書店へ話だけはしておいたが、 こんな人間がごろ / く、しているうちは漱石もいさ、か こ、ろじようふ たゞいま出版界不景気たからというので春陽堂などは 心丈夫だ。 島からの端書到着。石はなんでできていると聞いたちょっと逃げた。こうでもしたらどうだろう。君が 「うきふね」持参、大倉へ行って原平吉に浄う。僕が 人は傑作家に違ない。 そえじよう 君が帰るまでは花壇に花があるたろう。小説は今月ぜひ出版してくれという添状をかく。その後は君の談 判に任せる。 中には方づくたろう。 八月十九日 それからまだこんなことがある。昨夕も森田に話し たのだが、僕は月給の約東で明治大学で三十円ずっ取 豊隆様 っていた。ところが朝日へはいるについて明治大学も 四八中村蓊へ月給取立て依頼 辞職した。その月 ( すなわち三月か四月と思う ) の月 ( ー ) うつみげつじよう 八月ニ十八日 ( 水 ) 午前 ( 以下不明 ) 本郷区駒込西岸給をくれない。そこで一応は内海月杖君に催促したら とりはから 町十番地ろノ七号より京橋区滝山町四番地東京朝日新聞先生はさっそく会計に申して取計うという返囈だけよ 社内中村蓊へ こしてまだ寄こさない。君僕の代理として君の情を うけと うちあ おおさわぎ 大水にて大騒。ちょっと見物に行きたい様が致すが打明けてこれを内海氏からとるか上田敏君から受取っ じこうおく 金 よ うえたびん 3 イ 2
た腰を卸しながら笑う。相手は半分顔を背けて硝子越 「そうさ、待合所が黒山のようだった。 に窓の外を透して見る。外はたゞ暗いばかりである。 「京都は淋しいだろう。今ごろは」 汽車は遠慮もなく暗いなかを突切って行く。轟という 、、、ほんとうに。実に閑静な所だ」 「あんな所にいるものでも動くから不思議だ。あれで音のみする。人間は無能力である。 ( 1 ) なんマイル 「ずいぶん早いね。何哩くらいの速カかしらん、と宗 もやつばりいろ / ( 、な用真があるんだろうな」 「いくら閑静でも生れるものと死ぬものはあるたろ近君が席の上へ胡坐をかきながら言う。 まっくら 「どのくらいはやいか外が真暗でちっとも分らん」 う」と甲野さんは左の膝を右の上へ乗せた。 「外が暗くったって、はやいじゃないか」 、生れて死ぬのが用真か。蔦屋の隣家に住ん 「比較するものが見えないから分らないよ」 でる親子なんか、まあそんな連中たね。すいぶんひっ そり暮してるぜ。かたりともしない。あれで東京へ行「見えなくったって、はやいさ , 「君には分るのか」 くというから不楓議だ 「うん、ちゃんと分る」と宗近君は威張って胡坐をか 「博覧会でも見に行くんだろう」 うちた、 き直す。話はまた途切れる。汽車は速度を増してゆく。 「いえ、家を畳んで引っ越すんたそうだ」 たれ 向の棚に載せた誰やらの帽子が、傾いたま \ 山高の 「へええ。 「いっか知らない。そこまでは下女に聞いて見なかっ頂を顫わせている。給仕が時々室内を抜ける。たいて いの乗客は向い合せに顔と顔を見守っている。 「どうしてもはやいよ。おい」と宗近君はまた話しか 人「あの娘もいずれ嫁に行くことだろうな」と甲野さん ひとどと ける。甲野さんは半分目を眠っていた。 美ま独り一『ロのように一一一口う 0 すだぶくろたな 、、、行くだろう」と宗近君は頭陀袋を棚へ上げ「えゝ ? 」 むこう ふる おろ あぐら と をむ ガラス 1 し
さしつかえ むさほ 行っても差支ないはずだ。それさえ慎めば取り返しは に貪ることができる。 つく。小夜子のほうは浅井の返囈次第で、どうにかし 約東は履行すべきものと極っている。しかし履行す よう」 べき条件を奪ったものは自分ではない。自分から進ん 、も - っ - ろ・つ 烟草の烟が、未来の影を朦朧と罩め尽すまで濃く揺で違約したのと、邪魔が降って来て、守ることができ がんじよう けんのん 曳た時、宗近君の頑丈な姿が、すべての想像を払って、なかったのとは心持が違う。約東が剣呑になってきた 現実界にあらわれた。 時、自分に責任がないように、人が履行を妨げてくれ うれ いつのまにどう下女が案内をしたか知らなかった。 るのは嬉しい。な、せ行かないと良心に責められたなら、 宗近君はぬっとはいった。 行くつもりの義務心はあったが、宗近君に邪魔をされ ( 1 ) ろうせき ( 2 ) べにためぜん 「だいぶ狼藉たね」と言いながら紅溜の膳を廊下へ出たから仕方がないと答える。 くろぬりめしびつ す。黒塗の飯櫃を出す。土瓶まで運び出しておいて、 小野さんはむしろ好意をもって宗近君を迎えた。し 「どうだい」と部屋の真中に腰を卸した。 かしこの一点の好意は、不幸にして面白からぬ感情の とざ 「どうも失敬です」と主人は恐縮の体で向き直る。お ために四方から深く鎖されている。 ゅわかし 」んわん えんっゞき おとし りよく下女が来て湯沸とともに膳椀を引いて行く。 宗近君と藤尾とは遠い縁続である。自分が藤尾を陥 ( 3 ) にろくじ ( 4 ) せきしゅ 心を二六時に委ねて、隻手を動かすことをあえてせ いれるにしても、藤尾が自分を陥いれるにしても、二 きわ ざるものは、おのずから約東を践まねばならぬ運命を人のあいだに取り返しのつかぬ関係ができそうな際ど こわ 有つ。安からぬ胸を秒ごとに重ねて、じり / \ と怖い い約東を、素知らぬ顔で結んだのみか、今実行にとり よこあい 所へ行く。突然と横合から飛び出した宗近君は、滑るか、ろうという矢先に、突然飛び込まれたのは、迷惑 さえぎ ・ヘく余儀なくせられたる人を、半途にった。邃ぎら はさて置いて、大いに気が咎める。無関係のものなら じゃま れた人は邪魔に逢うと同時に、一刻の安きを故の位地それでも好い。突然飛び込んたものは、人もあろうに、 たな おもしろ 2 イ 8
をしていました。小生はよくその議論をきかなかった。 小生の思うところは、大内旅館はあなたが今までかい 三三「藤尾」という女 たもののうちで別機軸だと思います。そこがあなたに は一変化だろうと存じます。すなわちあなたの作が普 七月十九日 ( 金 ) 午後八時ー九時本郷区駒込西片町 通の小説に近くなったという意味と、それから普通の 十番地ろノ七号より福岡県京都郡犀川村小宮豊隆へ / 1 三い ト愛として見ると大内旅館がある点において独特の見手紙が来たからちょっと返事をあげる。東京は雨で 農ノっン」 - ) 地 ( 作者側 ) があるように見えることであります。・く 毎日々々鬱陶しい。その代りすこぶる涼しくて凌ぎい おおいがわ きしゃ おく わしいことはもう一遍読まねばなんともいえません。 、。大井川が切れて汽車が通じない。郵便が後れるこ えいざん とにかくいろ / 。、な生面を持っているということはそとと思う。叡山で講話会をやるから出てくれというて れ自身に能力であります。御奮励を祈ります。 来た。たぶん出ないこと。ひまができたら北の方へ行 五六日前ちょっとなにを考えたか謡をやりました。 く。三重吉も行くという。 うた 一昨日東洋城が来た時はめちやめちゃに四五番謡いま虞美人草は毎日かいている。藤尾という女にそんな いや した。ことによったら謡を再興しようと思います。 い同情をもってはいけない。あれは嫌な女だ。詩的であ おとな い先生はないでしようか。人物のい、先生か、芸のい るが大人しくない。徳義心が欠乏した女である。あい そろ い先生か、ど 0 ちでも我慢する。両者揃えば奮発する。つを仕舞に殺すのが一編の主意である。うまく殺せな ( 2 ) 虞美人草はいやになった。早く女を殺してしまいたい。 ければ助けてやる。しかし助かればなお / 、藤尾なる 熱くてうるさくって馬鹿気ている。これはインス。ヒレものは駄目な人間になる。最後に哲学をつける。この 1 ションの言なり。以上 哲学は一つのセオリーである。僕はこのセオリーを説 七月十七日 明するために全編をかいているのである。だから決し 虚先生 しの 330
「僕か ? 本はあんまり読まないね」 「え、」 「ほかにだって、あまり忙がしいことがありそうには 「あの令嬢についてよっぽど面白い話があるがね」 見えませんよ」 小野さんは急にどきんとした。なんの話か分らない。 「そう忙がしがる必要を認めないからさ」 倶鏡の縁から、斜めに宗近君を見ると、相変らず、紙 「結構です」 籠を揺って、揚々と正面を向いて歩いている。 「結構にできるあいだは結構にしておかんと、いざと 「どんな : : : 」と聞き返した時はなんとなく勢がなか いう時に困る」 「臨時応急の結構。いよ / 、結構ですハ 「どんなって、よっぽど深い因縁とみえる」 だれ 「君、相変らず甲野へ行くかい 「誰がー 「今行って来たんですー 「僕等とあの令嬢がさ」 「甲野へ行ったり、恩師を案内したり、忙がしいだろ 小野さんは少し安心した。しかしなんだか引っ卦っ ている。浅かれ深かれ宗近君と孤堂先生との関係を。ふ 「甲野のほうは四五日休みました」 すりと切って棄てたい。しかし自然が結んだものは、 「論文は」 いくら能才でも天才でも、どうするわけにもゆかない。 いつのことやら」 京の宿屋は何百軒とあるに、なんで蔦屋へ泊り込んだ 「急いで出すが好い。いつのことやらじやせつかく忙ものたろうと思う。泊らんでも済むだろうにと思う。 かじう わざ / 、三条へ梶檐を卸して、わざ / \ 蔦屋へ泊るの 人がしがる甲斐がない , すいきト宀う 美「まあ臨時応急にやりましよう」 は入らざることだと思う。酔興たと思う。よけいな悪矼 「時にあの恩師の令嬢はね」 戯だと思う。先方に益もないのに好んで人を苦しめる っこ 0 おろ
ついた。 ふじだな むこうこま 一五弥生子の「七夕」を賞す それから場の渡しを渡って向島へ行ったら藤硼が ー ) し亠・つヤ」 五月四日 ( 土 ) 午後零時ー一時本郷区駒込西片町十あってその下の床儿に毛布が敷いてあったから、そこ ひるね 番地ろノ七号より新町区富士見町四丁目八番地高浜清へで上野から買って行った鯛飯を食って昼寐をして、う 〔はがき〕 ちへ帰ったら君の長い手紙が来ていた。 七夕さまをよんでみました。あれはたいへんな傑作 あの手紙をよんでいっそや君が僕の文学論の序に同 です。原稿料を奮発なさい。先たってのは安すぎる。 情してくれたことを思い出してなるほどとその意味が 0 た。僕はあんな序をかくつもりではなか 0 たがあ 一六男の勇猛心を る事情で書くことに決心してしまった。あれに対して 五月ニ十七日 ( 月 ) 午前九時ー十時本郷区駒込西片同情してくれる君はおそらく僕よりも不愉快な境遇で 町十番地ろノ七号より府下大森八景坂上杉村方中村蓊へあったかもしれない。君の手紙で君の家のことなども きよう うえの あま一くさ 今日は上野をぬけ浅草の妙な所へ散歩したらつい吉判然してみるとかえって僕のほうから同情を寄せねば ならんと思う。はなはたお気の毒である。しかし世の 原のそばへでたから、ちょうど吉原神社の祭礼を機と しようぎ くるわ仕いしようよう して白昼郭内を逍遙してみたが娼妓に出逢うことしき中にはまだ / 、、苦しい連中がたくさんあるたろうと思 きわみ おれは男たと思うとたいていなことは凌けるもの いすれも人間のごとき顏色なく悲酸の極なり。 ( 2 ) ひきてぢやや であるのみならす、かえって困難が愉快になる。君な 帰りがけにある引手茶屋の前に人が黒山のごとく寄っ すがた ( 3 ) のぞ ているので覗いてみたら祭礼のため芸者がテコ舞姿でどもこれからが真を成す大真の時機である。僕のよう かんじん に肝心の歳月をいも虫のようにごろ / 、、して過ごして四 立っていた。それが非常に美しくて人形かと思ってい はたいへんである。大いに勇猛心を起して進まなけれ たら、ふいと顔を上げたのでやはり生きていると気が
あすか 「時計は今藤尾が預っているから、私から、よく、そ「藤尾がわきへ行くにしても、財産は藤尾に遣りま う言っておこう」 すー 「時計もたが、藤尾のことをおもに言ってるんです」 「財産は・・・ーお前私の料簡を間違えて取っておくれだ おっか 「だって藤尾を遣ろうという約東はまるでないんだ と困るが 母さんの腹の中には財産のことなんかま るでありやしないよ。そりや割って見せたいくらいに 「そうですか。 それじゃ、好いでしよう」 奇麗なつもりだがね。そうは見えないかしら」 さから まじめ 「そういうと私がなんだかお前の気に逆うようで悪い 「見えます」と甲野さんが言った。きわめて真面目な おぼえ ちょうろう うけと けれども、 そんな約東はまるで覚がないんだも調子である。母にさえ嘲弄の意味には受取れなかった。 「たゞ年を取って心細いから : : : たった一人の藤尾を あと 「はあ、。じゃないんでしよう」 遣ってしまうと、後が困るんでね」 「なるほど」 「そりやね。約東があってもなくっても、一なら遣っ ても好いんだが、あれも外交官の試験がまた済まない 「でなければ一が好いんだがね。お前とも仲が善し : んたから勉強中に嫁でもあるまいし」 「そりや、構わないです」 「母かさん、小野をよく知っていますか」 ていねい 「それに一は長男だから、どうしても宗近の家を襲が 「知ってるつもりです。丁寧で、親切で、学間が能く りつば なくっちゃならずね」 なぜ」 できて立派な人じゃないか。 「そんなら好いです」 「藤尾へは養子をするつもりなんですか」 そっけ 「したくはないが、お前が母かさんの言うことを聞い 「そう素気なく言わずと、なにか考があるなら聞かし ておくれな。せつかく相談に来たんたから」 ておくれでないから : : : 」 おっ おっ かんがえ 202
きね ゆたか なまぬる えて、生温く宵を刻んで寛なるなかに、話し声は聞え双方へ気兼をして、片足すっ双方へ取られてしまう。 つまりは人情に絡んで意思に乏しいからである。利 あと 「洋燈の台を買ってきてくださったでしようか」と一 害 ? 利害の念は人情の土台の上に、後から被せた景 人が言う。「そうさね」と一人が応える。「今ごろは来気の皮である。自分を動かす第一の力はと聞かれれば、 ていらっしやるかもしれませんよ」とまえの声がまたすぐ人情だと答える。利害の念は第三にも第四にも、 あと こた ことによったらまったくなくっても、自分はやはり同 言う。「どうだか」と後の声がまた応える。「でも買っ おちい 小野さんはこう考 様の結果に陥るだろうと思う。 てゆくと仰しやったんでしようと押す。「あ、。 あった えて歩いて行く。 ーなんだか暖かすぎる晩だこと」と逃ける。「お湯の くすりゆあった いかに人情でも、こんなに優柔ではいけまい。手を せいでござんすよ。薬湯は羸まりますから」と説明す な 拱いて、自然の為すがま、にしておいたら、事件はど おそろ むこうがわ 二人の話はこ、で小野さんの向側を通り越した。見う発展するか分らない。想像すると怖しくなる。人情 ま に屈託していればいるほど、怖しい発展を、眼のあた 送ると並ぶ軒下から頭の影だけが斜に出て、蕎麦屋の りに見るようになるかもしれぬ。ぜひこゝで、どうか 方へ動いて行く。しばらく ~ 目を捩じ向けて、立ち留っ せねばならん。しかし、まだ二三日の余裕はある。二 ていた小野さんは、また歩きたした。 浅井のように気の毒気の少ないものなら、すぐ片付三日よく考えたうえで決断しても遅くはない。二三日 けることもできる。宗近のような平気な男なら、苦も立ってい知恵が出なければ、その時こそ仕方がない。 つらま いたばさ なくどうかするだろう。甲野なら超然として板挾みに浅井を捕えて、孤堂先生への談判を頼んでしまう。実 かんがえ なっているかもしれぬ。しかし自分にはできない。向はさっきもその考で、浅井の帰りを勘定に入れて、二 こうてし 三日の猶予をと言った。こんなことは人情に拘泥しな へ行って一歩深く陥り、こっちへ来て一歩深く陥る。 おっ こまぬ 4
いっぺん 尾さんの前で、もう一遍君が明言するんだ」 だけで真面目になるのは、ロだけが真面目になるので、 ( 1 ) ひる 小野さんは少しく癆んで見えた。宗近君はすぐ付け人聞が真面目になったんじゃない。君という一個の人 間が真面目になったと主張するなら、主張するだけの 「なに、僕が君の妻君を藤尾さんに紹介してもい、」証拠を実地に見せなけりゃなんにもならない。 「そう う必要があるでしようか」 「じゃ遣りましよう。どんな大勢の中でも構わない、 「君は真面目になるんだろ毟 僕の前で奇麗に藤遣りましよう」 「宜ろしい」 尾さんとの関係を絶って見せるがい。その証拠に小 夜子さんを連れて行くのさ」 「ところで、みんな打ち明けてしまいますが。 つらあて 「連れて行っても好いですが、あんまり面当になるか は今日大森へ行く約東があるんです」 らーーなるべくなら穏便にしたほうが : : : 」 「大森へ。誰と」 きらい 「面当は僕も嫌だが、藤尾さんを助けるためだから仕「そのーー今の人とです」 方がない。あんな性格は尋常の手段じゃ直せつこな 「藤尾さんとかね。何時に」 ステーション 「三時に停車場で出合うはすになっているんですが」 「しかし : : : 」 「三時とーー今何時かしらん」 めんばく チョッキ 「君が面目ないというのかね。こういう羽目になって、 ばちりと宗近君の胴衣の中ほどで音がした。 面目ないの、極りが悪いのと言って愚図々々している 「もう二時た。君はどうせ行くまい」 うわかわ ようじややつばり上皮の活動た。君は今真面目になる 「廃すですー と一一一一口ったばかりじゃよ、 オしか。真面目というのはね、僕「藤尾さん一人で大森〈行くことは尢丈たないね。打 に言わせると、つまり実行の二字に帰着するのだ。ロち遣っておいたら帰ってくるだろう。三時すぎになれ おおい 254