文学 - みる会図書館


検索対象: 夏目漱石全集 5
115件見つかりました。

1. 夏目漱石全集 5

Georg Brandes ( 1842 ー 1927 ) 。 ( 2 ) Ego ( 英 ) 。哲学用語。自我。 ( 3 ) プランデス デンマークの自然主義評論家。 ( 3 ) 古代の哲学者西暦前五世紀ごろのギリシアの 哲学者ゼノン (Zenon) のこと。「アキレウスと」「飛 ( 4 ) 十九世紀文学の潮流全六巻。一八七二ー一 ぶ矢は動かない」などによって運動の矛盾を論証したこ 九〇〇年刊。原著はデンマーク語であるが、各国語に翻 とで有名。 訳出版され、広く読まれた名著。 わせだは 一一九三 ( 1 ) simultaneous ( 英 ) 。同時におこる。一斉の。 ( 5 ) 早稲田派早稲田大学関係の学者・作家たち。 一一九四 ( 1 ) 浅井先生浅井忠。第一巻五三三べージ三八六 ( 1 ) ( 6 ) 大学派東京帝国大学関係の学者・作家たち。 参照。 Diego Velåsquez ( 1599 ー 1660 ) 。 夭四 ( 1 ) べラスケス スペインの画家。 ( 2 ) 退職の軍人で八十ばかりになる老人明治 かねあい 三十四年 ( 1901 ) 九月十二日寺田寅彦あての書簡 ( 第一 ふつう「兼合」と書く。つりあい。平均。 ( 2 ) 金合 巻三七六ページ ) に「退職の陸軍大佐と同居 : : : しとあ identify ( 英 ) 。同一視す 夭五 ( 1 ) アイデンチファイ る。 る。 一一九五 ( 1 ) sensation ( 英 ) 。感覚。感じ。 犬 ( 1 ) whole ( 英 ) 。全体。 こもかふ さかたる こもで包んだ酒樽。 ( 2 ) 菰被り 一穴九 ( 1 ) モリス William Morris ( 1834 ー】 896 ) 。イギ とりん ( 3 ) お取膳夫婦など男女二人だけで一つの繕にさ リスの詩人。 しむかいになって食事すること。 Théophile Gautier ( 1811 ー 1872 ) 。 ( 2 ) ゴーチェ AJ ~ 、り ( 4 ) 徳久利ふつう「徳利ーと書く。 フランスのロマン主義詩人。 WilheIm Wundt ( 1832 ー 1920 ) 。ド 一一九一 ( 1 ) Transcendental 一 ( 英 ) 。カントの哲学用語で、一一九六 ( 1 ) ヴント ィッの哲学者。 ドイツ語 'transzendentales lch ) の英訳。ふつう「先 験的自我」と訳される。対象や経験に制約されない先天二九七 ( 1 ) affective ( 英 ) 。感情的。 的独立的な自我。 ( 2 ) 密切ふつう「密接」と書く。 446

2. 夏目漱石全集 5

説 月評家をこえる、学者としての徹底した立場を見るこ の場合には、好悪の念と褒貶の私意をはなれるため、 醜悪を露骨に表現することが当然の結果となる。罪悪とができる。それに対して自然主義理論のほうでは、 も運命の必然たとすると、社会の崩壊を招くおそれが島村抱月の「文芸の自然主義」や「自然主義の価値」 あり、ここに一方の情操文学によって、その欠陥を補に連続する一連の論文があって、歴史的ならびに美学 う必要が生じる。今日までの日本には科学的訓練が不的に、自然主義の意義を明らかに説いている。漱石の これらの評論を併せ見て比較すれば、興味のある対照 足して、客観的態度が欠乏していたから、「真」中心の 客観主義が必要であり、現在それが勢力を占めているを見ることができる。 には必然の理由がある。しかし一方、純客観に近い態 度の文学が必要なほどに、情操の力が社会を威圧して いるようには員えぬから、いたすらに客観のみに重き を置く文学は不必要に近く、情操文学は近き未来にお いて必らず起るであろう、というのが結論であった。 たいたいにおいて「文芸の哲学的基礎」をおぎない、 相俟って、彼の文学論と、作家としての態度を主張し たものだということがでぎるであろう。 これらの論議の状況的意義を見るなら、当面の文壇 における自然主義理論と運動に対して漱石の投げかけ た批判であることはいうまでもない。それを根本的な 文芸の本質から説きおこしているところに、たんなる 413

3. 夏目漱石全集 5

わち、「 ( ムレット」「リヤ王」「マクベス」「オセこを三九 ( 1 ) 東京美術学校東京芸術大学美術部の旧称。こ さ十。 の講演は、同校内に結成された文学会の発足を記念して、料 三四 ( 1 ) 一九十返舎一九 ( 明和二年ー天保二年、 1765 明治四十年 ( 1907 ) 四月二十日に行われた。 ー 1831 ) 。小説家。滑稽本『東海道中膝栗毛』が代表作。 ( 2 ) 会長正木直彦。第一巻五〇四べージ一一六一 ) 参 照。 ( 2 ) テニソン Alfred Tennyson ( 1809 ー 1892 ) 。 イギリスの詩人。 ( 3 ) 入社の辞明治四十年 ( 1907 ) 五月三日の「朝 ( 3 ) イノック・アーデン 日新聞」に発表。 伝説に取材した長編詩。 一三 0 ( 1 ) 大村さん大村西崖 ( 明治元年ー昭和二年、 18 ( 4 ) ギド・レニ Guido Reni ( 1575 ー 1642 ) 。イタ 68 ー 1927 ) 。東洋美術史家。東京美術学校卒業。明治三 十五年 ( 1902 ) 以後同校教授であった。 リアの画家。第一一のラファェロとも称され、宗教的歴史 しぎしようき 画で有名。 一三一 ( 1 ) 市気匠気アーティスト ( 芸術家 ) の精神でな ( 5 ) マグダレン Magdalene マグダラ ( 地名 ) の 、商売気の多いアーテイザン ( 職人 ) 精神。 けう マリアのこと。『新約聖書』ルカ伝に書かれている女性 ( 2 ) 希有まれで、めずらしいこと。 で、キリストにつかえた信徒。 ( 3 ) 落ち行く先は第一巻四六三べージ七四 ( 4X5 ) ひんしつ 参照。 三七 ( 1 ) 品隲品評。 そうたい ( 4 ) 相待ふつう「相対」と書く。 ( 2 ) 舟を刻んで剣を求むる『呂氏春秋』にある故 事により、こだわっていて臨機応変な処置ができないこ 一 = 三 ( 1 ) 上田さん上田敏。第一巻五〇一べ】ジ一一五一 ICN ) とのたとえ。 参照。 ( 3 ) 写生文子規の写生説に基づいた文章のこと。一三三 ( 1 ) 炳乎あきらかなさま。 一三五 ( 1 ) 「文学論」の第五編明治四十年 ( 1907 ) 五 文芸の哲学的基礎 月大倉書店から出版された「文学論」 ( 全集第十四巻所 いつく - Enock Arden ご ( 1864 )

4. 夏目漱石全集 5

巧妙に結びつけた、漱石文学の発展史上における「夢よらず、無限に変化のある作品を、フレキシ、フルな態 度で享受すべきである、というのであって、当時よう 十夜ーの位置なのである。 ちなみに「文鳥」は明治四十一年六月十三日から一一やく勃興しかかった自然主義批評の、ある方向の作風 のみをみとめようとする傾向について、反省をもとめ ャ一日まで、「大阪朝日新聞」に、「夢十夜」は七月二 十五日から八月五日まで、「大阪朝日新聞」および「東たものということができよう。 この趣意をさらに敷衍したのが、「文芸の哲学的基 京朝日新聞」にのった。そして九月一日から「三四郎」 が連載されるのである。 礎」である。 「文芸の哲学的基礎ーは、前書きにあるように東京 次に評論についていえば、ここにとった四つの論文美術学校での講演に手を加えて、「朝日新聞」にのせ たものである。それは彼の文芸家としての理想をのべ は明治四十年一月から四十二年一月に至る、漱石とし てはまた教師の時代から、純然たる創作家として生活たものであって、その根本的な思想は、最後まで変っ しはじめた期間に書かれた ( もしくは語られた ) ものていないといってよいだろう。 これを読んで感じることは漱石の思想が哲学的には、 であるが、その基礎は一貫している。漱石は自己の創 作態度として、すでに動かないものを確立していたの プラグマティズム、とくにジェームスからの影響をう である。 けていることである。文芸の理想はいかにして生きる のが最もよいかに対する答案である。文芸家の理想は 「作物の批評」は四十年一月「読売新聞」にのった。 まだ大学教師の時代で、幾分とも言い方に教師くさく、すなわち人間、人格としての理想であり、人間として チョークの匂いの濃く残っている論文であるが、そこ 高い理想をもったもので、はじめて読者の血肉となっ で言おうとしていることは文芸批評が一党一派にかたて後世に残る、というのがその所論の骨子であり、理 410

5. 夏目漱石全集 5

生む。生まれたものは同じわけには行かぬ。同じわけ烏と認むるほどの、見識と勇気と説明がなくてはなら ( 1 ) ひんしつ にゆかぬものを、同じ法則で品隲せんとするのは舟をぬ。これができるためには以上の条項と法則を知らね こうでい 刻んで剣を求むるの類である。過去を総合して得たるばならぬ。知って融通の才を利かさねばならぬ。拘泥 法則は批評家の参考で、批評家の尺度ではない。尺度すればそれまでである。 は伸縮自在にして常に彼の胸中に存在せねばならぬ。 現代評家の弊はこの条項とこの法則を知らざるにあ はんもん 批評の法則が立っと文学が衰えるとはこのためである。る。ある人は頃悶を描かねば文学でないという。ある 法則がわるいのではない。法則を利用する評家が変通ものは他にいかほどの採るべき点があっても、事件に の理を解せんのである。 少しでも不自然があれば文学でないという。あるもの きわ 0 0 作家は造物主である。造物主である以上は評家の予は人間交渉の際卒然として起る際どき真味がなければ 期するものばかりは拵らえぬ。突然として破天荒の作文学でないという。あるものは平淡なる写生文に事件 物を天降らせて評家の脳を奪うことがある。中学の課の発展がないのを見て文学でないという。しかして評 きよう くんとう 目は文部省できめてある。課目以外の答案を出して採家が従来の読書および先輩の薫陶、もしくは自己の狭 点を求める生徒は一人もない。したがって教師は融通隘なる経験より出でたる一縷の細長き趣味中に含まる からす が利かなくてもよい。造物主は白い烏を一夜に作るかるもののみを見て真の文学た、真の文学だという もしれぬ。動物学者は白い烏を見た以上は烏は黒いもはこれを不快に思う。 のなりとの定義を変する必要を認めねばならぬごとく、 余は評家ではない。前段に述べたる資格を有する評 批批評家もまた古来の法則に遵わざる、また過去の作中家ではむろんない。したがって評家としての余の位地 より挙け尽したる評価的条項以外の条項を有する文辞を高めんがためにこの編を草したのではない。時間の に接せぬとは限らぬ。これに接したるとき、白い烏を許すかぎり世の評家とともに過去を研究して、でき得 あまくだ したが いちる 2

6. 夏目漱石全集 5

れざる完全の一致より生する享楽を擅まにすることが留する有様であらわれてきます。だから停留法がうま くゆくと、すなわち意識が停留したいところを見計っ できんのであります。かくのごとく自己の意識と作家 せつな の意識が離れたり合ったりするあいだは、読書でも観て、その刹那を捕えると、観者をして還元的感化を ) 画でも、純一無雑という境遇に達することはできませけやすくします。これを静の還元的感化といいます じゃま ん。これを俗に邪魔がはいるとも、油を売るとも、散しかしながらこれはおもなる傾向から文学と絵画を分 せつん しようが、 漫になるともいいます。人によると、生涯に一度も無ったまでで、その実は截然とこういう区別はできんの しようよう こうこっ 我の境界に点頭し、恍惚の域に逍遙することのないもであります。しばらくこの二要素を文学のほうへかた のかあります。俗にこれを物に役せられる男といいまめて申しますと、推移の法則は文学の力学として論す とうりゅう す。かような男が、なにかの因縁で、急にこの還元的べぎ間題で、逗留の状態は文学の材料として考えるべ 一致を得ると、非常な醜男子が絶世の美人に惚れられき条項であります。双方とも批評学の発達せぬ今日は 誰も手を着けておりませんから、研究の余地はいくら たように喜びます。 「意識の連続」のうちで比較的連続ということを主にでもあります。私は自分の文学論のうちに、不完全な して理想があらわれてくると、おもに文学ができます。がら自分の考えだけは述べておきましたから、御参考 比較的意識そのものの内容を主にして理想があらわれを願います。もとより新たに開拓する領土のことであ りますから、御参考になるほどにはできておりません。 にてくると絵画が成立します。だからして前者の理想は ありさま おもに意識の推移する有様であらわれてきます。したけれども、あの議論の上へ / \ とこれからの人が、新 ・こびゅう 哲がってこの推移法が理想的にゆく作物は、読者をして知識を積んでいって、私の疎漏なところを補い、誤謬 ま還元的感化をうけやすくします。これを動の遠元的感のあるところを正してくださったならば、批評学が学 化といいます。それから後者の理想はおもに意識の停間として未来に成立せんとは限らんだろうと思います。 2 / 1

7. 夏目漱石全集 5

のまわ 模傚になる。物真似に帰着する。もとより我々は物真過しなければならない性質のものであります。歩く道 似が好きにでき上っているから、しても構わない。時が一筋で、さきが進んでいる以上は、こっちの到着点 かぶと と場合によると物真似をするほうがその間の手数と手も明らかに分っているんたから、できるたけ早く甲を はんさ 脱いで降参するほうが得策であります。真似をすると 続と、煩瑣な過程を抜きにして、すぐさま結局たけを ひとぎき ほわお いうと人聞が悪いが骨を折らないで、旨い津を吸うほ 応用することができるから非常に調法で便利でありま この点において私は模傚にしご す。現に電信、電話、汽車、汽船をはじめとして、おど結構なことはない。 よそわが国に行われるいわゆる文明の利器というものく賛成である。しかし人間の内部の歴史になると、ま たその内部の歴史が外面にあらわれた現喚になると、 はことム ( \ く物真似からでき上ったものであります。 もちっ しごくよろしい。人に餅を搗かして、自分が寐ながらそう簡単にはゆきませんようです。風俗でも習慣でも、 にしてこれを平けるの観があって、すこぶる痛快であ情操でも、西洋の歴史にあらわれたものだけが風俗と ります。がこの現象をすぐ応用して、文学などにも持習慣と情操であって、ほかに風俗も習慣も情操もない ってゆける、また持ってゆかなければならないと結論とは申されない。また西洋人が自己の歴史で幾多の変 しては、少し寸法が違ってるように思います。という 遷を経て今日に至った最後の到着点が必ずしも標準に ものは理学工学その他の科学もしくはその応用は研究はならない ( 彼等には標準であろうが ) 。 ことに文学 の年代を重ねるに従って、一定の方向に向って発達すにあってはそうはまいりません。多くの人は日本の文 度るもので、どの国民がやりだしても、同程度の頭で同学を幼稚たといいます。情けないことに私もそう思っ の程度の勉強をする以上は一日早くやれば早くやったほています。しかしながら、自国の文学が幼稚たと自白 がになるような学間で、しかも一日後れたものは、するのは、今日の西洋文学が標準だという意味とは違 必す、一日早く進んだものの後を ( 一筋道である ) 通 います。幼稚なる今日の日本文学が発達すれば必ず現 あと 2 / 9

8. 夏目漱石全集 5

ての答案を英語の尺度で採点してしまうと一般である。その繩張以外の諸点においては知らぬ、わからぬとい その尺度に合せざる作家はことみ、く落第の悲運に際 い切るか、または何事をもいわぬが礼であり、徳義で 会せざるを得ない。世間は学校の採点を信ずるごとく、ある。 評家を信するの極ついにその落第を当然と認定するに これ等の条項を机の上に貼り付けるのは、学校の教 至るたろう。 師が、学校の課目全体を承知のうえで、自己の受持に こゝにおいて評家の責任が起る。評家はまず世間と当るようなもので、自他の関係を明かにして、文学の むか 作家とに向って文学はいかなるものぞという解決を与全体を一目に見渡すと同時に、自己の立脚地を知るの えねばならん。文学上の述作を批判するに方って ( 詩便宜になる。今の評家はこの便宜を認めていない。認 てあた は詩、劇は劇、小説は小説、すべてに共有なる点は共めても作っていない。たヾ手当り次第にやる。述作に 有なる点として ) 批判すべき条項を明かに備えねばな対すると思い付いたことをい、加減に述べる。たから らぬ。あたかも中学および高等学校の規定が何と何と、評し尽したのたか、まだ残っているのか当人にも判然 これ / 、とを修め得ざるものは学生にあらずと宣告すしない。西洋も日本も同じことである。 そろ るがごとくせねばならん。この条項を備えたる評家は これ等の条項を遺憾なく揃えるためには過去の文学 この条項中のあるものについて百より〇に至るまでのを材料とせねばならぬ。過去の批評を一括してその変 点数を作家に付与せねばならん。この条項のうちわが遷を知らねばならぬ。したがって上下数千年に渉って 趣味の欠乏して自己に答案を検査するの資格なしと思抽象的の工夫を費やさねばならぬ。右から見ている人 惟するときは作家と世間とに遠慮して点数を付与すると左から眺めている人との関係を同じ平面にあつめて ことを差し控えねばならん。評家は自己の得意なる趣比較せねばならぬ。昔の人の述作した精神と、今の人 ゅびさ 味において専門教師と同等の権力を有するを得べきも、の支配を受くる潮流とを地図のように指し示さねばな なトばり かげん わた 幻 5

9. 夏目漱石全集 5

実はまだ文学のお話をするほどに講演の歩を進めて働かし、意を働かすというのはおもに働かすという意 . おらんのであります。分化作用を述べる際につい口が味で、全然他の作用を除却して、それのみを働かすと いうつもりではありません。そこでこのうちで知を働 ・滑って文学者ことに小説家の眼識に論及してしまった あきら のであります。だからこれをも 0 て彼等の使命の全般かす人は、物の関係を明める人で俗にこれを哲学者も しくは科学者といいます。情を働かす人は、物の関係 をつくしたとは申されない。まえにもいうとおりつい とな でだから分化作用に即して彼等の使命の一端を挙げたを味わう人で俗にこれを文学者もしくは芸術家と称え のにすぎんのである。したがって文学全体にわたってます。最後に意を働かす人は、物の関係を改造する人 とうふや のお話をするときにはいま少し概括的に出てこなけれで俗にこれを軍人とか、政治家とか、豆腐屋とか、大 にならぬわけです。これからおい / \ そこまで漕ぎ付工とか号しております。 かように意識の内容が分化してくると、内容の連続 ・けてゆきます。 われ / 、 も多種多様になるから、まえに申した理想、すなわち かく分化作用で、吾々は物と我とを分ち、物を分っ て自然と人間 ( 物として観たる人間 ) と超覚的な神いかなる意識の連続をもって自己の生命を構成しよう のでありま かという選択の区域もたいぶ自由になります。ある人 ( 我を離れて神の存在を認める場合にいう す ) とし、我を分って知、情、意の三とします。このは比較的知の作用のみを働かす意識の連続を得て生存 あきら 我なる三作用と我以外の物とを結びつけると、明かにせんと冀い、ついに学者になります。またある人は比 むか 的三の場合が成立します。すなわち物に向って知を働か較的情を働かす意識の連続をもって生活の内容とした いという理想からとう / \ 文士とか、画家とか、音楽 哲す人と、物に向って情を働かす人と、それから物に向 雲って意を働かす人であります。むろんこの三作用は元家になってしまいます。またある人は意志を多く働か 来独立しておらんのたから、こ、で知を働かし、情をし得る意識の連続を希望する結果百姓になったり、車 っ ねが 237

10. 夏目漱石全集 5

ふつう「応え」と書く。閉ロするを。 ( 2 ) 裸体画この年 ( 明治四十年合 907 〉 ) 三月から ( 3 ) 答え 開催されていた東京勧業 1 専覧会に出品された絵画や妊娠 ( 4 ) 至極「至極結構」の略。 だゞらあそ 模型蝋人形などでも問題になっていた。 ( 5 ) 駄々羅遊び游里で金銭を浪費して遊ぶこと。 いくじなし。おくびようもの。 一一四五 ( 1 ) 懦夫 ( 1 ) たゞの車電車に対して、人力車をいったもの。 ほうへいこうしよう ( 2 ) 砲兵工廠文京区小石川にあった陸軍省の工場。 ( 2 ) 抽出法「文学論」第一編第三章参照。 なんこう くすのきまさしけ ( 3 ) 楠公楠木正成 ( 永仁二年ー延元元年、 1294 ー 一一吾 ( 1 ) 東鉄東京の市内電車を経営した「東京鉄道会 一 336 ) 。後醍醐天皇の勅命を得て、幕府の軍を破ったが、 社ー ( 都電の前身 ) の略称。 のち、湊川 ( 現神戸市内 ) で足利尊氏の軍勢に破れ、「願 ( 2 ) 電鉄「東京電気鉄道会社」の略称。のちに前 くは七たび : : : 」のことばを残して討死した。 注でいう東鉄になった。 けつか ( 4 ) 結伽座禅を組むこと。 一一五四 ( 1 ) へダ・ガ・フレル Hedda Gable 「イ。フセンの たいとうこくし 同名の戯曲 ( 一八九〇年作 ) の女主人公。強烈な自我を ( 5 ) 大燈国師室町時代の臨済宗の高僧。大徳寺を 持っ女性で、人を破減させるとともに自殺する。 ハ昼建 ~ した。 ねりもの ねりもの 、こ「文学論」第二五五 ( 1 ) 練物ふつう「煉物」と書く。模造品。 一一四六 ( 1 ) 文学論のなかに分けておしナ 。ハッサンの小説「首飾り」。 ( 2 ) 作モー 一編「文学的内容の分類」をさす。 せんきすし すじみら 一一四七 ( 1 ) 疝気筋疝気のおこる筋肉。ここは、筋道がち二五六 ( 1 ) 実着「着実」と同じ。 力、つこ , こ 0 一堯 ( 1 ) 生欲の念生きようとする意志。 一一六 0 ( 1 ) 大学で講義の時に引用した例漱石が東京帝 一一哭 ( 1 ) 晩祈の図フランスの画家フランソワ・ミレ 国大学で講義した原稿を単行本として明治四十二年 ( 19 の名作「アンジェラスの鐘」 ( 1859 ) をさす。「晩鐘」と 09 ) 三月に出版した「文学評論」 ( 全集第十五巻所収 ) 第 呼ばれ、原画は、ルーヴル博物館に所蔵されている。 ふじむら 六編「ダニエル・デフォーと小説の組立」のなかに引用、 ( 2 ) 藤村文京区本郷四丁目にあった和菓子屋。羊 かん 説明されている。 羹が名物として知られていた。 じっちゃく 444