美禰子 - みる会図書館


検索対象: 夏目漱石全集 6
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1. 夏目漱石全集 6

士に突然会っても、前もって準備ができているから、 は、そんなに大きな問題ではない。しかし、美子と 唐突は唐突であっても、作為的の感がとれやしなかっ 三四郎の関係を中軸としているこの小説においては、 たろうかと思う。 これがカタストローフの導火線になるのだからして、 初め自分が、新聞で読んだ時、若い、立派な紳士がテヒニイの上では、最も重大なる任務を帯びている。 車を馳せて来る叙述を読む瞬間には、美禰子の兄さんこの中軸となっている事件が、続くか、止むか、従っ だろうと思っていた。兄さんがどこかへ一緒に行くって小説がつづくか、やむかの問題を惹き起す出来事で もりか何かで迎いに来たんだなと思っていた。するとある、その出来事が読者に ( 少なくとも自分に ) 無理 仕舞になったら紳士が「はやく行こう、兄さんも待っ たと感ぜられるならば、折角今までキチリキチリと、 ている」 ( 三五五〔本」 〕 ) と言 0 たから、尠なからぬき差しのならぬような人物の出方と、必然的に因果 す驚いた。そうして、なんたか妙な気がした。もしあ関係をもった人物の動き方とに、牴触するところがあ の紳士が兄さんたったら 、、、。ころうにと今でも田いっ りはしないかと考えられるのである。 ている。そうして誰とかさんも待っているから、早く 行こうと、美禰子の夫になるべき人の名前を一言うこと にしたら、よかったろうにと思っている。その次に、 「三四郎ー一編は前 』、、リ節に言った点を除いて、実際ぬ 学校で与次郎と、例の断片的な話があった後に、どこきさしのならぬ小説である。美禰子の夫が出てくると かで男に会ったら、よかったろうと思っている。 ころでも、単なるぬきさしの点から見れば、ぬきさし 要するに、お婿さんの出方が、すこし早いような気がのならぬ出し方である。しかもそのぬきさしが碁盤の する。 目を盛るように、あるいは石垣を積み重ねるような、 美禰子のまが出て来る来ないは、それ自身にとって器械的なものではない。編中の人物がおのおのその意 ていしよく

2. 夏目漱石全集 6

る人でも承知していることであろう。一本調子で行かる傾き方に対して、かすかなる溜息を以って答えると ぬのだと認めるならば、変幻出没の限りを尽くしてころはすでに、今までの自山な動き方から発したもの ではない。そうして黙ったまま小半町も来て、不意に いる一種の性格に対して、統一がないからいかんと批 難はできぬはすである。統一のできなくっても、活き絵のことを話し出す。あすこの曲折のエ合は実に巧み なものたと思った。女の心を支配している問題は絵で て動いていればたくさんである。活かすための統一な ない、絵のでき上がりようの早さやなんかではない。 ら、方便としてさしつかえないが、統一ができんから 三四郎の猛烈なる動き方に対する、自分の言動に対す 活きていないというのは問題にはならん。 美子は要するにあるイントを境界線として、そる責任の感である。不意に絵を持ち出すのは、三四郎 に対する意識的の慰謝の言葉である。以前のような、 の境界線を超えない範囲内において、自 , 田に、自在に 自由な動き方から発したものではない。 活躍している女である。その活躍が自由なるがために、 ついで教会の前で三四郎から金をもらった時に、 ついに三四郎および読者に、統一することのできない 性格である。その統一することのできない性格の種々すかに「我は我が愆を知る」と言ったのも、過去の自 の面が、時と場所とを異にして、転々現れてくる。そ在なる活動に対する責任を痛切に感じたからである。 前半に自由なる世を描き、後半に、自由なるを得ざ こに読者の興味が惹きつけられるのである。 三四郎が原口さんの宅に美禰子をたすねた時より以るに至った女を描いて、しかも三四郎および読者にな 後の美禰子は、レフレクシオンを以って動いている女お解き難き謎を残すところは、手際よく行「ていて面 人になっている。美禰子にはすでに夫が定まった。夫の白いと思う。 女の性格に、ある境界線までの自由を与えている点 定まったということが美禰子の頭を支配して、今まで において、また面白い結果が出てきている。この境界 の自山の動き方を全然東縛してしまった。男の猛烈な 371

3. 夏目漱石全集 6

やりしていた。やがてまた動く気になったので腰を上たじが起る。三四郎は立ったまミこれはまったく、 ひとみ この大きな、常に濡れている、黒い眸のお蔭だと考え げて、立ちながら靴の踵を向け直すと、岡の上り際の、 もみじ こ 0 薄く色づいた紅葉の間に、さっきの女の影が見えた。 すそ 美子も留った。三四郎を見た。しかしその目はこ 並んで岡の裾を通る。 三四郎は上から、二人を見下していた。二人は枝のの時にかぎって何物をも訴えていなかった。まるで高 すき ひなた 隙から明かな日向へ出て来た。黙っていると、前を通い木を眺めるような目であった。三四郎は心の裡で、 り抜けてしまう。三四郎は声を掛けようかと考えた。 火の消えた洋燈を見る心持がした。もとの所に立ちす 距離があまり遠すぎる。急いで二三歩芝の上を裾の方 くんでいる。美禰子も動かない。 へ下りた。下りだすと好い具合に女の一人がこっちを「なぜ競技を御覧にならないの」とよし子が下から聞 向いてくれた。三四郎はそれで留った。実はこちらか しやくさわ らあまり御機嫌を取りたくない。運動会が少し癪に障「今まで見ていたんですが、つまらないから已めて来 っている。 たのです」 「あんな所に : ・ : 」とよし子が言いたした。驚いて笑よし子は美禰子を顧みた。美禰子はやはり顔色を動 ちんぶ っている。この女はどんな陳腐なものを見ても珍らしかさない。三四郎は、 そうな目付をするように思われる。その代り、いかな 「それより、あなたがたこそなぜ出て来たんです。た あて 郎珍らしいものに出逢 0 ても、やはり待ち受けていたよ いへん熱心に見ていたじゃありませんか , と当たよう うな目付で迎えるかと想像される。だからこの女に逢な当てないようなことを大きな声で言 0 た。美禰子は うと重苦しいところが少しもなくって、しかも落付い この時はじめて、少し笑った。三四郎にはその笑いの くつかゝと うち

4. 夏目漱石全集 6

「存じませんー 見さんちょっと立ってみてください。団扇はどうでも ありがと 三四郎は美藩子を見た。美子も三四郎を見て笑っ 好い。たゞ立てば。そう。雌有う 細君が、私が 家におっても、貴方が出ておしまいになれば、後が困た。原口さんだけは画に向いている。「存じません。 ・フラッシ るじゃありませんかと言うと、なにかまわないさ、お存じません。・ーーじゃ」と画筆を動かした。 三四郎はこの機会を利用して、丸卓の側を離れて、 前はかってに入夫でもしたら宜かろうと答えたんだっ あふらけ 美禰子の傍へ近寄った。美彌子は椅子の背に、油気の みらくろい 「それから、どうなりました」と三四郎が聞いた。原ない頭を、無雑作に持たせて、疲れた人の、身繕に心 じゅばんえり あと なげやり 口さんは、語るに足りないと思ったものか、まだ後をなき放の姿である。あからさまに襦袢の襟から咽喉 ( 1 ) ひさし くび つけた。 頸が出ている。椅子には脱ぎ捨てた羽織を掛けた。廂 がみ 「どうもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離髪の上に奇麗な裏が見える。 どうしゅうさん 三四郎は懐に三十円入れている。この三十円が二人 合集散、ともに自由にならない。広田先生を見たまえ、 野々宮さんを見たまえ、里見恭助君を見たまえ、つい の間にある、説明しにくいものを代表している。 でに僕を見たまえ。みんな結婚をしていない。女が偉と三四郎は信じた。返そうと思って、返さなかったの くなると、こういう独身ものがたくさんできてくる。 もこれがためである。思い切って、今返そうとするの だから社会の原則は、独身ものが、できえない程度内もこれがためである。返すと用がなくなって、遠ざか いっそう近付いて来るか、 るか、用がなくなっても、 良において、女が偉くならなくっちゃ駄目だね」 普通の人から見ると、三四郎は少し迷信家の調子 「でも兄は近々結婚致しますよ」 「おや、そうですか。すると貴方はどうなります」 を帯びている。 あなた 0 お 3

5. 夏目漱石全集 6

わかに立ち上がった。立ち上がる時、小さな声で、独 は右の足を泥濘の真中にある石の上へ乗せた。石の据 り一白のように、 りがあまり善くない。足へ力を入れて、肩を揺って調 ストレイシー 「迷える子」と長く引っ張って言った。三四郎はむろ子を取っている。三四郎はこちら側から手を出した。 ん答えなかった。 「お捕まりなさい 美子は、さっき洋服を着た男の出てぎた方角を指「いえ大丈夫」と女は笑っている。手を出しているあ して、道があるなら、あの唐辛子の傍を通って行きた いだは、調子を取るだけで渡らない。三四郎は手を引 わらぶき いという。二人は、その見当へ歩いて行った。藁葺の込めた。すると美禰子は石の上にある右の足に、身体 うしろにはたして細い三尺ほどの路があった。その路の重みを託して、左の足でひらりとこちら側へ渡った。 げた を半分ほど来た所で三四郎は聞いた。 あまりに下駄を汚すまいと念を入れすぎたため、カが きま 「よし子さんは、あなたの所へ来ることに極ったんで余って、腰が浮いた。のめりそうに胸が前へ出る。そ すか」 の勢で美子の両手が三四郎の両腕の上へ落ちた。 かたほお ストレイシー・フ 女は片頬で笑った。そうして間返した。 「迷える子 , と美禰子がロの内で言った。三四郎はそ 「なぜお聞きになるの」 の呼吸を感ずることができた。 ぬかるみ 三四郎がなにか言おうとすると、足の前に泥濘があ った。四尺ばかりの所、土が凹んで水がびた / \ に溜 っている。その真中に足掛りのために手頃な石を置い 号鐘が鳴って、講師は教室から出ていった。三四郎 たすけか たものがある。三四郎は石の扶を藉らすに、すぐに向はの着いた洋を振 0 て、帳面を伏せようとした。 へ飛んた。そうして美禰子を振り返って見た。美禰子すると隣りにいた与次郎が声を掛けた。 みち て・ころ たま ル 0

6. 夏目漱石全集 6

、、え、美子さんです」 坐ったこともあった。その時も一人ではなかった。 ストレイシープストレイシープ 「美藩子さんは会堂」 迷羊。迷羊。雲が羊の形をしている。 こっぜん 美禰子の会堂へ行くことは、はじめて聞いた。どこ 忽然として会堂の戸が開いた。中から人が出る。人 の会堂か教えてもらって、三四郎はよし子に別れた。 は天国から浮世へ帰る。美禰子は終りから四番目であ しま ( 1 ) あすま うつむ 横町を三つほど曲ると、すぐ前へ出た。三四郎はまっ った。縞の吾妻コートを着て、俯向いて、上り口の階 やそきよう すぼ たく耶蘇教に縁のない男である。会堂の中は覗いて見段を降りて来た。寒いとみえて、肩を窄めて、両手を たこともない。前へ立って、建物を眺めた。説教の掲前で重ねて、できるだけ外界との交渉を少くしている。 てっさく もんぎわ 示を読んだ。鉄柵の所を得 0 たり来たりした。ある時美子はこのすべてに揚がらざる態度を門際まで持続 は寄りかかってみた。三四郎はともかくもして、美禰した。その時、往来の忙しさに、はじめて気が付いた 子の出てくるのを待つつもりである。 ように顔を上げた。三四郎の脱いた帽子の影が、反の さんびか やがて唱歌の声が聞えた。賛美歌というものだろう目に映った。二人は説教の掲示のある所で、互に近寄 しめき っこ 0 と考えた。締切った高い窓のうちのでき事である。音 量から察するとよほどの人数らしい。美禰子の声もそ「どうなすって」 や のうちにある。三四郎は耳を傾けた。歌は歇んだ。風「今お宅までちょっと出たところです」 が吹く。三四郎は外套の襟を立てた。空に美調子の好「そう、じや入らっしゃい」 めぐら なか出た。 女はなかば歩を回しかけた。相変らず低い下駄を寧 かって美禰子といっしょに秋の空を見たこともあっ いている。男はわざと会堂の垣に身を寄せた。 た。所は広田先生の二階であった。田端の小川の縁に 「こ、でお目にか、ればそれで好い。さっきから、あ えり ふち 220

7. 夏目漱石全集 6

意味がよく分らない。二歩ばかり女の方に近付いた。 「そう」と疑を残したように言った。 「もう宅へ帰るんですか」 「ちょいと上がってみましようか」とよし子が、快く— 女は二人とも答えなかった。三四郎はまた二歩ばか言う。 り女の方へ近付いた。 「あなた、まだこ、を御存じないの」と相手の女は落 「どこかへ行くんですか」 ち付いてでた。 「宜いから入っしゃいよ」 「え、、ちょっと」と美子が小さな声で言う。よく 聞えない。三四郎はとう / 、女の前まで下りて来た。 よし子は先へ上る。二人はまた跟いて行った。よし しかしどこへ行くとも追窮もしないで立っている。会子は足を芝生のはしまで出して、振り向きながら、 おおげさ ( 3 ) 場の方で喝采の声が聞える。 「絶壁ね」と大袈裟な言葉を使った。「サッフォーで ( 1 ) 「高飛よ . とよし子が言う。「今度は何メートルになも飛び込みそうな所じゃありませんか」 ったでしよう」 美禰子と三四郎は声を出して笑った。そのくせ三四 美子は軽く笑ったばかりである。三四郎も黙って郎はサッフォーがどんな所から飛び込んだかよく分ら ( 2 ) いさぎよ いる。三四郎は高飛に口を出すのを屑しとしないつもなかった。 りである。づると美禰子が聞いた。 「あなたも飛び込んでごらんなさい」と美禰子が言う。 「この上には何か面白いものがあって ? 」 「私 ? 飛び込みましようか。でもあんまり水が汚な この上には石があって、量があるばかりである。面いわね」と言いながら、こっちへ帰って来た。 白いものがありようはずがない。 やがて女二人のあいたに用談が始まった。 「なんにもないです」 「あなた、いらしって」と美子がいう。

8. 夏目漱石全集 6

てしまった。四人は立ち並んで奇麗に片付いた書物「驚いたな。先生はなんでも人の読まないものを読む 癖がある」と与次郎が言った。 を一応眺めた。 あした 「あとの整理は明日だ」と与次郎が言 0 た。これで我広田は笑 0 て座敷の方へ行く。着物を着換えるため まん たろう。美禰子も尾いて出た。あとで与次郎が三四郎 なさいといわぬばかりである。 にこう言った。 「だいぶお集めになりましたね」と美禰子が言う。 「先生これだけみんなお読みになったですか」と最後「あれだから偉大な暗闇だ。なんでも読んでいる。け に三四郎が聞いた。三四郎は実際参考のため、この事れどもち 0 とも光らない。もう少し流行るものを読ん で、もう少し出娑ってくれると可いがな」 実を確めておく必要があったとみえる。 与次郎の言葉は決して冷評ではなかった。三四郎は 「みんな読めるものか、佐々木なら読むかもしれない 黙って本箱を眺めていた。すると座敷から美子の声 与次郎は頭を掻いている。三四郎は真面目になって、が聞えた。 ごちそう 実はこのあいだから大学の図書館で、少しすっ本を借「御馳走を上げるからお二人とも入らっしゃい」 二人が書斎から廊下伝いに、座敷へ来てみると、座 りて読むが、どんな本を借りても、必ず誰か目を通し ′スケット ている。試しにアアラ・べーンという人の小説を借り敷の真中に美子の持 0 て来た籃が据えてある。益 あと てみたが、やつばりだれか読んだ痕があるので、読書が取ってある。中にサンドイッチがたくさんはいって いる。美子はその側に坐って、籃の中のものを小皿 良範囲の際限が知りたくなったから聞いてみたと言う。 へ取り分けている。与次郎と美禰子の間答が始まった。 「アフラ・べーンなら僕も読んだ」 「よく忘れすに持ってきましたねー 広田先生のこの一言には三四郎も驚いた。 でしやば ふた

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の関係の半ばは絶えたことになる。しかし女が男の頭 だからして、この傍軸は、問題それ自身は重要な問 題であるにもかかわらす、またその問題を提出した者を支配している間は、なお関係が続いているのである。 の動機はきわめて真面目であるにもかかわらす、その男が女に金を返したら、もう物質的な関係はなくなっ た。そうして女はお嫁に行く。しかし三四郎の頭の中 問題を取扱う人の性格と、その問題から生じた波瀾を 解決する人の性格とによって、中軸を害するほどの太にはなお女が謎として残っている。女が自分に惚れて いたんだか、あるいは自分を愚弄していたんだか、そ さにならす、全体の統一を破らすに済んでいる。そう の辺のところはちっともわからないで苦しんでいる。 して前に述べたような役目をしているのである。 この苦しみの除れた時が、女との関係の絶えた時であ る。苦しみの除れるのは、女を余所から見得た時であ ひとあし 「三四郎」はその中軸とな 0 ている、三四郎と美禰子る。「一歩傍へ退くこと」 ( 三三二〔九 本囀」己 ) をあえて との関係の始まるに始まって、絶えるに至って終ってし得た時である。余所から見得ない間は、依然として ' いる。女をはじめて、大学の池の端で見るに始まって、美禰子に苦しんでいるのである。囚らわれているので その女を描いた絵を丹青会で見るに終っている。男とある。関係が結末に達したのではない。 女との関係は、女がお嫁に行ったにおいて終るもので丹青会展覧会で、「森の女」の絵の前に立って、三四 はない。器械的な最後であるかもしれぬが、死が必す郎が「ストレイ・シー。フーを繰返すところで、三四郎 ひとあし しも終結でないと同じく、精神的に、あるいは芸術的が美禰子を「一歩傍へ退」いて見得たという事実が現 れているのたが、この事実の現れ方について、自分は 人に終結を告げているとは、決して言うことはできない のである。女がお嫁に行けば、男はもう女に会う機会なおすこしく物足りないような気がする。その理由は こうである。 かないかもしれぬ。会う機会がなければ今までどおり 」旧

10. 夏目漱石全集 6

郎 三四郎はむしろ野々宮さんの気楽なのに驚いた。そ 「知りません」 もど たやす う容易く下宿生活に戻るくらいなら、はじめから家を 「そう」 かまておけ 持たないほうが善かろう。第一鍋、釜、手桶などとい 「どうかしましたか」 しょたい う世帯道具の始末はどう付けたろうと、よけいなこと 「なに、その原口さんが、今日見に来ていらしってね、 みんなを写生しているから、私たちも用心しないと、 まで考えたが、ロに出して言うほどのことでもないか 。ホンチに画かれるからって、野々宮さんがわざ / \ 注ら、べつだんの批評は加えなかった。そのうえ、野々 あともど 意してくだすったんです」 宮さんが一家の主人から、後戻りをして、ふた、び純 美子は傍へ来て腰を掛けた。三四郎は自分がいか書生と同様な生活状態に復するのは、とりもなおさす にも愚物のような気がした。 家族制度から一歩遠退いたと同じことで、自分にとっ 「よし子さんはさんとい 0 しょに帰らないんですては、目前の迷惑を少し長距離へ引き移したような好 つごう 都合にもなる。その代りよし子が美子の家へ同居し おさま きよう、 「いっしょに帰ろうったって帰れないわ。よし子さんてしま 0 た。この兄妹は絶えす往来していないと治ら きのう ないようにでき上っている。絶えす往来しているうち は、昨日から私の家にいるんですもの」 三四郎はその時はじめて美禰子から野々宮の御母さには野々宮さんと美禰子との関係も次第々々に移 0 て んが国へ帰 0 たということを聞いた。御母さんが帰るくる。すると野々宮さんがまたいつなんどき下宿生活 と同時に、大久保を引払 0 て、野々宮さんは下宿をすを永久に巳める時機がこないともかぎらない。 こういう疑ある未来を、描き 三四郎は頭のなかに、 る、よし子は当分美子の宅から学校へ通うことに、 っこうに気が乗 ながら、美禰子と応対をしている。 相談が極ったんたそうである。 あるじ