聞い - みる会図書館


検索対象: 夏目漱石全集 6
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1. 夏目漱石全集 6

四郎 「だって仕方がないじゃ、ありませんか。知りもしな 妹とも気が付かないから一種妙な感じがした。たゞ すき い人の所へ、行くか行かないかって、聞いたって。好 「そうです」と答えておいた。 きらい 「佐々木が馬券を買って、自分の金を失くなしたんだでも嫌でもないんだから、なんにも言いようはありや ってね」 しないわ。だから知らないわー えとく 三四郎は知らないわの本意をようやく会得した。兄 「えゝ」 妹をそのま、にして急いで表へ出た。 よし子はまた大きな声を出して笑った。 ししかげん 人の通らない軒燈ばかり明かな露路を抜て表へ出る 「じゃ、好加減に御母さんの所へそう言ってあげよう。 しかし今度から、そんな金はもう貸さないことに為たと、風が吹く。北へ向き直ると、まともに顔へ当る。 時を切って、自分の下宿の方から吹いてくる。その時 ら好いでしよう」 三四郎は貸さないことにするむねを答えて、挨拶を三四郎は考えた。この風のなかを、野々宮さんは、妹 して、立ち掛けると、よし子も、もう帰ろうと言いだを送って里見まで連れていってやるだろう。 下宿の二階へ上って、自分の室へはいって、坐って みると、やつばり風の音がする。三四郎はこういう風 「さっきの話をしなくっちゃ」と兄が注意した。 の音を聞くたびに、運命という字を思い出す。ごうと 「能くってよーと妹が拒絶した。 すく 鳴ってくるたびに竦みたくなる。自分ながら決して強 「能くはないよ」 い男とは思っていない。考えると、上京以来自分の運 「能くってよ。知らないわ」 兄は妹の顔を見て黙っている。妹は、またこう言っ命まこ、 ; 、 。ナし力し与次郎のために製らえられている。しか ( 1 ) あい・せん ( 2 ) ほんらう も多少の程度において、和気靄然たる翻弄を受けるよ ぬけ

2. 夏目漱石全集 6

てぬぐい うと仕事は山ほどある。自分の原稿を一回分書かなけって、元気を付けようと思って、手拭を提げて玄関へ ればならない。ある未知の青年から頼まれた短編小説出掛かると、御免下さいと言う吉田に出っ食わした。 を二三編読んでおく義務がある。ある雑誌へ、ある人座敷へ上げて、いろ / 、身の上話を聞いていると、 の作を手紙を付けて紹介する約東がある。この二三か吉田はほろ / \ 涙を流して泣きだした。そのうち奥の うすた 月中に読むはずで読めなかった書籍は机の横に堆かく 方では医者が来てなんだかごた / \ している。吉田が 積んである。この一週間ほどは仕事をしようと思ってようやく帰ると、子供がまた泣きだした。とう / 、湯 むか 机に向うと人が来る。そうして、皆何か相談を持ち込に行った。 湯から上ったらはじめて暖ったかになった。晴々し んでくる。このうえに胃が痛む。その点からいうと今 ランプっ 日はさいわいである。けれども、どう考えても、寒くて、家へ帰って書斎にはいると、洋燈が点いて窓掛が おっくう て億劫で、火鉢から手を離すことができない。 下りている。火鉢には新しい切炭が活けてある。自分 ざふとん すると玄関に車を横付けにしたものがある。下女がは座布団の上にどっかりと坐った。すると、妻が奥か なかさわ そばゅ 来て長沢さんがおになりましたと言う。自分は火鉢ら寒いでしようと言って蕎麦湯を持ってきてくれた。 すくん うわめづかい の傍に竦だま、、上目遣をして、はいって来る長沢をお政さんの容体を聞くと、ことによると盲腸炎になる ふと 見上けながら、寒くて動けないよと言った。長沢は懐かもしれないんだそうですよと言う。自分は蕎麦湯を 中から手紙を出して、この十五日は旧の正月だから、 手に受けて、もし悪いようだったら、病院に入れてや ぜひ都合してくれとかなんとかいう手紙を読んだ。相るが可いと答えた。妻はそれが宜いでしようと茶の間 らず金の相談である。長沢は十二時過に帰った。けへ引きとった。 れども、まだ寒くてしようがない。いっそ湯にでも行妻が出て行ったらあとが急に静かになった。まった ころ きりすみ 238

3. 夏目漱石全集 6

ステーション でも停車場の近辺と聞いているから、探すに不便はなら付けたものらしい わき ( 4 ) いけがき 、。実をいうと三四郎はかの平野家行以来とんた失敗台所の傍に立派な生垣があって、庭の方にはかえっ はぎ かんだ をしている。神田の高等商業学校へ行くつもりで、本て仕切りもなんにもない。たゞ大きな萩が人の背より えんがわ 郷四丁目から乗ったところが、乗り越して九段まで来高く延びて、座敷の椽側を少し隠しているばかりであ す て、ついでに旺まで持 0 てゆかれて、そこでようる。野々宮君はこの椽側に椅子を持ち出して、それへ おちゃみず ( 2 ) そとぼりせん やく外濠線へ乗り換えて、御茶の水から、神田橋へ出腰を掛けて西洋の雑誌を読んでいた。三四郎のはいっ かくらがしすきやまし て、また悟らすに鎌倉河岸を数寄屋の方へ向いて急て来たのを見て、 いで行ったことがある。てれより以来電車はとかく物「こっちへ」と言った。まるで理科大学の穴倉の中と 同じ挨拶である。庭からはいるべきのか、玄関から回 騒な感じがしてならないのたが当線は「筋たと、 ちゅうちょ るべきのか、三四郎は少しく躊踏していた。するとま かねて聞いているから安心して乗った。 なかひやくにん 大久保の停車場を下りて、仲百人の通りを戸山学校た 「こっちへ」と催促するので、思い切って庭から上る の方へ行かずに・踏切りからすぐ横へ折れると、ほと ことにした。座敷はすなわち書斎で、広さは八畳で、 んど三尺ばかりの細い路になる。それを爪先上りにだ もうそうやぶ らだらと上ると、まばらな孟宗藪がある。その藪の手割合に西洋の書物がたくさんある。野々宮君は椅子を 前と先に一軒ずつ人が住んでいる。野々宮の家はその離れて坐った。三四郎は閑静な所だとか、割合に御茶 むき の水まで早く出られるとか、望遠鏡の試験はどうなり 手前の分であった。小さな門が路の向にまるで関係の ないような位置に筋違に立っていた。はいると、家がましたとか、ーーー締りのない当座の話をやったあと、 また見当違の所にあった。門も入口もまったくあとか「昨日私を探してお出たったそうですが、何か御用で つまさきあが とやま ぶつ

4. 夏目漱石全集 6

よい。今日はひさしぶりに、 こっちへ用があって、野あまり感服できない」と一二歩退がって見た。「どう 野宮さんを引張って来たところだ。うまく出っ食わしも、原画が技巧の極点に達した人のものだから、旨く怖 いかないね」 たものだ。この会を仕舞うと、すぐ来年の準備にかゝ つもは 原口は首を曲げた。三四郎は原口の首を曲げたとこ らなければならないから、非常ににがしい。い 花の時分に開くのだが、来年は少し会員のつごうで早ろを見ていた。 「もう、みんな見たんですか」と画工が美子に聞い くするつもりだから、ちょうど会を二つ続けて開くと た。原口は美禰子にばかり話しかける。 同じことになる。必死の勉強をやらなければならない。 「まだ」 それまでにせひ美子の肖像を描き上げてしまうつも おおみそか りである。迷惑たろうが大晦日でも描かしてくれ。 「どうです。もう廃して、いっしょに出ちゃ。精養軒 「その代りこ、ん所へ掛けるつもりですー でお茶でも上けます。なに私は用があるから、どうせ ちょっと行かなければならない。 原口さんはこの時はじめて、黒い画の方を向いた。 ーー・・会の事でね、マ 野々宮さんはそのあいだほかんとして同じ画を眺めてネシャーに相談しておきたい事がある。懇意の男だか 0 【ー・今う』茶 = 好」時分「す。もう少」す おそデナ はんゼ 「どうです。べラスケスは。もっとも模写ですがね。 るとね、お茶には遅し晩餐には早し、中途半端になる。 しかもあまり上できではない と原口がはじめて説明どうです。いっしょに入らっしゃいな」 する。野々宮さんはなんにも言う必要がなくなった。 美子は三四郎を見た。三四郎はどうでも可い顔を 「どなたがお写しになったの」と女が聞いた。 している。野々宮は立ったま、関係しない。 みつい 「三井です。三井はもっと旨いんですがね。この画は 「せつかく来たものだから、みんな見てゆきましよう。

5. 夏目漱石全集 6

からん。僅か二十円ばかりの金だのに。いくら偉大な応接間たからいたってかまやしない」 いや る暗闇を書いてやっても信用しない。 つまらない。厭「そうか」 になっちまった」 「それで美子さんが、引受けてくれて、御用立て申 「じや金はできないのか」 しますと言うんだがね」 としら 「いやほかで拵えたよ。君が困るだろうと思って」 「あの女は自分の金があるのかい」 「そうか。それは気の毒だ」 「そりや、どうだか知らない。しかしとにかく大丈夫 「ところが困った事ができた。金はこ、にはない。君だよ。引き受けたんだから。ありや妙な女で、年のい が取りにいかなくっちゃ」 かないくせに姉さんじみた事をするのが好きな性質な 「どこへ」 んだから、引き受けさえすれば、安心だ。心配しない よろ ところが 「実は文芸時評が可けないから、原口だのなんだの二でも可い。宜しく願っておけばかまわない。 三軒歩いたが、どこも月末でつごうがっかない。それ いちばん仕舞になって、お金はこゝにありますが、あ から最後に里見の所へ行ってーー里見というのは知らなたには渡せませんと言うんだから、驚いたね。僕は ないかね。里見恭助。法学士だ。美藩子さんの兄さんそんなに不信用なんですかと聞くと、え、と言って笑 だ。あすこへ行ったところが、今度は留守でやつばり っている。厭になっちまった。じや小川を遣しますか ようりよう めんどう なとまた聞いたら、え、、ー 要領を得ない。そのうち腹が減って歩くのが面倒にな 月さんにお手渡し致しまし 良ったから、とう / / 、 美子さんに逢って話をした」 ようと言われた。どうでもかってにするが可い。君取 「野々宮さんの妹がいやしないか」 りにいけるかい」 ひる 「なに午少し過ぎだから学校に行てる時分だ。それに 「取りにいかなければ、国へ電報でもかけるんだな」 わす ねえ だいじようぶ 141

6. 夏目漱石全集 6

ひる いなずまこぞう という。花月を習う。こし方より : : : のところをやっ 稲妻小僧が逃亡した最中でした」とある。 りつば たら、まあそんなものだと評した。自分では立派に謡 【来信】鈴木三重吉 ったつもりであった。帰ろうとしていると虚子が来た。 三月十七日 ( 水 ) むこ まっしろ 朝起きると真白に雪が積っている。厚さ三寸ばかり、虚子は雨月をならうのだそうだ。向うの弁護士高野さ きた ( 1 ) はうしよう んが私は高浜と同郷のものですといって挨拶をした。 午少し前やむ。宝生新例によって来らず。 ( 2 ) げんじ ( 3 ) つなひき 【来信】小島武雄 ( 転居 ) 朝渋川玄耳綱曳にて来る。二十日出帆世界一週の ( 4 ) いとま・こい 三月ニ十日 ( 土 ) 途に上るという。暇乞かたん \ 次回小説の相談なり。 ひさしぶり まさのてつかん ばいえん 九時玄耳を新橋に送る。久振で朝日の豪傑に会す。 「煤烟」のあとを与謝野鉄幹がかいて、その次を自分が 書くはずに取り極む。たぶん掲載は七月くらいならん土屋大夢がこれから塔の沢まで行くから、ついでに横 浜まで送るんですという。弓凱田が夏目さん所から新 、こい、つ 橋まではたいへんですねという。池辺吉太郎が越しま 招魂社九段に行って雪の下町を望む。 わかまっちょう ( 5 ) した。若松町百二番地という。大阪の鳥居素川が来て 「グヌンチオ」は美くしい事をかさねてかく人なり。 いる。いっ来たんですと聞くと二日前だという。帰り しかも暖室内に入りて上気したる気味なり。 ひるめし 銀座まで素川と話して来る。明後日午飯をいっしょに 三月十九日 ( 金 ) ( 6 ) 朝小宮豊降とアンドレーフの独訳一章を読む。ドイ食う事を約す。 おもしろ にしきちょう ( 7 ) せ、 「葉亭ロシアで結核になる。帰国の承諾を得たとこ ツ語が少々面白くなる。新今日も来らず、錦町の清 ーレ、 4 ら・よ″い 嘯会まで出掛けて行く。すると新が大きな声をして怒ろ経過宜しからず入院のよしを聞く。気の毒千万なり。ル ひるめし 鳴っていた。やがて生玉子を三つ食う。午飯の代りた大阪朝日十万円で社を新築すと素川よりきく。 0 しようこんしゃ ( 9 ) かげつ ( 8 ) あ つ

7. 夏目漱石全集 6

ばんさん 要である。目的はたゞ大勢寄って晩餐を食う。それか いっしょに飯を食ったり何かしてーー、それから、とう とう引っ張り出されて : : : 」とだいぶ楽天的な口調でら文芸上有益な談話を交換する。そんなものである。 ある。傍にいるとしぜん陽気になるような声を出す。 広田先生は一口「出よう」と言った。用事はそれで 三四郎は原口という名前を聞いた時から、おおかたあ済んでしまった。用事はそれで済んでしまったが、そ ( 1 ) えかき の画工だろうと思っていた。それにしても与次郎は交れから後の原口さんと広田先生の会話がすこぶる面自 際家だ。たいていな先輩とはみんな知合になっているかった。 えら 広田先生が「君近ごろ何をしているかね」と原口さ から豪いと感心して硬くなった。三四郎は年長者の前 へ出ると硬くなる。九州流の教育を受けた結果だと自んに聞くと、原口さんがこんな事を言う。 分では解釈している。 「や 0 ばり一軒を古している。もう五つほど上け ( 4 ) こいなはんべえからさきしんじゅう ( 3 ) はなもみじよしわらはつけい やがて主人が原口に紹介してくれる。三四郞は丁寧た。花紅葉吉原八景だの、小稲半兵衛唐崎心中だのつ に頭を下けた。向うは軽く会釈した。三四郎はそれかてなか / ( \ 面白いのがあるよ。君も少し遣ってみない か。もっとも、ありゃあまり大きな声を出しちゃいけ ら黙って二人の談話を承わっていた。 ないんだってね。本来が四畳半の座敷にかぎったもの 原口さんはまず用談から片付けると言って、近い ちに会をするから出てくれと頼んでいる。会員と名のだそうだ。ところが僕がこのとおり大きな声だろう。 こしら りつば つくほどの立派なものは拵えないつもりだが、通知をそれに節回しがあれでなか / 、込み入っているんで、 ( 5 ) こんだ どうしても旨くいかん。今度一つ遣るから聞いてくれ 出すものは、文学者とか芸術家とか、大学の教授とか、 わずかな人数にかぎっておくから差支はない。しかもたまえ」 たいてい知り合のあいだだから、形式はまったく不必広田先生は笑っていた。すると原口さんは続をこう かた おおい 3

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り次第になる三四郎もこれは断った。その代りいっしから取り寄せれば事は済む。ーー - 当用はこ、まで考え くりまん ( 1 ) おかの ょに散歩に出た。帰りに岡野へ寄って、与次郎は栗饅て句切りを付けた。あとは散漫に美子の事が頭に浮 えり じゅう みやげ 頭をたくさん買った。これを先生に見舞に持ってゆくんで来る。美禰子の顔や手や、襟や、帯や、着物やら を、想像に任せて、乗けたり除ったりしていた。こと んたと言って、袋を抱えて帰っていった。 あした なが に明日逢う時に、どんな態度で、どんな事を言うだろ 三四郎はその晩与次郎の性格を考えた。永く東京に うとその光景が十通りにも廿通りにもなって、いろい いるとあんなになるものかと思った。それから里見へ 金を借りにゆくことを考えた。美子の所へ行く用事ろに出て来る。三四郎は本来からこんな男である。用 ができたのは嬉しいような気がする。しかし頭を下げ談があって人と会見の約東などをする時には、先方が て金を借りるのは難有くない。三四郎は生れてから今どう出るだろうということばかり想像する。自分が、 日にいたるまで、人に金を借りた経験のない男である。こんな顔をして、こんな事を、こんな声で言ってやろ その上貸すという当人が娘である。独立した人間では うなどとは決して考えない。しかも会見が済むと後か ( 2 ) ない。たとい金が自由になるとしても、兄の許諾を得らきっとそのほうを考える。そうして後悔する。 ない内証の金を借りたとなると、借りる自分はとにか ことに今夜は自分のほうを想像する余地がない。三 く、あとで、貸した人の迷惑になるかもしれない。あ四郎はこのあいだから美子を疑っている。しかし疑 うばかりでいっこう埒があかない。そうかといって面 るいはあの女のことだから、迷惑にならないようには たゞ じめからできているかとも思える。なにしろ洋ってみと向って、聞き糾すべき事件は一つもないのたから、 上う。逢った上で、借りるのが面白くない様子だった一刀両断の解決などは思いもよらぬことである。もし ら、断って、しばらく下宿の払を延ばしておいて、国三四郎の安心のために解決が必要なら、それはたゞ美 ありがた にじっ ( 3 ) ノ 44

9. 夏目漱石全集 6

「あれは、みんな雪の粉ですよ。こうやって下から見るさい」と言った。しかしいっこう熕さいようにもみ ると、ちっとも動いていない。しかしあれで地上に起えなかった。 ( 2 ) ( 1 ) ぐふう 君ラス 「僕は車掌に教わらないと、一人で乗換が自由にでき る颶風以上の速力で動いているんですよ。 この二三年来むやみに殖えたのでね。便利にな キンを読みましたか」 ( 3 ) ぶぜん ってかえって困る。僕の学間と同じ事だ」と言って矢 三四郎は憮然として読まないと答えた。野々宮君は っこ 0 「そうですか , と言ったばかりである。しばらくして学期のはじまりぎわなので新しい高等学校の帽子を 被った生徒がだいぶ通る。野々宮君は愉快そうに、 から、 れんじゅう 「この空を写生したら面白いですね。ー、ー原口にでもの連中を見ている。 「だいぶ新しいのが来ましたね」と言う。「若い人は 話してやろうかしら」と言った。三四郎はむろん原口 活気があって好い。ときに君は幾歳ですか」と聞いた。 という画工の名前を知らなかった。 ( 5 ) からたちでら ( 4 ) 二人はベルツの銅像の前から枳殻寺の横を電車の通三四郎は宿帳へ書いたとおりを答えた。すると、 「それしゃ僕より七つばかり若い。七年もあると、人 りへ出た。銅像の前で、この銅像はどうですかと聞か たちやす つきひ にぎや 間は大抵の事がでぎる。しかし月日は立易いものでね。 れて三四郎はまた弱った。表はたいへん賑かである。 七年ぐらいじきですよ , と言う。どっちが本当なんだ 電車がしきりなしに通る。 郎「君電車は熕さくはないですか」とまた聞かれた。三か、三四郎には解らなかった。 すさま 四角近くへ来ると左右に本屋と雑誌屋がたくさんあ 四郎は熕さいより凄しいくらいである。しかしたゞ 一え、」と答えておいた。すると野々宮君は「僕もうる。そのうちの二三軒には人が黒山のようにたか 0 て うる おもしろ はらぐち よっかどちか

10. 夏目漱石全集 6

永日小品 波が鋭く目の前を通り過そうとする中に、ちらりと色の話をするたびに、誰だかよく分らないと答えては妙 まばたきゅる とっさ の変った模様が見えた。瞬を容さぬ咄嗟の光を受けたな顏をする。 うなぎ その模様には長さの感じがあった。これは大きな鰻だ なとった。 さか 泥棒 とたんに流れに逆らって、網の柄を握っていた叔父 さんの右の手百が、蓑の下から肩の上までね返るよ寝ようと思 0 て次の間へ出ると、炬燵の臭がぶんと うに動いた。続いて長いものが叔父さんの手を離れた。した。厠の帰りに、火が強すぎるようだから、気を付 なわ それが暗い雨のふりしきる中に、重たい縄のような曲けなくては不可ないとに注意して、自分の部屋へ引 線を描いて、向こうの土手の上に落ちた。と思うと、取 0 た。もう十一時を過ぎている。床の中の夢は常の もちあ かまくび ごとく安らかであった。寒いわりに風が吹かず、半鐘 草の中からむくりと鎌首を一尺ばかり持上げた。そう こた の音も耳に応えなかった。熟睡が時の世界を盛り潰し して持上げたま当きっと二人を見た。 たように正体を失った。 「覚えていろ」 こっん すると忽然として、女の泣声で目が覚めた。聞けば 声はたしかに叔父さんの声であった。同時に鎌首は うろたえ 草の中に消えた。叔父さんは蒼い顔をして、蛇を投げもよという下女の声である。この下女は驚いて狼狽る といつでも泣声を出す。このあいだ家の赤ん坊を湯に た所を見ている。 あが 「叔父さん、今、覚えていろと言 0 たのは貴方ですか」入れた時、赤ん坊が湯気に上 0 て、引き付けたとい 0 て五分ばかり泣声を出した。自分がこの下女の異様な四 叔父さんはようやくこっちを向いた。そうして低い 声を聞いたのは、それがはじめてである。り上げる 声で、誰だかよく分らないと答えた。今でも叔父にこ かわや こたつにおい っ す、あ