こ、ろあた んまりにしいんで、どうすることもできない、たまに ところによると、地位の心当りが二三か所あるから、 の さしあたりその方面へ運動してみるつもりなんだそう宿のものが教えてくれるかと思うと、まだ人が立ち退 かなかったり、あるいは今壁を塗ってる最中だったり だが、その二三か所が今どうなっているか、代助はほ じんぼうちょう とんど知らない。代助のほうから神保町の宿を訪ねたする。などと、電車へ乗って分れるまで諸事苦情ずく ことが二返あるが、一度は留守であった。一度はおつめであった。代助も気の毒になって、そんなら家は、 うち たにはおった。が、洋服を着たま \ 部屋の嗷居の上宅の書生に探させよう。なに不景気だから、だいぶ空 うけあ いてるのがあるはすだ。と請合って帰った。 に立って、なにか急しい調子で、細君を極め付けてい それから約東どおり門野を探しに出した。出すやい た。ーー案内なしに廊下を伝って、平岡の部屋の横へ かっこう 出た代助には、突然ながら、たしかにそう取れた。そなや、門野はすぐ恰好なのを見付けて来た。門野に案 ふむ 内をさせて平岡夫婦に見せると、たいてい可かろうと の時平岡はちょっと振り向いて、やあ君かと言った。 いえぬし こ . 、ろ ようす いうことで分れたそうだが、家主のほうへ責任もある その顔にも容子にも、少しも快よさそうなところは見 なか えなかった。部屋の内から顔を出した細君は代助を見し、またそこが気に入らなければ外を探す考もあるか あおじろほお て、蒼白い頬をぼっと赤くした。代助はなんとなく席らというので、借りるか借りないかはっきりしたとこ に就きにくくなった。まあはいれと申し訳に言うのをろを、門野に、もう一遍確かめさしたのである。 とうしている 「君、家主のほうへは借りるって、断わって来たんだ 聞き流して、いやべったん用じゃない。。 ろうねー かと思ってちょっと来てみただけだ。出掛けるならい あしたびつこ ら っしょに出ようと、こっちから誘うようにして表へ出「え、、帰りに審って、明日引越すからって、言って れてしまった。 来ました」 そ その時平岡は、早く家を探して落ち付きたいが、あ代助は橇子に腰を掛けたま、、新らしく二度の世帯 さが かんがえ しょたい
それから から復讎されている一部分としか思やしません。僕はばらくしてから、また これで社会的に罪を犯したも同じことです。しかし僕「たゞ、もう少し早く言ってくださると」と言い掛け はそう生れて来た人間なのだから、罪を犯すほうが、 て涙ぐんだ。代助はその時こう聞いた。 しようがい 僕には自然なのです。世間に罪を得ても、貴方の前に 「じゃ僕が生涯黙っていたほうが、貴方には幸福だっ ざんげ 懺悔することができれば、それでたくさんなんです。たんですか」 うれ これほど嬉しいことはないと思っているんです」 「そうじゃないのよ」と三千代は力を籠めて打ち消し ひとこと 三千代は涙の中ではじめて笑った。けれども一言も た。「私だって、貴方がそう言ってくださらなければ、 おの ロへは出さなかった。代助はなお己れを語る隙を得た。生きていられなくなったかもしれませんわ」 今度は代助のほうが微笑した。 「それじや構わないでしよう」 「僕はいまさらこんなことを貴方に言うのは、残酷だ ありがた と承知しています。それが貴方に残酷に聞こえれば聞「構わないより難有いわ。たゞ こえるほど僕は貴方に対して成功したも同様になるん 「たゞ平岡に済まないというんでしよう」 うなす だから仕方がない。そのうえ僕はこんな残酷なことを 三千代は不安らしく首肯いた。代助はこう聞いた。 打ち明けなければ、もう生きていることができなくな わがま、 あやま った。つまり我儘です。だから詫るんです」 「三千代さん、正直に言ってごらん。貴方は平岡を愛 「残酷ではございません。だから詫まるのはもう廃ししているんですか」 あお てちょうだい」 三千代は答えなかった。見るうちに、顔の色が蒼く 三千代の調子は、この時急にはっきりした。沈んでなった。目も口も固くなった。すべてが苦痛の表情で 。いたが、前に比べると非常に落ち着いた。しかししあった。代助はまた聞いた。 ひま あなた 183
ひきよう とうかして、真面目になりたいと思 ないか。やつばり恐露病に罹ってるほうが、卑怯でもも結構じゃない。・ っている。どうだ、君ちっと金を貸して僕を真面目に 安全だ、と答えてやつばり口シア文学を鼓吹していた。 りようけん まんなか ( 1 ) いっかんばり 玄関から座敷へ通ってみると、寺尾は真中へ一閑張する了見はないかと聞いた。いや、君が今のようなこ はちまき の机を据えて、頭痛がすると言って鉢巻をして、腕まとをして、それで真面目だと思うようにな 0 たら、そ くりで、帝国文学の原稿を書いていた。邪魔ならまたの時貸してやろうと調戯って、代助は表へ出た。 アンニュイ ほんごう けさ 本郷の通りまで来たが倦怠の感は依然として故のと 来ると言うと、帰らんでもい、、もう今朝から五五、 あいさっ 二円五十銭だけ稼いだからという挨拶であった。やがおりである。どこをどう歩いても物足りない。 うちたず はす て鉢巻を外して、話を始めた。始めるが早いか、今のて、人の宅を訪ねる気はもう出ない。自分を検査して こ、、ろもち 日本の作家と評家を目の玉の飛び出るほど痛快に財倒みると、身体全体が、大きな胃病のような心持がした。 ( 3 ) でんすういんまえ しはじめた。代助はそれを面白く聞いていた。しかし四丁目からまた電車へ乗って、今度は伝通院前まで来 腹の中では、寺尾のことを誰も賞めないので、その対た。車中で揺られるたびに、五尺何寸かある大きな胃 ぶくろ ひとけな 抗運動として、自分のほうでは他を貶すんだろうと思嚢の中で、腐ったものが、波を打っ感じがあった。三 時過ぎにぼんやり宅へ帰った。玄関で門野が、 った。ちと、そういう意見を発表したら好いじゃない つかい 「さっきお宅からお使でした。手紙は書斎の机の上に かと勧めると、そうは行かないよと笑っている。なぜ うけとり と聞き返しても答えない。しばらくして、そりや君の載せておきました。受取はちょっと私が書いて渡して ように気楽に暮せる身分ならずいぶん言ってみせるがおきました」と言った。 うち 手紙は古風な状箱の中にあった。その赤塗の表には なにしろ食うんだからね。どうせ真面目な商売じ しんちゅうかん ( 5 ) かんじんより なあて けっこう ゃないさ。と言った。代助は、それで結構だ、しつか名宛もなにも書かないで、真鍮の環に通した観世撚の ふうめ や やちっと封じ目に黒い墨を着けてあった。代助は机の上を一目 り遣りたまえと奨励した。すると寺尾は、い かせ じゃま まとう からだ うち からか あかぬり
「責任って、どんな責任なの。もっとはつぎり仰しやそのくらいなことはとうから気が付いていらっしやる はずだと思いますわ , らなくっちや解らないわ」 代助は平生から物質的状況に重きを置くの結果、た代助は返事ができなかった。頭を抑えて、 ・こと 「少し脳がどうかしているんだ」と独り言のように言 だ貧苦が愛人の満足に価しないということだけを知っ ていた。だから富が三千代に対する責任の一つと考え った。三千代は少し涙ぐんだ。 「もし、それが気になるなら、私のほうはどうでもよ たのみで、それよりほかに明らかな観念はまるで持っ ていなかった。 うござんすから、お父様と仲直りをなすって、今まで つきあい 「徳義上の責任じゃない、物質上の責任です」 どおりお交際になったら好いじゃありませんか」 「そんなものは欲しくないわ」 代助は急に三千代の手頸を握ってそれを振るように 「欲しくないといったって、ぜひ必要になるんです。力を入れて言った。 これから先僕が貴方とどんな新らしい関係に移って行 「そんなことを為る気ならはじめから心配をしやしな あやま くにしても、物質上の供給が半分は解決者ですよ」 い。たヾ気の毒だから貴方に託るんです」 さえぎ あや 「解決者でもなんでも、いまさらそんなことを気にし「詫まるなんて」と三千代は声を顫わしながら遮った。 たって仕方がないわ」 「私が源因でそうなったのに、貴方に託まらしちゃ済 「ロではそうも言えるが、いざという場今になると困まないじゃありませんか」 るのは目に見えています」 三千代は声を立てて泣いた。代助は慰撫めるように、 がまん 三千代は少し色を変えた。 「じゃ我慢しますか」と聞いた。 とうさま まえ あた 「今貴方のお父様のお話を伺ってみると、こうなるの「我慢はしません。当り前ですもの」 ははじめから解ってるじゃありませんか。貴方だって、 「これから先また変化がありますよ」 しかた わか おっ ふる おさ ひと なだ 200
げんろく めるほうはなか / 、むずかしい。これを哲学にすると、女房に重きを置くと、なんだか元禄時代の色男のよう なんによ 死から生を出すのは不可能だが、生から死に移るのはで可笑しいな。すべてあの時代の人間は男女に限らず川 自然の順序であるという真理に帰着する。 非常に窮屈な恋をしたようだが、そうでもなかったの わたし としより 、、 0 「私はそう考えた」と代助が言った。兄はなるほどと 、力し まあ、どうでも好いから、なるべく年寄を 答えたがべつだん感心した様子もなかった。葉巻の短怒らせないように遣ってくれ」と言って帰った。 くちひげ くわ もど そしやく かくなって、ロ髭に火が付きそうなのをむやみに啣え代助は座敷へ戻って、しばらく、兄の警句を咀嚼し 易えて、 ていた。自分も結婚に対しては、実際兄と同意見であ 「それで、必すしも今日旅行する必要もないんだろるとしか考えられない。だから、結婚を勧めるほうで う」と聞いた。 も、怒らないで放っておくべきものだと、兄とは反対 代助はないと答えざるを得なかった。 に、自分に都合の好い結論を得た。 「じゃ、今日餐を食いに来ても好いんだろう」 兄の言うところによると、佐川の娘は、今度久し振 代助はまた好いと答えないわけにいかなかった に叔父に連れられて、見物かたみ、上京したので、叔 わき 「じゃ、己はこれから、ちょっと他所へ回るから、間父の商用が済みしだいまた連れられて国へ帰るのだそ ちい 違のないように来てくれ」と相変らず多忙に見えた。 うである。父がその機会を利用して、相互の関係に、 代助はもう度胸を据えたから、どうでも構わないとい 永遠の利害を結び付ようと企てたのか、または先だっ っ・こう こしら う気で、先方に都合の好い返事を与えた。すると兄がての旅行先で、この機会をも自発的に拵えて帰って来 たのか、どっちにしても代助はあまり研究の余地を認 ら 「いったいどうなんだ。あの女を貰う気はないのか。 めなかった。自分はたゞこれ等の人と同じ食卓で、旨 好いじゃないか貰ったって。そう撰り好みをするほどそうに午餐を味わってみせれば、社交上の義務はそこ え ・この ぶり
遣っていられないよ。好い加減に訳しておけば構わな物の梗概さえ聞く勇気がなかった。相談を受けた部分 にも昧な所はたくさんあった。寺尾は、やがて、 しゃないか。どうせ原稿料は頁で呉れるんだろう」 ありがと 「やあ、難有う」と言って本を伏せた。 「なんぼ、僕だって、そう無責任な翻訳はできないだ ろうじゃないか。誤訳でも指摘されると後から面倒た「分らない所はどうする」と代助が聞いた。 「なにどうかする。ーー誰に聞いたって、そうよく分 あね」 おうちゃく 「しようがないな」と言って、代助はやつばり横着なりやしまい。第一時間がないからやむを得ない」と、 寺尾は、誤訳よりも生活費のほうが大事件であるごと 態度を維持していた。すると、寺尾は、 じようだん 「おい」と言った。「冗談じゃない、君のように、のくに天から極めていた。 らくら遊んでる人は、たまにはそのくらいなことでも、相談が済むと、寺尾は例によって、文学談を持ち出 しなくっちゃ退屈で仕方がないだろう。なに、僕だっした。不思議なことに、そうなると、自己の翻訳とは て、本のよく読める人の所へ行く気なら、わざ / \ 君違って、いつものとおり非常に熱心になった。代助は おおや の所まで来やしない。けれども、そんな人は君と違 0 現今の文学者の公けにする創作のうちにも、寺尾の翻 へきえき て、みんな忙しいんだからな」と少しも辟易した様子訳と同じ意味のものがたくさんあるだろうと考えて、 けんか を見せなか 0 た。代助は喧嘩をするか、相談に応ずる寺尾の矛盾を可笑しく思った。けれども面倒だから、 かどっちかだと覚悟を極めた。彼の性質として、こうロへは出さなかった。 かげ けいべっ う相手を軽蔑することはできるが、怒り付ける気は寺尾のお蔭で代助はその日とう / \ 平岡へ行きはぐ れてしまった。 出せなかった。 一 1 ) まるぜん 晩食の時丸善から小包が届いた。箸を措いて開け 「じゃなるべく少しにしようじゃないか」と断ってお いて、符号の付けてある所だけを見た。代助はその書て見ると、よほど前に外国へ注文した二三の新刊書で かげん おこ ばんめし - 」うに伊い れ 8
代助は次の停留所で下りた。 縫子のほうは、黙って馳けて来た。そうして、代助 兄の家の門をはいると、客間で。ヒアノの音がした。 の手をぐいど、引張った。代助はピアノの傍まで来た。 代助はちょっと砂利の上に立ち留ったが、すぐ左へ切「いかなる名人が鳴らしているのかと思った」 こうし 梅子はなんにも言わずに、額に八の字を寄せて、笑 れて勝手口の方へ回った。そこには格子の外に、ヘク さえ ことば かわひも いながら手を振り振り、代助の言葉を遮ぎった。そう ターという英国産の大きな大が、大きな口を革紐で縛 られて臥ていた。代助の足音を聞くやいなや、ヘクタして、向うからこう言った。 まだら う「代さん、こ、んところをちょっと遣ってみせてくだ 1 は毛の長い耳を振って、斑な顔を急に上げた。そ して尾を揺かした。 いりぐちしよせいべや 入口の書生部屋を覗き込んで、敷居の上に立ちなが代助は黙って嫂と入れ替った。譜を見ながら、両方 きれい ふたことみことあいきよう ら、二言三言愛嬌を言ったあと、すぐ西洋間の方へ来の指をしばらく奇麗に働かした後、 て、戸を明けると、嫂が。ヒアノの前に腰を掛けて両手「こうだろう」と言って、すぐ席を離れた。 そば それから三十分ほどの間、母子してかわるる \ 楽器 を動かしていた。その傍に縫子が袖の長い着物を着て、 すわ 例の髪を肩まで掛けて立っていた。代助は縫子の髪をの前に坐っては、一つところを復習していたが、やが 見るたんびに、ブランコに乗った縫子の姿を思い出す。て梅子が、 ときいろ ちりめん 「もう廃しましよう。あっちへ行って、御飯でも食ま 黒い髪と、淡紅色のリポンと、それから黄色い縮緬の さま しよう。叔父さんもいらっしゃい」と言いながら立っ 帯が、一時に風に吹かれて空に流れる様を、あざやか ら に頭の中に刻み込んでいる。 た。部屋のなかはもう薄暗くなっていた。代助はさっ ぎから、。ヒアノの音を聞いて、嫂や姪の白い手の動く れ母子は同時に振り向いた。 「おや」 様子を見て、そうして時々は例の欄間の画を眺めて、 おやこ のぞ どま ひつば か おやこ なが
からだ 「そのほかに親はないんですか」 「そりや大丈夫です。身体のほうは達者ですから。風 ひとり 「叔母が一人ありますがな。こいつは今、浜で運漕業呂でもなんでも汲みますー をやってます」 「風呂は水道があるから汲まないでも可い」 そうじ 「叔母さんが ? 」 「じゃ、掃除でもしましよう」 「叔母が遣ってるわけでもないんでしようが、まあ叔 門野はこういう条件で代助の書生になったのである。 父ですな」 代助はやがて食事を済まして、烟草を吹かしだした。 ちゃだんす ひざかゝ 「そこへでも頼んで使ってもらっちゃ、どうです。運今まで茶簟笥の陰に、ぼつねんとを抱えて柱に倚り 漕業ならだいぶ人が要るでしよう」 懸っていた門野は、もう好い時分だと楓って、また主 なまけ 「根が怠惰もんですからな。おおかた断わるだろうと人に質間を掛けた。 思ってるんです」 「先生、今朝は心臓の具合はどうですか」 「そう自任していちゃ困る。実は君の御母さんが、家 このあいだから代助の癖を知っているので、いくふ うち の婆さんに頼んで、君を僕の宅へ置いてくれまいかとんか茶化した調子である。 薯一よう いう相談があるんですよ」 「今日はまだ大丈夫だー あした あや 「えミなんだかそんなことを言ってました」 「なんだか明日にも危しくなりそうですな。どうも先 「君自身よ、、 。しったいどういう気なんです」 しまいにはほん 生みたように身体を気にしちゃ、 なま 「え、、なるべく怠けないようにして : : : 」 とうの病気に取っ付かれるかもしれませんよ」 「家へ来るほうが好いんですか」 「もう病気ですよ」 門野はたヾへえ、と言ったぎり、代助の光沢の好い 「まあ、そうですな」 「しかし寐て散歩するだけじゃ困る」 顔色や肉の豊かな肩のあたりを羽織の上から眺めてい ( ー ) うんそうぎよう
ひつばっ 郎か、縫子か、どっちか引張て父の前へ出る手段を取代助はそれから後は、一言も口を利かなくなった。 おやじ っていた。代助も縁側まで来て、そこに気が付いたが、 たゞ謹んで親爺の言うことを聴いていた。父も代助か それほどの必要もあるまいと思って、座敷を一つ通りらこういう態度に出られると、長い間自分一人で、講 越して、父の居間にはいった。 義でもするように、述べて行かなくてはならなかった。 父はまず眼蟋をした。それを読み掛けた書物の上しかしその半分以上は、過去を繰すだけであ 0 た。 が代助はそれを、はじめて聞くと同程度の注意を払っ に置くと、代助の方に向き直った。そうして、ただ一 こと て聞いていた。 ながだんぎ 「来たか」と言った。その語調は平常よりもかえって 父の長談義のうちに、代助は二三の新しい点も認め おだやか ひざ た。その一つは、お前はいったいこれからさきどうす 穏なくらいであった。代助は膝の上に手を置きなが りようけん かっ ら、兄が真面目な顔をして、自分を担いだんじゃなかる料簡なんだという真面目な質間であった。代助は今 ろうかと考えた。代助はそこでまた苦い茶を飲ませらまで父からの注文ばかり受けていた。だから、その注 れて、しばらく雑談に時を移した。今年は芍薬の出が文を曚啝にすことに慣れていた。けれども、こうい ちゃっなうた 早いとか、茶摘歌を聞いていると眠くなる時候だとか、う大質間になると、そうロから出任せに答えられない。 どことかに、大きな藤があって、その花の長さが四尺むやみなことを言えば、すぐ父を怒らしてしまうから い、かげん 足らずあるとか、話は好加減な方角へだいぶ長く延びである。といって正直を自白すると、二三年間父の頭 て行った。代助はまたそのほうがかってなので、いつを教育したうえでなくっては、通じない理屈になる。 いやふ ら までも延ばすようにと、後から後を付けて行った。父代助はこの大質間に応じて、自分の未来を明瞭に道破 かんがえ れも仕舞には持て余して、とう / 、、、時に今日お前を呼るだけの考もなにも有っていなかった。彼はそれが自 んたのはと言いだした。 分にとってもっともなところだと思っていた。けれど まじめ ま ひと っし おこ ひとり 0 》
だれ のんき 総裁と御同行のはずだと誰か言ってたようでしたがと天気は存外呑気にできたもので、神戸から大連に着く 質間を受ける。こうみんなが総裁々々と言うと是公と までたいていは鈍り返っていた。甲板の上に若いイギ しかた 呼ぶのが急に恐ろしくなる。仕方がないから、え、総リスの男が犬を抱いて穏かに寝ていたと言ったら、海 ようす 裁といっしょのはすでしこ ; 、 、 7 カえ、総裁と同じ船に乗の容子もたいていは想像されるだろうと思う。 る約東でしたがと、たちまち二十五年来用い慣れた是 ありゃなんですかと事務長の佐治さんに聞くと、え、 公を倹約しはじめた。この倹約は鉄嶺丸に始まって、 あれは英国の副領事だそうですと、佐治さんが答えた。 ( 2 ) あんとうけん 大連から満州一面に広がって、とう / \ 安東県を経て、副領事かもしれないが余には美しい二十一二の青年と にまで及んだのだから少からず恐縮した。総裁しか思われなか 0 た。これに反して犬はすこぶる妙な ことば という言葉は、世間にはどう通用するか知らないが、顔をしていた。もっともプルドッグだから両親からし 余が旧友中村是公を代表する名詞としては、あまりにてすでに普通の顏とは縁の遠いほうに違いない。した おおげさ えらすぎて、あまりに大袈裟で、あまりに親しみがな がって特にこいつだけを責めるのは残酷たが、一方か あじわい くって、あまりに角が出すぎている。いっこう味がならいうと、また不思議に妙な顏をしているんだから巳 ひとり ( 4 ) やまと い。たとい世間がどう言おうと、余一人はやはり昔のを得ない。 この犬はその後大連に渡って大和ホテルに とおり是公々々と呼び棄てにしたかったんだが、衆寡投宿した。そうとはちっとも知らずに、食堂にって ともだち ろ 敵せず、やむをえず、せつかくの友達を、他人扱いに飯を食ていると、突然この顔に出食わして一驚を喫し して五十日間通してきたのは遣憾である。 た。もとより犬の食堂じゃないんたけれども、犬のほ あく まちが 船の中は比較的楽たった。二百十日の明る日に神戸 うで間違えてはいってきたものとみえる。もっとも彼 満を立ったのたから、多少の波風はむろんお出なさるんの主人もその時食堂にいた。主人は多数の人間のいる % こうせい だろうと思ってちゃんと覚悟を極めていたところが、 所で、大と高声に談判するのを非紳士的と考えたとみ かど こうべ でつく やむ